REBORN DIARIO 作:とうこ
【九月二十日
体育祭の季節。
ここ並盛中でも体育祭は超ビックイベントだ。
準備期間中から学校の雰囲気がガラリと変わり、学校全体が熱気に包まれている。
我が校では縦割りでA・B・Cに分かれてチームを作るが、組同士の対抗戦は例年白熱しているそうだ。
……とここまで語ってみたが、やはり絶対的ヒロインの足元にも及ばなかった。出直そう。】
体育祭も明日に控えたその日、A組の生徒は講義室で棒倒しの協議をするとのことで、ほとんどの生徒がその集会に出向き教室はガラ空き状態だった。
紫乃も多用で教室を空けていたが、例によって廊下を歩いているところをアイツに見つかる。
「よーっす、伊波!」
振り返ると、山本武が馴れ馴れしく紫乃に手を振っていた。またこの男か、と条件反射か溜息が漏れる。
無視して歩き出したが、紫乃より一回り大きいこの男にすぐに追いつかれた。
「伊波も講義室行くのか? 一緒に行こうぜ!」
「行かない」
出鼻をくじかれるようにそれは瞬殺だった。
若干心折れる山本武だが、持ち前の楽観思考をフルに活かし堂々と紫乃の隣を歩く。学校ではお互いあまり干渉しないためか、紫乃が控えめに避けようとしているのをヒシヒシと感じていたが、数少ない機会にここぞとばかりに盛り上がる話題を模索してみる。
「そういや、伊波は明日の体育祭の種目何に出るんだ? 俺は100m走と借り物競争に出るぜ」
「そうか」
「伊波は何の種目に出るんだ?」
「欠席する」
あまりにも続かない会話のキャッチボールにたじたじになりながら、どうにか彼女の気を引くよう山本武は食い下がる。
「そりゃあねえぜ、せっかくみんなでここまで盛り上げただろ? お前も楽しもうぜ!」
「盛り上がりたい奴らだけ盛り上がればいい。私には関係ない」
紫乃の返事はどれも結局のところ興味を示してくれないものだった。
この歳でもう体育祭で浮かれる年齢でもないからな、などと紫乃は一人ごちる。隣で能天気そうにしている野球バカのことを、ほんの少しだけ羨ましいなんて思う。
その後も山本武を適当にかわそうとするのだが、想像していたより絡みがしつこいので、彼女の方も次第にたじたじになる。
どこぞの横暴風紀委員長に似てどいつもこいつも……なんて鬱陶しく思っていたところである。
『――伊波紫乃、応接室で委員長がお待ちかねだ。至急応接室に向かうように、繰り返す――』
――これは校内放送だと脳が処理した途端、殺意が湧いた。
ふざけるな、何を校内放送で人を呼び出しているんだ。こちとら向かっている最中にしつこいのに絡まれて振り払うのに必死だったというのに繰り返しているな!
応接室で悠々と待つ雲雀恭弥を想像しこの時猛烈な殺意を煮立たせ、廊下に響き渡る放送を傍聴していた。
「伊波……」
「……そういうことだ。じゃあ」
「待てよ!」
山本武に雲雀恭弥のことを聞かれてしまったのは仕方ない。問題は、あの赤ん坊がどこでこの放送を聞いているかだが、余計に考えるのも恐ろしくなりやめておいた。
応接室への足を急ごうとしたが、グッと後ろ手に腕を引っ張られた。山本武だ。
「待てよ、伊波……」
その男は、紫乃を見て、不意に思い詰めたような顔をした。
「何……」
「……あん時、ヒバリと何話してたんだよ」
掴まれた腕に入る力が、やけに痛い。ここまで真剣な顔つきで、滅多なことで眉間に皺を寄せない彼が、そんないつかの出来事を問い詰める真意が、彼女には汲み取れなかった。
「君には、関係ないだろ」
「伊波……ッ!」
何度もその名前で呼ばないでくれ、と山本武に振り返り、そいつの顔を正面から睨みつけた。
「情けで私に構うならやめてくれ。君に気を遣われると、惨めな気持ちになる」
「ッ……」
二人がいる廊下は静まり返る。
遠くで、体育祭の準備に明け暮れる教室から熱気の籠った声が廊下にまで漏れていた。廊下は日陰のように長い沈黙が続いた。そして、山本武は彼女の腕を放した。そうするしかなかった。
「……君も早く講義室に行けよ」
そんな慰めにもならない言葉をかけ、山本武を一人その廊下に残す。
――野球で苦戦しても、感じたことがない悔しさを握り潰して、山本武は彼女の姿を呑み込んだ廊下の先をしばらく見つめていた。