この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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連続投稿です。


60話

 一週間前の作戦会議。

 

「前に、アーネスが上位悪魔となればちょっと殺気を振り撒くだけで雑魚モンスターを思うがままに誘導できると自分で言っていたことがあります。魔王軍の幹部デュラハン・ベルディアも古城に留まっているだけで討伐クエストが出されなくなるほどモンスターたちが巣穴に引っ込みましたしね。どんなに抑え込もうとも、野生の魔物などといった敏感なものにはわかってしまうし、強者のプレッシャーというのは隠し切れるもんじゃない」

 

 同じ元魔王軍の幹部であり、悪魔であるバイト先のマネージャーも、その存在感だけで付近の生態系を狂わしかねない。だから、街で暮らすのなら大人しくするようにとギルドから注意されている。

 

「だから、『敵感知』スキルを持っている『盗賊』の先輩が、“嫌な予感がする”というのは、かなり怪しい。それに加えて、ゆんゆんの話してくれた事もありますが、俺の感覚からしても、あの男は相当悪魔臭いんです。魔法使いでも悪魔と使い魔契約をしていればそれなりに臭うんですが、あれは魔法の素養のないただの貴族だというのに魔法使い以上に強烈です」

 

 紅魔族の優れた先天的な魔力探知に、女神の加護で得た後天的な第六感。こととんぬらは悪魔の気配に関しては人一倍、下手をすれば女神に匹敵するだけの精度を誇る。

 

「そして、魔術の心得のない人間が、上位悪魔を使役するなど普通はありえません。触媒を用意しようが技量がなければ、召喚だって運頼み。たとえ無作為な召喚術で万が一にも上位悪魔を喚び出せたのだとしても、それは幸運ではなく不幸。階位が上位なほどプライドが高いそうですから、代価を払えない人間はその場で殺される。素人が悪魔召喚に手を伸ばすなんて自殺行為も同然だ。

 しかし、その無理を覆して使役しているのだとすれば、神器が関わっている可能性が高い」

 

 そう、これまで探し回っているという二つの神器のうちのひとつ。ランダムにモンスターを召喚し、対価も代償もなしに使役できるというチートアイテムを所持している可能性が濃厚だ。ただ、神器は選ばれたものではない人間が使っても本来の性能を発揮しないもので、召喚使役の神器は召喚ができても対価と代償が必要なものだと話は聞いているので、使用可能な人物は相当限定されるだろう。そして、アルダープは上位悪魔が満足するような代価が払えるだけの財産を築いているはず。

 

「それで、神器保有者であれば、ニセの義賊なんて悪魔にやらせて先輩を貶めようとする理由にも見当がつきます」

 

「うん、神器をそう簡単に手放したくないだろうからね」

 

「ここまで話を進めてきましたが、これ全部確たる証拠のない勝手な憶測で、そこに確実に悪魔と神器があるとは言えませんが」

 

「良い線付いていると思うよ。怪しいところを片っ端から忍び込むよりは全然いい。じゃあ、早速、行ってみようか」

 

「いえ、今日盗みに入る前に、ここは一先ず念には念を入れて、様子を見ませんか?」

 

「うーん、あたしとしてはとっとと悪魔をしばいて、神器を回収したいんだけど」

 

 先輩は、あまり時間をかけずに目標を達成したいのだろう。

 だが、成功率を高める作戦を練り上げるためにも、こちらに有利な状況を作り上げるためにも、一旦、時を置く必要がある。

 

「先輩は知らないかと思いますが、実はアルダープの屋敷には今、兄ちゃん達、アクア様が張り込んでいます。義賊逮捕のために」

 

「え゛……先ぱ――アクアさんがいるの!?」

 

「ええ、兄ちゃんが、義賊が最も狙いそうな悪徳貴族に張り込むとアルダープの屋敷を選んだんですよ。見事にドンピシャですが」

 

 本当に、こんな簡単に疑われるような人間が、何度も不正の嫌疑をかけられてそれを逃れることができるのだろうかと常々思っている。

 

「どうしたんですか先輩? なんか顔が引き攣っていますが?」

 

「あはは……いや! 何でもないよ何でもないから! ほら、続きを話してよ後輩君」

 

「そうですか。では、アルダープが神器所有者で悪魔契約者だと仮定して話を進めますが、この状況を利用するんです。簡単に言うと、アクア様にアルダープの屋敷に結界を張ってもらうように促します」

 

「ええっ……! その、アクアさんを……そんなことできるの?」

 

「別に難しいことではないですよ。お膳立ては向こうがしてくれたんですから、俺達はそれを利用するだけです。今の義賊は巨乳の女悪魔なんですから」

 

「後輩くぅん? 今、あたしの事をなんて言ったのかなぁ?」

 

 おっと、しまった。

 地雷ワードを踏んでしまった。ニコニコと笑顔な先輩がこちらににじり寄る。

 

「世間的な評判で、ですよ! そんなイメージとは先輩とかけ離れているのは俺ちゃんとわかってますから!」

 

「かけ離れてる、ってどこの部分かなぁ?」

 

「それはもちろん……清浄な女神の如きオーラの事です」

 

「え、女神って……。(これって、気づいているのかな? 後輩君、先輩のおかげですごくそういうのに敏いし。先輩の事も勘付いてるみたいだし。いやでも……)」

 

 一歩引き下がってくれた先輩。

 こちらの弁明に納得してくれたようである。

 

「それで話を戻しますが、アクア様ならば、アーネス、上位悪魔が嫌がるほどの強力な結界を張れるでしょう。だから、王城に連絡役として頻繁に訪れるダクネスさんに、『義賊は女悪魔』という悪評を理由にし、アクア様に結界を張ってもらったらどうかと俺が提案してみます」

 

「うん! それはいいね。これならアクアさんも結界を張ってくれるよ」

 

「これで結界を張ってもらえれば屋敷の隠し工房にいるであろう悪魔は弱体化するでしょう。もしもアルダープが人体に害のない結界を解くように文句をつけてくるようなら、それはもう限りなく黒です。そんな不審がられるような真似をアルダープは取らないと思いますが、それならそれで悪魔への嫌がらせにはなりますし」

 

 それに当てが外れて悪魔がいなくても、問題があるわけではない。

 

「上位悪魔とまともにやるのは面倒です。ある程度時間をおいて、結界で弱らせた方が得策。そして、その間、本命は後回しにして、こちらは状況を有利に運べるようクリーンアップと行きましょう」

 

「つまり?」

 

「アルダープ以外の怪しい悪徳貴族を、連日狙うんです。本物の義賊らしく。あんな白昼堂々、昼間の時間に王城に襲撃させたのは目立たせるためでもあったんでしょうけど、盗賊の時間と被らせないよう夜間を避けたんでしょう。だから、こちらの活動が目立てば、ニセモノも表には出しづらくなる。同じ時間に『銀髪の義賊』が二人いたなんてことになれば矛盾が生じてしまいますから折角立てた悪評にケチがつきます。そうなると迂闊に外へ出せなくなった上位悪魔は隠し工房に匿っておきたくなる。状況的に、結界内から出させなくさせてしまうんですよ」

 

「うーん、それなら別の拠点とかに悪魔を避難させたりしないかな? アクアさんが結界を張っているとなればそうさせると思うんだけど」

 

「それならそれで構いません。屋敷に悪魔がいないのであれば、こちらが盗みに入った時に余計な邪魔は入らなくなるんですから。悪魔契約者のアルダープから神器を盗みましょう。評判通りの性格からすれば、貴重な神器は常に携帯している可能性が高いはずです」

 

「そうだね。これまでの神器保有者の傾向からしてもあたっていると思うよその予想」

 

「それで、念のために確認しますが、先輩はスキル効果範囲内まで接近できれば、『スティール』を成功させる自信があるんですよね?」

 

「もちろん。ほぼ確実と言っても過言ではないよ。あたしは運にはすごく自信があるからね、『窃盗』スキルはこれまで一度も失敗したことがないのさ」

 

「羨ましい話ですよ。俺はどうにもエリス様に嫌われているのか、運だけがとびきり残念ですし」

 

「いやいや、そんなことは絶対にないと思うよ後輩君!」

 

 絶対と確信を持てる強い言葉で励ましてくれる先輩に、気を取り直したところで、話を続ける。

 

「では、頃合いを見てアルダープの屋敷に予告状を送り付けましょうか。クリーンアップ活動で警備を送るのに不自然ない流れを作れるでしょうし」

 

「そんなことしたら、余計に警戒されちゃうよ」

 

「ほほう、予告状を勝手に送り付けてくれて大変苦労したことがあるんですけど」

 

「ごめん! それは本当に反省してるよ後輩君。で、でさ、それには一体どんな考えがあるんだい?」

 

「ケースバイケースですが、今回は観客が多い方がやり易い。悪魔なんて貴族が人に見られたくない存在を子飼いに囲っていない他所の人間が大勢いる中で出したくはないでしょう。警備兵に固められるリスクがありますが、それよりも上位悪魔に邪魔される方が厄介です」

 

 王城の警備を単独で突破できるところを見ると戦闘力は王国軍一個隊よりも上だ。通常、上位悪魔は『アークウィザード』が複数人かかって倒すような強敵である。

 

「ですから、アルダープの周囲に警備兵がいてくれた方がむしろこちらは助かるんですよ。あと第三者(ギャラリー)がいれば疑惑を晴らす証人にもなってくれる。ただ神器を回収できても、先輩の汚名返上とはなりません。悪魔を人前に晒して、ニセモノだと証明する。それができなくては」

 

 そう、もしも人前に悪魔が出たとなれば、警備兵は盗賊などよりもニセモノの悪魔を優先するだろう。これで悪魔は警備兵によって行動を封じられ、警備兵もアルダープを守る余裕もなくなる。そして、その作り出した漁夫の利の状況でアルダープから神器を先輩が盗み出す。

 

「それってかなり難しいと思うけど?」

 

「俺はアーネスを釣り上げられる術を持っています」

 

「へぇ、言い切ったね。自信はあるのかい?」

 

「以前のあいつと変わっていなければ、十中八九、誘い出せます。そして、そのためには俺が兄ちゃん達、めぐみんに合流しておく必要があるんです」

 

 アルダープでも警備兵でもない、行動が予測できない『アクセル』きっての問題児パーティという不確定要素を把握しておくためにも。

 

「なので、俺は当日、なるべく邪魔はしないように動きますが、先輩のフォローをすることはほとんどできません。ただ事が上手く進めば、先輩とアルダープが対峙できる状況にまで持っていけると思います。……それでも神器回収は一発勝負となるでしょうが」

 

「いいよ。あたしはそれで十分、後輩君が露払いを頑張ってくれるんだから、こっちも先輩として必ずそのチャンスをものにしてみせるよ。――だから、悪魔はちゃんとメッさせてね」

 

「なるべく退治できるように頑張りますが、相手は上位悪魔なんで」

 

「絶対に、巨乳の女悪魔は(メッ)させてね」

 

「……はい、全力でやります先輩」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「というわけで、応援に来たぜ、兄ちゃん」

 

 王城から派遣された宮廷魔導士レインが率いる十数人の警備隊。その中に混じってやって来たのは、顔なじみの宮廷道化師とんぬら。

 屋敷の主人アルダープとの話し合いで、警備兵たちは屋敷の外を警戒し、アルダープの私兵が屋敷内を警備、そして、宮廷魔導士のレインがアルダープの近くで警護することが決まり、それから元々ここに張り付いていたカズマパーティは遊撃隊……邪魔はしなければ自由にやって良いというポジションに収まった。

 

「おお。とんぬらも援軍に来たのか! これは頼もしいな」

 

「はい、ダクネスさん。俺も今回の捕縛隊に入れさせてもらいました。レイン殿からも自由に動いても構わないと許可をもらっています。あ、これ、陣中見舞いです。姫さんから皆さんにと」

 

「あら! これって最高級の野良メロン! この前の晩餐会で出てた天然物じゃない! しかもまだピチピチしてるなんて、すごく活きが良いわね! ねね、早速食べてもいい? 私が切ってくるから!」

 

「どうぞ、アクア様。前回、悪魔と交戦したことがありますからね。それ以前に……そうだ、めぐみん、一週間前に話していたが、目撃者の証言を集めたところ、やはり相手はアーネスのようだ」

 

「なに? アーネスは我が爆裂魔法で消滅させたはずでは?」

 

「再召喚されたんだろう。しかし、そうなると『銀髪の義賊』が噂立った活動時期と被らない。アリバイに矛盾が生じている」

 

「つまり、アーネスはニセモノの義賊だと、それがとんぬらの見解ですか」

 

「ああ。今回は模倣犯か本物が出て来るかはわからんが、相手がアーネスと分かれば、策がある。それを皆に協力してほしいと思うんだが、兄ちゃんも」

 

「――俺はいい」

 

 歓迎ムードな空気だったが、カズマはきっぱりと断った。

 思わぬ反応にとんぬらも戸惑う。ダクネスも、アクアも、めぐみんも同様に。

 

「そっちはそっちでやってくれよ。俺はひとりでやるから」

 

「待て、兄ちゃん。今回の相手に、単独行動は危険だ」

 

「そうですよ、カズマ。アーネスは上位悪魔です。ひとりではとても太刀打ちできませんよ」

 

「何を言ってんだよ、上位悪魔だろうと、これまで倒してきた魔王軍の幹部よりすごいってことはないだろ。そんなの余裕だ余裕。簡単に手玉に取ってやるよ」

 

「それは油断が過ぎるぞ。一体どうしたんだカズマは? いつものお前らしくない」

 

「止めんなよ。俺はひとりの方がやり易いんだ」

 

 めぐみんとダクネスがそれを引き止めようとするも、カズマはパーティからも背を向けて、

 

「え、カズマ抜けるの? じゃあ、このメロン四等分でいい? 五等分に切るとか面倒だったからちょうど良かったわ」

 

 能天気な女神様はスルーするとして。

 

「兄ちゃん……」

 

「だったら、前みたいに勝負で決めるか? 絶対に負ける気はしないけどな」

 

 そういって、ジャンケンの構えを取るカズマに、とんぬらは目を瞑り、大きく息を吐いて、道を空けた。

 

「わかった。俺は兄ちゃんを止めはしない。でも、気を付けてくれ」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ――手柄を立てる。

 

 それも王城に滞在が許されるほどの大手柄だ。けれど、それには誰よりも先に義賊を捕まえなければならない。

 そのために障害となるのは、現在、評価が高まっている宮廷道化師とんぬらである。

 折角、一週間も網を張ってアドバンテージを取っているのに、ここで出し抜かれてはたまらない。とんぬらの策が上手くいこうとも、それはカズマの評価には繋がらないだろう。王城での襲撃でも、とんぬらの説明でカズマはアイリスを連れて避難したことになっていて、それで何もしていなかったがおこぼれにも第一王女を救助した冒険者と称賛を受けた。それでも最も褒め称えられていたのが、身を呈して影武者となったとんぬらであった。

 だから、城の外へと追い出されたこちらとは違って、城に滞在してもらうようクレアらから頼まれたのだ。

 ――ここは目的のために、とんぬらをこれ以上目立たせるわけにはいかない。

 

(あの問題児集団を押し付ければ、とんぬらも義賊に構う余裕もなくなんだろ)

 

 ソロで行動するのは単に動きやすいこともあったが、それ以上にとんぬらの足を引っ張らせるためである。ダクネス、めぐみん、アクア、この三人は上級職で能力こそが高いが曲者揃い。そのことは『アクセル』でパーティ交換したときに実証済みで、隣の芝は青いと絡んできたチンピラのダストも散々振り回されて泣かされる目に遭った。

 ダクネスはあの不器用さで、これまでいくつもの屋敷を盗み入ってきた義賊を捕まえられるとは思えないし、めぐみんもこんな街中で爆裂魔法なんてぶっ放せないだろう。アクアはアクアだ。

 一体どんな作戦を思いついたのかは知らないが、カズマが御していなければ問題児たちに振り回されてきっと上手くいかない。

 

(とんぬらには悪いことをしちまったな。今度何か奢ってやろう)

 

 もう日が沈み夜の時間、犯行予告の刻。

 カズマは心の中で謝罪しつつ、『潜伏』スキルを発動しながら屋敷内をうろついていた。

 この屋敷に来てから、何もしていなかったわけではない。自分が賊になったつもりで、屋敷を観察し、義賊の侵入経路や目的の場所はカズマなりに当てをつけていた。

 一階にあるキッチン。そこの窓がだいぶガタがきていた。アルダープは修理費をケチっているのか、壊れた窓枠は素人が釘を打ち付けた程度の簡単な補強がされているのみ。

 うむ、自分ならここから侵入するな。

 カズマはこの発見を、誰にも言っていない。だから、これに気付いているのはおそらく自分だけだ。

 そこを張る。

 明かりもつけず、『千里眼』でもって見張る。

 『潜伏』しながら、義賊が侵入してきた、侵入に成功して最も気の緩んでいるその瞬間を狙う!

 

 およそ三十分ほど経っただろうか。

 二度ほど見回りの傭兵らがキッチンの傍を通ったことがあったか、それ以外に人の気配はない。

 でも、これでいい。人気がないからこそ義賊が狙いやすい。そして、ついに……

 

 ――きた! あいつか……!

 

 カズマが見張っていたキッチンの窓からではない。もうすでに侵入を果たしていたのか、なんと屋敷の中から、カズマが身を潜めていたこのキッチンへ入ってきた。

 『アーチャー』の『千里眼』スキルでの暗視能力では、その輪郭を掴むのがせいぜいだが、おそらく女。そして、窓から差し込んだ月明かりに一瞬照らされたのが見えたが、その髪が銀髪。

 どうやら運が巡ってきたらしい。

 幸運の女神エリス様、感謝します!

 

 カズマは足音を殺しながらそぉっとその背後に回り、一気に『ドレインタッチ』で――

 

 

「ムシがっ!」

 

 

 捕まえようと飛び掛かったカズマは、振り返ることなく裏拳が放たれた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 な、なにが……!?

 

 かつて、『盗賊』の冒険者が『潜伏』しながら背後に強襲を仕掛けたが一蹴されたことがあったが、上位悪魔アーネスに『潜伏』は通じない。

 前に初心者殺し相手に『潜伏』スキルを使った時、結局は勘付かれなかったが、匂いを気にするような仕草をされた、このアーネスはその初心者殺しよりも気配探知が敏感なのである。純粋な戦闘力では、同じ邪神の配下であるホーストに劣るものの、それよりも先に主の元へ馳せ参じたことから感知能力が極めて高い悪魔である。

 そして、屋敷内でコソコソと『盗賊』のスキルである『潜伏』を発動させているカズマを捉えた。アーネスは義賊を始末するようにと命令をされている。

 

 つまり、カズマとアーネス、どちらも相手が“狙っている義賊”だと誤認していた。

 

「へぇ、今のを避けるのかい」

 

 あっぶねっ!?

 カズマはアーネスの裏拳を間一髪逃れていた。

 通常ならばそうそう躱せないだろう上位悪魔の攻撃を、カズマの身体は反射的に躱す。

 これは前々から素手で闘う聖職者『モンク』から教わっていて、この前の紅魔の里で行った『養殖』で溜まったスキルポイントで習得した『自動回避』スキルの恩恵だ。

 敵の攻撃を確率で躱してくれる優れ物である。

 しかし、ハッキリ言って今の裏拳は見えなかった。

 上位悪魔の攻撃である、最弱職『冒険者』のステータスで受け止められるはずがなく、実際奇襲が失敗し一発カウンターを貰った『盗賊』の冒険者はノックダウンして、ガードしたはずの腕があらぬ方向に曲がって折れた。

 回避して正解である。

 

 ――逃げよう!

 

 舐めていた。対峙して実感した上位悪魔のプレッシャー。手柄欲しさに眩んでいた目も醒めるというもの。

 

「『クリエイト・アース』! 『ウインドブレス』ッ!」

 

「ッ! 目潰しか! 小癪な真似を!」

 

 手のひらに生成した少量のサラサラの土を風の魔法で相手に吹き付ける。この猫騙しコンボで、一瞬アーネスを怯ませたカズマは、逃げを選択。キッチンの入口はそこから入ってきたアーネスの方が近い。カズマは、見張っていた、その壊れている窓枠へと駆け出す。

 

「逃がさないよっ!」

 

 アーネスが気配を頼りに手を伸ばす。けれど、『盗賊』の『逃走』スキルも習得しているカズマの逃げ足はその指先を掠らせるも捕まらせず。

 

(よっし逃げ切った! 捕まえるのは無理だったけど第一発見者でも十分手柄になんだろ。あとは人を呼んで)

「『アンクルスネア』――ッ!」

 

 上位悪魔の脅威はその騎士たちを拳でぶちのめす身体能力だけではない。その魔法もだ。

 飛び掛かってきた蛇に、今度は『自動回避』スキルは発動してくれず、為す術もなく拘束された。

 

「っ、このっ……!」

 

 拘束から逃れようともがくも、魔法による拘束なのでそれも敵わない。

 

「惜しかったね。あと一歩のところで逃すところだったよ。どうやら『銀髪の義賊』じゃないようだけど、あたしは目撃者も始末しろと言われてるからね」

 

「むーっ、むむーっ!」

 

 悲鳴を上げようとしたカズマの口を、アーネスの左手が封じる。そのまま掴んで、片手で男性冒険者の身柄を軽々と持ち上げてみせる。

 そして、宙ぶらりんとなったカズマの左胸、その早鐘を打つ心臓を狙うよう、爪先を揃えた右手を添わせて、

 

 

「カズマ!?」

 

 

 ちょうどキッチンの窓前に黒猫――ちょむすけを抱いためぐみんがいた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「ウォルバク様!?」

 

 めぐみんの登場、というよりその猫型の使い魔にアーネスは見開いた目を向ける。

 たとえ残機を減らされ、その主従の契約が途切れようとも、アーネスにとって絶対的な存在に不変の忠誠を捧げている。

 

「どうしためぐみん! ――っ、そいつは悪魔か!」

 

「カズマ、あんたまた捕まったの?」

 

 めぐみんに続けて、その悲鳴を聞きつけたパーティのダクネスとアクアが駆け付ける。

 人が集まってくるこの状況に焦りを覚えながらも、アーネスはその猫目のように鋭い双眸を細め、

 

「……久しぶりだねぇ。覚えているかい、紅魔族の娘」

 

「その銀髪……まさかあなたが本当に義賊のニセモノをしていたとは驚きですよ、アーネス」

 

 アーネスは簀巻きにしたカズマを盾にするように前に抱く。

 

「以前は油断したよ。けど、こんな人がいる街中でじゃ、お前も爆裂魔法は使えない。それに、どうやらこの男、あんたらの仲間なんだろう?」

 

「カズマを離しなさい、アーネス。私と一対一の勝負なら受けて立ちますから」

 

「はっ、お前には滅ぼしてくれた復讐がしたいがそんなこと今はどうでもいい。こうなってしまった以上は、もうあたしに残された選択肢は限られている」

 

 抱きかかえるカズマの頭の顎先に這わせるよう挑発気に撫でるアーネス。

 

「いいか、騒ぐな。ここにいる奴ら、ひとりでも大声を出すものならこいつの首を折る」

 

「わかりました、わかりましたから、カズマに手を出さないでください!」

 

 めぐみんの焦った様子に、アーネスは黄色い瞳を剣呑に輝かせ、口元を歪める。

 

「そして、ウォルバク様をあたしに寄越しな。そうしたら、ここから適当に逃げたところで男を解放してやるよ」

 

「何を言うか。そちらこそ無駄な抵抗はよせ。このすぐ近くには警備兵がいる、呼べばすぐ援軍が駆け付けるだろう。そこで貴様の胸に後頭部を埋め、幸せそうに目を瞑っているどうしようもない男を置いて去るがいい! どうしても人質が必要だというのなら……。私が……! 私がその男の代わりになるからっ! 頼む、カズマの代わりにこの私を人質にしてくれっ!」

 

「はあ?」

 

 いきなり何を言い出したんだコイツは? というような目でダクネスを見るアーネス。

 胸元へと窺えば、つい先ほどあれだけ逃げるのに必死だった冒険者が、安らかに目を閉じて捕まっている。

 以前にも似たようなことがあった。

 しかし、前と違うのは、これが人間のものではないとはいえ純度100%の女の身体だということ。これが本物の感触だということに魔王軍幹部に侵されたトラウマが癒されていくよう。

 ……ただ、前とは違って、それは寛容なオカマではなく、女悪魔は蔑むように見下ろしている。

 

「カズマ、あなたという人は……ほんっとうに、どうしようもない男ですね!」

 

 一番必死だっためぐみんも、頬を引き攣らせ、こちらを睨んでいる。

 瞳を赤くしている我がパーティの『アークウィザード』は、いっそ人質ごと爆裂魔法をぶっ放しそうである。

 すまん。でも、これは仕方がない。健全であるなら、男として本能的に母性を求めてしまうんだ! とカズマは、見限る直前で踏み止まってくれるよう目で訴える。伝わったのか届かなかったのか、パーティの目線はより冷めた。

 

「お前ら人間の言葉になんか騙されないよ! 何だろうと関係ない。いいから、ウォルバク様をあたしに渡すんだ!」

 

 冷静なようで支離滅裂。こちらがそのウォルバクを猫質とするのが頭にないようで、強引に一方的にアーネスだけの要求を突きつける。

 一刻も早く逃げたいが、それでもかつての主を奪還する目の前のチャンスを捨てきれないでいる。それが今のアーネスで、だからこそ、迂闊に交渉ができない。ちょっとの刺激で何をしでかすかわからない爆弾のようなもの。

 一体何をこんなに追い詰められているんですか……?

 一度は倒した強敵の様子にめぐみんが訝しがるも、とりあえずは、優先するべきものは決まっている。

 

「……わかりました。この子をあなたに渡します」

 

「えっ?」

 

 やけに素直に要求を呑んだめぐみんに、アーネスが思わず声を上げた。

 そこに不自然さを覚えるも、めぐみんの右腕に抱きかかえられていた黒猫はひょいと地面に降りて、アーネスの方へととことこ歩いていく。

 

「す、素直に返すなんてね。前はあんなに抵抗したというのに、そんなにこの男が大事なのかい?」

 

「ええ、まあ。カズマは弱っちいクセに、普段から厄介事に巻き込まれやすい体質ですし。しかも物語の主人公のように、ピンチになると都合よく助かることもなく、簡単に死にますし」

 

 お、俺だって好きで厄介事に巻き込まれてるわけじゃないし、死にたくて死んでるわけもねーよ!

 めぐみんの物言いに文句をつけたいカズマであったが、そこでふと目についたちょむすけを見て思った。

 ……あれ? そういや、めぐみん、王都にまでちょむすけを連れてきてたっけ?

 

 その疑問に至った時、アーネスの腕を登っていた黒猫が、突然、火を吹いた。

 

「さあ、ウォルバク様、どうぞこちらへ――きゃあああああーっ!!」

 

「うおおおおお!」

 

 炎のブレスを顔に目がけて攻撃され、火達磨となったアーネスが絶叫を上げて地べたを転げ回る。

 同時、縛り上げられて芋虫状態だったカズマの襟首が掴まれ、めぐみんたちの方へ投げ飛ばされる。

 

「――救助成功だ。兄ちゃんは頼んだぞ、めぐみん」

 

 元々アーネスを誘い出さんとちょむすけ´に化けていたとんぬらが、己の得物である鉄扇を抜いて、火を消したアーネスを悠然と見下ろす

 

「よお。この前は挨拶もなしに逃げられたが、この仮面を見忘れたか?」

 

「賢しい小僧……ッ!」

 

「悪いが、今回は見逃すつもりはないぞ。先輩から女悪魔は滅せよと注文を受けているからな」

 

 瞬間、飛び出したアーネスがその勢いを加算して、振り上げた拳を放つ。細腕に似合わぬ剛腕。真正面から迫るそれを、その仮面に直撃間際にとんぬらはわずかに開いた鉄扇を間に差し込み受け止めた。ズン、と圧す衝撃。足元の地面が罅割れ、身体が僅かに痺れる。でも、それだけだ。

 かつては防ぐのに精一杯だった攻撃。けれど、あれから強敵との激闘を経て成長した今のとんぬらには何でもない刺激。片手だけで止められる。

 自分の腕力で吹き飛ばせない、それも小細工もなしに受け切られ、驚いた様子で後逸するアーネス。そこへとんぬらは迫る。今度はこっちのターンだ。

 

「驚くなよ。お転婆な姫さんの方が遠慮なかったぞ」

 

 とんぬらの左足が、凄まじい勢いで跳ね上がった。咄嗟に腕で防御したアーネスの動きは、野生の勘が働いたものか。しかし構わずガードごと一蹴。鞭のようにしなる上段蹴りが、アーネスに炸裂すると、その衝撃で女悪魔は地面の上を二回転して、弾き飛ばされる。

 人間の子供相手に、あたしが力負けしただと……!?

 物理的にも、精神的にも大きく揺さぶられたアーネスだが、すぐに起き上がると即座に反撃の火球を放つ。

 

「『ファイアーボール』!」

 

 ――そこへ割って入る人影。

 

「『鎧化(アムド)』――ッ!」

 

 ダクネスの掛け声に反応し、大剣を引き抜かれたその背負う空の鞘が鎧へと変形。鎧・具足・篭手など兜を除く全身くまなく覆われた、機動性より守備力・耐性重視のフルプレートアーマーを換装した国随一強固な『クルセイダー』の防御力はどれほどのものか。

 紅魔族の鍛冶屋が作製した大作『鎧の魔剣』。それを纏うダクネスは、上位悪魔の中級火球魔法をその籠手を纏った腕で弾いて、霧散させた。

 簡単に自分の魔法を防がれたアーネスはギョッとするも当然だ。何せ、『鎧の魔剣』に使われている材料は、紅魔族の上級魔法ですら通用しない『魔術師殺し』なのだから。

 損壊されたのを解体して加工しているために原本の『魔術師殺し』よりも対魔力はランクダウンしているとはいえ、ダクネスが取得してきた対異常、対魔力、それに物理防護などのスキルは装着している武具にも働くため、上位悪魔アーネスが全力で放った上級魔法ですら耐え抜くだろう。

 

「『ヴァーサタイル・エンターテイナー』!」

 

 身を盾としたダクネスの背後にいたとんぬらが支援魔法をかける。

 その芸達者になれるほど器用値が底上げされたダクネスは、攻撃を当てられる真っ当な上級騎士として攻勢に出る。大振りだが、確実にアーネスを捉えているその剣撃を受け、その肌を大きく斜めに袈裟切り。そのダメージは、とんぬらの蹴りに匹敵するほど。

 だが、二撃目からは躱す。残念ながら大剣スキルを習得していないダクネスの剣は一動作が大きい。注意深く観察すれば、回避できないものでもない。

 ――そこで、十分なためを入れた詠唱を完了させた『アークプリースト』が声高らかに。

 

「『サンクチュアリ』!」

 

 プリーストの広範囲型聖域魔法。

 『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』よりも劣る中威力の浄化魔法だが、それは光線ではなく場全体に光が迸る広域型。まるで地面自体が輝いているかのような暖かな白い光は、人体に害はなさないが、悪魔には絶大。

 この逃げ場のない浄化、それもレベル1からカンストしている上級プリーストの魔力は、アーネスに阿鼻叫喚の悲鳴を上げさせる。相当な大ダメージ。

 アーネスは血走った目で、聖域の結界を作り上げるアクアを睨み、発動を止めさせんと鋭い爪先を突き刺さんばかりの勢いで指差し、

 

「『カースド・ライトにゃんぐ!?』」

「『宵闇桜』!」

 

 振るう鉄扇が起こす陣風は、春風の精霊『春一番』。その暖かな風は、アーネスを絶妙な加減で肌を撫でて全身をくすぐらせ、上級魔法の詠唱集中を邪魔する。舌を噛み、魔法発動を失敗したアーネスへ、ダクネスが、刃先が地を擦る大剣を思い切り逆袈裟に振り払って、その片翼を斬り飛ばした。

 これで相手は飛べなくなり、機動力が大幅に低下。

 好機と見て、とんぬらは叫んだ。

 

「アクア様、俺に加護を!」

 

「わかったわ! さあ、受け取りなさい我が眷属よ、『ブレッシング』!」

 

 幸運値を上昇させる祝福魔法。

 そのアクアの神聖な加護を受けたとんぬらは、その瞳に青い光を宿らせる。

 それを見たアーネスはゾッとした悪寒が襲う。悪魔族の本能が、次に来る一撃は危険だと警報を鳴らしている。自由に飛べなくなり逃げるのは無理。止めるには、とんぬらを始末するしかないが、

 

「そうはさせん! 『デコイ』――ッ!」

 

 『クルセイダー』の『囮』スキルが発動して、アーネスはダクネスを無視できなくなる。とんぬらを攻撃するにはダクネスを倒さなくてはならず、その壁は上位悪魔でも倒すのが至難である。

 

「見えたッ! 水の一滴ッ!」

 

 そして、とんぬらが空中に『銀のタロット』をサークル上に展開する。

 

「お前に相応しいカードは決まった!」

 

 青い光を爛々と放つ双眸は、展開される札へ視線を走らせ、

 

「信賞必罰の天秤、『正義』」

 

 振るった鉄扇、その短冊と短冊の合間に一枚の札が挟み取られていた。

 

「十字旗飾る喇叭、『審判』」

 

 そして、二枚目。

 

「寛大なる精神、『法王』」

 

 最後は一度、カードを打ち上げて、クルクルと回りながら落ちてくるのを目で追いもせずに鉄扇の僅かな隙間に入れてみせる。

 三枚の札を挟み入れた――『銀のタロット』が装填された鉄扇(つえ)を構え、虹色の魔力光が放出され、詠唱を完了させる。

 

「『パルプンテ』――ッ!」

 

 それは『占い』スキルを取り入れ、さらに精度を上げた奇跡魔法。

 『呪詛を破る凍てつく波動』、

 『十字を描く二回同時行動』、

 『邪悪を払う神聖なる光輝』。

 その三つの効果を複合させて発動する、より完成されたチャンス特技。

 

 

「裁け、『グランドクロス』――ッ!!」

 

 

 まさに神速。

 目にも留まらぬ二連撃が繰り出され……極光を纏う鎌鼬の十字架は、上位悪魔アーネスを呑み込んだ。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 戦闘の騒音を聞きつけて、宮廷魔導士レインを先頭に駆け付けた王国兵が、それに傭兵たちがその終わった光景を見た。

 銀髪の義賊を騙った女悪魔の散り逝く姿を。

 

「あーあ、同じ相手に二度も負けるとは」

 

 不思議と穏やかな表情から零されたそれは自嘲か、それとも称賛を含んだ吐露だった。

 

「でも、良かったよ。あたしは、これで解放されるんだからね。――もう終わり。それで何か言うことはないのかい、人間。悪魔を降した者への儀礼だ、褒美でもなんなりというと良いさ」

 

 しゅうと、煙の噴く音がする。

 血液を撒き散らす不作法はない。確実に命が断たれたとなれば、立つ鳥が如く跡を濁さず悪魔は仮初の肉体を灰へ還すのである

 肉体から蒸気を噴く度に女悪魔の存在が薄くなり、やがては消え行くだろう。

 それに決定的なトドメを刺したとんぬらは、首を横に振り、

 

「……いや、俺からは何もない。俺はその命を断った。ならばこれ以上のことを、あんたから奪う気は起きない。ただ」

 

 パンと手にした鉄扇を手の内に叩く。

 

「義賊の銀髪は取り返させてもらおうか」

 

 強制変化『モシャサス』が、何もせずとも崩れゆく仮初の肉体、その髪の色を染められた銀より、元の赤へ鮮やかに変色する。そう、主と同じ髪の色に。

 まるで死化粧のようだ。

 ふ、とアーネスから笑いが漏れる。

 ふざけたヤツではあったが、悪魔への礼はある。今時では珍しい人間となるのか。今回の召喚は、こんな最後になってようやくまともに悪魔として扱われた。

 

「精々、真実を捻じ曲げられないように気を付けるんだね」

 

 潔く散ることなどせず、負け犬の恨みを吐いてアーネスは消滅した。

 

 

 と、決着がついたところで、

 

「俺一人で十分だー、みたいなこと言っておきながらこの様は何ですか、カズマ」

「私達がたまたま近くを通りかかっていなければ殺されていたところだったぞ」

 

「しょ、しょうがいないだろ……! まさかこっちも『潜伏』が通用しないだなんて思わなかったんだ! この俺としたことが不覚を取ったぜ……!」

 

 拘束魔法にかかったカズマを囲んでの反省会が始まった。

 やれやれ、と腰に手を当てて呆れる様子のダクネスだったが、カズマの側に屈むとその拘束を緩めようと頑張る。けれど、魔法による拘束なのでそれも敵わない。

 解けるのは、解呪魔法の使えるプリーストで……

 パーティの『アークプリースト』であるアクアがススッとカズマに近寄り、ダクネスの反対側に屈み込む。

 

「ところでカズマ。ミノムシみたいな格好だけど、今って身動き取れないの?」

 

「見ればわかるだろ、あの女悪魔の拘束魔法で搦め捕られたんだ。そうだ、お前の魔法で解除とかできないか? 結界解いたり色々できるじゃんか」

 

「私を誰だと思ってるの? もちろんできるに決まってるじゃない」

 

「流石アクア、いざってときは頼りになるな! なら早く解除してくれ、身動き取れないって結構辛いんだよ」

 

 ニコニコとするアクアに嫌な予感がしたカズマは、普段よりも友好的に頼むも、

 

「ねぇカズマ。こんな時になんだけど、私、あなたに謝りたいことがあるの」

 

「……なんだよ、言ってみろよ」

 

「あのね? カズマがいつまで経ってもお城から帰ってこなかったから、暇潰しにカズマの部屋を漁ってみたの。それでね? カズマが作りかけてたフィギュアっぽいの、弄ってたら壊れちゃって」

 

 近々商品にする予定だった試作品を壊すとか何してくれたんだ、と思うも、今の状況が状況だ。仕方なく、

 

「い、いいよそんなの、また作ればいいんだし。謝ってくれれば気にしないさ。それに今回は俺も迷惑をかけちまったからな。それでチャラとしよう。だから、早く拘束を……」

 

「許してくれるの? なら、他にもあるんだけど今のうちに全部言っちゃうわね! 実はその時、どうせこの部屋使ってないんだからいいわよねって思って、カズマの部屋でお酒飲んだの。ほら、カズマの部屋にはクーラーがあるし快適じゃない。それに自分の部屋だと、飲み終わったらおつまみとかお酒の瓶の掃除が面倒で……それで、その時に酔っ払って、他にも色々壊しちゃったり。そうね、カズマの部屋にクーラーをちょっと無理やり私の部屋に移そうかとしたら、ね?」

 

 なにが、ね? だ!

 表情だけは申し訳なさそうな顔をして、ちょこっと指先だけ合わせた拝みポーズで、媚びでも売るようにアクアはあざとく小首を傾げ、

 

「ごめーんね!」

 

 張り倒してやりたい。

 足を引っ張ってしまったので我慢しようかと思っていたが、そろそろ懺悔を聴くのも限界が来たぞ。

 だが、迷惑をかけたのはアクアだけでなくて、

 

「い、いいさ、俺とアクアの仲じゃないか。帰らなかった俺が悪いんだしな! さあ、それより早く、この拘束を……」

 

「ほう。今、あらためて気づいたが……!」

「これは、また随分と楽しそうな状況ですね!」

 

 ダクネスとめぐみんもニヤリと表情を歪め……

 

 

 ――現場に駆け付け、一部始終を見たレインへ、とんぬらが偽賊アーネスの討伐の報告をしていた。

 

「……というわけで、前回、王城を襲撃したのはアーネスで、それも義賊のニセモノを演じていたということになりますレイン殿」

 

「そうですか。ご苦労様です、とんぬら殿。あなたのご活躍でアイリス様を脅かす悪魔を退治することができました。感謝します」

 

「いえ、今回は俺だけじゃなく……」

「助けてぇ!」

 

 悲鳴が上がった。

 話し合っていたとんぬらとレインは声のする方へと顔を向ければ、カズマを見下ろすダクネスとめぐみんが実に楽しそうに、

 

「助けてぇではないだろう! ほら、言ってみろ! ここ最近調子に乗ってすいませんと言ってみろ! この私に迷惑ばかりかけてごめんなさいと言ってみろ! 恥をかかせてごめんなさいと言ってみろ!!」

「ごめんなさい! 迷惑かけてごめんなさい! 恥をかかせてごめんなさい!!」

「カズマの口からもう一度、あのセリフを聞かせてください! ほら、あの時の格好良いセリフを! 何点ですか? 私の爆裂魔法は何点なんですか?」

「止めてくれ! ああいうのは一回しか言わないから良いんだよ! 何度も言わせるなよ恥ずかしいから!」

「いいから言ってください、ほらほら、恥ずかしがってないで言ってください!」

「ふはははは、たまには逆の立場というのも良いものだ! さあ、続いては……!」

 

 本当に何なんだ……?

 レインは魔王軍幹部も撃破した腕利きの冒険者と名が通っているカズマが、パーティにイジメられてる光景に戸惑いを禁じ得ない様子で、とんぬらも困った調子で頬を掻いて応じる。

 

「とんぬら殿、カズマ様はいつもああなので?」

 

「あー……そうですね、あのパーティなりのコミュニケーションです」

 

 濁した感じだがそうフォローを入れると、頼るのを遠慮したこちらへ涙交じりの救援を求める声が。

 

「とんぬらー!! 助けてくれー!!」

 

「世話の焼ける、兄ちゃんだなあ」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「ああ……、くそっ! くそっ! くそおっ! どうして思うように動かない!」

 

 邪魔な宮廷魔導士が外の騒ぎを聴きつけて出ていったのを機に、金で雇った傭兵共に人払いをさせるとすぐに寝室へと向かった。

 自分の寝室の地下にある、隠し部屋。余程の悪魔でも契約者に刃向かわせぬよう、高い金を出して買い揃えた魔法の封印の数々によって、何重にも対悪魔の封印が施された地下室で、屋敷の主アルダープは、“本物の義賊”の到来から逃れんと引き籠る。使用人さえ知らないこの場所ならば、安全だと高をくくって……

 

「悪魔というのは皆こうなのか! 役立たずの害虫なのか!!」

 

 鬱憤を喚き散らす。

 この地下室の声は誰にも聞こえない。

 どんなに助けを求めても、聞こえる事は無い。元々は、気に入った娘を攫って来た時に、それを嬲るために作った場所だ。どれだけ叫ぼうとも、外に声が出る事は無い。

 だから、ここに閉じ込めている悪魔たちが留守である以上、反応が返ってくることは決してないのだ。

 

 

「そうだねぇ。悪魔が害虫だというのには同感だよ。それ以外では全く気が合いそうにないけど」

 

 

 その声は、アルダープには聞き覚えのないもの

 最初、それが幻聴であると疑い、否、そうであれと信じた。しかし、神も仏もない。そこにあるのは、悪に無慈悲な銀髪の義賊――

 

「『バインド』」

 

 アルダープが振り向くよりも早く、拘束スキルが身体を縛り上げ、足がもつれて転ぶ。強かに顔面を打ち、鼻血が漏れるも叫ぶ。

 

「どうして、ここがわかった!? ワシは誰にもこの場所は教えてないはず……!」

 

「いやあ、これが初見だったら『宝感知』があっても探すのにもっと手間取ったろうけど、私には地図要らずの後輩君がいるからね」

 

 地形知覚魔法『フローミ』。

 大地と一体と化しているかのような超級モンスター『宝島・玄武』と召喚獣契約して思いついた魔法。人工物の中だろうと大自然の中だろうと、地形構造を自らの身体の一部であるかのように把握するそれは、この隠し工房さえも事前調査の時点で判明していた。

 

「これまで色々と貴族の隠し部屋を見てきたけど、これほど悪趣味なのは初めてだよ」

 

 身動きが取れず、うつ伏せに倒れているアルダープにその顔は見ることはできず、向けられた手にも無抵抗であった。

 

「『スティール』」

 

 盗難防止に護符を装備していたというのに、義賊の『窃盗』スキルは一発でアルダープから目当ての神器を取り上げた。

 

「っ、返せ! それはワシの物だぞ!」

 

「いいや、この所有者に選ばれてなんかいないし、君のような人間に持たせておくわけにはいかない」

 

「わかった! 金ならいくらでもやろう! だから、それだけは!」

 

「これで反省すると良い。犯してきた罪を悔い改めるんだ。さもないと、地獄に落ちることになるよ」

 

 喚くアルダープを無視して、目的を果たした義賊は踵を返す。この気持ちの悪い空間から一刻も早く立ち去りたい。

 隠し部屋にアルダープは拘束されたまま放置され、誰かの救助なしには出られない。そして、暴かれた隠し部屋もそのままで。

 

 

 ――しかし。

 

 

 翌日、不正の証拠を送り付けられた警察が屋敷に訪れた時、拘束から解放されていたアルダープは何食わぬ顔で応対し、動かぬ証拠であった隠し部屋はたった一夜で埋められていた(なくなっていた)

 他の不正の証拠もあやふやなままに処理されて、上位悪魔のことも何の関わりはなく、むしろ第一王女と同じように“屋敷を襲撃された被害者”であることになった。

 

「ヒュー、ヒュー、アルダープ、仕事をやって来たよ! あれ? こんなところで寝転んでどうしたのかい?」

 

 そう、使役している悪魔は、一体だけではなかったのである。

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 鎧の魔剣:ダイの大冒険に出てくる武具。伝説の名工が造った、鎧の機能を一体化させた剣。『雷系以外の攻撃呪文が効かない。オリハルコンの次に硬い金属』で造られており、魔王のイオナズンも無効にしてしまうほどに高い。しかも腹部には噛みつき攻撃の出来るギミックや、損傷を自動で修復する便利機能もあったりする。

 作中では、紅魔族の鍛冶屋が、『魔術師殺し』を材料にして造ったダクネスの新装備。




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