この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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6章
55話


 宮廷道化師。それは上級階級によって雇われたエンターテイナー。

 物語を語ったり、歌や音楽、アクロバットやジャグリング、奇術など様々な芸を披露して楽しませる。しかし、彼らは主人を楽しませるだけでなく批判をするために仕えており、愚者であること、すなわち自由に発言できる特権として許された者たちなのだ。

 主君に対し忌憚なく洞察して、皮肉を述べる、正しい助言者である。

 

 

「はぁっ!」

「ふんっ!」

 

 長剣と鉄扇。

 鋼と鋼が打ち合うだけで、轟音がつんざく。

 踏みしめる足が床を穿ち、空ぶった一撃の風圧が室内訓練場の壁を揺らす。

 物理法則にあるまじき狼藉に、大気がヒステリーをおこして絶叫している。激突し相克し合うその余波が風を唸らせる、荒れ狂うハリケーンの直中にあるかのようにその二人が演じるが白兵戦に割って入れるものはいない。

 側近の守護騎士に宮廷魔導士も驚きに目を瞠らせていて、この王城に招かれた勇敢な冒険者は、自分の視力では捕捉し切れない対決に頬を思い切り引き攣らせている。

 冒険者の少年カズマは白スーツの女騎士クレアではなく、話の通じる方の黒いドレスの女魔法使いレインに耳打ちして訊ねる。

 

「なあ、アイリスって何であんなに強いの?」

 

「アイリス様は王族です。王族や有力な貴族は、昔から強い勇者達の血を取り入れて潜在能力を飛躍させています。その上であらゆる分野において最高の教育をなされています。加えて経験値が豊富な高級食材を惜しみもなく食してレベルを上げ、勇者から受け継いだ武具で戦う。ベルゼルグ陛下や第一王子ジャティス様は最前線で魔王軍と戦っておられるのですよ」

 

 知らなかったよそんなこと。つーかもう王族が魔王軍を倒しにけばいいんじゃないかな。

 

「この最近のアイリス様は特に訓練に身を入れられていて、『クルセイダー』のクレア様でも相手するのは大変で……ですから、私と同じ『アークウィザード』なのに、アイリス様と勝負できる方が私には驚きなのですが」

 

 めぐみんと同じ後衛職の魔法使いなのに、『ドラゴンハーフ』並みの身体能力で前衛もバリバリこなす紅魔族の変異種だからな。デュラハンのベルディアやグロウキメラのシルビアとも近接戦で戦っていたし。

 

「流石は、魔剣使いミツルギ殿がパーティに乞う逸材だ。私でも一撃受ければ腕が痺れるアイリス様の猛攻をああも凌ぐとは。やはり、我々からパーティに入るよう要請するべきか……」

 

 こちらに耳は傾けていたようだが、女騎士の目は訓練場中央から放れない。

 

「私は代々勇者の血を受け入れ、その力を揺るぎないものにしてきた王族のひとりです! 先祖代々受け継がれているこの神器で、今日こそ勝ってみせます!」

 

 如何にも王族が身に着けそうな鎧と煌びやかな剣を装備しているアイリス。

 なんか神器だとか言っていたが、後に話を聞くと、なんとかカリバーという国宝で、所有者をあらゆる状態異常や呪いなどから守ってくれる神器だそうで、鞘が綺麗なのでお父様にねだってもらったらしい。

 

「それを言うならば、俺は勇者の血を引き継ぎし神主一族の末裔であり、対魔王軍兵器として生み出された紅魔族のひとりだぞ。自分だけが特別などとは思わんことだな」

 

 その風を切るなんとかカリバーを、白と黒の短冊を束ねた鉄扇で打ち合うタキシード仮面なとんぬら。

 専守防衛に徹すれば、近接戦闘の達人である魔王軍幹部ベルディアの剣劇とも打ち合えたその技量で、お姫様の剛腕が繰り出す神器の一刀を捌いている。

 

 どちらもカズマよりも年下。特にアイリスは蝶よ花よと育てられたかのような、お姫様に相応しい可憐な容姿をしている。

 まったくどちらも末恐ろしい才能をしていると若干引いてしまう。

 

「これでも駆け出し時代のミツルギ相手に稽古してやってたんだ。神器だろうが刃ではなく刀身を叩けば捌ける」

 

「お兄様は教えてくれました」

 

「なに――」

 

「勝負に綺麗も汚いもないと!」

 

 第一王女は沈めた体を跳ね上がらせることで、とんぬらが広げて構えた鉄扇を弾きあげた。

 その様は、騎士の優雅な華麗な剣術というものからは程遠く、むしろ『狂戦士(バーサーカー)』、あるいは野獣のそれに近い。さっきまで両手で扱っていた剣を片手で振り回し、空いた手で拳を入れたかと思えば、床を蹴り上げ砂利を飛ばしてくる。

 

「ぐぅ! 目潰しか!? ヤンチャだな、お姫さん!」

 

「卑怯など負け犬の戯言! 勝てば官軍! ですよね、お兄様!」

 

 あー……そんなことも教えたかもしれないなー……とにこやかな笑みを向けるアイリスにぎこちなく頷くカズマ。

 横から来る教育係から物凄く睨まれてる。特にクレアはこめかみにビキビキと青筋が浮いてる。でも、目潰しは使える手だ。『クリエイト・アース』と『ウインド・ブレス』のコンボはとてもお世話になっている戦法なのだ。

 

「貴様はやはりアイリス様に悪影響ばかり与えるヤツだな!! 何だあれは!! 目潰しなど、ゴロツキがする姑息な戦法は王族が取るべきものではないぞ!!」

 

「アイリスがどうしても勝ちたいっつうから……待て待て! 剣を抜くなクレア!?」

 

 沸点の低いクレアは剣を抜こうとして、すぐハッと視線を戻す。

 

「『エクステリオン』!」

「! ――『アクロバットスター』ッ!」

 

 王女様が叫ぶと同時、手にしていた剣から光り輝く斬撃が飛ぶ。それを鉄扇で受けるのを中断し、側転宙返りで紙一重で躱してみせるとんぬら。

 そのままバク転を数度行い、距離を取ったとんぬらは、アイリスへ非難を飛ばす。

 

「俺でなかったら死んでたぞ! これは稽古じゃないのか!?」

 

「当然、あなたならば避けられると思っていましたよ。だから、私も全力で稽古に望めるんじゃないんですか」

 

「俺が任じられたのは宮廷道化師のはずなんだがな……だが、そっちがその気なら、こっちも容赦なくやらせてもらうぞお転婆な姫さん」

 

「ッ! ええっ! 望むところです! 本気のあなたを降して得た勝利こそ意味があるんです!」

 

 とんぬらは白い渦を巻き始める鉄扇を振り抜き、

 

「『風花雪月・猫又』」

 

 一呼吸の内に、雪精舞う冬の風は、氷像を造り上げる。

 目も鼻も彫られていない細部にこだわっていないただの人型の人形であるも、それが四体同時に。

 

「雪精の力を頼った宴会芸スキル『氷彫刻(アイスメイク)』。スキルが熟達した今では動かせるようにもなった。氷像版の『クリエイト・アースゴーレム』と考えてもいい」

 

「わざわざ手の内を教えるなんて、親切ですね。……私の事を侮っているんですか?」

 

「奇術をする前に手札を見せるのと同じことだ。事前に説明がなければ理解できないのでは、楽しめないだろう? それは、芸人としてあってはならない。宮廷道化師としてここにお呼ばれしている以上は、そのスタイルを大事にしたいんだよ」

 

「矜持よりも勝敗に拘ってほしいんですけど……」

 

 膨れっ面に不満を露わとするアイリスの視線を、肩を竦めて流すとんぬら。

 

「無論、俺は俺のスタイルを通して勝つさ。約束通り、姫さんとの勝負には手を抜かない。しかし、これは稽古であるんだし、勉強するのも大事だろう? ではあと二つのスキルを紹介しよう」

 

 トントントントン、と鉄扇で氷像の肩を軽く叩いていく。

 途端、その姿が“とんぬら´”へと変化した。

 

「変身魔法『モシャス』。単なる物真似芸とは一線を画し、姿形だけでなく、筋力や敏捷と言った身体能力にその模倣対象が習得しているスキルを初期レベルまで弱体化しているが行使できるようになる。

 これを俺は二通りの発展版を開発してな。

 ひとつは、強力な分だけそれに比例した魔力を消費するが対象の制限を外し、己が最強と思える存在に化ける究極変身魔法『エボルシャス』

 そして、変身魔法二回分の魔力消費で使う、自分ではなく相手を別の対象に化けさせる強制変身魔法『モシャサス』。今使ったのはこっちの方だ」

 

 まるで、分身の術だ。

 完全に瓜二つのとんぬら達が五人、訓練場に。これには、宮廷魔導士であるレインも息を呑む芸当のようだ。

 つい忘れがちになるが、とんぬらは『アークウィザード』だ。魔法の方こそ本領と見るべきである。

 そして、とんぬらは最後の仕上げを施す。

 

「『ヴァーサタイル・ジーニアス』――これは、『ヴァーサタイル・エンターテイナー』の独自の上位版とも言える。簡単にいえば、俺自身のスキル習熟度を他者に伝播させる支援魔法だ」

 

 なんと! と驚嘆する守護騎士のクレア。それにはカズマも支援を受けたことがあるからその万能感には身に覚えがある。

 つまり、このスキルレベル1程度の初期設定だったとんぬら´たちは、今、とんぬら本体からの才能がダウンロードされた、限りなく本物に近づいた個体になったのだろう。

 単なる氷像のゴーレムでは雑魚だったが、一気に『ドラゴンハーフ』のスピードとパワー、『アークウィザード』のスキルを会得した。

 

「ご清聴ありがとう。最後に言い忘れていたが、人形作りの得意なマネージャーから学習して(ぬすんで)な。氷像は自爆する仕様となっている」

 

 肝心なことを最後に……!

 種明かしを理解したアイリスは、すぐに動いた。

 とんぬらが鉄扇を振り下ろすのを合図として、襲い掛かってくる四体のとんぬら´。これらを決して近づけさせてはならない。

 アイリスは剣ではなく、魔法による迎撃に切り替えて、とんぬら´たちへ手をかざす。

 

「っ、『セイクリッド・ライトニングフレア』――!!」

 

 訓練場に白い稲妻が走り抜ける

 それは眩い光の奔流となり、暴風と共に吹き荒れた。けれど、凄まじいまでの轟音が鳴り止んだ場には依然と形を保つ人影が五体あった。

 

「え」

 

「『アストロン』」

 

 まるで、だるまさんが転んだ、とばかりに攻撃した瞬間に停止している鉄塊。

 その強力な対魔力は、王族秘伝の魔法にも耐え抜き、鉄化が解けるや否やまた一斉に飛び掛かる。

 それは詠唱を完了させるよりも早く、一気に先の魔法を放てば自分も巻き込む近接圏内にまで踏み込んできて、アイリスが剣を振るう前に、自爆。

 

「「アイリス様っ!?」」

 

 側近二人の悲鳴が上がる。

 爆発に巻き込まれた。いくら王族の血筋を引くとはいえ、これは――と駆け付けようとするクレアとレインを制止する声が飛ぶ。

 

「大丈夫ですっ! こんな目晦ましで王族は倒れたりしませんっ!」

 

 濛々と立ち込める濃霧。

 どうやら自爆すると言っても、今のは威力のある爆弾というよりも煙幕みたいに視界を塗り潰すタイプのようだ。アイリスがクレアとレインの悲鳴に反応し、すぐに声を発せられるところを見ると、演出は派手だがあまり殺傷性というのはないのだろう。

 

 しかし、これでアイリスの視界は360度見通すことができなくなった。傍で見ている側近二人は当然として、カズマも『千里眼』スキルを働かせて、どうにかサーモグラフィーのようにアイリスの輪郭が掴める程度で……

 

「こうなったら――!」

 

 このまま五里霧中に右往左往としていれば、濃霧に紛れて奇襲を仕掛けてくる、もしくはさらに分身を造り上げるだろう。

 ならば、こんな目晦ましを一掃する大技、王族秘伝の必殺剣で片を付ける!

 

「『セイクリッド・エクス」

 

 聖剣を構え精神統一しながらも、周囲へ気を張り巡らせていたアイリスはその時、不意に、首後ろを掴まれた。

 

 うそっ!? そんな気配は――はっ!? お兄様!? いえ、違うっ!!

 

 それは、アイリスが兄と慕うカズマ。ではなく、とんぬらが『モシャス』で変化したカズマ´。

 教えてもらえば何でも覚えられる『冒険者』の特性を活かし、多職業のスキルを習得しているカズマ´は、『アーチャー』の『千里眼』スキルでこの濃霧の中でアイリスの位置を察知し、『盗賊』の『潜伏』スキルを働かせてアイリスに気取らせずに背後にまで忍び入った。

 

「ぐぅ、力が抜け、て……――」

 

 そして、最後はアンデッドの『ドレインタッチ』でアイリスを傷つけることなく魔力体力を奪い……煙が晴れたとき、傍観していた三人が見たのは、訓練場にひとり立つタキシード仮面と、その足元に脱力して頽れる第一王女の姿であった。

 

 

 ――十分後。

 

 

「ほい、今回も俺の勝ちってことで良いよな、姫さん」

 

「お兄様に化けるなんて卑怯です! こんなのは認めません、この勝負は無効です!」

 

「勝負に卑怯など負け犬の戯言だと姫さんが自分で言ったんだろ? だったら、いちゃもんをつけるのは兄ちゃんの教えに背くのではないか?」

 

「ッ! そ、それではもう一度! もう一度勝負をしましょう! このまま勝ち逃げなんて絶対に許しませんよ! 今度はお兄様とすんごい作戦を考えてきますから!」

 

「おい、この勝負で最後にするはずではないか? 契約期間も過ぎていますし、もう姫さんを十分満足させたと思うのですが……? どうでしょうか、クレア殿、レイン殿?」

 

「う、うむ……しかし、この通り、アイリス様はとんぬら殿と再戦をご希望なされている。『アクセル』へ戻られるのはもうしばらく延長をお願いできませんか? そうです、何でしたら、ミツルギ殿と旧交を温められたら如何でしょう? ちょうどこの王都にもおられるそうですよ」

 

 引き止めようとするクレア。

 高等教育を受けたアイリスと同年代で、ここまで競い合える相手というのは、ハリが出てきて教育係として好ましい。おかげで第一王女の成長も著しく、そして何よりも生き生きとしていて楽しそうなのだ。これはいい刺激になる。

 

「今、働いている店が刈り入れ時なんです。任せられている仕事の中には俺にしかできないものもある。そう何日も放置すると問題も出てくる」

 

「そちらには我々から話を通します、応じて報酬も補填いたしましょう。ですから、宮廷道化師を続けてはくれませんかとんぬら殿?」

 

 レインもやはりアイリスの方に心情は傾いている様だ。

 とんぬらの立場は、客人であるカズマとは違って、雇われである。

 働きに応じた報酬は約束されてはいるものの、自由に退場できるものではないのだろう。『テレポート』を習得していないとんぬらは、王都内の自由は許されても転送屋を含め王都の外へ出るのを封鎖されている今、帰るに帰れない。

 

「兄ちゃん……俺、そろそろ帰らないと、怖い。色々と」

 

 その言葉には切実な思いが込められていた。

 とんぬらが、唯一、第一王女に話をつけられそうなこちらに助けを乞う。

 うん、こちらとは違ってとんぬらが王都から帰りたがっているのはわかっている。わかってはいるんだが……

 

「あー……アイリス」

 

「お兄ちゃん……」

 

 …………いや、しかし。

 カズマとしても、常に厳格な王族であることを強いられるアイリスの我儘を叶えてやりたい。遊び相手としてはゲーマーのカズマでも十分務められるのだが、純粋な競争相手となるとやはり力不足なのだ。

 

「なあ、俺からも頼むよ、とんぬら。もうちょっとくらい、いいだろ?」

 

 1:4の多数決に、仮面は天を仰ぐ。

 

「お願いします。私、もっと……」

 

「……せめて、手紙を出させてくれ」

 

 どうして、こうなった。

 とんぬらはまだ『アクセル』にいた頃の出来事を思い返す。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 水と温泉の都『アルカンレティア』の汚染騒動や紅魔の里への魔王軍襲撃の件が片付き、駆け出し冒険者の街『アクセル』に帰ってきてからというものの、とんぬらはバイトに明け暮れていた。

 私用でしばらくの間、続けて有給休暇を取っていたとんぬらは明後日に控えた新装開店セールに向けて、これまで休んでいた分を取り返す勢いで精を出す。カズマ考案の日本にあった数々の便利グッズや家電製品を売りに出すのだ。

 紅魔族の里の、神主一族が管理する地下格納庫より様々な家電製品が発掘され、それを見本とすることで一気に家電路線が進んだのだ。棚から牡丹餅である。これにはマネージャーも呵々大笑して、ひょいざぶろーの再雇用の件も了承してくれた。

 ひとつ厄介事の種を抱えてしまっているも、とんぬらは日々充実している実感を噛みしめて……でも、彼の運勢というのは順調に行っていても大概がΛ字な展開に見舞われることになるのが、お約束であった。

 

 

 来たるべき日に向けて準備中のウィズ魔道具店。

 猫の手も借りたい忙しさで、新入りのプチ魔獣の尻を引っ叩いて働かせている中、とんぬらとゆんゆんは、大手卸売業者とのコネを持つ令嬢と知的財産権契約を結んでいる冒険者のいる、知人の屋敷へと訪れた。

 今後もよろしく、と完成品の『くーら』の貢ぎ物を持参してきたのである。

 この手の商談は基本的にマネージャーが行うのだが、ここには『駆け出しプリーストが張った失敗作』な結界が張ってあり、それを『超強い地獄の公爵』であるマネージャーが通ってしまうと崩壊してしまうから、とのことで敬遠されていた。

 そこで紅魔族の一件で商談をマネージャーの望み通りに成立させたことから実績を得たとんぬらに任せるようになった。ようは、『こんな忙しい時に狂犬女神の相手などしていられるか』と厄介事をこちらに投げたのである。

 

「ねぇ、約束取ってないけどいいのかな? 急に家に行ったら迷惑じゃないとんぬら?」

 

「別にそこまで気にするような堅苦しい間柄ではないだろうに。今日は遊びに行くんじゃなくてお仕事、配達みたいなもんだ。今後もご贔屓にってお得意様である兄ちゃんらに贈り物をするだけだから、もっと気軽に……」

 

 そんなわけで、屋敷へやって来たバイトの二人が扉をノックすると、

 

「お帰りなさいませ! お嬢様が、た……」

 

「………」

「………」

 

 金髪碧眼メイド令嬢ダスティネス=フォード=ララティーナに迎えられた。

 二人が無言のままで扉を閉める。

 

「……そうだな。親しい仲にも礼儀あり。やっぱり事前に予約(アポ)をするのは大事だった、ゆんゆん」

「そうね。こういうのは気を付けないとダメよ、とんぬら」

 

「ま、待ってくれええええっ!」

 

 郊外の屋敷に、悲しげな慟哭が響いたのだった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「おおっ! 『クーラ』か! 作りたかったんだけど、こればっかりは魔道具製作の知識をめぐみんに教えてもらっても無理だったから諦めてたんだよなー。これから夏になるし超助かる! よし、アクアが帰ってくる前に自室に取り付けさせてもらおう!」

 

「そうか。気に入ってもらえて何よりだ、兄ちゃん……それで」

 

 スカート丈の短い特別仕様のメイド服。この屋敷の主の冒険者に言わせると『エロ担当』に相応しいスタイルをした女性が着る。それも彼女は、見知った相手である金髪碧眼の貴族令嬢にして国随一の硬さを誇る『クルセイダー』のダクネスだった。

 

「すまない。アクアとめぐみんが帰ってきたとばかり、あんな……あんな真似をっ! あれは、カズマがやれというから仕方なく……!」

 

「わかってます。こっちもなんか間の悪い時に来てすみません!」

 

「いや本当に……兄ちゃんとのお楽しみの最中を邪魔して申し訳ないダクネスさん。届け物も終わりましたし、すぐに帰りますので、どうぞ続きを」

 

「おい待てっ! そういう気の遣われ方をすると、非常に不愉快なので、本当に、真剣に勘違いしないでいただきたいのだが……」

 

「あれっ?」

 

 真顔のダクネスに、とんぬらは首を傾げ、

 

「え、っと……兄ちゃんのために、ダクネスさんはわざわざメイド服で甲斐甲斐しく世話をしているんですよね?」

 

「これは……諸事情があって、仕方なくこの男の調教を受けているのだ」

 

「調教?」

 

「そんなことはしてない。こいつの勝手な妄想だ。真に受けるな二人とも」

 

「何を言う。カズマが私の要求を呑む代わりに、このような男の欲望丸出しなメイド服を着て、家事をしろと言ってきたのではないか」

 

「ダクネス、あまり変なことを言うとお仕置きと称し、“メイド服クルセイダーララティーナ”の名をギルドに定着させるぞ」

 

「それは止めてくれ。相変わらず私の本当に嫌がる事を的確に思いつくヤツめ。……というか、ララティーナと呼ぶのは本当にやめてくれ、お願いします」

 

 しっかりと躾けているように見えるのはこちらの気のせいだろうか?

 くいくい、と隣から服を引っ張られ、顔を僅かにそちらへ傾けると、ゆんゆんが口元に手で隠して、とんぬらの耳元に、

 

「(あなたも、こういうの……好き、なの?)」

 

 このパートナーの気にする点はそこなのか……とんぬらはわずかに遠い目になる。

 里での婚約を経てからというもの、ゆんゆんはやけにくっつくようになった。手を繋ぎたがるし、腕を組みたがるし、一緒の布団に入りたがる。それから、『我慢できなくなったら、遠慮しないで言ってね? お母さんやゆいゆいさんたちから、男の人のせ、生理現象についてちゃんと聞いてるからっ!』などと今のようにあどけない顔を赤くして言ってくる……花嫁修業で里の奥様方に一体どんな保健の授業を吹き込まれたんだ?

 とはいえ、『ワシの目が黒い内は、そう簡単にいちゃつかせんぞ!』とリア充爆発しろな新入りのプチ魔獣(恋愛成就のお守りに指定されている元巨大魔獣)が、くっついているのを見かけるたびに万能家事ロボットよりも積極的に邪魔をするので、健全なお付き合いができている。

 

「(否定はしないが、こういう時に訊く事じゃないだろ)」

「あいたっ!?」

 

 ととんぬらは軽くデコピンする。

 涙目で額を押さえるゆんゆんを他所に、話を進める。

 

「それで、ダクネスにメイド服を着せたはいいんだが、家事をやらせても全然つまらん。器用度が低いくせに、手抜かりなく掃除するし、料理も塩と砂糖を間違える真似もしない。味も普通。仕方ないから、メイドにとって一番大切な仕事を教えてたら、とんぬら達が来たんだ」

 

「それで、めぐみんとアクア様と勘違いされたか……事情は分かったんだが、兄ちゃんはメイドの事情に詳しいのか?」

 

 意外にも元の国では使用人も雇えるくらいの貴族様だったのだろうか、なんてことを推理しつつとんぬらが問えば、カズマは腕を組みつつ、力強く豪語する。

 

「ああ。俺の国では、コレをやらないメイドなんてメイドじゃない!」

 

「本当に!? 本当にそうなのか!? 少なくとも我が家で雇っていたメイドには、父はこんなことをさせていなかったのだが!」

 

「本当だ! ほらっ、もう一回、俺にやってみせろ。さっきのは笑顔が硬かったしな。ったくダクネスは常日頃から無愛想だから、怖いんだよ。もっとにこっとしながらお帰りなさい、だ!」

 

「なあ!?」

 

 チラチラとこちらの目を気にするダクネスだったが、強く押されると従ってしまう性質で、ボソボソと、

 

「お、お帰りなさいませご主人様」

 

「声が小さい! 何だ、人前で照れてるのか! 恥ずかしがるな、これは常識的な事なんだ! それに手はこう! もっと前屈みに、色々と強調して! エロいだけがお前の唯一の取り柄だろうが! さん、はい!」

 

「お帰りなさいませご主人様! いたぶられるのは好きですが、あまり調子に乗り過ぎると、私のもう一つの取り柄の握力が……!」

 

「あああああ、割れる、頭が割れる! なんか出る! ごめんなさい!! とんぬら助けてー!!」

 

「ええ、邪魔をしないんでごゆっくりどうぞー。俺達はもう帰りますので」

 

 こめかみにアイアンクローを食らい悲鳴を上げるカズマを放置して、とんぬらは屋敷を出ようとする。

 その前に、カズマの意識を落としてみせたダクネスが制止をかけた。

 

「待ってくれ、とんぬら!」

 

「心配しなくても、バニルマネージャーではないんですし、ギルドで“メイド服クルセイダーララティーナ”なんて吹聴しませんよ」

 

「そうじゃない! いや、そうしてくれるのは助かるんだが、実はとんぬらにお願いがあるんだ」

 

「うん? 俺に頼み事とは一体何ですか、ダクネスさん」

 

「その、だな……」

 

 とんぬらが促せばダクネスは言い難そうに口を一、二度、開け閉めしてから、奥歯に物が挟まったような彼女らしからぬ言い方で、

 

「すまない。こちらの都合上、警備の事もあって、あまり公言はできないんだが、明日に『アクセル』に来られる…私の昔に会った知人に、『アクセル』で最も腕の立つ芸人を見せてほしいとお願いされてな。それでとんぬらに芸を披露してほしいのだ」

 

「芸……つまりは、俺に芸人を請け負ってくれと?」

 

「ああ、そうだ。とんぬらが芸事に腕が立つのは知っているからな。それに節度を弁えている」

 

「確かに場を盛り上げる宴会芸には自信がありますよ。この最近は明後日の新商品売り出しに向けてネタを準備していますからね。……でも、ダクネスさんにはアクア様がいるんじゃないですか?」

 

 以前、競い合ったことがあったが、まだまだあの神の一手には届かない。

 芸事は乞われてやるものではないにしても、それなりの場を用意して、仲間であるダクネスがお願いすれば、アクアも渾身の芸を披露してくれるだろう。

 

「アクア様のあの半日はかかる大演目『百式朧』はとても素晴らしいもの。『アクセル』随一の芸人は俺ではなくアクア様でしょう」

 

「謙遜するな。アクアもとんぬらは芸達者だと褒めていたぞ。それに……アクアは明後日の会食の方に出てもらうことになっているし……」

 

「ああ、なるほど。無礼なことをしないか不安なんですか?」

 

 その質問に、ダクネスがびくっと身を震わせた。

 ダクネスはご令嬢であり、メイド服を着せて遊ぶなんてもってのほか、こうして砕けて話すのも普通なら不遜である。貴族に対して失礼の無いような言動が取れるか。いつもダクネスにやるような対応はアウトなのだ。それを考えてみると、問題児集団アクシズ教団のプリーストであるアクアは不安だろう。……もっとも、アクアは貴族などよりも遥かに敬わなければならない方なのだが。

 

「アクア様は貴族に通じるだけの礼儀作法を心得ておられると思いますよ。同じパーティなんですし、信頼されてもいいのでは?」

 

「う……うう……。正直に言わせてもらうが、アクアの事はこれ以上ないぐらいに理解しているからこそ絶対に何かやらかすと確信しているのだ」

 

 そんな泣きそうな顔になりながら言われると、こちらも返答の仕様がない。

 不安でいっぱいなダクネスはどうにも明後日の会食も中止にしたいと願っているようにも見える。

 気にし過ぎだと思わなくもないが、貴族社会で身内の恥をさらすのはあまりよろしくはないだろう。

 

「だから、頼むとんぬら。明日の客人を歓迎する夕食(ディナー)の一席だけでいい、ダスティネス家に芸人として雇われてくれないか」

 

 テーブルに額がつくほど頭を下げられる。

 いつになく真剣なダクネスの頼みに、とんぬらも首を縦に振りたいところなのだが……

 

(何か、イヤな予感がするんだよな……)

 

 この話に乗るのはあまりよくない、と直感が反応するのだ。

 本当に勘で、ただ何となく、という風な感じ。そんな曖昧な理由でダクネスの嘆願を突っぱねるのは気が引けるので、何も言えずにしばし受けるか否かと唸っていると、そこでデコピンから復活したゆんゆんがまた腕をくいくいと引く。

 

「ダクネスさんの頼み、受けても良いんじゃないとんぬら」

 

「いやしかしだな。ほら、明後日のセールに向けて最近、バイトに忙殺されているだろ。ひょいざぶろーさんとの交渉もこちらが一手に請け負っているんだし、明日も紅魔の里に出向いて商品の受け取りをしなくちゃいけない」

 

「それなら、私がやるわよ。大体、紅魔の里と『アクセル』を『テレポート』で行き来しているのは私なんだから。セールの準備も今日でひと段落つくってウィズさんも言ってたし」

 

 困ったダクネスを見かねてゆんゆんからの援護射撃、ただしとんぬらには味方撃ち(フレンドリーファイア)

 逃げ道が封鎖されて、これはますます断り辛くなってきた。

 

「とんぬらの宴会芸なら、きっと貴族の人が相手だって喜ばれるわ」

 

 なんて、自慢げな笑みを浮かべるゆんゆん。そんなことをされるとこちらは引き下がれなくなる。

 

 明後日の祝いの門出の日に向けて、客寄せの芸を磨いてきている。その試験にも良いだろう。

 それに、ダクネス……ダスティネス・フォード・ララティーナと親しき仲というのであれば、上流階級のお嬢様。

 そうだな。貴族社会とのコネクションも増やしておきたいし……

 

 損得の計算を終えたとんぬらは、降参というように肩を竦めて、

 

「わかりました。何用かは知りませんが、明後日のアクア様らの前座として場を温めてみせましょう」

 

「おお、そうか! ありがとう、とんぬら!」

 

 この時、とんぬらは強引にでもダクネスの硬い口を割らせて、客人の正体を知っておけばよかったと後悔することになる。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ――ダスティネス邸。

 『アクセル』の街においても最も大きなその邸宅は、いつになく厳戒態勢であった。

 使用人の数は少ないと記憶していたのだが、以前訪れた時よりも倍増しで増員されており、きっと今のとんぬらのように臨時の日雇いであろう。

 

 ん……? なんかこれと同じようなのを前にもどこかで見たような……?

 

 通された控室でとんぬらは首を捻っていると、扉を開けられる。

 入ってきたのは、真っ白で清楚な純白のドレスに身を包んだダクネス。その長い金髪を鎖骨の辺りで綺麗に三つ編みにし、それを右肩から前に垂らしている。

 とんぬらは素直に感想を述べる。

 

「これはまたお綺麗ですね。普段よく見かける鎧姿も凛々しいものですが、そのようなドレス姿も良く似合っていますよ」

 

「う、うむ。とんぬらはカズマと違って、きちんと褒め言葉が言えるのか。少々物足りない気もするが、偶にはこうしてきちんと扱われるのもいいものだな」

 

「兄ちゃんも花も恥じらうその御姿に照れたんですよ」

 

「おべんちゃらは結構だぞ」

 

「冗談ではなく本心から述べておりますが。もっとも俺にとっての一番だとは言えませんけどね」

 

「ふふっ、惚気てくれるな。とんぬらも着こなしているではないか……格好があのいけ好かない悪魔と同じなのは気に食わないけどな」

 

 今のとんぬらは、黒のタキシードである。意匠は異なるものの同じ白黒の仮面姿も相俟って、あの人間をからかうのが何よりも大好きな、一度は身体を共有したことのある悪魔のようだ。

 

「従業員の服装というのはないんですがね。こうした方が、店の広告塔にはなるでしょ?」

 

 今日、芸を披露するのはお偉いさんだ。タキシードは正装でもあるし、ユニフォームっぽく揃えた衣装の方が魔道具店を宣伝するには良い相手かもしれない。

 そんな密かにコネクションを増やそうかと考えているとんぬらに、ダクネスは今更ながら打ち明ける。

 

「その……明日、カズマたち、私のパーティを紹介する方は、国のトップなのだ」

 

「はい?」

 

「お忍びで来られるからこれまで話せなかったが、これから当屋敷に来られるのは一国の王女様だ。場合によっては本当に首が飛ぶかもしれん。私はあいつらが無礼を働かないか心配で心配で……だから、この会食は何としてでも断りたかったのだが、カズマたちがどうも乗り気で」

 

「ちょ、っと待ってくださいダクネスさん」

 

 カズマパーティの中では比較的常識人な部類に入るダクネス、彼女の貴族としての命運がかかっているこの一大事の苦労はよくわかった。でも、こんな土壇場で打ち明けられたこっちの心労も大変である。

 

「今日、来られるのは貴族の方ではなく、王族?」

 

「ああ。第一王女のアイリス様だ」

 

 ダクネスの口から飛び出した人名で、とんぬらの心労が倍プッシュされた。

 

「アイリス様は冒険譚を聴くのが好きな御方で、有名な冒険者から話を聞こうと会食を開かれることがあるのだ。それで魔王軍幹部のバニルやハンスを討伐した私達にその手紙が来て……いや、あれはとんぬらとゆんゆんの貢献の方が大きいと思っているんだが、冒険者ギルドでは我々の活躍になっていてな。申し訳ない」

 

「いえ、お構いなく。うちのゆんゆん、それに俺も、細々と冒険者稼業をできれば結構ですので。手柄なんて全然気にしてません」

 

「そうか。……うちのパーティも二人のようにもっと慎み深かったら良かったんだが……」

 

「いやいや、ダクネスさんのパーティも活躍してます。十分、お姫様に聴かせられるだけの冒険をしてきましたよ」

 

「ふっ……ありがとう。少しは肩の荷が下りた気がする。そうだな。次の機会はとんぬら達を推薦しておこう」

 

「本当に、お構いなく」

 

 紅魔族的にこのような晴れの舞台を辞退したがるのはダメなのだろうが、事情がある。

 そう、話にも出てきているあの第一王女。人を見る目に自信があるあの少女の前にとんぬらはあまり立ちたくないのだ。

 

「それで、私達のパーティの会食は明日に控えているんだが、この最近のアイリス様は、芸道にも目を肥やしておられるようでな。外泊されるときは必ずその街で腕の立つ芸人を呼びつけているそうなのだ」

 

「はは……こんな土壇場で王女様とご対面を打ち明けるなんて、ダクネスさんも趣味が悪いですよ?」

 

「それはすまない。アイリス様から誰に芸を披露するかは直前まで内密によるにするよう言われていたのだ。何でも、こちらも芸人をあっと驚かせてやりたいそうでな」

 

 王女様のささやかなイタズラ心に苦笑するダクネス。

 とんぬらは王女様の最近のご趣味に、イヤな予感しか覚えない。

 まるで芸達者な誰かを捜しているようなのは、こちらの気のせいだろうか。

 

「まあ、とんぬらなら問題ないだろ」

 

 ダクネスからの信頼が重い。状況的に逃げるに逃げられなくなった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 広く、そして派手過ぎないながらも高級感が醸し出されている晩餐会用の広間。

 中は燭台に火が灯され、かなりの明るさを保っている。そして数名の使用人が、テーブルを遠巻きに囲み無言で待機している。

 真っ赤なじゅうたんが敷かれたその部屋には、大きなテーブルの上に色とりどりの豪勢なご馳走が並べられ、テーブルには客人と主催が席についている。

 

 ダスティネス家の屋敷に来訪したのは、こちらが予想していた面子であった。

 食事の席にも帯剣が許された金髪碧眼の白スーツの護衛付き人、大貴族ダスティネス家に並ぶシンフォニア家のご令嬢でもあるクレア。

 実用性を優先しゴテゴテとした指輪をいくつも嵌めた地味目な黒いドレスの宮廷魔導士、薬学に秀でた貴族一門のご令嬢であるレイン。

 そして、気品のある、どことなく儚げな印象を与えるお姫様のアイリス。

 それから、ダスティネス家のご当主であるイグニスとその娘であるダクネスが席についている。

 

 彼女たちの前に、催し物を頼まれたとんぬらは立つ。

 鋼の精神にして強心臓のとんぬらは、顔に『アストロン』をかけているかのように一切の動揺をおくびに出さない鉄仮面で、丁寧に腰を折って一礼をする。

 

「ようこそ、ダスティネス家へ、そして駆け出し冒険者の街『アクセル』へ。我が名はとんぬら。明日の冒険者たちの前座としてここに参りました」

 

「………」

 

 とんぬらが頭を深く下げたまま目だけで様子を窺うと、真正面になる上座の第一王女が、ジッとこちらを見ていた。

 ゴクリ、と内心で固唾を呑む。

 天井からダイナミックな登場はしていないはず。なのにやけに視線が気になる。

 しかし、とんぬらは芸事にわざと手を抜くなどと誤魔化す真似はしない。それが、矜持であるからだ。

 

「……『芸人よ、この一時、王族の前で無礼を働くことを許しましょう。さあ、私を楽しませてちょうだい』……と、仰せだ。芸人よ、アイリス様のご期待に応えるよう努め」

 

「承知いたしました。今宵は我が肢体が繰り出す奇跡をご覧あれ」

 

 相変わらずな通訳役のクレアを通した言葉に、腰を折った上体を起こすとんぬら。

 

「まず取り出したこちらは、明日、ウィズ魔道具店の棚に並ぶボール。この“ごむ素材”で出来たこのボールは、従来の物よりも大変よく弾みます。この通り」

 

 とんぬらが、どこからともなく手のひらを反すように頭の大きさほどのボールを取りだす。“風船”と似たような材質で、より丈夫にできているゴムで作ったボール。

 これに、横から今日のアシスタントに協力してくれる初老の執事ハーゲンよりこの家にあった、幼少期のダクネスがオモチャにしていたボールを受け取り、右手左手平行にして落としてみせる。

 膝に届くかどうかの動物の皮で出来たボールに比べ、ゴム製のボールは腰より上の胸元まで跳ね上がった。

 商品の品質差をアピールしたところで、ダクネスのボールをハーゲンに預け、

 

「では、この国にはない、ボールを使った面白い遊びをご紹介しましょうか。それは“サッカー”。手を使わないでボールを扱うゲームです。そして、これがその派生の“リフティング”というもの」

 

 器用に足の甲にボールを乗せたとんぬらは頭上までふわりと浮かせ、それを右足、左足、右膝、左膝と手を使わずに足でポンポンと蹴り上げ、肩で打ち上げ、頭の上まで持っていく。額に乗せ、胸の肩甲骨あたりを転がり、首の後ろを通って、一周。それから背中を滑り落ちたのかと思うと、踵―─ヒールでチョンと拾い、ふくらはぎと太股でボールを挟む。

 そこから前転して勢い良くボールを天井スレスレまで飛ばして、落ちてきたそれを今度はバク転しながら太股の間に挟み取る。それから、ポン、ポンと蹴って、元の足の甲まで戻した。

 軽く拍手が上がる。でも、依然とアイリス王女はじっとこちらを見ている。この身のこなしをつぶさに観察しているように目を細めて。

 

「これを教えてくれた者曰くに、『ボールは友達』と思えば、上達は早まると」

 

 この国にはない“リフティング”は、一度、己よりも上の芸達者なアクアに教授してもらった。といっても、試供品を持ってきたときに気まぐれにボール遊びをしただけで教えてもらったわけではなく、とんぬらが見て芸を盗んだと言う方が正しい。

 

「そして、“サッカー”とは、ひとりではなく、皆で遊ぶものであります。――『ヴァーサタイル・エンターテイナー』!」

 

 老執事ハーゲンへ、器用値を上げる芸達者の支援魔法をかけてから、ボールを蹴り飛ばす。

 

「おおっとと!」

 

 山なりにゆっくりと来るボールをハーゲンは胸でトラップして、足で拾い上げる。それから一度蹴り上げてから、とんぬらへと蹴り返す。

 とんぬらはそれをトラップせず、ボレーでまた別の、今度は壁に控えていたメイドへと支援魔法と一緒にボールを飛ばす。

 

「そちらのあなたもぜひ参加を! ――『ヴァーサタイル・エンターテイナー』!」

 

「は、はい!」

 

 ボールが向かってきたのでつい反射的に身体で受け、足で蹴り返す。

 やや方向がズレたものの、素早く落下地点を見極めたとんぬらが拾い上げ、

 

「お上手お上手! 一度バウンド─―床についても気にせず次に繋いで! ――『ヴァーサタイル・エンターテイナー』!」

 

 そうやって、暇な両手で手拍子を叩きながら、ひとり、またひとりと使用人たちを巻き込んでいく。

 段々とリズムが乗ってき始める。そんな童心に帰っていく雰囲気に盛り上げていき、ちらりとテーブルに座るイグニスへ目配せをするとんぬら。

 最も上位なのは王族である第一王女であるものの、テーブルに就く者の中で最年長であり、王族と言えど敬意を払うイグニス当主。

 意を酌んだ彼は微笑みを洩らし、席を立つ。

 

「楽しそうだ。私も交ぜてくれないかね?」

 

「ええ、もちろん。“王女が許した無礼講”、皆で楽しみましょうともご当主! ――『ヴァーサタイル・エンターテイナー』!」

 

 支援魔法を受けたイグニスは、飛んできたボールを容易く受け、股潜りなど小技を織り交ぜて魅せる。流石は、昔、王族と共に魔王軍と最前線で戦った勇猛果敢な『盾の一族』に相応しき騎士。これに一番驚いたのは、ダクネスだ。父の行為に止めるべきか否かとオロオロとしていて、そんな娘の様子を横目で見たイグニスは、ポンッとダクネスへとボールを蹴る。同時、とんぬらが指揮棒の如く振るっていた杖代わりの鉄扇より支援魔法が放たれる。

 

「次は、ダクネスの番だ 『ヴァーサタイル・エンターテイナー』!」

 

「え、私!? おお、っと!」

 

 咄嗟に反応したダクネスは、不器用ながらも器用値が底上げされて、どうにか足に当てることができた。しかし、いささか力を入れ過ぎたみたいでとんぬらの方へと蹴り返されてきたが、遥か頭上。手を伸ばしても届きそうにない高さで、このまま壁にぶつかってしまう。

 かと思いきや、

 

「続いての新商品は、これからの梅雨時に持ち運びに便利な“折り畳み傘”です」

 

 伸ばしたとんぬらの手に握られていた棒が伸縮して、花開くよう展開。それは、傘で。開いた弾みでボールの方向を上に逸らして、それから落ちてきたところを傘で受け止める。そのままくるくると回して傘の上で転がしながら、とんぬらはおどけて、

 

「おっと、傘は雨を受けるのであって、ボールを受けるものではありませんでした。それに、“サッカー”は、道具を使うのも反則です。失敗失敗」

 

 あちゃーと仮面の額に手をやって、サッと“折り畳み傘”を閉じてしまうと――頃合いと見て、

 

「おっと足が滑った!」

 

 不意打ちっぽくそう言って、蹴り飛ばしたのはテーブルの一番奥の方。ちょうどアイリスのいるところへと放物線を描いて飛んで行く。

 

「っ!」

 

 それに側近のクレアが反応し、王女様へ向かう飛来物を斬り落とさんと腰に携えた剣に手を掛け――その行動をアイリス自らが制止する。

 

「構いません、クレア」

 

「アイリス様!?」

 

 驚くクレア。

 見れば、第一王女は既に席を立っていた。その動き難いはずのドレス姿ながら、ごくあっさりとボールを拾ってみせたアイリスに、とんぬらは口角を上げる。

 

「これは失敬、王女様。しかし、お上手ですね。支援魔法はいりますかな?」

 

「必要ありません!」

 

 挑発気に言ってみれば、ややムキになったように言い返されて、アイリスから山なりではなくほぼ水平に勢いよく飛ぶシュートでボールが蹴り返された。

 王族の高い身体能力から繰り出されたシュートを、とんぬらは胸で弾いて上に、それから落ちてきたところを足で拾う。

 

「中々強烈なボールでしたな。流石は、王女様」

 

「そう言いながら楽々と取ってみせるのですね」

 

「はっは、それは王女様のコントロールがよろしいからですよ。ストレートに私の方に来ましたからな」

 

「今度は、その仮面を狙ってみせます」

 

「これは的当てではないのですが、宣言なされるのであれば、やってみせてもらおうではないか」

 

 ソフトタッチにボールをふわりと浮きあげて、アイリスの方へ送る。

 

「無礼者! 貴様、王族に向かってモノを蹴りつけるとは何事だ!」

 

 が叫ぶと同時、剣を抜いたクレアが今度は飛んできたボールを叩き飛ばす。

 

「おや、護衛隊長のクレア様も参加されたかったのですか? しかし道具を使うのは反則ですよ」

 

「違うっ!」

 

 ――おいとんぬらっ!?

 そのまま叩き切らんばかりの勢いでとんぬらへ迫るクレアにダクネスが慌てるも、静観する構えのイグニスがそれを手で制す。問題ないというように。

 

「あっ! ダッ、ダメ……!」

 

 切羽詰まった王女の声。けれど、その静止は届かず、護衛隊長クレアの剣はとんぬらへ振り下ろされ……!

 

「!?」

 

 回避される。

 おっとととふらつく動作で、まるでまぐれかのように、しっかりと見極められて躱す。

 

「そのような刃のある危ないものを持ちだすとは、無粋ですな、クレア様。それとも剣舞(チャンバラ)がご所望で?」

 

「このっ! ちょこまかと!」

 

 クレアが剣を振り回すが、当たらない。

 動きが、素早いのだ。少なくともクレアより速い。それが、攻め入らず逃げの一手だからなかなか当たらない。

 それで、いつの間にやら仮面の芸人は、小さな縦笛を咥えている。

 ぴょろろー♪

 吹き鳴らす音色を合図にしてか、仮面の頭に小振りのカリフラワーが生えた。

 

 えっ、何がどうなってる!?

 

 驚くクレアの目の前で、相手はこちらの剣劇を交わすたびに、ポンポンととんぬらの身体に野菜が生えてくる。右肩にアスパラが、左肩にネギがにょきにょきと。

 

 どうなってるんだこの吃驚人間!?

 

「何を驚くことがありましょうか? 芸人とは極まれば一杯のコップに花を咲かせてみせる者ですよ」

 

「そんなのは初耳だ!」

 

 叫び振るったクレアの剣閃は、ついにとんぬらを捉える。

 その右腕をバッサリと斬り飛ばした――かに見えたが、腕だと思っていたのは、大根だった。

 

「おお、これほど綺麗な大根の断面は初めて見ますよ。クレア様は、野菜を切るのがお上手ですね」

 

「芸人風情が私をからかうとはいい度胸だ!」

 

 ヒートアップしていくクレアは、バッサバッサととんぬらの身体から生えてくるネギやアスパラ、にんじんにきゅうりと斬り飛ばす。

 最初は止めようとしていたダクネスもこれにはどうしたものかと戸惑う。何せ、野菜を体から生やすように出現させるとんぬらもそうだが、クレアも……

 

「アッハハハハハハ! く、クレア、おかし……! おかしいわ!」

 

 いきなり響いた笑い声は、敬愛するアイリス王女のもの。

 クレアはその唐突な出来事に、剣を振るうのをやめて、アイリスを見る。すると、第一王女はお腹を抱えて笑えているではないか。

 これほどに彼女が破顔するのは久しくて、驚き目を丸くする。見れば、その隣に侍るレインも口元に手をやり、笑うのを堪えているようで。

 そして、周りの視線がどうにもあの野菜芸人ではなく、クレアの方に集まっている。

 

「どうぞ、こちらをクレア様」

 

 と縦笛を仕舞い、鏡を取り出していたとんぬら。

 そこには、短い金髪のクレアの頭に一輪の花が生えていた。

 

「~~~っ!? こ、これは!?」

 

「王女様からウケを一本取りましたな、クレア様」

 

「このおおおおぉっ! よくもアイリス様の前で辱めを!」

 

 羞恥と怒り半々に顔を真っ赤にするクレアが振り抜いたストレート。そのパンチを、あれだけ野菜を身代わりにして剣を避けていたとんぬらはあっさりと食らった。ぶん殴った猪口才な芸人の身体は吹っ飛んで……けろりと立ち上がった。

 

「痛たた……頭にガツンと来た一発でした。おや、クレア様? どうなされた?」

 

「くぅ~~~っ!?」

 

 殴った拳を抱えて蹲るのは、クレア。思いの外、石頭で手を痛めてしまったようである。

 

「貴殿をからかい過ぎたのを自省して、ひとつ貰いましたが、芸とは羨ませるものではなく、相手を楽しませて魅せるものです。芸人各々に主義はあれど、私の奉納は神楽、すなわちは楽しませることにある」

 

「何?」

 

「この場は無礼を許された。しかし、王族の剣と言えど、これ以上主人の意に反して勝手を働くのは如何なものかな? あまりに鞘から抜け易い剣というのは抜き身の刃と変わりませぬぞ。さあ、席に戻られよ、クレア様」

 

 無礼はそちらだ、との物言いに再び頭に血が上るクレアだったが、叱責が飛んだ。

 

「クレア様、お戻りください。これはアイリス様からのご命令です」

 

 王女の言葉を伝言したのは、同僚のレイン。

 一発殴れていくらか溜飲を下げられたクレアの耳にもそれは届き、続いて、同じ大貴族のダスティネス家当主イグニスの振る舞いが目に入る。

 王女のお側を離れず、泰然と席についている盾の一門。それに己の行動を顧みて恥じるクレア。剣を鞘にしかりと納め、王女に深く一礼をしてから隣の席に腰を下ろす。

 それから、アイリスは、レインに耳打ちする。

 

「……アイリス様はこう仰せです。『無礼講を許していますので、先の行為は不問とする。ですが、もっと楽しませよ。私はまだ満足していません』と」

 

「承知いたしました。では、こちらも無礼を承知で挑ませてもらいましょうか。これから魅せる私の芸。そこにある種と仕掛けを見破れますかな?」

 

 

 そうして、とんぬらは第一王女の対面となる位置でテーブルの前に立つと、すぐ傍で芸を披露する。

 

「このちゃぶ台にひっくり返したマグカップ。今からこれがスイスイとテーブルの上を動き回ります」

 

「っ! どうなってるの? どんなトリックで……レイン、これは魔法が使われているの?」

「いえ、アイリス様、私の目から見て魔力は感知できません」

「アイリス様、きっとこれは磁石でしょう。そのマグカップは鉄製だ。テーブルの下から磁石で動かしているのです!」

 

「では、両手をテーブルの上に置いてみます」

 

「クレア! まだカップがスイスイ動いているわよ!」

「なあ!? これはいったい……!?」

 

 

「さあ、今シャッフルしたカップ。先程入れるところを見せましたが、この三つのカップのうちどれにエリス硬貨がありますか? 当ててみてください」

 

「これです! この真ん中のカップにコインが入ってます!」

「はい、アイリス様。かなり手早く混ぜていたようですが、私の目にもその真ん中に移したのをしっかりと追えました!」

 

「残念ながら、正解はこちらのカップです」

 

「え!?」

「なに!? どうなってる! やはり魔法を使ったのではないか!」

「クレア様、彼は魔法を使ってはいません。私も注意を払ってみていたのですが……本当にどうやって?」

 

 

「王女様が引いたカードは、このハートのクイーンで間違いありませんね」

 

「正解です。ですが、この芸は前に見たことがありますよ! 確かその時は……」

 

「回答の制限時間は、十秒です」

 

「なっ、卑怯ですよ! そんなの決めてません! 私が思い出すまで待っててください!」

 

 

 途中、ドキドキハラハラとしたものの、第一王女は終わってみれば笑顔であった。通訳を介さなくなるほど夢中にその芸を堪能した。

 ダクネスとしては、前座とはいえこれだけ満足なされたのだから、明日の会食はなしにしてご帰還願いたかったところであるもそうはいかないだろう。

 

「――さて。もうお時間です。明日の会食に控えてもうお休みなられたらいかがでしょう」

 

 芸に使う小道具を仕舞ったとんぬらが、そういうとダクネスはコホンと咳払いをして、

 

「では、使用人らに部屋を案内させます。名残惜しいでしょうが、アイリス様。もしとんぬらのことを気にいられたのであれば、お次は冒険者としてお呼ばれになったらいかがでしょう? 彼は私達と共に、魔王軍幹部とも戦ったことのある『アクセル』のエースです。とんぬらの冒険譚もきっと胸躍るものになりましょう」

 

「ちょ、ダクネスさん!」

 

 話が違うととんぬらがこちらを睨んでくるも、意に介さず。さっきは屋敷であわや流血沙汰の騒ぎを起こしかけたのである。このくらいの返礼は構わないだろう。

 ダクネスとしてはどうにか問題児パーティから少しでも関心を逸らしたいところなのだ。

 

「とんぬら……そういえば、その名はミツルギ殿から聞いたような……」

「確か、紅魔族の『アークウィザード』で、是非、パーティに加えたいとミツルギ様が話されていましたね」

 

 一介の芸人から段々と見る目が変わっていく第一王女の側近二人。

 やっぱりイヤな予感というのは的中するものだととんぬらは深く息を吐く。

 

「『今日の芸、実に見事だった。とても楽しませてもらった。この者を、宮廷道化師として召し仕えさせたい』と、アイリス様は仰せだ」

 

 いつぞや聴いたことのある誘いである。しかし、王族に仕えるのは名誉であるもそれを望まぬ者もいる。

 とんぬらの苦い反応を横目で伺ったダクネスは、前に出て、

 

「申し訳ありませんがアイリス様。……とんぬらは、本職の芸人ではありません。今日は私が無理を言って、芸を披露してもらったのです。彼にも彼の生活というのがあります。ですから」

 

 ダクネスの言葉にクレアがいきり立つ。

 

「ダスティネス卿に雇われて、アイリス様の誘いは受けられぬと申すのか……!」

 

 それを言われると、一貴族であるダクネスには何も言えなくなる。

 あまりこちらを庇ってダスティネス家の立場を悪くする前に、とんぬらは自ら前に出て、

 

「いつまでも王城に留まることはできませんが、短期間で良ければ、その話をお引き受けいたします」

 

 膝をつき、頭を垂れてみせるとんぬらに、王女はスッと立ち上がり、その前に立つ。

 

「それはいずれ、いえ、すぐにでも宮廷道化師を辞めると言う事ですか?」

 

「不服であれば、私を心服させてみてはいかがでしょう?」

 

「……いいでしょう。では、まずは五日間、あなたには私の専属の宮廷道化師を務めてもらいます」

 

 では、明日の会食が終わってから次の日辺りに……ととんぬらが口にするよりも早く、王女より耳打ちをされた魔法使いのレインがとんぬらの肩に手を置き、

 

「今日から」

 

 アイリスは真正面のとんぬらにだけ見えるように、言葉を発さずに口だけを動かす。

 

 

 “()・ち・()・げ・は・さ・せ・ま・せ・ん・よ”

 

 

 『読唇術』スキルはないはずなのだが、そう読めた。

 そして、それを観察している間にレインの詠唱は完成して、

 

 

「『テレポート』!」

 

 

 とんぬらの身柄は、王城へと跳ばされたのであった。

 この翌日、どういうわけかカズマと一緒に王女一行が帰還させられるまで、とんぬらはほぼ丸一日、王城お勤めの執事ハイデルより研修を受けさせられることになる。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「この明日に大事な用を控えている私に店を手伝いに、紅魔の里まで連れて行かせたかと思えば、何、寄り道しているんですかゆんゆん?」

 

「ちょっとくらいいいじゃないめぐみん。仕事はちゃんとやってるんだから」

 

「まあ、いいですけどね。私も会食に向けて紅魔族流の派手な登場のための小道具を揃えたかったところですし。ええ、明日の準備に!」

 

「この最近、やけに明日のことを強調してくるけど、いったい何をするつもりなのよ?」

 

「言えません。残念ですが、ダクネスから口留めされている極秘情報なのです。ですので、終わってからなら、ゆんゆんに教えてあげましょう! 私の活躍が王国の歴史に載る話をね!」

 

「結局、教えてくれる気はないのねもう……でも、あまり変に目立つ真似はしないでよ、私も恥ずかしいから」

 

「あなたがそれを言うんですか、『ラブラブ・ドラゴンロード』」

 

「止めて! お願い止めて! 私を変な通り名で呼ばないで!」

 

「まったく、少しは族長として認められるかと思ったらこれですか」

 

「うぅ……だから、あの時の事は魔力酔いで……」

 

「それで、どこに行くんです? この先にあるのは鍛冶屋ですよ」

 

「うん。あの、これを加工したくて……」

 

「それは、宝石ですか? 紅魔族の瞳っぽく赤くて綺麗ですね」

 

「『アルゴンハート』っていうの。この前の『宝島』が頭に載せていた鉱石で、採って帰って、調べてみたら世界三大宝石だったのよ」

 

「ほう。そういえば、あそこの鍛冶屋は小道具も作っていましたね。……ええ、指輪とか」

 

「!?」

 

「何そこで驚くんですか。とんぬらのいない時を狙ってコソコソしてるゆんゆんの考えなんて、バレバレでしょうやれやれ」

 

「ああもう!! そうよ『アルゴンハート』ってわかった時から内緒で作りに行こうと思ってたわよ指輪を!!」

 

「……婚約が認められたばかりだというのにゆんゆんは随分と気が早いですね」

 

「べ、別に指輪くらい。私もとんぬらからもらってるんだし、そのお礼ってことで」

 

「そうやって、私の所有物アピールをしたいんですね、ゆんゆん」

 

「うっ……いいでしょ、婚約者なんだから」

 

「悪い何て言っていませんよ。いいんじゃないんですか。とんぬら、あの紅魔族随一のプレイボーイはちょっと目を離した隙に、厄介なのに掻っ攫われていくヒロイン体質をしていますから。首輪くらいつけとかないと安心できないでしょう」

 

「首輪……指輪よりも……ねぇ、めぐみん、首輪ってどう思う」

 

「それは止めておきなさいゆんゆん。さっきのは例えです。それを本気でやったら、本当に紅魔族の頭のアブない娘になりますよ」

 

 

参考ネタ解説

 

 

 モシャサス:ロトの紋章に出てくる賢王の魔法。モシャスとモシャスを掛け合わせることで、相手の姿を自在に変身させてしまう強制変身魔法。漫画ではこのモシャサスとレムオル(透明化)の魔法で同士討ちを誘発させる戦法が取られた。

 

 アルゴンハート:ドラクエⅧの重要アイテム。王になる資格を試す試練で、アルゴリザードというドラゴンを倒して取ってくる宝石。アルゴリザードの体内で生み出される紅い宝石で、世界三大宝石とされる。この宝石で、結婚指輪が作られる。

 作中では、宝島からゆんゆんが採取した紅魔族の瞳のように紅い宝石。


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