REBORN DIARIO 作:とうこ
閑話休題。
獄寺に引き続きあの方の小咄。
並盛の地から遠く離れた高山の竹林の一角では、まるで銃声のように互いの武器の交わる音がけたたましくその一帯に鳴り響く。
絶えまない不協和音の連続に自然界の生物はそこを立ち退いてしまったかもしれない。そこに残った者は、血をあちこちに垂らして静かな闘志を燃やす頭のイカレた男達だけだ。
彼らをそうさせる理由はそれぞれにあるのだが、互いに一致しているのは、どちらとも負けず嫌いの戦闘狂で、どちらとも無駄に頑固で最上級のプライドを持ち合わせているということだ。
最早痛覚の神経もイカレてしまったのではなかろうか。ここ数日平行線上にいる彼らの戦いを見守るロマーリオという男はぼやく。
膠着状態の睨み合いから先に先手を打ったのは、少年の手から繰り出すトンファーの一撃。
それを鞭で弾いた男に、今度はもう片手のトンファーをガラ空きの懐に食いこませる。だが、ギリギリのところで素手で止められ、仕掛けを発動する間もなく男の蹴りで身体を遠くまで吹っ飛ばされる。
竹林のひとつに激突した少年はそこでむくりと起き上がり、何も言わずまたトンファーを突き立てる。
この雲雀恭弥という少年の野心には、ただただ驚かされるというかビビらされるというか、こいつはある種の恐怖だ。ここまで力の差がある大人の男にズタボロにされても、降参するどころかさらに闘争心を燃やしている。
往生際が悪いと言っていいのか……彼の家庭教師を任されたディーノもお手上げだ。だが、引き受けたとなれば降りることは彼の念頭にもない。
それに自分の家庭教師だったあの男に頼まれたとあれば、ディーノも依頼をきちんと果たさなければならないプライドがある。
それはあの赤ん坊に、彼の生徒時代に植え付けられた恐怖の上に構成されたかなり苦いものであるが、ディーノは無意識に考えないようにしている。今は自分がプライドをズタボロにしている場合ではないからだ。
しかし、最初は手加減するとヘラヘラ笑っていた男だが、延長戦に持ち込まれるとその余裕もなくなり、少年の急所を突いた攻撃に対する彼のやり返しが容赦無くなってきた。はじめは少年の攻撃十回に一でダメージを与えていたのが、五回で頭に血が上る始末だ。
そして男の本気の鞭に、負けん気の強い少年もさらに殺る気を起こす……というわけだ。
いつまでやってんだよあんたらと、付き添いのロマーリオが飽きてくるのも仕方ない。
拗らせた彼らの戦いがしばらく続いたが、この日は雲雀恭弥の意識がボーッとしているようであった。出血多量で貧血を起こしているようではなさそうだが、心配ではある。
「どうした。身が入ってないようだが」
最近になって戦いより別のことに気が逸れている様子が見えるようになった。
このまま無理に戦いを続けて雲雀恭弥に怪我をさせるのは本末転倒なので、ディーノはひとまず彼を休ませることにした。
「少し休むか」
彼がそう言えば、案外あっさりと雲雀恭弥が手を引く。互いに疲れが溜まっているのがわかる。ディーノも休まなければフラフラの状態で鞭を振るうところだった。
しかし、ディーノの心配事は、それだけではなかった。
「どうかしたか? お前にしちゃ反応が悪いじゃねえか。置いてきた女の心配でもしてんのか?」
雲雀恭弥もそろそろ並盛のことが気になって仕方ないという様子だ。さすがはリボーンに聞いた通りの筋金入りの並盛マニア。
そんな彼に今はまだディーノとの修業に身を入れてほしいので、とにかく並盛のことから気を逸らす話題を取り入れてみる。
この気難しい小僧の気を引く話題が特になかったディーノは、少し考えたがやはりロクに出てこなかった。自ら地雷を踏んだとも知らず、その話に首を突っ込んでくる。
「……」
「ハハッ。そんな怖い顔するなよ。図星か?」
雲雀恭弥の機嫌が俄に悪いが、ディーノの前では常にこれだったのでその変化に全く気がついていない。
ディーノの前では暴れ馬だが、落ち着いた物腰でいればなかなかの美少年だし、周りの女子がほっとかないのではないか。中学生の時期は特に多感である。貧しい学生時代を送ったディーノには羨ましい限りだ。
まだ雲雀恭弥のことをよく知らない彼だからこそ踏める地雷である。そしてディーノも少し興味がある。
彼も昔、一人の少女に失恋をした経験がある。彼が経験した恋愛なんてそれくらいだった。
その娘のことを、どうしたら忘れられるか、今も彼は迷っていた。
「じゃあ、親睦会も兼ねてボスの失恋話聞くか? あれはボスがお前さんくらいの頃……」
日も暮れが近い頃に焚き火を起こしながら、少年時代に返ったようにロマーリオのおっさんが言う。
ディーノは自身の惨めな思い出を掘り返されんとばかりにロマーリオに口止めをする。
「ロマーリオ! 勝手におっ始めるなよ!」
「見合いの話が入ってよぉ」
「続けるのかよ!!」
ディーノ、14歳。
この年齢にして、キャバッローネのシマを束ねるマフィアの十代目である彼は、今朝突然舞い込んだとある報せに彼の書斎で声を上げた。
「はあ!? 俺が見合いだと!?」
それは耳を疑う話だった。
今は学校を休学して、一日でも早く親父のシマを立て直すために未熟ながらも奮闘する毎日を送っていたディーノには、そんな恋だの愛だのを悠長に言っている場合ではないのだ。
悠長にそんなことを言っているこの家庭教師の子供に文句を言ってやろうと書類に目を通すのをやめてその小さい悪魔のような格好を睨んだが、そいつにはまるで堪えていない。
「ああ。俺が了承しておいたぞ」
「そんなことしてる暇があるように見えるか!? リボーン!!」
「三日後に見合い相手と面会があるから準備しとけよ。ロマーリオ達もノリノリだったぞ」
「話を聞けッ!!」
口答えの多い教え子を物理的に黙らせて、黒い悪魔はディーノの書斎を後にする。
かくして、不本意なお見合いにディーノは赴くことになった。
ああ、これが世に言う政略結婚か……と、若き日のディーノは権威ある大人達の恐ろしさというのもを学んだ。
しかし、これもキャバッローネの十代目を背負うために耐えるべきことなのかもと、ディーノは自分自身に言いつけるようにした。
通された控え室で、この日の見合いのために用意された上等なジャケットを羽織り、この際もう腹を括ろうとするが、でもやっぱり気持ちの整理ができない彼の優柔不断な部分が邪魔をする。
そんな一人芝居を繰り広げている間に、ロマーリオが自分を呼びに来てしまった。もう半ばヤケクソになってディーノは控え室を出る。
いざとなれば、以前にマフィアの子供が集う学校のスクール寮を夜逃げしたように逃げ出してやればいい。
見合い会場となるシャンデリアが飾られた部屋で用意された席に先に着いたディーノは、余裕のない頭にそんな逃げ道を確保して、今日の見合い相手を待ち構えた。
しかし、こんな自分に見合い話を持ち掛けてくるとは、どこぞの物好きなだろうと、ディーノは相手が来る前にふと思考を巡らす。
事前にリボーンから聞かされてはいなかった。ほんの少しだけ興味が湧いてくる。
マフィアに見合いを持ち込む貴族や資産家は少なくはない。だが、それは名の知れた巨大マフィアの話だ。
今の苦境が続くキャバッローネに、見合いを申し入れる名家がいるとは考えにくい。余程の訳ありか? ディーノは固唾を飲む。
そして、ディーノと数名の部下が待ち構える室内に、外から応答がある。
重厚な扉が厳かに開かれると、淡いブルーのドレスで着飾った少女と、付き人らしき男が扉を閉めて部屋に入ってくる。
「お初にお目にかかります。十代目。本日はお忙しい中御足労ただき、誠に感謝致します」
付き人の男が口を開く。進行は慣れたものらしい口調で、形式的な挨拶を述べていく。その男が纏う空気につられ、ディーノも異様に肩に力が入っていた。
「本日、十代目とご面談させていただきます、ボンゴレ
男が挨拶を終えて、この部屋に入ってきてからしばらく無口だった少女を促す。
「……」
「セラン様」
しかし、男が合図を送っても、少女は何も言わない。口を噤んだまま、俯きがちにしてディーノ達から目を逸らす。
「申し訳ございません。お嬢様は少々恥ずかしがり屋でして、本日はキャバッローネの十代目に会えてとても緊張しておりまして……」
苦し紛れに付き人の男が場を繋いで、ひとまず双方は見合いの席に着いた。
いざ席に落ち着いて見合いが始まってみても、彼らはお互いに持ち寄る話題もなく、双方に付き添う大人達の声かけでなんとか話が進んでいた。
「とりあえず、坊ちゃんも挨拶しとけよ」
「あ、ああ……。キャバッローネ十代目の、ディーノだ」
ディーノがしどろもどろになりながらそう名乗ると、何かの導火線がブツリと切れたように、目の前の少女が椅子を引き摺って立ち上がった。
「帰るわ。お見合いなんて、嫌よ」
肩で息をする少女の姿は、ディーノ達を唖然とさせた。こちらを全く見ようとしない彼女の目は、何かに怯えているように瞳孔を開いてテーブルの一点を見つめる。
「十代目に無礼ですよ。落ち着きください」
「嫌よ。あの人がどういうつもりなのか知らないけれど、お見合いなんて……」
その男が彼女を宥めようとしたが、彼女は全く聞く耳持たずだ。相手もこの見合いには不服であるらしい。
ディーノは、少し羨ましく思った。自分もあの家庭教師にもっと強く反論すれば、彼女を巻き込んでしまうこともなかったのではないか。
……いや、今よりももっと酷い拷問を受けていたかもしれない。こんな時に、一人背筋を凍らせる。
「ちゃおっス」
こんなタイミングで悪魔が降臨してしまった。
その小さな悪魔のシルエットを視界に入れた途端、椅子をひっくり返しかけたディーノだったが、なんとか十代目のプライドにかけて持ち堪える。
――が、そいつの登場に反応していたのは、彼だけではなかった。
「おめーだな。ディーノの見合い相手は」
「っ……!」
少女の目が、悪魔どころか、死神と対峙したように見開かれている。
多少オーバーな反応だが、この場に赤ん坊が現れて動揺するのも不思議ではない。
「そんなにディーノとの見合いを拒む理由はなんだ? 見合いを断るのはそれからだ」
愛らしい顔立ちとは裏腹に長年闇社会にのさばるおしゃぶりの赤ん坊の鋭い眼光を前にして、その売られた喧嘩を買うように少女の目つきにも鬼気迫るものを感じる。
そして、これまでかたく閉ざした口が、彼女の内面にある意思を述べる。
「……そんなの、決まってる。不本意な相手との見合いなんて誰が望むんだ? 迷惑なんだ!」
震える手をテーブルの上で握り締めた少女の叫びが室内に響いた。
彼女の気持ちもわかるが、自身も無理やり連れてこられた身であるディーノは、こうも見合い相手からボロクソに言われて、なんか泣きたくなった。
「……それに、彼のことを……XANXUSのことを、知らないはずがないだろう」
彼女の口から"XANXUS"と――確かにその男の名が告げられた。
彼らの一連の会話を傍聴していたディーノは、そのやり取りの中に浮上した一人の人物に衝撃を隠せない。
XANXUS――――それはマフィア業界を震撼させた男の名前だ。マフィア史上最大のクーデターを起こし、裏社会から消された男。
「承知してるぞ。その上でこの見合いを受けたんだからな」
「なんで……」
その名前を彼女の口から聞かされても、その赤ん坊は飄々としていた。さすがは悪魔の異名が似合う男である。
「九代目とは古い付き合いがあってな。それにうちのディーノはまだまだへなちょこのボスだ。女の扱いもペーペーだ」
こいつの言い分は、確かに間違ってはいない。間違ってはいないが、どうしてこんな大勢の前で恥晒しもいいところだと、ディーノは今すぐに穴があったら埋められたい気持ちだった。
「おめーは確かにディーノにはもったいねえ将来有望な女だが、安心しろ。現時点ではまだへなちょこだが、今に立派なキャバッローネのボスに育て上げてやるぞ。この俺が保証してやる」
家庭教師としての自信か、殺し屋としてのプライドか、鋭利な奴の眼差しとは対照に、緩んだ口元はニヒルに笑った。
だが、確実に言えるのは、この赤ん坊はあくまで自分の生徒を一人前にするために暴挙を起こしたこと。そしてそのためならば、手段を選ばないということ。
「まあいいぞ。今日はこれくらいで済ましておいてやる」
ひとまず今日は顔合わせで終わるようだと、ディーノは窮屈な空気をようやく吐き出した。
今日のところは、という彼の言葉のニュアンスに、その場ではすぐに反論はしない彼女だが、その奥歯で奴の言葉をギリリと噛み締めた。悔しさがこみ上げる。
「安心しろ。お前はなかなかディーノの好みの女だぞ」
重苦しい空気をあの場に残して退散したキャバッローネ一行は、ロマーリオがハンドルを握る送迎車の車内にて、あの時の相手への仕打ちをディーノがカンカンに問い詰めているところだった。
「どういうつもりだよ! リボーン!」
あんなに相手の機嫌を損ねて、部屋を後にする間際に背中に刺さる視線がとにかく痛かった。見合いを抜きにしたってあれは酷い。
「ああ、お前、メチャクチャ拒否られてたな。ディーノ」
「それを言うなよ! 悲しくなるから! そうじゃなくて相手メチャクチャ怒ってたぞ!?」
図星を的確に突かれたディーノはつい本音も漏らしながら、悠々と銃の手入れをしている奴に詰め寄った。
「マフィアのシマを背負う奴ってのは、数多の女を転がしてやる器も必要なんだぞ。あれくらい気難しい女を片手で扱うことができたら、お前も一人前のマフィアのボスだ」
「お前の一人前の基準メチャクチャだろ!!」
暴論である。しかも赤ん坊の口からそんな話が出てくるとは思わなかった。親の顔が見てみたいとはこのことだ。
そんなことディーノにはできやしないと思いながら、見合い会場で最悪の形でお別れをした少女の姿を連想する。
「おめーの好みドンピシャだっただろ」
「そ、それはまあ……むしろどストライクだったが……いやいやそうじゃなくて! お前がどうして俺の好みわかってんだよ!」
「生徒の全てを把握しておくのが一流のカテキョーだぞ」
「気色悪いわッ!!」
後日改めて二人の見合いの場を用意され、ディーノの意思とは裏腹に二回目の面談を余儀なくされた。送迎車の中で家庭教師に実物の銃口を向けられながら目的地に向かうディーノの心中は複雑なものだった。
悪い大人達の魂胆で、事前に用意された見合い会場は意図的にディーノと彼女の二人きりにされてしまった。沈黙がだいぶ気まずい。
こうなってしまったのも、二人を部屋に残す前にアイツが置いていった余計な一言が原因だ。
「今日の格好の方がディーノにはいい刺激だぞ」
なんてことぶっちゃけていったんだよあのクソガキッ! とこの場にいなくなった家庭教師への暴言をディーノは心の中で吐き散らして、部屋に若い二人を残し扉は完全に閉められた。
ちらりと見合い相手を見れば、アイツが去った扉をじっと睨んだまま、ディーノには見向きもしていない。
「な、なあ……」
晴れ舞台には似つかわしくない室内の重苦しい空気が居た堪れず、試しにディーノは彼女に話しかけてみる。
「話しかけないで」
「す、すんません……」
撃沈する。すっかり黙り込んでしまうへなちょこディーノだが、白く透き通る少女の横顔がどうしても気になってしまう。
前回とは異なる黒のシックなドレスを着飾り、ドレッシーな雰囲気を纏う少女の姿に思わず釘付けになる。つい相手が気を逸らしている隙を見て、大胆に肩を露出したドレス姿に見惚れてしまう。
だから、そうじゃなくて! あの赤ん坊のノリに乗っかってしまいそうになるが意識を振り払う。
最初に彼女と対面してからまだほんの僅かしか一緒にいないのに、ディーノは彼女を無視して悠々と暇を持て余すほどメンタルがまだ出来上がっていない。
「ここでつっ立ってんのもあれだし、座ろうぜ。あれじゃしばらく誰も戻ってこねえよ」
ディーノが再びそう言えば、彼女がこちらを向く。気難しそうなお嬢様の視線が、自分を睨んでいる。
その敵意を剥き出しにしている目に単にビビっているのか、それを含めてお嬢様の美貌に自分は圧倒されてしまっているのか、確かにリボーンが言う通り彼の好みをなかなか突いている。つーかなんであの赤ん坊が知ってるんだよと不服に思ったところもありつつ、しばらく彼女と見つめ合っていた。
数分、ほんの数秒のことだったかもしれない。
「君だって、嫌だろう。不本意な相手と結婚させられるなんて」
落ち着いたトーンで、真っ赤な目をこちらに向ける大人びた少女が言う。
そりゃあディーノだって、こんなお見合い話は不本意だ。どんな相手だろうと。自分が好きだと思った相手と結ばれたいものだ。
けれど、自分の立場はよくわかっている。父が残したシマを守るためなら、気持ちを犠牲にすることだって仕方ないような気がした。先代のボスは皆そうしてきただろうから。
「まあ、アイツに無理やり連れて来られたのは確かだけど、親父達のキャバッローネを守るためなら覚悟はしてる。アイツが言ってたことも一理あるし。俺は自分の気持ち犠牲にしても構わねえからさ。今んとこそういう相手もいねーし」
彼の言葉に耳を傾けた相手の目の奥が、ほんの少し動揺しているように見える。彼女と向かい合うディーノにはなんとなくそう見えた。
「……すまない。こちらばかり取り乱してしまって」
「いいってそんな。あんたも大変だな。お互い様だよ」
この見合いに来る前には、散々駄々をこねていたことは黙っておくが。しかし、相手が少し丸くなってくれたのはいい兆候だ。
そういえば彼女はあのXANXUSの妹である。しかしどうして彼女が自分と結婚させられる話になったのか。
その経過を彼女は淡々と語る。
「XANXUSがいなくなって、彼が指揮を取っていたボンゴレ直属の暗殺部隊は、衰退の危機にある。彼がボンゴレと部隊に与えた打撃は、残された者達の想像を超えて遥かに大きいものだった。存続のためには、今までのように任務をこなすだけでは難しいのだろう。同盟ファミリーに自分の娘を売り飛ばしたのも頷ける」
同年代だというのに、彼女の言動はそれを感じさせない凛とした芯の強さを感じさせる。しかし、その宝石のガーネットのように魅了する瞳は、暗い影に翻弄され輝きを失いかけている。
「結局、女なんて政治に利用されるだけの道具なのよ」
彼女自身がそんなことを口にするのが、ディーノにはとても悲しかった。自分を道具だなんて、シマの仲間を大事にするディーノには理解できない。
「そんなことねーだろ」
へなちょこだったディーノとは打って変わり、真剣味を増した鳶色の眼つきが射貫いた。
「自分のことそんな風に傷つけるなよ。そんな風に決めつけんな。お前を大事にしてくれる奴が絶対いるって。なんなら俺が一生大事に……」
自分が何を言っているのかも忘れかけるくらい、ディーノの中に熱がこもった。別に自分の中でこの話を受けることを覚悟したわけではないが、思わず言葉が口走っていた。
――とディーノが暴走しかけたところに、第三者の声が突然割り込んできた。
「やるじゃねーか。ディーノ」
いつの間にかテーブルの上でこれまでの話をコソコソ聞いていた赤ん坊に、すっかりいつもの調子に戻ったディーノは、椅子から転げ落ちるのをギリギリのところで踏みとどまる。
「リボーン! おま、いつ部屋に……」
「んじゃ、これで示談成立ってことで」
「ちょおおおっと待てえぇぇ!!」
素早くそいつに待ったをかけた。そうでもしないと話が余計に拗れる。
「なんだ。お前今口説いてただろ」
「く、口説いてねー!」
「口説かれてない」
リボーンのからかいに二人で声を被せる。こんなところだけ妙に気が合うのがなんとなくディーノは悲しく思った。
「別に結婚までしなくてもいいんだぞ。ディーノの愛人になれ」
更なる爆弾を投下したこの赤ん坊のお陰で部屋の空気は凍りついた。少しだけ緩んでいたはずの空気はその悪魔の囁きによってぶっ壊された。
もう恐ろしくて、ディーノは彼女を振り返れない。
「マフィアの野郎は常に何人もの愛人を抱き込んでいるのがステータスだからな」
「生々しいわッ!! つーか相手ドン引きしてるだろッ!!」
「ちなみに俺の全盛期は200人の愛人を手玉にしてたぞ。お前も頑張るんだな、ディーノ」
「お前まだ赤ん坊だろうがッ!!」
……あの時は、ただ彼女が気の毒で、どうにかしてあげたくて、気づいたら勝手に口が動いたんだ。
自身の不可解なあの言動に、ディーノはそう頷くのだった。
後編に続く。