REBORN DIARIO   作:とうこ

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雷への嫉妬 3

「いくら大事だって言われても……ボンゴレリングだとか……次期ボスの座だとか……そんなもののために、俺は戦えない」

 

 

 

 決着が着こうとしたその直前――――勝負を妨害したその者の炎に、双方の陣地からどよめきが起こる。

 あれが本当に沢田綱吉なのかと、彼の守護者達も俄には信じられないが、獄寺隼人は力強く、あれこそが自分が付いていくボスの姿だと確信した。

 

 額に炎を灯した彼の揺るぎない信念の言葉が、静まり返るステージ上だけにとどまらず、紫乃の心にも突き刺さる。

 

 

 彼は、迷わずランボを助けに行った。自分には、それができなかった。自分は彼に比べて、背負うものなんてほんの一握りだ。だけどこうして動けない自分の代わりに、彼に色んなものを背負わせてしまう。

 情けなく思った。彼と気持ちは同じだというのに、沢田綱吉にあんなことを言っておいて、見返されてしまうのは自分の方だ。

 

 山本武が殺されかけたあの場面に、自分はどうしてスクアーロの前に立つことができなかったんだ。怖かったんだ。彼を庇って、あそこで計画が全て崩れてしまうことが。自らの失態で君達を殺すことになることを、恐れたんだ。

 

 

 弱まる気配のない雨の音だけが、深夜を回った屋外に響く。

 

 

 

「ほざくな」

 

 

 どこからかその男の声がしたかと思うと、隙を突かれた沢田綱吉が鋭い攻撃に弾き飛ばされる。まだ鍛錬が不十分である沢田綱吉の肉体は悲鳴を上げている。

 

 そして彼らが見上げるところに、あの男の姿がある。あの人の髪飾りが、雨粒にキラリと反射する。

 

 

 XANXUSの獰猛な目を、沢田綱吉はダメツナらしくたじろぐ様子を見せつつも、しっかりと睨み返した。

 ついこの間まで腰を抜かしていたとは思えない彼の成長ぶりを目の当たりにしたXANXUSの片眉が、ぴくりと吊り上がる。

 

「なんだその目は……まさかお前、本気で俺を倒して後継者になれると思ってんのか?」

 

 口を開いた猛獣が問いかける。

 そいつに睨まれた沢田綱吉は、肌に突き刺さる緊張と震えを隠せないようだが、その口で確かに自分の意志を告げた。

 

 

「そんなことは思ってないよ……俺はただ……この戦いで、仲間を誰一人失いたくないんだ!」

 

 

 

 悲痛な叫びが凄惨な戦いの跡が残る屋外に響き渡った。

 

 

「そうか……てめぇ……!」

 

 

 

 自分を陥れた人物の姿と重なったのか、それがXANXUSの怒りに触れた。彼の手に、今にも熱を持って爆発しそうな炎の団塊が創り出される。

 

 チェルベッロ機関の一人が無謀にも丸腰で奴の制止に入りかけたところを、彼女が咄嗟に投げた拳鍔が、間一髪のところで妨害する。

 XANXUSの炎は拳鍔の本体に弾かれ、火花を激しく散らす。沢田綱吉達のもとには、何が奴の攻撃を弾いたのかまでは見えていなかった。

 

 XANXUSが自身の手を見つめ、そして妨害した娘の顔を睨みつける。

 

 

「てめえ……この俺に楯突く気か」

 

「あなたのためだ。XANXUS。彼女はこのゲームの審判だ。彼女に手を掛けて、あなたの立場が危うくなることがあってはならない」

 

 怒りを滲み出すXANXUSに、紫乃は冷静を努めて忠告する。

 つい、手が出てしまった。否……沢田綱吉の言葉が、自分を突き動かした気がする。

 

「今後のためでもあるんだろう。無闇にその力を使おうとするのはやめてくれ」

 

 勇気を振り絞った沢田綱吉に彼女も示しをつけるため、震えを隠して必死に冷静を装う。

 激しさを増す雨天に振り乱した髪が晒されていることさえ気にもとめず、紫乃は彼の姿だけを視界に入れる。傍観席で見守る彼らの複雑な顔色にも触れず……。

 

 こんな言葉が彼に八年の怒りを鎮火させることができるなんて、紫乃も思ってはいない。八年前の惨事を思い知らされる顔の痣を目の当たりにすると、息が詰まる。

 

 紫乃を睨めつけるその男の鋭い眼つきには、八年前の怒りの色が窺える。

 

 

「……ほざけッ。てめえは俺に、この強大なボンゴレの力を使われるのを恐れているんだろうが。俺が塵ひとつ残らずカッ消した出来損ないどもを思い出すからな」

 

 笑い話のようにそう言えば、紫乃が動揺するのが目に見えた。血の気がスッと引き、たちまち脅えた目で自分を見る。それを目の当たりにしてXANXUSは、態とらしく鼻を鳴らす。

 XANXUSのあまりに冷静な口振りに、怒りも悲しみも通り越し、紫乃は絶句する。あまりにも残酷すぎるこの男の仕打ちに、震える手を握り締めて、涙を堪えるので精一杯だった。

 あのことを彼らが見ている前で公にして、どう思われてしまうかなんて嫌な思考も振りほどいて、紫乃は逃げるように視線を彼から外す。

 

「この八年で随分と口が生意気になったじゃねえか。餓鬼の頃は俺に口答えもできやしなかったくせに、いい気になりやがって」

 

 その男が怒りの拳を、立ち尽くす紫乃に向けるのかと、睨み合う二人を見守る彼らも終始落ち着かない様子であった。

 

 過去の喪失感と悲しみに打ちひしがれる赤い色彩の目を無視して、厳かに男は口を開いた。

 

 

「……だが、俺はキレちゃいねえ。むしろ楽しくなってきたぜ」

 

 緊迫したステージ上で、特に注目を集めるこの男が不意打ちに嗤う。

 八年ぶりだという男の不気味な表情を目の当たりにし、ヴァリアー幹部の間でどよめきが起き、沢田綱吉には背筋が震え上がるほどの恐怖を植え付けた。

 

「やっとわかったぜ。一時とはいえ、九代目が貴様を選んだわけが……その腐った戯言といい、軟弱な炎といい……お前とあの老いぼれは、よく似ている」

 

 XANXUSがそう言った真意を汲み取れないでいる沢田綱吉の動揺を見て、また豪快に愉悦を吐き出している。

 それは、違う。彼女はこの戦いを、悲劇なんてもので終わらせるつもりはない。

 

「女、続けろ」

 

「はっ。では、勝負の結果を発表します」

 

 XANXUSのその一言を皮切りに、チェルベッロの女が厳かに今回の試合結果を告げる。

 

 

「今回の守護者の対決は、沢田氏の妨害により、レヴィ・ア・タンの勝利とし――雷のリング並びに大空のリングは、ヴァリアー側のものとなります」

 

 

 

 雷と大空のハーフボンゴレリングが、ヴァリアー勢に渡る。ボンゴレ側の野次が飛ぶ。しかしチェルベッロ機関の女は相手にせず、沢田綱吉のもとへと歩み寄る。

 沢田綱吉のフィールド破壊と妨害が、今回の勝負において不正行為であることは認めざるを得ない。紫乃もかたく口を閉ざすだけだった。

 

 沢田綱吉の首に提げられた大空のハーフボンゴレリングが、怒りを抱くあの男の中指で、大空のボンゴレリングとして復活した。

 

 

「これがここにあるのは当然のことだ。俺以外にボンゴレのボスが考えられるか」

 

 大空のボンゴレリングを手に入れたのだ。これで奴の(めい)で、いつでも彼らを殺せるというわけだ。

 ボンゴレ側に付く沢田家光でさえ、よりによって最悪の男にボンゴレを象徴する大空のリングが渡ってしまったことに動揺しているように見える。

 

「だが老いぼれが後継者に選んだお前を、ただ殺したのではつまらなくなった。お前を殺るのは、リング争奪戦で本当の絶望を味あわせてからだ……あの老いぼれのようにな」

 

 

 背筋が凍りつくほどの、彼の八年ぶりの笑顔だ。

 八年間……ボンゴレの最奥に閉じ込められ持て余した彼の怒りが、暴走を始めようとしている。

 

 

 


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