この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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7話

 ――その昔、ひとりの『アークウィザード』が、たまたま街を散歩していた貴族の令嬢に一目惚れした。

 だが、その恋が実らないことを知っていた魔法使いは、ひたすら修行に没頭した。

 月日は流れ、いつしか彼は、国一番の『アークウィザード』と呼ばれるようになり、国の貢献のために持てる魔術を惜しみもなく使った。

 やがて魔法使いは多くの人々に称えられ、王城にてその功績を称える宴が催された。

 

『その功績に報いたい。どんなものでも望みを叶えよう』

 

 と王に言われ、魔法使いはひとつの望みを口にした。

 それは国一番の大魔導士となっても、叶えられなかったもの。

 

 私の愛する人に、祝福を――

 

 

 ♢♢♢

 

 

「紅魔族随一でそけっとのことを知ってるのはきっと俺だ。何だって知ってるよ。まずそけっとは朝七時ごろに起きるんだ。健康的だよね、そのあとシーツを洗濯籠に放り込んでから朝食の準備に移るんだけど、そけっとは毎朝うどんばかり食べるんだよね、そんなにうどんが好きなのかな? 彼女は鍋に水を張ってお湯を沸かしてる間に歯磨きと洗顔を済ませるんだ、効率的だよね、顔も良い上に頭も良いよね、そけっと賢いよそけっと。うどんを食べた後は朝食の食器と一緒に昨日の晩ごはんの時の洗い物も済ませるんだよねそけっとは、前日の晩ごはんの食器を付け置きしておくんだよ本当に賢いよね、きっといい奥さんになれるよね、でも、そんな俺でもそけっとの好みのタイプは知らなかった。まさか年下の男の子が良かったなんてね。ちょっと魔道具屋に行ってきて、若返りするポーションがないか見てくるよ」

 

 口から通報すれば捕まるような、飛び切り濃厚な情報を垂れ流す近所のお兄さんぶっころりー。

 まるで四六時中見ているような言い草で、軽く引いたが、流石にあの光景は直視できなかったんだろう。現実逃避していた。里の全員が『アークウィザード』で、優秀な職人が多い紅魔族の里でも、そんな若返りの薬はあるだろうか。腕はいいのだが奇抜なものばかり作る父ならば作ってそうだが。それまでの記憶も消失してしまうようなデメリットありで。

 とにかくこのストーカーな幼馴染を止めてやるべきなのだろうが、それどころではない。

 

「……ねぇ、めぐみん」

 

「な、なんでしょうか、ゆんゆん」

 

「シナリオと全然違うんだけど」

 

 目を赤く光らせながら、焦点のぼやけた目でゆんゆんが、めぐみんを見ていた。怖い。

 

「とんぬらは、ふられる。あっさりと。って、めぐみん言ってたよね?」

 

「え、ええ、そんなようなことを言ったような気もしなくはないような……ちょっと記憶があやふやで――」

 

「ね?」

「はい、言いました」

 

 普段は適当に言い包めて弁当を頂いていたが、逃げられないように両肩をガッと掴み、表情が死んでる顔を寄せてくるゆんゆんに言い逃れる術は持ってなかった。

 

 確かに、そう言い切った――そんなつもりはなかったが、これはやっちゃいけないフラグを立ててしまったか?

 

 成績も男子クラスの首席で、身体能力も学校で一番、ついでに芸も面白い。里の外にいたが、紅魔族の流儀にも合わせられる。下級生らにも面倒見が良くて慕われ、目上は基本敬うので教師陣からも頼りにされる。格好つけで眼帯を付けてるあるえの手を引いてやったり、このめんどうくさいぼっちなゆんゆんに我慢強く付き合えるくらいに女子にも紳士。鍛えられてる身体は引き締まっており、顔も整っている方だろう。時々滑ったり、覚えてる魔法がネタ魔法だったり、猫耳フェチで残念なことを除けば、結構好物件ではないだろうか。

 

 ただいくらなんでも、卒業もしてない学生の告白を受けるとは、紅魔族随一の天才の頭脳をもってしても予想してなかった。

 

「そけっとは凄腕の占い師です。とんぬらの将来性が高いと見込んで青田買いをしたのかもしれませんね」

 

「へー」

 

 必死に顔を背けてなんとか目を合わせないようにしていたが、肩を掴んでいた両手を離して、頭を挟み込まれた。

 くっ、これはマズい!

 抵抗もむなしく、顔を相対するように真正面に向けられ、あの死んだ瞳と合わせられる。

 

「ま、まあ、男がひとり行ってしまいましたが、私がいますよ。ええ! たとえフラれても女の友情は永遠で――」

 

「友達だって言っておけば、私が何でも許すと思えば大間違いよおおおおお!」

 

「あああああ止めてください分かった分かりました、脳が、天才と呼ばれし私の脳があ!」

 

 半狂乱になったゆんゆんに思い切り頭をシェイクされ、めぐみんはその高い知力を尽くして事態の解決を誓う。

 が、約束された当て馬として出馬したのは、実は天才でも予測不能な塞翁が馬だった、

 

 

「だ、大丈夫ですよゆんゆん。とんぬらならきっと浮気もせず戻ってくるはずで……」

 

 こちらが事態を収拾している間に、冒険者カードのレベルは学生の中で断トツのはずなのに運のステータスがクラス内でドベな神主代行を探すも、占い屋の前からいなくなっていた。

 見つけたのは、店前を箒で掃いていた紅魔族随一の美人の隣を歩きながら一緒にお出かけする姿で……めぐみんたちの方へくる気配はないようだ。

 

「めぐみんーーっっ!! 全然話が違うじゃないのよおおおおお!!」

「わああああ!? 待ってくださいゆんゆん! たぶん、いえきっと大丈夫ですから!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「………そうですよ。きっととんぬらはそけっとから好みの対応を聞き出そうとしているに違いません。まあ、多少……ええ、多少予定が違っていますが、この私に次ぐ秀才のとんぬらならば任を果たして帰ってくると私は信じてます。信じてますよとんぬら!」

 

 あれからどうにかゆんゆんを宥めためぐみんは、フラフラどこかへ行きそうだったのを引き止めたぶっころりーに光学迷彩な魔法を使わせて、まずは状況視察と二人の後を追うことにした。

 

「なんだかデートみたいだね、そけっとさんととんぬら」

 

 とゆんゆんに淡々とした声で言われる通り、傍から見ればそう見えなくもない。

 

「い、いえ、あれは精々仲のいい姉弟でしょう(何をしてるんですか! そけっとなんて相手してないで、こっちのめんどうくさい娘を相手してくださいよ! あなたの担当でしょう! 早く! ピンチですよ! 主に私が!)」

 

 向かった先で、雑貨屋の店先で商品を手に取り、年上の美人のお姉さんと何やら歓談してる模様のとんぬらに念を送りつつ、フォローを入れるめぐみん。

 

(そもそもそこのニートが告白して玉砕するだけの度胸があればここまでややこしいことにはならなかったし、ぼっちも現状に満足してないでアタックしていれば……本当、見ててどんくさい二人の尻を蹴るために提案したのに……どうしてこうなってるんですか!)

 

 色恋なんてまだわからないが、とにかく面倒だとよくよく理解した。将来は絶対に色ボケになったりしないと紅魔族随一の天才は心に決める。

 

 と向こうで動きがあった。

 遠巻きで見てるので会話までは拾えないが、とんぬらがそけっとに雑貨屋の土産物コーナーに並べられていた木刀を見せていた。

 

「お、ドラゴンが彫られた木刀を選ぶとは、なかなかいいセンスをしてますねとんぬら」

 

 見れば、そけっとも顔の前に両手を合わせていて好感触。

 彫り込まれたドラゴンが素敵な、実用性と可愛らしさを兼ね備えた木刀。ちょっと街に出かけるときに腰に下げておくとワンポイントアイテムになりそうだ。

 

「………」

 

 おっと。

 隣で黒く漆塗りされた短刀(ドス)を握り締めて、ブルブルと微動するぼっち少女が怖くなってきたぞ。なんとなくこれと似た感じの小道具な木刀を勧めるのを見て、カチンときてるのだろうか。

 

「お、おおー、ゆんゆんもオシャレな短刀を持ってますね。デザインもなくてシンプルですけど、木刀よりいい感じですよ。いったい誰にもらったんですか」

 

「………」

 

 無反応。こちらの声は聞こえてないようだ。頼むからそこで鞘を抜いて刃傷沙汰になるのだけはやめてほしい。

 

 

 勧めて購入したドラゴン彫りの木刀を上機嫌に振り回すそけっとととんぬらは里のはずれの森の方へと歩いていた。

 そのあとを姿を消してる状態で、短刀を鞘から抜いたり戻したりしてるカチカチ山なゆんゆんからさりげなく距離を取りつつ追跡する。

 

「様子が変ですね。どうして、わざわざ森へ……いったい何をしに……」

 

「……森?」

 

 それまで何も言わぬスクロールみたいに魔法だけを発動して沈黙していたぶっころりーがめぐみんの呟きに反応した。

 何か察したようだ。

 そろそろ寝取られに目覚めそうなくらいに妄想に耽っていたが、これまでに溜まりに溜まった堰が外れたように……

 

「森か、森に入るのはそけっとの日課だよ。彼女は修業が好きだからね、ひとりで森に入ってはモンスターを狩って回ってるんだよ、好きな獲物はファイアードレイク、ファイアードレイクを氷漬けにしてクスクス笑うんだよ、これってさ、俺と凄く趣味が合うと思うんだよね、俺はほらニートじゃないか、だからね、毎日時間が余るんだよ、持て余してるんだよ、そこで氷だよ、氷を作ってそれが溶けるさまをぼーっと眺めてるだけで一日が終わってたりするんだよ、そけっともきっと同じ趣味を持ってると思うんだ、違うかな? まあいいや、それはともかくそけっとは、毎日森に入って修行するのさ………」

 

 以降もべらべらと個人情報を流出するストーカーはもうスルーして。

 

「修行……?」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 人生はパルプンテだ。

 告白して玉砕されようかと思ったら、なんだか誤解されて、“修行に”付き合ってくれることになった。

 

『あなたのことは前から興味があったのよ』

 

 なんでもそけっとは、とんぬらが休日に野菜と格闘していたのを見ており、また先日、中級悪魔を相手に白兵戦を挑んで勝ちを拾ったと聞いて、一度相手をしたかったようだ。

 修行を日課としているのだが、ひとりでやるのもマンネリが来ている。何か新しい刺激が欲しかったところだそうだ。

 付き合ってくれる代わりに、先日、結局一匹も狩ることのできなかった自分に、『養殖』の手伝いもしてくれるというそうで、めぐみんが考えた筋書きとは結構ズレてしまってるけど話に乗らせてもらった。

 そうして、適当に武器(木刀)を揃えたところで、いつも彼女が修業の場にしてる森でとんぬらは鉄扇を取り出し、そけっとと対峙する。

 

「では、そけっとさん……いえ、師匠、よろしくお願いします」

 

「あら、師匠と呼ばれるのっていい気分ね。気に入っちゃったわ」

 

「最初にお願いしたのは俺ですし、胸を借りるつもりですから」

 

 とんぬらのレベルは、ちょうど10。駆け出し冒険者を卒業するかどうかのレベルだ。

 スキルアップポーションでスキルポイントを稼げるが、実戦での経験値は野外実習の『養殖』以外ではほとんど得られない、また中々レベルのあがらない最上級職の『アークウィザード』の学生の中では、飛び抜けて高い。本当に、宴会芸スキルに費やさねば、とっくに上級魔法を習得できていただろう。

 

「うふふ、さあ来なさい弟子。先手は譲ってあげる」

 

 けれど、そけっとは『アークウィザード』といえども、レベルはもうすぐ50をいくところ。魔法を使わずとも駆け出しの冒険者を鼻歌交じりで叩きのめせる強者である。

 

 

「『雪月花』!」

 

 

 足元爪先から一気に頭上まで、蛙飛びのように全身を使って鉄扇を大きく振るうとんぬら。

 扇いで送る風は、振り切った軌道に沿って冷たい白い霧を流す――それと一緒に舞うのは、白くてふわふわした、手のひらぐらいの大きさの、大福餅みたいな丸い塊。

 

「あら、雪精?」

 

「はい。山籠もりしてたときに懐かれたんです」

 

 それは、冬の雪山で山籠もりをしていた時。

 手出ししなければ無害なれど二億の高額賞金首である超級モンスターにして、特殊な条件で生まれた精霊である『冬将軍』に奉納の舞をしたら、気に入られたのか、その臣下である雪精をお借りできるようになった。

 

「精霊の力を借りる『エレメンタルナイト』みたいな真似事、やっぱり面白いわねあなた」

 

「一応、芸能なんですけどねこれも」

 

 紅魔族でもオリジナルの魔法を作る『アークウィザード』がいる。上級魔法も極まってくると詠唱破棄で発動することができるようになる。スキルとはある程度マスターすれば独自の発展をするものだ。

 元々は涼しい風を送るささいな芸能が、精霊を呼ぶものに。

 聖水が出るようになった水芸と言い、とんぬらの宴会芸スキルは変な方向へと発展していっている。

 

「それで、雪精たちを使って何をしてくれるのかしら?」

 

 そけっとは木刀をだらりと下げたまま、その場を動かず。でも、ワクワクと期待に目を赤くして。

 

 一匹倒す毎に春が半日早く来るために、一匹十万エリスで討伐クエストが発注されるが、雪精は特に人に危害を与えるモンスターではない。

 精霊の中でも最下級で、精々初級魔法の氷結魔法(フリーズ)程度の効果しか発揮できないはず。

 『エレメンタルナイト』でもそんな大した力もなく、しかも『冬将軍』が目を光らせる雪精と契約しようなどとする酔狂な者はいないだろう。

 

「対モンスターというよりも、対人の(げい)ですが」

 

 踊るように扇を振るい続ける。流麗に淀みなく。くるくる回してるのにつられて大福餅みたいな雪精が、餅のように引き伸びて引き伸びて……やがて綿菓子のような白い霞が少年の姿を覆い尽す。

 

 たとえば、火の精霊は、すべてを飲み込み焼き尽くす炎の貪欲さから、凶暴そうな火トカゲになるように。

 精霊とは人の想像に形作られたもの。

 元々は決まった実体を持ってはおらず、人間の思念を受け、その姿を実体化させる。

 

「では、一手参ろうか」

 

 白霞の雪化粧を被ったままとんぬらは、待ち構えるそけっとに突貫。

 飛び掛かりながら、勢い付けて鉄扇を振るってくるとんぬらを、そけっとは木刀で打ちのめ――そうとして、空振った。

 

「『雪月花・猫被り』!」

 

 冷気を利用して周囲の空気との間に著しい温度差を発生させ蜃気楼を作り、加え、足捌きによる緩急をつけて距離感を欺く。

 空振りして隙を見せたそけっとに、すかさず打ち込む。

 

「おっと――びっくりしたわね。やるじゃない」

 

「まだまだ! 『花鳥風月』!」

 

 大きく飛び退さって回避されたが、止まらず乱舞に繋げる。時に水芸を出して振り撒き、時に雪精の乗る冷風を吹雪かせながら、攻め続けて、

 

「きゃっ!?」

 

 水芸で撒き散らされたところが、雪精の冷風に凍らされていた。

 足元が氷で覆われていたことに気付かず、足を滑らせたそけっとが大きく態勢を崩す。

 

「もらった!」

 

 そこで風が吹いた。

 たまらずそけっとが魔法を使ったのだ。

 転んだところから風に乗ってバク宙して、うまく着地。同時にとんぬらの被っていた雪化粧が吹き飛ばされた。

 

「魔法は使わないんじゃなかったんですか!?」

 

「前言撤回。師匠と呼ばれたからには簡単に負けてあげられないし、私に魔法を使わせたことは褒めてあげる!」

 

 攻守逆転。

 木刀の連打を、鉄扇で凌ぎながらも、一打一打猛烈な威力に押されていく。

 

「野菜の収穫を見てたけど護りは上手いわねー。手首を柔らかくして、受け流そうとしてる。でも、指先まで魔力を行き渡らせないと」

 

 先日の野外実習前に教師から復習されたが、紅魔族は身体に魔力を浸透させる事で、一時的にだが身体能力をあげる能力を持っている。また紅魔族でなくとも、防御スキルや耐性スキルが冒険者自身だけでなく、装備した鎧も硬くする効果があったりする。

 意識を全身の隅から隅まで巡らせ、身体強化する。その術はとんぬらもできる。中級悪魔と打ち合えることを考えれば、学生の中でも抜きん出ているだろう。でも、里の中でも上から数えた方が早いこの実力者そけっとの方が巧いし、強い。そけっとは修行のメニューの中に木から落ちてくる葉を木刀で斬ったりするものもある。紅魔族随一の美人は見た目によらず、『アークウィザード』なのに一撃熊を木刀で叩き切ってしまうような猛者である。

 

「なんて、馬鹿力だ!? 防御したはずなのに腕が痺れる!?」

 

「私はこれでも乙女の端くれ、馬鹿力なんて失礼なことを言っちゃう子はお仕置きするわよ」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「……とんぬらは『アークウィザード』らしからぬことばかりしますね」

 

 森の中で激しく打ち合う二人。

 鉄扇と木刀なのに火花を飛び散らせる攻防は見応えがあるだろう。

 

「頑張れ……頑張ってくれとんぬら! すっ転びかけたとき、彼女のスカートがあともうちょっとで見え……」

 

「埋めましょう。このニートは埋めましょう」

「うん、埋めよう」

 

「待ってくれ! 俺は同じ男としてとんぬらを応援してるだけなんだ! 意地でも一本取ってくれって! そしてもう一度奇跡を……」

 

 修行が始まったのを見て、すぐに誤解は解けた。

 そして、二人、いや、ゆんゆんからの重圧がなくなっためぐみんも入れて三人安堵して、それから一気に気が緩んだ反動からか、ぶっころりーは趣味の方へと走り始めていた。

 

「何にしても、恋人としてお付き合いするんじゃなくてよかったよ。ずっと気が気でなかったけど……彼女の好きな色がわかっただけでも良しとしようかな」

 

「「そけっとさーん」」

「ややや、止め―――!」

 

 周囲の空間は、ぶっころりーの魔法により光が捻じ曲げられているが、大声を出せばここにいることがバレる。バレれば芋づる式でこれまでのストーカー行為も知られかねない。

 

 

「! ――しっ! ふたりとも静かにしてくれ」

 

 突然、先までとは違った調子で声を潜めるぶっころりーが注意を促す。

 その視線の先には、黒く大きな塊、一撃熊がいた。

 

「先日の『養殖』前にこの辺りのモンスターは駆除したと聞いたのですが、もうこんな里の近くまで来ているなんて……」

 

「最近、モンスターが活発化してるんだ。いやあ、それでこの前、『今こそ温存してきたその力を振るうときだ』って頼られてさ、張り切って里周辺のモンスターを駆除して回ったんだけど」

 

「ちょ、ちょっと、それって大丈夫なの!? ねぇ、この前の『養殖』でこの辺りじゃ見かけない中級悪魔だって出てきたんだし、里の人に報告した方が……」

 

「まあ大丈夫でしょう。そけっとがいますし、そこのニートも、ニートなだけあって常に暇を持て余し、この森にもちょこちょこ入って小遣い稼ぎや経験値稼ぎをしているみたいですから」

 

「ニートニートうるさいよ。ニートにだって人権はあるんだ。……一撃熊程度なら問題ないよ。あれの肝は高く売れてね。群れで襲ってこなければ俺一人でも十分だよ」

 

 以前、ゆんゆんが襲われた一撃熊よりも小さいものの、並みの冒険者には逃げることも難しいモンスターは、上級魔法を覚えた紅魔族には高値で売れる臨時収入のようなものだ。

 

「何かフラグを立てたような気がしないでもありませんが、ほら、向こうも気づいたようですよ」

 

 めぐみんが示す先では、打ち合いをやめて、遭遇した一撃熊に視線をやるとんぬらとそけっと。

 慌てた様子もなく、そけっとは肩にトントンと木刀で叩きつつ、

 

『ちょうどいいわね。あれを『養殖』してあげましょうか』

 

 一撃で殺してしまわぬよう、急所を外したところへ木刀の切っ先を向け、ふ、と降ろした。

 

『どうしたんですそけっと師匠』

 

『そういえば、奇跡魔法って、神や悪魔にも予想できない魔法なんだっけ?』

 

『ええ、まあ。何が起こるかわからない。これが奇跡魔法。いずれ完全に制御してみせるつもりですが、今の俺じゃ本当に何が起こるかわかりませんよ』

 

『じゃあ、ちょっとやってみてくれないかしら? 先が視えないものって占い師として興味があるのよね。あ、何が起こっても私がきちんと尻拭いしてあげるから』

 

『……わかりました。じゃあ、一回だけやってみます。外れ(スカ)を出しても笑わないでくださいよ』

 

『ええ、もちろん。大笑いしてあげるわ』

 

『鬼!』

 

 少し悩んだがとんぬらが鉄扇を杖代わりに、一撃熊へと向ける。

 

 ハヤブサのような倍速。英雄のようにみなぎる力。

 先日、奇跡魔法の効果をその身に体感したものとして、次はいったいどんな効果が出るのか、めぐみんとゆんゆんは虹色の魔力を集わせ始めるとんぬらに注視し、

 

 

『『パルプンテ』!』

 

 

 虹色の光が弾けて、森の広範囲に広がり、奇跡魔法が発動する。

 瞬間、なんと、とんぬらの姿は一気に十人以上に増殖したではないか。

 

「今度の効果は、分身ですか」

 

 このような魔法の効果は見たこともない。流石は紅魔族の里でネタ魔法とされながらも最終兵器と謳われた奇跡魔法だ。我が望むあの魔法を覚えた暁にまた、今度こそどちらが上かと雌雄を決する……

 

「ね、ねぇ、めぐみん、おかしいかな、一撃熊って一体だけだったよね?」

 

 くいくいと袖を引っ張ってくるゆんゆんにめぐみんがそちらに視線をやれば、何と先ほど一体だけだった一撃熊が群れを作っているではないか。森を埋め尽くすんじゃないかとびっくりするほど大軍だ。

 一体いつの間にあんなに仲間を呼んだのだろうか――いや……

 

 ふらっとめぐみんはよろめいた。

 

 酔ったような感覚の中で、またとんぬらの方を見れば、増えていたのが、とんぬらだけではないことに気付いた。

 傍にいたそけっとまで十人以上に数を増やしていたのだ。

 そして、すぐ隣にいたゆんゆんも。

 

「そ、そうですか、これは分身ではなく、幻惑……――それも、敵味方関係なく無差別に働きかける!?」

 

 グルグルと目を回しながらめぐみんは叫んだ。

 

「なんて事故を起こしてくれたんですか、あの残念な滑り芸人は!?」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「うおおおお! そけっとが! そけっとがあんなにたくさん! お、お一人くらいお持ち帰りしてもいいかな?」

 

 目に見える光景に、目を真っ赤に血走らせて絶叫をあげるニート。

 学生のゆんゆんやめぐみんだけでなく、魔力耐性値のある高レベルの『アークウィザード』のぶっころりーや、それにそけっとまでもかかってるようだ。

 無駄に強力な無差別幻惑効果である。これはめぐみんの父ひょいざぶろーの造る高品質だがそれ以上にクセが強過ぎて売れない地雷魔道具とほとんど変わらない。

 

「よ、よし、ここで一撃熊の群れを一掃してピンチを救ったら? そしたらもう、ハーレム展開になっちゃうんじゃないかな!?」

 

「ちょ、ふざけてる場合じゃ……」

 

 まだこれが幻惑だと気付いていないぶっころりーは、これまでになく張り切って、限界を超えんばかりに魔法に全魔力を注ぎ込む。

 そして、この森一帯すべてを巻き込む勢いで、

 

「地獄の業火よ! 荒れ狂えっ! 『インフェルノ』ーッ!」

 

 全身全霊で解き放たれる最高位の炎の魔法――!

 

 同時。

 

『『トルネード』ッッッ!!』

 

 そけっとが一撃熊の群れ(に見える)を吹き飛ばそうと木刀を一振りして大魔術を行使した。

 森の木々を巻き上げる巨大な竜巻が発生。

 それはぶっころりーの放った灼熱の業火をも取り込んで、強烈な焔の竜巻と化した。

 モンスターなどよりも『紅魔族』の高レベル『アークウィザード』によるふたつの上級魔法が合体した大魔法、被害は尋常なレベルではないほどに拡大する。範囲攻撃に一撃熊を飲み込んで肉片ひとつも残さずに消滅したが、里近辺の森が大炎上した。

 

「何をやってくれたんですかこのニートは! 滑り芸に連鎖して大ゴケするなんて……っ! それより早く火を消さないと森が全焼!? いえ、それ以前に私たちも危ないですよ!?」

 

 しかし、すべての魔力を出し切ってしまったのか、ぶっころりーは膝をついていて、とても消火に魔力を回せる状態ではない。

 そけっとは余裕があるみたいだが、まだ幻惑効果が効いていて目が回っている。

 そんな中、一番最初に回復したのは、やはりとんぬらであった。

 

 奇跡魔法の使い手は、もっともこの無差別効果を体験し慣れている。別の言い方をすれば事故に鍛えられている。状態異常からもすぐに立ち直るほど耐性値が高かった。

 そして、それ以上に――

 

「きゃあああ!!」

 

 少女の悲鳴が逃げ場のない燃え盛る森の中で響いた。

 それを耳が拾った瞬間、『ハードラック』の少年の瞳は“青く”閃きを発し、力一杯に呪文を吼えた。

 

 

「『パルプンテ』――ッッ!!」

 

 

 燃え盛る森の中、大気が渦巻き、それは現れる。

 

 王国の騎士らが装備するのとは違う、真っ白な鎧兜。

 意匠が細部にまで拘った、真っ白な陣羽織。

 腰には恐るべき切れ味を秘めてることが一目でわかる、真っ白な得物(カタナ)

そして、真っ白な総面。

 

「な、なんで……!? どうしてここに……!? いや、どうして今……!?!?」

 

 紅魔族の里近辺には生息しない、そもそも今の時期で遭遇することなどあり得ない存在。

 

 勇者のご先祖様や代々の紅魔族の神主は、奇跡魔法で、笑う巨大な魔人の精霊や魔王よりも恐ろしい悪魔を召喚したという。

 ならば、その末裔が喚んだのは何か?

 

 

 雪精の主――『冬将軍』が到来した。

 

 

 もうレベルが50に近い、紅魔族の中でもそういない、超一流の冒険者クラスの『アークウィザード』のそけっとに、同じように仕事もせず修行をしていたぶっころりーさえ、一気に幻惑酔いが醒めるほどに怖気が走った。

 

「ふ、『冬将軍』!?」

 

 だが、魔王軍幹部さえ一太刀で斬り殺せそうな存在感を放つも、『冬将軍』は寛大だ。きちんと礼を尽くせば、応えてくれる。

 

「お願いします『冬将軍』! 火を!」

 

 召喚した主であるとんぬらの声に応じ、薄らと冷気の霞を放っている刀を抜くこともなく、その一睨みで大炎上した森を一瞬で鎮火してみせると『冬将軍』は森から消え去った。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「本当に、あなたたちもいい迷惑ね。そこの変態に無理やり付き合わされたんでしょう?」

 

 淡い紫色の布が所々にかけられた店内で、店の主人であるそけっとが心底呆れたように言う。

 若干霜がついてるが無事に鎮圧した森から帰ると、そけっとの店へ来ていた。

 怪我を手当てするためだが、幸運にも森での連鎖事故で負傷したものはない。魔力切れを起こしてとんぬらが倒れているが、手当てするのはこの一件ですべてがバレて木刀でしばき倒した変態のみである。

 

「前々から後を付けられていたのには気づいていたけど、そんなに占いがして欲しかったら、相談してくれれば最初の一回ぐらいサービスするのに」

 

「いいの!?」

 

 結局、このヘタレニートは、占ってほしいことがあったから紅魔族随一の占い師であるそけっとの後を付け回していた、と言い訳した。

 

「危うく森で焼き殺されそうになったけれど、魔法を合体させるというのは面白かったし。まあ、一回だけね? ……で、一体何を占ってほしいのよ?」

 

 部屋の奥から仕事道具である水晶玉を持ってきたそけっとが、それをぶっころりーの前に掲げる。

 

「そ、それはその……俺の未来の彼女……いや、嫁……いやいや、俺を好きになってくれる人? ……ああっ、どれにしよう!」

 

「要するに未来の恋人ね」

 

 呆れた表情でそけっとは、水晶玉に手をかざす。面倒くさそうにしながらも、水晶玉からは淡い光が放ち始める。

 そこに、将来結ばれるであろう相手が見える。

 未来は変えられるもので絶対ではないが、起こりうる可能性の中で最も高いのが選ばれる。

 

 そして、光が収まったとき、水晶玉に見えた顔は……

 

 

「……何も見えないんだけど」

 

 

 なかった。

 

「あ、あれっ!?」

 

 幻惑効果からとんぬらの次に立ち直ったそけっとが、驚きの表情で水晶玉をブンブンと振っている。

 

「ちょ、ちょっと待ってね。どうしたのかしら、こんなはずは……どんな人でも、最低一人ぐらいは姿が浮かんでくるものなんだけれど……!」

 

「そういった心にくることは、本人がいないところで呟いてくれ」

 

「その、大丈夫よ。私の占いは必ず当たるってわけじゃないから……私が子供のころに天気を占った時、曇りって結果が出たのに5分ほどにわか雨が……」

 

「やめてくれ! 占いの精度を自慢しているのか慰めているのかわからないよ! なんだこれ、普通に断られるよりも余計に辛いんだけど!」

 

 これにはさすがにそけっとも気の毒そうな憐憫の目をぶっころりーに向ける。

 そして、めぐみんとゆんゆんもひそひそと囁き合う。

 

「いくらニートとはいえこれはさすがに気の毒ですよ。一切何も映らないということは、そけっと以前に、誰とも結ばれる芽がないというわけで……」

「どうしよう、私、ここまで酷いだなんて思ってなくて……!」

 

「二人とも聞こえてるよ! 話すなら、もっと小さな声で話してくれ!」

 

 ぶっころりーは痛む体を引き摺って、半泣きで店を出ていった。

 とてもいられなかったのだろう。それを見送ってから、とんぬらがまだだるさの残る体を起こす。

 

「大丈夫とんぬら」

 

「ああ、大吉が出るとだいたい魔力切れでぶっ倒れるんだ。爆裂魔法みたいな一発芸のようで不本意なんだが」

 

「それ以上一発芸扱いすると、疲労困憊のあなたでも私は容赦しませんよ」

 

 脇をゆんゆんに支えられながら、立ち上がったとんぬらに、水晶玉を掲げながらそけっとが、

 

「どう? 助けてくれたお礼に、とんぬら君も占ってあげようか?」

 

「いや、俺が最初に事故しちゃったんで。さすがにマッチポンプは悪いですから」

 

「あれは奇跡魔法の効果を舐めていた私のせいよ。何が起きてもどうにかするって言っておきながら助けられちゃったし、それに『冬将軍』を呼んでくるなんて本当吃驚しちゃったわ」

 

「そうですね。とんぬらも、気になる相手がいるようですし、占ってもらったらどうですか?」

 

 とめぐみんまで勧めてきて、身体を支えてくれるゆんゆんがそわそわと動揺しだす。

 けど、とんぬらは首を横に振る、

 

「でも、結構です」

 

 それはぶっころりーの二の舞になることを怖がっているという感じでもなく、ごく自然に、

 

「神主としてはこれを言ったら失格かもしれませんが、運命なんてその気になれば破れるものだってわかってますから――それに先がわかってたら面白みがなくなります」

 

 そういって、ゆんゆんを身体から離して、ややふらつきながらも自分の二本足で立つと店を出ていく。

 その後ろ姿を、水晶玉を通して見送りながら、

 

「君の未来は興味あったんだけどな。断られたら、しょうがないわね」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 そけっとの店を出て、めぐみんと途中別れて、族長宅へ帰る。

 その途中、ゆんゆんはひとつ気になっていたことをとんぬらに訊ねた。

 

「なんかきょうのとんぬら、ぶっころりーさんに甘くなかった?」

 

 『キャベツをあげるのではなく、キャベツの獲り方を教える』をモットーにしている神主代行だが、ゆんゆんからみて、今回は甘やかしているように見えた。

 とんぬらは渋面を作りながらも、認めるように頷いた。

 

「あー……十中八九恋が実らないと自覚して、修行に明け暮れる。……その境遇がお師匠様と似ているようで……まあ、勘違いだったんだが。行き過ぎたサポートをしてしまったのはそのせいだろうな」

 

「お師匠様って、今朝話してくれたリッチーになった悪い魔法使いの……?」

 

「ああ。お師匠様は、自分のことを悪い魔法使いというが、良い魔法使いだと思うよ俺は。貴族の令嬢を攫ったのも、その人が親にご機嫌取りのために王様の妾にされたけど、王様の寵愛には恵まれず、政争にも向かない性格だった。正室や他の側室たちとも折り合いが悪くて、裏では虐められていたようだからな。

 だから、『いらないんなら俺にくれ』ってお師匠様は彼女を攫った」

 

 で、攫ったお嬢様にプロポーズをしたら二つ返事で了承。お嬢様とイチャつきながら逃避行して、王国軍とドンパーティしたとお師匠様は愉快気に話してくれた。

 

「でも、王国一の大魔導士でも、お嬢様を守りながら王国軍の追手を撒くのは大変で、重傷を負ってしまった。それでも愛する彼女を守り抜くために、神の理を捨て、人であることをやめて、リッチーに成ったんだ」

 

 まだお師匠様が生きていた時代は、リッチーになる秘呪は現代ほど禁呪指定ではなかった。それでも相当なレベルの大魔導士でないと無理だった。そして、その代償もまた大きい。

 

「か、格好いい……。紅魔族の琴線的にもびりびりきてるわ……!」

 

 胸を押さえ、瞳を赤くして話に聞き入るゆんゆん。それにとんぬらの語り口調は物静かで大人しい。

 

「そして、妾となってから、特に屋敷の外にも出してもらえない籠の鳥だったお嬢様は、国を相手取り、世界を飛び回った逃走劇の果てに、お師匠様が造ったダンジョンで最期を迎えたそうだ。不自由な逃亡生活の中でも文句のひとつも言わず、絶えず幸せそうに笑っていた、と。それでも、お師匠様は、よくお嬢様を幸せにできたのだろうか、と零してたけど」

 

「そんなの幸せだったに決まってるじゃない!」

 

 断言するゆんゆんに、とんぬらは視線を伏せる、

 

「そうか。でも、本当に厳しかったみたいだからな当時は。だからお嬢様は幸せでしたなんて、俺は気楽には言えなかったな。言ったらお師匠様も少しくらいは救われたかもしれないが、それは無神経だ。お師匠様からその話を聞いて、感想は何も出なかったよ」

 

 何の気なしに答えたことだった。

 しかしなぜか、ゆんゆんは大きな目を見開いた。はっとした、という感じだった。思わぬ反応に、何かまずいことを言ったのかと勘繰ってしまう。ので、首をひねって言葉を足す。

 

「無神経というか、当事者でもないのに勝手に語るな、ってとこかな。お嬢様はもう死んでるし、お師匠様に見せていたという彼女の笑顔がウソだとは思えないから、そこまで気を遣うこともないんだが。だから、俺にできるのはとっとと奇跡魔法を極めてお師匠様を、お嬢様と同じところへ送ってやることくらいだ。奇跡魔法は神様の奇跡級の魔法すら発現できる。リッチーを成仏させてやることくらいできるはずだ」

 

「とんぬら、それって、とっても……」

 

 ゆんゆんは、そう何かを言いかけた。

 が、もごもごと口を動かしていたかと思うと、喉が動いて吞み込んでしまう。出てきた言葉は一言だけ。

 

「うまく言えない」

 

 何を言われそうだったのか、わからない。まあ、対人スキルが低く口下手な少女だと承知してるのだから聞き手として汲み取ってやるべきなのだが、それでもうまく言えないのなら、うまく聞くことはできないのだ。

 

「神頼みせず、その神の理すら捨ててリッチーになったのが俺のお師匠様だ。そんな人の弟子をしてるせいか、色恋沙汰は神聖視というか、苦手にしてる。うちの神社で取り扱ってた縁結びのお守りを売らず、神社の蔵の奥に仕舞っちゃってるんだよ。はっきりいって、今回の依頼はそのお守りでもやれば十分だったな」

 

 まったく労力に見合わない仕事であったと少年は嘆いた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 今日も猫耳神社に軽い掃除にしに行く。先に族長宅に帰っててくれと言って、とんぬらは別れた。

 その背中を視えなくなるまで見つめながら、思う。

 

 彼はきっと、卒業したら旅に出る。そして、成績もよく、修行に励む彼は卒業も早いだろう。

 

 夢があり、目的がある。それを引き止めるのは無理で、たとえそれがどんなに無理なものでも見送って、祈ってやるのが正しいんだって思ってしまってる。

 だから、最後までその背中へ手を伸ばすなんて真似はできなかったし、しなかった。

 

 けれど、優しいから……自分がこのままだと彼は安心して旅立てないかもしれない。

 

 ゆんゆんは、決めた。とんぬらが卒業するまでに、友達を作ってみせると。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 神社の掃除を済ませたとんぬらは、ご神体の前に置かれた賽銭箱を開ける。

 パズル式のロックがかかっているが、答えを知ってるとんぬらは慣れたものでさして時間もかからず開封してみせた。

 そして、中に入っている一瓶のスキルポーションがちゃんとあることを確認する。

 

 自分を除く学生らはおそらく知らないだろうが、成績優等生が気安く飲んでいるスキルアップポーションは、里の外に持ち出して売ると、一本数千万エリスの値がつく希少品なのだ。

 里の外にいてそれを知っていたとんぬらは、学校でこうも簡単にスキルアップポーションが渡されるのを見て、内心ですごく驚いた。

 

「まあ、1ポイントくらいなら、稼げるかな。今度また改めてそけっとさんに『養殖』を付き合ってもらえることになったし」

 

 これは、軍資金だ。転送屋を使うにも、30万かかることを考えれば、バイトをしなければ食っていけないとんぬらには、スキル1ポイントよりも、数千万エリスの方を優先する。

 

「あとはあの魔法が“宴会芸スキルから派生するものではない”とバレないようにしないとな」

 

 覚えようとしている魔法は“宴会芸スキルの物真似”――という体で通すつもりでいるが、違う。

 この世に実体を持たない上級悪魔や、ドッペルゲンガーなどが使う、人間からモンスターになったリッチーから教えてもらった、“モンスターの”魔法。

 

 それは、変化魔法『モシャス』

 

 

 ♢♢♢

 

 

 まだ転生したばかりで、右も左もわからなかったころ。

 この世界の常識も知らず、雪精討伐が安易なものだと思ってクエストを受け――超級モンスター『冬将軍』に殺されそうになりながらも、どうしても女神様から頂いた魔剣『グラム』を手放せなかった。

 

 その時、彼が現れた。

 

 山籠もりをしていたという、自分よりも年下の少年。

 彼は『冬将軍』に舞を踊って、その怒りを鎮めてみせてくれたのだ。

 そのあとで、『なんであんた武器を手放さなかったんだ。フリだけでも魔剣を地面に置いていれば殺されることはないのに』と説教され、あまりに世間知らずで坊ちゃんな自分をこのまま見放しては置けず一緒に山を下りてくれた。そして、数日、元の世界とは違うこの世界の常識を覚えるまでの間、年下ででも年の近い同性の彼にお世話になり、別れた。

 

 今では戦士と盗賊の娘がパーティに入ってくれて、結構名の知れた冒険者になったが、この先に行くには、魔法使い(ウィザード)職と聖職者(プリースト)職といった優秀な後衛が必要だとここ最近痛感しており、あの時の彼が魔法使い職の最上位『アークウィザード』だというのを覚えている。

 

 別れてから連絡など取り合っていないからどこにいるかわからないが、パーティにならないかと誘った時、確か12歳になると学校に通うために里へ帰らなくちゃいけないからダメと言われて、断られたのだ。

 きっと里に戻ってるだろうが、彼のことだからすぐに卒業するだろう。

 だから、早く、里へ行って、もう一度誘うのだ。

 もしも自分の命を救ってくれた『アークウィザード』がパーティに入ってくれるのなら、これ以上に心強いものはないはずだ。

 

 紅魔の里まであと少し。




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