REBORN DIARIO   作:とうこ

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バレンタインデー 1

【二月十四日

 

 この日は学校全体が妙に浮き足立っていた。校内のあちこちで甘ったるい匂いが鼻につく。

 

 そう、本日はバレンタインだ。】

 

 

 

 

 

 

 放課後の教室は、まるで異様な騒々しさを見せていた。

 紫乃のクラスには、あの獄寺隼人と山本武のツートップが在籍しているのだ。学年問わず彼らに密かに憧れる女子達が、これはチャンスだとばかりに手作りのチョコを持って教室に駆け込んでいる。二人の周りにはあっという間に人だかりができた。

 紫乃のクラスは軽く交通渋滞が起こる騒ぎとなっていた。モテない男子と二人にチョコをあげたい女子との間で壮絶な派閥が起きる。

 

 冷戦状態の中で誰かが、風紀委員がすっ飛んでくるぞ、の一言で先程までの教室は静まり返った。

 一体誰がそう言ったのか、教室内でしばらく憶測が飛んだ。

 

 今朝からバレンタインで浮かれだった校内の空気には辟易していた。チョコなんかであんなに幸福感を満たせるとは幸せだな、と皮肉を言う紫乃である。

 特にバレンタインに難癖をつけるわけではない。愛が結ばれるなら素晴らしいことではないか。しかし、よそでやってくれそんなこと、誰も彼もがこの日に浮かれているわけではないのだ。

 

 

 

「伊波はチョコ渡す相手はいねえのか?」

 

 昼休みに廊下で山本武とすれ違う。紫乃が無視しようとすると、そんなことを聞いた。

 こんな日に開口一番にそんな話題なのか、うんざりだというようにこのちゃらんぽらんな男に紫乃は言い返した。

 

「当たり前だろ」

 

「そうかよ。ちょっと期待してたんだけどな」

 

 こんな日には仕方ない話題かもしれないが、紫乃にこの日特別チョコを渡す相手などいない。

 彼女にも一応風紀委員のメンツがあるのだ。自ら風紀を乱す行為はしない。あの並盛風紀命とか言ってる男にみすみす咬み殺される浮かれポンチではないのだ。

 それにこの男、こうは言っているが、今朝の部活の朝練から大勢の女子にグラウンドで囲まれていたのを紫乃は知っている。あれは嫌でも目立っていた。

 

「……なんでだ?」

 

「えっ?」

 

「君は十分な量のチョコを受け取っているだろう。どうしてまだ欲しがるんだ?」

 

「んー、いや……チョコっつーか、伊波から貰えたら嬉しいっつーかよ……」

 

 女子からもう十分なチョコを貰っているだろうこの男が、まだ自分にチョコを頼んでくる思考が、紫乃にはイマイチわからなかった。こいつはこんなに甘党だったのか? 単に自分のリサーチ不足だろうかと、目前にいる山本武の存在など無視して色々と逡巡していた。

 

 山本武は、照れくさいながら紫乃に小さな期待を込めて赤裸々に告白したのだが、彼女には微塵もこの時は伝わっていなかった。

 

「君にあげるチョコはない」

 

 

 バッサリと気になる娘から切り捨てられた。山本武の心のショックは計り知れない。放課後はとても他の女子から好意を受け取る気にはなれなかった。この日は山本武のおこぼれを密かに期待していた悲壮な野球部員達も、手持ち無沙汰で部室にやって来た山本武に相当なダメージを受けた。放課後の野球部の活動は言わずもがなボロボロであった。

 

 

 

 

 

 

 紫乃が応接室の敷居を潜ると、一番に目に飛び込んできたチョコの山に唖然とした。テーブルの上に収まりきらず床に転がっているのもある。

 

「またすごい数だな……」

 

「今年は委員長の下駄箱にこれだけのチョコが詰められていました」

 

「えっ」

 

 紫乃はてっきり雲雀恭弥が今日一日で生徒達から無情にも没収した菓子を見せしめのようにそこに積んであるのかと思っていた。草壁哲矢のその言葉に目を丸くする。

 

 こいつモテたのか!? こんなキャラで!? 雲雀恭弥にこれだけの数の女子が秘め事に慕っているとは……なんて罪な男だ。雲雀恭弥……。

 

 紫乃にはまるで理解し難いこの男の魅力だが、この日一番の衝撃であることに間違いない。ちなみにこの日沢田綱吉は義理チョコ0個だぞ。思考が岩の如く固まっていると、草壁哲矢に出させた茶を啜る雲雀恭弥が紫乃に言った。

 

「君からのチョコはないの?」

 

「は?」

 

 ぼけーっとしていたのをようやく自覚して、しっかりしろと気を持ち直す。雲雀恭弥が何か戯れ言を言っていた。つーか、チョコ食べんのかい。

 

 

「へえ、そう、ないんだ」

 

 なんか懐からチラチラと見えている。

 雲雀恭弥が微笑んでいる時は大抵いいことではない。

 

 紫乃はすかさずこう切り返した。

 

 

 

「……わ、忘れてきただけだ。取ってくる」

 

 

 そう早口に、さっさと応接室を出ていく。

 ……ついさっきまで風紀のメンツがとか言っていた自分を殴ろう。紫乃は思った。

 

 

 




後編に続く。

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