REBORN DIARIO 作:とうこ
【七月八日
明日は家庭科でおにぎり実習をする。
ということは、イタリアから来たあの女が暗殺を謀る。見守りたいが、休日に沢田綱吉を監視するのはさらにリスクが大きい。明日、無事に登校して来ることを祈る。】
そして翌日に笹川京子と一緒に教室へ入ってくる沢田綱吉を見て、紫乃は至って普段通りに学校生活をこなした。
午後におにぎり実習が始まり、幸か不幸か絶対的ヒロインである笹川京子、ついてはヒロインに華を持たせる友人黒川花と同じ班で作ることになってしまった。
こんな知識にない部分など端折りたいのだが、そんなご都合が叶うはずもない。彼女のいるこの世界が現実であるのだからマンガのようにページをめくって次へなんて上手いこといくわけがない。非常に無念だ。
かくして、実習が始まる。
紫乃はできる限りヒロインと距離を置く位置を確保し、おにぎりを三つ握っていく。
班の中ではガールズトークが盛り上がるが、紫乃は一人空気に溶け込むように気配を消す。
このまま淡々と実習が終わってくれればいいが、しかしヒロインの宿命か、一人の女子生徒を放っておけないという謎の世話焼きスキルが発動してしまう。
「あ、伊波さん、眼鏡が落ちそうだよ」
彼女達と絶対に目を合わせないよう自分で首がもげるほど下を向いていたんだ。そりゃそうなる。しかし、それくらいのことにも気がついて手を伸ばし紫乃の眼鏡を直そうとしてくれる。
その手を、紫乃は拒む。
「……自分で直せる。ベタベタした手で触らないで」
「あ……ごめんね」
「何よ、感じ悪い女ね」
気を悪くしたと思い笹川京子は素直に謝ってくれるが、取り巻きの黒川花は紫乃の冷めた一言に友人を庇い批難している。
別にこれでいいと紫乃は思った。なんと言われようと構わない。あなた達を、大切な人々を導くため、自分という存在なんて必要ないと。
その後の実習はヒロイン達と微妙な距離を置き、実習を終えた。
適当に近くにあった具材を詰めたおにぎりを完成させ、お腹がすいたら自分で食べようと教室に戻った。まあ、あの後に沢田綱吉に食われても差し支えないが。
教室では既にすり替えられたおにぎりと沢田綱吉が格闘している。
今の沢田綱吉の方が命懸けでおにぎりを食おうとしているのだから、主人公というのは大変だ。こんな自分には生涯務まらない苦労だと改めて思う。
沢田綱吉が食べるのを焦らしているので、両隣の二人がヒロインの握り飯を手に取る。
「食べたら死ぬんだぞーーーっ!!!」
ああ、この発言がのちに誤解に繋がるとも知らず、沢田綱吉は学校から数キロ先に建つビルディングの屋上に潜んでいた殺し屋に死ぬ気弾を撃たれた。
騒ぎが鎮火した後、放課後となった。
紫乃のおにぎりは幸いにも難を逃れ、すっかり手持ち無沙汰状態となってしまった。やむなく自分の胃に流し込むことにする。
放課後の廊下を一人歩いていた時だった。
「よっ、伊波」
後ろから聞き覚えのある声を聞いてしまった。しかも自分の苗字を呼ばれている。聞き流す手がない。
部活に行く途中である山本武がいた。後ろから紫乃を見つけて態々声をかけてきた。人気者の余計な親切心である。
「いやあ、ツナにはやられたぜ。みんなの分のおにぎり食われちまって空けといた胃がスッカスカだぜほんと」
知ってる、と冗談のように笑い飛ばしている山本武に心で投げかけた。どこまでも平和ボケしているこの男が羨ましいと不意に思う紫乃であった。
ふと、自分達だけしかいない廊下を見回して、鞄の中にあるものを山本武に差し出す。
「うん……伊波?」
「……やる。食べないなら別に捨ててもらって構わない。それじゃあ」
ただ、空っぽの腹で放課後野球に打ち込めなくなるのを想像して、事前に安全策をとっただけである。これくらいは響かないだろうと、紫乃は山本武をその場に残して靴箱まで向かった。
もう自殺なんて御免だ、それだけの理由で彼らと接してしまった。今後の自分は、持ち堪えることができるだろうか?