この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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59話

『巷を騒がす義賊とやら。この俺が捕まえてやる』

 

 第一王女を狙ったこの襲撃者に奮起する冒険者がいた。それは客人として王城に招かれたサトウカズマ。

 妹分なアイリスを狙ったこの犯行に彼は義憤に駆られ、自らその捜索に協力すると名乗り出た。

 

『アイリスを狙ったことも許せんが、ほら、俺は貴族のダクネスと親しい間柄だろ? そんな俺からすると、その貴族から盗みを働く偽賊とやらを放置すれば、ダクネスの家が狙われるかもしれないし』

 

『お、おいっ! 当家は、義賊に狙われるような後ろ暗いことはしていないぞ! だいたい、正義漢とは無縁のお前が、どうした風の吹き回しだ? 一体何を企んでいる?』

 

 ……で、カズマの本当の狙いとは、強制的に帰らされそうになるところを義賊捕縛に協力するという理由で、このまま城に居座ることにある。

 義賊を捕えられればそのあかつきにまた王城で養ってもらえるだろうし、褒美も出るに違いない。捕らえられなくても、捜査が長引けば長引くほどにアイリスと一緒にいることができる。

 はずだったのだが……

 

『分かりました。ではカズマ殿にはこの後、これはと思う貴族の家に泊まり込み、そのまま張り込んで頂きます。そして、もし本当に賊の捕縛が出来たなら、城への滞在も考えましょう』

 

『……えっ? クレア、俺は城にいた方が良くないか? ほら、魔王幹部ですら倒している俺達が城に留まれば義賊の奴にアイリスを指一本と触れさせたりしないはずだ』

 

『それは、結構。王城の守護は我々騎士団が万全の警護を固めます。レインも結界を新たに強力なものに張り替えておりますし、それに知勇兼備のとんぬら殿がおります。ですから、カズマ殿は王城を離れて存分に捜査をなさってください』

 

『と、とんぬら! お前、俺のポジションを……!』

 

『いや、奪ってないからな。俺も街に出て、捜査していくつもりだし。ただ拠点は王城にして欲しいと頼まれただけで。ほら、一応、今の俺は宮廷道化師だから』

 

『じゃあ、俺も宮廷道化師をやってやんよ! おいアクア、お前の宴会芸スキルを教えろ!』

 

『はあ、何言ってるのカズマ? ちょっとスキルを覚えたくらいでそう上手くなるはずがないでしょ。芸の道は一日にしてならず。日々の努力が芸を熟達させるのよ。それよりも、カズマは面倒ごとに首突っ込まないと死んじゃうの? こんなことに私たちまで巻き込むだなんて。仕方ないから協力してあげるけど、もう私の事をとやかく言えないわね。まったく、カズマはまったく』

 

『本当ですよ! これからは、私達の事を厄介事ばかり引き起こすトラブルメーカー呼ばわりはできませんね! まあ、私達は仲間なのでもちろん見捨てず協力してあげますが!』

 

『というわけだ。カズマ殿は城の外で頑張ってくれ。……皆も、カズマ殿への協力は惜しまぬように!』

 

 

 レギュラー入りしようと自分を売り込んだら、一軍どころか二軍落ちした。そんな感じにカズマはパーティを連れて、悪い噂の絶えない『アクセル』の悪徳領主アルダープの別荘へと向かった。

 

 そして、とんぬら達は晩餐会から次の日、早速捜査に王城を抜け出して、とある喫茶店に赴いた。

 朝食は城で頂いてきたので、とんぬらとゆんゆんはコーヒーと紅茶を頼んで席につく。

 

「これは捜査とは関係のないことなんだが」

 

 と前置きを入れる。

 

「なに、とんぬら?」

 

「姫さんと仲良くしてやってくれないか」

 

「え?」

 

「わかりやすく言えば、友達になってほしい」

 

「ええええええっ!?」

 

 悲鳴を上げると予想ができていたので、発言してすぐとんぬらは手で耳を塞いでいた。予めここに消音魔法『サイレント』の結界を張るように頼んでおいて正解だった。それでひとしきり騒いだのを待ってから、

 

「落ち着いたか?」

 

「う、うん……」

 

「それで、姫さんと友達になれそうか?」

 

「ちょ、ちょっと待ってそれは! お友達になるなんて、私にはハードルが高いわよ!」

 

 それは王族と友達になる事か、それともゆんゆんから友達になる事か。

 

「わかった。じゃあ、まずは話を聞いてくれ」

 

「うん」

 

「兄ちゃんが言っていた。『親御さんが留守の間、寂しく過ごしていた女の子と遊んであげた』というのは、あながち嘘ではない。姫さんは周りが遠慮して全力で遊んでくれない。王族だから仕方ないと頭では納得しているんだろうが、やはり我慢しているのだろう。大人げなく全力で勝ちに行く兄ちゃんが、“お兄様”と懐かれていたのもきっと遠慮なくワガママを言える相手だからだ」

 

「そうなんだ……」

 

「それで、義賊の捕縛に兄ちゃんは離れた。別れを惜しんで、ダクネスさんに無理を言って晩餐会を開くほど姫さんは兄ちゃんを慕っている。それが離れ離れとなったんだから大層寂しい思いをしているに違いないだろう。だから、ゆんゆんが姫さんの相手をしてくれたらきっと周りの人も喜ぶと俺は思う。これは、歳が近いゆんゆんにしかできないことだ」

 

「私にしか、できない……で、でも、それならとんぬらはどうなの? 宮廷道化師で、カズマさんのように一緒に遊んでいたんでしょ?」

 

「ああ、そうだな。でも、アレは遊んでいたというよりは、競い合っていたという方が正しいな。ゆんゆんとめぐみんのような関係に似ていると言ってもいいか?」

 

「私と、めぐみんの?」

 

「この一週間、何かと姫さんは俺に勝負を挑んで、それを俺はコテンパンに負かせてきた」

 

「とんぬら、あなた王城で王族相手に何をやってたのよ!」

 

「まあ、それも姫さんからのご要望だからだ。遠慮は無用、全力で相手してくれってな。ゆんゆんも勝負事でめぐみんが手を抜いたりなんかしたらイヤだろ?」

 

「それは、わかるわ。そんなので勝っても全然嬉しくないもの」

 

「理解してもらえたようだな。そんなわけだから、壁でありライバルである俺に、姫さんは心情的にあまり頼りにしたくはなかろう。俺としても兄ちゃんと離れて消沈している今の姫さんとは勝負をしたいとは思わないしな。だから、ゆんゆんだ」

 

「私?」

 

「親しい付き合いをするなら互いに共通したものがあると良いと言うが、姫さんとゆんゆんは境遇が重なっているのが多い。まずは、友達作りが上手くいっていない……そんな、ひとりがいかに寂しいか、紅魔族の流儀に馴染めず里で孤立していたゆんゆんは自分のことのようにわかるはずだ」

 

「うん……」

 

「そして、ライバルにどうしても勝てない悔しさを、学校時代、めぐみんに連敗し続けたゆんゆんにはよくわかるはず」

 

「待って、私、この前、めぐみんと勝負して勝ったんだけど!」

 

「それで初勝利だろう。それにそれなら尚更いいことではないか。ゆんゆんの連敗脱出の成功談を姫さんに語ってやると良い。どうだ、話が合いそうだとは思わないか?」

 

「うん……。とんぬらに言われてみると、段々……そんな気がしてきたわ」

 

「そして、姫さんは冒険者の胸躍る冒険譚がお好きだ。もし会話が行き詰まったりとかしたら、里を出てからの話をすればいいだろう。きっとゆんゆんの話に食いついてきてくれるはずだ」

 

「私の話に、食い付いてくれるの……?」

 

「姫さんは聞き上手だ。それに、同性にしか話せないこともあるだろう? ゆんゆんの好きな“女子会”というのだ。実は、クレア殿やレイン殿と話し合って、今日の夜からゆんゆんが姫さんと一緒の部屋で夜を共にするようになっている」

 

「とんぬら、そんないきなり……! ちょっと心の準備が……」

 

「遠慮するな。警備の都合上、高レベルの『アークウィザード』で『テレポート』の使えるゆんゆんが姫さんと一緒に行動するのはとても助かる。それに貴族ではなくても、ゆんゆんも族長の娘だ。むしろ貴族ではないのだから、変に気を遣う必要もない。……だから、俺はゆんゆんに友達になってほしいと思っているんだ」

 

 とんぬらは己の意見を述べ終わると、コーヒーを口に含む。ゆんゆんはすーはーすーはーと何度か深呼吸をして、それから紅茶を飲んでから、うん、とひとつ頷く。

 

「……とんぬらは、参加しないの?」

 

「俺がいたら女子会とはならんだろ。それに年頃の男が夜中に第一王女の部屋にいるというのは問題だ」

 

「そうよね、うん……わかったわ。頑張ってみる」

 

 机の下で、グッとガッツポーズを取るとんぬら。

 ゆんゆんやアイリスには悪いと思うが、この提案、とんぬらにまったくの打算がないわけではない。こうして、夜中に二人が一緒でいるとなれば、とんぬらはわりと自由に行動することができる。――そう、怪盗として。

 

「それで、とんぬら、捜査ってどんなことをするの?」

 

「ああ、実は今ここで、情報屋というか協力者を待っているんだ。餅は餅屋、盗賊の事は盗賊に訊けってな」

 

 そこで、話しがついたのを見計らっていたのか、ちょうどタイミング良く、待ち人が消音魔法の結界に踏み入った。

 

「やあ、とんぬら君、それにゆんゆんさん」

 

「クリスさん!」

 

 それは、『アクセル』で出会った『盗賊』の女冒険者。ゆんゆんともクエストを協力したことのある知り合いのクリスだ。

 

「どうして、クリスさんが王都に……?」

 

「ゆんゆん、クリス先輩は、情報通の『盗賊』だぞ。拠点は『アクセル』にしていても、王都に足を伸ばしたりして、情報収集に力を入れておられる」

 

「そうだよ、ゆんゆんさん。それで、偶々、とんぬら君に会って、今回のことを相談されてね。清く正しい正義の盗賊として、人間の魂掠めとったり嫌がらせすることしか考えてない、人々の悪い感情すすってかろうじて存在している、そんな人類の寄生虫みたいな悪魔が義賊を騙るのは許せないからね。是非、今回の捜査に参加させてもらったんだ」

 

 と昨夜、後輩を縛り上げた先輩はヤル気十分のようである。

 

「だそうだ。この王都の街の裏街道まで知っているクリス先輩は、騎士団筋では得られないような情報を提供できる。そして、ゆんゆん、昨日も犯人像を予想していたが……」

 

「ニセモノの義賊……女悪魔アーネスの契約者が、貴族の人って話よね?」

 

「ああ。これはクレア殿らには言い難かったが……契約者は貴族(みうち)だろう。それも、義賊に狙われるような悪徳貴族だ。それで、クリス先輩にあまり噂のよろしくない、義賊に狙われそうな悪徳貴族のリストを昨日クリス先輩に頼んで作ってもらった」

 

「はい、これだね」

 

 クリスは、ショートパンツの尻ポケットから折り畳まれていた羊皮紙の束を取り出した。紙には、あまり人相や雰囲気のよろしくない悪代官な貴族の顔写真やその名前がズラリと並び、その対象に関する街で集められた民の悪い噂まで記載されていた。凄い気合の入れようだ。まるで閻魔帳のようである。

 ここまで詳しい資料は、大貴族のクレアでも知っていても教えてくれないだろう。

 

「す、すごい……とんぬらが頼んでから集めてくれたというけど、こんなびっしりと詳細な情報を、一日かからずまとめるなんて……!」

 

「へっへーん、あたしもやるでしょゆんゆんさん」

 

 当然ながら、仕事が早い。だって、この先輩、本物の義賊だし。義賊の狙いそうな情報と言われてこの世で一番知っているに決まっている。自作自演で自慢ぶっているけど、子供っぽいというか……

 

「んー? 何か言いたいことがあるのかなー、後輩君?」

 

「ゆんゆん、クリス先輩は情報通だからな。ええ、流石ですクリス先輩」

 

 先輩の太鼓持ちでクリスをよいしょをすると、とんぬらは羊皮紙を顔写真が、対面のゆんゆんに見やすように机に並べる。

 

「それで、ゆんゆん。この中に、昨日の晩餐会で、俺や姫さんを気にしていた人物はいないか?」

 

「まず、この泥棒猫」

 

「ドネリー家のカレンさんね、はいはい」

 

 ゆんゆんが自信をもって最初に指し示した写真をあっさりと除けるとんぬら。もうそのナチュラルに吐かれた泥棒猫発言にも意図的に突っ込まない。

 

「え、どうして、容疑者から弾くの?」

 

「普通に考えろ。悪魔の契約者が、その悪魔の敵となるような冒険者をあんな積極的に勧誘すると思うか?」

 

「それは、その……一度雇って誘い出してから罠に嵌めるとか?」

 

「可能性としてはありうるが、だとしたらあんな人の多い晩餐会の最中に誘いをかけたりしないだろう。目立ちすぎる。雇われてすぐに俺がいなくなったら真っ先に疑われるぞ」

 

「ええ! その時は私が……!」

 

「はいはい、ゆんゆん次だ次」

 

 再燃して脱線しかけそうだったので、とんぬらが強引に修正させる。

 そうして、とんぬらが目立つようパフォーマンスをしていた傍らで、密かに容疑者候補をチェックしていたゆんゆんは、考え込みながらも一枚一枚顔写真を選別していく。

 その中にはとんぬらが直感的に最有力の容疑者としていた男もいた。

 

「アルダープ領主も、俺の芸にご執心だったとはね」

 

「ううん。とんぬらの芸というか、とんぬらのことを見ていた感じだったわね。皆が盛り上がっていた時も全然拍手とかしてなかったし……」

 

「そうか。まあ、元々、悪い噂が絶えない悪代官だからな。それに臭かったし。義賊も目をつけていたと思いますが……どうですか、先輩?」

 

「そうだね。悪評ばかりで当然チェックを入れてるんだけど、あそこの屋敷は何だか嫌な予感がして、ずっと避けてるんだよ」

 

「ずっと避けてるって、何だか貴族の屋敷にしょっちゅう侵入している習慣があるような言い方ですね」

 

「ぶはっ! けへ、けへっ……!」

 

「ゆんゆん、クリス先輩はとても優秀な盗賊だ。だからつい職業病で実際に盗みに入るわけじゃないにしてもイメージしたりするもんだ」

 

 うっかりドジする先輩の咳き込む背中を摩りながら、すかさずフォローを入れる。

 

「そういうものなの?」

 

「ほら、爆裂厨なめぐみんが標的に良い硬くて大きくて破壊し甲斐のある物を探し回る習性と同じだ」

 

「あー……クリスさんって実はそういう……」

 

「ねぇ、後輩君。フォローしてくれたのは助かったけど、ゆんゆんさんから残念そうなものを見るような目を向けられるようになったんだけど?」

 

「先輩がわりと残念なのは弁護しようのない事実だと思われますが――痛てっ!?」

 

「後輩くぅん? あたしのことちゃんと敬ってるんだよねぇ?」

 

「そういうドジなところも先輩の魅力だと思いますよ!」

 

 何というかどうにもクリスには畏れ多くて低頭な姿勢になってしまうとんぬら。にじり寄り脇腹を抓るクリスにとんぬらはたじろぎながら弁舌を振るう。

 その傍から見たら男女いちゃついているように見える先輩後輩のコミュニケーションに、対面の少女はじとっと瞳を薄らと紅く……

 

「クリスさん、とんぬらと仲が良いんですね?」

 

「え、そりゃまあ、可愛い後輩だからね。ついつい構いたくなっちゃうというか」

 

「そういえば、いつからとんぬらと先輩後輩なんて呼び合う関係になったんですか? 冒険者ですけど、盗賊と魔法使いじゃ分野が違うと思うんですけど」

 

「そ、それはまあ、ほら、ね?」

 

 そこでまたフォローを入れてと拝まれても……と思いつつ、とんぬらは口を開く。

 

「冒険者というより一宗教の信仰者としての姿勢で、先輩として敬っている。俺は神主代行で、クリス先輩はエリス教徒と宗派としては違うかもしれないが、当社は女神エリスも祀っているんだ」

 

「え、そうなの?」

 

「教会とは違う形なんだ。神社が祀るのは、一柱だけではない。一神教の教会とは違って、神社は八百万の神を崇拝するもの。そんなわけで、女神エリスを信仰しているし、同時に女神アクアも信仰している。だから、アクシズ教で水の女神の洗礼を受けたことがあっても、神主としてはセーフの範囲だ」

 

「へぇ……そうなんだ」

 

「あまりこの考えは熱心な信者には受け入れ難いと批判されることもあるからあまり口外しなかったんだが」

 

「そうだね。まあ、信仰の仕方は人それぞれ自由があると思うし……(あたしと先輩が一緒に祀られるというのも悪くないしね)……いいんじゃないかな?」

 

「先輩が寛容な方で、ホッとしましたよ。女神エリスと女神アクアは先輩後輩の間柄だと知られているというのに、昔、変態師匠に幸運の女神も信仰していると言ったら『邪教と馴れ馴れしくするハーレムプレイは断じて認めない』と訳の分からん説教をされましたからね。他にも『傀儡と復讐の女神レジーナ』や『怠惰と暴虐の女神ウォルバク』も当社は祀っていたりして――痛っつぅ!?」

 

「ちょっと後でお話ししようか? 先輩とまでは許容できたけど、あまり浮気性なのはよくないと思うよ」

 

「いや、俺は全てに本気で信こ――てててててっ!?!?」

 

 口を滑らし過ぎて、思いきり抓られた。

 あまりよろしくない単語を枕詞にしている女神と同列に並べてしまい、敬虔なエリス教信者から不興を買ったようだ。

 

「というわけで、ゆんゆんさん、とんぬら君とは本当にただの後輩だからね! 特別な感情は抱いていないから!」

 

「そうだぞ、ゆんゆん。クリス先輩は手練れな女盗賊だ。兄ちゃんと初めて会った時はスキル習得で勝負をしたイケイケだからな。男の扱いなんて慣れたものだ」

 

「うん、確かに経験豊富で遊んでるイメージがするわよね、クリスさんって」

 

「ひ、酷いよ君達っ! あたし、まだデートもした事ないんだよ!」

 

「「えっ?」」

 

 その発言に、とんぬらとゆんゆんは意外そうに少し見開いてクリスに視線が集まる。

 

「え、何でそんな意外そうなの?」

 

「あー……そうですね。クリス先輩は、敬虔なエリス信者ですから、欲とかそういうのがないお人だったり」

 

「ううん。あたしだって、女友達と買い物に行ってたくさん服を買ってみたりとか、流行りのお店で美味しいパフェを食べてみたりだとか……。そういう俗っぽいことをしてみたいと思ってるけど」

 

 恥ずかしそうにはにかみながら答えてくれた。

 活発な外見とは対照的に、乙女みたいな純情な性格をしているようである。

 

「はい! 私も、せっかく王都に来たからお友達と行きたいリストにあるお店を回ってみたいと思ってます!」

 

 そして、絶賛乙女な純情娘も手を挙げて賛同。とんぬらも苦笑しつつも流れに乗ることにした。

 変な関係だと疑われたくもないし、ここは交流も兼ねて観光をするのもいいだろう。

 ――本格的に動くことになるのは夜なのだから。

 

「そうですね。粗方情報も絞り込めてきましたし、ここは息抜きに街を巡ってみますか?」

 

「うん、あまり根を詰めすぎるのも良くないしね。ちょうど区切りもいいし、良いんじゃないかな。それでゆんゆんさんがチェックを付けてる店ってどういうのなの?」

 

「え、えと、ノート二冊分くらいにリストがあるんですけど」

 

「数件に絞ってくれ。多すぎるから」

 

 そうして、待ち合わせの喫茶店を出た三人。

 道案内を買って出てくれたクリスに、観光を楽しむゆんゆん、その人付き合いの慣れてない少女と先輩の橋渡しをしてフォローしながら荷物持ちをするとんぬらと、賑やかに王都の時間は過ぎていき……そして、夜の刻を迎える。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「よし、後輩君。基本方針は、悪魔をガンガンヤろうぜね」

 

「それは、義賊や怪盗のセリフではないと思いますよ先輩」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 第一王女襲撃事件から一週間。

 『銀髪の義賊』は、連日貴族の屋敷に忍び込んでは、私腹を肥やして溜め込んでいた財貨を盗み出し、エリス教団の経営する孤児院前に多額の寄付金を置いていく。

 流行している悪評を払拭するかのような義賊っぷりを発揮しており、屋敷で雇っている傭兵や冒険者が全く相手にならず縄で縛り上げられたり薬で昏倒させられていたりしている。

 しかし、誰にも傷ひとつつけたりしない。王国軍を相手に暴れ回った時とはまるで別人のようにお宝だけを鮮やかに盗み出す手腕には、あの乱暴極まる襲撃は義賊を貶めようとする模倣犯ではなかったのかという噂話が実しやかに王都に囁かれている。

 

 一方で、王城の方はと言えば、あれから襲撃を仕掛けられるような事態はなく、至って平穏であった。

 

「そ、それで、貸し切った教会であの人はゆんゆんさんに何をしたのですか……っ!?」

 

「えっとねアイリスちゃん。とんぬらは、私に花嫁のつけるヴェールを被せてから、結婚できる歳になった機会にこの予約させてもらおうか、って指輪を薬指に嵌め直したの……っ!」

 

 ……最初はゆんゆんも打倒とんぬらと目標を掲げてゲームの特訓相手に付き合いつつも、冒険譚を話していたのだが、いつからかプライベートな恋愛談に熱中していた。

 

「私も指輪を持ってますよ。将来を約束した方に捧げるんです! そう、これですっ!」

 

「アイリス様、それはあまり人に見せるようなものでは……」

 

 部屋にはお目付け役としてクレアやレインもいるのだが、先日の客人(カズマ)がした話よりはマシ、甘酸っぱく年相応なやり取りだと許容している。それに無理やりにお兄様と離れ離れにしてしまい落ち込んでいたアイリスがとても楽しげである。……ただ適齢期を迎えている独身女性にはやや寂しくなる話題ではあるも。

 

「それから! 指輪を嵌めてから最後までしたんですか!」

 

「うん、それはとんぬら、予行練習だって終わりにしようとしたんだけど」

 

「何ですかあの人! そこまで盛り上げておいてヘタレたんですか!?」

 

「どっちかって言うと私がそこであわあわとしてたからなんだと思うけど、それってやっぱり私の事を大事にしてくれてるんだなーって、そう考えちゃったら、なんかもう『予行練習でいいの?』って、訊いちゃって!」

 

 そして、この赤裸々な話をしていることをとんぬらは知らない。ゆんゆんからあれやこれを聞いた第一王女に笑顔でそのことを暴露されるまで。

 とはいえ、だいぶ打ち解けてきていた。最初は距離感が掴めずお見合いのように緊張して固まっていたゆんゆんであるも、彼女も魔王軍の幹部などと言った強敵を相手に戦ってきたり伝説を作ってきたりしている話題豊富な『アークウィザード』、そして、様々な冒険者から話を聞いてきた聞き上手のアイリス。たどたどしくも冒険譚を語るゆんゆんを、ほうほうと相槌を打つなど反応しながら聞いてくれるアイリスに少しずつ声の調子を上げていく、要は自信を持っていき、

 でその強敵の戦いの最中にある極大消滅魔法の共同作業など他の冒険者にはないような桃色な部分にお姫様はとても関心を示し、そこのところを重点的に抜粋してもらうようお願いしたら、この現状に至っている。

 

 後に全てを見通す悪魔の予言通り、『ラブラブ・メドローア』が世界三大(ネタ)魔法のひとつとして王国の歴史に載るきっかけになることをゆんゆんは未だ知らない。

 これは第一王女が二人の仲を純粋に祝福して父の国王に進言したもので悪意というのはまったくないのだが、黒歴史の道は善意で舗装されているのであった。

 

 そして、話し込んでいる内に時刻はもうすぐ深夜を回る頃、就寝する時間だと家臣たちが促した時、アイリスがこの最近の日課にしている、いつも大体今頃に届けられる報告をせがんだ。

 

「それで、今日も義賊は貴族の屋敷に忍び込みましたか?」

 

「はっ! 義賊は本日チャゴスの屋敷に侵入して騒ぎを起こし、そこにあった不正の証拠をエリス教の修道院の前に財貨と共に置いていったと先ほど部下から報告が入りました。今も王都の騎士団と警察が全力で捜査に当たっていますが、何の手掛かりも掴ませずに逃亡を許してしまい……申し訳ございませんっ、アイリス様! しかし、この王城の警備は万全でありますからご安心を!」

 

「そう、それで怪我をした人はいるのですか?」

 

「いえ、今のところそのような報告はありませんが」

 

「ならいいでしょう。我が国に不利益はなく、不当な資産が民に還元されているのですから……それにしても、この前、私を襲ってきたときとは随分と違うのですね」

 

 アイリスは微笑しながらそこを指摘する。クレアとしても苦い顔をしながらもそこを否定することはできない。

 

「部下からの報告を聞いていますが、どうも手口がこの前とは別人のようで……」

 

「でしたら、別人なのではないですか? どう思います、ゆんゆんさん?」

 

「えっ……う、うん、アイリスちゃんが狙われたときのことはとんぬらから話を聞いてるだけだけど……。やっぱり『銀髪の義賊』とは別人なんじゃないかなって」

 

 話を振られ、その反応をじっと見つめるアイリスにやや狼狽えつつもゆんゆんは自分の意見を述べる。

 

「そうですか。では、一週間前の悪魔は、義賊とは別の……」

 

「私は『銀髪の義賊』を噂話でしか知りませんが、“その子分”とは会ったことがあるわよね、クレアもレインも。それと関わり合う義賊なのだとしたら、この最近、盗みを働いている方が本物だと思います」

 

 そこで部屋の外で騒がしい音。

 廊下から息を切らし駆け出すメイドがこの第一王女の部屋に入ってきた。

 

「何事か! ここはアイリス様の部屋だぞ!」

 

「申し訳ございません! でも、急ぎクレア様にご報告をと思いまして!」

 

「クレア、怒らないで? それで、何があったのか教えてちょうだい」

 

 第一王女の言葉に、メイドは、クレアとレインへ『話していいものか?』と視線を振り、頷かれたのを見てから、その一枚のカードを差し出す。

 すると、レインはハッとして、

 

「つい先ほど王都中にこのようなカードがばら撒かれていまして……」

 

「これは、前に私の屋敷に送られてきたのと同じ……予告状です!」

 

 その言葉にクレアはレインと同様に表情を険しくし、アイリスは面白げなイベントだと笑みを作り、ゆんゆんは話題についていけずにきょとんとする。

 

「『準備運動は終わりましたので、明日の夜、アルダープ男爵に売られた喧嘩を買い取りにまいります』、と……!」

 

「まあ! 確かそこは今お兄様がいる屋敷ですよね!」

 

「え、それじゃあ、めぐみんが張り込んでいたところに本当に……」

 

 アイリスは招待状を受け取ったかのように目をキラキラとさせて、

 

「ねぇ、私もそこへ行ってはダメですか?」

 

「いけません! これは、こちらを誘き出すための罠なのかもしれないんですよ! 警備が手薄になったところをまた襲撃を仕掛けてくれば大変です!」

 

 護衛騎士のクレアから猛反対され、アイリスはしょんぼりと気落ちする。それに家臣は心痛めつつも、王女の為を想って諭す。

 魔王軍との防衛戦で待機させておかなくてはならない戦力もある。王城の警備も考えれば、一貴族のために無駄な人員を割くのは控えたいというのが護衛騎士としての考えだ。

 

「アイリス様は、どうかお城に留まりください。アルダープの屋敷へはダスティネス卿にサトウカズマら腕利きの冒険者のパーティが泊まり込んでいます。王国軍からも屋敷の警護に騎士を送りますので」

 

「でしたら――レイン、あなたも行ってきてくれませんか?」

 

「私が、ですか」

 

 指名されたお付きの宮廷魔導士は第一王女の意図を窺うと、

 

「明日の夜、そこでどんなことがあったのかを私の代わりに見て、私に教えてほしいんです」

 

 なるほど、と理解し、大貴族にして同僚のクレアへ目配せする。渋い顔からすると叶えてあげたいが、安全面を優先すべきかと悩んでいるようで、それにアイリスは、

 

「以前、同じ経験のあるレインならできる助言もあると思いますし……あとレインがいないのは不安ですけど……ゆんゆんさんがいますから」

 

「えっ?」

 

 王女から水を向けられ、ゆんゆんはわたわたと戸惑う。

 けれど、家臣たちの目にはすぐに理解の色が浮かぶ。

 高レベルの冒険者、最強魔導士一族である紅魔族の『アークウィザード』。その優秀な族長の娘。歳は若いが実力が本物なのはこの数日で魔導兵との調練等で把握しており、数多の冒険難敵の修羅場を超えてきていて経験豊富で、

 

「私が、レインさんの代役!? そんなのいくら何でも……」

 

「お願いできませんか? ……その、お友達が傍にいたら心強いですし」

 

「いくらでも任せて、アイリスちゃん! 友達の頼みを断るわけないじゃない!」

 

 ゆんゆん自身もやる気は十分のようだ。一言で陥落してしまうチョロい娘であるも、紅魔族の次期族長。その実力が折り紙付きであるのは間違いない。一夜くらいならば宮廷魔導士であるレインの代役が務められるだろう。それに王女自身も所有者をあらゆる呪いや状態異常から守る神器を携帯しているのだ。万全に万全を重ねている守備を敷いている。

 そうして、アルダープの屋敷へ王女側近の二枚看板のレインが率いる警備兵の一隊が派遣。アルダープは最初、自前の傭兵団がいると断ろうとしたが、相手はこの連日同じように腕利きに警護させている屋敷で盗みを成功させているような義賊であり、それに王族からの命となれば折れるしかない。

 

 なお、王城より派遣された応援の中には宮廷道化師もいることを付け加えておく。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「おいこれはどうなっているアーネス!」

 

「はぁ……はぁ……っ、何だ、人間」

 

「マスターと呼べと言っているだろうが! にしても、随分と弱っているようではないか?」

 

「この土地に、結界を張ったのは、駆け出しの『プリースト』なのよね?」

 

「そうだ。『アクセル』に屯っている『プリースト』だぞ。高くても精々レベルが20かそこらの、それも昼間から飲んだくれている酔っ払い『プリースト』が張った落書きみたいな結界なんぞに弱っているのか?」

 

「くっ……! どうなってる。この力、本当に駆け出しなのか……!?」

 

「ちっ、上位悪魔がこれほど脆いヤツだったとは。ララティーナがいるから、マクスを、命を与えて屋敷の外へ追い出し…避難させてやったはいいが、王女が持つ神器の守護で計画が遅れていると言うし。ふん、まあいい。ララティーナがいるまで…あの駆け出し冒険者共が出ていくまでは大人しく地下室に匿っておこうと思ったが、変更だ」

 

「なに?」

 

「義賊を貶めるんじゃない。殺せ。盗っ人風情がワシの屋敷へ予告状を出してきた。不届き者が侵入してきたのなら、やれ。ワシの神器を盗まれる前に、消すんだ!

 そして、目撃者もいるなら始末しろ。ワシが悪魔を飼っているなど絶対に知られるな! 知られるくらいなら自害しろ! いいな!

 義賊を殺せれば自由にしてやる。こんなマクスにも劣るような下位以下の最下位悪魔なんぞ、ワシにはいらんからな!」

 

 ………

 

「くそっ……! なんで、あたしがこんなフリなんかを……! しかも、上位悪魔のあたしを最下位だと……! ふざけるな! あんな愚かな人間、魂ごと焼き尽くしてやりたいというのに……だが、だめ。奴は、あの方のものだ。それを横取りするような真似は、あの方のお怒りを買う。それだけは、だめ。もうあたしは名前を知られてしまっている。死ぬよりも恐ろしい目に遭う。ああ、くそくそっ! 折角あの方がいないチャンスなのにこれじゃあ逃げられるだけの力もない……っ! 一体何者だこのふざけた結界を張ってくれたのは!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 アルダープの屋敷に護衛として泊まり込んでから一週間。

 

 王都で幅を利かせている国教のエリス教を駆逐してやると出歩き、布教活動という迷惑行為を繰り返すアクア。

 連日城の貴族たちに誘われ、貴族としての交流を深めているダクネス。

 デートなどと称してこちらを連れて行き、傍迷惑な日課の爆裂魔法をぶっ放すめぐみん。

 

『メイドさーん、メイドさーん! いつものマッサージを頼むよ! あ、今日の晩飯は白毛和牛のステーキがいいな。それと、注文しておいたキングサイズのベッドとふかふかの羽毛布団が届くから、俺の部屋に設置しといてくれー!』

 

 そして、カズマもいくらでも滞在しても構わないという主からの許しを得たことで、悠々自適にリッチな生活を満喫している。

 巷では連日、義賊が屋敷に盗みを働いているようだが、他所の話。まず最も印象の悪いアルダープの家を選択したのだが、どうにもスルーされている。

 

『ふっ、これはきっとこの前さらにパワーアップした我が爆裂魔法に恐れをなしたに違いませんね!』

『ここ悪魔臭いから私が結界を張っておいてあげたから! これで、女悪魔も近づいてこれないはずよ!』

 

 とパーティのめぐみんとアクアはプラス思考である。まったく当てが外れていても、疑った領主様に謝罪する気など皆無で、使用人に武勇伝を無理やり語り聞かせたり、主人秘蔵の酒に飲んだくれたりしている。

 それに疫病神を抱え込んでしまったと嘆くようアルダープは日に日にやつれていき、ダクネスもあまりの申し訳なさから部屋の隅で小さくなっているという。

 

 うん、困った。

 これだけ悪評ばかりのアルダープが狙われていないのはどういうことだ。ここで都合よく義賊を捕縛し手柄を挙げ、それを土産に城へと戻る計画が……

 いや、このまま本当に義賊が来なかったら俺達とんでもなくダメな奴らじゃないか? ちょっと、俺の運が良いという話がどこに行ったのだろう。

 なんて、カズマもやや罪悪感を覚え始め、ちょっとこっちの屋敷に来てくれないかなー、と密かに願い始めた頃だった。

 義賊から予告状が届けられたのは。

 

 

「よーし! お前ら! 俺達がここにいるのはこの最近調子に乗ってる義賊を捕まえるためだ」

 

 アルダープの屋敷にて。

 自分の部屋として確保した一番いい客室で、皆を集めたカズマは、ここはひとつ喝を入れるために、パーティに意思確認する。

 

 ――巷で噂の義賊は単独犯らしい。

 特に評判の悪い貴族の家に盗みに入っては、手に入れた金を孤児院にばら撒く典型的な義賊だそうな。

 しかも、かろうじて姿を捕えた目撃者によると、その賊はかなりのイケメンらしい……というのが、一週間前までの説であった。

 

「義賊のやっていることは犯罪であり、褒められたことではない。正直言って、噂の義賊を捕えるというは気が進まない話だった。

 だが、そいつは王城を襲撃し、アイリス様を狙ったという。それが真ならば、私は断じて許さん」

 

 王女誘拐未遂事件で正体を現した『銀髪の義賊』はなんと、巨乳の女悪魔であった。サキュバス並にエロかったと情報が集まっている。

 

「そうだ。アイリスを襲った義賊の風上にも置けないクソ野郎は、たとえ巨乳の女悪魔だろうと許さん」

 

 キッパリとダクネスと同じように言い放つと、どういうわけかめぐみんが微妙な表情でこちらを見てくる。

 

「本当に大丈夫なんですか、カズマ。この前のシルビアのようになったりしないでしょうね?」

 

「止めろよ、その時の事を思い出させんな本当反省してっから。……で、アクア、お前なんで呑気にあくびしてんだコラ!」

 

 ひとり能天気なアクアを睨むと、逆にやれやれと嘆息された。

 

「あのね、カズマ。この屋敷には女神な私が、わざわざ、悪魔なんて言う害虫が侵入してこれないように、神々しくも神聖な結界を張ったのよ。泥棒なんてやって来れるはずがないじゃない」

 

「お前の結界、バニルのヤツが通っただけで崩壊しちまうような脆いヤツなんじゃねーのか?」

 

「はあっ!? 何言ってるのカズマさん! あんなの自称超強い悪魔さんの強がりに決まってるじゃない! 大体ね、あれでもあいつは地獄の公爵なのよ。私が張った結界の中に入ったら、そんなのはもう夏場の蚊に蚊取り線香をやるように上位悪魔でもぽっくり弱り果てるものなの!」

 

 確かに最上位悪魔の身体が侵入しようとしただけでボロボロになるほどの……いや、待てよ。これはちょっと困るんじゃないか?

 アクアの結界のせいで女悪魔の義賊が入って来られないようだったら、こっちに義賊をとっ掴まえられるチャンスがなくなってしまう。というか、もしかしてこれまでこの屋敷が狙われなかった理由って、アクアの結界のせいなのか……?

 

「おいアクア。ちょっと結界解いてくれ」

 

「ねぇ、本当にどうしたの? なんでわざわざ私が頑張って働いた成果を台無しにしなくちゃならないのよ。面倒くさいんだけど」

 

「これじゃあ義賊が張って来られないだろ。折角向こうから予告状を出してきたんだから、こっちも受けて立つぐらいの気概は見せてやらねーとフェアじゃない」

 

「カズマが正々堂々とか違和感がもの凄いんですけど」

 

「やっぱりそうですか。そんなに噂の巨乳の女悪魔を見たいんですかカズマは」

 

 めぐみんの嫉妬の篭ったジト目を向けられるも、このままでは手柄が立てられないのである。

 

「違う。多少のリスクは覚悟してでも誘い込むべきだと言っているんだ。俺達がここにいるのは、悪徳領主の資産を守るためじゃない。俺の妹に手を出してくれた不届き者をとっ捕まえるために来たんだろ! そのチャンスをみすみす不意にしちまうような真似をしてもいいのか!」

 

「アイリス様はお前の妹ではない。それに、一応、私達は王国から屋敷の警護のために派遣されていることになってるんだぞ」

 

「ダクネスはあんな疑惑塗れのおっさんを守りたいのか?」

 

「い、いや、それは…………ないな」

 

 肩を掴んで目と目を合わせて問いかければ、ふいっと目線を逸らすダクネス。意見は一致したようなので、

 

「大丈夫だ。たとえ盗みに入られたとしても、この屋敷の資産がなくなるだけで、俺達の懐は痛まないし、心も痛まない。むしろ、孤児院とかに還元されるから世のためになる」

 

 グッと拳を作って力強く主張。

 うわー、流石カズマね(ですね・だな)と三人口を揃えて、若干引き気味。この一週間あれだけ贅沢な暮らしをさせてもらったが、カズマはこの領主に一度死刑判決を強要されたし、億単位の借金を背負わされたのだ。むしろこのくらいは全然優し(ぬる)いと考えている。

 

 そうして、屋敷に展開されていた結界は解かれた。

 それに虫の息だった地下室の女悪魔が息を吹き返すのだが、彼らは人知れずに悪魔を抑えていたことを知らないので、難易度が上がったことには気づかないのであった。


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