REBORN DIARIO 作:とうこ
【六月十四日
放課後はボンゴレ十代目暗殺計画が実行される。本人はそうとも知らずヒロインと同じ班になれたことで浮かれているがな。
例の武器チューナーもまだまだ未熟な十代目候補と対面している頃だろうか。未熟者同士仲良くしてほしいものだ。
彼が獄寺隼人を幼児化させることが暗殺計画妨害のミソであるが、どうなることやら。もうひとつは、私が上手く山本武を誘導させることに懸かっている。】
沢田綱吉暗殺計画の当日の放課後、紫乃の方は同班となった山本武に連れられ竹寿司の暖簾を潜った。
「帰ったぜ、親父」
「おう、武! んで隣の嬢さんは?」
暖簾を潜るとここ竹寿司の大将であり山本武の父親の山本剛が仕込みの最中であったらしく、慌ただしい様子で二人を迎える。
紫乃に気づいた彼の父親は店の仕込みに追われていたが、快く紫乃を歓迎してくれた。親子揃ってよく似た朗らかな笑顔に申し訳なくなり頭を下げる。
「同じクラスの伊波っていうんだ。授業の課題一緒に家でやるから連れてきたぜ」
「お邪魔します」
山本武の紹介もあり軽い挨拶を済ませると、山本剛は仕込みの手を止め紫乃の方まで歩み寄る。父親とは初対面であるが、息子と同じくらいの背格好でやはり人の良い笑顔はつくづく親子だと納得させるものがある。
「へえ! そーかい! お嬢ちゃんが紫乃ちゃんかい、武からよーく話は聞かせてもらってるぜぃ。ゆっくりしていきな」
温かい歓迎に紫乃は改めて礼を言うが、彼からよく話を聞いているとはどういうことなのか。隣でボケーッと立っている男を睨む。
紫乃の視線を感じたのか、咄嗟に山本武もお茶を濁そうとしている。
「何言ってんだよ親父っ! まっ、そーいうことだからゆっくりしてけよ」
ざっくばらんに結局この男はまとめた。通常運転だな、と紫乃は溜息を吐くしかない。
この男にはぐらかされた感じはあるけれど、細かく考えることはやめ竹寿司の二階へと上がった。
二階の山本武の部屋に入ると、畳十畳程の部屋に紫乃の予想した通り物が床に散乱している光景が飛び込んだ。漫画雑誌やゲーム機が床のそこかしこに転がっている。部屋の奥には敷きっぱなしの布団と、脱ぎ捨てたような寝巻きのシャツとジャージが落ちていた。
まあ、この年頃の中学生らしい空間に紫乃は特に何も思わないが、その部屋の光景を見て思い出したように彼女の後ろで山本武がごちた。
「昨日野球の奴らが散らかしていったままにしてたぜ、まいったな……」
笑っているが気まずそうな空気を駄々漏れにしている山本武に、特に気にしていないという素っ気ない返事で返してやった。紫乃が気にしていないようなので山本武もすぐにいつものペースに戻る。
この後の彼には大事な仕事が控えているからな、コンディションは最善に整えておいてもらわないと。
「まあ、その辺に座っといてくれよ。同じ班の連中も後で来るっつってたから」
紫乃を部屋に残してお茶を取りに行った山本武はそんなことを言っていたが、やはりドがつく天然である。
山本武と紫乃の仲を勘繰っている班の連中が余計なお節介を焼いて二人きりになるように仕向けたのを紫乃は聞かずとも知っている。
この男と二人きりになったからと言ってなんだというのが本音の紫乃にはどうでもよかった。先月には二人で水族館にまで赴いたのだ。紫乃は平然としていた。
適当に座っていてくれと言われても、散らかった部屋を前におとなしく待っているのもなんである。南向きの窓際の棚に置いてある野球の用具やら500円貯金箱のほぼスッカラカンな中身を眺めていた。
やりにくいな……なんて結局愚痴りながら、彼が戻るまである程度整理しておくことにした。
ちょうど落ち着いたところで、湯呑に煎れた焙じ茶と茶菓子を持って山本武が部屋に戻ってくる。
少し片付いた自身の部屋を見て紫乃に申し訳なさそうにしている山本武も卓袱台の前に腰を下ろし、下に降りるついでまだ来ていない班の奴らと連絡した旨を紫乃に伝える。
「なんかもうちょい時間かかるみてーだから先にやっといてくれってさ」
どこで道草に時間をかけているのやら知らないが、クラスでロクに話したこともないクラスメイト三人に密かな苛立ちを覚えた紫乃である。
仕方ないので山本武と二人で授業の課題に取り組むことにしたが、その矢先に部屋の襖を外から叩く音がする。
「捗ってるかいお二人さん」
「親父!」
彼の父親の山本剛が部屋の様子を見に来た。彼の手に分厚い本の冊子が抱えられている。
「紫乃ちゃんにいいもん持ってきてやったぜ。武のアルバムだ」
気前のいい感じで紫乃にそう言って見せたのは、山本武の幼少期からのアルバムである。お寿司じゃないのが非常に残念だと紫乃が思ったのは内緒だ。
「ありがとうございます……」
「よせって親父! 見てもつまんねえだろ!」
「そんなこたぁねーぜ! 昔の武もそりゃあ可愛いもんでよ」
珍しくムキになって父親に抵抗している山本武を横目に、紫乃はそのアルバムを受け取る。
息子に頑なにあしらわれたので後は二人でゆっくり見てくれと息子に細やかなエールを送り山本剛は襖を閉めていった。
やけにご機嫌な父親に最初は振り回されたが、再び彼女と二人きりとなりすぐ隣で自分の昔のアルバムをめくる紫乃を緊張気味に見つめる。
「……ほんとだ。可愛いな」
「そ、そうか?」
紫乃が見ていたのは、まだ生まれたての初々しい頃の山本武だ。この頃からマヌケヅラをしていたようだ。時々写真に写っている女性は、彼の母親だろうか。母親の顔が見切れているものばかりだが、彼への愛情が伝わる写真ばかりだ。
アルバムを見た彼女の第一声が好印象なものだったので、山本武も内心浮かれていた。彼の反応に彼女はこう返した。
「ああ、こんな巨木になるとは将来想像もつかないだろうな」
「褒めてねーだろそれ!」
さらりと紫乃から毒を吐かれ、撃沈する山本武だった。それでも彼女とこうして苦笑していられるほど、彼女と時間を長く過ごすほど、手に届くような気がした。
もう少し、もう少しで、彼女に届く気がした。
そのままアルバムをめくり、幼少期の頃から野球一筋の少年の姿を、紫乃はその目に焼きつけた。
「昔から野球が好きなんだな」
「まあなー。ツナ達と会う前は野球しかしてこなかったしな」
山本武は何気なくそう言ったのだろうが、紫乃の胸に突き刺さっていた。
新学期に入る前の公園での告白を思い出す。彼はああ言ってくれた。本当のところは、どうだろうか。
紫乃は今でも自分自身にそんな力はないと思っている。沢田綱吉のように、心を動かす言葉を紫乃にはかけられなかった。だからあの日運命には抗えなかった。
紫乃ではなく、沢田綱吉の心こそが、あの時の山本武を踏みとどまらせた。決して彼女ではない。自惚れてはいけない。
「……野球は、君の夢か?」
「ああ。やるからにはプロになりてえよな」
「……前に言っていた、マフィアごっこは楽しいか?」
「ハハッ、そりゃ楽しいぜ! ツナやみんなもいるしな!」
この笑顔も、沢田綱吉に救われたものだ。紫乃の力ではない。
だから君に、どうしても聞いておかなければならないことがある。
「君は、野球と沢田綱吉を天秤にかけるなら、どちらを選ぶんだ?」
アルバムから目を逸らし、その質問を投げかける。少し身体を仰け反る山本武の黒目の奥まで食い入るように見据える。
山本武の方は、わけもわからずキョトンと紫乃を見ている。戸惑っている部分もあるだろう。
「……? まあ、大人になってもマフィアごっこするんなら付き合うけどな」
そう言って、笑うのだった。
彼らしい答えだな、紫乃はそれを聞いてゆっくりと目を伏せる。
「そう……」
「伊波?」
なんでもない、山本武のその後の追及に紫乃は一貫してそう答えた。
「俺のアルバム見せたんだからよ、今度は伊波のも見せてくれよな」
彼女の方が頑なにだんまりなので、仕方なく話題を変えた。山本武から提案してみるが、紫乃はきっぱりと断った。
「ない」
山本武が固まる間に、紫乃は続けた。
「もうないんだ。燃えてしまったんだ。小さい頃、家が燃やされてな。だから昔の夢ももうない。忘れてしまったよ」
淡々とそう言って、すっかり冷めた湯呑に手を伸ばす。喉を通る焙じ茶の味があまり感じられなかった。
押し黙る山本武だが、じゃあさ……と彼女に切り出す。
「また、作ろうぜ。伊波の夢。俺も一緒に手伝うからよ」
前向きな彼らしい妙案に、紫乃も苦笑いだった。
ありがとうと、この時は彼に言っておいた。
彼が紫乃に笑顔を見せる度に、彼女の胸は締めつけられた。
【彼の夢は叶わない。私を恨んでもらっても構わない。彼に恨まれても、もう引き返せないところまで来たんだ。】