REBORN DIARIO   作:とうこ

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バレンタインデー 2

 紫乃は並盛中から最寄りにある商店街に来ていた。

 雲雀恭弥の脅威から逃れ、安心するのも束の間だ。これから彼の満足するチョコを選出し持ち帰り献上しなければ無意味な報復に遭う。ふざけるなという話だ。商店街の入口にあったバレンタインブースで丁寧に包装された商品を吟味する。

 

 ああ、すごく、めんどくさい。

 バレンタインに異性にチョコを送ったことがない紫乃には至極無駄な時間であるように感じられた。

 

 

「紫乃さんじゃないですか! アンビリバボーです!」

 

 そんな運命的な出会い方はしていないだろ。三浦ハル。

 またか……と紫乃はどこか諦めに似たものを感じていた。

 しかし三浦ハルが何故商店街にいるのか。放課後は沢田家で彼らに振舞う手作りチョコを作っているはずだ。紫乃は疑問だったが、三浦ハルがあっけらかんと答える。

 

「ツナさんの家で手作りチョコを作っていたんですが、チョコが少し足りないようだったのでハルが買い足しに来たんです」

 

 そんな地雷があっていいのか、紫乃は酷く落ち込んだ。そんなリアルな地雷は求めていないんだ。誰に文句を言えばいいと紫乃は静かな苛立ちを募らせた。

 

「紫乃さんも殿方にあげるチョコを買いに来たんですか?」

 

「ま、まあ……」

 

 今度は三浦ハルに突っ込まれる。

 そんな純粋なものではなくチョコよりも濃厚で植え付けてくるような強迫観念だったがな。

 

「ならこれから一緒に作りませんか!?」

 

 三浦ハルの突拍子もない提案に紫乃の危険信号が警告している。このままでは危うく逃げ道を塞がれると紫乃は直感した。

 

「あ、いや、買えばいいし」

 

「そんなわけにはいきません! 青春の気持ちは自分で作ってこそ大切な相手に伝わるというのがハルの持論です!」

 

 君の持論ほど確証のないものは他にないと紫乃は思うが、今日という日ほど恋する乙女に敵わない日はない。「というわけで板チョコを買い足してさっさと行きましょう!」と人の話を聞かない三浦ハルの暴走に再び振り回される紫乃であった。

 

 

 

 

 その後、散々恋する乙女暴走機関車三浦ハルに振り回されて買い出しに付き合わされ、沢田綱吉の自宅までやって来てしまった。

 今ならまだ引き返せると紫乃が隙を狙っていたが、「行きましょう紫乃さん」と三浦ハルにがっつり腕を捕まえられてしまった。ここまで来たらさっさと観念することにした。

 

「ただいまです~!」

 

「あっ、ハルちゃんおかえり!」

 

 一足先に沢田家のリビングに戻った三浦ハルが、中にいた人物に買い出しの袋を両手にぶら下げて帰りを報告する。

 中にいた人物は快く彼女を迎えていた。

 しかし、彼女の隣にいた紫乃を見て、笹川京子は少し言葉を詰まらせているようだった。

 

「あ……」

 

「ツナさんのご学友の伊波紫乃さんです。買い出しの時に偶然お会いしたのでお誘いしてみました!」

 

 三浦ハルと笹川京子がこの日は一緒にバレンタインチョコを作るのを紫乃も当然知っていた。

 紫乃も笹川京子とは、あれ以来顔を合わせるのは避けていた。ここまで三浦ハルに引っ張られてきて、家庭科実習以来彼女と言葉を交わすことになる。

 ここでヒロインに嫌われていたなら紫乃も帰りやすいと思った。三浦ハルには申し訳ないが、やはり彼女達と自分の立場は違いすぎる。嫌われ役は慣れている。

 

「伊波さん……」

 

「はひっ! もしかしてお二人は面識がありましたか?」

 

「……」

 

 笹川京子がしばらく固まっているので、辺りは沈黙していた。仕方ない。紫乃から身を引こうと笹川京子から視線を外すが、彼女から咄嗟に腕を引かれた。

 

 

「伊波さんも、よかったら一緒にツナ君達へのバレンタインチョコ作ろうよ」

 

 紫乃が振り向くと、笑顔で紫乃を歓迎する笹川京子。紫乃の腕を引き止める手は、また同じように拒絶されるかもしれないという恐怖で微かに震えている。そんな勇気を振り絞るヒロインの健気さを見ていると、紫乃は断りたくても断れない。

 

「……あの時は、君の親切を無下にしてしまって、すまないと思っている」

 

「ううん、そんな、私の方こそいつもお兄ちゃんにするみたいにお節介焼いちゃって、ごめんね。もっと伊波さんとお話ししてみたいなって思ってたんだ」

 

 爽やかにヒロインはそう切り返す。さすがヒロインの器は並のものではない。あの兄を持ちながらここまでの器を備えるとは天性の器だろう。彼女こそ聖杯だ。

 少し自分の捻くれた性格に厭き厭きする紫乃である。

 

「はひっ、はひっ? お二人には何かディープな溝があったようですが、これにてハッピーエンドです!」

 

 三浦ハルが最後に雑にまとめた。雑すぎるだろ。というかチョコを完成させる前に完結してしまっている。どうなんだこれは……。

 

 

「私は愛があればいいわよ。歓迎するわ」

 

 紫乃達の間にぬるりと現れた長い髪の女……毒サソリビアンキだ。手にはこの世のものとは思えない物騒な品を混ぜている。チョコの香りで異臭が誤魔化されているのか、彼女達に顔色の変化はない。

 

「さすがですビアンキさん!」

 

「あなたにも愛を伝えたい人がいるのね。いいわ、愛をぶち込んでやりなさい」

 

 ビアンキの反応をしばらく窺っていた紫乃だが、向こうは紫乃より愛人へ渡す予定のチョコ作りに集中しているらしく、紫乃を特に気にはとめずリボーンにチョコの好みを聞くために二階へと上がっていった。しばらくは帰ってこないだろうと踏んで、そのまま三人で続きに取り掛かることにした。

 

 そこに沢田家の母沢田奈々が様子を見に来た。

 

「あら、あなたこの間の、ツナのお友達だったのね」

 

 紫乃の姿を見ると、まだ記憶に憶えていたのか、彼女にも分け隔てなく親切に接してくれた。

 

「ゆっくりしていってね」

 

「す、すみません……」

 

 いきなりの訪問にも寛大な沢田綱吉の母に、紫乃もなんだか申し訳なくなり渋々と彼女達のバレンタインチョコ作りを手伝うことにした。

 

 

「紫乃さんはお持ち帰りなのでフォンデュにはできませんね。どうしましょうか……」

 

「生チョコにするのはどうかな? 生クリームで作れるよ」

 

「京子ちゃんグッドアイディアです! 紫乃さんはどうですか?」

 

「まあ……いいんじゃないか……」

 

 チョコの話題で盛り上がる彼女達に正直出遅れている。紫乃は特にどれでもいい。もとより愛情など込める予定もないのだ。

 しかしそんな紫乃の本音はよそに結局紫乃が作る分は生チョコに決定した。やれやれ、紫乃は先が思いやられると感じた。

 

 各々がチョコ作りの作業に取り掛かかる間にも、ガールズトークは止まらないようだ。紫乃はなるべく傍観していようとしたが、またもや三浦ハルに話題を振られた。

 

 

「紫乃さんはやっぱり山本さんにあげるチョコを作っているんですか?」

 

「えっ、そうなんだ? 私はてっきりヒバリさんにあげるんだと思ってたよ」

 

「はひっ! あのデンジャラスヒューマンの方ですか!? そういえば紫乃さんも風紀委員でしたよね!?」

 

 もとはどちらにもあげる予定ではない。どうして彼女達とチョコを作ることになってしまったのだろうか……。

 紫乃はもう考えることを諦めた。勝手にやってくれ。

 

「はひっ、紫乃さんモテモテじゃないですか! 羨ましいです~。もうこの際二人にあげるとびきりのチョコを作りましょう!」

 

「そうだね、ハルちゃんに賛成!」

 

「ちょ……勝手に決めるな!」

 

 傍観していたらしていたで話が違うじゃないか。どうして二人分も作る義理があるんだ。

 

「そもそも、バレンタインというのは欧米で男性から女性に贈る愛情表現だ。本来なら男の方から女性に花束を贈るべきだというのに、女から男にチョコを贈るなんて馬鹿げた話だ」

 

「ほへーっ、紫乃さん物知りです」

 

「外国ではそうなんだね」

 

 ……少し喋りすぎただろうか。まあ彼女達は気にとめていないようだしいいか。紫乃はそれから黙々と生チョコ作りに勤しんでおいた。

 なんだかんだ初めて作るバレンタインチョコは、まずまずの出来になった。やることはきっちりとやる紫乃の性格は、結局二人分の生チョコのラッピングをすることとなった。彼女達からの視線が居た堪れない。

 

 

 

 

 

 

 

 沢田綱吉の家を出て、紫乃はひとまず先に学校に戻った。

 夕暮れが近づくが、紫乃が応接室の扉を叩くと、雲雀恭弥が応接室でおとなしく待っていた。半分眠たそうにしている。

 

「ん」

 

「随分と待たせたね。待ちくたびれたよ」

 

「言っておくけど味の保証はないからな」

 

 その言葉を言い捨てて応接室を立ち去る。

 彼女が終始不機嫌のまま帰った後、生チョコのラッピングに気づいて、雲雀恭弥はしばらく手をつけずにそれを愛おしく眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 その日は部活を早めに解散して帰路に着いたが、放課後は他にこれといってやることもなくなんだかんだ河原で野球の自主練をしていた。山本武は少し多めの素振りを終えて、日も暮れたし帰ろうかと草むらに放り投げたバッグを手に取ろうとした。

 

「ん……?」

 

 スポーツバッグのポケットに、見慣れない袋があった。こんなの最初から入っていただろうか? それを見ると、チョコレートだった。少し形が崩れていたが、その人物の性格がよくわかるような気がした。

 

 ふと河原を見上げると、河原を去っていくシルエットを見つける。日頃無意識に目で追いかけているその背中を、彼は一発で当てていた。ここからでは彼が声をかけてもきっと無視されるだろう。彼女が置いていったチョコの袋を見下ろして、山本武は夕暮れが差す表情にふと満面の笑顔を浮かべた。

 

 

「へへっ、やったぜっ」

 

 

 

 そんな彼の顔が容易に浮かぶと紫乃は日没も近い帰り道を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【彼女達と作った初めてのバレンタインチョコは、少しだけ心躍るものを感じた。引き出しの奥に仕舞っていた感情だ。彼らは、どう感じただろうか。喜んでくれるだろうか。

 

 わかっているんだ。気を許すほどに辛くなるだけだと。わかっているのに、性懲りもなくまだどこかで求めているんだ。誰かの助けを。昔の私とは違うというのに。罪悪感に心臓が押し潰されそうだ。】

 

 

 




バレンタインデーは小休止で書きました。
とかいいつつ伏線がっつり入れてるけど。

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