この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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37話

「――えー……兄ちゃんが借金苦に、アクア様の身ぐるみを剥いで売っ払おうとしたり、ダクネスさんが高級な服を着て帰って来て、手籠めにしようとする領主から逃げてきたかと思えばそうではなく、領主から持ち掛けられた将来有望そうな好青年との見合い話をどうにか破綻させてほしいと嘆願してきた。……とにかく、見合い騒動の方は兄ちゃんらに任せて、めぐみんはこの借金苦脱出と魔王幹部の嫌疑払拭するための策を考えることになった。話をまとめるとそういうことだな」

 

「ええ、そういうことです。この悪状況を打開するために、私、ゆんゆん、とんぬら、紅魔族三人衆で、色々と知恵を絞ろうではないかと……!」

 

 貧乏店主が留守にしていて、新商品の売り上げが好調な魔道具屋。

 そこにいつぞやの魔剣使いの勇者のように相談事を持ち込んできたのは、同じ紅魔の里出身で、『頭のおかしな爆裂娘』としてこの『アクセル』で有名になっためぐみん。

 以前と同じように、ゆんゆんが茶の支度をする合間に、とんぬらが話を聴いていた。

 

「それでですね……実はダクネスは、この国の懐刀とまで言われている大貴族、ダスティネス家の娘だったのです……!」

 

「ふーん」

 

「何ですかその反応。庶民のとんぬらは、もっと驚いても良いんですよ」

 

「いや、知ってたしなダクネスさんが大貴族なのは。それから、里で俺とどっこいどっこいの清貧だっためぐみんに庶民だとか言われたくない」

 

「なんですと!」

 

 本名ダスティネス=フォード=ララティーナ。

 この駆け出し冒険者の街に訪れて最初にこなした『人探し』のクエストで知り合った金髪碧眼のご令嬢というのは、とうの昔に知れていることである。

 

「とっておきのネタみたいだが、俺もゆんゆんもダクネスさんがダスティネス家のご令嬢なのは知っている。俺達がそのことを知ったのは偶然で、同じパーティのめぐみんに打ち明けなかったのも、変な遠慮をされたくないからだと思うけど。というか、この前の裁判でその身分をチラッと出しただろ」

 

「ええ、とんぬらが検察官を口説き落とすのを失敗した尻拭いにですね」

 

「弁護のための説得だ。今のゆんゆんに聴こえてたらどうするつもりだ!」

 

「同じように口説けばいいんじゃないんですか、紅魔族一のプレイボーイの弁舌を駆使して。『夜明けのコーヒーを一緒に飲まないかコネコちゃん』とか言えばチョロい娘はコロッと落ちますよ」

 

「あのな……そんなキザな台詞、素面で言えるか」

 

「とんぬらなら、わりと普通に言ってそうですが」

 

 眉間を揉むように仮面に指を当てながら抗議するとんぬらに、素で返すめぐみん。

 そこへ、三人分のカップを載せたお盆を手に持つゆんゆんが、

 

「何がとんぬらが言いそうなの、めぐみん?」

 

「ほら、とんぬら、ゆんゆんに夜明けのコーヒーを飲まないかと言うんです」

 

「だからな」

 

「コーヒー? めぐみん、紅茶じゃなくてコーヒーが良かったの?」

 

「私は別に紅茶で結構……やけに反応が薄いですねゆんゆん。夜明けのコーヒーですよ夜明けのコーヒー」

 

 この前ちょっと混浴したことを洩らしたら顔を真っ赤に染めた耳年増なのに、平然としてる態度を、めぐみんから訝しめられたゆんゆんは、事も無げに、

 

「夜明けのコーヒーにどうしてそんなにこだわるのかわからないけど……この前、山小屋でとんぬらと一緒に飲んだし」

 

「え」

 

 思いもよらぬ回答に、早速茶菓子に手を伸ばそうとしたまま固まってしまうめぐみん。それに気づかず、数日前のことを、顎辺りに指を添えながら小首を傾げる思い出すポーズでゆんゆんは赤裸々に語り始める。

 

「うん、あのときは結局眠れなくて徹夜になっちゃったんだけど、一晩中とんぬらに抱きしめられて、身体の奥からじゅ~んって……その、満たされちゃったっていうか……」

 

「………」

 

「いや、ゆんゆん。その言い方は」

 

「わたしっ……この時のこと絶対に忘れないってっ……もうまるまる日記一冊分書いちゃってっ……!」

 

 師匠との話を聞いて、感激屋のゆんゆんはとても感情移入したという話だ。ただし、この状況でそうだと納得してもらうのは非凡な読解力が求められるだろう。大多数は別のことを連想させてしまうゆんゆんの話に……女子クラス首席は、目を真っ赤に輝かせた。一方で男子クラス首席の方は顔を蒼褪める。

 

「でも、これはめぐみんにも言えないわ。だって、これはとんぬらが、私にだけ(話)してくれたことだからっ……! だから、あの夜のことは絶対に秘密よっ」

 

 そして、その時のことを思い返して、意識を過去へと飛ばしている族長の娘は、この爆発まで5秒前な現状に気付かず、トリップから帰ってこない。

 

「あわわわ……! ゆんゆんが、私よりも先に大人の階段を……、少し焚きつけてしまいましたがまさかこんな火遊びになるまで発展するなんて……! いえ、そんなことより! とんぬら、あなたは頑固に一線だけは守ると思ってましたのに、こうなったら……もう責任を取るしかありませんねっ!」

 

「待て大いに誤解してるめぐみん!」

 

「誤解とは何ですかっ! 言い逃れは許しませんよっ! 一夜の過ちだとかほざくようなら爆裂魔法を容赦なくぶっ放してやりますっ!」

 

「ええいっ! 話を聞けっ! 詠唱を始めるなっ! こんな街中で爆裂魔法ぶっ放せば紛れもなくテロリスト認定になるだろうがっ!」

 

 すったもんだの末、どうにか暴走する女子首席を男子首席は口を塞いで抑え込み、

 

「だから、ゆんゆんには指一本触れてない!」

 

「え? とんぬら、ずっと私のことを抱き枕に……」

 

「確かにそうしたが、俺はそういう意味で言ったんじゃなくてだな!」

 

「ほら! もう年貢の納め時です! 観念しなさい! ゆんゆんの純潔を奪っておきながら認知しないとか、紅魔族の風上に置けませんね!」

 

「じゅ、純潔!? な、何言ってるのよめぐみん!?」

 

 それから、ゆんゆんの証言もあってどうにかめぐみんは気を鎮めてくれた。とんぬらは深呼吸して切らした息を整えてから、

 

「とにかく! 話を戻すが、大貴族であろうとダクネスさんがめぐみんにとってパーティメンバーであることには変わりないだろ」

 

「ふう……。同衾についての追及は置いておくことにしましょう。たしかに、最初に聞かされた時は驚きましたがダクネスはダクネスですし。私にとっては、超硬い『クルセイダー』で大事な仲間。まあそれだけの事ですよ」

 

「クッ……! 随分と今のパーティが気に入ってるようだな」

 

「……なんですか、その微笑ましい目は」

 

「初めて見たときは個人主義でドライな娘だったが、いや、昔から情には篤かったか。まあ、照れるな、あんたの美点だと称賛しているつもりだぞ?」

 

「ふん。あなたは今も昔も変わらずヘタレなようですね。カモネギが鍋まで背負って目の前をうろつこうが頑なに手出ししないんですから」

 

「昔から俺にだけは当たりが強いよな。いいけど。今更めぐみんに優しくされたら鳥肌が立ちそうだ」

 

 片目を瞑りながら、紅茶を一口啜って、

 

「しかし、見合い話を断りたいなどとは意外だな」

 

「何がです?」

 

「話を聞くにダクネスさんに執着しているのは、領主のようだが向こうが持ち掛けた見合い相手はその息子、アレクセイ=バーネス=バルター……血の繋がっていない養子だが、領主を反面教師にしているとしか思えない聖人君子だ。この『アクセル』でも評判が良く、恵まれない人への配給をしたり、父親の悪政によく進言しては軌道修正させている」

 

「そうなのですか? いえ、あの悪名高い領主の息子です。表向きは配給とか善政を敷きながら、裏では悪事に手を染めているとか?」

 

「いいや、それはない」

 

 義賊な先輩のおかげで、貴族界隈の情報には詳しいとんぬらは、怪しむめぐみんに、その偏見を正してやる。

 

「バルター殿は、人柄が物凄く良い。誰に対しても怒らず、家臣が失敗しても決して叱らず、なぜ失敗したのかを一緒に考えようと持ち掛ける、貴族の中では奇特な方だ」

 

「……? 普通に良い人そうですね」

 

「そして非常に努力家で、民のためにより知識をつけようと、日々勉学に励んでいるそうだ。頭が良く、それでいて最年少で騎士に叙勲されたほどの剣の腕を持つ。叩いて出るような埃などない、まさに完璧が服を着て歩いているようなお人だよ」

 

「ねぇ、めぐみん、とんぬらの話を聞く限り、凄く良い相手だと思うんだけど」

 

「うん、この見合いは、政略結婚というより、親父さんが娘さんのためを想って望んだものだろう」

 

「ですが、ダクネスは本当に見合いを嫌がってましたよ!」

 

「だとすれば、今のパーティを気に入っているんだろうな。めぐみんと一緒で。いざ嫁ぐことになったら冒険者稼業は流石にやめなくてはならない。あとそれか、ダクネスさんの好みではなかったかだ。

 ……まあ、何にしても見合い話を断るとのは悪い判断だとは思わない」

 

「え? とんぬらも今回の見合いには反対なの?」

 

「反対というか諸手を挙げて賛成はできないと言ったところだ。最初に言ったが、ダクネスさんに執着しているのは、領主だ。……あれだけ声高に死刑を主張しておきながら、彼女に借りを作れるとなったら目の色を変えて、判決を取り下げさせたほどだ。なのに、息子の嫁にしようとするのだからおかしい。ダスティネス家が、王家の盾とも言われる名家であるが、それでもあの手の輩が一度妾にしようと狙った相手を諦めるなどとは思えん」

 

「つまり……とんぬらは、何か裏があると見ているのですね?」

 

 仲間の一大事に、表情を真剣にさせて訊ねるめぐみんに、とんぬらは前置きを入れてから自身の意見を語り出す。

 

「臆病と誹られても良いくらいの慎重な意見だがな。俺の考え過ぎかもしれない。しかし、あそこははっきり言ってキナ臭い。バルター殿は優秀だが、優秀であるからこそ変だ」

 

「どうしてです?」

 

「領主の政治に口出ししてくるような聖人君子で、とても傀儡にするには向いていない。何故、そのような男を養子にしている? いずれ領主の跡を継がせるのであれば、領主の地位を退いた後も傀儡政治で強権を働かせられるように、意見に絶対に逆らわない人物か、そのような教育を施すかするだろう。

 それに、『領主の悪政を正している』などと自らを引き立て役とするような評判が広まるのを許している? あの領主は、それこそ兄ちゃんのテロリストの嫌疑など可愛いくらいに、数多くの悪事の関与が疑われている。だというのに、決定的な証拠は何一つない。それだけ悪魔的に隠蔽工作の手腕に優れているのだとすれば……

 領主にとって、養子はいつでも切り捨てられる駒であるのかもしれない」

 

 ゴクリ……と唾を呑み込むめぐみんとゆんゆん。そこで、張り詰めてしまった空気を一度弛緩させるようとんぬらは軽く肩を竦めてみせる。

 

「まあ、この推理が当たっていても、いくら何でも息子の嫁を妾になどできるはずがないさ。ダクネスさんの親父さん、ダスティネス家のご当主とは、一回お世話になった謝礼にと面会したことがあったけど、とても娘煩悩な人だった。そうだったろ、ゆんゆん」

 

「うん、ダクネスさんのお父さん、絶対にダクネスさんが不幸になるようなことは望まないと思うわ」

 

「清廉潔白を地で行くような真っ当な貴族でもあるし、もしも領主のものにされそうになれば、何としてでも守ろうとする。そして、貴族社会でダスティネス家に逆らえる家柄なんて、シンフォニア家のような同格の名門中の名門か、王族しかいない」

 

「うむむ……先の話を聞くに、どうにも領主は国でも持て余しているような厄介者のようですが。カズマの判決もおかしかったですし、何か隠し玉を持っているのではないのですか?」

 

「なんにしても、だ。これ以上ここで憶測を言い合ってもしょうがない。見合いの件は兄ちゃんが何とかするようだから、落ち着くところに落ち着くだろう。俺達は俺達にできることを考えようか」

 

 切り替えるようにめぐみんは大きく一度深呼吸して、

 

「そうですね。では、とんぬら、ゆんゆん。まずはとっとと領主との縁を切るためにも屋敷の弁償代を稼ぐ方法を考えましょう。カズマが魔王軍幹部でないことはわかり切っていますが、屋敷を損壊させてしまったのは事実ですからね。潔白を証明してみせても、この借金を理由に脅してきてもおかしくはありません」

 

「だろうな。金策は、兄ちゃんがウチの魔道具屋に新商品を出すみたいで、ウィズ店長も今はそのために新しい販売ルートを開拓しに、近々こちらに来るという商売上手の友人をアッと言わせようと張り切ってるみたいだし。でも、俺達でも考えておいても損はない」

 

「ほら、とんぬら、ゆんゆん、クエスト以外で簡単にお金を稼げる方法はないのですか? どこかその辺に1枚100万のエリス魔銀貨は落ちてたりしないのですか?」

 

「そんなのあるはずがないじゃない。お金を稼ぐっていうのはとても大変なことなのよめぐみん」

 

「おや、族長の娘で金に不自由しない生活を送っていたゆんゆんが言うようになりましたね」

 

「そうね、箱入り娘だったのは認めるわよ。ウィズさんの店で働いて、とんぬらがどうにか1エリスでも儲けを出そうと頭悩ませているのを見てれば、私がどれだけ恵まれていたのがよくわかるわ」

 

「ああ、今のところ今月黒字で売り上げを順調に伸ばしているけど、今度は一体どんな地雷商品(ボスキャラ)をウィズ店長が連れてくるのか戦々恐々している」

 

「あなたたちが、ここで働いているのは情報収集のためではないのですか? 目的を見失いかけていません?」

 

「とにかく、めぐみんの言うような道端でお金が落ちているなんて都合の良い事なんて」

 

「いや、あるぞ」

 

 ゆんゆんを遮ったとんぬらは、懐から財布の巾着を取り出し、テーブルの上に1エリス硬貨ほどの金貨を置いてみせる。

 

「? どこかで見たことがあるような……それはなんですとんぬら」

 

「通称『小さなメダル』。正式名称は、アクア魔金貨と言ったものだ」

 

「アクア魔金貨……アクアって水の女神の事ですよね? まさか、アクシズ教団って、偽造硬貨もやっていたんですか!?」

 

「違う……と言ってやりたいところだが、これ、エリス魔金貨に対抗して教団が勝手に製造したものだからな」

 

「とんぬら、偽造硬貨は使ったら捕まるんじゃないかしら?」

 

「もちろん一般の店で出したら『アクシズ信者がやってきたらどうしてくれるんだ!』と警察呼ばれる以前に、お釣りで拳骨が飛んでくる」

 

「ええ、殴られたのとんぬら!?」

 

「ああ、昔、『アルカンレティア』で修行してた時に一度だけ。で、このアクア魔金貨は、アクシズ教にだけ通じる身内通貨なんだが、アクシズ教の教会に届けると貴重なアイテムと交換してもらえるんだ」

 

「どうせそれ、もらえるのはアクシズ教団の入会書とかいうオチではないのですか?」

 

 『小さなメダル』を敬遠するよう席を引くめぐみんに、とんぬらは首を横に振る。

 

「いや、それはない。これは、あの変態師匠……次期最高司祭が考案した取り組みでな。世界各地のアクシズ信者らがばら撒いた『小さなメダル』を回収して教会に届けたものには、祝福ありとみなし、勇者候補に神器を授ける行為を真似て、貴重なアイテムを授ける神事……水の女神アクア様に関することだけは真面目な変態師匠の事だからそのあたりはきちんとしている。……まあ、入会書も添えられるそうだが」

 

 とんぬらも、修行の一環として、『アルカンレティア』時代に集めていた。

 水の都を出立した後も数年間旅して、5枚の『小さなメダル』を見つけていた。

 

「街中だけでなく、ダンジョンにもあったりするから見つけるのがなかなか大変でな。紅魔の里を出てから九年間旅していた俺でも5枚しか見つけられていない。……おそらく5枚も同時にメダルを持っていくのは俺が初めてだろうな」

 

「あ、思い出しました」

 

 『小さなメダル』5枚。自身の成果をテーブルに並べてみせたとんぬらに、めぐみんは言う。

 

「どこかで見たことがあると思ったら、『小さなメダル』、でしたか? 確か、カズマがわりと拾ってくるものですね。貯金箱に入れてるからわかりませんが、おそらく30枚以上集めていると思いますよ」

 

「な、んだと……」

 

「駆け出し冒険者でほとんど『アクセル』から出たことがないカズマでも、九年間武者修行に放浪していたとんぬらの成果を軽く超えていますね……ふっ、今どんな気持ちですか」

 

「ぐふっ」

 

 実はちょっとした自慢だったのを、エクスプロージョンされたとんぬらは、テーブルの上に突っ伏してしまう。

 

「あの運がチートしてるカズマに、運がバグってるとんぬらがこの手のことに敵いっこないのはわかっていましたが……そういえば、とんぬらはもう一流冒険者と呼べるくらいにレベルが上がっているそうですが、運のステータスはどれだけ成長したのですか?」

 

「ごふっ」

 

「ちょっとめぐみん! それ言わないで! とんぬら、どれだけレベルが上がっても運のステータスだけは一切伸びないのよ!」

 

「ぐはっ」

 

 胸を抑えてプルプルと震えるとんぬら。もうどれだけレベルを上げても、上がる見込みのない運の能力値については当人も諦めがついてきているのだが、それを他人から言われるのは辛い。

 

「もうめぐみんがあんなことを聞くから……!」

 

「いえ、今のトドメを刺したのはゆんゆんでしょう。流石の私もわかり切ってるとんぬらの『不幸』に関しては死体蹴りを控えますよ。純粋に疑問に思ったからつい訊いてしまったのですが……しかし、まったく成長していないとは……ひょっとして私よりも運が低いのですか?」

 

「い、いや……俺の運ステータスはピンチの時になったら変動する仕様なんだ。うん……きっとそうだ。そのはず……」

 

 朧げに脳裏で『めんごっ!』と軽い感じに女神像が浮かび上がる。

 

「大丈夫よ、どんなに運が低くたって、その……わ、私がとんぬらのことを幸せに……ね、めぐみん!」

 

「そこで同意を求められても困るのですが。奥ゆかしいというか、ヘタレというか、あと一歩のところで引く感じがゆんゆんですね。まあ、いいんですけど、こんなところでいちゃつかれても爆裂魔法をぶち込みたくなるだけですし。ほら、いい加減に立ち直ってくださいとんぬら。じゃないと里への報告にゆんゆんと同衾したことを誇張して伝えますよ」

 

「わかった……そうだな、これ以上話が変な方向に曲がる前に、教会へ行ってみよう。一体どんな景品がもらえるか確かめておこう。それから、念のために……」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 エリーに店番を任せてやってきたのは、『アクセル』の街の郊外にある小さな建物。

 オブラートに包んだ言い方をすれば、慎ましさが滲み出ている、率直な見方をすれば、吹けば飛びそうなオンボロ教会……そこが、この駆け出し冒険者の街のアクシズ教徒の拠点である。

 

「『アルカンレティア』にあったのとは、全然違うわね……」

 

「温泉の水源を握っている『アルカンレティア』とは違って、国教でもないマイナーキワモノ宗教が幅を利かすなんてことはできないからな。うん、これが普通だ」

 

「本当に豪華景品があるのですか、ここに?」

 

「各地の教会から総本山の『アルカンレティア』に集計報告されるという仕組みだから、景品の方は配達で届けられる」

 

 言いながら、とんぬらは教会のドアに手を掛けて……

 

『ヌラー様は、ここにはおられないのですか?』

 

『非常に残念ながら、ぬら様は、教会にはおられません』

 

 ピキッと固まる。

 

『で、ですが、ヌラー様は、アクシズ教団の顧問弁護人だと……!』

 

『ええ、ですから、最高司祭であろうと叱責できるために、独立した立場でなくてはなりません。アクシズ教徒であってアクシズ教徒でない者、ズバリ、我がアクシズ教団の門外顧問なんです!』

 

 門外顧問? そんな役職は初耳なのだが。

 

『な、なるほど……そういうことだったのですか。アクシズ教団がここまで考えられた組織構造していたとは驚きです』

 

『なので、ぬら様は、平常時はアクシズ教団とは部外者ですが、非常時においては最高司祭に次ぐ権限を発動できる……実質No2とも言えますね』

 

 なるほど。

 だが、年中ゴーイングマイウェイな変態師匠が相手では、非常勤であろうと四六時中働く羽目になる。

 

 左右からめぐみんとゆんゆんがこちらを見てくるが、とんぬらはぶんぶんと首を横に振った。

 確かに、上も下も己が欲求のままに突き進むアクシズ教徒を組織として運営するには、そのような独立した立場の人間が必要不可欠なのかもしれないが、まったくそんな大変な役職を請け負った覚えはない。

 

『ただ、人気者のぬら様にはファンクラブというのがついていまして』

 

『本当ですか!? でしたら、私もそれに……』

 

『残念ですが、ぬら様ファンクラブの会員は、アクシズ教徒でなければなりません』

 

 さっきからあることないこと吹き込む人物は、本当に聖職者なのだろうか。たとえそんなのがあっても、当人には非認知なのだが。

 

『アクシズ教団に入るのは流石に……検察官として公平な観点でいられる立場でなければなりませんから、特定の宗教に属するのは問題が……それに、ヌラー様はアクシズ教団ではないですし……』

 

『ここだけの話ですが、実はぬら様を最高司祭に担ぎ上げようという計画が極秘裏に進められているんです』

 

『えっ!』

 

 おい、その話はあの場限りのものじゃなかったのか?

 

『アクシズ教は、相手がアンデッドや悪魔っ娘を除けば、壁なんてありません。同性であろうが身分差だろうが歳の差がついていようが何もかもが許されます。そう、新たな扉を開いた向こうにこそ、良き出会いが待っているのです』

 

『良き出会い!? そそ、それは……、いやしかし』

 

『さあ、我慢は体に毒ですよ? 我慢することはアクシズ教の教義に違反します。あなたの願うままに。想うがままに……!』

 

 ドンドンッ! と我慢できなくなったのでとんぬらは思い切り殴りつけるように教会の門扉を叩いた。

 

「失礼っ! 教会の方はおられますかーっ!」

 

『っ!? わ、私は今日のところはこれで! 失礼します!』

 

 訪問客に相談事をしていた女性はビックリして、正気に戻ったのか、すぐさま教会を出ようとする。しかし、あまりに慌てていたのか、扉を開けようとしたところで勢い余ってすっ転びかけ、

 

「あ」

「おっと」

 

 ちょうど扉前にいたとんぬらが、咄嗟に彼女を抱き止める。

 大人であるが女性、そして、魔法使いだが力が滅法強い紅魔族の変異種。動じることなく軽く受けられた。

 それで、きっちりスーツに押し込められていながらも、その人は、ラインが隠し切れない豊満な胸部が、とんぬらの腕にむにゅりと。

 

 ぞくり、と間髪入れずに背筋に悪寒が走ったので、反射的に腕の位置を変えた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ、はい、どうもすみません」

 

 そこで、女性は恩人の顔を見上げる。メガネが反射する逆光であったからか、それが顔の輪郭、仮面をつけていることしかわからず、それが記憶に焼き付いた像と重なりぽろっと口から、

 

「ヌラー様……本当に扉の先に出会いが……」

 

 ビクッと反応しかけたが抑え込んで見せた。

 それから、女性の正体がやはりあの検察官セナであることを確認した。

 

「セナさん、でしたか」

 

「え、あ、その、ごめんなさい!」

 

 深々と頭を下げるセナ。おそらく、裁判や容疑者に対しての厳しい口調は検察官としてのもので、咄嗟の反応に出てるこちらの腰の低い姿勢の方が素なのだろう。

 

「いえ、お気になされず。そういえば、紹介がまだでした。とんぬらです」

 

「ああ、サトウ=カズマと共にクエストをした冒険者の方でしたか」

 

「はい。それで、セナさんはどうしてこちらに? カズマ兄ちゃんの調査にですか?」

 

「その、……ええ、もちろん、サトウ=カズマにアクシズ教に関わりがないかと調べていたんです。まあ、違いましたが。では、失礼します!」

 

 

 走るような早足で去っていくセナを見送り、その様子をじーっと傍観していためぐみんが、

 

「とんぬらがもう一度門外顧問になれば、検察官をこちらに引き込め、カズマの疑いが晴れそうですね」

 

「ひとつの手段としてはアリなのかもしれないが、それは本当に最後の最後の手段だ」

 

「ついでに美人なお姉さんもゲットできますよ」

 

「しないから。そんなのできてもしないから――短刀の鞘を背中にぐりぐり当てるのはやめてもらえないでしょうか、ゆんゆんさん」

 

 背後霊のようにとんぬらの陰からずっと無言のプレッシャーを放っているパートナーに懇願する。

 

「……私なんて別にお姉さんっぽくないし……発育もあるえに負けてるけど……。あと一年とちょっとで成人になるんだから」

 

「ほら、とんぬら。紅魔族随一のプレイボーイの腕の見せ所ですよ。ここでゆんゆんに甘い言葉をささやいてやるんです」

 

「できるか! 情けなかろうが、この状況で弁明以外のことを言えるほど無茶ぶりなことはないからな! 何なら今すぐ俺の立ち位置と変わってみろ!」

 

「そうよね……、私ってそんな魅力的じゃないから、できないよね……」

 

「ああもうっ! わかったわかった! このめんどうくさいコネコちゃんめ!」

 

 背後へ振り返って、勝手にマイナス思考に消沈しているパートナーの少女を、自ら抱きしめる。

 

「と、ととととんぬら!? いきなり何を!?」

 

「上書きした。これでいいか?」

 

 先ほどの事故よりも長めに、かつしっかりと背中に腕を回す。

 そんな状態をめぐみんの紅目だが白けた眼差しを背に受けながらも数秒間維持すると、そうぶっきらぼうに言ってから、とんぬらは身体を離す。瞬間、ボンッ、と蒸気を吹いて湯立つゆんゆんは、言語機能に不調を起こしてしまったよう。『え、あ、う、そ、と』と何を言いたいのか解読不能であるが、うんうん、と頷いてくれたのでとりあえずは納得してくれたのはわかった。

 

「めぐみん、ゆんゆんをクールダウンさせてくれ」

 

「めんどうくさい娘をさらにぽんこつにされて預けられても面倒なんですが」

 

「頼むよ。こっちも頭を冷やしたい」

 

 泣き顔こそ見せていないが、慰めに抱き枕にしてしまったことは失敗だったか、おかげでこちらの接触の耐性値が下がった気がする。

 

 そして、開けっ放しの扉から教会に入ったとんぬらは、中にひとりいた金髪碧眼のお姉さんに、笑顔で出迎えられ、

 

「アクシズ教団『アクセル』支部へようこそぬら様。用件は、式場のご予約かしら?」

 

「違う」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「アクア魔金貨5枚じゃ、何もあげられないわね」

 

 戦闘力たったの5か、とゴミを見るような目はされなかったが、残念そうに苦笑いするのは、セシリー。アクシズ教団の総本山『アルカンレティア』よりこの『アクセル』に派遣されたプリースト。

 紅魔族三人衆とも顔見知りであり、年下、特にロリっ子がお好みな彼女は急な来訪にも大歓迎してくれた。

 

「それでどうしたのかしら? アクシズ教に入るのを決心してくれたの?」

 

「違いますから」

 

「じゃあ、私に会いに来てくれたってこと! そう、きっとこれは日頃の行いの良いアクシズ教徒の私にアクア様がロリっ子を遣わせてくれたのねっ!」

 

「だから、違いますお姉さん」

 

「お姉ちゃんって呼んでくれたらもっとグーよ!」

 

 めぐみんにさっそく飛びついていきそうなセシリーの前に、ズイッとゆんゆんが出る。

 

「あら? ゆんゆんさんが先にハグするのかしら?」

 

「そのっ、セシリーさんに聞きたいことがあるんです!」

 

「なにかしら? お姉ちゃん年下の子に頼られるとすごく張り切っちゃうからなんでも答えちゃうわよ」

 

「とんぬらのファンクラブについて……私も入りたいんですがっ!」

 

「わかったわ。じゃあ、この入信書に名前を書いてくれるかしら?」

 

「やめろ。冗談かわからんネタを当人の前で持ち出すな! というか、その場の勢いで道を踏み外そうとするなこのおバカ!」

 

 まだちょっと熱暴走気味なゆんゆんをとんぬらが下がらせると、セシリーは改めてお気に入りなめぐみんへ、

 

「ふんふん、どうやらお困りのようね、めぐみんさん。それでこのアクシズ教プリースト、セシリーに頼りに来たってことね。さあ、何でも言ってちょうだい」

 

「セシリーお姉ちゃん、お小遣いちょうだい!」

 

「いくら欲しいのかお姉ちゃんに言ってごらんなさい! 何を買うの? 家? お姉ちゃんとの新居でも買いたいの? 大丈夫、お姉ちゃんの溢れる魅力で、ちょっとお金持ちの冒険者をたらし込んでくるわ!」

 

「やめい! 暴走しても聖職者としての最低限の一線くらい弁えろ! あとめぐみんもアクシズ教の思い立ったら即行動思考を舐めるな!!」

 

 飛び出していきそうなセシリーを止め、めぐみんを叱りつける、門外顧問の働きを見せるとんぬら。

 

「いえ、私もそんな大掛かりな話をしたつもりではありませんから! そうではなく、お金を稼ぐ方法がないかと……その、以前の時のように」

 

「お金が必要なのはわかっているが、悪ふざけにしてももっと言葉を選べ。軽いキャッチボールのつもりでも、アクシズ教は常に全力投球で大暴投するのがモットーなんだぞ」

 

「めぐみんさんを責めないであげてぬら様! これも久しぶりに会えためぐみんの愛情表現にやられた私が悪いの! めぐみんさんのツンデレな可愛さはもう罪だけど!」

 

「誰がツンデレですか!」

 

「はいはい、話を戻すが。つまり、めぐみんはバイト……お手伝いして報酬をもらいたいから、困ったことがないかと訊ねたいんだな。この前の……詐欺的な勧誘方法を考案したように」

 

「めぐみん……あなた、反省したんじゃないの?」

 

 ゆんゆんからジト目で睨まれ、めぐみんは反対方向へ顔を背ける。

 

「めぐみんさんから伝授された勧誘方法は、私達でさらに改良されて、今では『アルカンレティア』の名物になってるほどの盛況ぶりよ!」

 

「ねぇ、めぐみん、これって、とんでもないことをしでかしちゃったんじゃないかしら」

 

「言わないでくださいゆんゆん。私も胸が苦しくなってきてるんですから」

 

 そして、話を理解したセシリーは少し考えて、

 

「そうねぇ……実はすっごく困ってることがあるの、お姉さんにとって死活問題よ」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 駆け出し冒険者の街『アクセル』のアクシズ教団支部の最高責任者セシリー。

 念願かなってこの協会の運営を任されるようになった彼女に、先日ひとつの報せが届いた。

 

「なんと! お姉さんの大好物なところてんスライムが、ご禁制の品になっちゃったのよ!」

 

 のどごしの良さや触感のプルプル感から、おじいちゃんから子供に人気な食べ物、ところてんスライム。

 食品の特性上よく噛まずに飲み込む人が多いもので、喉に詰まらせて亡くなる方が毎年出てくる。嫁入りした奥さんが、姑の誕生日に贈る物として人気の一品とも言われている。

 

「確かにところてんスライムは事故を起こすこともあるが、その可能性は限りなく低いし、なんで今更ご禁制の品に指定されたんだ?」

 

「それがね、以前、『アルカンレティア』の街で、ゼスタ様が私の大事なへそくり粉末を混入して温泉をところてんスライムにしちゃった事件があったじゃない? それでもう何かアクシズ教のイタズラで大迷惑を被ったってマイナスイメージがついちゃって。元々ところてんスライムは安全性の確保されてないものだし、この際だから禁止にしてしまえってなったのよ……。きっとこれはこの美人プリーストにところてんスライム断ちさせてアクシズ教の士気を挫こうとする、エリス教か魔王軍の仕業ね……!」

 

「宗教闘争しているが、いくら何でも国教と人類の敵を同列に語るのはやめてくれ」

 

「でもね、ぬら様! 私にとってところてんスライムは何物にも代えがたい物なの! 事件の真犯人だったゼスタ様が責任を取って最高責任者から退けば、禁制指定を取り下げると言われたら、全力でその方に働きかけるしかないの! だから、その後釜に」

 

「断る」

 

 言いたいことはわかった。

 だが、こちらとしてもその案は絶対に呑めない。ところてんスライム事故を起こしたのように確実に喉を詰まらせる。

 

「でも、ところてんスライムを喉に詰まらせて窒息してしまう人がいるのは、事実なんでしょ?」

 

「とはいっても、その辺は自己責任でもあるだろう。他のと比べると格段に毒素が強いふぐの王様・極楽ふぐを、免許もなしに調理をして食中毒でお陀仏となってもそれはその人の責任になる」

 

「ねぇ、新しい信者をゲットする作戦を思いついたんだけど。道行く人たちをふぐの魅力で釣って、食べた後、毒にやられた人たちに解毒魔法をエサに回収を迫るってのはどうかしら?」

 

「そんなマッチポンプなことをやったらふぐの踊り食いをさせてやる」

 

「! 解毒魔法ではなく、『ハッスルダンス』で勧誘しろってことね! その方が躍動感あって、ド派手! それに『毒にやられた薄幸の少女を、アクシズ教の王子様のキスで目覚めさせた』伝説になぞらえれば、イケメンに迫れて、一石二鳥! 流石ぬら様!」

 

「違う! どうして己の都合の良い様に解釈するんだアクシズ信者は!」

 

 打倒アクシズ教を宣言しているが、もう放っておいても自滅してしまいそうなマイナー宗教に、神主代行はもっとまじめにやってほしいと望む。じゃないと獅子身中の虫となってまで猫耳信者を密かに広めていたこっちがあほらしくなる。その想いは、隣国カジノ大国『エルロード』の宰相と意気投合できるだろう。

 

「で、でで伝説になぞらえるってどういうことなんですか!?」

 

 とんぬらはスルーしていたが、聞き逃せなかったゆんゆんが、目と顔を赤くさせてセシリーに問い質す。

 

「ゆんゆんさんは『アルカンレティア』ですごく有名よ。実名は伏せてるけど、あの時のことはゼスタ様が

 

 『直弟子の活躍を伝説にしましょう! そうすれば、演技指導というお題目で私も……』

 

 って舞台監督として面白おかしく脚本を書いて、アクシズ教の皆でゲリラ演劇をして広めているから、そのラブロマンスなストーリーは街の皆が知るところね! 占いの誤差の件について確認しに来た紅魔族の占い師さんにも、お礼をする際にその活躍を伝えたんだけど、

 

 『本当に王子様になっちゃったわね。ご祝儀しておいて正解だったわ。これは族長に良い報せが出来そう』

 

 って好感触だったから、里の方でも知れ渡ってるんじゃないかしら?」

 

「~~~~っ!?」

 

 真っ赤かな顔を手で隠して、もう何も言えずしゃがみ込むゆんゆん。とんぬらも遠い目になる。

 ベクトルは違えどどちらも大変ノリの良いアクシズ教に紅魔族。千里に全力疾走して情報が拡散され、あの地域一帯にはもう周知されているものと覚悟しておいた方が良いだろう。どんな公開羞恥だ。二人の師匠の仕出かしてくれた余計なお世話に、里帰りはあと75日ほど延期しようかと考え直したくなる。

 

「……こうなったら、『アクセル』に永住することも考えておくべきか」

 

「そんな悪あがきをしても、族長が里の皆を率いてやってきますよ」

 

 対岸の火事を見るような立ち位置のめぐみんは、横道に大きく脱線しそうになる議題を修正する。

 

「……紅魔族にはこんな言葉があります。『ないならば、作ればいい』と」

 

「どういうことだ?」

 

「黒歴史な伝説を作ってしまった二人の話を聞いて思いついたんですよ」

 

「なあ、その前振りは必要か? ゆんゆんもだが、俺も結構いっぱいいっぱいなんだぞ」

 

「ですから、禁制指定されたところてんスライムを、その問題視される欠点を改善して新たなところてんスライムを作り出せばいいんです」

 

 

 つまり、めぐみんの案は、ところてんスライムを品種改良して、それを新たな特産物とすればいい、ということ。

 

「味食感はそのままに人体に被害がない画期的な特別性を作り、それをところてんスライムとしてではなくアクシズ教団の名産品と言い張れば、ご禁制品から外れることになります」

 

「何とご都合主義な屁理屈だな」

 

「最高よめぐみんさん! 新しいところてんスライムを生み出すなんて、思いもよらなかったわ! 目からうろこがジャンジャン落ちてくるわ!」

 

「紅魔族随一の天才ですからこのくらい思いついて当然です。それに紅魔族は人体実験が得意ですからね。ところてんスライムの品種改良くらい簡単でしょう」

 

「おい、その簡単な品種改良とやらは一体どうやるおつもりなんだ、一芸特化の爆裂娘」

 

「もちろん、とんぬらですよ。あなたのチーズ作りスキルがあれば、それくらいできるはずでしょう?」

 

「『錬金術』スキルだ。数で言えば最も生産しているけどチーズ作成スキルじゃないからな」

 

 でも、悪い案ではないので、とりあえず試してみることにした。

 まずは、改善案を出し合う。

 

「やっぱり食べても喉に詰まらないようにするのが第一じゃないかしら?」

 

 と、まだ顔が赤いが議題に戻れる程度に回復したゆんゆんは、安全性を。

 

「特産品にするのですから、他にはない武器を持たせるべきです!」

 

 と、主導者のめぐみんは、ところてんスライムとは別物だと堂々と主張できる特色を。

 

「アクシズ教の名産物なら、歌って踊れるようになるところてんスライムにするべきね!」

 

 と、依頼人のセシリーは、アクシズ教団に相応しい一品を。

 

 そうして、家から師より譲渡された特一級品の錬金釜を取って教会に戻ってきたとんぬらは出された改善案に、

 

「これほど、無茶ぶりな錬成の注文は初めてだな……」

 

 早速、頭を抱えることになった。

 

「とんぬら、その、無理そう?」

 

「チーズ作りに使っている調味料素材も持ってきてはいるが、どうやってご期待の品に添えられるかが悩み物だ。ゆんゆんの食品の安全性やめぐみんの売りに出せる特色といった意見は理解できるんだが、最後のが意味不明だ」

 

「それなら、うってつけのがあるわぬら様!」

 

 自信ありげに胸を叩いて、教会の奥からセシリーが持ってきた箱にあったのは……両腕に鞭のようなツルをもった食虫植物。

 

「これはお姉さんの支部長赴任祝いに贈られた、ゼスタ様が触手プレイ用に育てている植物系モンスターなんだけど、近づくと絡んでくるよう訓練されてるし、何度絞め落としても勝手に復活してくるからずっと放置してて、処分に困ってたのよ」

 

「変態師匠はどこまでいっても変態師匠だが、それを錬成素材に投入しようとするセシリーさんも破戒僧だよな本当に!」

 

「きゃあ!?」

 

「――しかも植物にまでアクシズ教が根付いてんのか!」

 

 変態師匠栽培の緑色の変態植物はその触手を元気よく伸ばして、薄幸な少女に絡まろうとするが、ツルをとんぬらに掴み取られ阻止される。

 

「だから、これを混ぜればアクシズ教の特色が出ると思わないかしら!」

 

「この一度狙った獲物に触手を伸ばすその雑草魂は、確かにアクシズ教らしいとは言えますね」

 

「冷静に解説してないで、ゆんゆんを連れて離れていろめぐみん!」

 

 もうこれ以上暴れられても厄介しか生まないので、そのまま綺麗な澄んだ聖水で満たされた錬金釜の中に押し込む。

 

「しかし、大丈夫なんですか、そんなのを混ぜて……」

 

「問題ないはずだめぐみん。一応、この『おかしな植物(マッドプラント)』は、王宮御用達の魔導士名家で扱われているのを見たことがある。きっと薬の材料にもできるはずだ――痛て!?」

 

 底に沈めても釜から触手を出したり、抵抗が激しい大変活きの良い植物モンスターだが、とんぬらが『錬金術』スキルを発動すれば、錬金釜の中に青色の秘伝タレが出来上がる。

 

「とんぬら、指から血が!?」

 

「大丈夫だゆんゆん。この程度は唾でもつければすぐ直る」

 

「じゃ、じゃあ! 私が」

 

「訂正する。水で結構だ。ほら、もう治ったから、咥えようとしなくていい!」

 

 釣り餌に魅せられた魚のように顔を近づけるゆんゆんを制し、濡れればすぐに塞がる体質持ちなとんぬらはその指を見せてアピールする。

 それから、念入りに初級水魔法で出した『清めの水』で手を洗い、

 

「こっちは問題ない……ただ、少しタレの中に俺の血が入ってしまったが」

 

「いいえ、問題ないわ! ぬら様の血なら私飲めるもの! むしろ飲んでみたいわ!」

 

「そうね。スキルアップポーションでも隠し味になったし……ちょっと苦いけど、やみつきになる味というか……」

 

「んん? 今ちょっと聞き捨てならないことを言いませんでしたかゆんゆん?」

 

 賛成二票入ったので、パンととんぬらは手を叩いて、仕上げに入る。

 

「まあ、物は試しだ。ところてんスライムを入れて錬成してみるか。よし、ゆんゆん、サポートを頼む」

 

「いつものアレね。わかったわ」

 

「ああ、少しずつ入れてってくれ」

 

 錬金釜から秘伝のタレを壺に入れ替え、空にするとそこへ粉末ではない禁制の品の原材料であるところてんスライムそのものを投入。それをとんぬらが『錬金術』スキルを働かせながら、手でこね始める。

 

「えい」

「ほっ」

 

「えい」

「ほっ」

 

「えい」

「ほっ」

 

 横からゆんゆんが様子を見ながら合いの手で、壺からタレを少しずつ錬金釜に入れて、とんぬらがスライムの表面を洗うように揉みこむ。

 まるで餅つきのようにリズミカルな共同作業でタレをスライムになじませていき……やがてスライムの液体ボディから球根の水栽培のようにニョキニョキと触手が生え始め……

 

 

 ♢♢♢

 

 

「プルプル……ボクは、悪いスライムじゃないよ」

 

 ……スライムは、基本的に知能レベルの低い魔物。周りの状況よりも高カロリーを摂取できる食物を優先する本能が強いモンスターだ。

 とはいえ、魔王幹部デッドリーポイズンスライムの変異種のハンスはスライムながら人間の形を保て、自我を持つ。それに策を巡らせるだけの知恵がある。

 

「……『錬金術』ってモンスターも作り出せるのね」

 

「ホムンクルスとかいう人造魔物ができるとは話に聞いたことがあるが、これは意図したものじゃないぞゆんゆん」

 

 一体全体どんな化学反応が起こったのか。

 出来上がったのは、クラゲのようなスライム。それもスマイル顔の、人語を喋って、自我がある。

 

「ええ、これはこれで凄いです。ですが、ところてんスライムを食用に品種改良するのであって、ホムンクルスに魔改造しろとは頼んでませんよ! まったくこちらの予想だにし得ない事ばかりやってくれますね、このパルプンテ職人」

 

「だからこれは故意じゃないんだめぐみん!」

 

「待って、めぐみんさん」

 

 静止を掛けたのは、セシリー。

 聖職者は、プルプルと震える魔改造ところてんスライムの前に立つと、厳かに問う。

 

「汝、悪い魔物ではないと証明してみせなさい」

 

「……、ボクにはこれしかないけど……どうぞ」

 

 それに、ところてんスライムは、彼女の前に一本の触手を差し出し……がぶり、と。

 

「お姉さん!?」

 

 その意図を悟るや否や躊躇なくセシリーはその触手にかぶりついた。そして、ほとんど噛まずに、

 

「ごっくん……。……ほぅ。あなたの答え、吟味させてもらったわ」

 

「プルプル」

 

「13歳ぐらいの女の子のほっぺたと同じ柔らかな食感、詰まることなくちゅるんとしたのどごし、そして、喉で味わう官能的な快感……。大丈夫よ、美味いところてんスライムに悪いスライムはいないわ」

 

 我が身を差し出すなんて、『ツキのウサギ』というお話に出てくるような献身の極致であったか。その心意気を認め、断言するアクシズ教のプリースト。

 

「いえ、全然その判断基準はわからないんですけど」

 

「アクシズ教は、悪魔っ娘にアンデッドでなければ問題なし。スライムでもオーケーってことよめぐみんさん」

 

 にょっきりと食われた触手がまた新たに生え変わる魔改造ところてんスライム。

 それを見て、とんぬらも感心したように頷いて、

 

「食品の安全性に問題なく、他にない個性があり、そして、歌って踊れる芸達者になれる。触手も再生するみたいだし、何だ、これは成功じゃないか?」

 

「食べた人ではなく、ところてんスライムが歌って踊れるようになってどうするんですか!」

 

「そうね……めぐみんの言う通り、おかしいわよね」

 

 そこで、つぶらな瞳が、ゆんゆんに合わさり、

 

「ねぇ、ボクも人間の仲間になれるかなぁ。仲間外れは寂しいよ」

 

「めぐみん、この子、悪いスライムじゃないわ。だって、こんなにも目が綺麗だもの……!」

 

 マリモやサボテンを友人の持つゆんゆんもあっさりと陥落。

 孤独を知る彼女には今の文句は非常に胸を打たれたのか、涙目で訴えてくる。

 

「ゆんゆん、あなたまで! いえ、私は別にスライムの良い悪いを論議しているのではなく、常識的に考えて」

 

 クゥ~……と小さくお腹が鳴る。

 ここのところの借金生活で食事制限をしており、それでなくとも、なかなか帰ってこないパーティメンバー・ダクネスを心配して中々喉を通らず。そんな空腹を覚えためぐみんに、またところてんスライムは、その触手を差し出す。

 

「プルプル。僕の腕をお食べよ」

 

「なんですか。私に得体のしれないパルプンテなものを食べろというんですか?」

 

「怖いのか?」

 

「なにおう!」

 

 軽く挑発すれば、喧嘩っ早い紅魔族随一の天才少女は、噛みつくように触手を食い千切ってみせ……

 

「ごっくん……。そうですね、提案はしましたが共同制作には加わりませんでしたし、私が名前を付けてあげましょう。あなたの名前は、“ホイミン”です」

 

「めぐみんさん、ツンデレ可愛い」

 

「だから、違いますよお姉さん!」

 

 そうして、後に洗礼を受けプリーストの回復魔法も使えるようになるアクシズ教団所属ところてんスライム・ホイミンの誕生に、セシリーから謝礼金とそれから悪魔祓いの触媒をいくつか分けてもらったところで……

 

 

「サトウ=カズマのパーティとその協力者! 先日のダンジョンの件で、あなたたちに聞きたいことがある!」

 

 

 検察官セナが、教会へと急ぎ駆け込んできた。

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 小さなメダル:世界中のいたるところで発見でき、メダル王の城でメダルコレクターと物々交換で貴重なアイテムがもらえる。110枚集めると『キングオブ勇者』という称号(だけ)が得られる。

 生涯にわたってメダルを探し続けた猛者がいたが、メダル王の城を見つけられず、5枚しか見つけられなかった。

 作中では、お金の単位にもなったエリス教に対抗して、アクシズ教が製造したアクア魔金貨。世界各地のアクシズ信者がばら撒いており、教団最高責任者ゼスタに集めたメダルを渡すと、神器を勇者に授ける水の女神アクア様のように、貴重なアイテムと交換してくれる。

 ただし、アクシズ教団系列ではない普通の店で使ってしまうと捕まる。

 

 ホイミン:Ⅳからの登場するホイミスライム。ドラクエで初の仲間モンスターにして、みんなのアイドル。性別はオス。夢は人間になること。多くのスライム友達を持ってる事情通で、よくヒントをくれる。

 最終的に念願かなって、マスタードラゴンの力によって、魔物から人間になり、勇者の伝説を語り広める吟遊詩人に。

 ちなみにホイミスライムの代表的な配合例は、スライム系×マッドプラント。

 また魔女モンスターが、スライムを秘伝のタレに漬けたら、球根の水栽培のように触手が伸びてホイミスライムが生まれたという設定もあったりする。

 作中では、アクシズ教団のご禁制の品ところてんスライムを安全仕様に改良させようと触手付き食虫植物を混ぜ、それから事故で隠し味にとんぬら(ドラゴン)の血が投入されて錬成。

 結果、何と自意識を持って話もできる魔改造ところてんスライムになった。めぐみんが『ホイミン』と命名。回復魔法『ヒール』が使えたりするアクシズ教団のマスコットに。でも食べられる。アンパンヒーローのように、足を切って、粉末にするプルプルなところてんの元になる。足は綺麗な水につけてれば何度も生えてくる。

 『ぼく、ホイミン。今は、ホイミスライムなの。でも、人間になるのが夢なんだ』

 『ねえ、人間の仲間になったら人間になれるかなあ……? そうだ! ボクを仲間にしてよっ!』

 『いつか人間になるのがボクの昔からの夢なんだよ。だから、人間の言葉おぼえたの』

 『このおじさんを見ていると生き別れになったボクの友達、大酒飲みのベホイミンを思い出すよ』

 『ボク、スライムだからじめじめした場所が好きなんだ。逆に日差しの強い乾いた場所は苦手なの。長時間いると干乾びるから』

 『悪い魔物ばかりじゃないよ。ボクみたいな良い魔物もいっぱいいるんだよう……たぶん』




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