REBORN DIARIO   作:とうこ

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暮れし秋、水面揺る、君想ふ。

 散々だった今年の体育祭が終結し、山本武は少し遅い帰り道を歩いていた。

 A組は大トリの棒倒しで惨敗し、腹の虫が収まらなかった敵から逆襲に遭い、沢田綱吉側にいた山本武もさすがのボロボロであった。

 

 剥き出しの頬の傷を気にしながら、一人帰り道を歩いていた。体育祭後の片付けが終わると沢田綱吉達に一緒に帰ろうと誘われたが、先に彼らを帰らせた。

 少し校内をうろうろと探すが、結局あの後に彼女を見つけることはできなかった。

 

 仕方なく諦めて帰宅していた山本武は、夕日を浴びた並盛川の河原を見下ろして気を紛らわせた。長閑なあの河川敷の辺りで、彼女と少ない会話を交わしたのも記憶に新しい。

 

 

 あの頃から、彼は密かに伊波紫乃というクラスメイトを意識していたように思う。

 教室の端で、いつもおとなしくしている女子だとは思っていた。きっかけは、自分が悩んでいた頃に、校庭でボールを拾ってもらったことだ。今と同じくらい素っ気ない態度で校庭を去る伊波紫乃が、印象に残っていた。その日にまた偶然河原で再会して、彼女と一度会話しただけで、彼女が口にしない部分に触れてみたいと思った。彼女自身のことを、知りたいと思った。

 

 野球や友達と遊んでいる時以外は、彼女のことで色々足りない脳が悩んでいたことなんてざらにある。

 

 

 そんな山本武だが、まだ彼女への気持ちの自覚が薄く友達感覚で彼女と打ち解けようとする彼にも、この頃気がかりなことがある。

 

 自分がなかなか彼女と打ち解け合えない時にも、あの風紀委員長の雲雀恭弥が、いとも容易く彼女を連れ去っていった。あの時も、グラウンドでの一触即発の場面を思い返す。目の前で、為す術もなく、あいつが攫われていく……。

 

 山本武も、内心穏やかではなかった。

 しかしまだ自覚症状がほぼないに等しい彼は、カルシウム不足だろうかと牛乳を飲むことで誤魔化すようになり、一日2リットルは牛乳を飲んでここ最近も成長期の身体が伸びた。

 

 

 

 この頃の考え事に耽っていると、後ろ手に手を引かれた。突然のことに狼狽えながらも山本武は強引に自分の手を引く制服姿の女子に声を張った。

 

 

「い、伊波……?」

 

「うるさい。ちょっと来い」

 

 目の前に現れた彼女の姿にとぎまぎしつつ、彼女の自分より小さな手に引かれて草むらが生い茂る河川敷の橋の下まで連れて来られた。

 

「えとー……伊波?」

 

「そこに座れ」

 

 橋の下まで連れてこられるなりパッと握られていた手をまるで素っ気なく離され、なんだか物寂しいものを感じる山本武だが、橋の下の草むらに救急箱が置いてあるのを見つけた。

 彼女が次に振り返り、固まる山本武を見据える。

 

「君には聞きたいことがある。静かにしてくれ。さもなければ雲雀恭弥に見つかれば面倒になる」

 

 雲雀恭弥、とそいつの名前が出るだけで複雑だ。特に彼女の口からその名前が出るのが気に入らない。

 山本武の心情など知らず、備えていた救急箱を膝に置いて傷口に当てる消毒液やコットンを取り出す。山本武の頬に消毒液を染み込ませたそれを当てると、ひんやりとして痛覚をピリリッと刺激された。

 

「っ――……やっぱ染みるのな……」

 

「我慢しろ」

 

 一番に酷い頬の傷を手当しながら、そんな会話がなされる。ほどよく冷たく触れる彼女の両手に治療されるのがなんとなく心地いいと、平和ボケに思う山本武であった。

 

 こんな傷を放置して帰るとは、あのDr.シャマルに男は診ないと門前払いされたらしい。紫乃のせいではないが少なからず彼らを気の毒に思う。

 山本武の頬の傷を看る紫乃だが、跡が残らないかという心配をしながらあまりにも能天気な山本武を叱咤した。

 10年後には消えない傷痕を残していたが、あれよりも深い傷をこれから負ってしまうのではと、紫乃はとても気が気ではない。なのに本人が能天気すぎる。

 

「もっと自分自身を大切にしろ。君にこれ以上傷を負ってほしくはないんだ……」

 

 我儘だなと思う。彼らを騙しているというのに、そんな無責任なことを願ってしまう。責任逃れだ。

 

 しかし、彼女の繊細な部分など、この能天気を絵に書いた男には気づかれないだろう。その時まで、知る必要はないと、紫乃は口を閉ざす。

 

 

「……つか、伊波、ち、ちょっと、近えッスよ……?」

 

 傷を看ているのだから当たり前だが、至近距離で見る紫乃の顔に、山本武はたじたじだった。間近で見る彼女の白い肌、眼鏡越しの凛々しい目元、肩口をさらりと流れる黒髪……彼女が使うシャンプーの香りだろうか? 落ち着く香りが、彼の嗅覚をくすぐる。

 そう指摘されて、山本武の顔をまじまじと見ると、思春期頃の男子らしく年相応に頬を赤らめる。バカな奴、と彼の初々しい反応には、少しばかり緊張が緩和する。

 

 彼女の熟した果実のように毒々しく赤く実る瞳が、ジロリと山本武を見つめる。傷を看ていたときよりも、さらに至近距離で紫乃はこう言った。

 

「……こんなことはついでだ。それより借り物競争で、あの時の君が私を人選したことだ。あれには何と書かれていたんだ?」

 

「ああ、そいつなら確か……ほらっ」

 

 ジャージのポケットを漁り、あの時の借り物競争の紙を紫乃に渡した。しわくちゃのそれを受け取り借り物の内容に目を通す。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――"喧嘩した相手"

 

 

 

 その紙に書かれていた内容に思い当たるのは、前日に校内の廊下で彼を振り払ったことだ。

 こんなこと、何もあんなに息を切らして紫乃に頼ることでもない。適当に理由をつけてグラウンドにいた生徒に協力してもらえばいい話だ。彼なら人望は厚いのに、態々こんな自分を頼ってくるのか。

 

 そんなことを紫乃が口にすると、山本武は軽い口で普段の調子に納得していた。

 

 

「伊波がダメなら獄寺にでも付き合ってもらおうとは思ったけどな、あいつ素直じゃねえから、怒らせるといっつも花火投げてくるしよー」

 

 なんて、能天気に笑っている。

 獄寺隼人の代わりに言っておくが、あれは花火(パチモン)ではないぞ、闇の裏ルートを流れている代物だ。単純にあんな煙たいだけの花火だと本来の花火としての性能に問題があるぞと紫乃は山本武の天然に冷静につっこんでいる。

 獄寺隼人がいつの間にやら花火職人と勘違いされていることに少し同情する紫乃である。

 

 

「……言っておくが、私は別に君と喧嘩したなんて思っていない」

 

 彼との接触を嫌がりはしたが、紫乃の方はそれほど深く考えてはいなかった。たった数回関わったクラスメイト、それだけの関係で、あの時の出来事を喧嘩したなどと口にできるだろうか。

 

 

「そう、なのか……んだよ、じゃあ俺の勘違いだったのかよぉ〜! なんだ、それじゃあよかったぜっ!」

 

 ハハハッ、なんて明るく笑っている。

 この男には少なくともそう思われているのではと紫乃はもう返事を返す気にもなれなかった。

 

 

 

 

「……あの時」

 

 

 そこまで言おうとして、紫乃は口を噤んだ。ん? と山本武が紫乃の言葉を待っているが、なんでもないと濁した。何故庇ったと聞いたところで、こいつは本物のバカでイイヤツなのだ。

 

 その証拠に今までの会話が落ち着いた途端、こんなことをまた言い出す。

 

 

「なあ、キャッチボールやんね?」

 

 

 

 ……本物のバカがここにいた。

 口を開けば紫乃を野球に誘うこのバカに、染みる消毒液を傷口に流し込んでやった。

 

「怪我人はさっさと寝とけ」

 

「いぃ〜っ! もうちょい優しくしてくれよ」

 

 

 バカは殺菌しても治らないらしく呆れる紫乃であったが、今後に影響するのでそれからはできる限り優しく彼の傷口を看てやることにした。

 

 二人きりの秋頃の水面が揺れる河原で、彼女と触れる度に鼓動が微かに跳ねた。そんな小さな芽を出す少年の気持ちなど、彼女もまた露知らずにいた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【未来で、ボンゴレの二大剣豪と恐れられ、その素質を一番開花させた君なら、この世界でもきっと役に立ってくれる。

 どうか彼が彼であり続けるための、生きる糧となってほしい。】

 

 

 


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