この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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76話

 非合法な手段で狙った物品を手に入れてきたアンダイン卿。

 貴族の権威があろうと話術は猿並。なのに、どうしてこうもみんな泣き寝入りして大事な宝物を差し出すしかないのか?

 理由は不明であるが、その身内が魔物に襲われたり家が火事になったり、そういう不幸なタイミングを狙ってくる。

 例えば、とある商人の子供が急に病に伏せられた。それはプリーストには治療できないような難病で、救うには手持ちの資産だけでは足りない。そんな折にふらっと現れた貴族が笑顔を浮かべて儲け話を持ち掛けてくる。身内の不幸にまともな判断能力をキープできないのだ、溺れる者が藁を掴んだとしても、その行為のどこに非があるだろうか。

 結果として、子供は助かった。そして、商人の家宝は二束三文に売り飛ばされていた。

 ちなみにきっかけとなった難病、劇物の摂取で再現ができるものであったりする。裏から手を回されたことに後になって勘付こうとも、取引に応じたのは自らの意思であるために、命あっての物種と泣き寝入りするしかない

 

(悪魔がいようがいまいが、貴族というのは大半が欲深い人間だ)

 

 であるから、悪魔も魂と引き換えに願いを叶えるサービスを廃止した。今、目の前にいるような業突く張りとのいざこざは人外であっても敬遠するものである。

 

 

「約束の品は用意ができたかな?」

 

 とっぷり日が暮れた時、布で覆われた魔獣一頭入りそうな檻を引き摺って屋敷に訪れたとんぬらを主アンダインは勝ち誇ったような余裕の表情で出迎えてくれた。

 欲しい物を手に入れてきた男には、汚れらしい汚れはない。自分で吸った、血の一滴さえも。

 

「はい、用意しました。アンダイン卿の注文通りの“一億エリス以上の値打ちのするモノ”を、ここに」

 

 ゆっくりと目を閉じるアンダイン。

 思い返しているだろう数日前の出来事、そのときに貴族である己をフッた不躾なガキにケツの毛を毟ってでも支払わせてやる。そう思ったことだろう。

 世間知らずな青二才の人生を潰してでも宝が欲しいと思えなければ、強欲な蒐集家などとは言えまい。

 やがて。

 十分、相手を屈服させた勝利の余韻に浸ったところで薄らと目を開く。

 

「そうかそうか」

 

 蒐集家の貴族は、流れるように、不協和音みたいな不快なノイズを生じないように気を配ったような口調でこう言ってきた。

 仮面の少年は、檻の内を隠す布に手を掛けて、勿体ぶるようにそこで手を止めた。その遅延行為に、早く戦利品を拝ませろと言外に滲んだ声でアンダイン。

 

「どうしたのかね?」

 

「アンダイン卿、ゲームをしませんか?」

 

 いきなりのお誘いに、唖然とするもすぐに嗜虐的な笑みを浮かべる。

 

「一日、待ってやったんだ。もう十分別れは済ませたのであろう?」

 

 今更、悪足掻きに付き合う理由など勝者にはない。

 

 そうだ。

 それが最初の難関。

 詐欺で嵌めてきた悪徳貴族が、奇妙な勝負に乗ってくるか? 彼らは大胆であるが臆病だ。それくらい小賢しくなくてはとっくの昔に捕まっている。回避できるものはなるべく回避しようとするだろう。

 だから、リスクに見合う餌を用意しなければ、食いついては来ない

 

「どうかお付き合いください。アンダイン卿のオークションの腕前というのを是非とも見せていただきたいのですよ。――この通り、勝負に賭ける品には自信がありますので」

 

 幕を引いた檻の中にいたのは、初心者殺しの変異種というレアモンスターではなく、ふんじばって猿轡を噛ませた中年男性……アンダインが雇っていた行商人であった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ブラッディモモンガのマーキング用の尿は、浴びると一週間は強烈な臭いが取れない。

 

 派手に鏡をテーブルから落としてみせて、注意が逸れたその隙にテーブルの下で見えない行商人の足元にモモンガのマーキング尿を原料としたスプレー液をそのズボンへ掛けていた。

 希釈して薄めてあるとはいえ、それに気づかないとは全く迂闊な男であった。

 そして、子供を巻き込むような輩に手心を加えてやろうとはあまり思わない。貴族様へ後日お伺いを立てる“宣戦布告”を届けてもらうためでもあったが、教育上あまりよろしくない荒事を孤児院で披露したくなかったという心情もあった

 

 だから、()()()()()見逃した。それだけである。

 

 ゲレゲレにマーキングした臭いを追跡できるよう躾けてある。金を貰い馬でさっさと駆け出しの街から離れようとしていた行商人を快足に駆ける初心者殺しが回り込んで、捕獲した。

 それから、“話し合い”をして、檻の中に入ってもらった。

 

「その男は、どうして捕まっている……!?」

 

「実は、この人、貴族ダスティネス家のご令嬢に恫喝するなどひどく無礼な行いを働いたものでして、『アクセル』の住人として領主様の屋敷へ送ろうかとこうして捕まえたんです」

 

 やや強引だが正当な理由ではある。この行商人がダスティネス・フォード・シルフィーナを泣かしたのは事実なのだから。

 

「しかしですね。ダスティネス家へと連行しようとしたら、なんとこの人――『全てはアンダイン卿の指示でやったことだ』と言うんです」

 

 じっとりと。

 アンダインは首の後ろの辺りから、イヤな汗が噴き出してくるのがわかる。

 ダスティネス家のご令嬢に無礼を働いただと……? そんな話、聞いてないぞ!

 睨みつけると、猿轡をされている行商人に、くっと目を逸らされた。言葉よりもその態度で余計なことをされたと悟るアンダイン。

 

「ですから、ダスティネス家へ向かう前にこうしてアンダイン卿の屋敷へと寄らせてもらったんです」

 

 この生き証人を警察の、ダスティネス家の尋問に突き出されたくなければ、ゲームに付き合え――そう、この真紅に光る目で語る。

 前領主のアルダープならば裏金を積めば犯罪を見逃してくれたであろうが、現領主のイグニスはそうはいかない。清廉潔白な大貴族は、相手が貴族であろうとも不正があれば粛清する。

 

「なぜ、こんな真似を……!」

 

 この行商人を警察に突き出し、尋問で吐かせてしまう方が楽だ。

 だが、単に拙い策謀を暴いた程度ではつまらないし、気が治まらない。

 そして、報復する気さえなくさせるには、完膚なきまでに潰して、格の差を思い知らせるのが最も効果的だ。

 大変不本意な敬語を止めたとんぬらは、ガラリと口調を変えて、

 

「あんたから売られた“喧嘩(もの)”を買ったのは俺だからだ、アンダイン卿」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 『ダウト』というカードゲーム。

 交互にA(1)からキング(13)までのカードを順番に出し合い、最初に手札をゼロにした方が勝ち。

 もし出されたカードが順番に対応していないカードであると思ったら、『ダウト』とコール。出されたカードがウソであったのなら、カードを出したプレイヤーがそれまで出し合ったカードすべてを手札に戻し、逆に本当であったのなら、『ダウト』とコールしたプレイヤーがカードすべてを手札に戻す。

 

 今回するのは、ルールは『ダウト』と似ているが、出すのはカードではなく、“相手が注文したモノ”だ。もし注文したモノを所有してなければ、『ない』と応じればいい。

 そして、『ダウト』のコールが的中すれば、出し合ったモノすべてをいただける。逆に外せば出し合ったモノはすべて奪われる。また、『ない』といってあった場合はオークションゲームのペナルティとしてさらにその倍の価値のあるモノを支払わなければならない。

 

「名付けて、『ダウト・オークション』。ルールは簡単だから、覚えただろう? 勝者が総取り。一発勝負で蹴りをつけようか」

 

「……よかろう」

 

 オールオアナッシング。ゲームを長引かせるほど出資がデカくなりたった一度のミスですべてを失う、ハイリスクハイリターンのゲーム。こんなのアンダインは受けたくもないが、この挑戦を受けねば、あの行商人を逃すことになる。そうなれば貴族として破滅が待っている。

 

「しかし、一体どうやって相手のウソかどうかを見抜くのかね?」

 

 あえて、アンダインは訊ねた。

 答えなど分かり切っている。ウソを看破する魔道具を使うのだろう。尋問にも利用されるこの魔道具は公正に捌く――しかし、世の中にはその判断を狂わせる骨董品もあるのだ。

 ウソを反転させる魔道具のネックレスをアンダインは常に身に着けている。そう、このセーフティがある限り、アンダインに負けはない。

 それがわかったからこそ、受けた。

 

 馬鹿め。行商人をとっとと突き出しておけばよかったものを……欲深に私の資産まで望んだのが間違いだったな! その報いを必ず果たしてやる!

 

 けれど、返答はこちらの予想外なもの。

 

「それは、このウソを看破する魔道具を用意しているが――他にも審判にうってつけの相手に依頼した」

 

「なに?」

 

「せっかくの大勝負なんだから、魔道具だけに命運を預けるのは味気ないだろう?」

 

 そこで、応接間へと入ってきたのは、仮面をつけたタキシード姿の大男。

 

「フハハハハハ! フハハハハハハ!」

 

 いつものテンションの高い高笑いをあげるのは、とんぬらのバイト先のマネージャーで……

 

「き、貴様、何者だ!?」

 

「我輩は、バニル! この世の全てを見通す地獄の公爵である!」

 

 この駆け出し冒険者の街には、元魔王軍幹部の最上位悪魔が住み着いていると噂を聞いたことがある。

 

 その仮面の奥に瞬く血の色のような赤い眼光に、アンダインは怖気が走った。あれは、悪魔だ。それも名乗り上げ通りだとすれば、全てを見通す悪魔。ウソなど容易く看破してくれる。まさしく、嘘吐き(ダウト)勝負にはうってつけの人(悪魔)材。

 

「在庫処理に協力してくれたのでな。此度の竜の小僧の頼みを聞き入れて、大悪魔である我輩が審判役を請け負った! 申告すれば、事の真偽から人には言えない性癖まで暴き立ててやろう!」

 

「真偽だけで十分だからな審判。余計な情報はいらないぞ」

 

 この最強の審判を用意した『アクセル』のエースは宣告する。

 

 

「言い忘れていたが、アンダイン卿……これは悪魔が裁定する“闇のゲーム”だ」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 闇に、沈む。

 その一言で、部屋の内装が変わった。黒一色。地獄の公爵がその契約に基づき、ゲームの裁定者を務めるこの空間。

 絡繰り人形の上半身が暗闇より浮かび上がるように出現する。

 

「これは、『ジャッジ』。悪魔同士の決闘、“闇のゲーム”に使われる魔界の遺物である。我輩は人間を狩るのは趣味ではないからな。仕様を変えさせてもらっているが、本来なら敗者の首を刎ねて残機(いのち)を奪うものだ。違反などすれば一生ついて回るであろう」

 

 無機質な、そして死神の如き大鎌を手にするその姿。バニルの指示で今回は大鎌を置いて、ウソ発見の魔道具を手にするも、無知な者であろうとも肌に触る凍える悪寒より、本能的に“闇のゲーム”に逆らうのを禁じるだろう。アンダインは噂にて、先日、全てを見通す悪魔が、冒険者ギルドにて違反をした冒険者に詳細を語るのを憚れるほどの酷い罰ゲーム(性別逆転)を科したことを知っている。

 つまり、これは冗談が、欠片も、微塵も、一切混入していない真剣勝負なのだ。

 

「待て! 貴様とその悪魔が、グルではないのか!」

 

 アンダインが詰問する。当然の要求だろう。しかし、とんぬらが依頼したのは、あくまでも審判役である。

 

「“闇のゲーム”で、結託(イカサマ)などせん。地獄の公爵がその名に誓って、虚偽なく裁定を下す」

 

「悪魔の言葉など信用ができるか!」

 

「ふん。納得がいかんようだな。であるなら、基本、()()()()()()()()魔道具の裁定に任せ、不服があるのなら我輩が見定めてやろう。ただし、異議申し立てが見当違いであれば、“闇のゲーム”を台無しにし、勝者の名誉を傷つけたペナルティとして、更に注文をひとつ付け加えさせてやるものとする。

 それでいかがかな? 強欲なる蒐集家よ」

 

「……っ、わかった。それでいい」

 

 これは明らかにこちらへの配慮。つまり、この悪魔……魔道具のネックレスに気付いているのかっ?

 だとすれば、あまり藪をつつけばボロが出るか。こちらに対ウソ看破のジョーカーを有することを、嘘吐き(ダウト)で負けはしないことを、相手に気付かせるわけにはいかない。

 勝負を受けなければならない以上、これで大人しく納得しておくしかあるまい。

 不承不承……を装って頷き、バニルの言を受け入れる。

 それから、この生意気な小僧へ、囁くように、それでいて低い声で。

 

「博打に出たことを後悔するんだな。良いか、全てを剥ぎ取る。金だけじゃない、貴様の大事なものを全てだ」

 

 この脅しに対し、とんぬらは肩を竦めて、失笑を零す。

 

「それじゃあ、ゲーム『ダウト・オークション』を開始するとしようか。アンダイン卿」

 

 

 こちらがゲームをお願いした立場であるから、先攻後攻はどうぞお好きに決めてくださいととんぬらは最初の主導権を譲る。

 アンダインは当然、先攻を選択する。

 

「では、“その行商人の身柄をこちらに引き渡してもらおうか”」

 

 注文を受けて、とんぬらは『どうぞ』とこの生き証人の身柄を、“闇のゲーム”の裁定機である『ジャッジ』へと押しやり、引き渡した。そのあっさりした態度に不安を覚えたアンダインは追及する。

 

「まさか、すでにもう領主か警察の尋問を受けさせたのではあるまいな?」

 

「“領主様と警察方に生き証人の捕縛に関して報告はしていません”……これで満足か?」

 

 それにとんぬらはわざわざ『ジャッジ』の手にするウソ発見の魔道具の効果圏内に入って証言する。虚偽反応の鐘は、鳴らない。

 

「じゃあ、今度はこちらの注文だ。これは後払いで構わない。“孤児院の子供たちへ心からの謝罪を要求する”」

 

 とんぬらが指定したのは、物ではない。この思わぬ要求にアンダインは渋面を作る。ガキに頭を下げさせるなど酷く癪に障るが、勝てば問題はない。そして、魔道具のネックレスがある限り、ほぼ負けはない。

 念には念を入れ、ボロを出さぬよう迂闊な発言はせず、無言で頷いた。『ジャッジ』もそれを承認の証と見たか、真紅の眼光のレンズを点滅させる。

 

 そして、アンダインのターン。

 生き証人の身柄を出させた。ならば、次は決まっている。

 

「では、私からの注文だ。“約束した賠償物”を払え」

 

 “一億エリスの価値があるモノ”。それは、初心者殺しの変異種に精霊の新種――

 

「支払いはちゃんと用意してある」

 

 とんぬらは、腰につけていた道具袋を掲げた。

 モンスターを入れた檻を用意している気配もない。そのあるモノを詰め込んだ道具袋をテーブルの上に提出する。

 

「…………なんだ、これは?」

 

「あんたのお望み通り、“金銭ではなく、一億エリスの価値がある代物”だ」

 

 とんぬらの言葉に顔を顰めるアンダイン。視線が道具袋に注がれる。

 

「中を見せろ」

 

 偉そうな物言いに逆らうことなく、アンダインへ見やすいよう袋の口を縛る紐をほどいて中を開く。その中には、何枚もの四角い紙束が詰まっていた。

 そのお札のような用紙には、クリスの押し花が貼られ、女性の顔が描かれている。その女性……幸運の女神エリス像はどれもバラバラの絵で、同じ物がひとつとして存在しない。そして、押し花と女神像の間に“感謝祭割引チケット”と書かれている。

 これは、祭りに向けて孤児院の子供たちに作らせていた、祭り限定で屋台などに使える割引券である。

 

「全部子供たちの手作りだ。ああ、商会にはちゃんと了承を取ってあるぞ。感謝祭で使ってみるのもいいし、記念に取っておくのもアリだ。力作揃いだからな」

「……ふざけているのか?」

 

 先日のカタログ本を解説したのと同じ調子で語るとんぬらを、アンダインの詰まった声が遮った。

 

 拳も微かに震えている。

 こんなちゃちなものに感動しているはずがない。心底頭に来ている。

 

「何か不服でもあるのか? 子供たちがあんたへの弁償のために一生懸命作った作品だ。お金がないなりに誠意を見せたんだ。大人なら受け取ってやるくらいできないか?」

 

「……正気か貴様。こんなものが“一億エリスの価値があるモノ”だというのか?」

 

「いいや、これは子供たちの気概を酌んでサービスとして入れたんだ。割引券だけではない、ちゃんとほら、壊れていた鏡。これ、ゆんゆんと協力して修繕したんだ。知らなかったかもしれないが、祭りのオークションに向けて廃品回収を受け付けていてな、この手の作業は得意だ。この通り、復元することができているだろう? 他にも色々と入れてある。国宝級の鏡が再生品だとしても、元に直したし、補填も加えた。別にゲレゲレやわたぼうを指定されたわけではなく、“一億エリス以上の価値のあるモノ”だから、文句のつけようはないはずだ」

 

 大オマケしてやったと言わんばかりに胸を張られる。

 

「これで、注文通り、約束を果たしたで、いいよな?」

 

「ふ………ふふふ……」

 

 もう一度、中を見る。

 割引チケットの束、リサイクルされた鏡、それに一番下に石ころ……こんなので納得しろと?

 

「――冗談ではないっ!」

 

 テーブルを思い切り拳で叩く。

 

「こんなもんに価値などあるはずがないっ!」

 

「いいや、ある。あんたの目が曇っているだけだ」

 

 断言された。頑固にも曲げやしない。

 だが、そうか。わかったぞ。これは挑発だ。そしてその自信の源が、修復した鏡にある。この他の石ころや割引券といったタダ同然のゴミは、自分を怒らせて正常な判断をさせなくするために入れた。『ダウト』と言わせるために。

 一億エリスの価値がある『魔法の鏡』を修復して返したのだから、一億エリスの価値がある。だから、『ダウト』と言わせれば、勝ち――なんて浅知恵だ。

 

「かか」

 

 笑い声があった。

 上下の歯をかち鳴らせて作るような、不気味に耳に障る声が、アンダインの口から響く。

 

「かかか。かかかかかかかかかかか」

 

 俯いたまま、アンダインは笑う。笑う。嗤う!

 

「……良い事を教えてやろう」

 

 これ以上ない、勝利宣言。

 思わず転がり込んできた相手の心臓を鷲掴みにしたかのように、わなわなと右手指を震わせながら、ドジを踏んだ相手を嘲笑う。

 

「その『魔法の鏡』に、一億エリスもの価値はないぞ。そこの行商人が何を言ったかは知らん。私の口から出た言葉ではないのだからな。そんな出鱈目を鵜呑みにして、一億エリスの価値があるんだろうと期待して直したんだろうが、完璧に修復しようが五千万エリスが精々だ! いいやそもそも私はそれを購入するのに百万エリスしか払ってなかったなあ!」

 

「……、」

 

 追い詰められた人間は、正常な判断ができず、物の価値がわからなくなる。投資話を持ち掛け、大損させて、そして、追い詰められた人間はどいつもこいつも家宝を二束三文で手放すのだ。中には逆恨みに、家宝の鏡を割ってくれて不良品にしてくれた野蛮人もいたが。

 そいつと同じように自分に逆らうような真似はせず、素直に要求通りに従っておけば、地獄を見ないで済んだろうに。

 

 

「策士策に溺れる、だ『アクセル』のエース。――『ダウト』ォォッ!」

 

 

 アンダインの『ダウト』の宣言に、とんぬらは『ジャッジ』の持つウソ発見の魔道具の効果圏内に入り、応じた。

 

 

「“この袋の中には、一億エリスの弁償代にして余りあるだけの価値があるものが入っている”」

 

 

 ベルは…………鳴らなかった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「他人に言われるまでもない。この魔道具の鏡は本物の国宝級の逸品であるが、一億エリスほどの価値がないことくらい、ちゃんと鑑定してわかっている」

 

 …………どういう、ことだ。

 

「アンダイン卿。あんたの『ダウト』は失敗した。よって、この勝負、俺の勝ちだ」

 

「……………………………………………………」

 

 何を言っているのか、わからない。

 声が、遠い。額の裏側の辺りが異様に冷たくなり、全てを忘れてしまいそうになる。聴こえているのに、視界が全部白い光に埋め尽くされそうになる。

 そう、とんぬらの声は聴こえているのに。

 

「こんなのおかしい」

 

 呆然としていたアンダインは、やがて息を吹き返したように喚き出す。

 

「何がおかしい。魔道具はこの通り反応していない。これが現実だ」

 

「だが、こんなの、だが!! その鏡に一億エリスの価値がないんだろ! ましてやその紙屑に一エリスの価値だってない……!! ああそうだ! ウソ発見の魔道具が反応しないケースは、当人がそうだと信じている。もしくは、ウソを反転させる魔道具を身に着けているか――つまり、イカサマをしているかだ審判!」

 

 

「……不服あり、と口にしたな?」

 

 

 ニヤリと。

 この時、初めて本心からとんぬらはアンダインへ笑った。営業スマイルの偽りではなく。

 その笑みを向けられ、アンダインの震えが一段と大きくなった。

 これ以上の震えがあることに、当人自身が一番驚いているような顔で。

 

「なっ、なにがっ、何だ!? 一体なんだと言うんだ!?」

 

「あんたは地雷を踏んだんだよ。すべてを見通す悪魔の言った言葉を思い出せ」

 

『不服があるのなら我輩が見定めてやろう。ただし、異議申し立てが見当違いであれば、“闇のゲーム”を台無しにし、勝者の名誉を傷つけた“ペナルティ”として、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 裁定者であるバニルはそう宣言した。

 

「なァああああっっっ!?!?!?」

 

「勝利ボーナスがひとつ追加だ。だって、俺が勝者で、あんたが敗者だ。それが決まった後に、勝敗をひっくり返そうとあんたはイカサマの難癖をつけてきた。見苦しいな、業突く張りめ。この状況においてなお敗戦処理の計算もできず、負けてもなお欲張りだから勇み足を踏む」

 

「いや、それは、いや!! ウソ発見の魔道具がおかしいんだ! 貴様自身が鏡に一億エリスの価値はないと証言していたではないか!! 私の指摘が正しく、イカサマが明らかになれば失格になるのは貴様の方だ……だから、さっさと判定を降せ、悪魔!! 早く!!」

 

 もうほとんどシンバルを持った猿のオモチャみたいに大暴れしているアンダインの目の前で、ゆっくり両手を挙げて、バニルの前に立つ。

 その対応に、猿も様子がおかしいと気付いたのだろう。

 

「なっ、何故っ、何故そんなに冷静でいられるんだ……」

 

「そりゃ決まってる。あんたと違ってイカサマなんかしてないからだよ」

 

 とんぬらは首元を……ちょうどアンダインの首につけているウソ誤認のネックレスあたりと指で突いてみせる。

 

 勝ち目がなければ、何かと理由をつけて勝負を辞退しようとするだろう。

 だから、その自信の源であるウソを反転させる魔道具を見て見ぬふりをしていた。

 そして、

 

「うむ。小僧はイカサマをしておらん。その袋の中身は正しく“一億エリス以上の値打ちのする”があるからな」

 

「……この、悪魔!! やっぱりグルなんだろ貴様ら!! ぜったい、ぜったい、何かインチキを……!!」

 

「我輩は公爵の名に懸けて、審判を務めると宣言したであろうにしつこい人間だ。しかし、請け負って正解であったわ! フハハハハ! いいぞいいぞ、素晴らしい悪感情だ! 蒐集家の思わぬおあずけを食らわされた時の、貴様のあの悪感情! そして、勝利を確信してからの敗北するという悪感情! 策士策に溺れるとはまさしくこのことであるな! 美味である美味である!」

 

 今日も絶好調なバニルマネージャーは詳細を説明してやる気はなさそうだ。

 仕方がないからとんぬらが説明することにする。

 

「アンダイン。これは、あんたの見る目のなさが招いた失態だ」

 

「貴様……っ!」

 

 こめかみのあたりにブットい血管が浮かび上がる、その頭が湯気でも吹き出しそうなほど真っ赤に染まり、みるみる熱を上げていく。

 

「良い事を教えてやろう」

 

 さっきの口調を真似て、とんぬらは道具袋の中に手を入れる。

 

「俺は、この中に子供たちが一生懸命作った特製チケットと、廃品回収して修復した鏡、それから“補填”を加えた……と話したはずだ」

 

 取り出したのは、鏡でも割引券でもなく、石ころで……

 

「これは、最高純度のマナタイト結晶。傍から見れば、石ころにしか見えないのに、これ一個で屋敷が建つほど高価な品だ。消耗品だが軽く億を超えている。でも、魔力を感じる一流冒険者ならばそれでも相場の半分だと言うだろうな」

 

 そう、これは我が魔道具店の代表ポンコツ店主が自信を持ってお勧めする、これまでの貯蓄を使い切ってまで仕入れた、一番の問題品である。

 おかげで三個ほど購入しただけで、魔王軍幹部や大物賞金首で得て、懸賞金を貯金していたとんぬらのおこづかいが半分にまで減った。審判役を請け負ってはくれたものの、守銭奴なマネージャーは、バイトであろうと身内割引を適用しないのだ。

 そんな、価値がわかるのは玄人レベルの冒険者くらいの代物を、先日のカタログ紹介でも農家や冒険者などに役立つ物品にはあまり興味のなさそうであったアンダインが石ころも同然と思ってしまうのは仕方がなかった。

 

 なんと呆気ない勝利。

 ギャンブル系の勝負事に弱いなど分かり切っているとんぬらは必勝を誓うときは極力運要素を排除するように努力する。考えるのだ。戦う前から戦っている。おかげで相手に選択肢を与えているようで、主導権は渡さなかった。様々なケースを予測し、対策パターンを準備してきたが、一番楽な落としどころで終わってしまった。というのがとんぬらの感想である。

 

「つまり俺は、宣告通り“一億エリス以上の値打ちのする物品を用意してみせた”わけだ。……俺に落ち度はあるか?」

 

 アンダインの顔が歪んでいく。専門外とはいえ間近でこの石ころを見て、最高純度のマナタイト結晶であることにやっと気づいたのか、ハッキリと苦悶に満ちた表情に変わる。

 

「これと言って特に指定はされていない。要求されたのはアンダイン卿が満足する品ではなく、損失分を補填するだけに足る高額の代物。国宝級の一品よりも価値の高いモノを三個も補填したこちらに、アンタは微塵も不満を持ってはいけない。そうではないのか?」

 

 悔し気に顔を背けるアンダイン卿の前に立ち、至近距離で睨みを利かせながら、

 

「まあ、勝者の総取りだからあんたの手元には残らないけどな。さて、それじゃあこちらからもう一品、注文を追加させてもらおうか」

 

「っ……!」

 

 “一億エリス以上の提供”という面倒な制約をクリアし、子供たちへの謝罪も取り付けさせた。

 だから、ここから先はさらに二度と関わり合いたくないと思わせるよう牙を折る作業だ。

 先輩から教えてもらった事前情報をここで明かす。

 

「では、追加注文として、俺は、“神器・聖鎧『アイギス』の提供を求める”」

 

「ない! そんなものはない! 私はそんな神器など持……!!!!!!」

 

 秘蔵の品を、それも非合法な手段で手に入れた、他所に所有をばらされること自体、問題のある神器を狙い撃ちされて、アンダインの口から反射的に否定の言葉が飛び出した。

 まだゲームは継続中であることを気付き、言い切る前に言葉が途切れてしまったが、手遅れだ。

 

 

「『ない』と、言ったな?」

 

 

「あ」

 

「『『ない』といってあった場合はペナルティとしてさらにその二倍の価値のあるモノを支払わなければならない』――そう、最初にルールを取り決めて、あんたも納得したわけだが……状況をご理解いただけたか」

 

 注文の倍の損失。

 それも神器を倍するものという……

 

「や、やめ……まて……たのむ……! 自首する! 領主に打ち明ける。だから……!」

 

「異議あり。バニル審判、ここに聖鎧の神器はないのでしょうか?」

 

「いいや、あるぞ。この屋敷の隠し部屋に保管されているようだ」

 

 そして、すべてを見通す悪魔が審判である以上、隠し事が一切通用しない。

 

「あああああああああああ!!!!!! グぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?」

 

 強欲な蒐集家が最も見誤っていたのは、この仮面の少年の徹底した容赦のなさ。公爵級の悪魔を従えた前領主も策謀に嵌めてみせたという『アクセル』のエースをあまりにも過小評価してしまっていた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 決着がついた。それに伴い、全てを見通す悪魔の魔力によって維持されていた漆黒の異空間も解除され、全ては泡沫の夢であったかのように、景色は元の応接間に、アンダインの屋敷へと立ち戻っていく。

 テーブルを挟んで対峙していた両者、若き仮面の少年は腰を下ろした位置もそのままに、一方で貴族の蒐集家は椅子から転げ落ちて、蒼白。髪も白く頬も痩せコケて一気に老け込んでいる。敗北し破産したショックを物語っている。そして、それが単なる悪夢でない証拠として、アンダインの背後には不気味な絡繰り『ジャッジ』が張り付いていた。

 

「――その魔界の遺物は、勝者の小僧へ支払いを終えるまで取り立てに付き纏うであろう」

 

 さらばだ、とゲームが終了し、満足のいく食事もできたので臨時の審判役のバニルは去っていった。

 部屋に残るのは敗者(アンダイン)勝者(とんぬら)、檻の中の行商人……そして、三人の見届け人(ギャラリー)

 

(あのアンダインをああも嵌めるとは、カズマとは違うタイプで恐ろしい男だとんぬら! 最後まで容赦なく攻めるとはっ! 私の同士かと思っていたがこっちの資質もあったのか……くうううっ!)

 

 領主様と警察に報告はしていない……でも、領主代行(ダクネス)には話しをつけていた。

 貴族であることに誇りを持ち、人一倍責任感の強いダクネス。ママと慕われる従妹の訴えを受けた彼女は、当然、自身がアンダインを相手にしようとしたが、とんぬらに『喧嘩は譲らない』と制された。

 貴族相手に問題となるような暴力沙汰を起こすつもりはないから自分にまかせてほしい。話術とゲームで対処する。だから、まだ領主や警察沙汰にはしないで、決着を付けるまでは胸の内に留めておいてほしい、と。

 そういう彼にダクネスも渋々ながら認める。ただ無茶をしないか心配であるから、観戦はさせてほしい。そう注文を付けたので、決して介入はしないように(『単身で挑む方が相手も油断して、勝負に乗ってきやすい』と説かれた)、こうして部屋の隅からやり取りを傍観していた。

 

(ふぅ……無事に終わってくれたようね。良かったぁ……)

 

 身を隠すのに『ライト・オブ・リフレクション』に『サイレント』で姿を消し音を消していたゆんゆんが長い息を吐いて、胸を撫で下ろす。

 絶大な信頼を置いているけれども、貴族に喧嘩を売るなんて相当な無茶をするパートナーをとても心配していた。傍から見ていただけだけれど、ハラハラして、スカッとする心臓は一時も休まる暇がない。

 

『ただ見てくれているだけでも十分。格好悪い真似ができなくなるからな』

 

 なんて、言ってくれたとんぬらにちょっと説教したくなるくらい。

 心からの興奮、心からの歓喜、そして心からの安堵をすべて。そんな万感の思いを篭めて少女は文句を呟く。

 

「お疲れ様、とんぬら」

 

 よし。

 これでもう貴族とのいざこざは解消されるはず……

 

「とんぬら様……」

 

 隣より思わず漏れた感じの言葉を拾い、ゆんゆんがチラリと視線を向ければ、とんぬらに内緒でこっそりと同行していたシルフィーナ。ぼーっと純真な輝きを放つ碧い瞳を一点に注ぐその姿は、熱視線という形容が相応しい。ヒーローに憧憬を覚えているようで……女の勘がピンと来るようなのも一緒に感じ取るような。

 

(うん……何だか、こめっこちゃんの時と同じ……)

 

 大人げなくも、むっとするゆんゆん。それでも気づかずにシルフィーナはとんぬらを見続ける。

 ゆんゆんは、この後の予定に、説教もとい反省会を開くことを決めた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 その翌日。

 王都より急報。王都近辺での魔王軍活性化に、爆発魔法の使い手が援軍として出向。そして、ギルドを通して王国からの要請(魔剣使いの勇者からの強い希望)が届けられた、駆け出し冒険者の街からもエースもこの緊急クエストに派遣されることになる。

 そのため、祭りまで一週間を切ったところで、とんぬらとゆんゆんは不在となった。

 

 ………

 ………

 ………

 

「――くっ……! 各店の売り上げ向上策のひとつとして、出店の売り子さんたちは皆水着にすればいいんじゃないだろうか?」

 

 商店街の役員会議。

 そこに突如彗星の如く現れた仮面の男が、紆余曲折を経て今ではアドバイザーとして収まっていた。

 

「それは素晴らしい、素晴らしいのだが、しかし! それをあまりにやり過ぎると、警察から指導が入るのではありませんか!?」

「指導が怖くて祭りができるか! アドバイザー殿の言うように、売り上げが伸びるのは間違いない! 売り上げが伸びるとわかっていてやらない商売人がどこにいる!」

「いや、会長の懸念ももっともだ。目先の利益を求め、来年以降の祭を縮小されるのも困る。……くそっ、売り子を水着にさせる大義名分さえあれば……」

 

「なら、こういうのはどうだ? 今年の感謝祭は女神アクアの名もついている。そう、祭りの横断幕に水の女神の名が踊っているんだ」

 

「そうか! アドバイザー殿! それはつまり!」

 

「そうだ。水の女神の祭ということで、あちこちで水着を着た売り子さんたちに打ち水をさせよう。それなら、水を被っても平気な格好をしているだけだと言い張れる。それに、祭りの開催期間は一年の内で最も暑いと聞く。なら、熱中症対策も兼ねていると言えばいい。万が一何か言ってこようものなら、『じゃあ熱中症で誰かが倒れたら、あなたが責任を取るんですか?』とでも言ってやれ。責任という言葉に弱い役所の人間はこれで黙らせられるはずだ」

 

「天才だ! アドバイザー殿は天才だ!」

「しかし、これでは水の女神の印象が強くなってしまうのではないか? アクシズ教ばかり贔屓してはエリス教から文句を……これは何か配慮をすべきでは」

 

「必要はあるまい。これもバランスを取るためだ」

 

 仮面の男は立ち上がり、無機質な表情で両手を後ろに回し、窓の外を見る。

 意味もなくただそれっぽく格好つけているようで、実に偉そうな仕草であった。

 

「このままではアクシズ教は、エリス教に太刀打ちできん。であれば、こちらからテコ入れしてやらねばなるまい」

 

「アクシズ教とエリス教、お互いを競争させ、対抗意識を煽ってやるだけで祭りの規模は大きくなる。当然、それに便乗し店を出す商店街の売り上げも増すことになる」

「そして、共同開催するアクシズ教からも祭りの資金を捻出することができる」

「しかし、対決させるにも一方が弱過ぎたら、まったく勝負にもならず、儲けもない」

 

「そうだ。これは祭りを盛り上げるため……と最初は思っていたが、金の魔力に目が眩んでしまうものだ……くっ……!」

 

 仮面の男は遠くを見ながらわりと最低なことを言った。

 商店街の会長は重々しく頷き、ぴんと陽気に人差し指を立てる。

 

「ここは景気づけに、今日もいい夢が見れるあそこへ行っちゃいますか?」

 

「うむ。あわや閉店のピンチを脱却したばかりだし、ここにいる皆で行こう。そして、賢者になればいい案が浮かぶに違いない」

 

「しかし、アドバイザー殿は、アクシズ教の門外顧問では? その、宗教的に問題とかは?」

 

「ない。俺はアクシズ教に属してはいるがアクシズ教でないもの。というか、あんな連中に付き合ってたらロクなことがおきん。一定の距離を取らなくては……コホン。つまりは。門外顧問たる俺はいい夢を見に行かねばならない。この街で最も尊き彼女たちを守るためにも、な」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ――神器・聖鎧『アイギス』を回収。

 

 親友のダクネスの屋敷、ダスティネス家の宝物庫。

 そこに後輩君がアンダインと“賭け事”をして手に入れたモノが安置されていた。……盗みに行かないのは、ちょっとだけ残念な気がするけど、これも後輩君頑張った成果だ。先輩として鼻が高い。

 

「聖鎧『アイギス』……この世で最も頑強で、これを身に着けるものに勝利をもたらす神器」

 

 完成された芸術品を思わせる白銀色の鎧。継ぎ目のひとつも見当たらない、滑らかな表面の全身鎧。

 でもよく見ると、そこかしこに傷があることに気付く。

 きっとこれは魔王軍を相手にずっと主を守り続けてきた証なのだ。この鎧を身に着けた主はどんなに激しい戦いでも、病で亡くなる最後まで誰にも負けることがなかった。

 

 つい労わるように、鎧に手を置き、指先で傷をなぞるように――

 

 

《おい坊主、気安く触ってんじゃねぇよ》

 

 

 突如として頭に響く男性の声。念話だ――

 

「えっ。ぼ、坊主? それってあたしのこと!? いやなにこれちょっと待って!? 今の声ってキミなの!? 聖鎧『アイギス』!?」

 

《おっ、何だよ何だよ坊主じゃねぇのか? それならもうちょっとだけ触っていいぞ。では改めて、初めましてだお嬢さん。俺の名は聖鎧『アイギス』。喋って歌えるハイブリッドな神器さあ。愛称はアイギスさんでよろしく頼むわ》

 

 すごく気安い神器だ。というか、なんか態度がデカい。

 上位神器であることは知っていたけど、まさか念話まで使えるとは思わなかった。

 

《んで、お宅が今日俺を引き取りに来たという人間か?》

 

「あ、う、うん。アイギス……さん。あたしが、君の新しい持ち主を探すのを協力する。もう一度この世界を救いにやってくる人の力になってほしいんだ」

 

《あ? 何言ってんだお前、何でいまさらそんなことしなきゃなんねーのよ。俺は嫌だよ》

 

 無機物だけれど、一個の意思を持つものとして、誠心誠意に応えたら、罵倒が返ってきた。

 

《俺の力を貸してほしいってことは、そりゃ鎧として持ち主を守れってことだろ? バッカじゃねーの? 鎧だって叩かれりゃあ痛いし、この格好良いピカピカボディに傷がつくっつーの! 大体、その持ち主はどんなヤツよ。俺のお眼鏡に適うヤツなのか?》

 

「その……ハッキリとは断言できないけど、正義漢と勇気溢れる、とてもやさしい……」

 

《違う違う、中身なんてどうだっていいんだよ! 要は外見だよ外見! 巨乳か? スレンダー系か? 言っとくがガキはNGだぞ。あ、美人系よりも可愛い系がいいかな。前のご主人は剣士だったし、今回も剣士系がいいな。鎧の下は薄着で頼むわ》

 

 ……。

 もう調子乗りまくっているけど、これでも神器。それも上位神器だ。これひとつあるだけで多くの人が救われる。だから、我慢だ我慢。

 

「うーん……日本から送られてくる人って、女の子はあまりいないから、君の希望に添えるかは難しいんだけどね。でもまあ、もし女の子がやってきたらそっちを優先してあげるから……」

 

《……は?》

 

 さっさと風呂敷に包んで、この上位神器を天界へ運ぶ――

 

《いやだ! いやだよ! 女! 着られるのは絶対女が良い! 黒髪美少女でも金髪ロリでも赤髪セクシーでもどれでもいいけど絶対条件で女! わかってんのか、俺を着て戦うってことは当然戦闘で汗を掻くんだよ。それが女ならとにかく、汗まみれになった野郎を包み込むことになったら最悪だろうが!》

 

 血の涙を流さんばかりの猛抗議。

 しかも、アイギスは何と自力で立ち上がった。

 

《決めた。俺、旅に出る。俺を着られる美女を求めて旅に出るわ。うん、自分のご主人様は自分で探す》

 

「ちょっと待ってよアイギス、この世界にはキミの力が必要なんだよ! 新しいご主人様が見つかるまでで良かったら、何ならあたしがキミを着るから……」

 

《ファーック! 男だか女だかわかんない奴に着られて何が嬉しいってんだ! 俺は自分のご主人様は自分で探すって言ったろ!? ……そんなに言うなら俺との相性チェックといこうか? まずご職業は何ですか?》

 

 鎧相手にいきなり面接が始まるとか新感覚にもほどがある。

 

「え、っと……冒険者で盗賊をやってるかな」

 

《ふむふむ。顔の造形Aランク、職業適性Cランク、胸のランクは論外ですね。残念ながらこの度はご縁がなかったということで……》

 

 しかも丁重にお断りされた。

 

「むかーっ! こっちが甘い顔して頼んでいれば! それなら実力行使でいくよ! 『バインド』ッッッッ!」

 

 冒険者カードに記載される数値がバグっているほどの幸運補正で必中と化している拘束スキルを発動。これで『アイギス』の自由を封印して――

 

《お、このワイヤーでどうしろと? なんすか、これで縛り上げてほしいんすか? ヘイヘーイ、可愛い顔しちゃってからに、とんだご趣味のお持ちのようだ!》

 

 両手を挙げてやれやれと肩を竦めるポーズを取るアイギス。神器の前に放ったワイヤーはぽとりと床に落ちる。

 

「なんで!?」

 

《ったく、わかってねーな。俺を何だと思ってるわけ? 伝説級の聖鎧『アイギス』さんですよ? この世で最も頑強で、魔法も効かず、スキルも効かず、持ち主の傷を自動で癒す、歌って踊れる聖鎧だよ? 世界の宝たる俺に、お前みたいなコソ泥のちんけな技に掛る要素が見当たらねーなー!!》

 

 くぅっ! そうだった! ふざけてるけど、これ上位神器なんだ。普通のスキルじゃ効きやしない。

 そして、全身凶器のボディに重量感のある全身鎧。力尽くで止めようにも、この仮の姿では止められない……!

 だったら――

 

「もう、いい加減にしなさいアイギス! 私はエリス。この世界を管理する、女神エリスです! 私にはあなたを管理する義務があります。さあ大人しく一緒に来なさい!」

 

《それはわざわざご丁寧に。……可愛い顔してるのに勿体ねぇなあ、やっぱ人間な神も大事だな。ご主人様探しの際には気を付けるわ》

 

「なにおおおおお!」

 

 アクア先輩がよく本物の女神だと信じてもらえずに激昂するのを見たことがあるけど、これは思ったよりも腹が立つ!

 

《ヒャッハーッ! 俺は自由! そう、俺は自由になるんだ!》

 

「だから、ダメだってば! ちょっと、ここでキミに逃げられたら、あたし先輩としての面子が丸潰れじゃん……」

 

《残念ながら、俺が欲しいなら、まず男を引き留められるだけの魅力をつけてからにするんだな。具体的には胸。貧乳はステータスとかほざく輩がいるが、俺から言わせればそりゃ負け犬の遠吠えってやつだぜ》

 

「きーっ!」

 

 やけになって実力行使で飛び掛かったけど、あっさりと押し切られて、アイギスに逃亡を許してしまった。

 

 

参考ネタ解説。

 

 

 ジャッジ:ダイの大冒険に登場するオリジナルモンスター。魔界の遺物であり、血で血を洗う魔界の決闘の際に使われる機械人形、異空間に引きずり込み敗者の首を刎ねる。

 原作では改造されて、審判なのに魔王軍の殺し屋とグル、そして、相手を巻き込んで自爆するという極悪仕様に。でも本来は機械的にダメージ計算を行い、公平な判定を行う絡繰りであったと思われる。




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