REBORN DIARIO   作:とうこ

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君想ふ、体育祭 2

「はぁ……」

 

 応接室の窓際に立ち傍観していた紫乃だが、借り物競争が始まった後もそれには目もくれず、要注意人物達のマーク徹底に思考を費やしていた。

 眉間に幾本もの皺を寄せて思い悩んでいる頃だ、ガラッと余る勢いで応接室の扉が開けられた。

 まだ体育祭の風紀委員活動に出向いている雲雀恭弥が戻るには時間があるが……その人物を紫乃が振り返ると、思いがけない奴がいた。

 

 

 

「おっしゃ、伊波っ!」

 

 

 汗だくで息を切らす山本武がいた。

 息も絶え絶えながら紫乃を見つけてガッツポーズしてみせる。わけがわからない。目の前のこの男は、今もグラウンドでチームのエースとして第一線で活躍しているはずだ。どういうことだ。

 

 現状に困惑していると、ジャージの上にA組の赤のゼッケンを着た山本武が紫乃の腕を引っ張り半ば強引に紫乃を応接室から連れ出した。

 

「わりぃけどちょっと一緒に来てくれ、時間がねえんだ!」

 

「はあっ!?」

 

 縺れる足を山本武に引っ張られていき、紫乃の抵抗もままならず廊下の景色を追い越して、そのままグラウンドへと二人は一直線に飛び出した。その瞬間、周囲からの歓声に圧倒された。

 

 

 

『一年A組、山本武! 一時コースを離脱していたが、今度は女子生徒を引き連れゴールへと一直線です!』

 

 

 実況放送が秋深まる紅葉に色づく並盛山の向こうにまで透き通って響いている。

 まるで地獄だ。こんなことは勘弁してくれと紫乃は周囲の目に見られていることに青ざめた。

 

 そんな彼女の心境など露知らず、紫乃を引き連れた山本武がゴールテープを切り見事一着でゴールする。

 そのアナウンスが熱狂したグラウンド全体に大々的に流れた途端、周囲の皆々の反応は期待のエースである山本武が一着を獲得したことよりも、一人の特定の女子生徒を連れてゴールしたことでより一層騒ぎ立てていた。

 これは明日から学校に来れないんじゃないかと絶望的なほどこの日注目されてしまう紫乃である。

 

 借り物競争完走後、俯いて紫乃は今後の学校生活にじわじわと脅かされていたが、その根源となるこのバカな男はその隣で今も興奮醒めやらずと言った感じだ。

 

 

「っしゃ! やったぜッ!」

 

 勢いあまり紫乃の肩を抱き寄せるくらいだ。周囲の目が見えていないこの体育会系ノリの男に一度屈辱のチェストをお見舞いしてやりたいと、衝動がこみ上げる。

 

 紫乃の肩をそんな風に抱き寄せてこの時一番喜んでいる山本武を、ずっと近くでその笑顔を見つめていた紫乃は思った。

 

 この瞬間にも彼の隣で喜びを分かち合う資格など、こんな自分にはないんだと――……。

 

 まだ何も知らない彼らを、自分は騙し続けている。

 

 

 後ろめたい紫乃は、また素っ気ない態度で振る舞うことしかできない。そばで見る彼の笑顔は、紫乃には眩しすぎる。いつから紫乃は、笑顔を捨ててしまっただろう……。

 

 

 

 

 

 

 

 その時――静かな影は、気配もなく近づいていた。

 

 

 

「紫乃」

 

 

 その低い声色は、土埃舞うグラウンドの地を反響し震わせた。観覧席にいた誰もが公然の場に出てくるはずもない人物の登場に目を疑い、戦慄した。

 

 誰よりも彼女自身が、毛嫌いする群衆に囲まれるグラウンドにあの男が立っていることに恐怖を感じていた。

 

 

「……ねえ、そこの君、勝手に彼女を連れ出して、風紀委員会業務を妨害したとみなして咬み殺すよ」

 

「ヒバリッ……」

 

 雲雀恭弥の眼は本気だった。

 縄張りを荒らされ、獲物を横取りされた憤慨の色が、その男の眸子に宿っていた。百獣の王でさえ手を出すのを躊躇する怒気で紫乃の隣にいる男を睨んでいる。

 

 山本武は咄嗟に紫乃の前に出て彼女を庇った。

 思いがけない山本武の行動に戸惑う紫乃だが、こんな公衆の面前で恥さらしもいいところだ。ましてこんな時期にまだこの二人を睨み合わせる場合ではない。この後に大事な棒倒し競技を控えているのだ。今、山本武が、やられるわけにはいかない……。

 

 

 

 

「違う、雲雀、彼は借り物競争の出場者なんだ。借り物には"風紀委員"と書かれていた。クラスメイトで面識がある私にそれを頼んできたんだ。非があるなら、君に従えなかった私にある」

 

 

 彼女を庇う山本武の腕を押し退け、紫乃は講義した。全くのデタラメであったが、真偽などは彼女にはどうでもいい。むしろ彼の怒りの矛先が自分へと向くなら、死滅へのルートを回避できるのなら、紫乃は痛みも報われると思った。

 

 雲雀恭弥は、苦し紛れであまりに自己犠牲的な彼女のその抵抗に、すっかり報復心も冷めてしまったようだ。

 

 

「ふうん……帰るよ」

 

 学ランの裾を翻して校舎方面へと立ち去ろうとする。彼の背中の後ろに何も言わず紫乃は付いていく。

 

 頼りない自分を逆に庇った彼女を、残された山本武はグラウンドで見送ることしかできない。足が竦んでいた。あの男の脅威を目前にしてみて、蛇に睨まれた蛙のように身体が微動だにしない。彼女が離れていくのをこの時引き止める度胸もないこんな自分が情けないと、右手の拳が震えた。

 

 

 

「伊波……」

 

 もうそこに、彼女はいない。

 

 

 

 険しい顔の山本武が一人その場を去る時、昼食休憩を挟んだグラウンドに騒然としたガヤの声が響いた。

 

 

 

「B組とC組の総大将が一年の沢田って奴にやられたぞーっ!」

 

 

 他のクラスの総大将が皆何者かにやられたという知らせだ。山本武は嫌な予感がした。一年の沢田という男……そんな奴を知っていた。

 

 ツナ……!? その友の顔が瞬時に過ぎり、まだ彼女のことを引き摺る頭を無理やりにでも他の非常事態に逸らすことでやるせなさを紛らわすのだった。

 

 

 


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