REBORN DIARIO   作:とうこ

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小言

 爆発と煙幕が彼の小柄な身体を黒曜の床に打ち付けると、目を閉じた彼は己の死を悟った。

 

 最後はダメツナらしく、自分には何もできないまま、薄っぺらい生涯を終えるんだと、飲み込めない悔しさをその胸元に秘めたまま、力尽きようとしていた。

 

 

 全身の痛みに気が遠くなる中で彼が最後に吐き出した不甲斐ない言葉は、不意にこの耳に届いた懐かしい人々の声に呆気なく押し潰されていった。

 

 

 

 自分の部屋で愚痴をこぼす母親の声、クラスメイトが自分の採点された答案用紙を見つけた時の指摘する声、友達が自分のことを心配してくれる声、全てリアルタイムで彼のもとに届く小言だという。

 最初こそ、どうして小言なんて聞かされなきゃいけないんだよと気持ちが沈んでいたが、その声が少しずつ声援となり、何もかも諦めかけていた自分への原動力となる。

 

 

 

 ここで全てを諦められたら楽だろう。だが、それじゃいつまでもダメツナのままだ。ダメツナのままでもいいと思ってた。

 こんなダメツナを信じて任せてくれた人達の気持ちを、簡単に捨てるくらいダメな奴で終わっていいのか?

 

 

 どんな時も、自分は周りの人の声に助けられてばかりだ。今もそうだ、彼らの言葉で、こんな自分はまだ粘ろうとしている。

 沢田綱吉は、引き剥がされそうな意識を離さぬよう必死に繋ぎとめようとした。

 

 

 

 

 

 

 

 沢田……綱吉……。

 

 

 

 

 また、誰かの声がした。

 

 記憶を掘り起こすと、あの夏の最後に、言葉を交わしたか細い少女の声だ。

 

 

 

 

 ……君は、間違っていない。迷うな。突き進め。見失うな。掴むんだ。下を向くな。戦いを恐れるな。前だけを見ろ。

 

 

 

 

 それは、悲痛な叫びだった。教室で見かけた少女の、思いがけない悲痛な魂の叫びだった。その震えた声が、彼女自身に言い聞かせているようにも、沢田綱吉には聞こえていた。

 

 いつも窓際で、何を考えているかわからない彼女の横顔が、腫れていた。悲しみや怒りや悔しさを、小さな器に詰め込んで、張り裂けそうな苦しさを必死に押し殺しているような目元に、沢田綱吉の心は突き動かされた。

 

 

 

 

 

 君は、私にないものをちゃんと持っているじゃないか。羨ましいよ……。

 

 

 

 彼女の俄に震える口元から漏れたそんな小言、彼にはどう受け止めていいかはわからない。

 どこにいるかも彼には見当がつかない生い茂る林の中、彼女の左半身から指先まで垂れ続けている絶望の一滴を含んだ赤黒い液体に、覚醒をこの時に迎える彼の覚悟はドクリと疼いた。

 

 

 

 

 

 グローブを嵌めた右手が無意識に動き、敵の一撃を受け止めた。

 彼の全てを背負う覚悟がグローブに炎を灯すまで、彼女の小言は沢田綱吉の意識に永く木霊した。

 

 

 


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