REBORN DIARIO   作:とうこ

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流派を超えろ

 "奴を倒すには流派を超えるしかねぇ――――"

 

 

 

 

 

 嵐の争奪戦の後、ディーノから告げられた攻略法の話を、山本武はあれから何度も考えてみた。朝早く来てあさり組道場を開け、静まり返る道場の中で大の字に寝転んで、一人物思いに耽る。

 流派を超えるとはいっても、簡単な話ではない。本番は今晩に迫っているというのに、彼の頭はすっからかんだ。これといったいい策が、何も思い浮かんでいなかった。

 

 

 ここ数日、稽古の合間にも彼の頭を支配していることといえば、雨の日の屋上で最悪な形で別れたクラスメイトの一人の女の子のこと。

 本当に、これ以上はない最悪の別れだったと山本武は思う。すっかり治ったはずの痛みが、胸の辺りで疼いている。

 

 

 

 どうしたら、自分に止められたのだろう。

 

 泣きそうな顔で自分達を睨んでいたあの娘を、どうしたら助けることができたんだ。

 

 

 

 

 

 

 彼には難解な、堂々巡りの自問を繰り返していたところに、道場の戸を叩く音がした。

 

 

 

「あの……ごめん。邪魔しちゃったかな」

 

「ちゃおっス」

 

 

 それは級友である沢田綱吉と、いつも彼の隣を彷徨いている小さな赤ん坊であった。

 友達の来訪に、山本武はいつもと変わらず屈託ない笑顔で迎える。少しも悩みなんかないような、人気者の笑顔。彼の悪い癖だ。

 

 

 

「どーだ? 流派を超えられそうか」

 

「ハハッ。その話か」

 

 様子を見に来ていきなりその小僧から、核心を突かれてしまう。

 修業もこれまで手を抜かずにやってきていたが、山本武は首を捻る。

 

「さーな。やってみねーとわかんね」

 

 とぼけてみても、本番は今夜に迫る。

 こんなことでいいのかと彼も思うところはあるが、跳ね馬から流派に頼るなと釘を刺されてから、自分の中でそれを上手く消化しきれずにいたのだ。

 

 あんなことを言われても、自分がここまで真剣に向き合ったのは、この剣だ。

 

 

 そんな考えを見透かされてしまったのか、沢田綱吉には難しい顔をされた。こんなことで今晩の戦いに勝てるのかと不安の色がありありと窺える。

 

 これはダメだなと、友達の不安を吹き飛ばすために頭を切り替える。そこに沢田綱吉がいる道場の入口からは、寿司屋の格好の山本剛が顔を出した。

 

「よお。ツナ君じゃねーか!」

 

「こっ……こんにちはっ」

 

「あい、こんにちは」

 

「なんだよ、オヤジ?」

 

 店の仕込みもあるというのに、こんな時間に道場に顔を出した父親の姿に、山本武は間の抜けた顔で問いを投げる。

 

「ったく、聞いてくれよ。うちの武ったらここんとこ浮かねえ顔ばっかしやがって。紫乃ちゃんにフラれでもしたか知らねえが情けねえ」

 

「ち、ちげーよ! そんなんじゃ……」

 

「伊波さんのことは、今はちょっとややこしいことになってて、その……」

 

「話はよくわかんねーが、フラれたくれーで男がクヨクヨしてんじゃねえ。今日あたりなんだろ? 例のチャンバラ」

 

 今晩の雨の戦いを彼の父親が把握していたことに、二人で目を丸くした。

 

「な、なんで知ってんの?」

 

「バーロー。わからーな。って……ほんとはツナ君のお父さんから聞いたんだけどな」

 

 意外にも山本武の父親と沢田家光の交流があることに、沢田綱吉はここ一番で敏感になっていた。あのちゃらんぽらんな男が、他所で変なことを言い触らしているんじゃないかと、息子なりに気が気でないのだ。

 

 

 

「相手は恐ろしく強ぇ剣士らしいじゃねーか」

 

 山本剛が、率直に訊く。その鋭い目つきに睨まれ、その息子は「ああ、強ぇよ」と、力強く頷いた。

 

 

 それなら……と、父親から手渡されたのは、一本の竹刀だった。竹刀の割に、やけに重い。

 

「たりめーよ。鋼でできてんだからな」

 

 鋼からできたという竹刀を手に収め、呆然と視界に入れる山本武に、彼は説明を付け加える。

 

 

「こいつは時雨蒼燕流継承者が八代前から受け継いできた……時雨金時だ」

 

 

 

 

 見た目は普通の竹刀に見えるが、こいつを時雨蒼燕流で抜けば、刀身が潰れ刃を剥くと、彼はその鋭い鋼の刃を彼らの前に突きつけた。

 二人が時雨金時に目を剥いている横で、呑気な赤ん坊が山本のバットの竹刀版だなとぼやいていた。

 

 しかし、流派を超えなければならない相手に、その竹刀では不利だと沢田綱吉は思った。

 

「でも、今日はこの刀使えないんじゃあ……」

 

「なんでー、そりゃあ?」

 

「今日の相手は、いくつもの流派を潰してきた強者でさ。そいつに勝つには流派を超えた動きをしねーとダメなんだってさ」

 

 息子にそんな弱音をこぼされれば、山本剛の中にある時雨蒼燕流への強いこだわりを逆撫でした。その江戸っ子訛りの口から飛び出す時雨蒼燕流への熱い想いと誇りに、山本武もたじたじになりながら彼を宥める。

 

 

「時雨蒼燕流はなあ! 完全無欠、最強無敵よぉ!!!」

 

 

 

 道場全体まで響き渡り柱を揺らす勢いの山本剛の渾身の叫びに、彼の中でも引っ張られるように何かを感じる節があったようだ。

 それを捨て台詞にして道場を去った山本剛の背中を見つめて、山本武は確かに手応えを感じた。

 

 顔つきが俄に変わった山本武を真下から見つめ、これまでおとなしく傍聴していた赤ん坊は、彼を呼び寄せた。

 道場の片隅に二人きり、内緒話のように低く落とした声が、微かに空気を揺らす。

 

 

「なんだよ、小僧」

 

「山本。いいか。真剣勝負において迷うことは負けだ。引き摺ったまんま今日の勝負に出たらまたあの男に負けるだけだぞ」

 

 

 穏やかを装う彼も、二度も負ける屈辱は許せないものだ。だから、彼の内側にある大きな迷いの根源の芽を摘むことが最優先だった。

 

 今もずっと彼の顔に書いてある。一人の女の子の名前が。

 

 

 

 

「落とし前つけとけよ」

 

 

 

 山本武はまるで自分の中を丸裸にされたようで、ギクリと顔を引き攣らせ、そしてきごちなくはにかんだ。

 そんな青い彼の反応を見て、この男が少しちょっかいを出したくなるのが、日頃から沢田綱吉を悩ませている体質だ。

 

 

 

「俺が言ってやんなくても、もう答えは出てるだろ?」

 

 

 赤ん坊達が修業に戻るのをそっと見送り、一人きりになった冷たい道場内の空気に、深呼吸をして心を鎮めた。

 

 

 

 今ならスーパーマンのように、彼には何でもできるような気がした。

 野球で満塁ホームランを打つことも、あの男に勝つことも、あの娘に会うことも。

 

 

 

 

 今晩の戦いに向けて、己の修業を極限まで磨くことに集中した。

 

 父親から受け継いだ竹刀を握り、その鋼の重さを上回る覚悟を固めて山本武は一太刀を振り下ろした。

 

 


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