この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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57話

 いつ聴いても不愉快なヒューヒューという喘息が、カビ臭い地下室に反響する。

 

「おいマクス。……起きろ、マクス!」

 

 その不快な音源を蹴り上げてやれば、そいつは何事もなかったかのように身を起こし、バカにしているとしか思えないセリフを吐く。

 

「ヒュー……、ヒュー……、な、何だいアルダープ? 僕に何か用なのかい? ああ、今日も心地良い感情を発しているねアルダープ!」

 

 そいつは、()()()()()()オッドアイの青年。

 気味が悪いから常に変身しておけと命令しているというのに、しばらくしたら本来の姿に戻る。文字通りの()無しの()()悪魔だ。

 

「ふん。貴様に用などないわ。今日はこの部屋を使おうと思ってな。邪魔だから隅にでも寄っていろ」

 

 足で蹴り飛ばして、気味の悪い悪魔をどかした部屋の中央には魔法陣が描かれている。

 手に入れた神器のうちのひとつである丸い石、『モンスターをランダムに召喚し、使役することができる』道具を手の中で転がす。

 

 今使役しているこの悪魔は物覚えが悪いが、何度ワシの願いを叶えても叶えたこと自体を忘れるため簡単に報酬を踏み倒せることができた。

 一年前までは、こいつが願いを叶えてこられたから十分だったが、この最近は下級悪魔では物足りないと思うようになってきた。

 そう、この前の裁判で絶対に屋敷を吹き飛ばした冒険者を死刑に降すようにと命令したのに、できなかった。それどころか、あの仮面をつけたいけ好かない弁護人にあわや無罪判決にまで持っていかれそうになったくらいだ。

 そして、昨日、あの小うるさい銀髪の義賊を始末しろと言ったが、不可能だと匙を投げたのだ。能なし悪魔の無能さが露呈してきている。

 ここは願いを叶えるためにも多少の代価を払う事を覚悟してでも、新しい手駒を用意しよう。一日考えて、そう決めた。

 

 

「さあ、出でよ! ワシの新しい使い魔よ!」

 

 

 能なし悪魔を喚び出したときと同じように、丸い石の神器を使うと、魔法陣が輝きだして――召喚に成功する。

 

「ほう、これはこれは」

 

 現れたのは、女の悪魔だった。良い肉体をしている。悪魔でなければ貪りたいくらい魅力的だ。

 赤髪でネコ科の肉食獣のような瞳、角と翼を持ち、サキュバスのような衣装をしている。

 

「ちっ……人間が。このアーネス様を喚び出してくれるとは……!」

 

 反抗的な目だ。心の臓を刺し射抜くかのような鋭い眼光。しかし、そこの能無し悪魔の気味悪さと比べればだいぶましだ。

 

「ヒュー……ヒュー……アルダープ、新しい悪魔()かい?」

 

 後ろで興味深そうに窺う能無しを無視して、神器を掲げる。これは、モンスターを召喚し、使役する神器だと話に聞いている。

 

「ワシに従え、悪魔よ」

 

「ああん? あたしが人間と契約するとでも思っているのか? 魂と引き換えに願いを叶えるサービスなどとうの昔に廃止にされている。それもお前ら人間が、欲深く愚かだか――っ!?!?」

 

 威勢が良いのが最初だけだったようだ。神器の効果で女悪魔は硬直した。

 やや視線の焦点がワシではなく、後ろの方にズレているような気がするが構うまい。能無し悪魔よりもずっとましな反応だ。

 

「忠誠を誓うのならば、名と階級を教えろ」

 

「誰が貴様に」

「ヒュー……僕も知りたいな。自己紹介しようよ」

 

「は、はい! あたしの名は、アーネス。上位悪魔のアーネスでございます」

 

 ふん、まだぎこちないが、躾ければ従順になるだろう。

 それよりも、上位悪魔だ。これは当たりを引いた。上位階級の悪魔は、退治しようものなら上級魔法を扱える術者が複数人いないと困難と言われるほどの強さを誇るそうだ。

 能無しの下級悪魔でも叶えられないものでもできるだろう。

 いや、ここは慎重に。まずは、この女悪魔の実力を試そう。

 

 

「よし。では早速、貴様に命令だ。銀髪の義賊を貶めろ――!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 魔王軍の夜襲を退けてから翌日、王城滞在三日目の朝。

 軍団の指揮官を討ち取るというMVPの戦果のおかげで、朝食も客人(VIP)にお出しするものと変わらない高経験値食材の料理を頂けるようになった。宮廷道化師を採用した第一王女は慧眼であると褒め称えられたり、あと三日限りの付き合いでどうにか囲い込もうと画策する大貴族の令嬢がいたりするそうであるも、基本的に扱いが丁重になっただけで仕事の方は変わりない。とんぬらが相手をすべきなのは魔王軍などではなくて、この国の第一王女様である。

 

 そんなわけで、宮廷魔導士のレインと魔法談義をしていた最中に、『一緒にアイリス様のために働こう!』と正式な雇用に迫るクレアからプオーンをとんぬら´に『モシャサス』させて囮にして逃げたとんぬらは、

 

「ん?」

 

 パチリ、と不意にそんな音が耳朶に響いてきた。

 それと、賑やかな声も。

 

 ふむ、この音は……

 そう、この音には心当たりがある。

 そう言えば、この最近はご無沙汰していた音だ。

 それからこの先より感じる楽しそうな気配。

 なるほど、うまくやっているらしい。

 正直に言って、何だかこっちの方が客人で、向こうが遊び人になっているような気がしなくもないが、さておき。

 

「こっちから聴こえるな……。この先は、確か中庭だったか」

 

 音のする先を見つめ、ひとりごちる。

 あくまでも可能性程度の事ではあったが、試してみるにはちょうどいいかもしれない。

 それにどの道、危急の時を除き王城から出ることは許されておらず、他にやることもないとなれば、選択肢などもはや決まっていた。

 

 

「お! やっぱりやってるやってる」

 

 城の中庭。

 そこには日傘と共に椅子やテーブルが備え付けられ、客人のカズマと王女のアイリスの二人がいた。

 そしてパチパチと時折聞こえてくる音があるとなれば、そこで繰り広げられている内容は簡単に想像がつくというものだ。

 

「もう一局だもう一局! 次は絶対に勝つ!」

 

「あ、あの、一度休憩をしませんか?」

 

「まだ全然いけるぞ! アイリスの癖もわかってきたし、次こそは勝てるはずだ! ちなみにもう面倒だからって手加減すんなよな!? わざと負けてもわかるんだからな!」

 

「自分から本気で遊んでほしいと言っておいてなんですが、お兄様はとても面倒臭い方ですわ!」

 

「うるせー! 大体このゲーム嫌いなんだよ! 俺の仲間にもこのゲームが好きな奴がいるけど、テレポートされる度にイラッとすんだよ!」

 

「私にそんなことを言われても!」

 

 なるほど、なかなか白熱しているようだ(舌戦が)。

 テーブルの上のゲーム盤を前に言い争っている二人の元へ、目を細めるとんぬらが歩み寄った。

 

「おはよう、姫さん、兄ちゃん」

 

「お、とんぬらか。昨日はご苦労さん。だいぶ活躍してたみたいだな」

 

「なに、これまでの幹部連中と比べれば大したことはない。それより兄ちゃんは随分と姫さんと親密になれたみたいだな」

 

「まあな」

 

 あれから、共通の知り合い(ダクネス)の事などをお話しして、だいぶ懐かれたようである。“お兄様”と呼ばれていることには驚いた。

 

「あ、そうだとんぬら。お前、このゲームはできるか?」

 

「ああ、やったことはある。と言ってもまあ、ゆんゆんやめぐみんに付き合って遊んでいた程度だが」

 

「ルールはわかるんだな。だったらさ、選手交代してくれないか? とんぬらとアイリスが打って、それで疲れてるところを休憩した俺がやる。漁夫の利を狙う作戦だ」

 

 まあ、なんというかせこい。大人げない。しかし、全力である。

 家臣ではなく客人のカズマは接待ゲームなどする気はなく、ゲーマーとして本気で勝つ気である。

 

「ふむ」

 

 顎下に手を添え、考えるポーズをとるとんぬら。

 

「ああ。ゲームの相手をするのはいいが――別に、姫さんを負かしてしまっても構わんだろう?」

 

「む」

 

 その言葉にカチンと来るアイリス。

 

「ああ、遠慮はいらない。ちゃんと負けても泣かないと言質は取ってあるからな。面倒くさいことにはならないはずだ」

 

「そうか。だったら、ご期待に応えるとしよう」

 

 そうして、席を立ったカズマに入れ替わり、とんぬらが対局につく。

 

「兄ちゃんと一局やって姫さんもお疲れだろう。休憩を挟んでも構わないぞ」

 

「結構です! いいですよ、負かせるものなら負かしても。できるものならですけど!」

 

「そうか。それほど自信があるのなら、ひとつ賭けをしないか?」

 

「賭け?」

 

「勝った方が負けた方に一回好きなお願いができるというのはどうだ?」

 

 盤上の自陣に駒を並べながら提案すると、アイリスは少し迷うも、続く言葉ですぐに首を縦に振る。

 

「まあ、勝つ自信がないのであれば受けないことを勧めるが」

「やります!」

 

 アイリスの瞳に、めらっと火の点いたよう。

 逆にその勢いに傍で見ているカズマが心配になる。

 

「いいのか、アイリス。とんぬらのことだからそんな無茶な要求はしてこないだろうけど」

 

「構いませんお兄様! 要するに勝てばいいだけの話でしょう? 私が勝ったらその仮面を取ってもらうことにします!」

 

 うん。やたら仮面に執着されていたから、その要求は予想できていた。

 

「だそうだ。心配するな、兄ちゃん。ゲームにちょっとしたスパイスを入れただけだ。これくらいの方が真剣になれるだろう」

 

 こうして、第一王女と宮廷道化師との勝負は幕を開けるのだった。

 

「「では、よろしくお願いします!」」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「レディファーストだ。先手は譲ろう」

「ええ、こちらから行きますよ」

 

 向かいにはゲーム盤を挟んで座るとんぬらとアイリス。

 互いに盤面を挟んで対局の姿勢のまま、アイリスは盤面を暫し覗き込み、口に手を当てて思案顔を見せる。

 それを、カズマは固唾を呑んで見守っていた。

 

 カズマは、直接打ったことのあるアイリスがかなりやるのはわかるも、とんぬらの方は未知数だ。

 めぐみんと同じ紅魔族で、知力が高いことから強いとは思われる。

 これまで連戦連敗であったために、拮抗してその集中力を削ってくれればこちらに勝機が出てくるかという考えで誘ったわけで。

 

 計画通り……! と。

 ゲーム以前に、ここに来てからの展開が掌の上であることはまだわかっていなかった。

 

「行きます」

 

 そしてアイリスが一手を指した――瞬間!

 

「次は姫さんだ」

 

「……はい?」

 

 アイリスが第一手を指した瞬間、とんぬらは次の一手をノータイムで返していた。

 呆気にとられたような表情を浮かべるアイリスに対して、とんぬらは口の端を上げて不敵に笑む。

 この光景はカズマの予想外である。思考が追い付かないといった表情を浮かべている。

 だが、アイリスは負けじと、その策を見破ったとばかりに、

 

「なるほど。高速で指すことで動揺させるつもりですか。そうはいきませんよ」

 

 パチリ、とアイリスが次の手を打つと、とんぬらはほとんど音が被るぐらいの速度で次の手を打つ。

 

「そう思うか?」

 

「違うんですか?」

 

 次の手にも、またしてもノータイム。

 だが、なおもアイリスは冷静、表情を崩さない。

 

 

 ――十分後。

 

 

 そこにあったのは、予想をはるかに上回る光景。

 

「そんな……まさか、ここまで……!」

 

 眉間に皺を寄せ、苦悶の表情で盤面を覗き込むアイリスと、

 

「ごゆっくりどうぞ、姫さん」

 

 にやにやと意地悪く笑う、とんぬらの姿だった。

 

「くっ……」

「はい、次」

「くっ……少し、時間をください……」

 

「ええ、構いませんとも」

 

 アイリスの一手に、とんぬらはまたしてもノータイムで打ち返す。

 いつまでも続くとんぬらの攻勢に、対局が進めば進むほど、次第にアイリスの表情が苦々しげに歪んでいく。

 その様はどんどん顕著になっていき、仕舞いにはこうしてアイリスが長考するにまで至っている。

 カズマも動揺の声を洩らす。

 王族に相応しい英才教育を受けたアイリスは頭の回転が良い。

 ならば、どうして彼女はこうして苦戦を強いられているのか。

 種も仕掛けもない。とても単純で、至ってシンプルな答え。

 

 つまり――純粋に、とんぬらの方がアイリスより強いのだ。

 

「何だ、兄ちゃん、めぐみんから聞いてないのか。このゲームはゆんゆんとよくやっててな。めぐみんと打ったことがあるが、戦績は七割方俺が勝ち越していることを」

 

「お前、そんなに強かったのか……」

 

 これは、驚きである。

 カズマが手も足も出ないめぐみんよりも上だとは。無論、そんなことは負けず嫌いな最強の爆裂魔法使いは絶対に口にしたくないだろうが。

 次の一手を考えているのを他所に、カズマと会話する余裕まで見せるとんぬらに、アイリスはうぅ~っと心底悔しげに唸る。

 

「手加減はしないが、二歳下の姫さんには二回“待った”をしてもいいぞ」

 

「しませんっ! そんなハンデはいりませんから!」

 

 そうして、逆転劇もなく真っ当な実力差でもって、この対局はとんぬらの勝利で終わるのであった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「アイリス、このゲームならとんぬらに勝てるぞ」

 

「本当ですか! お兄様!」

 

「ああ、とんぬらは運が絡むゲームにはとことん弱いからな。きっと勝てる」

 

 ボードゲームの次はカードゲーム。

 『とんぬらに勝ちたい』とアイリスから相談を受けたカズマが、提案したのはトランプのババ抜き。

 心理戦に頭脳戦もあるが、運が大きくかかわるこの手のゲームは、一部のステータスが残念なとんぬらには鬼門だろう。

 『じゃあ、三人でやるなら』という条件を出して第一王女からの挑戦を受けた宮廷道化師は、配られた手札を見て深く息を吐く。

 

「うーむ、やっぱり、ジョーカーがきちまうか」

 

「お兄様! 絶対にババを引いたらダメですからね!」

「おう、任せろアイリス。一緒にとんぬらをコテンパンにしてやろうぜ」

 

 タッグプレイもゲームの醍醐味。

 実質、二対一。運もまた高ステータスなアイリスと運一点突破なステータスのカズマが組めば、逆転の女神は微笑むことはない。これぞ必勝の策。

 そして、『ババ抜きで一度もビリになったことがない』と公言するカズマが、とんぬらの手札からババを引くことがないため、一度も誰の手に渡ることなくゲームは終盤へ。

 三人とも残る手札は一、二枚。

 とんぬらが、二枚(うち一枚ババ)、アイリスが、二枚、そして、カズマが残り一枚。

 今、とんぬらからババを引かなければ上りとなる。

 

「運も実力のうちというけど、それにしても兄ちゃんは強いな」

 

「お、ありがたい言葉だな。でも、煽てても俺はゲームに手は抜かないぞ」

 

「俺だってそんなことはお断りだ。手加減なんてされても嬉しくはないし、二人がタッグを組んでてもこれはゲームなんだから文句は言わないさ。まあ、勝つことも負けることもいい経験になる、この世に全く無駄なものはそうそうないわけだし――」

 

「うん?」

 

 最後の最後に言葉を濁す。

 そのとんぬらの様子に違和感を持ったのか、カズマが訝し気にこちらを見ていた。

 その瞳が、言外に先を促している。

 それを見たとんぬらはわざと苦笑してみせると、彼の望む通りに言葉を続ける。

 

「しかし、この前ボーナスだとかでバイトのマネージャーから“とある飲食店”の特別優待チケットを渡されたんだけど」

 

「む……?」

 

 すっととんぬらの手札の一枚の札に重ねるそのチケットには、カズマがとてもよくお世話になっている店のマークがついている。

 

「貰ったはいいがこれは俺には使えない。だから、処分に困るし、貰い手にも困るんだよな。まあ、誰かが貰ってくれるというのなら、こちらは助かるんだが」

 

「ほう、ならば俺が貰い受けるのもやぶさかではないな」

 

「本当か? あー、でも俺も夢のような体験をしてみたいんだよな。逆転劇なんてのがいいよなー」

 

「ああ、そうか。男なら誰でも夢を見るものだからな。おっと、しまった。カードも一緒に取ってしまった」

 

「わかってくれるか。やっぱりこれは兄ちゃんにあげよう。よし、やっとババと手切れができた」

 

「ありがとな。そして、すまん、アイリス、とんぬらからババを引いちまった」

 

 捨てる神あれば拾う神あり。

 運ステータスが天と地ほどに離れた両者に下克上が――

 

「ずるいです! 汚いです! 卑怯です!! ちょっと! いったい何なんですか今の茶番は! いくらなんでも賄賂は酷いですよ!!」

 

 そんな下剋上達成の余韻に浸ろうとしたが、その雰囲気をぶち壊す第三者からの指摘に、とんぬらはやれやれと首を振って肩を竦める。

 それはカズマも同じで、ともに高度な心理戦を繰り広げた“強敵(とも)”は、肩を竦めるととんぬらに視線を向けていた。

 

「いったい今のどこに不正なんてあったんだ?」

「いいや、不正なんて何も無かったな」

 

「嘘ですッ!!!」

 

 声を上げるアイリスであったが、一対二である。

 多数決原理で意見が却下される王女様は、涙目でこちらを睨んでくるのだが、カズマはドリームチケットを速やかに懐に仕舞うと、一度後ろ手に二枚のカードをシャッフルしつつ、不満げなアイリスを諭す。

 

「アイリス、こうなってしまったが、これもゲームだ。やるからにはこっちも手を抜かない」

 

「さっき思いきり接待していませんでしたか」

 

「いいや、アレも作戦だ。実力が劣るのなら、それ以外のところで手を尽くして有利に事を進める。さっきの取引を持ち掛けるというのも全力で勝ちに来ているからこそだ。……こういう駆け引きを評価できてこそ、一流のゲーマーと言える」

 

「でしたら、さっきの取引に使われたチケットとはどのようなものなんですか? 参考までに教えてくださいお兄様」

 

「えっ、何の事だかさっぱりわからないな」

 

「なんでそこで恍けるんですか!」

 

 ゲームは続行。

 二枚の手札。どちらかにババがある。

 そして、動揺の抜け切らない王女様は、幸運な冒険者からジョーカーを引いてしまう。

 

「よし、これで上がりか」

 

「させませんよ! 私はお兄様みたいにさっきのような手には乗りませんからね!」

 

 気を取り直して、カズマと同じようによく後ろ手で三枚のカードをシャッフルさせるも、

 

「甘いな、姫さん。勝負はもうすでについている。そう、幸運の女神というのは強引に振り向かせてみせるもんだ」

 

 前に出した手札より、とんぬらに迷わず引き抜かれたカードは、ジョーカーではなく、ハートのエース。スペードのエースと揃ってとんぬらがゲームを一抜けした。

 

「え」

 

「よし、次は俺の番だな。――と、あがり!」

 

 続くカズマが、アイリスからジョーカーを回避してハートのクイーンを取って、ゲームを上がる。同時に、最後にババを持っているアイリスの負けが決まった。

 

 ……実はジョーカーの札の端にごく僅かの切れ込み(めじるし)が爪で付けられていたのだが、世間知らずなアイリスがそれに気づくのは翌日になってからであった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 王城滞在五日目。

 これまでアイリスとテーブルゲームやサッカーなどのスポーツ球技をしたり、客人のカズマとゲームしたり様々な話を聞いたりする傍でその時の雰囲気に合わせたBGMを横笛で演奏したり、夕食の席ではテーブルマジックを披露してそのトリックを見破れるかとゲームをしたり……とんぬらなりに宮廷道化師らしく働いてきて……どういうわけか王族の講義にまで参加することになった。

 

「レイン、これはテストです。どちらがよく勉強できているか試すもの。不正のないよう、ちゃんと厳正な採点をしてくださいね!」

 

「は、はあ……」

 

 教育係であるレインが戸惑いの声を上げる

 

「あなたもカンニングはしてはダメですよ! そんなことしたらお兄様が話してくれたガッコウのようにバケツを持って廊下に立たせますから!」

 

「わかっているよ。これも宮廷道化師の仕事なのかと甚だ疑問だけど、姫さんのご要望とあらば姫さんが相手でもコテンパンにしようではないか!」

 

「いいましたね! 私はこの歴史のテストで、満点を取ってみせますよ」

 

「それはどうかな。姫さんは一対一の家庭教師形式であったから競い合うことには慣れていないだろう。俺は紅魔の里の学校では男子クラスでは常にトップの首席だったんだぞ。いわば歴戦の猛者である」

 

 机の上にレインが一夜で作ったテスト用紙を裏にして、アイリスはソワソワしている。

 いつもひとりで教育係とマンツーマンで勉学に励んでいたお姫様は、こういうガッコウっぽい形式にカズマから話を聞いて憧れていたのだろう。

 レインもこれもまた一興だと、勉強の妨げになるわけでもないので、とんぬらの参加を認めて、試験官役を務める。

 

「では、始めてください」

 

 バッとテスト用紙を捲り、問題に取り掛かる――!

 アイリスもとんぬらも解答欄に次々と止まることなく筆を走らせ……

 

 

『そーらーを自由にー飛ーびたーいなー。へーい、竹とんぼー!』

 

 

 中庭、それもちょうど授業を受けている部屋の真下より愉快な声が。

 とんぬらも反応し、顔は動かさず目だけを横に向けて窓の外を窺えば、勢い良く回りながら空を飛んでる物が。

 ああ、あれはバニルマネージャーから没を食らった開発商品の竹とんぼだ。竹を削りだして作った、子供のオモチャで、作製法はとても簡単である。

 正体がわかったので、とんぬらはテストに意識を戻す。

 けれど、それを初めて知るアイリスは外を気にかけて仕方がない。ハブにされたお兄様が授業妨害とばかりに歌ったり遊んだりするのに気を取られ、筆が止まってしまっている。

 

「カズマ様! アイリス様がテストに集中できないので、そこで騒ぐのはお止めください!」

 

 ………

 ………

 ………

 

 結果、竹とんぼの事が頭から離れなかったアイリスは答案を全て埋めたもののケアレスミスが多く、その差で100点満点中95点を取ったとんぬらに敗北を喫した。

 

「今回も勝ちってことで良いよな、姫さん」

 

「うぅ~! 満点を取っていれば勝てましたのに、お兄様が邪魔をするから負けてしまいました」

 

「言い訳はよくないぞ姫さん。兄ちゃんの妨害は同じ教室にいた俺も受けたんだ。しかし、そこからいかに早く立ち直らせられたかどうかが明暗を分けた。外では誰にも邪魔されず集中できる環境なんてそうそうないんだぞ」

 

 カズマからお詫びに、使用回数無限な風の魔法が掛けられた高性能魔道具と称して竹とんぼ(後にレインから誰にでも作れる遊具と教えられる)を貰って機嫌を直したかに見えたアイリスだったが、頬を膨らますその表情にはまだ不服がありありと顔に出ている。

 

「ッ! そ、それではもう一回! もう一回勝負をしましょう! 明日はクレアとの戦闘訓練がありますからそれで!」

 

「いや、姫さん、今日が五日目だ」

 

 残念なことに今日が約束された最終日。

 

「王城に滞在するのが五日間。最初にそう取り決めたはずだ」

 

「………」

 

 それはわかっていたが、とんぬらに指摘されたアイリスはしゅんとして、何も言わずに俯き、寂しそうに黙り込んだ。

 とんぬらは『アクセル』の街に家があり、店で働いている。そして、何も告げられずに行方をくらましてしまった自分を待っていてくれる人がいる。

 

「では、レイン殿、取り決め通り、転送屋に『アクセル』行きを取り次いでくれませんか」

 

「いや……。と、とんぬら殿……まだ宮廷道化師を続けてはもらえませんか」

 

 ダスティネス家当主イグニスの前で取り決めた約束事はレインも理解しているも、アイリスには弱い。

 寂しそうなアイリスな顔を見て、揺らぐ。ついとんぬらを引き止めてしまう。

 そして、またひとり。この妹系王女様の悲しむ表情にカズマが口を開く。

 

「なあ、とんぬら。妨害した俺が言う事じゃないが、さっきは邪魔が入っちまったんだし、それを最後の勝負にしちゃ後味が悪くないか」

 

「うん。本当に兄ちゃんの言える事じゃないな。というか、俺もだが兄ちゃんも『アクセル』に帰らなくていいのか? あまり長いこと滞在するのも悪いだろう?」

 

「俺はもうこのままアイリスの遊び相手役として、この城で面白おかしく生きていってもいいと思ってる」

 

「おい」

 

「いやほら、いつまでもお客様でいるのは悪いとは思ってるよ。だから、今日からはアイリスの教育係として頑張るよ! 世間知らずで騙されやすいお姫様を、俺がちゃんと鍛えてやる!」

 

「兄ちゃんのような奸智は時に必要だろうが、王女様の教育係にはあまり歓迎されないと思うぞ」

 

 この安泰な人生をできるだけ満喫したいカズマの言葉であったが、しかしこれでは立つ鳥跡を濁さずとは言えないのも確かだ。

 そんなのそこの意気消沈としたお姫様を見れば誰だって思う。

 この数日、手抜きなどせず全力で勝負した。そして、勝ち続けた。彼女の望む白星は得られなかったのである。これはアイリスが弱いわけでも下手なわけでもなく、ただ二年早く生まれ、外の世界で揉まれてきたとんぬらの方が上だった話。

 だから、このまま別れては、勝ち逃げされる。それが、イヤだ。それも、イヤなのだ。

 

「なあ、アイリス、このままじゃとんぬら勝ち逃げしちまうぞ」

 

「っ、でも……それが約束です。王族として取り決めたことを反故にすることはできません」

 

 王族として育てられてきた少女は、おそらくは、ずっと自らを律するよう言われてきたのだろう。

 当然だ。王女を叱れる人間なんてほとんどいない。

 同じ王族を除けば、精々が大貴族のクレアとダクネスぐらいで、その二人も片方は過保護な護衛で、もう片方は『アクセル』の街を拠点としている。

 だから、ワガママを言ってはいけない。ずっとそう、我慢、してきた。

 

「アイリス、お前はまだ12歳なんだからもっと甘えてもいいんだぞ。ほら、王族なんだから、周りの人間にもっとワガママだって言っていいんだ。今はこの城の最高権力者なんだから、もっと駄々を捏ねてもいいんだぞ」

 

「お兄様……でも……」

 

「ったく、しょうがねぇな。――ここはお兄ちゃんに任せてくれ」

 

 そう言って、カズマはアイリスの頭にポンと手を乗せ、笑いかける。

 

「ワガママの手本ってのを見せてやる」

 

 そう告げたカズマは、口を挟まずその場で待っていてくれたとんぬらにこう言った。

 

「なあ、とんぬら。俺と賭けをしないか?」

 

「賭け?」

 

「そうだ。ゲームで勝った相手の頼みごとを一回だけ聞くってヤツだ。紅魔族ってのは吹っ掛けられた喧嘩を買うのが流儀なんだろ」

 

「なるほど。そうきたか」

 

 紅魔族の中でも喧嘩っ早い天才児をパーティにしているせいか、紅魔族の扱いというのを心得ている。

 

「俺が勝ったら、とんぬら、悪いが宮廷道化師を延長してくれ」

 

「じゃあ、俺が勝ったら兄ちゃんも大人しく『アクセル』に帰るってことで良いな」

 

「ああ、構わない」

 

「お兄様!?」

 

 アイリスにもゲームに勝てないカズマが、そのアイリスが勝てないでいるとんぬらに挑むなど無謀。

 これではカズマまで帰ってしまう! とアイリスは止めさせようとして、太々しく笑うその顔に、言葉を呑み込む。

 

(あー、この雰囲気はアウェーだな。今の俺は悪役にしか見えん)

 

 一言、やり難い。

 とんぬらとしても、この『勝負! 勝負!』というのが、どうにもめぐみんに一日一回挑んでいた学校時代のゆんゆんを連想させられて、後ろ髪が引かれる思いだった。

 

「しかし、兄ちゃんもわかっているだろう。紅魔族は喧嘩を買うが、勝負事には手を抜かん。同情させてこようが、俺は一切容赦なく勝ちに行く」

 

「ああ、わかってる。それでいい」

 

「いい度胸だ。なら、何が良い? ボードゲームか、それともミツルギの時のように決闘か」

 

「いや、ジャンケンだ」

 

「そうか、ジャンケンか。うん、良かろ――」

 

 頷きかけて固まるとんぬら。

 強者っぽく、いかなる挑戦も受ける構えであったが、それは己の弱点であることを重々承知している。

 そして、

 

 

「安心しろアイリス。俺、ガキの頃から不思議とジャンケンで負けたことがない」

 

 

 この土俵(フィールド)において相手が負け知らずの絶対王者であることを。

 

「よし、行くぞとんぬら! 一回勝負だ! じゃんけーん!」

「おい待て、兄ちゃん!? 俺は了承して」

「ぽんっ!」

「くっ、このっ!」

 

 結果、超人的なステータスながら不幸体質(ハードラック)な宮廷道化師は、パーティ内の魔法使いよりも貧弱であるも強敵と運だけで渡り合ってきた強運な冒険者に破れ、王城滞在を延長することとなり、

 自分に敵わない難敵《とんぬら》を倒したカズマは、より一層、アイリスから尊敬されるようになった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 王城滞在六日目、訓練場にて実戦形式の決闘。

 神器まで持ち出した第一王女を見事に下したはいいものの、『あと一日! もう一日だけ!』とお兄様の影響からか、段々と遠慮なくなってきた。

 このワガママになっていくアイリスを、クレアやレインは苦笑しつつも良い傾向と見た。

 

 徹底的に負かしてきたからか、ようやく王女様は年相応に人に頼ることを覚えてきた。

 遠慮して、人にものを頼めない(おねがいできない)ようではこの先、人の上に立つ者としては心配だ。だから、これは良い傾向であるのだが……それと王女様が満足するのかは別問題となってきている。

 とんぬら、これは単に勝負に付き合ってやるだけではダメだと悟る。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「アイリスは、偶には城の外に出たいと思わないか? 『アクセル』みたいな街とかじゃなくってさ。山に行ったり川に行ったり。世の中には、俺達の知らないことがたくさんあるんだ。近所の奥さん方に評判の変わった悪魔がいるかもしれないし、パンの耳を主食にしている、友好的なリッチーなんてものもいるかもしれない」

 

 王城滞在七日目。今日は午前授業で、カズマとアイリス、それにとんぬらは、最上階に位置するアイリスの部屋のテラスで昼食を取っていた。

 

「私が城の外に出るとなれば、護衛として騎士団が動くことになります。私の場合は、家臣をつけず、ひとりで王都に出ることも許されていませんし……。それに、そんな悪魔やリッチーがいるわけないじゃないですか。私を世間知らずだと思って、あまりバカにしないでください」

 

 言って、アイリスは昼食のサンドイッチをもぐもぐと()む。

 

「アイリス。世の中にはな、常識では測れないことがあるもんだぞ。知ってるか? 普通、魚は海や川で獲るもんだが、サンマだけは畑で獲るんだぞ」

 

「それは流石にウソでしょう!?」

 

「ほ、本当だって! 俺が酒場で働いた時、裏の畑からサンマ獲って来いって言われたんだぞ!? なあ、とんぬら、サンマは畑から獲るもんだよな?」

 

 同意を求めるカズマに、ちょうどサンドイッチを呑み込んだとんぬらは、頷き返す。

 

「ああ。兄ちゃんはウソを言っていない。サンマは畑で獲れる物だし、カラススレイヤーな悪魔や貧乏店主なリッチーもいるぞ」

 

「そうなの!? 何てこと……。犬が空を飛んだとでも言われた方が、まだ信じられます……」

 

「空飛ぶ犬は知らないけど、炎を吐く猫なら知ってるぞ」

 

「それは絶対にウソです! 噓吐き! あなたはやっぱり噓吐きです!!」

 

「本当だって! 俺の仲間が飼ってるんだよ!! ほら、とんぬらも知ってるだろ? めぐみんの使い魔とかいうちょむすけって猫が変なの」

 

「そうだな。実際に見たことはないがちょむすけならば火を吐いても不思議ではないだろう」

 

「あなたまで!? そんな……。世の中ってそんなに不可思議だったんですね……」

 

 テラスから一望できる街並みへ視線を向けるアイリス。

 それにとんぬらは、部屋の中に他に人がいないことを察知してから、お姫様の抱え込む望みをひとつ口にした。

 勝手ながら良かれと。きっとこの無茶を叶えられたら、もっと頼めるよう(ワガママ)になると考えて。

 

「そうだな。流石に街の外は止めてほしいが、城の外へならお供をつけずに出られないもないぞ」

 

「え……?」

 

「さっき言っていた家臣をつけずに自由に街を散策するくらいならば、俺の魔法でも叶えてやれますが姫さん?」

 

「本当ですか!?」

 

「ああ、できる。俺なら」

 

 サンドイッチを置いて食いつく姫様に、とんぬらは何てことのないように肩を竦めてみせる。

 

「おい、とんぬら。アイリスを城の外へ出すってのは相当大変なんじゃないのか?」

 

「影武者だ、兄ちゃん。城の中に大人しく過ごすアイリス´がいれば、後は変装さえすればお城を出ても家臣たちはついて行かないだろう」

 

「そうか、とんぬらの『モシャス』か!」

 

 納得がいったカズマの様子に、アイリスもまた理解する。

 

「それって、昨日の訓練場であなたが説明した変身魔法の事ですか?」

 

「ああ、そうだ。俺が『モシャス』で姫さん´に化けて、姫さんが『モシャサス』で俺´に変装させる。そうすれば、堂々と街中を歩いても騒がれずに済むだろう。影武者もこの五日ほど四六時中姫さんと行動したから、宴会芸の『物真似』スキルで家臣たちに不審がられない程度の演技は余裕でできる。夕食時までに戻ってきてくれれば、問題はないだろう」

 

「おお、流石とんぬらだな。頼りになるやつだ。いや、ちょっと待て。その間、王女様の身体を弄ったりは」

「せん。アリバイ作りにクレア殿やレイン殿と行動を共にするつもりだから変な真似はできないし、それに俺がそういう行動はしないことは兄ちゃんにはわかるはずだと思うが?」

 

 すでに婚約者のいる身だ。サキュバスのVIPチケットを貰っても他人にあっさり上げてしまうくらいに身持ちが固い漢である。

 

「ああ……そうだな。とんぬらなら、安心できる。なあ、アイリス、街へお忍びで行ってみないか?」

 

「そんな……本当に、良いのでしょうか」

 

 まだ遠慮があるのか。

 やや俯いて迷っているところにとんぬらは、ひとつニンジンをぶら下げてやる。

 

「そうだな。姫さんだけだと世間知らずで心配だから、兄ちゃんがエスコートしてやることが条件になるが」

 

「お兄様と……!」

 

 バッと顔を上げるアイリス。

 

「おう、任せておけ。俺と一緒に行こうぜ。大丈夫だ、俺は家臣じゃないからクレアやレインみたいにとやかく言わないし。色々と実地で世間の事を教えてやるよ」

 

「だそうだが、姫さん。どうしますか、この宮廷道化師にご命令をば」

 

「はい……! ……家臣を連れずに城の外へ出させて、下さい……!」

 

 そうして、願いを聴いた宮廷道化師は灰被りの魔法使いとは逆に、その一時の自由のためにお姫様を変身させ、自らを家臣の耳目を集めるためにお姫様に化ける。

 

 ………

 ………

 ………

 

「あれっ? こんな所で奇遇だねとんぬら……どうして、佐藤和真と一緒にいるんだ?」

 

 街中でバッタリと魔剣の勇者と遭遇した。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「……『クルセイダー』に『アークウィザード』……それに、アクア様と一緒のパーティを組んでいるのに……! とんぬらまで僕から奪っていくのか!」

 

「はあ!? いきなり何を言ってやがるカツラギ!」

 

「ミツルギ! ミツルギキョウヤだ! 人の名前ぐらいちゃんと覚えておいてくれ!」

 

「ああ、わかったわかった。つか、落ち着けよ」

 

「いいや、落ち着いてなんかいられないね! アクア様は君が持っていく“者”に指定したそうだけど、とんぬらは違う。君にもとんぬらと付き合いがあるんだろうけど、僕はそれ以上に長い付き合いだ。そして、君が会う前から、僕が先に申し込んだはずだ。なのに、横から掻っ攫おうとする真似をされては堪らない!」

 

「本当に落ち着け! お前、勘違いしてるから! 別に俺ととんぬらは」

 

「やはり君とは決着をつけておかないといけないようだ。あれから僕も腕を上げている。今度はあんな無様な真似はしないぞ!」

 

「お前は何を言ってんの? 決着ならもう付いてんだろ、俺が勝ったじゃないか。そして俺はもう再戦はしない。このまま、駆け出し冒険者のころにお前に勝ったという事実を抱いて、勝ち逃げさせてもらう」

 

「ふざけるな! とんぬらを賭けて僕と勝負しろ佐藤和真!」

 

 白熱する冒険者同士の言い争い。

 しかしミツルギが魔剣の柄に手を掛けようかとしたとき、双方に争われる“少年”は大声で主張した。

 

 

「やめてください! 私は、お兄様が良いです!」

 

 

 ひしっとカズマの腕に抱き着くアイリス――ただし、見た目はとんぬら。

 カズマと過ごし、ワガママになってきた彼女は、周りに構うことなく己の主張を続ける。

 

「絶対に負けない勇者であるあなたよりも私は、常に格上の相手と戦い、日々上を目指そうとするお兄様が良いんです!」

 

「な……っ!? え、お、お兄様……だと――まさか、『桃園の誓い』を交わしたのか!?!?」

 

「ですから、私とお兄様のデートを邪魔しないでください!」

 

「お、おい、アイ…とんぬら! 今のお前はとんぬらだろっ?」

 

「お兄様、何を言って……あ」

 

 ………

 ………

 ………

 

「とん、ぬ、ら………………」

 

 

 ♢♢♢

 

 

(……なんだろう。今、ものすごくイヤな予感がした)

 

 城内、家臣のクレアやレインらに怪しまれずに相手をして、城下街に赴いた二人のためのアリバイ作りをしていたアイリス(とんぬら)は、騒ぐ第六感に、懐にしまってあった銀で縁を装飾した様々な絵柄のカードを取り出す。

 『銀のタロット』。

 この前の里帰りで、紅魔族随一の美人の占い師であるそけっとから、予言者入門の弟子へ送った魔道具。里の観光名所のひとつ『バニルミルド』で見つけたという水晶玉と同じ占い道具で、この銀縁でモンスターを斬りつけることができるから武器としても優れ物よ、と武闘派な師は太鼓判を押す。

 

(ここは少し先を占ってみるか)

 

 アリバイ作りにクレアやレインらと顔合わせしてから再びアイリスの自室へ戻ったとんぬらは『銀のタロット』をテラスの机へ、扇状に展開(スプレッド)。そうして、一度広げたタロットカードを集め直してから、クルクルと円を描くようにシャッフルする。

 そけっとに習った手法の通りに、幾度となくとんぬらの指はカードを引き出したり、上下を逆転させたりする。

 そう言ったシャッフルへの働きかけが、占い師としての腕の見せ所であるとそけっとは語る。

 より正しい運命を引き出すための『占い』スキル。

 

「………」

 

 そして、とんぬらは、三枚のカードを抜き出す。

 それは、自分の分に、カズマの分とアイリスの分。

 

「よし。当たるも八卦当たらぬも八卦。よよいのよい」

 

 ぺらり、と一度机に裏側に置いたカードを捲る。

 一枚目、とんぬらの運勢、白黒仮面の描かれた『悪魔』のカードが逆向きに。

 二枚目、カズマの運勢、師のリッチーのような骸骨が描かれた『死神』のカードが逆向きに。

 そして、三枚目、アイリスの運勢……それは、正逆の位置の常に変わらず不幸を指し示す、崩壊の札『塔』――

 

 

「――アイリス様! お逃げください!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 騎士団が厳重な警備を敷く王城。

 その真正面にふらりと現れた人影。

 薄汚れたローブを羽織り、その()()で顔が隠れているため表情は悟れぬが、その奥より炯々と黄色く光っているのは猫目の眼光。ギラギラとした好戦的な雰囲気。

 王城を守護する門番の騎士たちがまだ抜刀こそはしないが、この不審な輩を詰問せんと威圧を放つ――同時に、白昼堂々と彼女は名乗りを上げた。

 

「あたしは、銀髪の義賊! 第一王女を奪いに来たよ!」

 

 

 悪徳貴族の屋敷に侵入し、不当な手段で稼いだ財産を盗み、それをエリス教団の経営する孤児院へ人知れずに寄付していく。

 その手際は王都の騎士団と警察が捜査に当たっていても、何の手がかりをつかませないほどで、そして、いつしか弱気を助け強きを挫くその行為は民衆から『義賊』などと称されるまでになった。

 その銀髪の義賊――それが、今、第一王女を狙って、襲撃を仕掛けてきた賊。

 

「アイリス様の元へ行かせるか!」

 

 いつになく強引な手段でもって騎士団の警護を突破する銀髪の義賊に、王女護衛の『クルセイダー』クレアが立ちはだかる。

 金髪碧眼は、優等な血を取り入れてきた貴族の証。その普通の人よりも恵まれたステータスでもって、最初から上級職の『クルセイダー』となれた女傑は、王女を狙う賊へ一切の躊躇なく剣を振り下ろした。

 

「っ、人間にしてはやるじゃないか。あたしの手に傷をつけるなんて、ね!」

 

 しかし、銀髪の賊は無造作に剣を鷲掴みにすると、そのままクレアの胴体へ回し蹴りを叩き込んだ。

 白スーツのクレアが蹴りの威力で勢いよくふっ飛ばされて、強く壁に打ち付けられた。

 口から赤い泡を吹いて、膝をつくクレア。

 

「が、はっ……!?」

 

「クレア様っ! よくも――」

 

 宮廷魔導士であるレインが、クレアがやられたのを見て、魔法の詠唱を始める。その掲げた杖の先についた宝石が妖しく光り輝いて、それは魔法と形を成すよりも早くに無詠唱の魔法が義賊の指先より放たれた。

 

「『ライトニング』!」

 

「なあっ!?」

 

 魔法に撃たれたレイン。

 義賊……『盗賊』が、魔法を使った!?

 ありえないはずの現象に驚いたレインは対処が遅れてしまった。

 そうして、側近二人を突破した銀髪の賊は、第一王女の部屋へ!

 それを見たクレアは蹴られた胸を抑えながら、大声で、

 

「――アイリス様! お逃げください!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 廊下から聴こえてきたクレアの声に、アイリス(とんぬら)は慌てて『銀のタロット』を仕舞って、そこで鍵を閉めているはずのドアが開いた。

 

「『アンロック』」

 

 解錠魔法……?

 魔法でこじ開けられた王女の自室へ侵入を果たしたのは、ローブの隙間から銀髪を垂らす不審者。それは大きく屈伸し、その太股の筋肉が大きく倍に膨らんだかと思えば、女豹の如く跳ねた!

 

「第一王女の身柄、この銀髪の義賊が確かに頂いていくよ!」

 

 銀髪の義賊だと……?

 テラスにいるアイリス´に一直線に飛び付き、掻っ攫う銀髪の賊。

 そのままの勢いで、テラスから空を飛び発つ――

 

「ここから落ちたくなかったら大人しくしてな王女様。あたしは」

「残念、外れだ」

 

 声が、思っていたのと違う。いや、声どころか賊の腕の中の第一王女の姿が変わり、

 

「な」

 

 ずん、と攫った直後は華奢で軽かったはずの王女の肉体が、超重量の鋼の塊になっていた。

 

 

「『アストロン』」

「ぬわあああああ――っ!?」

 

 誘拐した偽の王女ごと義賊ならぬ偽賊は、王城の中庭に垂直落下した。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 濛々と立ち込める土埃。

 鉄塊を抱えての落下のダメージが大きいものの、咄嗟の事で拘束の甘い腕から脱出。

 その際に襤褸切れとなったローブが脱げて、露わとなる。

 

「くぅ、よくもやってくれたねぇ!」

 

 ビキニのような露出度の多い衣装で覆い隠されたそのグラマラスな女体。

 そして、頭から生える二本の角と、背に蝙蝠のような黒い翼。

 ――悪魔だ。

 

 

「銀髪の義賊の正体は、悪魔だったのか……!?」

 

 

 中庭に駆け付けた騎士のうちの一人が呟く。

 

(銀髪の義賊が、悪魔だと? いやまさか……。それに、こいつは……っ!)

 

 王女の変身を解き、鉄化を解除したとんぬらは、その髪の色こそ変わったがあの女悪魔には見覚えがある。

 けれど、ひとりが零した呟きは周囲に伝播して、“真実を捻じ曲げられたかのように”、とんぬらが否定をするよりも早く浸透してしまっていた。

 

「……まあいい。これでまずは十分だろう。さらばだ、国王軍!」

 

 そして、包囲網が完成し切る前に、上位悪魔アーネスは王城より逃げ出す。

 銀髪の義賊に王女誘拐の汚名を着せて――

 

 

 ♢♢♢

 

 

「とんぬら殿っ! ご無事か?」

 

 逃げる偽賊を追いかける騎士たち。

 一度は紅魔族に追われても逃げ切ったあの女悪魔なら、おそらくは捕まらないだろう。

 そんな中で、とんぬらは中庭に留まったまま冷静になろうと混沌とした現状を頭の中で整理する。

 すると、城内からこちらに駆け付けてきたクレアとレイン。負傷しているものの、こちらに真っ直ぐに駆けつけられる様子を見る限り、動きには支障がないようだ。

 

「はい、俺は問題ありません。襲撃者を取り逃がしてしまいましたが」

 

「いえ、アイリス様をお守りくださっただけで十分です! それで、アイリス様はどこに? 部屋の中にはおられなかったのですが……」

 

「姫さんは……兄ちゃんに任せて、先に逃がしました」

 

「何ですと!? あの男にアイリス様の身柄を預けたのですか……!?」

 

「『潜伏』スキル持ちの兄ちゃんならきっと相手に見つからずに安全に難を逃れられたことでしょう。念のために俺の姿に化けるよう変化魔法をかけてありますが、おそらく城の中が混乱していましたので、街の方に紛れ込んで避難されているかと。

 こちらの勝手な判断で第一王女を城の外へ出してしまいました。独断専行、申し訳ございません」

 

 後半、居住まいを正して謝罪をすれば、クレアは慌てて、

 

「いいえいいえ! そんな頭をおさげにならないでくださいとんぬら殿! むしろ賊を突破させてしまったのですから、我々の方が失態を犯しています。好判断でした。あの状況下で我々よりも早く、そして冷静にアイリス様をお守りに動いてくださったなんて……その事態を予見していたとしか思えない智謀には脱帽です」

 

「いえ、それほどでも……」

 

 キラキラと目を光らせて尊敬の眼差しを向けられて、気まずいとんぬら。

 結果的に第一王女を守ったのだが、あくまでそれは偶然である。今の説明も、とりあえずことを丸く収めようと付いたウソ。

 だが、如何に嘘も方便を尽くしても曲げられないものもある。

 

「しかし、銀髪の義賊が悪魔だったなんて……」

 

 ポツリと逃げ去った方角を見ながら呟くレイン。

 それは違う……と言いたいが、『銀髪の義賊の知り合いだ』なんて言えるはずもないので、強く否定することもできない。

 そして、

 

「――とんぬら殿。アイリス様を狙った悪漢をひっ捕らえるために、そのお力、お貸しください」

 

 五日間限定から延長していた宮廷道化師は、評価が鰻登りしている大貴族様から真剣に頭を下げて乞われ、天を仰ぐ。

 

(おいおい……これは、しばらく『アクセル』に帰れなくなりそうだぞ……)

 

 ジャンケンに負けてからこの展開。

 ひょっとして自分は幸運の女神エリス様に嫌われているのだろうかととんぬらは思った。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「え……。銀髪の義賊の正体が、巨乳の女悪魔!?!? はあああああっ!?!?」

 

 号外の夕刊に載っていた見出しは、思わず目を剥いて絶叫を上げてしまうほどありえないものだった。

 今日の昼頃、王城を『銀髪の義賊』と名乗る襲撃者が、第一王女アイリス様を拉致しようとしたという。

 そんなのは絶対にありえないはずなのに、既に世論は『銀髪の義賊』が巨乳の女悪魔だと固まってしまっている。

 そう、巨乳で、女悪魔だ。

 …………これは、絶対に、許してはおけない。絶対に、だ。

 ギリッと歯軋りしながら新聞を読み進めていくと、見覚えのある名前があった。それは機転でもって第一王女を『銀髪の義賊』から救った功労者、今は宮廷道化師を務めているという冒険者の少年で……

 

「ふ、ふふふ……ちょぉっとこれは、先輩からの招集になかなか来てくれない後輩君を無理やりにでもとっちめる必要があるよねぇ……?」

 

 

 ゆんゆんは見た。

 

 

 『まだ帰れない』という旨の手紙を受け取り、けれど帰りをただ待っていることなんてこれ以上は出来なくって、転送屋で王都へやってきた。

 このまま王城へ向かって、何でもいいから一目でも彼に会いたい。そう思って――遭遇した。

 

 呆然と固まる魔剣の勇者を置いて、そそくさと走り去る二人。

 大事なパートナーを奪い合っていた時は、『とんぬらは私の婚約者(もの)!』と文句を言ってやろうと思っていたのに……

 

 

『私は、お兄様が良いです!』

 

 

 そう腕に抱き着き、

 

 

『ですから、私とお兄様のデートを邪魔しないでください!』

 

 

 そう主張する彼を見て。

 何か違和感を覚えたけれど、それを気にすることができないほど意識が朦朧としてきた。とにかくその光景は乙女にはショックがデカすぎた。

 え……帰れない、って、こういうこと……?

 『アクセル』では大っぴらに明かせない関係を、知り合いのいない王都でなら謳歌できる……ううん、きっとこれは夢。悪い夢よ……

 

 そのまま、誰とも会わず、何も言わずにゆんゆんは『アクセル』へと帰った。

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 銀のタロット:ドラクエⅣの仲間の占い師の専門武器兼占い道具。戦闘中に道具として使えば、『パルプンテ』のように様々な効果を引き起こす。ただし、使えば使うほど『ひいてはいけないカード』が出やすくなる。

 小説版では、鉱山で見つけた強大な力を秘めた魔道具であるため、世界中の占い師達が、誰が所有すべきかを協議したほど。けれど、いつの間にか盗まれてしまい、百年間行方不明になった幻のカードである。

 ボスモンスターである『キングレオ』との戦闘で魔道具として使用されたときは、心の弱い部分を掻き毟るような幻を見せるような効果を発現させた。武器として使った時は、『エスターク』にトドメを刺す際に、トランプ投げの要領で投擲して、額に突き刺さったほど。

 ちなみにトランプ投げは熟練者がやれば時速二百kmは優に超える速度が出せるそうな。

 

 カードの種類。

 『悪魔』:敵全体に防御力低下(ルカナン)の効果。

 『正義』:敵全体にターンアンデッド(ニフラム)の効果。

 『塔』:敵全体に雷を落とす。

 『星』:戦闘終了時の経験値とお金が二倍になる。

 『力』:味方ひとりに攻撃力強化(バイキルト)の効果。

 『月』:敵全体に幻惑(マヌーサ)の効果。

 『太陽』:味方に最上位回復(ベホマズン)の効果。

 『死神』:敵一体にデス(ザキ)の効果。

 『ひいてはいけないカード』:設定では、『完全なるもの』、すなわち『神』を意味するカード。現実には存在しないカードだが、モデルはおそらく『世界』。カードの絵柄は『ドラゴンの顔と二本の剣』

 効果は味方全体にデス(ザラキ)。唯一のマイナスの効果。

 戦闘中には出てこないが他のタロットの役側のカードも揃ってはおり、中には『腐った死体』や『夜の帝王』など普通にはないのがある。




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