この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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8話

 精霊は人間の意思に形を作るもの。

 すなわち、イメージによって形を変えられ、信じるほどにそれは強固になる。

 そう、たとえそれが最下級の精霊であっても。

 

「『猫の手』イン『雪精』――アイスメイク!」

 

 閉じた鉄扇に叩き込むように手の内に握り掴んだ雪精を浸透させる。

 鉄扇の部分を柄とし、高圧水流で飛ばされる水芸の聖水に、雪精を溶かし込むように固めていき、抜けば玉散る氷の刃を成形する。

 それは、雪精の主『冬将軍』が持っていた得物(太刀)をイメージモデルにしたもの。

 

「さあ、我が剣の舞を受けてみよ!」

 

 相手は、ファイアードレイク。

 強敵ばかりの里周辺のモンスターの中で、一番弱いと言われるトカゲだ。炎のブレスを吐いてくるが、爬虫類系のモンスターは冷気に弱い。

 何故だかは解明されていないが、爬虫類系のモンスターに氷結系の魔法をかけると、動きが鈍るというのは魔法使いの間で常識だ。

 宴会芸スキルの『神楽舞』で踊るように軽やかに、氷の刃から漏れる冷気を浴びせて動きを鈍らせてから首を斬りつけ、その命を絶つ。

 

「ふっ、またつまらぬものを斬ってしまった――」

 

「てい」

 

 残心を取っていたムラサメブレード(仮名)が、突然叩きこまれた竜紋入りの木刀に破壊された。

 

「あら、脆いのね。軽く叩いちゃっただけで壊れちゃった。硝子みたいね」

 

「ああああ!? なんてことするんですか! これ形を造るのだけでもすごく集中するんですよ! 切れるようにするのはもっと薄くしないといけないし! そけっと師匠の馬鹿力でやられたら壊れるに決まってるじゃないですか」

 

「段々口の利き方に遠慮がなくなってきてるわね弟子君。しかし、また器用ね……今度は『クリエイター』みたいな芸当をするなんて」

 

 水芸に雪精、それから宴会芸スキル『氷彫刻(アイスメイク)』で、武器を作る『アークウィザード』。普通に近接斬撃系の攻撃手段が欲しいなら、紅魔族の『アークウィザード』ならば上級魔法の『ライト・オブ・セイバー』を覚えようとするだろうに。

 宴会芸スキルを使う魔法使いの弟子が特殊なのか、魔法使いの弟子が使う宴会芸スキルが異常なのか……どちらにしても、

 

「変態ね、弟子君」

 

「師匠と言えど、いきなりそれはカチンときますよ」

 

 『アークウィザード』なのに『アークウィザード』っぽくない戦い方をするとんぬらに、そけっとはもはや呆れを通り越して感心している。

 これは天才というより、異才と呼ぶべきだろう。このまま才を伸ばしていったら果たしてどうなるのか。成長が楽しみになる逸材である。

 

「それでどうする? もう修行はやめにする?」

 

 今、里では子供だけで森へ出るのは控えるようにしている。

 超一流の冒険者クラスのそけっとがついていてくれるから、こうしてとんぬらは修業ができる。そのことに感謝しつつも、

 

「いえ、まだお願いします。どうしても、今日中にカモネギを見つけたくて」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 あれから三日が経ち、周りで異変が多発していた。

 

 『養殖』で遭遇した邪神の下僕と思われるモンスターが里の中でも目撃され、状況が切迫してるものと判断した里の大人たちは、まだ準備が足りていないが近々人数を集めて強引に再封印を行うことにしたらしい。万が一失敗してしまえば、里に邪神の下僕が溢れかえることになるが、対処策は講じてあるだろう。

 

 それに傷心したぶっころりーが里で昼間からふらふらしているニート仲間を集めて、『対魔王軍遊撃部隊(レッドアイ・デッドスレイヤー)』という名前だけは立派な自警団を結成した。この里には魔王軍も怖がって近づかないのに、対魔王軍は必要あるのか疑問ではあるが。

 

 ――そして、この最近、ゆんゆんの様子がおかしい。

 

「ねりまきさん、朝の当番やっておいたわ。昨日、お店の手伝いで大変だって聞いたから……」

 

 何というのか、クラス委員がクラス委員をしていた、というのは別段おかしなことではないのだが。

 

「あるえ。はい、これあなたが探してた資料でしょう。図書室でたまたま見つけたの……」

 

 あの人と挨拶をするのにも二の足を踏むようなボッチだったのだ。

 

「めぐみんおはよう。はい、これ」

 

 料理が上手く、真面目な優等生で、あと存在感がなかったゆんゆんが、人に自分から話しかける。これは雪が降るか。いや、それとも儀式が失敗して邪神の下僕に里が滅ぼされてしまう前兆なのか。それとも里の近辺に封印されているという、信者が一人もおらず、名前も忘れられた傀儡と復讐の女神が目覚めてしまうのだろうか。

 そんな杞憂でも心配になるレベルで慣れない真似をしてるゆんゆんから、勝負もせずに弁当を手渡され、どうにも調子が狂う。とりあえず、弁当は受け取らせてもらうけど。

 

「なんですか? ひょっとして私のことが好きなんですか? いきなり一足飛びに、こういった愛妻みたいなことをされてしまうとちょっと……」

 

「愛妻って何!? ねぇ何言ってんの!? 今日は勝負するつもりもないから、素直に弁当渡すだけよ! お弁当あげるから絡んでこないでねってこと!」

 

「その言い方だと、弁当をもらえない場合私がゆんゆんに弁当をたかる無法者みたいに聞こえるのですが」

 

「毎日勝負を挑む私も大概だけど、めぐみんも無法者じゃない」

 

 あっさりと人を無法者扱いするゆんゆんをどうしてくれようかと考えたとき、ここ最近、女子クラスにお邪魔しなくなった奴の顔が浮かぶ。

 

「そういえば、とんぬらには渡したんですか愛妻弁当。あれもなかなか苦労してるようですから」

 

「べ、別にとんぬらとはそんな関係じゃないし。愛妻弁当なんて送らないわよ」

 

 どうやら同居してから三日間、何の進展もないらしい。

 告白が成功してしまったと勘違いしたときにはあれだけ動揺していたというのに、でもこの奥ゆかしいというか引っ込み思案なところが見れて、安心した。

 

「それに、とんぬらとは……少し距離を置いてるのよ」

 

「ゆんゆん……」

 

 それはいったいどういうことだと訊こうとしたとき、担任が教室にやってきてしまった。

 

 ――やはり最近のゆんゆんはどこかおかしい。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ――昼休み。

 

「………まったく、あの滑り芸人は、用があるときに見つからないなんて」

 

 向こうからやってこないならこっちから会いに行ってやる、とめぐみんは男子クラスの教室へと出向いたのだが、目当ての相手は不在。何でも先生に呼ばれて職員室へ向かったのだそうだ。

 

「まさか、ゆんゆんに無理やり猫耳を迫って引かれてるんじゃ」

 

 女子クラスへ戻る途中、トイレに寄り、個室へ入ったところで、複数人の足音。それから、聞き覚えのある3人のクラスメイトの声がした。

 

『あのさ、ふにふらから、ゆんゆんに相談があるんだけどさ』

 

 このこれと言って特徴のない無個性な声は、どどんこだ。

 

『実はさ、私の弟が重い病気にかかっちゃってさ』

 

 これは年の離れた弟を溺愛している紅魔族随一のブラコン、ふにふらだ。

 

『そ、そうなんだ』

 

 そして、このオドオドとした声は言うまでもない。

 

『それで病治療ポーションって高いじゃない。でも、うちあまりお金がないから買えなくてさ』

 

『うん、それで私もふにふらにカンパしてあげたんだけど、足りないのよね』

 

『でも、他にお金を借りれる友達がいないから、本当に私困ってるの』

 

 そういうことか……

 普段からあまりいい噂を聞かないふにふらとどどんこが、野外実習の時、突然あのチョロい娘に親しくしてきたのを不思議に思っていたが、そういうことか!

 

『……わかったわ、その……今日はあまり手持ちを持ってないから、明日まで待ってもらえないかしら?』

 

『本当! ありがとうゆんゆん! やっぱ持つべきものは頼りになる友達よね!』

『ありがとうゆんゆん! 助かるわー! お礼は必ずするからね!』

 

『い、いいよお礼だなんて! と、友達だから! そ、それでいくら足りないの……?』

 

『え、っとね……』

 

 

 そして、了承をもらえた二人はトイレを出て、ひとりゆんゆんは残った。足音が聞こえないから、立ちぼうけしてるのだろう。

 

 ばーんっ、とわざと大きく音を立てるように戸を開けて、個室から出る。

 

「め、めぐみん……っ!?」

 

 こちらに気付いたゆんゆんがびくっと肩を跳ねる。

 それを黙って、見つめる。鏡に映って分かったが、今、目は赤い。

 しばらく沈黙が続いたが、やがて睨み合いに降参したかのようにゆんゆんが、口を開く。

 

「……ねぇめぐみん。友達、ってさ。一体、どんな関係のことを言うのかな……?」

 

「ゆんゆんがぼっちをこじらせているのは知っていましたが、まさか友達がどんなものかすら知らないレベルだとは思っていませんでした……」

 

「知ってるよ! 一応は知ってるから! 一緒に買い物に行ったりだとか、遊びに行ったりだとか! そういうことじゃあなくって!」

 

 怒りながら反論し、それからすぐまた沈んだ調子に、

 

「あのさ、めぐみんは私によくたかっては来るけど、お金をたかることってないじゃない? 奢ってほしそうに目で訴えたりだとか、食事の時間になると、ご飯を分けてほしそうに目の前をうろうろしたりだとかはするけど」

 

「当たり前です。そこら辺の、越えてはならない一線は弁えてますよ。お金をたかり出したら、代価として私の体を要求されても嫌とは言えなくなりますし」

 

「要求しないわよそんな物、私を何だと思ってるの!? っていうか、私も友達って、お金のやり取りはするもんじゃないって思ってるわよ」

 

「なら、どうしてあのようなことを許すのです? まさかふにふらの体が目当てなのですか」

 

「だから、要求しないって言ってるじゃない!? ……でも、弟が重い病を患っていて、薬のお金に困ってるというし……友達作りたいもの」

 

 その最後の言葉に、カッと来た。

 それまで冷静に、努めて冷静に聞いてやってたが、もう我慢できない。

 

「お金で買った友達でゆんゆんは本当に満足できるんですかっ!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ――放課後。

 

「やっと見つけましたよとんぬら!」

 

 喫茶店でバイトをしているとんぬらを見つけた。

 勢い付けて飛び込むように扉を開けて、店内に入ってきたこちらに、片眉だけ反応してみせて、

 

「めぐみんが、ひとりで喫茶店に来るとは珍しい。これは再封印の儀式は失敗するやもしれんぞ」

 

「あなたに話があります。それと、仔羊肉のサンドイッチをお願いします」

 

「金は持ってるんだろうな」

 

 軽口を聞き流されたがとんぬらは、ひとまずこちらを客と扱うと決めたようで、奥の席へ案内すると、厨房にいる店主へ注文を告げる。

 そして、サンドイッチを持ってきたところで、なるべく抑えた声で訊く。

 

「最近、ゆんゆんの傍にいないようですが、あの子がどうしているのか知ってますか?」

 

「自分一人で友達作ってみせるから何も手を出さないで、と言われてな。まあ、ここのところ頑張ろうとしてるのは見てるし、自立してくれるのは喜ばしい話だ」

 

 なるほど。

 頼まれてもいないのに面倒見れないというスタンスか。

 でも、あのチョロいぼっち娘はひとりで放置したら大変だと解るだろうに。

 

「あなたが目を離してる間に、あの寂しがりやなぼっちは良心に付け込まれお金を巻き上げられそうですよ」

 

 人目につかないトイレに連れ込まれ、友達と騙り、同情を乞うような真似をする。友達がいないあの娘は、嫌われるのが嫌で、それは簡単に流されるだろう。

 

「ふにふらの弟が病気だか何だか知りませんが、あの子は女子クラスで私の次に頭がいいんです。バカではないのですよ? 私が怪しいと思っていることを、あの子が気付かない筈がないでしょうに。でもチョロいあの子はお金を用意するでしょう。それを放置していいんですか?」

 

「……だが、俺は相談を受けていない」

 

 これを聞かされて尚そんなことをのたまうとんぬらに、机を思い切り叩いて席を立つ。

 それがダメだと理解しているのにゆんゆんは“友達”のために金を出す。

 お人好しで、寂しんぼで、なにより――

 

 

『だって……だって、私に友達できないと、とんぬらが安心して里を旅立てないじゃない!』

 

 

 とってもめんどうくさい娘なのだ。

 

「ゆんゆんは、あなたのために友達を作ろうとしているのですよ!」

 

 これ以上ここにいると自分のクールなイメージが崩れてしまいそうなので、言いたいことだけ言うと、振り返らずにその場から立ち去った。

 

 

「……。……まったく、それじゃあ本末転倒だろうに」

 

 呟きを漏らしたとんぬらは額に手をやり、それから髪をくしゃりと握る。

 そして、すぐに気づいた。

 テーブルに出されたサンドイッチがなくなってることに。

 

「あいつ……さては、食い逃げしやがったな!」

 

 来店お断り(ブラックリスト)に入れてやろうか、と悪態を吐きながらもとんぬらはエプロンを脱いで、

 

「すみません店長。頭が痛くなったので早退してもいいですか。今日の夕飯はいりませんから」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「我が名はこめっこ! 家の留守を預かるものにして紅魔族随一の魔性の妹!」

 

「ほれ、肉だ。美味しいカモネギの肉を喰わせてやるからここを通せ、こめっこ」

 

 騒がしい。部屋までドタバタと足音が大きな、いきり立つ気配が近づき、ノックもなく扉が開けられる。

 

「女子の部屋に強引に押し入るなんて、ゆんゆんが聞いたら大変ですよ」

 

「うるさい食い逃げ犯」

 

 息を切らしながら、とんぬらは袋を差し出し、用件を一息に早口で言う。

 

「そけっと師匠と『養殖』に行くと、師匠の好物なファイアードレイクはよく狩るし、マンドラゴラは農作業の雑草取りで刈り取ってるんだが農家の人も処分に困ってる。カモネギも森……に近い神社の庭を探索したらたまたま、偶然見つけて経験値稼ぎに狩らせてもらったが、おまけのネギが余っててな。訊かれたら族長宅にしばらくお世話になったお礼だと言ってくれ」

 

 袋の中に入っているのは、ファイアードレイクの肝、マンドラゴラの根、カモネギのネギ……

 それらは病を治療するポーションに必要な材料である。

 

「それとひとつ誤解は解いてやるが、ふにふらは単純な金目的で要求したわけではない。弟さんが病気なのは本当だ。大人は今、邪神の再封印に駆り出されているからな。子供の面倒は見れないんだ。褒められる行為ではないが、苦肉の策といったところか。今頃あの二人も良心に呵責を覚えているだろうな」

 

 ……なんだ、自分に言われずともとっくに知ってたのか。ちゃんと陰ながら気にかけてて、頼られたらすぐ助けられるように用意していた。

 

「だから、金よりも薬のほうが喜ばれるし、双方にいい薬になる。明日にもお金を用意して渡しそうだし、弟さんの病気も心配だしな、今からめぐみんが族長宅へこの材料を届けて、ついでにできたら助けてやってくれ。薬の作り方くらい、紅魔族随一の天才ならお手の物だろ」

 

「なんでそんな面倒なことをしないといけないのですか。現実主義な私が、自分の利益にもならない人助けなんて、するわけないじゃないですか」

 

「紅魔族随一の食い逃げ犯と呼ばれたくなければ、さっきの食い逃げ料金分働け。俺が代わりに払ったんだぞ」

 

「仕方ないですね、サンドイッチ分くらいは働きますよ」

 

 了承したところで、ああそれから、とひとつ頼みごとを追加してきたとんぬらに、やれやれとめぐみんは嘆息を零して見せる。

 

「私はとんぬらの伝言役ではないんですが」

 

「あんたのせいで、俺からは話しかけられないからな」

 

「自分のヘタレを、私を理由にしないでほしいんですが……まあいいでしょう。代わりに私もひとつ頼みごとを聞いてもらいますが」

 

「構わないよ、助かる。あんたが帰ってくるまで妹さんの世話はする。カモネギの肉で親子丼でも作ってやるさ」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 突然、家を訪ねたかと思えば、材料は用意してあるので自分たちで薬を作ると言ってきためぐみんに、ゆんゆんは驚かない筈がなかったが、中へ通してくれた。友達が家に遊びに来てくれるのが夢だった少女は、それは嬉しそうに。

 

 めぐみんはクセが強いが優秀な魔道具職人の娘であり、学校の授業で魔道具作成はしたことがある。

 病治療ポーションは、体力回復のポーションよりも作成が高難易度だが、レシピがあるし、女子クラスの首席と次席であるめぐみんとゆんゆんのふたりがかりで作れないものでもない。

 

「我が魔導技術を見るがいい! 病など一撃必殺です! ふはははははは……!」

 

「私たち劇薬を作ってるんじゃないわよね? 身体に良い、ポーションを作るんだよね!? 一撃必殺とか物騒なセリフが聞こえたんだけど!」

 

 ゆんゆんが不安げに顔を引きつらせる中、族長宅の台所で、高難易度のポーション作りが始まった――

 

 まずは、乾燥させたファイヤードレイクの肝を粉にし、

 

「きゃー! めぐみんのすり鉢から火の粉が飛んできてるんだけど! 水! 早く水!?」

 

 続いて、生命力の強いマンドラゴラの根っこを細かく包丁で切り刻もうと、

 

「マンドラゴラに包丁を白羽取りされちゃってるのめぐみん……」

 

 苦戦の末に植物相手との力勝負を制して、マンドラゴラの根っこを細かく刻むと鍋に投入。

 それからカモネギのネギを刻む。元々ネギは病気の治療に効くと言われており、カモネギの持っているネギは、あらゆるネギの中でも至高の品であるそうだ。

 しかも薬の材料になるだけでなく、カモネギは倒すこと自体は簡単なのに大量の経験値が得られて、また食べるとすごく美味しい。

 一石三鳥だが、カモネギはなかなかお目にかかれないレアモンスター。あのステータス不幸な少年が良く見つけられたものである。……いったいどれだけ駆けずり回ったことか。

 まあ、あの自分に次ぐ秀才はそんな労苦をこれっぽちも悟らせようとはしないが。

 気づくものは気づくのだ。

 あとは鍋を煮込むだけの段階に入り、煮立つポーションの水面をかき混ぜながらゆんゆんは訊いてきた。

 

「……ねぇ、めぐみん。薬の材料って、どうやって用意したの? ……結構、店で売ってないものもあるし、もし買ったんなら払うよ」

 

「タダですよ全部。お金に頼らずとも、ファイアードレイクの肝はファイアードレイクをお得意様にしてるそけっとに頼めばいくらでもくれますし、マンドラゴラも農家に訊けばむしろ持って行ってくれと頼まれるでしょう。カモネギに遭遇したのは、日ごろの行いが良かったんですね」

 

 チラと横顔を窺えば、ゆんゆんは何だか苦笑していた。

 頭の良いライバルは、すでに誰が犯人かは、わかっているようであった。

 

「三日間、族長宅でお世話になった恩返しだそうですよ」

 

「もう……、もう……っ! 私の方が借りを作りっぱなしじゃないのよ……!」

 

 嬉しいような呆れているようなゆんゆん。

 放っておいてと言っておきながら、見守ってくれていたことが嬉しいのだろう。

 

「……そういえばゆんゆんは、あと何ポイントで上級魔法を覚えられるのですか?」

 

「ポイント? あと……。2ポイント。2ポイントで上級魔法を覚えられるわ。そうしたら、その……学校を卒業しちゃうことになるんだけど……めぐみんは、あと何ポイントで魔法を覚えられるの?」

 

「あと1ポイントですね。『養殖』のときに一気に3ポイントも稼げましたから。次のテストで卒業です」

 

「本当に美味しいとこ取りしたわよねめぐみん……でもそうかあ、このままいくとめぐみんの方が卒業するんだ……あれ? 私よりもいつも成績が良いめぐみんなら、3ポイントも稼げてれば余分にオーバーしてるくらいだと思うんだけど……?」

 

 何かに勘付き始めるゆんゆん。そろそろゆんゆんにならネタ晴らしもしても構わないかと考え、冒険者カードを取り出す。

 

「もうこの際だから言っておきますが、私は上級魔法を覚える気がありません! そんなものよりももっとずっと超威力の必殺魔法を習得するのです! ほら、私の冒険者カードを見るがいいです! 上級魔法を覚えられるポイントぐらい、とっくに貯まっているのですよ!」

 

「ほ、ほんとだ……! 何だ、やっぱりめぐみんは、私よりも凄かったんだ……!」

 

「えっ……ええと、はい。まあ凄いのです」

 

 あれだけライバルライバルと言いながら満面の笑みで素直に喜ばれるのはそれはそれで困る。

 もっとそのあたりの意識を高く持ってほしいものだ。

 

「でも、上級魔法よりも凄い魔法って……奇跡魔法でも覚えるつもり?」

 

「私はあんなネタ魔法覚える気はありませんよ。滑り芸人と一緒にするとは失礼ですね。それよりももっとすごい魔法です」

 

「それじゃあ、炸裂魔法? それともまさか、爆発魔法とか……」

 

「爆裂魔法です」

 

「…………えっと、今、なんて? 爆裂魔法って聞こえたんだけど」

 

「ええ、爆裂魔法ですよ。最強の魔法と呼ばれる、あの凄いヤツです」

 

「…………なにいってるの? え、バカじゃないの!?何言ってるのめぐみん! そんなの覚えてどうするの!? とんぬらのことネタ魔法とか全然言えないわよ!」

 

「あんな当たり外れのあるのと一緒にしないでくださいゆんゆん! 爆裂魔法は発動すれば確実に敵を斃しますよ!」

 

「発動すればでしょ!? 習得しても、ほとんどの人が魔力が足りずに使えない魔法なのよ! もしかろうじて魔法が使えたとしても、一日一発しか撃てない、使い勝手の悪いネタ魔法なのよ? それに才能を無駄遣いするなんて何考えてるの? バカなの? バカと天才は紙一重っていうけれど、めぐみんって紙一重でバカだったの?」

 

「そ、それ以上バカバカ言うなら、いくらゆんゆんでも酷い目に遭わせますよ! ……というか、今更言われずともすべては覚悟の上ですよ。私は誰よりも爆裂魔法について調べました。今では、この里で一番爆裂魔法について詳しいと自負しています」

 

「詳しいっていうなら、どうしてそんなの覚えようとするの!? とんぬらと言い、普通に上級魔法を覚えれば、大魔法使いになれるのだって夢じゃないのに……っ!」

 

「それはもちろん、爆裂魔法が好きだからですよ。とんぬらも奇跡魔法が好きだからでしょう」

 

 初めて対峙したときから同族の匂いを互いに嗅ぎ取った。

 惚れこんだ一芸を究めることに、すべてを費やそうとする大馬鹿者だと。

 

「あれだけ滑っておきながらそれでもネタ魔法を使うのをやめない馬鹿がいるんです。ならば、私だって負けませんよ」

 

「……爆裂魔法だって十分ネタ魔法よ。本当、学校の双璧が……妙にお互いのことわかってるなって思うことがあったけど、そう。同族だったからなのね」

 

 心底呆れたと大きく溜息を零される。

 

「……それで、その……卒業したら、めぐみんはどうするの?」

 

「旅に出ますよ。ゆんゆんにだけ教えておきますが、実は私の爆裂魔法好きには理由がありましてね。

 子供のころ、魔獣に襲われたことがあったのです。そこにたまたま通りかかった魔法使いのお姉さんが、爆裂魔法でその魔獣を撃退したのですよ」

 

 その時の爆裂魔法の威力。

 圧倒的な暴力。

 絶対的な力。

 それはもうすさまじく、最強魔法の名にふさわしい威力であった。あれを一度でも見てしまったなら、他の魔法を覚える気が起きない。

 

 めぐみんの夢を語り終えると、ゆんゆんは納得したような、すっきりとした表情を浮かべ、

 

「そんな理由があるなら私がどうこう言うことはできないわね。でも、爆裂魔法使いは本当に茨の道よ? めぐみんの魔力量なら魔法を撃つことはできるかもしれないけど、撃った後は魔力を使い果たして、まず身動きが取れなくなるわ。旅をするのはいいけど、ひとりで旅なんかしたら、魔法を撃って動けない無防備なところを、他のモンスターに襲われちゃうわよ? 一緒に旅する仲間のあてはあるの?」

 

「ゆんゆん並みに友人のいない私に、そんなあてがあるわけないじゃないですか」

 

「どうして自慢げなの!?」

 

「――と言うところでしたが、ひとりあてを付けてます。里を出てから街に着くまでの期間ですが」

 

「え……?」

 

 ピタリ、とめぐみんの言葉に、ゆんゆんは鍋をかき混ぜる手の動きを止めてしまう。

 めぐみんはその反応を見て、一瞬言いよどむも、任された伝言を口にした。

 

「とんぬらは、明日、卒業するようです」

 

「…………そう、なんだ」

 

 言葉はそれ以上出てこなくなり、カチャカチャと薬作成の作業の音が気になるほどに静かになる。

 そうして出来上がった病治療ポーションを瓶詰めして、それを胸に抱いて、ゆんゆんは精一杯の笑みを作って、

 

「それじゃあ、今日中に、友達、作っておかなくっちゃね」

 

 遅くなってきてるが、まだ陽は出てるし大丈夫。

 ふにふらに薬を届けに行こう。そして、改めて、申し込むのだ。

 後腐れの残らないように。

 

「――ですから」

 

 急いで出掛けようとするゆんゆんを引き止めるように、めぐみんはその背に言う。

 

「自分の口から伝えたいことがあるから、ゆんゆんから話しかけてくれないかって、とんぬらは言ってましたよ」

 

 伝言役の務めを果たすと言ったが、余計な一言を付け加えないとは言っていない。

 

 

「そういえば、学校を卒業する相手から、服の第二ボタンをもらえると別れ離れになっても結ばれるという話を小説で読んだことがありますね」

 

 さりげなく、そんなことを語るめぐみんに、ぐっと俯いた顔を上げたゆんゆんは、意を決した目で、

 

「……めぐみん、ちょっと相談に乗ってもらえるかな」

 

「ええ、どう話しかけるかですね。任せてください。紅魔族流のとびっきりなのを考えてあげますよ」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「よし、こめっこ。たらふく晩ごはんもいただいたことだし、遊ぶか? 何かあるか? ここ最近何で遊んでる?」

 

「パズル! 外でおもちゃを見つけたからそれで遊んでる! 神主の兄ちゃんもやる?」

 

「なるほど外にある遊具か……でも、パズルなんてあったか? まあ、今の時間公園に行くのも遅いし、では、ここは俺が手品を見せてやろう」




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