REBORN DIARIO   作:とうこ

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We are VARIA

 沢田綱吉は夢を見ていた。

 嫌な夢を見た。どんな夢だっただろう。

 

 とにかく胸糞悪くて、動悸が激しくなって、身体がこわごわと震えていた。とにかく怖くて怖くて、逃げ出したくなった。

 

 

 あれはどんな夢だったんだろう。どうしてこの胸に抱いたのは、悲しみだったのだろう。

 

 

 

 ダンジョンの最下層に潜るような暗闇に、いつかの彼女の姿を思い出した。立ち竦んだまま、暗闇で猛獣の目が鋭利に光るように彼女の赤い光彩が睨んでいた。

 やがてその瞳のように激しく揺らめく炎の荒波が一面に広がり、その娘の輪郭を焦がし、乱れる黒髪も、透き通る白い肌も、熱を持った眼差しをも容赦無く焼け払っていく。

 

 その疑わしい光景を目の当たりにして、彼はどうしようもない不安を駆り立てられる。

 

 

 

 でも、あの娘が誰なのかは、今はまだ思い出せない。今は、まだ……。

 

 

 彼女は、君は――……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわあぁぁぁああああぁぁッ!!」

 

 

 

 喉が引き裂かれるほどの絶叫とともにベッドから飛び起きた沢田綱吉は、先程まで見ていた夢の内容も朧げながら、どこからともなくやって来る恐怖に動揺していた。酷く悪寒がしている。

 

 なんだ、夢かと、いつも通りの自分の部屋の光景を目の当たりにして、生きた心地がしないその感覚から気を逸らそうとした。

 先程まで見ていた夢の内容は、この時すっかり頭から吹き飛んでいた。

 

 しかし、彼に取り憑く黒い悪魔は、冷徹に彼が目を背けたいと願う現実を突き刺すのだ。

 

 

「んなわけない」

 

「九代目の勅命、額に入ってるー!?」

 

 朝から家庭教師の悪ノリに付き合わされる沢田綱吉は、飛び起きて自身の指に嵌められたボンゴレリングを見て、これまでの壮絶な出来事にようやく実感を抱いていく。

 

 昨晩の出来事を、自分の身に意図せず引き起こされるマフィアの相続争いに、彼は布団に潜ってその小柄な身体をガクガクと小刻みに震わせた。

 

 

 大柄な男が自分を憎んだように睨んできた目つきが、かたく目を閉じても意識がはっきりした瞼に焼き付いていた。

 あの場の緊張感は、今も身体に染み込んでいた。あの目に殺されると本気で感じた。指先まで、恐怖の感触が侵食していた。

 

 

 布団に覆われた身体を縮こませ、お先真っ暗なこの状況でダメツナの彼は修業なんかしたくないとまたごねたが、家庭教師に背中を押されて学校には行くことにした。

 

 渋々身支度を整えて学校への通学路を歩いてみたが、気は進まず更に手の震えは止まらない。

 どうして自分が巻き込まれなければならないんだ。逃げ出したい。

 そもそもあのよくわからない父親が、最初からあの男に指輪を渡していれば、マフィアの跡継ぎ問題なんかに巻き込まれなかったんだ。帰ってきたと思ったらいつもこうだ。思春期の反抗期も相乗し、彼の父親への好感度は、ここ一番で暴落した。

 

 目が醒めた後も気がまだ動転していて、彼にはまだ思い出せていないことが幾つかあった。

 

 

 

 

 沢田綱吉――――。

 

 

 その声が、彼の耳を掠めた気がした。

 

 

 

 

「ツナ!」

 

 

 彼が振り返ってみると、そこにいたのは霞んだ記憶の声の人物ではなく、友人の山本武だった。いつも通りの笑顔で、野球で鍛えられた逞しい腕に身体を引き寄せられる。今まで動揺していた沢田綱吉も、友人を見てほんの少し気が緩んだ。

 

「さすがに昨日は眠れなくてな、落ち着かねーから学校行こうと思ってさ」

 

 こう見えて彼も不安に思う節があったんだと、昨晩彼らとともに身に起きた出来事を思い出し、こんな面倒事に巻き込んでしまったことを彼は改めて申し訳なく思うのだった。

 

「いやー、ワクワクすんなーっ!」

 

 まさかこの状況で山本武の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。精神構造が違う。

 

 また遊びだと思っているのか緊張感のない彼を羨ましく思う一方で、彼なりにこの現状を受け止めているようだ。

 真っ直ぐな眼差しで、山本武ははにかんだ。彼の笑顔には、誰かを元気づける力があるなと沢田綱吉は感じた。

 

 

「俺じゃなくて、俺達の戦いだって……一人じゃねーんだぜ、ツナ。みんなで勝とうぜ」

 

「山本……」

 

 山本武の励ましに勇気づけられているところに、今度はダンボールを小脇に抱えたチャラ臭い男が、どこからともなく現れてくる。

 

 

「ったりめーだ!あんな奴らにボンゴレを任せられるか!」

 

「獄寺君!」

 

 沢田綱吉がその登場に驚いている間に、結局いつもの彼らのペースに持っていかれてしまった。だが、そんな彼らとの日常通りの会話が、彼の緊張をほぐしてくれた。手の震えは、いつの間にか止まっていた。

 

 

 通学途中の路上での会話はトントン拍子に弾み、獄寺隼人はこれからシャマルと紙飛行機で特訓するらしく、そんな獄寺隼人はいつまでも現れない霧の守護者のことが気にかかり、山本武の口から雲雀恭弥の修業はどうなっているかと、話は二転三転した。

 すると、友人の山本武を前にして、沢田綱吉は何かを忘れていないかと記憶の引っ掛かりを感じる。すぐに思い出そうとするところで、隣にいた獄寺隼人が言及した。

 

 

「つーかよ、山本。あの女は一体どういうつもりなんだよ?」

 

 獄寺隼人が口にしたそれに、山本武の顔色も浮かばない。会話の一部始終を聞いて、すると沢田綱吉の脳裏に、今朝の夢の内容が想起された。

 

 

 

 

 

 

 

 ボンゴレリングを賭けた争奪戦の説明をチェルベッロ機関と名乗る女から一通り受けた後、痺れを切らした様に口数が少なかった男が口にした。

 

 

 

「モスカの背後にコソコソ隠れてんじゃねえ……とっとと出てきやがれ」

 

 

 

 モスカと言った巨漢の後ろに隠れるようにいた人物を指して、XANXUSはその獰猛な視線を寄越して催促する。その猛獣に睨まれたならば仕方ないと、高台の暗がりから、もう一人の人物が、彼らのもとに姿を現す。

 

 肩までの黒髪を夜風にさらりとなびかせ、隊の先頭まで突き進む。彼らの前に晒した姿には、隊服にヴァリアーを象る紋章がしっかりと刻まれていた。

 

 

 

 

「久しく会うな」

 

 

 

 ボンゴレ達に、どよめきが広がる。

 思わず言葉が出ないようなのか、彼らの前に立ち憚る彼女の声明は高らかに響き渡る。

 

 

 

 

「沢田綱吉」

 

 

 

 これまでの沢田綱吉の瞳から色が失われた。絶望したように表情のない顔で、その人物を見上げる。思わずこぼした声は震えていた。

 

 

 

「い……なみ、さん……?」

 

 

 目の前の光景を疑う彼らに、そんな彼らの姿を見下ろす伊波紫乃は、高らかに声を張り上げた。

 

 

 

 

「我が敬愛する実兄にして次期ボンゴレの正統なる後継者であるXANXUSの名の下に誓う。この決闘において君達を、抹殺する」

 

 

 

 甘い期待を一切断ち切るかのように宣言した。

 

 その中で、唯一、この経過を見守る髪飾りの男だけが嗤っていた。

 

 

 

「まじかよ、伊波……」

 

 

 今まで沈黙したまま傍観していた山本武も、ついそんな声を漏らす。無理もない。誰よりも彼女の姿にショックを受けていることだろう。

 

 

 

「気安くその名を口にするな」

 

 

 彼女から突き放すように告げられる。胸が抉られるように、生きた心地がしない。

 

 彼の目はまだ、目の前の現実を受け止められない。

 

 

 

「私はもう君達が知る伊波紫乃ではない。セラン……これが本当の私だ」

 

 

 男とお揃いの髪飾りを、黒髪の間から揺らしていた。

 

 

 

 

 

 夢ではない、確かに昨晩に起きた出来事を思い出した沢田綱吉は、その後にちらりと山本武の様子を窺った。まさか落ち込んでいないかと彼は心配であった。

 

 

 

「そんな顔すんなよ、ツナ」

 

 

 しかし、山本武からそう言われたのは沢田綱吉の方だった。図星を突かれたかのように顔が固まる。自分はそんなに顔にわかりやすく出してしまっていたのか。

 

 

「まあ、最初は驚いたけど、俺は別に気にしてねーぜ。伊波のこと」

 

 思いのほかカラッと山本武は答える。これが彼の強がりでなければいいが……。

 

 

「なんか腑に落ちたっつーかよ、伊波もほんと真面目だよな。あのロン毛のいるチームに入んなきゃなんねえから、一緒にマフィアごっこはできねえって言えばいいのによ」

 

 

 

 あ、この人はあくまでそういうスタンスなのね……と山本武の通常運転に呆気に取られる沢田綱吉であった。

 

 

 


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