この素晴らしい願い事に奇跡を! 作:赤福餅
「よし、まずは、メイドの作法を身に着ける。いいか、普通に接客するだけだったら、そんなのウェイトレスがメイド服を着てるだけのちょっと変な喫茶店としか見てもらえない。メイド喫茶と言うからには、メイドさんにお世話してもらえるという非日常の空間を提供しなくちゃいけないんだ。そうしたこだわりから作られた特異性が、リピーターを生み出し、結果として、店を潤わす!」
メイド喫茶開店に向け、厳しい特訓が始まった。
言葉遣いは、男性客はご主人様、女性客はお嬢様が基本。
さらにそれを踏まえた上で、出迎えの挨拶は、“いらっしゃいませお客様”ではなく、“おかえりなさいませご主人様(お嬢様)”を徹底。店を家に見立てるわけである。
最初はメイド服姿に照れて挨拶もままならなかったが、飲み込み自体は早く、教えたことをどんどん覚えていく。
色々な挨拶から、メイドらしい立ち振る舞いなど……まあ、メイド喫茶のイメージなんてほとんど漫画やネットで得た表面上の知識しかないし、実際に店を運営するために必要な事なんてこれっぽっちもわかってない素人だ。
でも、そんなカズマの拙い一を聞いて、考案する全体像の十を知る千両役者がいる。
「はい、お客様が来ました!」
本来はご来店したお客に会計を兼ねた受付役のカズマがハンドベルを渡すのだが、今回はカズマがそのまま鳴らす。すると打ち合わせ通り即座に店員――猫娘のヒミコ()――が尻尾をふりふりしながら駆け付ける。
「お帰りなさいませ、ご主人様♪ お留守番寂しかったにゃん」
パーフェクトな、挨拶だ。アドリブが寂しがり屋な子猫ちゃん風味を出して実にいい感じだ。グッとくる。これは
で、ヒミコ()が手本をやらせて、外野は……
「ご主人様と呼ぶ理由がさっぱりですよ」
「だから、客をご主人様と呼ぶのがメイド喫茶の作法なんだよめぐみん」
「なんというか、特殊な世界なんだな」
「そう! ダクネスの言う通り。だからこそ客、いや世のご主人様たちは世知辛くストレスばかりの現実から逃避するためにメイド喫茶に足を運ぶんだ。ほら、お前らも真面目にメモを取ってるゆんゆんを見習ったらどうだ」
「いやあ、ゆんゆんさんはメイドじゃなくて後輩君の勉強をしてるんだと思うよ?」
あれからクリスにもお願いして参加してもらっている。めぐみん、ダクネス、アクア、ゆんゆん、クリス、そして、ヒミコ()。できれば、ウィズにも参加してほしかったけど魔道具店から離れられないから仕方がない。アクアもアンデッドと一緒に仕事するのはイヤだとか生意気言うし。
「よし、今のヒミコを参考に、今度はアクアがやってみろ」
「いいわ、商店街のバイトで鍛えた私が信者よりもすごい接客スキルを見せてあげるわ」
「はい、じゃあ、客がいました」
チリーン、とハンドベルを鳴らすと、さっきと同じ流れでやってきた青色の髪のメイドさんが元気よく、
「いらっしゃいませー。今揚げたてを用意しますから、ちょっと待っててくださいね」
………。
明るくていい、笑顔も及第点だ。
「だが違う! 俺達がやろうとしているのはメイド喫茶でお総菜屋さんじゃねーんだよ!」
「でも、この接客でコロッケが売れ残らなくなったのよ? 店長も最高の笑顔だって褒めてくれたし」
「確かにいい笑顔だし、客も喜ぶだろう。――しかしだっ、メイド喫茶に来るのは財布の紐のきついおばちゃん達じゃない!」
こんな当たり前のことにも気づかないとは。第一前提から間違っている
いや、ここは本物の女神様のお手本を見せてやるか。
「じゃあ、今度はお紅茶を運んだシチュエーションをやるぞ。クリス、やってみて」
「ええ、あたしもやるの!?」
「当然だ」
突然のご指名に戸惑うクリスだが、アクアと違って正ヒロインな彼女ならきっとやれるはず。
来店の対応後、出来る限り先方の希望通りの座席に案内し、注文を取る。注文を調理スペースに伝え、ドリンクなら即座に、料理なら少し時間を貰って届ける。があらかじめ決めた接客マニュアル。飲食業でバイト経験のあるとんぬら(今はヒミコ)に教えてもらった対応を参考にしているが、メイド喫茶はそこにさらに一味のアクセントを入れるのだ。
それで、今回は給仕するところの場面からやる。
「フフフーン、ここは綺麗なメイドさんがいっぱいだなー」
「ご主人様、お待たせしました」
マニュアル通りのご挨拶。文句なし。これが普通の喫茶店ならば、だが。
「うむ、ありがとう」
「お熱くなっていますから、お気をつけください。それでは、失礼いたします」
すっと紅茶のカップを差し出す所作も問題ない。でも、これはメイド喫茶だ。普通の喫茶店とは違う。給仕と言えどメイド、故にご主人様(お客様)が退屈しないよう会話をしなければならない。
それに他にも細かな点がある。
「はい、ストップ!」
「え、何?」
「お辞儀がなってない! 何だその首だけの挨拶は!」
『クリス』だから、そんな対応を取っているのか。
まあ、役を崩させるわけにもいかないから大目に見るけど、これじゃあ手本にならない。
「なら、とん…ヒミコ、今度はお前がやってみてくれ」
「はいにゃあ」
心の操を一時質屋に入れて役に徹するプロフェッショナルなら、きっと満点以上の解答を出してくれるはず。
一旦、キッチンに戻ったヒミコ()が、紅茶をカップに淹れてではなく、空の紅茶とティーポット、それからミルクにシロップをトレーに載せて配膳する。
「精一杯お勉強した成果を披露しますから見ててほしいにゃあ。……あ、でも、ヒミコはうっかりしてるからご主人様の利き手がどちらなのか忘れてしまったにゃん。だから、ご主人様、教えてくださいにゃ」
「お、おう。俺は右利きだぞ」
「そうだったにゃん」
利き腕確認すると、カップの取っ手の位置がちゃんと利き手側に向くように調節して前に置く。さりげない心配り。
そして、ヒミコ()が丁寧にそっとポットを傾け、ティーカップに琥珀色の液体が注がれていく。
「今日のお紅茶は、しっかりとしたコクと控えめな渋みのある茶葉を選ばせていただきましたにゃん。とても香りが豊かな葉ですにゃあ」
「うむ。いい香りだな」
「この香りは、生クリームがさらに引き立たせるにゃあ。いちごタルトなどのケーキがピッタリだと思うにゃん」
流れるような所作でお茶を注ぎながら、思わず『へぇ』と漏らすぐらいのナイス蘊蓄を披露。いい。こういうのは雰囲気づくりにも良いし、特別っぽい演出にもなる。思わずケーキセットの追加注文をしたくなる。
「ご主人様、お味の方は濃かったりしないかにゃあ? よろしければ差し湯で調整しますにゃん」
「そ、それなら、少しだけ薄めてくれないか?」
「はいにゃん♪」
おっと、これはカズマにも未知な領域な紅茶マナーである。でも、その細やかな案内は高得点だ。
さっきクリスがいれたものと同じ紅茶なのに高級感溢れている。きっと甲斐甲斐しくお世話をしてくれたからに違いない。誠心誠意尽そうという気持ちが篭っているのだ。
「それでは失礼いたしますにゃん」
最後にヒミコは深く礼を、最後にちょこっと屈む何とも可愛らしい仕草で退場した。
語尾に“にゃん”のキャラ付けがされているも言葉遣いは丁寧であるし、品も感じられる。良家のお嬢様であるダクネスも『ほう』と目を丸くして感心している。非の打ち所がないメイドっぷりだ。――でも、コイツは男だ。
「はぁ~、後輩君は仕事人だね」
単に容姿の美しさだけでなく、深い教養から細かな仕草まで審査されるというエリス様コンテストで優勝しただけのことがある。
でも、手本としては完璧だが、これを皆に真似させるには無理があるか。いや、それなら個性を磨く方針で行こう。
「ほら、クリスも感心してないで、アドバイスするからもういっぺんやってみろ」
「え、また?」
あの王道正ヒロインっぷりを表に出してほしいがそんな贅沢は言わない。けど、代わりにその『クリス』らしさで勝負してもらう。
「クリスってさ、クールなところがあるじゃん?」
「え、そうかな?」
「クールなメイドさんも悪くないけど、それだけじゃ火力不足なんだよ」
「あの~、話が見えないんだけど~」
「だから、ギャップ萌えで行こうと思う!」
「なにそれ?」
首を傾げるクリスにカズマは拳を握り締めて熱く語る。
「普段ツンケンしてる子が偶に見せる優しさにはそれはもうすごい価値があるんだ」
「は、はあ」
「クリスにはそれを意図的に狙ってもらおうと思ってさ」
「ええと、よくわからないや」
「具体的に言うと、普段はクールに接客して、そして時々可愛らしい一面を見せる。そうやって客の心を鷲掴みにするんだ!」
要するに『不良が雨の日に捨て犬を拾う』スタイルである。
「理屈はなんとなくわかったけど、あたしに可愛いとか無理じゃない?」
「自分でそういう風に思ってることも重要なんだ!」
「そ、そうなの」
「さっきのと…ヒミコのように自分を可愛いと思ってる子は、どうしたって可愛いオーラを出しちまうからな。それじゃギャップ萌えの威力も半減しちまう」
「よくわからないけど、難しいんだね」
「よし、試しに、“おいしくなーれ”って言ってみてくれよ?」
「あ、うん。おいしくなーれ?」
「そうそう。それをもっと気持ちを込めて――さらに、“もえもえきゅーん”とかつけてみようぜ」
本物の女神様にとんでもない注文をしているが、今は義賊なので構うまい。
「も、もえもえ???」
「ほら。言ってみてくれよ。“おいしくな~れ♪ もえもえきゅ~ん♪”って」
「いや、そういうのはちょっと……」
「いいから言う。ほらほら、ここで頑張らないとヒミコの先輩として面目立たないぞ」
とヒミコ()をダシにすれば、クリスはぎこちないながらも、両手でハートを作るポーズを取ってくれた。
「お、おいしくな~れ♪ もえもえきゅ~ん♪」
「くはっ!?」
こいつは天使か! いや女神だった!
胸を撃たれた反応を見せるカズマに、クリスは頬を掻きながら乾いた笑みをこぼす。
「あは、あはは……男の子っていったい何なの……」
それから、この異世界にも通じる“萌え”が何たるかをカズマは叩き込んだ。
「いいか、萌えというのは、改めて聞かれると説明するのが難しいが、属性とか個性とか、もろもろの要素で、くーってなる感覚だ」
メイド喫茶の満足度を高めるために、それぞれの個性にあった萌え要素になるものを作っておく。
そして、この6人それぞれ別々のキャラを設定しておくべきだ。
ヒミコ()はすでに獣娘アイドルキャラが確立しているし……ここはまずは、ゆんゆん。接客に不安のある彼女に、ひとつ自信の持てる武器があれば、その改善の一助になってくれるはずと見込んで、
「そうだな。ゆんゆんだったら……甘えん坊なキャラなんていいかもな」
「あまえんぼう?」
「うむ。注文を受けるときとかに、思いっきり甘えてみせるんだ」
「そんなこと言われても、甘えるなんてどうやったら……」
いきなり見ず知らずの人間に甘えるなんて、ゆんゆんの性格上できないか。
でも、カズマの直感として、ゆんゆんには甘えん坊を是非ともやってほしい。
「んー、例えば……“私ぃ、これがすご~くおいしくてお気に入りなんだ。お兄ちゃんも試しに食べてみてほしいな~”」
「お、お兄ちゃん!?」
「いや、呼び方はどうでもいいんだけど、甘えるって言ったらこんな感じかと思ってな。とにかく、ほら、さっさとやる」
手を叩いて復唱を促せば、
「ええと……私ぃ、これがすご~くおいしくてお気に入りなんだ。お兄ちゃんも試しに食べてみてほしいな~」
うーん、なんかたどたどしい。
「もっと感情を込めてほしいんだが……。そうだな、ちょっとヒミコを相手に甘えてみてくれ」
「私ですかにゃん」
まあ、今は姿が美少女だが、正体はわかっているのだ。とんぬら相手なら、ゆんゆんも素直に甘えられるだろう。そうして、
「とんぬらに甘える……甘えればいいのね。でも、どんなことがいいかしら……」
「ヒミコって呼んでほしいにゃあ、ゆんゆんちゃん」
どうやら、ゆんゆんの視界フィルターには白髪のおじさんでも猫耳の美少女でも何だろうとどんな姿に変身しようが、とんぬらはとんぬらに見えるようである。
「ひ、膝枕……」
「ん?」
「膝枕、とんぬらにして欲しい、かな?」
躊躇いがちにしたゆんゆんの要求は、客相手に甘えるという趣旨からズレてると思うのだが……
「あの、やっぱり……ダメ?」
「……わかったわかった」
「! じゃあ、お願いね!」
正座して、そして自分の膝をパンパンと叩く。
そうするとゆんゆんは、その膝の上に頭を乗せた。
「寝心地はどうですにゃん」
「わ、悪くない……わね……」
「なら、ガチガチに緊張しないで。もっとらくーにするにゃあ」
金縛りにあったかのように、微動だにしないゆんゆんをほぐすように撫でるヒミコ()。
「んぅぅ、なんか、ほっとする……」
「そうか……そうだにゃ、ついでに耳掃除もしてあげるにゃん」
「うん、お願い…………え、ええ!? み、耳かき?」
「だにゃー。ゆんゆんちゃんはそのままでいいにゃあ」
サービス満点メイドのヒミコ()は、膝枕の定番コンボである耳かきを始める。
「ひゃっ」
「どうしたにゃん?」
「その、くすぐったくて……」
「そういえば、ゆんゆんちゃんは耳が弱かったにゃあ」
「だ、大丈夫! 我慢するから!」
「無理は禁物だと思うにゃん」
「えっと……その、あ、弱点克服よ! そ、そうこれは修行なの!」
「無理やりすぎるにゃー……まあ、ゆんゆんちゃんがそういうならいいけど」
すっと耳にかかる髪を避けて、ヒミコが手にした耳かきがゆんゆんの耳の穴に入る。
「ぁ……ぁんっ!?」
丁寧かつ繊細な手先で、カリカリと穴の中をほじられて――すぐに表情が激変。
これまで見たことのないような、恍惚の表情に。身も蓋もなく、非常に簡潔に言うと、快感が生じているのが明々白々である
これはヒミコ()の耳かきスキルが高いのか、それともゆんゆんのデリケートな耳の感度が敏感だからなのか。とにかく、すごく気持ちよさそうなのだ。
そして、ゆんゆんは頑張り屋。
辛い事でも早々に根を上げない。
要するにどちらかと言えば、Mである。
だからこそ逆に、このように“甘やかされる”のは、堪えるのが大変なのだ。Mの根性は、快感が弱点なのである。
「(お、おお……! こ、こんなプレイがあったなんて……!)」
様子を見つめるドMのお嬢様が頬を赤らめている。何を言ってるんだこのバカと突っ込んでやるところなのだが、ダクネスの気持ちを理解できてしまう。
「あふっ……ふ、うううっ、気持ち、いい! とんぬらの…が……私の…中を、かき混ぜ……う、うんっ!」
………。
ヤバいな!
喘ぎ声にも似たゆんゆんの声を聴いていると、スゲェ変な気持ちになる!
ドキドキする! 過敏なゆんゆんのリアクションにいちいちドキドキする。
というか、ゆんゆんの目もそうだが、顔も火が出るほどに真っ赤である。抱えるように頭の上に手を添えられ、膝の上に頭を置いて、耳の穴を弄られるゆんゆんは、もう、うっとりしているかのような、蕩けているような、そんな表情である。そんなまさしくヘブン状態で、
「これで、おしまいにゃん」
そして、最後、マッサージするかのように耳の外側をもみもみと念入りに解してから――ふっ、と息を耳の穴に。
「ひゃぁぁぁん!?」
ビクビクン! と強い熱を帯びていたその体がより激しく痙攣して――くた、と力尽きるゆんゆん。
…………でも、耳かきは、両方をやるのが通例である。この時点で虫の息なのに、まだ片側が終わっただけの半分。
今のゆんゆんはまさしく俎板の上のコイであり、料理人であるヒミコ()の卓越した手技に成すがままに翻弄される運命にあった。
「じゃあ、反対側をやるにゃあ。ゆんゆんちゃん、ちょっとごろんさせるにゃん」
「ふぁい……」
………
………
………
それから数分後。
カズマたちの目の前には、ごろにゃーん、と今にも鳴きそうなくらい懐き度120%な猫、もとい、すりすりと枕にしているヒミコ()の太股にほおずりするゆんゆんがいた。
本当に耳かきしかしていないはずなのだが、時折、全身を小さくびくびくッと痙攣させて、その度に悩ましげで切ない吐息を漏らすゆんゆんはとても艶やか……ぶっちゃけエロい。
「と、とんにゅら――」
焦点の定まらない瞳で、なんか呂律まで回らなくなっている状態で、それでも言う。健気に、きちんと感想を述べる。
「とんにゅら……よかったよ」
「そうかにゃ。満足してもらえて何よりだにゃん」
「その……また甘えても……耳かきしてもらってもいい」
「それは、うーん……ゆんゆんちゃん、やっぱり大変じゃないかにゃあ。耳が敏感だし」
「大丈夫! 私は大丈夫だから。それに、これは……うん、特訓。特訓よ! 弱点克服のためだから」
すみません。その特訓、確実に症状が悪化する、というか、余計に開発される展開が見えているんですけど。
「とんぬら……」
でも、この婚約者なパートナーのおねだりに誰よりも
「しょうがないにゃあ。これから、ゆんゆんちゃんの耳掃除当番をするにゃ」
「やったぁ……また、お願いね、とんぬら♪」
何だろうな……。
本当になんだろうこれ。
変身してヒミコ()なので、絵的になんか百合っぽいが、普通に(バ)カップルのイチャつきじゃん。自動
兎にも角にも、甘えられているけど、これ本番じゃ使えない。
「……でも、そんなにヒミコの耳かきが良いなら、サービスで入れてみるのもいいか……今のところヒミコが
「っ! ――カズマ! 私には! 私には何かアドバイスはないんですか!」
ちょっと火照り具合を冷ましに、付き添いのウィズと共にゆんゆんが一時退場したところで、率先してめぐみんが手を挙げて、助言を求めてきた。
と言っても、めぐみんはもう“厨二病キャラ”と言う地で勝負しても何ら問題ない個性を持っている。しかし何だか食い気味なくらいだけどやる気が出ているのは良い事なので、カズマもそれに応えようと考えてみた。
「そうだな。めぐみんだったら……定番のツンデレなんかいいかもな」
「つんでれ?」
「うむ。オーソドックスに、注文を受ける時はツンで、渡す時にデレる感じで行ってみよう。俺がやってみせるから、続けて真似してみてくれ」
はあ……。とうまく呑み込めてない感があるが、カズマも“ツンデレ”と言う概念を口で説明は難しい。
「うーんと、じゃあ……“はい、メニューを持ってきてあげたわよ。さっさと選びなさいよ”」
「そ、そんなに高圧的な態度で大丈夫なんですか?」
驚くめぐみんだが、これが“ツンデレ”である。
世の中にはこれ以上にカズマも躊躇うほどの“ドS”と言う相当コアな属性もあるが、それよりは随分マシなはずである。
「いいから早く言ってみろって」
「………はい、メニューを持ってきてあげましたよ。さっさと選びなさい」
「で、注文を渡す時はだ……“有り難く思いなさいよね。私が……持ってきてあげたんだから”」
このさりげないデレたっぽいとことがポイントだ。
「あ、有り難く思ってください。私が持ってきてあげたのですから……?」
うーん、もっと感情を込めてやってほしい。若干棒読み口調だし。そうだな。ここは、めぐみんがあまり素直になれない相手に練習を……
「ヒミコ、ちょっと客役をやってみてくれ」
「また私がご指名ですかにゃ」
「頼む。めぐみんのツンデレ属性を引き出してくれ」
「うーん、兄様の言うことは何とにゃくわかるんだけどにゃあ……とりあえず、やってみるにゃん」
よし。今はヒミコ()だが、中身がとんぬらだと知っている。
きっとめぐみんもいつものような、とんぬら限定でツンツンとした対応を取れるはず……デレの方はわからないが。
ともかくも、ツンデレ接客のリハーサル始め。
「はあ、あなたが客役ですか……」
「ちゃんとご主人様と呼んでほしいにゃん」
「お嬢様でなくていいんですか?」
「ご主人様は男女共通だからこちらでおねがいにゃあ」
「では、お嬢様、メニューを持ってきてあげました。さっさと選んでください」
うんうん、イジワル感が出てるな。それも自然に。思わずヒミコ()もなんだか悟り切った儚い笑顔になってる。――そう、コイツは、男なのだ。
「じゃあ、このケーキと……あとはめぐみんちゃんの笑顔が欲しいにゃ」
「は?」
ツンデレじゃなくて、さらにその上級のドSな対応になってないか?
ちょっともっとソフトに! とヒミコ()に当たりキツいめぐみんにカズマがジェスチャーを出す。
それにふんと鼻を鳴らすめぐみんは、予め用意してあったケーキをテーブルへ配膳する。
「有り難く思ってください。私が持ってきてあげたのですから」
カズマが教えた通りのセリフ。さっきよりもツンケンした感情が篭っている……が、デレっぽさはない。このままでは不十分。それは、客役のヒミコ()にもわかったのだろう。
トントン、と中指でテーブルを叩く手振りをしながら、ヒミコ()は悩ましげに唸った。
「うーん……なんかつまらないにゃあ」
「なんですと……とんぬら、それは聞き捨てなりませんね」
「今の私はヒミコにゃあ。めぐみんちゃんは、兄様が教えた“つんでれ”をわかっちゃいないにゃん。ただ言われたことをそのままなぞっているだけ。別にめぐみんじゃなくても誰にでもできるにゃあ。これじゃあ接客しても人気はあんま出そうにないにゃー?」
ニヤニヤと意地の悪い視線を受けて、めぐみんはいとも簡単に煽られる。
「そこまで言うならあなたには、カズマの言う“つんでれ”が説明できるんですか!」
「もちろん、そうこれは、紅魔族の学校で習ったフラグの一例にも挙げられる。――“勘違いするな。助けに来たのではない。貴様をやるのはこの俺だ!”なお助けキャラの心情と合致すると思われるにゃん」
「っ! なるほど……」
なあ、お前ら、紅魔族の学校ってどんな授業をやってんだよ。
思わずカズマが突っ込みたくなったが、紅魔族的に分かり易いたとえにめぐみんはピンときた模様。
「うん、ヒミコ、指導役ありがとな。俺じゃあんまりうまく説明できなくて」
「勘違いしないで。めぐみんちゃんのためじゃにゃい。このままじゃ不甲斐にゃいからだにゃん」
おー、流石流石、見事なツンデレセリフである。――でも、コイツは男だ。
♢♢♢
萌え要素の特訓が終わったら宣伝のチラシ配りである。広告にもなるのでそのメイド姿のまま街へ繰り出した。
羞恥心のないアクアと羞恥心を忘れたいヒミコ()が率先してチラシを配り、ダクネスとクリスもそれに続く。ゆんゆんとめぐみんがメイド姿で人前に出るのを恥ずかしがっていたが、これもまたメイド喫茶接客の特訓の一環である。
『やっぱ、ヒミコが店の看板娘になるかなー。こういうのはスタートダッシュが大切だって聞くし。このチラシ配りが意外に大きな意味を持つかもなー』
そこで、対抗馬を使って負けず嫌い精神をあおれば、めぐみんが釣れて、連鎖的にゆんゆんもそれにやる気を出す。
紅魔族は、やっぱりチョロい。
それから数日間、店が整うまで、メイドの作法の特訓、そして宣伝活動に奔走した。
その甲斐あって皆はどこに出しても恥ずかしくないメイドに仕上がったし、至る所でメイド喫茶の話を耳にするくらいに、知名度も跳ね上がった。この世界でもメイド喫茶が受け入れられる手ごたえは十分にあった。あとは蓋を開けてどうなるか。それはもうあいつらを信じるしかない。
そして……
………
………
………
「あー、あの、カズマ……本当に大丈夫ですか?」
「ここまで来て何言ってるんだよ。店の準備はできてるし、お前だってもうメイド服着てるじゃないか」
ウィズがどこからか仕入れたメイド服。王城に滞在した時に世話役してくれた本式の物に比べると軽装で、何というか趣味的なシルエットではあったけれど、機能性は確保されている。そんな服だ。それに着飾る少女たちの体型を出しすぎず隠しすぎず、下品にならないラインでコケティッシュに演出している。
「それはそうなんですけど……」
……めぐみん、この土壇場に来て怖気づいているのか?
普段、俺のことをヘタレだなんだって言うくせに、まったく……
「めぐみんは可愛いから大丈夫だって」
「なな、な、何をいきなり!?」
「心配するなってことだよ。別に失敗したっていいんだから。むしろ可愛い子の失敗は人によってご褒美に感じることもあるんだぞ?」
それもまた味な肴である。
「何を訳の分からないことを……」
「まあ、とにかくやってみろ。失敗してもこっちでフォローするからさ」
と。
「そういや、ゆんゆんはどうしたんだ?」
めぐみんよりもプレッシャーを感じてそうな人見知りがいない。アクアやダクネス、それにクリスも来ているのに……もしかして、あまりの緊張に出てこられないとか。
「ゆんゆんは、まだ更衣室ですよ。担当と最後の仕上げをしています」
女性陣が皆着替え終わってから、ひとり一応は男性のヒミコ()が入り、化粧台につく。
「――さあ、座ってくれ」
促された椅子に腰かけるゆんゆん。案内する彼は今女の子の姿だけれど、お姫様に傅く従者のよう。
けれど、ときめいてはいられない。これは大事な仕事である。
「まずは全ての基本、洗顔から始めるにゃん。これを怠ると化粧乗りが悪くなるにゃあ」
ゆんゆんは指示に従い入念に顔を洗うと、化粧水を適量手に取り、顔全体に馴染ませていった。
「――よし、あとは私におまかせだにゃん」
そういうと、彼(彼女)は、ゆんゆんの顔に手早く化粧下地を施し、パフを使ってうっすらとファンデーションを乗せ始めた。
「別に、メイクでゆんゆんちゃんの顔を別人に作り変えてしまおうなんてしないにゃ。ただ背中を押すだけ。人見知りな少女に自分に自信を持てるように、お手伝いするだけにゃん」
頬に、瞼に、最後は唇に朱を塗る……その作業の最中にも、手を休めることなく話しかけてくる。
「――さ、完成だにゃん」
小さく息を吐くと、化粧用品を箱に片付け、その場に立ち上がった。
「あ、あれもう終わり? 随分とあっさりしてるのね」
「言ったにゃん。元の顔を殺しちゃ意味がないにゃあ。でも――十分にゃん。ほら」
鏡を差し出す。自分の顔を見るよう言いたいのだろう。
「え――」
鏡面に映し出された少女の顔を見て、ゆんゆんは、一瞬、言葉を失った。
ふたつおさげに括っていた髪は紐を解いて、その癖を残しながらもゆるやかに綺麗に纏まり、照明の光を浴びてキラキラと輝いている。肌もいつにもまして艶を持ち、可愛らしいメイド服と相まって、まるで淑やかな令嬢を思わせる佇まいを誇っていた。
だが何よりもゆんゆんが驚きを覚えたのは、その、貌だった。
前髪が梳かれた分露出の増えた貌は、確かにゆんゆんのものである。違いを挙げるのであれば、ほんのりと頬に差した朱や、少しだけ輪郭のはっきりした目、薄い桜色に彩られた唇など、いずれも僅かなものくらいしか思い当たらなかった。
だが、そのひとつひとつの小さな違いが、顔の印象をぐっと可愛らしくしているのである。一瞬、今のはメイクではなく変身魔法だったのかと思ったが、これだけ近くにいたのに魔力の気配は微塵も覚えてない。魔法を使ってないのに魔法のような器用さをみせる魔法の指先。
「こ、これ……私……?」
「ああ、間違いなく、ゆんゆん、ちゃんだにゃん。宴会芸『女形』は化粧も含めてのスキルだにゃあ」
お化粧なんて滅多にしないけど、これは新鮮な気分。新しい自分の一面がまた明らかにされたようで胸が高鳴る。
……女の私よりも、男のとんぬらが化粧上手いのがプライド的にチクッと来たけど。
それでも自信が持てたゆんゆん。
フロアに出るとすでにそこには皆が待っていて、もちろんめぐみんも唖然と……そこへいの一番に駆け付けて、ゆんゆん。
「――めぐみん。がんばろうね!」
「うるさいですよ! これ見よがしに、脂肪の塊を重そうにゆっさゆっささせて!」
「えー!? なんで怒ってるのー!?」
♢♢♢
『お帰りなさいませ、ご主人様!』
オープンは、一斉の挨拶のお出迎えで度肝を抜く。
『ちょっと変わった喫茶店なんでしょー』というのが前評判であったが、カズマはそう思いたければ思っていればいいと余計な説明をしなかった。
それは何故か?
全てはこの瞬間の驚きの力を最大限にまで引き出すためだ! そして畳み掛けるように更なる奉仕接客で客どもを虜にする!
「では、席にご案内しますにゃん」
性格やら性別やら中身は色んな意味でとにかく、見た目は見目麗しい美少女。
こと飲食店で看板娘というのが重宝されるのは、美少女と同じ空間にいるだけで、ご飯も普段より美味しく、心に潤いをもたらすからだ。
裏方兼キッチンのカズマは『料理』スキルを取得しているので、次々と注文に上がった品を調理していく……のだが、
「な、なんだとー!」
何だいきなりトラブルか……?
「いや、だって普段を知ってると無理してる感が……くくっ……」
フロアを覗いてみると、めぐみんの接客している相手はどうやらめぐみんの爆裂魔法使いっぷりを知る冒険者らしい。
「だったら他のメイドに頼めばいいじゃないですか!」
「え」
「では、私は他のご主人様がお待ちなので失礼します!」
おっと、まずい。喧嘩っ早いめぐみんはそういって客の注文も取らずに離れて――しまう前に、慌てて呼び止める男客。
「ままま、待った!」
「なんです?」
「い……いい」
と紅潮させながら吐露する。……うん。
「は?」
「メイドさんに叱られるって、なんか、来る……」
「は?」
「頼む、もっと叱ってくれ!」
「はーーーー!? 何おかしなことを言ってるんですあなたは!?」
「もっと口汚く!」
サキュバスのドリームサービスで開拓されているのか、『アクセル』の連中は鍛えられていた。これはカズマにも計算外であった。
(何をやってるんだアイツらは。……まあ結果オーライだ。よしとしよう)
とそのすぐ隣で、
「え、ええとええと」
挙動不審なゆんゆん。どうやら接客のマニュアルを忘れてしまっている模様。そんな慌てるゆんゆんに、そっと声をかける客。
「あの……すみません」
「は、はひ!?」
「注文が来ていないんですが……」
「え、え、ちゅ、注文? 注文!? すすす、すみません、忘れてました!」
「いえ、そんな……謝らなくても……」
「すす、すぐにお持ちしますのでお街くださ――ひゃあ!?」
と床につまずき、転びかけるゆんゆん。
「だ、大丈夫ですか?」
「ちょっとつまずいちゃっただけなので……」
「怪我無いです?」
「ありがとうございます、ご主人様」
まあ、普通の喫茶店であったならダメ出しだが、これもこれでウケはいい。ドジっ子メイドだ。
ゆんゆんの甲斐甲斐しさと背伸びしている感じが客に受けているか。さらに世話好きは、ボッチオーラを出しまくるゆんゆんを放っては置けないんだろう。客に不快な印象はなく、微笑ましくみている。
そして、一番人気があるのはやはり……
「はい、ご主人様。ご注文のお品お持ちしましたにゃん」
「あれ、このカフェラテ……」
「ヒミコがご主人様の似顔絵を描いてみたにゃ。あ……ダメだったかにゃん?」
「う、ううん! 全然! 凄くいいよヒミコちゃん!」
「ご主人様に喜んでもらえてうれしいにゃー」
「はぁぁぁぁぁ~~~~」
アクアも、ダクネスも、クリスもいるけど、その中でもひとり飛び抜けているヒミコ()。
兎にも角にも、客たちの表情から察するにすっかりメイドたちの虜になっているようだ。そしてメイドらが与えたメイドインパクトは、男連中の理性を根こそぎ持っていく。
よし、ここでさらに一押し! まだちょっとたどたどしい二人、めぐみん、ゆんゆんに特別特訓の成果を見せてもらおう!
「(ど、どうしようめぐみん。カズマさんから指示が来ちゃったよ)」
「(どうもこうも、やるしかないでしょう。ほら、さっさといってください)」
「(えー!? なんで私だけー!?)」
「(ほーらっ、早く!)」
「(あん、もう、押さないでったらぁ!)」
女子二人の静かな攻防の結果、まずはゆんゆん。
さて、ゆんゆんは上手にできるだろうか?
「あ……あの、ご主人様。ご注文はお決まりになりましたか?」
「いや、まだちょっと迷ってて」
「で、でしたら……今日はね、これがおすすめだよ?」
「え?」
急に丁寧口調から雰囲気が変わったのに反応する客。そこへ畳み掛けるように、
「すごく美味しいの。お兄ちゃんもきっと気にいると思うな」
「お、お兄ちゃん!?」
「ダメ、かな?」
「いや、それにする。お兄ちゃんもそれが食べたいと思ってたんだ。うん」
「えへ、私ね、お兄ちゃんなら絶対にそうだろうなって思ったの」
「はぁぁぁぁ~~~~」
庇護欲をそそるゆんゆんによる巨乳の妹役! どうよこの設定は!
男性客にクリティカルなヒットだ。
それに続いてめぐみん――
「………」
とゆんゆんとは引き換えに、めぐみんの態度はやる気がなさそう。あれはまずい。客にもわかってしまう。
「おーい、ちょっと注文いいか?」
「あーはい。どうぞご主人様」
「ええと、まずこれと……あとは……」
呼んでからメニュー表にまた視線を彷徨わせる客。それに苛立ちを隠さず、つい、
「早くしてくださいよ。決まったから呼んだんじゃないんですか?」
「しょうがないだろ。迷ってるんだから……」
「まったく。優柔不断なご主人様ですね」
呆れたように言うめぐみんに、客もムッとする。
「じゃあ……これを頼む」
「承知しました。少々お待ちくださいませ」
「ちっ、何だよその態度は。このハズレメイドがっ!」
「はあ!」
客の文句に思わずカッとなるめぐみん――そこへ、割って入ってフォローするのは、猫耳(男の)娘のヒミコ。
「ごめんなさいだにゃー、ご主人様。めぐみんちゃんは、ちょっぴり素直になれない子なんだにゃん」
「えと、君は?」
「ヒミコと言いますにゃあ、ご主人様」
助かる。ヒミコ()にクレーム処理を任せると、カズマはめぐみんの腕を引っ張って裏まで連れて行く。
「おい、めぐみん!」
「ちょっと、なんですか! 痛いから引っ張らないでくださいよ!」
「今のは、最悪の接客態度だぞ」
注意するとめぐみんは顔を顰めて、
「わかってますよ。でも、あの男、ずっと私をジロジロ見てるんです」
なるほど、それでイライラしてたのか。でもそう見られることを前提にしているのがメイド喫茶だ。これくらいで苛立ってはまともに接客できない。その事はめぐみんもわかっているのか、
「私がフロアに立ってても店の評判を落とすだけですし、奥に引っ込みます」
「何を言ってる、ここからがお前の可愛らしさの生きるところじゃないか!」
「か、かわ!? な、なんですか、それ」
「いいか、これからお前に秘策を授けてやる」
そう、この失礼な対応も一発逆転でひっくり返せてしまうのが、特訓したツンデレなのだ。
「正直、いやな予感しかしません」
「あの客に、料理を持っていくときにデレろ」
「で、でれ?」
「少しだけ好意を表に出すんだ。でも、出し過ぎるのはダメだぞ! 微妙な匙加減を求められるが、めぐみんならできると俺は信じてる」
「はぁ、わかりました。やるだけやってみます」
「よし、行ってこい!」
策を授けて送り出す。そうだめぐみん。お前はヒミコ()にも負けないだけのポテンシャルがあるのだ。それをここで証明してみせてくれ。
「ご注文の品をお持ちしました」
「何だ、またお前か。さっきのヒミコちゃんが良かったな」
「むかっ!」
めぐみん、デレる! と必死にジェスチャーを送れば、気を宥めてくれたようで、
「ふぅ……だってしょうがないじゃないですか、ご主人様の顔を見たくなってしまったのですから」
さらりと聞き逃してしまいそうな、でも、ギリギリ耳に残るような声調でセリフを唱えるめぐみん。
「へ?」
「な、なんでもありませんよ! それで? 料理は他のメイドに運ばせますか?」
若干照れながらも訊ねるめぐみんに、男客はブンブンと顔を横に振って、
「い、いや、お前でいい。お前が良い!」
さらにめぐみんはダメ出しを入れる。
「ま、まあ、他のメイドが良いと言ってもそんなことは私が許しませんけどね」
「どど、どうしてだ!」
「あなたに尽くしていいメイドは私だけだからですよ。もう、こんなこと言わせないでください」
「はぁぁぁぁぁ~~~~」
めぐみんめ、アドリブであんなこと言うなんて、やってくれるぜ。
いいぞ。その調子だ。メイド姿だけでなくサービスも相乗効果になって、注文が止まることがない! これは売り上げが楽しみになって来たぞ!
他にも客単価を上げるために、普通の喫茶店にはないオプションも、サービスメニューに盛り込んである。
「これ、頼んだら本当にやってもらえるんですか?」
「はいにゃん」
「じゃ、じゃあ、ふーふーサービスお願いします」
「ふー……ふー……はい、ご主人様召し上がれにゃー」
「この、おまじないサービスお願いします!」
「ええと……おいしくなーれ♪ もえもえきゅーん♪」
「お願いします! あーんてしてください!」
「どうせならちゃんとしたお仕置きが……」
「え?」
「い、いや、何でもない!」
「罵ってください!」
「何なんですかあなたは! 卑しめられて興奮するなんて、どれだけ変態なんですか!」
「はぁ~ん……」
「アクア様、どうか一筆お願いします」
「ふっ。芸というのは乞われてするものではないとはいえ、求められること自体は悪い気がしないわ。いいでしょう。今日は特別に描いてあげるわ。はー!」
後半、特訓ではしたことのないようなことをやっているがオプションはおおむね好評である。
これは無料ではないので、もちろん料金は発生するが、客は躊躇うことなくサービスを求めている。むしろ金を払っているのだからと、遠慮なくサービスを要求している感じだ。これなら想定通り、すぐに目標金額達成できるかもしれない。だが、これくらいで満足なんてしていられない。
他にもどんどん稼ぐ方法をしていってやる……と行きたいのだが、
「すまん。ちょっと裏で休憩させてくれ、兄ちゃん」
「どうした、ヒミ……とんぬら。一番人気のお前が裏に引っ込んだら客たちもがっかりするだろ」
「アクア様からのご提案だからって、そんな簡単に思い切れるもんじゃないぞ……兄ちゃんだって、女装してるところをめぐみんたちに見られたらどうする?」
「まぁ、死ぬな」
「だったら理解できるだろう。この格好が衆目に晒されることへの抵抗感が半端ないことに」
「で、でも、ここまでやれてるんだし。な、頑張ってくれ」
「ああ、一番見られたくないゆんゆんからは、普通に“すごく可愛いよとんぬら”と返答に窮すことを言われてから、もうそこから何だか吹っ切れてな。けど、ふとした拍子に『あれ? 俺何やってんだ?』と男に戻ると…………なんか精神的にクる」
うん、とんぬらの心労が思った以上にパない。男として心底同情する。
けれど、ここで現在トップ人気の看板娘がいつまでも抜けられるのは運営としては痛い。
激しく懊悩するヒミコ(とんぬら)を励まして、フロアに送りだそうとしたその時、ある光景が目に入った。
新しく入ってきたお客さん、カズマも顔をあまり知らないことから新人の冒険者なのだと予想する。席が埋まっているため、入り口で空くのを待ってる状態なのだが、その視線は明らかにゆんゆんの姿を追っていた。
たどたどしくも甲斐甲斐しく働くゆんゆんの横顔に注がれるその視線は、ただの客のものにしては強すぎる……気がした。
――カァン、とすぐ横で何か甲高い金属音が鳴ったようなイメージ。
すぐざますくっとへたれていた猫耳がピシッとなり、猫耳娘()が復活する。そうだ、このために己は心の操を売ってまでメイドに参加したのだと思い出したのだ。
「行ってくるにゃん……」
そうしてヒミコは、
この『アクセル』の冒険者は駆け出ししたばかりの新人以外なら、知って当然。今は傍にいない(ことになっている)が、体つきは大人なボッチの少女にナンパするようなことはすなわち、『アクセル』のエースに喧嘩を売るに等しい事だと。
「お、おい! なんか目が据わってて怖いぞ! 笑顔笑顔!」
♢♢♢
クリスがもてなした客が帰り、件の男冒険者が受付に置かれたハンドベルを鳴らす。案の定、ご指名制度を使ってちょうど手の空いていたゆんゆんを指差そうとしたその先に。
猫耳娘が満面の笑みを浮かべて割り込んだ。
「ご指名いただきありがとうございますにゃんっ、ご主人様」
声量こそ抑えているものの、グイッと迫る。
「え? いや違くて、そっちの――」
「ただ今お席にご案内いたしますにゃ!」
なおもしぶとくゆんゆんを指そうとする手首をガシッと引っ掴み、有無を言わせず空いた席に座らせる。客――いや、ご主人様は至極丁寧な応対で着席させたというのに、目を白黒させて呻いた。
「あの……できれば、あっちの
かくん、と小首を傾げながら遮った。
「その物理じゃ倒し切れないアンデッドの如きしつこさ――失礼ですがご主人様はストーカーなのかにゃん」
「ホントに失礼だ!?」
「まずは職業とレベルをお名乗りくださいにゃん。話はそれからでございますにゃあ」
「なぜ尋問調……まぁいいか。えと、『戦士』、レベルはまだ5で名前は」
「ああ、名前は結構ですよご主人様」
「ええー!? 俺、何かしましたか!?」
「新人冒険者なら、昼日中から喫茶で落とす金をちょっとはマシな装備を仕立てるための費用として貯蓄しませんかにゃ?」
「当の従業員に正論言われちゃった……」
「じゃあいってらっしゃいませにゃあ」
「いやいやいや! だからっ、何で初対面の女の子にそんな邪険にされなきゃいけないんだよ!? 俺はただ――」
ぶちっ。
「甘ったれるのもいい加減にしなさいにゃ!」
「ッ!?」
「初めて話しかけた女子との出会いに失敗していきなり逃げられたりすることくらい世の常識、当たり前のことだにゃあ! そんなその日の夜中に思い返してがっくりと反省会した経験をひとつもしないで、女の子にコナをかけようなど言語道断! 愚の、骨頂!」
「え、えええぇ……? そうなの、かな……?」
「左様でございますにゃん。この私如きのご奉仕に狼狽える三流ご主人様にはもっと己を見つめ直す必要があると思われますにゃあ。ここは、コーヒーでも飲んで目を覚まし、出直すのがよろしいかと存じますにゃん。コーヒーでよろしいですね?」
「は、はぁ……」
駆け出し冒険者は、こちらの剣幕に圧されてかくかくと首を縦に振った。まったく、にやくやとはっきりしない男である。これで冒険者が務まるか心配だ。
注文は取ったので手早く裏の調理スペースに行くと、テキトーにコーヒーを淹れる。そこで様子を窺っていたカズマ兄ちゃんに『い、一応……これ、詫びで持ってとけ』と戦慄気味に引いた感じでサンドイッチを差し出されたので受け取り客席へと戻ると、まだ呆然としている新人Aの前に置いた。「どうぞ」
「あ……いただきます」
勧められるがままにコーヒーを啜ると、注文していないサンドイッチに気付く。
「あのこれは……」
「前のご主人様の余り物にゃ。勿体ないし、処理してくれにゃん」
こくこくと頷いて、もそもそとサンドイッチを頬張る間、じっとその挙動を見つめ続ける。この期に及んで反対側で他の客の応対をしているゆんゆんにちょっかいをかけたそうならば、その時は実力行使も吝かではない……などと期しながら。
しかし、新人Aはもう、そう言った欲目を表に出すことなく、こちらの方をチラチラと窺いながら大人しくコーヒーと軽食のサンドイッチを頂いた。
やがてコーヒーはカップから消え、サンドイッチが乗った皿が空になると、新人Aの物問いたげな視線がこちらに向けられた。『で、これからどうなるの……?』という問いだと理解し、にっこりと営業スマイルで答えてあげた。
「エリスの尽き目が幸運の尽き目ですにゃあ」
こうして新人Aは帰っていった。
帰り際に、
『最初は別の娘を指名しようと思ったんだけど……あなたに会って、何だか世界が変わりました。こんなにもずばずばと物を言って、しっかりと見守ってくれる、こんなにリードしてくれる女の子なんて初めてだ』
意味の解らない戯言だったので、『どうもにゃ』と適当に返すと、新人Aは『俺頑張って貴女に見合うベテラン冒険者になってみせます』と言って店を出る。
出入り口までしっかり見送って、戻ってこないことを確かめてから店に戻るとゆんゆんと行き会った。彼女は不思議そうに首を傾げた。
「なんかさっきの人と話が弾んでるみたいだったけど、知り合いだったの?」
まったく、この手の視線に疎いから、こちらが目を光らせないとならない。そう決意を新たにしながらヒミコ()は溜息した。
「いんや、ちっとも知らない人だにゃあ」
――結局。
その後もゆんゆんに不埒な目を向けたり、それから余裕があれば他のメイドらに露骨な態度を見せる男性客をインターセプトし続けた結果、ヒミコ()は、フロア成績及びメイド人気トップに輝いてしまった。きちんと対応することもあったが、不相応な客だけは容赦なく長居させなかったのが回転率につながったようだ。
途中からヒミコ()自身も大回転すぎて自分でも何をやってるのかわからなくなっていたのだが、意外にも仕事ぶりは好評であった。なんか“アイドル”を
何はともあれ。
「そんな……まさか、本当にとんぬらに負けたなんて……くッ!」
壁に手をついて失望するめぐみんをフォローする余裕もないほどに、疲れた……。
それから数日、メイド喫茶は大変賑わいを見せ、相当な売り上げを叩き出したわけだが、問題が発生。
何でもオプション料金に注ぎ込むために、借金までしている人がいるという。これは個人の問題であるからこちらにはどうしようもないが、問題は身近にある酒場の方。
ここ冒険者ギルドのご厚意で一画をメイド喫茶のスペースとして借りているわけで、なのに酒場の客をも奪い取る勢いでにぎわっているのだから、あちらのお姉さん方の見る目が日ごとに険しいものになっていくという始末。
売り上げを落としてしまっている酒場はギルドの収入源でもあるのだから、当然である。
よって、賃貸料を要求させるか、追い出される事態になる前に早々にメイド喫茶は閉める方が今後の付き合いを考えると得策である。
かくして束の間の栄華を誇ったメイド喫茶は終焉を迎えた……のだが、常連客から閉店を惜しむ声が上がっている。ギルドとしてもこれには困った模様。
それに、今日までの諸々の出費を差し引いてメイド喫茶で得た儲けは、500万エリスほど。
元々出せる額だった1000万エリスに運動会の1000万エリス、そして、今回のを合わせても2500万エリスなわけで、借金3000万エリスまでまだ足りない。
そこでカズマはこの状況を最大限活用した二の矢を考えた。
そう、このメイド人気をそのままに、惜しむ客たちとすっぱりと別れられる、勝つ一発でドカンと稼げるような盛大な花火をラストフィナーレに打ち上げる――
「みんなでアイドルの卒業式ライブをやるぞ!」
誤字報告してくださった方ありがとうございます!