REBORN DIARIO 作:とうこ
【十月十七日
本日、香港から弱冠五歳の殺し屋がやって来た。
やはりビジュアルのパンチは強烈だな。校内清掃時間に笹川京子にお礼を言われているのを目撃した。あの人間爆弾の威力に巻き込まれるのは勘弁なので、応接室に避難して屋上での経過を観察していた。ちなみに花火を鑑賞するならこれを言っておかなければならない。たーまやー。
そして風紀委員がすっ飛んでこなかったのは、私の影のフォローのお陰だぞ。感謝しろよ。
また沢田綱吉の周りが賑わしいことになる、そんなことを傍観者ながらにぼんやりと感じていた。】
休日の朝にコンビニ飯で済まそうと、10時を過ぎた頃に適当な格好で最寄りのコンビニを目指していたところ、面倒な奴に出くわしてしまった。
「はひっ! あなた、いつぞやのスーパークールビューティーガールじゃありませんか!」
三浦ハルだ。休日の朝に偶然出会ってしまった相手としては、あの男と並んで非常に面倒なテンションだ。
時代劇か欧米かよく掴めない三浦ハルのテンションに若干引き気味で、この場を切り抜ける隙を模索する。それにしても一人でよく喋る女だな。
「はひっ、ご挨拶が遅れてました! 未来のツナさんの妻候補の三浦ハルと申します。いつも主人がお世話になっております」
知ってる知ってる。あの絶対的ヒロインを出し抜き沢田綱吉の嫁の座を掴めるかまでは紫乃の知ったことではないが、君に習うならファイトだ、なんて適当な相槌でかわそうとするものの、三浦ハルの朝イチのガッツも半端なものではない。
「いつもお世話になっているツナさんの同級生の方と、一度女同士でガールズトークしてみたいと思ってたんです! 今からツナさんの家に行くんですがご一緒にどうですか?」
「いや……」
コンビニに行って家に引きこもりたい紫乃に、三浦ハルの怒涛のお誘いが気だるい時の頭に障り目を回す。
言ってもそこまで世話をする間柄でもなく、紫乃は一方的に標的にさせてもらっている。
それに心配しなくても、もうすぐスイーツやらハル感謝デーを語り合える良き女友達と出会えるのだからもう少し我慢してほしいところである。
「はひっ! もうこんな時間です! グズグズしないで行きましょう紫乃さん!!!」
なんだかんだ三浦ハルのハイテンションにドン引きする紫乃は、彼女に腕を引っ張られそのまま少し先にある沢田家の敷居を無理やりに潜らされるのであった。
「子供をいじめちゃダメだってなんでわからないんですか!!」
沢田家の二階に上がると、早速三浦ハルが割り込んでいき話がややこしくなっている。帰りたい。どうやら沢田家の母はこの日は留守にしているようだ。帰りたい。紫乃は部屋の前でかかしのように固まっていた。
「伊波さん!」
このドタバタの中でも三浦ハルの後ろに隠れていた紫乃に気づき、沢田綱吉が声を上げた。紫乃の帰りたい衝動がマックスになる頃のことである。紫乃は反応に困り、思わず身体が先に踵を返そうとした。
「……やっぱり帰る。邪魔したな」
そそくさと逃げようとする紫乃を、咄嗟に腕を掴んで引き止めたのは山本武であった。
「まーまー、あがってけよ」
片手にはランボをあやし、朗らかに笑う山本武を見て、変わりないと紫乃は思った。この間のことは、獄寺隼人の強引な誘いの後で少し気性が荒かったようだと彼女はそう結論づけた。
「てめえ、十代目の家だぞここは!」
「そうだよ、伊波さんもせっかくだし、ゆっくりしていってよ」
「ぐっ……十代目がそう仰るのでしたら異論はありません……」
沢田綱吉が歓迎しているので、獄寺隼人もそれ以上は追及せず押し黙る。彼女の退路は絶たれた。
こうして沢田家に歓迎された紫乃は、ついでに彼らの美術の補習に付き合わされ、粘土で蛇か鰻のようなものを作っている作業工程を見守ることにした。後に富士山だと獄寺隼人に突っ込まれた。マジか。
紫乃は三浦ハルと山本武の間に座るが、両端ともに居心地が悪い。片方はやけにハイテンションだし片方はやけに紫乃に構ってくる。上手く介入できると腹を括ることにしていたが、やっぱり引きこもりたい。
「そういや、今日は伊波眼鏡掛けてないのな、コンタクトか?」
「!」
山本武に言われて、やけに今日の視界がいいことに気づく。コンビニに行くだけだったので寝起きは眼鏡を掛けずに出かけていた。凡ミスだ。三浦ハルのハイテンションぶりにドン引きしている場合ではなかった。
ここで適当に頷いておけばよかったが、この男がしゃしゃり出てくる。
「いつもは伊達眼鏡掛けてんだろ」
「えっ!? なんで!?」
こいつの余計な一言のお陰で回避ルートが閉ざされた。恨むぞ、アルコバレーノとその目つきの悪い目で赤ん坊を睨みつける。図々しくも山本武の肩に収まり紫乃と距離を縮めようとしている。下心が見え見えだ。沢田綱吉が妙に食いつくので、それにも返しが困る。ほぼほぼ初対面の女子だというのに、彼の性格ならまして女子の紫乃にまだ心を開かないはずだ。否、彼女達と違い、クラスの陰キャラ担当である紫乃には話しやすいのかと紫乃は悲しくも納得した。どいつもこいつも陰キャラには優しいものだ。
「……この目つきの悪さで、色々誤解されるんだ。いつもは伊達眼鏡を掛けて、人と目を合わせるのを避けてる」
極力は視線を下げ、誰とも目を合わせずに淡々と質問に答えた。なるべく気負わせない声のイントネーションを探り、彼らの今までの空気を崩さないようにそれとなく言った。
「そんな……もったいないなあ……」
「……は?」
「あ、いや、その……伊波さんって教室でいつもおとなしくしているから、こうやって話したのも新鮮っていうか……教室で、横顔が綺麗な娘だって思ってたから、その、自分でそんなこと言っちゃうなんて、もったいないなあって……」
沢田綱吉……君は、ボンゴレ十代目になる男なんだな。
紫乃は、改めてその男の目を見た。
「……ありがとう」
「えっ! 俺そんな大したこと……」
「ちぇっ、ツナにいいとこ持っていかれたぜ」
「ツナさん! ハルにも甘い言葉で囁いてください!」
「やだよそれは!」
部屋の中央のテーブルを囲んでワイワイとお祭り騒ぎのようになる。
沢田綱吉にさえ以前から密かに印象を持たれていたとは、やはり思うように上手くいかないなと紫乃は未熟さに呆れるのだった。
沢田綱吉らが盛り上がる端で、こんな時には一番に沢田綱吉に絡んでくる獄寺隼人は、珍しく黙り込んでいた。口に煙草を蒸し、伊波紫乃をしばらく観察していた。そんな彼の心中には、どこか引っかかるものがあった――。
紫乃がなるべく目立たずおとなしくしていたことで事はシナリオ通りに向かい、ランボとイーピンが喧嘩して筒子時限超爆が発動した。リボーンの機転で爆発は未来まで持ち越され、大人イーピンが現れた。未来で彼女のそばにいた者が不憫だな。恐らく幼馴染みの縁で大人ランボだろう。可哀想な男である。
まさかの女の子だったとは思っていなかった数名がショックを受けている。なんかそれもズレてるぞ、とあえて言わないのが傍観者である。
この流れだとまもなく筒子時限超爆の封印が解かれると踏んで、こっそりと彼らには見つからず部屋を離れようとする。10年後の威力を想定するだけで彼女の危険信号が警告している。特に10年後イーピンにこの時関わらなければ問題ないと踏んでいたので、ここまで経過観察していた。もう長居する意味もないので退避しようとするが、紫乃は誰かに腕を引っ張られた。
――――その直後、筒子時限超爆が爆発した。
「――っと、危機一髪だな、ったく獄寺いきなり花火で脅かすなよなー」
「俺じゃねえよ!」
部屋に充満する黒煙が少し晴れた頃に、むくりと上半身を起こした山本武が、獄寺隼人にそんな小言を言った。獄寺隼人はすかさず否定するが、今の彼はそれより自分が咄嗟に庇った女子を見下ろす。
「わり……咄嗟で上手くかわしきれなかった……」
咳き込んでいる紫乃に声をかけ、無事かと確認してみる。
しかし、紫乃を庇った山本武の方が明らかにその影響を受けていた。服がボロボロに破け、紫乃を庇った分煙で汚れていた。
ふと、紫乃を庇った彼の右腕の皮膚を引き裂く大きな傷を見て、息が詰まった。痛々しい火傷の傷だ。
「――……んで、なんで、庇った……」
「伊波……?」
俯いて、微かな声を震わせる紫乃に、山本武が声をかける。しかし、傷を見て動揺しているのか、彼女の前髪の下から見える顔は酷く青ざめて怯えているようだった。
「私を、庇って、野球ができなくなればどうするんだ……こんなバカなこと、二度とやらないでくれ……」
同じようなことをそれから何度も繰り返す彼女に、ここまで心配させてしまったのかとたじたじになる山本武だが、これくらい大丈夫だと持ち前の明るさで紫乃を宥めることで時間をかけて彼女を落ち着かせた。後にまた今度も泣くほど染みる消毒液を彼女にたっぷり塗りこまれたのは少し切ない思い出だ。
【十月十八日
思いがけず三浦ハルと遭遇、沢田綱吉の家で経過観察するに至る。
自分の未熟さを痛感する。山本武を負傷させてしまう。私を庇った時に追わせてしまった傷だ。
剣豪として未来のボンゴレを支えていく彼に、その傷がハンデとなることがあれば、限られた時間でどう償えばいいのだろう。あの時は酷く動揺を見せてしまった。山本武に慰められるこんな自分が、惨めだった。そんな本音を彼に言えば、またあの時のような真剣な眼差しで、こんな自分を真剣に怒ってくれるのだろうか。】
筒子時限超爆後の二人の会話を見守っていた沢田綱吉は、「十代目十代目」と脇で自分を呼んでいる獄寺隼人に何かとそっと耳を寄せた。
「山本って、まさかあの女こと好きなんスか?」
「獄寺君今更ーーー!?」
獄寺隼人の鈍いにも程があるその質問に、沢田綱吉の本領が炸裂した。