REBORN DIARIO   作:とうこ

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応接室で待つ男 1

【九月七日

 

 この日は、私にとっても、彼らにとっても、災厄の日となる――】

 

 

 

 

 

 授業を終え昼休みとなる。

 解放された生徒達が活気に溢れ、そこに人知れず一人教室を離れる紫乃。

 

 沢田綱吉らと屋上へ向かう途中、彼女の異変に気づいた山本武だが、後方から屋上へ向かう沢田綱吉らに急かされるとやむなく彼女の背中を見送るしかなかった。

 

 

 

 応接室の扉を叩き、室内に足を踏み入れる。

 彼女を迎え入れたのは、昨日助けられたあの男だ。

 

 

 

「やあ、待ってたよ」

 

 

 応接室で紫乃を待ち構える雲雀恭弥は、その整った顔に似つかわしくない不気味な笑みを浮かべていた。その愛想の良さが彼女の中の凶悪な彼のイメージとは矛盾し、気色悪いとさえ思える。

 警戒心を怠らず、室内に少しずつ足を踏み入れる紫乃は、単刀直入に話を切り出す。

 

「……雲雀さんが、私に何の用ですか?」

 

 何か、彼の前でしくじっただろうか。ふとしたことで彼の気に障るようなヘマをしたというのか。紫乃には、風紀を乱すような心当たりがなかった。

 

 身構えた彼女に、雲雀恭弥が告げたのは意外なものだった。

 

 

「君、風紀委員にならない?」

 

「……」

 

「……」

 

 

 

 ……紫乃はしばらく固まった。いや、拍子抜けしたというのか。これは。

 どの道衝撃の展開ではあるが、ひとまず彼の気に触れたことで咬み殺されるために呼び出されたのではないらしい。

 

 

「……何故、私ですか? 喧嘩ができない私が、風紀委員なんて務まりませんが」

 

 最もな質問を投げかける。

 基本的に逆らう者には力で応じるスタンスの風紀委員会の活動に、女で、さらに力も劣る紫乃がそこに加わる価値が見出せない。それに風紀委員会といえば、あの時代遅れのリーゼントなど紫乃は何があろうと絶対に真似したくはない。

 

 

「風紀委員になれと言っても、君に頼むのは委員会での事務作業だ。主に書類整理とかだね」

 

 紫乃が呆然と話を聞いている間にも、彼は淡々と話を続ける。

 

 

「ここには暴力でねじ伏せるヤツらはたくさんいる。だけどそれはつまり喧嘩だけの学がない連中ばかりだ。そいつらに到底書類整理は務まらない。君は学年でも十番以内の成績だ。君のような人材を探していたところでね」

 

 その説明には一理あると、紫乃は納得した。

 だが、納得したと言っても応じるのではない。紫乃は彼の説明に投げかけた。

 

「何故ですか。成績で見たら私より優秀な生徒は他にもいます」

 

 そんな役職は何も自分でなくてもいい。誰にでもできることだ。特に目立たない紫乃にこだわる話でもないのに、しかしこの男は……。

 

 

 

「そうだね。君を一番に選んだのは……群れないからだ」

 

 

 その理由に、ピクリと紫乃の眉が動いた。

 群れない……もともと単独行動を好むのは彼女の性格でもあるが、クラスメイトと距離を置くのも沢田綱吉の動向を監視しやすいためだ。

 

 しかし、今回の場合、裏目に出た。あの風紀の鬼――雲雀恭弥の目に罹る結果となってしまった。なんてザマだ。

 

 

 ここでもし紫乃が断ろうものなら、次にこの男が出す手は想像つく。

 

 

 

「断るならそれでもいいよ。グチャグチャにして返すだけだから。残念だけど僕は女でも容赦しないよ」

 

 

 ……面倒な相手だ。紫乃は下唇を噛んだ。

 二人きりの応接室では、獲物をその眼下にロックオンした雲雀恭弥と、野獣に睨まれた紫乃の視線が互いに絡み合う。

 

 

 

「……でも、君は他の奴らとは違う。君もこちら側の人間なんだから」

 

 不気味に、そして妖艶に、雲雀恭弥は笑っている。

 こんなバケモノと自分が同類だと? そんな根拠がどこにあるかは紫乃にはわからない。わかりたくもない。

 

 猛獣の眼が、応接室の空間に殺意独特の空気を走らせるのを、紫乃は直に肌で感じた。

 

 

「どんな事情でその優等生の仮面を付けているかまでは興味ないけど、僕の前では剥いでおきなよ。じゃないと……」

 

 その言葉が終わらないうちに、紫乃は壁際に背を密着していた。瞳孔まで開き切った紫乃の顔面の横には、突き刺さるトンファーが……。

 

 

 

 

 

「咬み殺す」

 

 

 

 雲雀恭弥がその牙を剥いた。

 

 

 

 


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