この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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38話

『なあ、念のために聞いておくけど、お前ら本当に心当たりはないんだな? 今回は大丈夫なんだよな?』

 

『私の場合、爆裂魔法絡みの事件でなければ全く心当たりはありませんよ?』

 

『私もだな。というかそもそも、私はめぐみんやアクアとは違い、日頃からあまり問題は起こしてはいないはずだ。それにあのダンジョンに入ったのはこのパーティの中ではカズマとアクアだけではないか?』

 

『何よ、ダクネスまで私を疑う気? あのね、あのダンジョンに関しちゃむしろ、私のおかげでモンスターは寄り付かない筈よ? だって、元リッチーの人間を浄化するのために気合入れて魔法陣を描いたんだもの。きっとあの魔法陣は今でもあそこにしっかり残ってて、部屋に邪悪な存在を立ち入れないようになってるはずよ』

 

『…………おい、お前今なんつった』

 

『? な、何よ急に。言った通りよ、あそこには私が本気で作った魔法陣が、今もその力を発揮しながら、モンスターを寄せ付けないように……』

 

『このバカがあああああー! 毎度毎度、どうしてお前は、一つ役に立つ度に何かやらかすんだよ。アレか? 差し引きをプラスマイナスゼロにしないとどうにかなる病気なのか? つか、今のところ差し引きでマイナスなんだけど!』

 

『ちょっと待って! 今回は、絶対に私のせいじゃないと思うの! ねぇ、お願い信じて! だって、ボス部屋に浄化の魔法陣張っただけよ!? それが原因でモンスターの大量発生になんてならないわ! 以前の悪霊騒ぎみたいなのとは違うと思うの!』

 

『お前が原因かそうでないかはどうでもいいんだよ! セナがダンジョンを調査した際に、ダンジョンの奥にお前が作り出した魔法陣が残ってるのが問題なんだ! どうにかして証拠を隠滅しないと、また魔王軍関係者だとか疑われちまう!?』

 

 

 ♢♢♢

 

 

 『キールのダンジョン』にまた異常事態が発生した。

 オーガゾンビでもトロールでもない、正体不明の新種のモンスターがダンジョンから大量に湧き出ている。前回、名うてのリッチーが暴走した一件があるだけに、要警戒を呼び掛けられ、すぐ調査に赴く検察官らの護衛にギルドは冒険者たちにクエストを発注。

 ただ、そのリッチーを討伐したのは、ギルドに報告したカズマパーティとなっていたため、真っ先に疑われてしまった。それをすぐ訂正したのだが、どうも身内であるとみなされ、それで庇っているのかもしれない、と直截には言わないがその眇められた目から察するに、半信半疑と完全には晴れない。彼女はカズマ兄ちゃんに恨みがあるとかではなく、単に生真面目で、純粋に疑いを追及しているだけなのだろう。

 それで、めぐみんに伝言役を任せたがカズマパーティは不参加でも文句はない。むしろ余計な濡れ衣を被させてしまって申し訳なく思う。

 彼らには彼らのやるべきことがあるのだ。魔王軍関係者の疑惑を晴らすことと領主の屋敷を弁償すること。少しずつ借金は返せてはいるものの、この二つの問題はまだ何も見通しが立ってはいないのだから……

 

「ねぇ、あれがダンジョンから溢れ出てくる謎のモンスターなのかしら?」

 

「ふむ。一見すると戦闘力はなさそうだが、初めて見るな」

 

 ダンジョン前に辿り着くと、報告通り、入り口から次々と仮面人形のようなモンスターが湧き出ていた。膝の高さほどのサイズの人形モンスターが、二足歩行で這い出してきている。

 

「俺はこのダンジョンにはこの中で一番詳しいと自負しているがそれでもあれには遭遇したことはない。自然発生したものではないはずだ。となると、考えられるのはダンジョン主の消えたこの『キールのダンジョン』に新たに居座ったモノがいる可能性が高いと見る」

 

「これだけ大量のモンスターを呼び出すとなると、かなりの大物よね」

 

「いや、あれは召喚というよりは、製造しているのが正しいだろう。『クリエイト・アースゴーレム』のような魔法を使って。その方が自爆戦法なんて普通のモンスターじゃ取りえない手段に納得がいく」

 

 検察官と同行する男女合わせて30名ほどの冒険者たちの中にいるゆんゆんととんぬら。

 一番若いながらも実力者で先頭を行く彼らのすぐ傍にいた、鎧も着けていない軽装な女性、セナが頷く。

 

「ええ、報告によると、動いている者に取りつき自爆するという習性を持っていまして。冒険者ギルドでも対処に困っている状態だそうです」

 

「なるほど。それは厄介だな」

 

「はい、このモンスターは、攻撃手段は自爆攻撃しか持ち合わせていないのですがちょっとでもダメージを受ければ自爆、ダメージを受けていなくても、隙をついてこちらに取りつき、やはり自爆。なので、遠距離から倒していくのが最良の手段かと……」

 

 言いながら、こちらをちらちらと見てくるセナ。

 上級魔法でもって一掃してくれるのを期待しているのだろう。

 

「いや、こちらも奥に控える相手との戦闘も考慮すると、消耗は控えておきたいし、ああも際限ないとキリがない。魔法で薙ぎ払ってもすぐ次が出てくる」

 

「しかし、あなた達以外にも魔法使い職はいますが、これ以上、ダンジョンの外へモンスターが流出するのは避けるべきでしょう」

 

「だから、一度の魔法でモンスター流出は対処しようか」

 

 とんぬらは、鉄扇をダンジョン入口に指して、相方のゆんゆんに、

 

「ゆんゆん、出入り口付近は外し、あの場に泥沼魔法で堀を作ることはできるか? 境界線を引くよう感じにだ」

 

「ええ、できるわ。――『ボトムレス・スワンプ』!」

 

 魔法詠唱の澄んだ声が響き渡る。

 注文通りに、ダンジョン出入り口付近は除いて、沼が出現する。

 それに気づいた人形モンスターが、こちらへ猛ダッシュしてくるが、沼に嵌り込み、ズブズブと沈んでいく。

 膝ほどの身長しかない短足の人形モンスターでは、人間でも足を取られるほどの泥沼を突破することはできない、それで包囲されれば、封鎖されたも同じ。

 そして、更に境界線の泥沼へ、とんぬらが鉄扇を刺し込み、

 

「『花鳥風月・猫飯』!」

 

 ゆんゆんの造った泥沼の堀に、とんぬらの水芸より大量に放水された聖水が浸透。泥沼にもがいていた人形モンスターは、聖水で満たされるように水浸しにされると、その動きを止めていく。

 

「微かな悪魔臭がすると思ったが、やはりこれは悪魔の創作物であったか」

 

 鉄扇を閉じ、目を大きくさせているセナと冒険者らへ、

 

「見る限り、移動は二足歩行。自爆はするがそれも接近しなければ巻き込めない。中々足は速いがそれでもゆんゆんの泥沼を超えられるほどの跳躍は無理なようだ。よし、あとは人海戦術と行こう。対岸から皆で騒いでくれ。警戒は怠らないよう、でも、おそらくほとんど武器を抜かずにこれで対処できるはずだ」

 

 とんぬらの指揮に従い、対岸に立って、大袈裟に腕を振るったり、挑発を飛ばす冒険者たち。反応する人形モンスターは、冒険者たちに飛び掛かろうとするが、聖水の泥沼を超えられずに自滅していく。

 宣言通りにセナは感嘆の声を上げる。

 

「おお、こんなに簡単に謎モンスターを……!」

 

「基本的にゴーレムのようなクリエイトモンスターに難しい思考判断はできない。その辺はスライムのような本能型と同じだ。この無差別な単純思考を見るに、自爆モンスターの製造者はダンジョンの外の事は考慮していない。というか、無頓着なのだろうな」

 

「じゃあ、何を目的でモンスターを? ……あんな自爆戦法で、できるのって動く物体への攻撃くらいでしょ?」

 

「となると、思いつくのは……ダンジョン内のモンスターの討伐、か。新しいこのダンジョン主は、『キールのダンジョン』を自分好みの仕様にしようとしているのではないか? 引っ越し先の部屋を一度自分で大掃除して模様替えするように。デザインが統一された人形たちから察するに、相手はこだわりが強いと見るが……どうだ、ゆんゆん?」

 

「うん、とんぬらの推理に不自然な穴はないわね。確証はないけど、その線が妥当なんじゃないかしら」

 

 二人で交わし合って進める推論は、傍で聴いているセナにもかなり真相に近づけていると実感するだけの説得力があった。

 少し観察しただけでこれほど導けるとは……流石、高い知能と分析能力を持った紅魔族だと期待が高まる。

 

「よし、あらかた片付いたみたいだし、遠距離攻撃の出来る10人をこの場に残して、あとの20人が向こう岸に渡れるよう『クリエイター』の冒険者に橋を作ってもらおうか。外へ出ないようにすぐ橋は壊してもらうのもアリだが、ひとつに通路を絞れば10人で十分に処理できるはず。そのあたりの判断はセナさんに任せよう」

 

「はい、ご武運を」

 

 そう言ってセナは、謎モンスターがひしめくダンジョンへ突入することになる各冒険者のパーティに一枚ずつ、札を手渡す。

 強力な封印の魔法が篭められた札だ。モンスターを作製する魔法陣は、術者を倒しても自律して稼働するケースがあるのだ。その場合を想定して、封印する手段として配ったのがこのお札。

 

「こんなことをしなくても、めぐみんあたりに爆裂魔法を食らわせて閉鎖してしまうのが手っ取り早いんだがな」

 

「それはいけません! 原因の究明をお願い致します! あなた方の推理通り、これだけ多くのモンスターを生み出すとなると、かなりの大物が潜伏している可能性があります。ダンジョンを封鎖したところで、『テレポート』を使える相手ならば逃げられてしまうでしょう。これだけのことをしでかす相手です。発見し、討伐をお願い致します」

 

 厄介な注文を付けてくるが、とんぬらはここで退くつもりはない。

 ここは、『()()()()ダンジョン』だ。

 すでにダンジョン主リッチーは成仏したのだとしても、偉大な魔導士の名を冠する、我が師の墓所である。

 ぽっと出の余所者に居座られるのは、弟子として腹が立つ想いなのだ。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「『ウインドカーテン』!」

 

 自爆モンスターひしめくダンジョン内に突入した冒険者の中で、ゆんゆんの風を纏わす支援魔法を受けたとんぬらは、鉄扇や蹴りで近寄るモンスターを吹き飛ばし、先陣切って進んでいく。

 風の守護のおかげで仮面人形にくっつかれずに弾かれるが、反撃を必ず防げるわけではない。それにとんぬらひとりを守れても、後続に男女合わせて20人の冒険者がいる。

 そして、一方通行の通路から十字路へと出たとき、三方向から一気に襲い掛かってきた。

 

「『ティンダー』!」

 

 とんぬらは、鉄扇の先に初級火魔法を灯し、ゆんゆんの支援風魔法に溶け込ませるよう錬成させる。

 

「炎会芸『疾風炎舞扇』!」

 

 扇から舞振るう軌道に合わせて、龍の形をした炎が現れる。それは新体操のリボンでも扱うようにクルクルととんぬらの手首の回しによって、ゆんゆんとふたりを覆うドーム状の炎の渦へと。そして、それは攻撃すれば爆破して衝撃を拡散し同時に自動迎撃を行う、爆発反応装甲の如き効果を発する。

 

「ゆんゆん、前と左を封鎖!」

 

「『ボトムレス・スワンプ』!」

 

 無駄な枝葉を切り落とすよう、ダンジョンを知り尽くすとんぬらが指示を出し、最奥までのルート、それ以外の道を潰すようにゆんゆんが泥沼魔法を展開させる。これで三方向から雪崩れ込むはずだった仮面人形も3分の1にし、囲まれてしまうのを未然に防止する。

 

「頼もしい露払いだな、ったく! ……おい、魔法使いにこれ以上前衛をやらせんな!」

「自爆モンスターの盾となるくらいできんだろ! 年下の冒険者に身体を張られてちゃ俺達の立つ瀬がないぜ!」

 

 二人を追い抜いて、後続の冒険者たちが前に出る。

 

「危ないですよ!? まだ前にはモンスターが……!」

 

「構わねぇよ。冒険者に危険がつきもんだ」

「それより魔法使いが露払いなんかで魔力を使うんじゃねぇ。ボス部屋まで温存しておけ」

「……正直、リア充爆発しろと呪ったことがあったが、『アクセル』のエースカップルにゃ何度も世話になってるからな」

 

 仮面人形の自爆の威力はかなりの物だ。爆発ポーションと同等かそれ以上。鎧に身を固めた冒険者ならば一撃で死ぬことはないだろうが、戦闘不能となることはない。つまり、この荒くれ者たちひとりにつき、最低一体は耐えられるのだ。

 

「ここは、俺達に任せな」

「あんたらは、大将首を頼んだぜ」

 

「皆さん……」

 

 じーんっと来るゆんゆん。冒険者になって良かった、と瞳を潤まして実感する相方の隣で、この厚待遇の裏をきちんと読み取ったとんぬらは、冒険者たちの背中をジト目で、

 

「……それって、雑魚はやるが、ボスモンスターは俺達だけでやれってことか」

 

「ああ、遠慮なくぶっころされてきな」

 

 これはまた大変な神輿に担がれたものである。

 

「わかったよ。遠慮なくこき使ってやる! ――『ヴァーサタイル・エンターテイナー』!」

 

 呆れた苦笑を洩らし、自らに器用値を上昇させる支援魔法をかけたとんぬらは道具袋から、5つの鈴がついた星形のヘッドレスタイプのタンバリンを取り出す。

 振り鳴らせばシャンシャンと小気味いい音が響くこの宴会芸用に作った楽器型魔道具『不思議なタンバリン』。これは、宴会芸スキル『アゲアゲダンス』で鳴らしたその音を聴いた者の闘争心を奮い立たせ、パーティのテンションを上げる効果がある。

 

「アゲアゲ! ――ハッスルハッスル!」

 

 とんぬらは左手にタンバリンを鳴らしながら、右手は扇子で舞い踊る。回復の波動を放つ『ハッスルダンス』に士気向上させる『アゲアゲダンス』を交互にこなし、冒険者一団を盛り上げる。

 

「ゆんゆん、次のT字路は右を封鎖してくれ! 戦闘不能になったもしくは装備が限界だと判断した冒険者は自力で帰還できるウチに後退してくれ!」

 

 そして、仮面人形を蹴散らしながら、最短距離で猛進するとんぬらたち。ひとりふたりと進んでいくたびに仲間が撤退していき団は数を減らしていくものの、着実に踏破する……

 しかし、

 

「なんだ、こりゃ?」

 

 先日の戦闘、それでリッチー・キールが放った極大消滅魔法で空けれた大穴がある。そこを通れば、一直線にボス部屋までショートカットできるのだが、今、その壁を埋めるように部屋ができていた。

 とんぬらにもこれまで見たことがないこのビフォーアフターは、間違いなく『キールのダンジョン』を占拠した者の仕業だろう。十中八九、罠だ。けれど、ここを通ればすぐに辿り着くことができる。まだ壁役になれる冒険者たちはいるものの、このまま行けば、たった二人だけでボスとやり合うことになる。

 再び前に出たとんぬらと目配せして、意を悟ったゆんゆんは銀色のワンドをその扉に向け、

 

「『トラップ・サーチ』。『エネミー・サーチ』」

 

 元凄腕冒険者のウィズ店長直伝の探知魔法で安全確認をすると、ゆんゆんはこくんと頷く。

 

「大丈夫、ダンジョン擬きではないはずよ」

 

「よし。じゃあ、まずは俺が様子を見よう」

 

 そして、ドアに手を掛け、ゆっくりを戸を開けながら中へ踏み込む。ゆんゆんもとんぬらの背に貼り付くように一緒に部屋に入り、後続の冒険者もそこへ続こうとした――ところで、バタン、と扉が閉まった。

 

「なに!?」

 

 カチリと鍵が嵌ったかのような音に反射的に振り向いたが、あるのは固く閉ざされた扉。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 向こうからドンドンと扉を叩く音が聴こえる。冒険者たちも力ずくで解錠を試みるが扉は開かない。

 

「『アンロック』ッ!」

 

 ゆんゆんが、解錠魔法でこじ開けようとするが、弾かれる。どうやら相当強力な封印が施されてるようだ。

 

「とんぬら、開かないわ!?」

 

「焦り過ぎたか……。ここは遠回りでも確実に行くべきだったか」

 

 とんぬらは、閉じ込められた空間へ油断なく視線を走らせる。何もない。あの仮面人形で埋め尽くされているようなモンスターハウスでもなく、そして、向かいには出口と思しき扉があった。

 

「ごめんなさい、とんぬら。私が探知魔法をかけてればこんなことには……」

 

「ゆんゆんの魔法はきちんと発動していた。この通り、危険性はないみたいだからな。それで部屋に入ると判断したのは俺だ」

 

 とんぬらは責任を感じて俯きかける相方の頭をポンポンと撫でると扉の向こうにいる冒険者たちへ、

 

「悪い。パーティが分断された。そっちはどうだ?」

 

「こっちは問題ねぇよ。あの自爆人形は相変わらず先にうじゃうじゃといるようだけどな。あんたらはどうなんだ? 助けは必要か?」

 

「どうやら出口っぽいのがあるから完全に閉じ込められたわけではないようだ。そっちはそっちの判断で動いてくれ。こっちはこっちでボス部屋を目指す」

 

 二手に分かれることとなった冒険者。

 とんぬらとゆんゆんは辺りを警戒しながら、その人形たちと同じ仮面の意匠がついた扉の前に立つ。すると絵の仮面が怪しく目を輝かせ、扉の表面に文字が書き込まれて、というか浮かび上がっていた。

 

 

《フハハハハハ、ショートカットできると思ったか! 残念、おめでとうございます! 改装途中のダンジョンに最初に踏み込んだ汝らを祝して、我輩が考案したギミックのテスターを受けさせてやろう!》

 

 

 ……これは、随分と凄いのが出てきたな。

 このギミックの技術や篭められた魔力もそうだが、何よりこの術者の濃いキャラに警報が鳴る。

 

《これより、汝らが挑むのはここを含めて二つの部屋。そこを抜ければ、ダンジョンマスターたる我輩のところへと辿り着けるであろう。ただし、扉を開けるにはそこのお題をクリアしてもらわなければならない。自信ありげに『大丈夫、ダンジョン擬きではないはずよ』と言った娘がいくら解錠魔法をしようと絶対に開かん》

 

 まだ直接対面してないが何だろうこいつ、撃退する理由がまたひとつ増えた。

 

《では、自己紹介は対面したときまでとっておこう! 汝らが我輩のところまでやってこられる冒険者であることを祈っておるぞ!》

 

 そして、会話文は消えて、浮かび上がった違う課題(もじ)の内容は……

 

「課題とは『すごろく場』のようだが、一体どんなダンジョンのギミック――って!?」

 

 先に課題文をサラッと読んだとんぬらは反射的に扉にツッパリ、ゆんゆんが覗き込む前にその一文を手で隠せた。

 

「ええと、『まずは、坊主への課題だ。超キザなポーズと台詞で、実は■■■■(一目惚れ)な娘を口説け』……ねぇ、とんぬら、そこの一文が読めないんだけど」

 

「全文読む必要はないぞ! どうやら、これは俺に出された課題のようだからな! 気にするな! ゆんゆんは見る必要はない、ああ、目を瞑っていてくれ」

 

 そう言われると見たくなるのが人の性だが、彼の必死な嘆願に少女は頷いて、瞼を閉じる。

 

「……しかし、ぶち破るつもりで叩き込んだんだがビクともせん。それに触った感じも魔法を反射する術がかけられているな。……仕方がない」

 

 気が重いことこの上なかったが、強硬突破に及べないのなら、背に腹は変えられない。自分たちがここで足踏みしてる間にも、他の冒険者たちは自爆モンスターを相手にしているのだ。こちらのお願い通り、目を瞑ったままでいてくれるゆんゆんの前に立つととんぬらも覚悟を決めて、肩に軽く手を置く。下から、少し緊張のせいか心なしか頬の紅いその童顔を覗き込むようなアングルを取り、更に不必要だが仮面の位置を直すよう持ち上げるポーズをしてから、甘い言葉を意識して囁きかける。

 

 

「どうか仮面のままでいることを許してくれ。素のままで君と対面したらどんな顔をしていいのかわからなくて、その美しい瞳と目を合わせることができなくなってしまう」

 

 

 昔にあるえの執筆手伝いでラノベイラストの参考文献で見た、何だか無駄に光を放っていたキャラクターの台詞を自分なりのアレンジを加えて声にした。この羞恥に我慢した自分を褒め称えてやりたいところだが、

 

「そ、……そうだったの、とんぬらっ?」

 

 直後、未だかなりの至近距離にあるゆんゆんの顔、その目はぱっちりと開かれて何度も瞬きを繰り返す。当然ながらその目は、赤い光を放つ。紅魔族特有の身体特徴から内心が荒ぶってるのが伺える。とんぬらは鎮火せんと早口で、

 

「言わなくてもわかっていると思うがゆんゆんこれは課題だ。それ以外の何物でもない。だから、真に受けるな。今のは早急に忘れてくれると助かる」

 

 カチャリと鍵が開ける音から察するにクリアしたが、先程の台詞をゆんゆんが覚えているのは羞恥以外の何物でもなく、とんぬらは両手で顔を覆い懇願した。

 

「………………わかったわ」

 

 こちらの願いをゆんゆんは聞き入れてくれたが、その前に会った長い沈黙は気にしなくても良いはずだ。きっと。

 

 

 二部屋目に入る際、『課題文を隠すのは以後禁止。ペナルティとしてこのゾーンは汝らが手を繋いだままでなければ開かない仕様にした』と扉に表示された。

 それで口説き文句の後で恥ずかしかったが、二人は手を繋いで、二部屋目に踏み込む。互いに何となく目が合わせられなくなる空気の中、気を取り直すように軽い雑談を口にした。

 

「しかし、なんだか『注文が多い料理店』みたいなギミックだな」

 

「それって、確か入った客に料理を食べさせるんじゃなくて、入った客を料理として食べてしまうお話でしょ? 学校の図書室で読んだことがあるわ」

 

「ああ、迷い込んだ冒険者を美味しくいただくために化け猫があれやこれやと課題を出してくる話をなんとなく思い出してな。まあ、世の中には煮ても焼いても食えないのもいるのだが」

 

 最初の一部屋目はこちらの調子を崩す為のものだろう。しかし、この程度で隙を見せると思ってくれるな。次こそが本番と、ボス部屋へ続く扉の前に立つ。

 

《お次は娘にいくつかの質問をする。中には答えにくいものもあるだろうが、正直に答えるよう》

 

 また肩透かしなお題だ。

 

「難題な謎かけを吹っ掛けられても良かったんだが、サービスでもしてくれたのか?」

 

「う、うん、私が答えればいいのね」

 

 とんぬらが繋いだ手を握り直すと、ゆんゆんは気を奮い立たせて、浮かび上がった質問文を読む。

 

《では、汝に問う。後衛として、重装備ではなく身軽な軽装が主流な『アークウィザード』であるが、最近やけに下着の露出が増しているようだが。それは何故か?》

 

 その質問文に、ゆんゆんがピタリと固まった。

 速やかにとんぬらは視線を外し、耳を塞ごうとするのだが、

 

《無論、質問の間も、手は繋いだままだ。それに、ちゃんと坊主も視聴するよう。拒んで目を閉じたり耳を塞ぐような真似をすれば、一時間ほどここから出られなくなると思え》

 

 それを禁止してくるダンジョンマスター。

 こいつ、遠視か何かでこっちを見ているのか? いや、それにしてはこちらの情報に詳し過ぎる。外見だけの推理ではわからないようなものまで当ててくるから……と、こんな冷静に分析している場合ではない。

 

「ゆんゆん、すまん……! なるべくここでの情報はすぐ……すぐ忘れるようにする!」

 

「ちょっと間を入れて言い直したのかが気になるけど……そ、そうね、とんぬらもさっきは頑張ったんだし、私、答えるわ!」

 

 最低な問いかけにも、負けじとゆんゆん。……でも、回答は蚊の鳴くような小さな声で、

 

「……そ、その……。い、い、今付けてるのは、ウィズさん、知り合いに教えてもらった魔法効果のあるブランド品で、軽くても丈夫で……。そ、その防御力を上げようと……」

 

 しどろもどろになりながら、どうにか答えたゆんゆん。

 

《我輩は、正直に答えよと言ったはずだ》

 

 しかし、判定は通らなかった。

 ………。

 

「……最近、めぐみんに対抗して、ちょっと大人の装備に挑戦して……みました……」

 

 ゆんゆんは恥ずかしそうに俯きながらも頑張って答えた。

 ああ、カズマ兄ちゃんと風呂に入ったとかいう話か……

 

《ふむ。それだけでは不十分であるが、まあいい。……では、汝に問う。風呂場の籠に放り込まれていたパートナーの下着。これを干す際に、マジマジと注視して、『うん、ダメよ。それはダメ……』とブツブツ言っていたのは何故か。そして、頬を染めて周りをキョロキョロ確認し、洗濯済みなのをちょっと残念そうにしながら、顔を近づけ臭いを嗅ごうとしていたのは何故か》

 

 ちょっとこのダンジョンギミック極悪な難易度じゃないか。

 聞かされているこっちもいっぱいいっぱいになってきているぞ。

 

「……お、おお、男の人の下着がどのようなものか興味が出てきて……。手にしてつい、よく見てみようかな、という出来心で……。あ、あと、生理現象の話を聞いて、気の迷いでにおいまで気になってしまいました。ごめんなさい……ご、ごめんなさい……」

 

 赤い目と顔を両手で覆い、震え声で謝るゆんゆん。

 魔道具屋に売りに出すチーズや冒険のための魔道具の作製にかかりきりで、家事の方は相方に任せきりとなっていて、自分の分も任せていたのは申し訳なく思うのだが、指摘されたゆんゆんはよほど応えたのか、もう心の耐久値は限りなくゼロに近い。

 

「いや、まあ、その……ゆんゆんもなかなか大変みたいだしな! ゆんゆんに甘えてばっかりではなく、俺も今度から家事手伝うぞ! うん、せめて自分の分くらいは自分でやらないと!」

 

 とんぬらはカバーしたつもりだったが、しゃがみ込んだゆんゆんは耳まで赤くして動かなくなってしまった。

 出題者はそれで満足したのか、次の質問文を浮かび上がらせる。

 

《では、最後に。パートナーに一晩中抱かれたのが忘れられず、以降、坊主にいつお呼びがかかって良いよう、身体の線がくっきり出るネグリジュを用意しているのは》

 

「わああああっ!?」

 

 ゆんゆんが涙目ながら真っ赤に光らせ、短刀を引き抜いた。

 とんぬらとしても、ここが限界であった。

 

「とんぬらっ! もうこのギミック力ずくで破るわよっ!」

 

「同意だゆんゆん!」

 

 こんなところで切り札を明かしてしまうのは失態であるが、この調子に乗ってるダンジョンマスターの目を剥かせてやろう。

 

《我輩が施した封を強引に破ろうなど、笑止千万! 見通し辛いほどの力を持ったかなりの実力をつけている冒険者のようだが、これを突破するにはせめて産廃店主並みの力でなければな! よし、ペナルティとしてここは服を脱いでその勝負下着をここで公開……、くっ、何だこの目が眩む光は!?》

 

 とんぬらが道具袋から取り出したのは、鎖に縛られた本。

 

 触った相手の潜在能力に身体情報などを瞬時に読み取れる冒険者カード。それに使われる魔法紙の作製は冒険者ギルドが独占している技術だが、例外的に紅魔族はそれを里独自に作製できるだけの能力がある。

 そして、とんぬらが『錬金術』スキルで作製した魔法紙で出来上がったのが、この『スペルブック』。魔法を篭められたスクロールを何枚も束ねて、一纏めにした魔道具。

 

「『スペルブック』、解放!」

 

 十字に縛る鎖。その鍵穴に、ゆんゆんが錠である短刀を突き立て、魔導書の封を解く。

 

「いずれ紅魔族の長になる者にして、『ドラゴンロード』の力を見せてあげるわ!」

 

 開かれた『スペルブック』を読み解く。

 一人で扱うには難易度の高い魔道具だが、かつて熟練した魔法使い同士でなければ使用できない『仲良くなる水晶』と同じ要領で、二人の力で掛け合わせて、起動させる。

 

 

「『ギガジャティス』ッッ!!!」

 

 

 画竜点睛を欠くの如くに。ゆんゆんの詠唱に応え、魔導書に綴られた文字列が二頭の龍となって開かれたページから飛び出し、扉へ突き付けられた彼女の銀色のワンドの前で絡み合って五芒星の魔法陣に。

 それは、パスを繋いだドラゴン、水の女神の加護の強いパートナーより供給される神聖な魔力を引き出し、己の魔法を最大限に増幅・強化する。魔法に破邪の力を付与する支援魔法!

 

 

「『アンロック』ッ!」

 

 

 破邪のメカニズムに則って悪しき力を打ち破る力が増幅された解錠魔法は、ダンジョンマスターの超魔力でもって固く閉ざされた開錠させてみせた。

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 スペルブック:トルネコ2のアイテム。習得した魔法を書き込むことができる。巻き物(スクロール)とは違い、何度使ってもなくならない。ただし、魔力は消耗する。

 イメージは、アトリエの四極天の知恵書。

 

 ギガジャティス:ドラクエⅦ。主人公のみが扱える破邪魔法で、小説版では『水の精霊の加護により使える特殊な呪文』とも言われている。二頭の龍が食らい尽すように、魔王の放つマダンテの爆炎を消失してみせた。

 これに、ダイの大冒険における破邪の秘法の設定を取り入れたもの。


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