REBORN DIARIO 作:とうこ
動き出した復讐黙示録
【どうしてこの日記を書いたか、わかるか?】
赤い花も、思い出も、とうに枯れ果てた。この世界も、貴方達も、引き返せないところまで来てしまった。
八年の沈黙は守った。口を開いて、この日のために誓った言葉は、変わらない。八年も待った代償は償う。
いつからか、あの頃の花はもう見られないとわかっていた。
【これは、報復だ。】
あの日の絶望の味は、今もまだ喉の奥に引っかかって、咽せ返るような濃い血の味を思い返す。後悔と涙でドス黒く濁っていた。炎で焼き尽くすには、深すぎる闇だ。
何度も間違えた。血を吐いた。縋った。哭いた。
その度に、砕けそうな胸に焦がした想いを噛み締めた。
もう後悔はしたくないんだ。
秋も暮れる週末の昼下がり。
補習をバックれ並盛の繁華街に乗り出した沢田綱吉達は、呑気にも友人同士で束の間の平穏のひとときにうつつをぬかしていた。
紫乃は彼らの行動を監視するため、その広場から遠くない見通しのいい雑居ビルのひとつを選んで、間もなく例のリングを持って現れる奴らを待ち構えていた。
黒曜の襲撃事件以来、彼らの姿を見ていなかったが、教室に彼女がいなくなっても元通りに元気にやっているようだ。
ちびっこ達を連れてゲームセンターへと向かっていく制服姿の見慣れた男の背中を、彼女の赤い目が不意に追いかける。
そこへ爆煙を纏い、お待ちかねの刺客の男が姿を晒す。
長髪の銀髪、暗殺に長けた鋭い眼光、漆黒を身に纏う、その男は……。
並盛の繁華街では大きな混乱を招きながら、二人の男が激しい火花を散らし互いに決死の攻防を繰り広げている。黒服を纏う長身の男と対峙する青い炎を纏う少年は、沢田綱吉を引き連れ一時撤退する。
門外顧問所属のその男を捉え、沢田綱吉に例のリングが渡るその瞬間を待って紫乃は監視を続ける。
少年を退け沢田綱吉に迫る男の後ろから、まともにこの状況も理解していないはずの彼の友人達が相手になると申し出る。無論あの二人に敵うような相手ではない。
山本武が先陣を切るが、瞬殺だった。その後は獄寺隼人の首に、男の一太刀が振り下ろされる。
息を呑む瞬間、男の動きが不意に止まる。
その刹那に、起き上がったバジルがすかさず男の剣を止める。
しかし、満身創痍の彼の身体は限界を前に、その男の剣に軽くあしらわれ、危険な状況であった。
そして、ここで死ぬ気になった沢田綱吉が、男の前に立ちなんとか戦況を変えるはずだったが……。
「……っと、そんなもん振り回してたら危ねーだろ」
彼女の目に映るのは、バジルが倒れた直後にすかさず起き上がり、彼を庇った山本武だ。
緊張の糸が暗闇の中で張り詰めるのを感じながら、眼下で巻き起こる戦いは、彼女の予期しない方向へと転がろうとする直前で、遅れて仲裁に入る沢田綱吉によってとどまった。
沢田綱吉の死ぬ気の炎と、拳のエンブレムに過剰に反応する男、沢田綱吉にリングを渡すべくイタリアからやって来た例の少年が、男の隙を見て額の炎が消えかかる沢田綱吉を連れ出し、黒箱に納めているリングを取り出した。
彼らが裏で話している間に標的を取り逃がした男と山本武が対峙する。
ボロボロの身体でも、彼はどうしても引く気がないらしい。このままではやられてしまうと、気が気ではなかった。
咄嗟に身体が傾くが、紫乃は動けなかった。
もし彼が目の前で切り刻まれることがあろうと、彼女はその場から立ち上がることはできない。
なんて薄情な人間だ。だから好きになる資格なんてなかった。
男は再び山本武をその剣でなぎ倒し、彼にとどめを刺すのも惜しいようにすぐさま沢田綱吉達のいる建物の裏へと回り込んだ。そして彼らにリングのことを問い詰めるところを、キャバッローネのボスのディーノが駆けつけた。ガキ相手にムキになっているんだと窘められ、機嫌を悪くしながらこの場は引き下がる。しかしキャバッローネの隙を突いて、沢田綱吉の手からリングを奪っていった。
男が去った後の地上では、重症のバジルを匿うため早急に動いていた。ディーノまでが駆けつけるこの事態に混乱する沢田綱吉は紫乃の記憶にあるよりも元気に見えるが、一方で獄寺隼人に助け出された山本武は、彼の分も傷を負った。
否、山本武の怪我は自分のせいだ。
あの場で動かなかった自分が、山本武を殺しかけた。
必要な犠牲だとわかっている、けど目の前で彼がボロボロになる姿をただ見ているだけなんて耐え難い。何度もその手を犠牲の血で汚した彼女だから、予想できる事態の恐怖は計り知れない。
今後必要になる修行で支障が出る可能性は大きい。
もう彼に合わせる顔もないと、紫乃はその場に立ち止まったままだ。
しかし、彼女の背後から声が掛かる。
「てめえがどうして
紫乃の鼓膜を震わせるその男の声に、身体が戦慄を憶える。
安易に振り向けば、沢田綱吉達を襲った男が、自分を凄んだ形相で睨みつけていることを容易に想像できた。
だから紫乃は竦んだ。
「セラン!?」
その名が、彼女の鼓膜を突いた。
視界が真っ白に濁って、紫乃はその声を聞いたと同時に依然混乱の渦中である地上へと飛び降りた。逃げ惑う群衆が入り乱れる中を、遠くへ遠くへと、男の剣が届かないところまで向かって逃げ続けた。
地上にはまだキャバッローネの手の者が彷徨いていることを踏まえ、彼女を取り逃がしたS・スクアーロは、蟻が地面を這うように地上で入り乱れる群衆に向けて大袈裟な舌打ちを浴びせた。
「ちぃ! どこぞの誰かに似て人の話を聞かねえな゛あぁッ!」
彼女がいなくなった雑居ビルの屋上で一人苛立ちを吐き出しながら、しかしその手にぶら下げた土産ににやりと不敵な笑みを浮かべていた。
「……まあいい、XANXUSにいい土産話ができそうだ」
【抗う者に待つのは、破滅だ。
この世界を敵に回しても、成し遂げてやる。二度とあの美しかった景色を見られなくても――――】
遂にvs.ヴァリアー編