REBORN DIARIO   作:とうこ

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日常編 - Ⅲ
至近距離の標的


【九月三十日

 

 遂に、沢田綱吉が覚醒した。】

 

 

 

 

 

 その日は普段と変わらない日常であるはずだった。

 

 

「俺……人を殺めちゃったの〜!?」

 

 今朝目が醒めたら人が死んでいた、そう話す沢田綱吉だった。パジャマ姿のままで、寝起きの顔色は最悪である。

 朝一番に沢田家を訪れた友人達は自首すると嘆く沢田綱吉にどう声をかけてやればいいのか、皆慰める言葉もなく沈黙していた。

 

 しかし、リボーンがもう一人の助っ人を呼んでいたというので、沢田家の前で停まったエンジン音に皆注目する。

 

 

 

 

「やあ」

 

 

 屋根を軽快に飛び越え沢田綱吉の部屋の窓から現れた雲雀恭弥に、沢田綱吉を含めた三人は度肝を抜く。唯一この場にいる三浦ハルがはひっ? というようなとぼけ顔をしているが、殴り込んできた凶悪人物を前に反応どころではない。

 さらに死体を値踏みした後、風紀委員会で揉み消してもいいと言い出すのでこの場にいる全員が彼の持つ脅威に震え上がった。

 

 雲雀恭弥はというと、リボーンに貸しを作る目的で来たが、あとで風紀委員会の人間を寄越すよと告げて窓から地上へ降り立っていた。

 さすがにそれはまずいだろ! と沢田綱吉が窓枠に手をかけ何か言おうとしたが、その時雲雀恭弥ではない別の人物の姿に思わず意識を持っていかれた。

 すると直後に後ろに控えていた獄寺隼人が、この間の報復だと懐から十を超えるダイナマイトを取り出し火を着けた。沢田綱吉を退け地上の雲雀恭弥へ浴びせるが、あえなく返り討ちに遭い沢田綱吉の部屋が大惨事となる。

 

 

 

 

 沢田綱吉の部屋が黒煙に包まれるのを見届けて、紫乃は雲雀恭弥のバイクの後部座席に乗ってその場を後にした。

 雲雀恭弥に掴まり並盛の住宅街の景色を抜けていく彼女の意識は、全く別の心配事に向かっていた。

 

 

「いいの? あの赤ん坊と会わなくて」

 

「……興味ない」

 

 雲雀恭弥の声がぼんやりと聞こえる意識で、紫乃はそう冷たく吐き捨てた。

 彼女の返事に、雲雀恭弥もそれ以上追及するのはやめた。沈黙を騙すように並盛中学校に向かう速度を上げていく。

 

 

 

 

 

 この時、雲雀恭弥には嘘をついた。

 頭の中には想起される今朝方の赤ん坊の顔が、紫乃をしばらく悩ませていた。

 

 

 それは老朽化が見える木造アパートの二階での出来事だ。

 

 休日の朝早く六時頃、紫乃は起きていた。

 そうして目覚め一番に視界に入る不快な人物に顔を顰めた。

 

 

「消えろ」

 

「いい天気だね、紫乃」

 

 朝から会話が噛み合っていない。この男のスルースキルは並のものではないと呆れるものであった。

 

 今朝も恥じらいもなく下着一枚の寝起き姿で堂々と雲雀恭弥の視界に映る紫乃は、腕を大胆に伸ばして大きな欠伸を吐く。起きたが枕の横にある眼鏡には手をつけていない。

 

 まだ中学一年生の発育段階ながら発育のいい紫乃の身体は、彼の視界にもいい眺めだが、さすがに少し恥じらいがないとあまり面白くない。窓際の定位置となった場所に腰を据える雲雀恭弥はボソリと言った。

 

「……もう少し意識したら、それ」

 

「問題ない。男と意識したことはないからな」

 

「それはそれで心外だね」

 

 ムッと少し機嫌を損ねた男のことなど無視して支度をしようと立ち上がる紫乃だが、妙な違和感を覚えた。紫乃を睨めつける男の存在など無視して部屋を見渡すと、同時に声がした。

 

 

「ちゃおっス」

 

 

 

 家に何故かこの赤ん坊までもがノコノコと上がり込んでいる。

 あの男が、彼女が寝ている間に勝手にセキュリティーロックを差し替えたというのになんだこの家のガバガバは、朝から紫乃には悪夢である。

 

 とうの雲雀恭弥はというと、念願の会いたかった人物との再会に普通に喜んでいる……。もうよそでやってくれ、紫乃はもう何も見なかったように目と耳と塞いだ。

 

「やあ、赤ん坊、よくここがわかったね」

 

「俺の情報網を舐めんなよヒバリ」

 

 紫乃のアパートの部屋で、不法侵入者同士の会話が成立している。立場がない紫乃は彼らをよそに眼鏡をかけ、着替えを持って浴室に急ぐ。

 

「ちと頼まれてほしいことなんだが、頼めるか?」

 

「へえ、面白そうだね。君に貸しを作れるなら喜んでするよ」

 

 リボーンから雲雀恭弥に頼みごととは非常に興味がある話だが、ここにいては地雷を踏むと確信する紫乃は、紳士だと言うなら入って来れないであろう風呂場で時間を稼ぐことにした。

 

「そうか、あんがとな」

 

 さっさと支度を済ませ、紫乃がこっそり部屋を出ようとすると話がちょうどにまとまったようで、そんなリボーンのご機嫌な声がした。

 こんな時に喜ばせて地雷を増やすなよ! と殺意に等しいものが彼女の腹の底で煮えくり返っている。

 一秒でも早く避難しようと浴室に向かうが、後ろで魔の囁きが聞こえた。

 

「おもしれーものが見れるからお前も来いよ」

 

 

 その言葉を最後にようやく行ったようだ。着替えを握る手にわなわなと力が入る。

 

 あくまで傍観者でいなければならない、その信条が、今も彼女を突き動かす。これ以外に自分の存在価値はない。彼女はすぐに風呂場を出る。

 

 

 

 

 雲雀恭弥の後ろで掴まる紫乃は、雲雀恭弥の身体に回す腕に力を込めた。

 

 

「雲雀」

 

 か細い声で呼んだ。

 走行するバイクのエンジン音に掻き消されそうな声を、彼は聞いた。

 

「……何」

 

「あなたがいてくれて、よかった……あなたのような人が守ってくれると言うのなら、とても心強い……」

 

 まるで耳元で囁いたような落ち着いた声色は、彼にも少し逡巡させた。

 

 

「変に素直だね」

 

「気づいたんだ。あなたの強さ、あなたの誇り高き精神、並のものでは到底やり遂げられない。私は弱い。こんな私でも誇り高きあなたのためにできることなら尽くそう」

 

 そう言って、彼の背中に不安げな顔をそっとうずめた。

 彼女の体温を今までよりそばで感じた。

 

  厭きたなら咬み殺せばいいだけの話、まだまだ紫乃に厭きたらない雲雀恭弥は彼女の好きなようにさせておいた。もうすぐ並盛の白い校舎が見える頃だ。

 

 

 

 

 

 

 

 他方で、殺され屋のモレッティが来日の挨拶がてらに披露した自らの心臓を止め仮死状態にするアッディーオ(さようなら)のお陰で各々はすっかり気力を削がれていた。

 

「ちきしょーッ、それにしてもヒバリの野郎、マジでムカつくッスね」

 

 一段落した後、黒焦げになった沢田綱吉の部屋を見回して、またあの男にいっぱい食わされたことに酷く腹を立てていた。雲雀恭弥を相手に正面衝突する彼の成長がないせいなのだが、考え事をしていた沢田綱吉は煮えきらない返事だった。

 

「え……う、うん……」

 

「どうした、ツナ?」

 

 逸早く彼の異変に気づいた山本武が心配してくれるが、沢田綱吉の顔色は浮かばれないようだった。

 何せ、話す相手が山本武であるのが分が悪いと沢田綱吉は口吃った。

 

「山本……言っていいのかわからないけど、ヒバリさんと一緒に、伊波さんがいたんだ」

 

 正直に言うか悩んだが、その時の光景を思い浮かべながら、沢田綱吉は告白した。バイクの後部座席にて、あの時見た伊波紫乃の姿を……。

 

 案の定、山本武の顔つきは苦しいものだった。

 普段の朗らかな彼の笑顔からは想像もつかないような神妙な顔つきだ。言うべきじゃなかったかもしれない。いつも後悔ばかりの沢田綱吉は、まだ先を話すか言葉を詰まらせる。

 

「それと、気になってたことがあるんだけど……」

 

 沢田綱吉は彼の顔色を窺って、話を続けた。

 

「山本の入ファミリー試験の時にも、伊波さんが三階の校舎から見ていた気がするんだ。大人ランボを見て驚いていたようなんだよ」

 

 それは夏も近づいた校庭で、山本武に助けられながらこの家庭教師からの無茶苦茶な総攻撃をかわした苦い思い出だが、あの時校舎からこちらの様子を窺っているような伊波紫乃の姿を見た。勉強をしない分視力のいい沢田綱吉は、伊波紫乃の姿を見間違うことはなかった。

 

 

 

「伊波紫乃……不思議な女だな」

 

 沈黙する中で、リボーンは一人それを呟いた。

 リボーンに頼まれボンゴレ候補に一度挨拶しようと来たのだが、話題をあっさりと掻っ攫られ、消化不良なモレッティが一番この時の被害者であったのかもしれない。

 

 

 

 

 

【奴の気配が、そこまで近づいている。

 きっと近く何かしらアクションを起こすだろう。

 

 騙し合いは終わりだ。

 

 沈黙に耐えた方の勝ちだ。君の家庭教師としての覚悟を示してもらおう。アルコバレーノ、リボーン……】

 

 

 


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