REBORN DIARIO   作:とうこ

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夜空に咲く夏の花よ

 並盛神社では毎年この時期に夏祭りが行われていた。

 夜には盛大な花火が夏の夜空を彩り、この日一番の盛り上がりを見せるのだ。

 

 そんな日に居候の子供達の世話を頼まれ神社の祭りへとやって来た沢田綱吉。神社に着いたところで屋台へまっしぐらな子供達に呆れながら、憧れのヒロインと海のように夏祭りに来たかったなと届かない妄想をするのであった。

 

 しかし夏祭りの屋台でも何かと悪目立ちをするリボーンを避けチョコバナナの屋台に近づいたところで、級友の獄寺隼人と山本武に出くわす。

 どうして二人がここに!? と沢田綱吉が反応している間に彼の家庭教師の男がどこからか現れ、七夕で壊した公民館の壁の修理費を稼いでいるとのことだった。

 話を聞いたところで獄寺隼人に「一緒に頑張りましょう、十代目」と勧誘され、バナナ500本完売に巻き込まれることになってしまった。こうなった原因の赤ん坊に文句を言いながら仕方なく手伝うことにした。

 

 

 

 

「五万」

 

「ヒバリさんーーー!?」

 

 いきなり並中の風紀委員の登場に思わず腰を抜かしそうになる。しかもその頂点に君臨する猛者、雲雀恭弥本人である。失神しなかったのが不思議なくらいだった。

 屋台のショバ代を風紀委員に払うという伝統があるらしいと知り、また拒めば物理的に潰されると聞いてショックを受けた。うちの風紀委員地元最凶!?

 

 五万の札を数えている雲雀恭弥に更なる恐怖を刻まれていたところ、沢田綱吉の隣にいた山本武がおもむろに口を開く。

 

「あっ、待ってくれヒバリ!」

 

「や、山本!?」

 

 風紀委員とあまり関わりたくない沢田綱吉は、山本武が彼を態々引き止めたことに焦りを感じていた。山本武が下手に何をやらかすかわかったものではない。地元最凶を怒らせたらと思うと彼は生きた心地がしなかった。

 沢田綱吉のそんな不安もよそに、最凶の男を呼び止めた本人はしれっと話しかけている。

 

「伊波は今日来てねーのか? ちょっと話してえことあんだけどよ」

 

 こんな場面で、伊波紫乃の話題は最悪の地雷である。

 それを耳にした雲雀恭弥がピクリと反応する。沢田綱吉の生気は抜けかけた。

 

「……山本武。君とは二度と会わないと言っていたよ。君はここで咬み殺してもいいけど、まだ仕事が残っているからね」

 

 風紀の男は山本武にその言葉を言い残す。彼が立ち去ると、周辺は少しずつ祭りの活気を取り戻していた。

 沢田綱吉は夏休みに入る前に彼らの間にあったことを知らなかった。雲雀恭弥の言い残した台詞に落ち込み、それでも友人の前で無理に笑っている健気な山本武を彼はもう見ていられなかった。

 

 

 

 

 

 祭りの賑わいは中盤に差し掛かり、仄かに夕暮れの空が鮮やかな紅の色に染まりかかる頃、少し先の境内付近で他の風紀委員とショバ代を取り締まる彼女の姿を探した。

 

 

「紫乃」

 

 他の風紀委員に彼女の居場所を尋ね、表の露店の賑わいから少し離れた場所で数名の風紀委員と合流する彼女の姿を見つけた。

 背後の雲雀恭弥に気づき、帳簿をつける紫乃の手が一旦止まる。風紀委員会が回収したショバ代の会計を彼女は担当していた。

 雲雀恭弥の姿を見ると、その他の風紀委員はそそくさとその場を離れ彼らを二人にする。

 

「回収の記録は取ってある」

 

「そう、助かるよ」

 

 彼女の仕事量は雲雀恭弥の期待以上である。記録を取らせれば一度でもミスを犯したことはない。彼女の処理は常に完璧である。風紀委員会の活動においての彼女の優秀な腕を彼も信頼していた。

 

 しかし、完璧に振る舞うそんな彼女のこの頃の些細な異変を、雲雀恭弥はその鋭い野生の勘で察していた。

 

「そちらが回収した記録もまとめておくよ」

 

「紫乃」

 

「……何」

 

 眼鏡を掛ける彼女の視線が、彼を下から睨み上げている。多くの人目に付く今日の委員会活動では、彼女に眼鏡を掛けさせてあげていた。

 二人きりの空間で、彼女の視界を阻むそれの存在が彼には煩わしい。たとえ彼女に隠したいことがあろうと、自分には全てを晒け出してほしいのだ。

 

 

「彼を切り離した理由って?」

 

「……なんのこと」

 

 あくまでとぼける彼女、その声に被せて彼は続ける。彼女の目が、俄に苛立ちを憶えていたことも見透かしていた。

 

 

「まだとぼけるんだ。気づいてたよ。君を見つけてからずっと見ていたんだから。君の気持ちが、あの草食動物を見ていたこと。君が彼を庇うから、草食動物から君の全部を無理やりにでも奪い攫うのを心待ちにしていたんだけど、わからないな。君の思うところ」

 

 応接室で見守っていた。彼と二人きりの時も、彼の目を盗んでグラウンドの様子を窺う彼女の健気な横顔を……。

 ムカついた。咬み殺すのは簡単だ。けれどそれで彼女の心を束縛できるのとは違う。いつかあの目を、自分だけに向けてくれる日を待ち望んで、静かに機会を待った。

 けれど、彼女は自ら身を引いたようだ。彼女の中身が皮から抜け落ちたようだと思った。まるで夏の終わりを迎える蝉の抜け殻のような彼女の横顔を、見て見ぬふりをしてやり過ごすことでしか、プライドを保てなかった。

 

 

「……なんだ、私を咬み殺す気にでもなったのか」

 

「いいや、むしろ逆だよ。今の君は咬み殺してもつまらない。もっと、燃えさせてよ」

 

 

 

 廊下ですれ違う彼女を見つけた時、普通の奴らとは違うあの瞬間に惹かれたものを、彼女の特別な魅力のように……その唯一無二のもので、もっと自分を魅了して、狂わせてやりたい。陶器の肌を撫でる。本当のところは、彼の方が彼女に酔っていたかもしれない。

 心も身体も、狼狽する君の唇を強引に奪って、溶かして、彼女の真紅の瞳は、自分の手に堕ちていけばいい――……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 風紀の仕事がまだあると残して去る男を見送り、表通りから外れた林の中の幹にもたれて俯く紫乃は、大きく吐息を吐いた。口腔にはまだ彼の吐息が籠っていた。

 

 あんな強引な男に不覚にも頬を染め上げ、内側から滲み出る罪悪感に嘔吐感を握り潰す。負けてはダメだ。気持ちを強く持つ。

 

 

 桜クラ病に罹り……今はもう彼に利用価値を見出していない。紫乃があそこにとどまる理由はなかった。しかしあれほどあの男が自分に依存しているとは思わなかった。さっさと咬み殺されていればよかった。

 

 ひとつの胸にとどめられず溢れ出る片鱗を、人知れず青草の上に落として、罪深いとこぼした。こみ上げる感情に飲まれないよう気持ちをゆっくり整理しようとした。

 背後から忍び寄る影にはまだこの時気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 神社の境内で何十人という男達が沢田綱吉を待ち受けていた。最悪のリンチである。生命の灯火が消えかかっているのを彼は我が身で感じた。

 

 

「美味そうな群れを見つけたと思ったら、追跡中のひったくり集団を大量捕獲……」

 

 嬉しくて身震いするよ、と不気味に微笑みながら再び風紀委員長の雲雀恭弥が乱入する。やられそうな瀬戸際に駆けつけてくれてまさか自分を助けに来てくれたのかとぬか喜びしていたが、ひったくりの金まで略奪する気の風紀委員長にやっぱり自分のことしか考えてねー! と落胆する。そして自身は死ぬ気弾を撃たれ、乱闘開始間際に今度は友人の二人まで駆けつけてくれた。

 

 露天も出ていない境内は男達による血祭り状態である。

 

 

「うわああぁ!」

 

「こいつらほんとに中坊か!?」

 

 沢田綱吉勢力の圧力に押され始める戦況に、草むらの影から男の怒号が響き渡る。

 

 

「調子に乗りやがって餓鬼どもが! こっちには人質がいるんだぜ!?」

 

 リーダー格の男が盾にしたのは偶然彼らの縄張り近くを彷徨いていた紫乃だった。ひったくりの現場を見られたかもしれないと拘束していたが、生温い精神の彼らに人質を見せて動揺させる手もあった。

 野蛮な男の手に囚われ憔悴した彼女の姿を見て、反応する者達が数名いた。

 

「紫乃ッ」

 

「伊波!」

 

 好都合にも知り合いであるらしい人質の少女に刃物を向け暴れる彼らに脅迫する。

 

「この人質傷つけられたくなけりゃ全員おとなしくし……」

 

 そこまで言おうとして、男の意識は吹っ飛んだ。その手にあった刃物は粉砕され、男の顔は原型をとどめない程に歪んでいた。

 

 

 

「その汚い手」

 

「離せよ」

 

 

 怖気付くどころか迫りくる男二人の怒気に拘束を離し男はなんとかそこから後退しようとしたが、既に二人の怒りは沸点を超えていた。

 

 

 

「伊波!」

 

 彼女の手の縄の拘束を解き、ぐったりとしている彼女に懸命に声をかける。憔悴しているが、他に乱暴はされていないようなので安堵した。しかしまだ乱闘は続いている。彼女をこのままこの場にいさせるのも危険である。

 

 

「僕はまだ仕事があるから、彼女のことは任せるよ」

 

 彼女のそばにより容態を窺う彼に、雲雀恭弥が言い捨てる。

 

 風紀委員長としてひったくり犯を制圧するのと、暴れたい衝動はあった。ここでは彼に譲ってやるが、最終的には自分の手に堕とす。

 今は彼女の保身が重要事項だと言い聞かせ、男は投げやりに牙を振るう。

 

 彼に任された分も彼女を守ると決心して、彼女を安全な場所へと避難した。山本武は沢田綱吉の炎が揺らぐギリギリまで付きっきりで彼女の容態を心配し、紫乃のそばを離れなかった。

 

 

 

 

「その金は君達にあげるよ。じゃあね」

 

 乱闘後、男達の屍の山が積み上げられた他方で憔悴し切った沢田綱吉達に雲雀恭弥はそう告げると彼女の身体を抱き上げて消えていった。

 呆然とその姿を見送るしかなかった彼らは、その後笹川京子達と合流し一緒にひと夏の夜の花火を鑑賞した。

 色々あったが楽しい夏祭りだったと沢田綱吉は思う一方、視線を逸らし後方にいる友人の顔を見た。やはり彼の意識は上の空を見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

【八月四日

 

 この日のことは、あまり記憶にない。思い出したくもない。あの男の顔が朧げな意識に残っていたり、あの男はまた暴れていたり、気づけば病院のベッドの上だった。消灯した一人の室内で、部屋の窓から見える花火の明かりをぼんやり見ていた。】

 

 

 


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