この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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40話

 地上へ向かったカズマとバニル(ダクネス)。それに出遅れたが、(精神的に)疲労困憊な身体に鞭を打ち、とんぬらは眠り姫なゆんゆんを背負ってその後を追う。

 

「くそっ! あのダクネスが、こんなに手強いだなんて……!」

「当たらねぇ! 簡単に剣で弾き返されちまう! 攻撃も重いし、剣速も恐ろしく速い! 俺達が()られないのも、相手が手加減してくれてるだけだ……!」

「フハハハハハハ! この身体は随分と具合がいいな! 筋力はあるし耐久力もある! オマケに、忌々しい神々の魔法にも耐性があるときた! (ううっ……。他の冒険者に迷惑をかけているのに、私がこの数を相手に圧倒できているのがなんだか嬉しい……!)」

 

「ねぇダクネスー! いい加減にジッとしてよー! 助かりたいの? 助かりたくないの? ひょっとして、普段ダクネスのことを小馬鹿にしてる冒険者を相手に暴れられてるから、ちょっとスカッとしてたりする?」

「(しし、してないぞ!?)フハハハハハハハ! このヘナチョコ冒険者共めが、ほらほらどうした! キリキリと掛かってこい!」

 

「ダクネス! お前、ちょっと攻撃が当たるようになっただけで調子に乗りやがって!」

「俺、あんたはカズマのところのパーティの中で、一番まともな奴だと思ってたぜ! それが、こんな……!」

「囲め囲め! このへっぽこ『クルセイダー』を取り囲め!」

「(わ、私が挑発したわけでは)フハハハハハ! 雑魚がどれだけ集まっても同じである、蹴散らしてくれるわ! (あああああああ……)」

 

「敵に操られているだけなのに、手酷い罵声を浴びせられるダクネスがあんまりです! 何か方法はありませんか!?」

 

「(ああ……。普段気さくに話しかけてくれる冒険者たちが、こんなにも蔑んだ目で……!)何故か感じる喜びの感情。これはどういうことなのか……!」

 

「なんかアイツ、随分と幸せそうなんだが」

「……そ、それでもなんとかしてあげてください! 何かいい方法はありませんか!?」

 

 ………。

 どうやら、だいぶ渾沌としているが、戦況は劣勢のようだ。

 ダクネスの身体に閉じ込められているせいか、殺人光線などは使用できず、大剣での攻撃しかできないようだ。しかし、神に使える聖騎士の身体であるからこそ、水の女神の退魔魔法にも耐えられる。『クルセイダー』は、光に属する魔法には、特に強い耐性があるのだ。

 また訓練用の巻き藁を斬りつけるのに5本に1本は失敗してしまうほど不器用なダクネスだが、バニルが操っているためその動きも達人級だ。段々とダクネスの身体の扱いに慣れてきて、今では両手持ちの重い大剣を軽々と操り、冒険者たちの武器を叩き折ってしまうほど。

 他の冒険者に比べて飛び抜けているダクネスの筋力と耐久力。そこに加えて、永く生きた悪魔の戦闘経験と器用さが合わさって、この無双状態。

 これはカズマの思惑が外れ、策が裏目に出てしまった。

 

「と、呑気に見てる場合ではないか!」

 

 ゆんゆんをそっと地面に降して、崩壊を始めた戦線へととんぬらは飛び入り参戦する。

 

 

「そこまでにしてもらおうか全てを見通す悪魔!」

 

 轟! と風切り音が唸る大剣を、広げた鉄扇を盾にとんぬらが受ける。冒険者たちが悉く吹き飛ばされた剛撃を仮面の少年は受け切った。

 

「とんぬら! っ、出てくるのが遅いですよ! こんな時まで遅れて駆け付ける紅魔族の流儀を実践してるんですか!」

 

「クッ……! 心配させて悪かったなめぐみん。こっちも全速力で急いだんだが、ウチのお姫様はお寝坊さんでね」

 

 杖を抱き、何もすることができないでいためぐみんがいの一番に歓声を上げかけて、すぐ憎まれ口をたたく。

 それにとんぬらは苦笑してしまう。

 そして、苦々しい表情を出す仮面に、活気付く水の女神。

 

「ええい、あと少しのところで横槍が入るとは。あのままダンジョンの奥で娘とご休憩でもしておけばよかったものを」

 

「女神の危機に馳せ参じるなんて、やっぱり最後に頼りになるのは私の信者()! さあ、『アクアアイズ・ライトニングドラゴン』になって、あの悪魔を蹴散らすのよ!」

 

「いや、ですから俺はアクシズ信者ではありませんし、あと今大技連発でドラゴンになるほどの力はないんです。それから操ってるのはバニルですが、身体はダクネスさんのですよ?」

 

「つまり、あの『ラブラブ・メドローア』はできんということだな?」

 

「あんたの口は何としてでも塞いでやる!」

 

 魔力がほとんどないため魔法使いにあるまじき肉弾戦で、バニルと打ち合うとんぬら。右手が凍傷していて満足に振るえず、ダクネスの筋力で振るわれる大剣は片手で捌くには、重い。それでも、口封じせんと息をつかせぬ攻防を演じようとするが……

 

「流石は、『盾の一族』! 潜在能力が半端ないぞ!」

 

「フハハハッ、もうこの娘の試運転は済んでおる。このまま圧倒してくれるわ!」

 

 ドラゴンハーフに匹敵する身体能力での力勝負でさえ、防戦一方に形勢が傾いていく。

 とんぬらを壁として、アクアが打ちのめされて意識を失っている冒険者たちに回復魔法をかけたり、とんぬらに支援魔法をかけたりしながら、隙を見ては退魔魔法を放つが聖騎士の加護で大幅に特攻ダメージが削減されてしまうという始末。

 時折、カズマが弓矢で牽制を放ってくれているおかげで、均衡を保っていると言ったところだ。

 

「おい、ダクネス、お前、あっさりと乗っ取られちゃって何やってんの? 何を簡単に、ぽっとでの悪魔に躾けられてんの? お前ってやつは、そんなにもチョロいお手頃女だったの?」

 

 戦線から一番遠い後方から飛んでくる、カズマの口撃、というかヤジに、

 

「フハハハハハ! 無駄だ、既にこの通り(貴様、誰がチョロいお手頃女だ! 別に躾けられたわけではないぞ! ただ、この悪魔による支配と心を抉る手段がまた絶妙で……!)なので、貴様の声は娘には届か……。…………ううむ、なんたる予想外の鋼の精神。永い時を生きた我輩だが、かつてここまで支配できなかった者などいなかったぞ」

 

 まだしっかりと意識を保持しているのを確認すると、この我慢が趣味のパーティメンバーにカズマは続けて、

 

「いいかダクネス、よーく聞け。今から俺が仮面に貼られた封印を解く。そうしたらほんの一瞬でいい、バニルから自分の支配権を取り戻せ。そして、仮面を剝がして投げ捨てろ。そうしたら……」

 

「ふむ。まあ悪くない作戦ではあるが、ひとつ問題があるぞ。果たしてこの場に、娘の力を完璧に引き出した我輩を相手に、一体誰が封印を解くというのか。冒険者の中で最も貧弱な貴様は論外、この娘とも張り合えるスペックの坊主も疲労して無理だろう。

 今の状況の方があの忌々しい我が宿敵と戦うには都合が良いのでな。この封印を解くには、あやつを仕留めてからにしよう。(うむ、今の私を舐めてもらっては困る。今なら誰にも負ける気はしない! たとえとんぬらが相手であろうとな! それにカズマが『スティール』を仕掛けようとしてるのだってわかってるぞ!)」

 

「こ、このバカ……。お前まで対抗心を燃やしてどうする! こっちの手の内をばらしやがって……」

 

 問題はあるが、ダクネスの自我はまだ健在である。そう、身体はとにかく“口”の制御権は完全に掌握できていない。

 ならば、このダクネスの精神力に賭けてみよう。

 

 鉄扇に大剣をぶつけ、そのまま鍔迫り合いながら、肩がぶつかるほどにすり寄る。

 

「……そういえば、ダクネスさん。以前、辛口チーズを試食してもらった時、もっと辛いのが欲しいと言ってましたよね?」

 

 右手で道具袋の中を漁り、ふたつの物品を探り取る。

 

「む、何か企む気配が(ああ。あれでは物足りん。痛さを覚えるほどのものでなければ)貴様は黙っておれ! 後ろでピカピカと眩しいオーラを放つ発光女に、その坊主自身も光っていて今一細かく見通すことができんというのに!」

 

「でしたら、口が痺れるほどの激辛チーズを試食してもらえません?」

 

 鉄扇から左手を放し、右手から取り出した真っ赤なチーズにあと一つのアイテムを手合わせ錬成で混じらせると素早く、パイ投げのように、大きく口を開けた顔面に叩き込んだ。

 

「(んが!?) バカ者、間抜けに口を開けおって……!」

 

 すぐさまとんぬらは胴に回し蹴りの反撃をもらい、蹴り飛ばされたが、地面を転がりながら叫んだ。

 

「『パラライズ』!」

 

 文章にならない単語のみであったが、その意を悟ったカズマは、特注のマジックアローから黄色い鏃のものを取り出し、

 

「『ウインドブレス』――『狙撃』ッ!」

 

 運補正で極限まで命中率が高められた一矢は、吸い込まれるようにバニルの仮面へ――

 

「甘いわっ!」

 

 回し蹴りの勢いのまま、大剣を振り抜く回転切りで、矢は切り落とされた。

 

「なっ、俺の『狙撃』が……!?」

 

「残念であったな。狙いは良かったが、我輩には通じ」

「『パラライズ』――ッッッ!!」

 

 その背後から、魔法詠唱が響いた。

 

 

「ゆんゆん!? あなた、起きていたんですか!?」

 

「ええ、そうよめぐみん」

 

 めぐみんの驚いた声に、カズマたちも気づいた。気絶して運ばれていたはずの少女が杖先をバニルへと向けていたことに。

 

「途中で起きたんだ。でも、そのまま寝たふりをしていてもらった。舞台の全てに死角がないのが見通す悪魔の不意を突くには、一度、リタイアしたと意識を外させるしかないからな」

 

 蹴り込まれた脇腹を撫でながらとんぬらが種明かしをするように語る。

 

「フハッ! まさか、見通す悪魔をだまくらかすとはな、つくづく面白いヤツらである! (……ッ! か、身体が動かない……ッ!)」

 

「ちなみに、今食わせた激辛チーズは、ゆんゆんから回収しておいたウィズ店長の地雷商品、“術者も麻痺するほど強化するマジックポーション”を『錬金術』で練り込ませたもの。実験してみたら術者の魔力ではなく魔法自体に反応するものだったから、相手に飲ませて魔法耐性値を下げさせるなんて使い道がある。……ほとんど毒みたいな使い方なのだが」

 

「あの地雷発掘店主め……あやつの嗅覚が見つけるのは、必ず欠点があるが、馬鹿げたほど効果が強力なものであったな……!」

 

 状態異常耐性も半端ない『クルセイダー』であるダクネスの身体を麻痺させるだけでなく、悪魔のバニル自身も痺れさせるという代物に、バニルは苦汁を噛んだのように声を洩らす。

 そこへ、悪魔の絶対の敵対者は容赦なく、

 

「『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』ー!!」

「(ああああああ――!)」

 

 額の前で指を突き合わせ、そこから放たれた白い光線。

 アクアの退魔魔法の直撃を受けたバニルを基点として、白い魔法陣が浮かび上がり、強烈な光が空に向かって突き上げられた。

 人間にはまったく無害であるが、悪魔にとって致命的な魔法。聖騎士の加護で、その威力は削られているがそれでも女神の神気をもろに受ければ、ダメージは尋常ではない。

 さらに、続けて、第二射が飛来。

 

「『ウインドブレス』――『狙撃』ッ!」

「(ぐあっ――!?)」

 

 封印の札という小さな的を射抜くカズマの一矢。

 仮面に貼られた封印の札は着弾の衝撃に剥がれ、ダクネスとバニルを繋ぎ止めていたものがなくなる。

 

「な、仲間の額を容赦なく射るなんて……!」

 

「伊達に世間一般でカスマやクズマと呼ばれていませんから」

 

 ……鏃を外してあったが、ヘッドショットを食らわせたことに外野のセナとめぐみんから非難が飛ぶ。

 

「兄ちゃん、俺はてっきり『スティール』で札を外すもんだと思ったんだが」

 

「これはダクネスの石頭を信じてだな。それから俺の『窃盗』スキルでやったら、パンツの方を盗るかもしれないし、確実性の方を取ったんだよ!」

 

「そんな心配をせにゃならんほど兄ちゃんの『スティール』は、セクハラに特化してるのか?」

 

「とにかくこれで札は取れた! おいダクネス、根性みせろ! 仮面を剥がして放り投げる!」

 

 その言葉にダクネスは、仮面に手を掛けるが……顔面から密着して離れない。

 

「(……ッ! 外れない……ッ!)」

 

 未だ痺れが残る身体ながらダクネスがひっぺ剝がそうとするのだが、バニルもここで聖騎士の身体から離れれば、アクアに狙い撃たれるのはわかっているのでしぶとく張り付いて抵抗する。

 

「カズマさーん! どうすればいいの!? もう魔法を撃ってもいいのかしら!?」

 

「いや待て、まだダクネスに張り付いている! これじゃあ魔法を撃っても、ダクネスの耐性で、トドメを刺すのはできない……!」

 

 その時、ダンジョンの出入口に異変が起こる。

 バニルの生み出した仮面人形がダンジョンから、主人の危険を察知して飛び出してきたのだ。

 

「『インフェルノ』ー!」

 

 ゆんゆんが残りわずかな魔力を振り絞って、業火でこちらに向かって殺到してくる人形の大群を一掃するが、まだ地響きが続いている。きっとまだまだダンジョンの中にいるのだろう。第二陣が出てくる。

 このままでは――とその時、駆け出す影。

 

 とんぬらが、ダクネスに飛びつくようにバニルの仮面を鷲掴みにする。

 

「フハハハッ、無理やり剝がそうとしても無駄だ。そんなことをすれば、この娘の頭蓋が砕けるぞ!」

 

「……なるほど、あんたの仮面は魔竜の骨が使われているんだな」

 

 手触りから材質を探ってくるとんぬらに、悪寒が走るバニル。

 

「坊主、何を」

 

「心が読めんなら、勝手に見てみろ」

 

 言われ、目を妖しく輝かせたバニルは、ギョッと眼光を点滅させた。

 

「押してダメなら引いてみろっていうだろ。その逆もまたしかり。力尽くでは剥がれてくれないようなら、押し付けてやる。『錬金術』で、この『小さなメダル』、アクア魔金貨をな」

 

「貴様! 我輩の仮面に悪名高いアクシズ教の紋所を刻み込むつもりか!?」

 

「完全に錬成するにはこれ以上材質がわからんから無理だが、魔竜の骨に癒着することくらいはできそうだ」

 

 とんぬらは懐から取り出した、回収したアクア魔金貨をバニルの仮面の前にチラつかせて、カウントダウンを始める。

 

「5。本当ならこんな非道な真似をしたくないんだが、あんたには散々と弄られたからなぁ」

 

「待て、我輩はこんな痕に残るような真似まではしていないぞ!」

 

「4。いや、割とトラウマになりそうなダメージを受けた。訴えれば多額の慰謝料が要求できそうなくらいに」

 

「わかった。我輩の友人が蓄えているダンジョン資金を分けてやろう!」

 

「3。残念なお知らせだが、きっと共通の知り合いであるあんたの友人は、雀の涙ほどしか蓄財してない。どんなに稼いでも赤字になるからな」

 

「ぐっ、あやつは相変わらず赤字店主であるのか! 人間だった頃は誰もが注視し自ずと従う、そんなカリスマを持つ優秀な人間だったはずなのに……!」

 

「2。ちなみに働いてからずっとバイト代は満足に支払われたことがない」

 

「あああああ! ぐああああああ!! ぬあああああーっ!! こんな、借金店主のつけを払わされるような事態になるとは!? あやつに、我輩の夢を託したのは失敗であったか!?」

 

「1。最後に言うことは?」

 

「ぐぬぬぬぬ! 我輩は、悪魔である。魔王の幹部にして地獄の公爵! 神の敵対者である悪魔である。浄化されるなど真っ平ごめんだ。しかし、あの女神を崇める宗派の刻印を入れられるのは残基ひとつ減らしてでも消滅したくなる!」

 

「0」

 

「――こうなれば、次は貴様に憑りついてやろう!」

 

 錬成のために一度、とんぬらの手が離れたその瞬間を狙って、ダクネスからバニルの仮面が離脱する。そして、アクアから退魔魔法が放たれるよりも早く、次の憑依者たるとんぬらに張り付こうとして――捕まった。

 

 

「ああ、あんたはそう来ると思った。――でも、これは彼女からの贈り物で、他に浮気はできないんだ」

 

 

 バシンッ! と。

 錬成するポーズはフェイントで端から迎え打つつもりであったとんぬらは、バニルの仮面を叩き落す。

 それもご丁寧に、隠し持っていたカズマが使ったのと同じ、支給された封印の札を貼り付けて。

 

「これで、あんたは誰にも憑りつけないし、手もない仮面に札を剥がすのはできない。――チェックメイトだ」

 

 憑依は相手の自由を奪って操り人形にしてしまえる強力なものだが、その瞬間は仮面だけで無防備となってしまう諸刃の必殺技。

 とんぬらは、自らをエサに誘いをかけて、バニルを嵌めた。一か八かの賭けであったが、ダクネスから見事に引き剥がすことに成功。

 そして、聖騎士の耐性に守られていない以上、悪魔は退魔魔法に対して丸裸となる。

 

「よくやったわ! さっすが、私の信者ね! やればできる子なのよ!」

 

「ですから、俺はアクシズ信者ではなくて……」

 

「さあ、年貢の納め時ね! 神の理に逆らうアンデッドにも劣る、人の悪感情がないと存在できない寄生虫な悪魔も、私の退魔魔法を喰らえば一発で消滅よ!」

 

「それは、お待ちくださいアクア様」

 

 待ったをかけるとんぬら。

 渾身の退魔魔法を発射準備していたアクアは、地に転がった仮面を庇うように立つとんぬらに鼻白むが、制止してくれた。ほっと息をつく、

 

「どうしたんですか!? ヤツは手配書に示されている魔王軍の幹部、予知と予言という強力な力を持つ、見通す悪魔バニルです! この好機に滅ぼすべきです!」

 

 声高に叫ぶのは、セナだ。

 アクアを止めたとんぬらを訝しむように眼鏡の奥の瞳を眇める。周りの冒険者も似たり寄ったりだ。

 そこでカズマがひとつ最悪の展開を予想する。

 

「まさか、とんぬら操られたのか!?」

 

「いや、俺は正気だ兄ちゃん」

 

 ふるふると首を横に振って、否定する。

 

「ただこいつは紛れもなく悪魔だが、流儀を頑なに守り――この俺を人間扱いしてくれた」

 

 全てを見通す悪魔ならば、実際にドラゴンとならなくても、自身が人外とも呼べるような存在というのはわかっていたはずだ。その上で、己を人間と見定めて、不殺対象と加減をしてくれた。

 だから。

 どうも、気が抜けてしまうのだ。

 変な気分になって、シラケてしまう。

 

「だったら、せめて、人間の手で片を付けたいんだ」

 

 その言葉の意味を、正確に把握したのは冒険者達の中でカズマくらいであったろう。ただわからずともその言葉が切実な訴えとして彼らの胸中に通る。

 

「バニルが本気で手段を選ばず自らの保身に走るような悪魔であったなら、ここに数多くの冒険者が斬殺されていた。それを考えると、やっぱりひとつの願い事は叶えてやりたい」

 

「それは、そうかもしれませんが……わざわざそのような真似をする必要が……」

 

「検察官さんには、理解し辛いことであるかもしれないが、日夜モンスターの命を奪い、それで生計を立てている冒険者は、自らも逆に狩られる覚悟をもって戦闘に望んでいる。そして、相手に礼儀を払うのであれば、こちらもそれ相応に返したくなるもんなんだ。

 そう、デュラハンでありながら騎士道を胸に抱いて、真っ向からぶつかってきた魔王軍幹部ベルディアに、カズマの兄ちゃんが強く胸に焼き付いちまうようにな」

 

 心臓のある左胸を叩いて語るとんぬらに、セナは考え込み始めて押し黙る。

 舞台劇のひとりの役者の演説に空気が引き込まれるよう、シンと場が静まり返る中、仮面の少年はひとりの少女を指差す。

 

「悪魔は倒す。だが、最後まで筋を通した悪魔には、神の力に頼る退魔魔法ではなく、人間が編み出した人類最強の攻撃手段、爆裂魔法が相応しいと俺は思う」

 

 スポットライトが当てられたかのように注目が集まる。そう、ご指名を受けたのは、めぐみん。

 そして、その提案に、ひとり声を上げて賛同の意を示す。

 

「そうだな。わずかな一時だったが、共にいた時間は悪くはなかった。そして、人をからかうところは頂けないが、そこまで悪い奴でもなかったと思える。……なぜか、執拗にアクアを目の敵にしていたが。エリス教に仕える『クルセイダー』がこんなことを言ってはいけないのだろうが……。まあ、嫌いにはなれない奴だった。

 魔王軍の幹部は倒さなくてはならない敵だ。けど、とんぬらの言う通り、どちらでも倒せるのであれば、せめてもの慈悲にその我儘くらいは叶えさせてやりたいと私も思う」

 

 操られていたダクネスがそう言えば、ひとり、またひとりと冒険者たちも頷き返してくれた。セナもアクアも倒せるのであればと納得する。

 そうして、全員の賛成を得たところで、再び水を向ける。

 

「ほれ、お膳立ては整えてやったぞ、めぐみん」

 

「なんだか、とんぬらに譲られたような感じで気にくわないのですが」

 

「今日は今のところ実況要員でしかない同郷に、活躍の場を用意したんだ。それとも紅魔族がこの美味しい役どころを逃しちまうのか?」

 

「いいえ、全然! 撃てるというのなら爆裂魔法を撃ちますとも! いいえ、もう今更止められたってブチかましてやりますよ!」

 

「ああ、華々しく散らせてやってくれ。お望みどおりにな」

 

 

 そして。

 ダンジョンの前に、盛大な爆発音が轟いた――

 

 

 ♢♢♢

 

 

 『キールのダンジョン』にて、仮面の悪魔バニルとの戦いから一週間が経ち。

 

「いつまでもガタガタとしつけーぞ! 大体な、今回の裁判騒ぎで糾弾されたことに関しても、お前が関係していることが一番多かったんだぞ! 迷惑をかけられる度合いの順に言えば、お前、めぐみん、ララティーナだ! そこら辺をちゃんと理解したなら、俺の表彰が終わるまでは邪魔しないよう、隅っこの方で壁の木目でも数えてろ!」

「わあああああーっ! カズマが酷いこと言った! 私、別にわざと問題起こしてるわけじゃないのに! ベルディア戦での洪水被害にしても、墓場に結界貼っての悪霊騒ぎにしても! 自分なりに良かれと思ってやったことなんだからね!」

「待ってください、私はこの中で一番迷惑をかけていないつもりなのですが!」

「ぐうううう……! もうその名前で呼ぶのは止めてくれ! 私が泣いて嫌がる凄い事をすると言っていたが、こんな辱めは私が望むものとは違う……っ!」

 

 魔王軍の関係者の嫌疑がかけられていたカズマパーティは、魔王軍幹部の討伐でもってスパイ疑惑は晴らされることとなった。

 戦闘を間近で見ていた検察官セナの計らいで、無事、カズマは国家転覆罪が解消され、他の冒険者たちの遅ればせながら、『デストロイヤー』戦での賞金を受け取ることになった。

 

「冒険者、サトウ=カズマ殿! 貴殿を表彰し、この街から感謝状を与えると同時に、嫌疑をかけたことに対し、深く、謝罪を――」

 

 ギルドの受付の前で、他の冒険者たちの熱い視線を浴びながら、検察官一堂に深々と頭を下げられる。

 パーティを代表して、感謝状を受け取ったカズマは、感無量になる。そう、これで死刑に怯える必要がなくなったということであるし、そして、借金返済の目処が立ったという事でもあるのだから。

 

「では、続いて! サトウ殿への賞金授与に移ります。冒険者、サトウ=カズマ一行! 機動要塞『デストロイヤー』の討伐における多大な貢献に続き、今回の魔王軍幹部、バニル討伐は、あなた達の活躍なくば成し得ませんでした。よってここに……!」

 

 糾弾していたころの酷薄とした厳しい表情ではない、柔らかな微笑をセナは向けて、

 

「あなたの背負っていた借金、及び、領主殿の屋敷の弁償金を報奨金から差し引き……」

 

 まず一枚の紙を差し出し、

 

「借金を完済した残りの分、金、4000万エリスを進呈し、ここにその功績を称えます!」

 

 さらに、ずっしりと重い袋を渡される。

 それを受け、ギルド内に激しい喝采が巻き起こる。冒険者たちの奢れコールや祝いの声があちらこちらから飛び交い、すっかり宴会ムードに。

 

 ……でも、ここにカズマを助けてくれたあの仮面の少年の姿はない。

 本来であれば、ここで自分たちと一緒に表彰を受けるはずであった彼は、今日、どうしても外せない用事があるとかで、表彰を辞退した。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 この一週間ダンジョンへ毎日通い詰め、リッチーから最上位悪魔との戦闘で荒れ果てたダンジョン最奥のボス部屋付近の修復を行っていた。

 里が壊滅しても三日で復興できる紅魔族の魔法を使った建設技術のノウハウを吸収していたとんぬらは、ゆんゆんに手伝ってもらいながら、この日に間に合わせることができた。

 そう、今日は、初めてこの『キールのダンジョン』に挑んだ日……お師匠様と出会った日だ。

 

「………」

 

 不死王、ここに死す。

 骨身残さず浄化されたと話は聞いていたが、その最期を看取ることのできなかった弟子は、せめてその墓は作った。

 暗い地の底にあるダンジョン最奥にではなく、陽のあたる出入り口に。二人の墓を。

 

 

 ――いつまでも過去(うしろ)を見ておらんで、己が道を()け、我が弟子とんぬらよ。レディを待たせるなと教えたはずだぞ――

 

 

 ふあ……――と微風が吹き抜けるように、その刹那、穏やかであった師の姿を見た。

 夢か。幻か。

 それが何であったとしても、とんぬらにとっては何よりの一瞬であったに違いなく。

 

「ええ、胸焼けがするほどに聞かされましたよ、お嬢様との話は」

 

 行ってきます、お師匠様――次に会うときは、俺の冒険譚を土産に……

 別れを済ませて、とんぬらは立つ。その際に、視界に入る。

 偶然にも今の一陣の微風に乗ってきたのか、文字を刻んで出来上がったばかりの墓前に、花が一輪添えられていた。クリスという紫色の花がそっと手向けるように。

 それに何となく、無事に向こうへ送られたのだとしみじみと感じり、仮面の奥の目を瞑った少年は、振り返って少女の姿をその瞳に映す。

 

「待たせたな、ゆんゆん」

 

「ううん、全然……。その、墓参りはもういいの?」

 

「ああ、それほど長い時間をかけてやることでもない。語ることはすでに語ったしな。それじゃ、帰ろう」

 

 そういって、とんぬらはゆんゆんの脇に侍る、ついに二人乗りができるほどに成長した豹モンスター・ゲレゲレの背に跨ると彼女を後ろに誘うように手を差し出す。

 

「そういえば、この前、俺はめでたく14歳になったんだが……」

 

 馬の通れない険しい山道でも風のように疾駆するゲレゲレに乗りながら、とんぬらはふと、背に抱き着くゆんゆんへ、

 

「ゆんゆんよりも、めぐみんの方が早生まれなんだな」

 

「え、そうだけど……――あ、そろそろめぐみんの誕生日なんだし、プレゼントを……! で、でも、ライバルにはどんな贈り物が良いのかなとんぬら?」

 

「『悟りの書』では、好敵手には塩を送れと書いてあったな」

 

「わかったわ塩ね! でもそれだけじゃ物足りないだろうし……塩だったら、『一粒が金の一粒』と王都で評判の黒胡椒もつけた方が良いかしら?」

 

「いやいや、そんな船一隻が買えそうな高価なものを送られても困るだろ。それにこの言葉の意味は、争い事とは無縁で、相手の助けになるものを送ることであって、実際にめぐみんに塩を送ったらあいつはしょっぱい顔をするんじゃないか」

 

 世間知らずなゆんゆんがこれ以上頓珍漢な方向に進んでしまう前に、とんぬらは本題を切り出すことにした。

 

「それで、ゆんゆん。里帰りの件だが……ゆんゆんが、14歳になったらでいいか?」

 

「うん、別に構わないけど、節目としてちょうどいいしね。けど、それって、何か意味があるの?」

 

「まあ、色々と……俺としても覚悟を決めやすい」

 

「んんっ? どういうこと?」

 

「だからな……ゆんゆん」

 

 一度言葉を切り、濁してもどうやら疎いというか鈍い彼女には通じないと諦めたとんぬは、息を吸って、

 

「あの時の宣言の責任をとって、族長から娘を貰いに行くには世間体としても都合が良いと言っているんだ!!」

 

 

 二人暮らしを始めて、時に喧嘩したりもしたことがあったけれど……きっと誰よりもとんぬらの好みや思考を熟知してきたはず……

 なのだが、このときの彼の言っていることの意味も何を考えての言葉なのかも、その両方共が咄嗟に理解できず。

 それがアドリブであってもどちらかは必ず理解できたのに。おそらく、何かの冗談か、それとも自分が聞き間違えたのか、はたまたパルプンテを唱えられたのか、いずれにしても凄く衝撃的なことを言われたからな気がした。

 

「――おいっ! いきなり手を放すな! 振り落とされるぞ!」

 

 うっかりと呆然としてしまい走行中なのに彼の腰に巻いた腕の力が抜けてしまったのを、慌てて捕まえられた。けれど、意識はまだ帰ってこず。

 

「んっ?」

 

「いや、んっ、じゃなくて」

 

「ごめん、なんか……聞き間違えちゃったんだと思う。もう一回言ってくれないかしら?」

 

「俺が……族長にゆんゆんと正式なお付き合いができるように筋を通しに行く」

 

「…………も、もう一回お願い!」

 

「だから、俺がゆんゆんを嫁にすることを族長に乞いたいと言ってるんだ」

 

「………………はぅッッ!!!?」

 

「自分で訊いておいて意識を飛ばすとはもう本当にめんどうくさい娘だな!!」

 

 またもゆんゆんが落豹しかけたため、その話は考える時間も考慮し、しばらくその話は封印することに取り決めた。

 

 

 どうにか無事、『アクセル』まで帰ってこれたとんぬらとゆんゆんは、自宅でゲレゲレを休ませると、お隣の魔道具店へと向かう。

 

「今日、ウィズさん、帰って来ているのよね」

 

「昼頃に到着すると言っていたからな。もういるんじゃないか?」

 

 つい先ほどまで頭花畑で有頂天であったゆんゆんは、沈んだ表情を浮かべる。

 魔王軍の幹部バニル討伐を、彼女に報告しなければならない。

 『この街の友人に会いに来た』という話から、バニルが店長ウィズの友人だというのは、ゆんゆんも薄々と察していた。

 働けば働くほど貧乏になる特技を持ち、かつては腕利きの『アークウィザード』として名を馳せていたのに今ではぽんこつ店主……ゆんゆんの人付き合いが狭いものなのだと自覚はあるものの、それに該当するのは、ひとりしかいないと断言できる。

 つまり、個人的にも親しいウィズの古い友人を倒してしまったということ。

 紅魔族は対魔王軍のために造られたとはいえ、友人とはゆんゆんにとっては、とても得難い存在であってどう贖えばいいのかわからない。

 

「あー……このにおい……やっぱりいる」

 

 扉の前で、とんぬらが微妙な表情を浮かべる。彼はゆんゆんとは違って、そんな悲愴的な面持ちなど浮かべてはおらず、これからの厄介事に頭を悩ませているようにも見えた。

 これを先送りすると後々めんどうくさいことになりそうだ、とぼやきながら、魔道具店のドアを押し開け、

 

「いらっしゃいませー」

 

 そんな、朗らかな久しぶりに聞いた声は、いつもであれば楽に弛緩できる心地の良い響きであるのだが、今は胸が張り詰めて、息苦しく……

 

 ――と、店内に入ったゆんゆんは、身に覚えのある魔力の波動を察知する。

 

 ハッと顔を上げるとそこには、店のエプロンを身につけた、自分たちの後輩にあたる新顔の店員がいた。

 大柄で、そして、口元を大きく歪めると、とても愛想よく――!

 

「一体誰が重役出勤したかと思えば! 『ラブラブ・メドローア』という後世に語り継がれる世界三大ネタ魔法を開発した先輩方ではないか。我輩、汝らの後輩として、その活躍ぶりは幅広く喧伝するつもりである。早速、ここのポンコツ店主を含め、ご近所さんに披露したぞ。……おっと、これは大変な羞恥の悪感情、美味である! どうした、膝を蹲って? よもや我輩が滅んだとでも思ったか!? フハハハハハハ!」

 

 当たり前のようにそこにいたのは、仮面の悪魔バニル。

 店の床に三角座りをし、膝に真っ赤な顔を埋めて震えるゆんゆんの肩をポンポンと叩いて、自らも頭が湯立つ想いであるとんぬらは、店の奥から顔を出したウィズに、

 

「ウィズ店長、その大丈夫なんですか、雇っても?」

 

「はい、バニルさんは、前々から魔王軍の幹部を辞めたがっていましたし、今はもう魔王城の結界の管理をしていません。なので、とても無害のはずです」

 

「こちらはとても心の平穏が脅かされそうで早速不安になってきたんですが」

 

「ふふ。それで聞きましたよ、バニルさんをあと一歩のところまで追い詰めたとか。凄いですね。私でもそれは命を削ってやっとでしたから」

 

「こっちも精神的に色々と削りましたけど」

 

 悲嘆にくれるでもなく、純粋に称賛をくれるウィズの声に、ハッと起き上がったゆんゆんは、一体全体どういうことかと問い詰める。

 

「どういう事なんですか、ウィズさん!? めぐみんの爆裂魔法を喰らっておきながらピンピンとしてるんですか?」

 

「何を言うか、あんなものを喰らえば、流石の我輩とて無傷でおられるはずがなかろう。ほら、この仮面をよく見るが良い」

 

 心外そうに言いながら、自らの仮面の額部分を指差し、そこへ視線をやれば……『Ⅱ』という文字が刻まれていた。

 

「ゆんゆん、悪魔族には残機というのがあるのを忘れてたのか? 契約とか諸々の繋がりや縛りが切れてしまうが、残機があればまた復活することができると学校の授業で教わったはずだと思うが」

 

「うむ。爆裂魔法で残機が一人減ったので、二代目バニルということだ」

 

「はい、一度滅んで夢のために蘇ったんですよ」

 

 この展開についていけない自分はおかしいのだろうか、と少女はひとり悩む。

 いや、今はそんなことを考えられる余裕もなく、

 

「これからしばらく顔を合わせるだけで上質な羞恥が頂けそうであるな! うむ、仲良くしようではないか、いずれ紅魔族の長を継ぎ、紅魔族随一の勇者のお嫁さんになるものよ。同じ店を切り盛りする仲間として、な?」

 

 ゆんゆんは早退しました。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ――心が読めんなら、勝手に見てみろ。

 

 あの一瞬、この破滅願望持ちの全てを見通す悪魔に取引を持ち掛けた。

 

 仮面の奥に垣間見えた、ダクネスの瞳を見て、またこれまでの『クルセイダー』としての行いを顧みて、このままいけば彼女は我が身を犠牲にする可能性が極めて高いことを悟った。

 例えば、退魔魔法が通用しにくいのであれば、爆裂魔法で自分ごと吹き飛ばせと言い出すんじゃないかと。

 

 なので、自ら晒した己の心を読ませて、誰にも気取られることなくバニルと交渉し、一芝居を打たせたのだ。

 

 ダクネスを危険な目に遭わせたくないし、めぐみんに仲間を撃たせるような真似はしたくない。

 また人間が、それもとても面白そうな逸材が死ぬのは不利益だというのなら、利害は一致しているはず。この状況は詰んでいるのだから、せめて不倶戴天の女神には討たせないように取り計らう。そう、バニルにこちらに襲い掛かろうとして、わざとやられるように取引したのだ。

 その方が、カズマの国家転覆罪の嫌疑を解くきっかけになりそうだったし、穏便に事を収められる。それに破滅願望持ちの大悪魔が魔王軍幹部のお役目を返上することもできる……そこまで計算してとんぬらは飛び出した。だから、バニルがウィズ店長といても大して驚かなかった。

 とはいえ、先が思いやられるのには変わりなく、

 

「紅魔族随一の勇者にして、族長から珠玉の一人娘を娶る者よ」

 

「なあ、俺までバイトを休んだら、あんたのダンジョン建設の夢はますます遠のくことになると予言できるぞ」

 

「おっと、それは困る。坊主には今後も“共犯者”として役に立ってもらわねばな」

 

「! 何をする!?」

 

 バニルがとんぬらの右目を塞ぐように左手を翳す。

 

「なあに、我輩からのお近づきの印だ」

 

 その後、ウィズ店長に指摘され、すぐ鏡を覗いたとんぬらに映ったのは、右半分が黒く染められた仮面。全てを見通す悪魔に呪いをかけられて、“お揃い”にされたのであった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

『俺の仮面が!? これって洗っても落ちないのか!?』

 

 そういって、店を出て早退した坊主。今頃、娘と顔を突き合わせて洗顔しているだろうが、残念、女神にも剝がせぬよう、よおく念入りに染み付けたのでそう簡単に落ちない。

 『我輩の獲物(ごはん)である』と他の悪魔族にアピールする呪いでマーキングしてやった。これで赤子の知能レベルであっても手出しは控えるだろう。むしろありがたがるべきだ。

 

「やれやれ、マクスウェルも厄介なものに手を出してしまったものだ」

 

 かつて『人間は殺さぬ』の信条を破らされた『氷の魔女』のように、何かを背負った時の人間の牙は、地獄の公爵にも届きうるもの。

 衝突すれば被害は甚大であるのは、未来を予知せずとも過去の体験で分かり切っている。

 あんなもったいない真似は、二度もするつもりはない。

 

「もう! あまりとんぬら君とゆんゆんさんをからかわないでくださいよ。バニルさんのせいで、ロザリーやブラッドがやさぐれちゃったんですから」

 

「元神童店主よ、あの坊主は危なっかしい。必要であれば、禁術にも手を出すぞ。かつての貴様のようにな」

 

 その言葉に、動揺するウィズ。使用者の寿命を燃やし、一時的に膨大な魔力を得られる禁断の魔道具に手を出した前科持ちの奴にはそう簡単に聞き流せる文句ではないだろう。

 十代で魔法スキルを修め、二十歳で魔王軍の幹部と渡り合える高名な『アークウィザード』となったが、それでも成年前の十代前半のころでは、上級魔法で精一杯だったろう。オリジナル魔法の開発に着手するほど魔法使いとして習熟していなかったろうし、まして、魔王軍の幹部や不死王リッチーと渡り合うなどとてもとても。

 ネタ種族の血統からか、あの爆裂娘も含めて3人の『アークウィザード』、こと才能においてはかつて神童と謳われた『氷の魔女』と比較しても同等以上ものだと評価できる。

 故に、いざ道を外れるとなれば、自身よりも行き着くのも早かろう。

 

「我輩とは違って、まだなんちゃって魔王軍幹部店長よ。貴様が中立として冒険者に一線を引いているのはわかっているが、自身と同じ過ちを二度もやらせたくなければ、先達者として目を光らせておくんだな」

 

 無論、こちらも目を光らせておこう。

 ――明日の朝は厳重に。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「じゃあ、そろそろ行ってくるよ」

 

「忘れ物はない? もう一度道具袋の中確認しなくて大丈夫?」

 

「大丈夫だ。二回確認する癖が習慣づいているからな」

 

 玄関先で声をかけられて、笑顔で振り返る。

 そこにいるのは、彼女と、その両腕に抱かれた双子の赤ん坊。

 

「ほら、お父さんがお仕事に行くわよ。いってらっしゃいしましょうね」

 

「お母さんの言うことを聞いて、いい子にしてるんだぞ、お前たち」

 

 お互いの特徴を受け継いだ兄妹。彼女と正式に結婚してから早一年、立派な跡取りを産んでくれた。

 自分たちはもちろん、お互いの両親も里や街の皆も喜んで祝してくれた。

 

「俺がいない間、無理するんじゃないぞ。何かあったらすぐに連絡してくれ」

 

「わかってるわよ。もう私だけの身体じゃないんだからね」

 

「うん……頼むぞ。レックスも、タバサも、お母さんを頼むな」

 

 彼女に抱かれた赤ん坊たちの頭を撫でる。

 

「しかし、双子を授かるなんて……」

 

「神社と族長の跡取りが必要だったし、それに一人っ子は寂しいじゃない」

 

「そうだな。それじゃあ、俺達もしっかりと頑張らないとな。育休中の族長代行を務めてくるよ」

 

「今日のお夕飯は、とんぬらの大好物を作っておくからね」

 

「大好物か。ゆんゆんの料理はどれも美味しいから、全部大好物なんだけどな」

 

「だから、早く帰って来てね」

 

「ああ、わかった」

 

「この子たちも私と同じように寂しがり屋だし……その、私も寂しくなる分、埋め合わせで可愛がってほしい、にゃん」

 

 ギュッと身体を押し付けながら、彼女は上目遣いで見つめ、猫が甘えるように上気させた頬をスリスリと擦ってくる。実に的確にこちらのポイントを心得ている。

 

「……そんなに夜の本能回帰をさせるようなことをして……いったいどれだけ危ういのがわからないのか」

 

「……ちゃ、ちゃんとわかっててやってるもん。もう」

 

「……またひとり、家族を作りたくなるな」

 

「何人だって……あなたとなら……紅魔族随一の子沢山を名乗れるように頑張って励むわね!」

 

「それは俺も自信があるな」

 

 そうして――

 

 ………

 ………

 ………

 ………

 ………

 

 夢から、目が覚めた。

 

「――ぐおおおおおおお!?!?!?」

 

「と、とんぬら、どうしたの!? 起きてすぐ身悶えて……」

 

「なんて呪いをかけてくれたんだあの悪魔はああああっ!!」

 

 早朝、お隣の魔道具店に突撃した仮面の少年、それを待っていたといわんばかりにご満悦な仮面の悪魔に出迎えられた。

 

「フハハハハハハ! 目を光らせて正解であったわ! 毎朝、極上の悪感情を頂けるようになるのだからな! しっかしこれほど羞恥してくれるとは予想以上である。よほど、我輩の力で見た五年後とやらがお気に入りであったようだな」

 

「ふざけんな! この呪いを解け! こんなの毎日見せられたら眠れなくなって寝不足になるだろうが!」

 

 バイト先に新しいマネージャーが入った日から、とんぬらは気の休まる時がないほど大変になった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 そうして、ひとりの師と決別してから数日後。

 とんぬらの下に、もうひとりの師である『アークプリースト』が魔王軍の幹部にやられて倒れたとの一報が届いた。




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