REBORN DIARIO   作:とうこ

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それぞれの修業開始

 ハーフボンゴレリングの登場により、それぞれの運命が大きく動き出す頃――。

 

 

 

 並盛にある中学校の応接室のプレートを掲げた部屋で、雲雀恭弥はここ数日苛立ちを募らせていた。

 風紀委員会の仕事も手につかず、応接室に訪ねてくる輩は誰であろうと構わず咬み殺した。それでもこの胸の苛立ちは消えない。

 

 

 彼の手元にあるのは、退学届。

 彼女の自筆で書かれた、丁寧な文書だ。

 

 ある日それがぽんと彼の机に置かれていて、それ以来彼女の姿を見ることはなかった。

 

 すぐに彼女のアパートを訪ねた。そこにも彼女はいなくなっていた。

 彼女の面影も、そこにはなくなっていた。

 

 

 

 彼に何の言葉も告げず、彼女は消えた。

 

 

 許さない。赦さない。認めない。

 

 次に彼女に会えば、咬み殺す。

 

 

 

 逃げられると思っているのだろうか。彼女は。

 

 彼女を見つけたら教えてあげなければ、誰が君の支配者か。誰を怒らせたのか。無断で僕のそばを離れることなんて許さない。消えない傷跡を植え付けてあげる。

 

 

 

 

 しかし、問題が山積みな時に限って、面倒事は舞い込むのだ。

 

 

「お前が雲雀恭弥だな」

 

 中にいる雲雀恭弥の許可なしに、応接室の扉が開けられる。現れたのは金髪の見慣れぬ男と付き添いのような男。

 雲雀恭弥のもとに、金髪の男が前に出る。

 

 

「誰」

 

「俺はツナの兄貴分でリボーンの知人だ。雲の刻印のついた指輪の話がしたい」

 

 彼の縄張りに現れた男が、いきなりわけのわからない話をする。リボーンとはあの草食動物に付きっきりの赤ん坊のことだ。

 男が後に言った雲の刻印のついた指輪とは? 彼女のことで苛立ちが収まらない頭には、先日届けられた指輪のことなど微塵も記憶にはなかった。

 

 

「ねえ、君が誰かは知らないけど、僕は今ムカついてるんだ。出ていかないなら咬み殺す」

 

 指輪なんかどうでもいい。咬み殺す。

 そもそも部外者が校内にいる時点でおかしな話だ。あとで校内にいる風紀委員諸共咬み殺しておこう。雲雀恭弥に変なスイッチが入った。

 

 

「おいおい、なかなかの問題児だな。いいだろ、その方が話が早い」

 

 そいつは何がおかしいのか、くつくつと笑みをこぼして自身の武器を取り出した。

 なんか、ムカつく。そう思うと雲雀恭弥は懐から取り出した牙を男に振るった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 秋晴れの空、竹刀を振りかざす音があさり組道場に響き渡る。

 重い一太刀に、身体を床に叩き落とされた振動が広い道場に伝わる。重い道着に重心も上手く動くことができず、彼の体力を奪っていく。

 

 

 

「武イィッ!」

 

 

 息子の名を怒鳴り散らす親父の声、今まで見たこともない父親の姿に山本武は困惑していた。

 自ら剣道を習うべく弟子入りしたのだが、普段見る親父とはまるで別人のような気迫に、気ままに野球しかやってこなかった山本武はどうしていいものかと戸惑うばかりだった。一方的にやられてばかりで、鍛錬にもならない。再び投げ出された山本武は、鈍い痛みと暑い道着の中で体力を奪われながらもなんとか倒れずにいる状態だった。

 

 必死に立とうとする彼を見て、涼しい顔で見下ろす彼の親父は、普段の温厚な父親の面をとっぱらって彼に言い放った。

 

 

「お前が剣道をやりてえ理由が遊びなら、家に帰んなァ」

 

 一方的に倒されるばかりで、山本武も不甲斐なさを痛感した。まるで追い討ちをかけられたようで、苛立ちと混じりあって彼の中のやる気に火をつけた。

 

 

 

 

 遊びじゃねえ、遊びなんかじゃ……。

 

 

 

 あのロン毛の銀髪男に屈辱的な敗北を味わった悔しさもあったが、数日前にぱったりと見なくなったクラスメイトの女の子のことが、山本武の中でずっと引っ掛かりを憶えていた。

 

 

 最後にした約束をまだ憶えているだろうか?

 

 

 

 ずっと待ってる。

 たとえヨボヨボのおじいさんになっても、お前のことを待っている。

 

 彼はそんな覚悟で言ったつもりだったが、彼女の顔を見られなくなった日から、不安は消えなかった。本当に、彼女は戻ってこないつもりだろうか。

 

 

 

 

 お前が、初めてだったんだ。

 綺麗事なんかじゃない。あの頃のなんの繋がりもない頃に、お前が俺に言ってくれたことは、嘘じゃなかっただろ。

 

 

 

 春に教室で初めて彼女を見た時、窓際の席に着いて退屈そうに窓の外を見ていた。

 教室にいる誰とも目を合わせない憂いを帯びた横顔の輪郭が、不思議と彼の目を奪って、クラスメイトに不意に声を掛けられるまで見つめていたこともあった。

 

 けど、彼女に話しかけてみようと思えるようなきっかけも掴めなかった。

 

 

 彼女のように、人付き合いの苦手な人間がいることくらいは理解している。そういう人達と無理に関わることを彼はしない。

 人との繋がりより、彼には野球が一番だった。野球さえあれば、人が集まるしその縁が途切れることもない。野球が彼にくれたものは大きかった。だから彼も、この先もずっと野球を続けることが当たり前だと思っていた。

 

 しかし、中学に上がると、新しい環境で野球が上手くいかなくなった。

 自分よりいい球を投げる奴はいるし、自分より多く得点する奴もいる、彼が初めて感じる野球のプレッシャーだった。

 

 自分でも驚くほど当たり前に投げていた球が投げられなくなって、投げることに抵抗感ができて、ただプレーすることが苦痛で。

 そんな話をしたって共感してくれる奴はいないし、彼の言うことを本気で聞いてくれる奴もいなかったし、いつの間にか笑顔も減った。

 教室では無理に明るく振舞った。野球の話をされる度に困ったし、軽く苛立ちもあった。お前らに俺の何がわかるんだよ、そんな思いが彼の腹の底にあった。

 

 

 もう野球をやめようかと、一人で悩む日々が続いた。けど、野球をやめてしまえば自分は空っぽな人間だと、誰よりも理解している。

 

 自分は全然強い人間なんかじゃない。教室の彼女のように。

 

 

 そういえば、教室で誰かと会話しているところを見たことがない。あの娘は、どんな娘だろう。教室で何度も見ていたが、今まで気にしたこともなかったと気づいた。

 

 そんなことを考えていると、ある日の昼休みの部活の練習で、ついに彼女と話すきっかけがあった。

 

 

 

「悪い! ボールそっちに飛ばなかったか?」

 

 自分が誤って投げたボールを取りに向かう途中、校庭に人が通りかかった。自分が投げたボールが当たらなかったか心配で声を掛けたのだが、その人物を見ると彼は思わず唾を飲み込んだ。

 

 伊波紫乃だった。教室の外で見るだけで、緊張していた。こんなに間近で彼女を見ることもなかっただろう。

 

「あ、えっとー」

 

 思わず最初の言葉に躓いていると、足元に転がる球と、自分の顔を一瞥して彼女は無言のまま歩き出した。

 彼は結局何も言えないまま、その背中を見送っていた。

 間近で見た彼女の横顔は、刺がある薔薇のように、冷たく凛々しく、美しかった。

 

 

 その日の放課後、彼女と二度目の鉢合わせではそれとない会話をしてみた。まさか、彼女からあんな言葉を言ってもらえるとは思いもしなかったが、なんとなく話せたことは嬉しかった。

 こんな自分は案外根っこからお気楽かもしれないなと思った。彼女のおかげか、野球への熱意はまだ残っていた。

 

 

 野球で右腕を折って、絶望して、もう死のうとしていた時、あいつの言葉が頭にあった。

 引き止めるクラスメイト達の声に耳も貸さず、彼女の言葉に一体何を期待していたのかと我に返った。野球しかしてこなかったことを、こんなに後悔するなんて思わなかった。

 

 

 それでも、あの時一緒に屋上ダイブするような友人と出会えたことは、彼の中で大きな変化があった。

 あいつの言った通りだ。ちゃんと見てくれる奴がいた。肩の力が抜けて、また無性に野球がしたくなった。

 

 

 逃げ出したくなっても野球を続けてきたから、彼女と出逢えた。野球が彼にくれたものは、やはり大きかった。

 

 だからこれからも野球を続けていこう。

 

 

 

 

 

「遊びじゃねー……」

 

 

 

 負けた悔しさも、彼女に言った言葉も、本気だ。勢いで言ったところもあるが、生半可な気持ちじゃない。

 

 腹の底から意地を吐き出して、山本武は立ち上がった。動くだけで鉛の痛みと道着の重さが彼の身体にのしかかる。けど立つしかなかった。自分が立ち止まってはいられないから。

 

 

 本気で相手を倒しにかかる鋭い目つきを向けた彼の成長に、山本剛は次のステップを踏むことにした。

 ずっと野球一本でやってきた息子に、戦乱の世を渡った殺しの剣を継がせるか、簡単に決められることではなかったが、そいつの目にかけてみることにした。

 その時は、滅びることも仕方なしとした流派だ。

 

 

 

 

 

 

 それぞれの生徒達の修業をこっそりと見守る沢田家光は、それぞれの思いを胸に抱き強くなろうとする彼らの志しに大きな期待を寄せた。

 

 ボンゴレリングを、あの男に渡すわけにはいかなかった。

 

 

 沢田家光もまた、八年前の惨劇を目の当たりにした一人だった。

 しかし、門外顧問である彼でさえも、あの事件の最奥で起こった真相にたどり着くことはできず、八年が経っていた。

 こうなってしまったことには彼も責任を感じていた。あの日のことをあの方とはっきりと話し合えていたら、まだ若い彼らに背負わせることもなかっただろう。

 

 こちらに長くいた家庭教師の男から聞いていた少女のこと……。

 できることなら一度会っておきたかったが、彼女の行方は再びわからなくなってしまった。

 

 

 

 八年前の惨事、彼女は何を思い続けてこの日を迎えたのだろう。何を目撃したんだ。何も語らないあの人の代わりに、もしかしたら何か情報を掴めるかもしれないと思った。

 

 

 

 彼はその希望に懸け、人知れず道場を去る。ふとあの息子は、今頃どうしているだろうと気になった。

 あの赤ん坊のスパルタ修業で、きっと弱音を漏らしていることだろう。

 

 

 

 

 ハーフボンゴレリングを手にした彼らのもとに、暗殺部隊の足音が忍び寄るまで、あと八日――……。

 

 


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