この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

33 / 150
3章
33話


 これは、まだ仮面をつけてなかったころ。里の学校に通う前の話。

 

 

「お世話になりました、お師匠様」

 

 

 リッチーは強力な魔法防御を持ち、魔法のかかった武器以外による物理攻撃は効果がない。そして、魔力や生命力を吸う『ドレインタッチ』を筆頭に、毒や麻痺、眠りに呪いと接触した相手に様々な状態異常を引き起こすという特殊能力を備えている。

 そんな間違っても、駆け出し冒険者御用達のダンジョンに潜んでいないはずの、伝説級のアンデッドモンスターに、幼き少年は深く一礼をする。

 

 ダンジョン出入り口前、あと一歩踏み出せば陽のあたる場所に出られる暗がりに立つのは、目深にローブを被った、干乾びた皮が張り付いた骸骨。

 ダンジョン主のリッチーは、カラカラとシャレコウベを音鳴らし、

 

「これこれ。こんな“悪い魔法使い”をお師匠様だなんて呼んじゃいけないよ」

 

 そんな己を道化であるかのように自嘲を含んだ笑いに、子供はむっと顔を顰める。

 

「お師匠様はお師匠様です! 俺がそう認めたんだ! それにあなたは俺に術を教授してくれた! 俺は、ここで過ごしたことを、絶対に忘れない!」

 

「聞き分けのない子だな。懐かしい魔法を使うと聞いたもんだからつい『モシャス』を教えてしまったが、こりゃ失敗だったかな?」

 

「いいや、失敗なんかじゃない。いつか絶対にご先祖様を超えて、俺は奇跡魔法を究める。間違いなんかにしないぞ! そうだ、奇跡魔法でお師匠様を浄化させて見せる!」

 

「私を浄化させるとは……それは、驚くほどの大言だね」

 

「何を言いますかお師匠様。師匠を超えることこそが弟子の務めではないですか」

 

「……そうだね。君は私を起こすほどの神聖な力を秘めている。その潜在能力を開花できれば、私を浄化できるかもしれない」

 

 眩しいものを見るように目を細めたダンジョン主は、この子がかつて王国一の魔導士として名を馳せた自身よりも資質があるのを悟る。……それも普通じゃないおかしな方向に発展しそうな、突然変異じみたものを。

 

「では、弟子が再び訪れるのを気長に待つとしよう」

 

「ふっ……成年する前に、師匠越えをさせてもらいますから、首を長くする必要はありません」

 

 ババン! と大見得を切るようにポーズを決めて、

 

「だから、その時までお師匠様に覚えておいてもらおうか! いずれ紅魔族随一の勇者になり、ノーライフキングの異名を返上させる神主(もの)! その名は――」

 

 

 ………

 ………

 ………

 

 そして。

 誓いを立てたその数年後……

 

「――ほう、ここまで辿り着いた冒険者がいるとはな。これは、驚きだ。健闘を称えて褒美をくれてやろう。何が望みか? 不老不死の禁呪か? それとも山のような金銀財宝か? 何なりというが良い」

 

 ゾンビにグレムリンではなく、オーガゾンビにトロールが徘徊し、致死的なギミックがあるこの様変わりしたダンジョンの最奥の玉座にいるのは、ノーライフキングに相応しき貫録を放つ骸骨。それは王国軍さえも一掃してみせるであろうアンデッドモンスターの最強格リッチー……

 

「……禁呪も財宝も欲しくない。だが、くれるというのなら、名乗りの場を望もうか」

 

 成長した子供は、深い自責の念に押し潰されてしまいそうな、震える足で体を支えながら、静かに名乗りを上げた。

 

「我が名は……とんぬら。この名に聞き覚えはあるか、ダンジョン主リッチーよ」

 

 これは、わがままだ。

 リッチーすら成仏できる女神様な『アークプリースト』といううってつけの人材を押しのけて、ここに立つ。それ以前に、このような()()()ダンジョンは外から爆裂魔法を放って、崩壊させてしまうのが手っ取り早い。……実際、もし帰って来られないと判断したのなら、ダンジョンを壊してもらうよう、すぐ外でめぐみんに待機してもらっている。

 

「とんと聞き覚えがない。まったくふざけた名前をした勇者だ。しかし、誰が相手であろうと、王国軍が相手であろうと、攫った令嬢は返さん。骸と成り果てようと、彼女は永劫に我がモノだ。即刻、立ち去らぬのであれば、永遠の眠りをくれてやろう」

 

 冬の山よりも心胆を凍えさせる冷気を放っているその雰囲気は、まるで別人だ。その遺体を護る理由すらも見失いかけているようで、ひたすらにダンジョンに入った侵入者を退場させんと盲目的に動いている。そう、今はまだダンジョンに留まっていてくれているが、この彼女の寝所を護る理由をも忘れ果て、引き籠る意義を見出せずに世に出れば、『デストロイヤー』のように無秩序に破壊をもたらす存在になりかねない。

 しかし……

 

「こんなふざけた名前を聞いて、初対面で勇者だなんて称える奴がいるか普通。……自我を見失っている今も覚えてくれているんだな、お師匠様」

 

 無性に嬉しくなってしまう。

 急に人間を襲うようになったとギルドへ報告が上がっても、凶暴なモンスターを召喚しダンジョンに配置するようになっても、そして、人間のころの記憶のほとんどを喪失しても一モンスターとして豹変しても、やはり、この人は己の師だ。

 

「師匠不孝の弟子だと罵ってくれても良い。自分を助けてくれた恩人ですらあるあなたを……退治するためにここへ来たんだからな」

 

 だが、泣くな。男が涙を流すことを許されるのは、すべてを終わらせたときだ。

 

「リッチー……いや、“悪い魔法使い”キールよ、俺の手であなたを眠らせる」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 『デストロイヤー』来襲から、街を救った数日後。

 

『冒険者、サトウ=カズマ! 貴様には現在、国家転覆罪がかけられている! 自分と共に来てもらおうか!』

 

 『デストロイヤー』の動力源で、機能停止に追い込んだから自爆寸前の『コロナタイト』を、『ランダムテレポート』で飛ばしたら、この地を治める領主の屋敷に転送された。

 幸いにして、使用人は出払っていた上に、領主は地下室に篭られていたとかで、死傷者怪我人は出ていない。

 だが、領主の屋敷は吹っ飛んだ。

 このことより、指示を出したサトウ=カズマは、王国検察側よりテロリストか魔王軍の手の者ではないかと嫌疑がかかっている。

 ……天災に等しき機動要塞『デストロイヤー』戦において、咄嗟の機転で死傷者をゼロにした功労者が、国家転覆罪、つまりは国家を揺るがす犯罪を問われたのである。

 

 ちなみに国家転覆罪には、犯行を行った主犯以外にも適用されるケースがあると検察官が語ると、途端それまで弁護してくれたギルド冒険者の声は失せ、パーティの面々からも、

 

『……確か、あの時カズマはこういったはずよね。『大丈夫だ! 世の中ってのは広いんだ! 人のいる場所に転送されるよりも、無人の場所に送られる可能性の方がずっと高いはずだ! 大丈夫、全責任は俺がとる! こう見えて、俺は運がいいらしいぞ!』…………って』

 

 気まずそうに目を逸らしながら、こちらに全責任を被せようとする駄女神。

 

『私は、そもそも『デストロイヤー』の中に乗り込みませんでしたからね。もし私がその場にいれば、きっとカズマを止められたはずなのに。しかし、その場にいなかったものは仕方ありません。ええ、仕方ありませんね』

 

 誰にも訊かれてないのに、大きな独り言を言い出す中二病。

 

『待て。主犯は私だ、私が指示した。だから是非とも、その牢獄プレイ……じゃない、カズマと共に連行し、厳しい責めを負わせるがいい!』

 

『あなたは、ずっとモンスターに袋叩きされていただけだったと話に聞いてますが』

 

『!?』

 

 バッサリと言い切られ、涙目になる変態騎士。

 いや、こいつは文字通りサンドバックになってモンスターたちを押さえてもらい、味方に被害が及ばぬよう健闘していたのだが、活躍が地味。それから途中でサンドバックにされながら悦に入っていたからどうしようもない。

 その後、『ランダムテレポート』の実行犯であるウィズが名乗りをあげようとしたが『犠牲がひとりで済むのならそれに越したことはないわ!』とアクアに制止され、あとゆんゆんは店番をしていて、またとんぬらもひとつ頼み事というか思い付きの試みをしに自分のアトリエに篭っているためギルドへは来ていない。

 

 でも、他にも味方になってくれるはずの冒険者たちがいたはずなのだ、が……

 

『私がカズマさんを初めて見たのは……。あれは、そう。カズマさんが、このギルドで、『盗賊』の女の子の下着を剥いでいた姿でした。ええ、衝撃的な光景でした』

『ああ、カズマならいつか大きな犯罪をやらかすとは思ってた……』

『まったくだ。聞いた話だと、仲間のはずのプリーストを檻に入れて、ワニのエサ代わりにしたって聞いたぜ』

『勝負を挑まれた際に、相手の魔剣を巻き上げて売り飛ばしたって話も聞いたな』

 

 この通り、あっさり手のひら返された。

 そして、善良な一冒険者には縁のない、街中央区にある警察署へ強制連行。牢屋に放り込まれ、それから取り調べで疑いを晴らすどころか限りなく黒に近い灰色判定をされ、裁判に望む……

 

 

 この世界の裁判は至ってシンプル。

 検察官が証拠を集め、弁護人がそれに反論する。そして、裁判官が有罪無罪か判決を下す。

 建物の作りは日本の裁判所とほとんど違いはなく、手錠をかけられた被告人は弁護人と共にホールの中央に立たされ、そこから距離を置いて向かい側に、裁判官、検察官、告発人がそれぞれ座り、告発人の傍には使用人と思しき男が控えている。

 それに対し、同じ側に立ってくれる弁護人は……

 

「大丈夫です、私に任せてください。紅魔族はとても知能が高いのです」

「安心しろ、本当にどうしようもない事態になったなら、この私が何とかしてやる。今回の件に関しては、お前は何も悪くない」

「まあ、この私に任せなさいな! 聖職者である私の言葉にはもの凄い説得力があるわけよ! ドンと任せればいいと思うの!」

 

 と、めぐみん、ダクネス、アクアとパーティが頼もしいことを言ってくれる。

 

「傍聴人らは静粛に!」

 

 ……柵で遮られた背後の傍聴席から。

 

「あの、裁判ではお静かにした方が……」

 

「何を言いますかゆんゆん。カズマの一大事なのですよ。国家転覆罪は死刑もありうるもの。ならば、あの検察官が涙目になるぐらいに論破してやりましょうとも!」

 

「だから、めぐみんは大人しくした方が良いと思うの」

 

「大丈夫、私は弁護士に詳しいのよ。日本で人気だった『百転裁判』や『マンガンロンパ』ってゲームで遊んだことがあるのよ」

 

「え、っとそのゲームのことは知らないんですけど……これは、遊びじゃないですよアクアさん」

 

「静粛に! 裁判に入ったら私語は厳禁でお願いします!」

 

「はい! すみません! 静かにします!」

 

 パーティの三人は連続深夜爆裂騒ぎ(看視の気を引こうと行った)及び脱獄幇助(全く役に立たないものしか届けられてない)の実行犯として捕まっていて、頼りにならない。本来ならば反省として一日牢獄に拘留されなくてはならないはずなのだが、特別に法廷に出席させてもらっているそうだ。それからその中に混じって、抑え役なゆんゆんもいる。

 だから、弁護人はひとりもいない……というわけではなく。

 

 ――裁判官と思われる中年の男が、木槌でコンと机を叩いた。

 

「これより、国家転覆罪に問われている被告人、サトウ=カズマの裁判を始める! 告発人はアレクセイ=バーネス=アルダープ!」

 

 立ち上がるのは、頭がてらてらと油光る、毛深く太った中年の男。ここの領主であるアルダープだ。そいつは、こちらを値踏みするように睨めつけ、そしてすぐ背後の傍聴席に立つ4人に好色そうなネットリとした視線を送ってくる。

 見た目まさしく悪代官な領主は、見た目は美少女(付き合えば性格が大事だというのを教えてくれる)めぐみんとアクア、それから(アブない思考な)美少女のゆんゆんを舐めるように見て、最後にダクネスへと視線をやり……そこでなぜか驚きの表情を浮かべる。

 もう何か裁判なんかそっちのけで、あんな性欲だだ漏れな熱視線を向けるなんて、ひょっとしてダクネスと知り合いなのだろうか……?

 

「検察官、裁判の準備は済んでますか?」

 

「滞りなく」

 

 ピシッと起立するのは、こちらを連行してくれた王国検察官のセナ、まるで社長秘書みたいな第一印象の、頭のキレそうな黒髪ロングの美女がこちらへ厳しい視線を送る。

 そして……

 

「弁護人、裁判の準備は済みましたか?」

 

「レディファーストだ。検察側に先手を譲ろう」

 

 この世界に弁護士なんて職はない。なので、被告人の知人や友人が弁護を請け負うのが通例である。

 だが、通例であって、例外もある。

 

 ……誰だ、こいつ……?

 

 カズマの隣に立つのは、初めて見る大人の男性。青シャツ白ネクタイの上にベストを着用。褐色の肌に逆立った白髪で、顎に短い髭を生やしている。そして、赤いバイザーで顔半分を隠すという奇怪な風貌をしている。一度会ったら、絶対に忘れないだろうが覚えがないことは、つまり会ったことはないはずだ。

 のに、キャラの個性が半端ない強さを持つパーティの面々が強引に押し入らず、傍聴席へと引き下がって、自分の弁護を任せている(口出しがうるさいが)。

 それで戸惑っているのは、カズマだけでなく、向こうも同じなようで、

 

「……あの、あなたは……?」

 

「ヌラー。……完全無敗の、伝説の弁護請負人だ」

 

「弁護請負人……今まで、どのような事件を扱ってきたのですかな?」

 

「クッ……! そんなもの、ねぇさ。弁護席に立つのは、今日が初めてだぜ」

 

「は、初めて? 先ほどは完全無敗だと……」

 

「どんな弁護人だって、最初は無敗さ」

 

「随分態度の大きい駆け出しですな」

 

「どんな大物も、最初は駆け出しさ。クッ……! 『アクセル』じゃお似合いだろ」

 

「しかも、なんですか! 法廷内で、仮面なんて……」

 

「クッ……! 知らねぇのかい、裁判長。ヒトは誰でも、心に仮面をつけてるのさ」

 

「……!」

 

 なんだコイツ。

 わかるようなわからないような格好つけた言い回しで、裁判官を納得させちゃってるし。説得力が強そうだけど、変人。ぶっちゃけ、パーティの3人に負けないほど不安を感じる。できれば、チェンジしてほしい。

 

「改めて名乗らせてもらおう。俺はアクシズ教団顧問弁護請負人ヌラーだ。この『アクセル』担当のセシリー支部長が身分を保証してくれる。

 で、だ。うちの教義を知ってると思うが教えてやる。『魔王しばくべし』だ。俺が兄ちゃんの弁護人として立つ以上、真実を追求させてもらおう」

 

 あくまで第三者のスタンスを貫く弁護人。

 しかし、“(あん)ちゃん”と呼ばれて、ピンときた。

 

(まさか、こいつ……とんぬらなのか!?)

 

 ハッと視線を向ければ、それに気づいたのだろう、顔は向けずともニヤリと口角だけ上げられる。

 一度も視線を合わされることのないまま、舞台開幕の木槌は鳴らされる。

 

「では、検察官は前へ! ここでウソをついても魔道具ですぐにわかる。それを肝に銘じ、発言するように」

 

 取調室同様に、この法廷にもウソに反応する魔道具が設置されている。

 もしもこの状況下で、変装して別人に成りすまし、弁護人に立つものがいれば、それは相当肝っ玉がある奴だろう。

 だが、カズマの知るあの少年はそれだけの漢であったはずだ。

 

「では、起訴状を読ませていただきます――」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「……被告人サトウ=カズマは、機動要塞『デストロイヤー』襲来時、これを他の冒険者たちと共に討伐。その際に、爆発寸前であった『コロナタイト』を『テレポート』で転送するよう指示。転送された『コロナタイト』は、被害者の屋敷に送られ爆発。被害者、アルダープ殿の屋敷は消滅し、現在、アルダープ殿はこの街の宿に部屋を借りる生活を余儀なくされております。

 モンスターや毒物、劇物、爆発物などを『テレポート』で転送する場合は、『ランダムテレポート』の使用は法により禁じられています。被告人の指示した行為は、それらの法に抵触し、そしてまた、領主という地位の人間の命を脅かしたことは、国家を揺るがしかねない事件です。よって自分は、被告人に国家転覆罪の適用を求めます! 以上!」

 

 席を立ち、法廷の中央に朗々と罪状を読み上げる検察官の女性。力強く言い切られ、早速、場の空気は有罪ムードへと傾く。

 

「続いては、被告人と弁護人に発言を許可する。では、陳述を」

 

 こちらのターン。弁護人はそこを動かず、

 

「兄ちゃん。あんたも男ならまずは自分で自分のケツを拭いてみるもんだ。テメェで証明してみせるんだ。……自分はテロリストじゃない、ってな」

 

「お、おう、わかったぜ」

 

「よおし、イイコだ。……ただし! 男になるチャンスは……いつだって、たった一度きりだぜ。

 話してみな……聞いてやるぜ」

 

 促されたので、まずは被告人カズマがホール中央に熱弁を振るわせてもらう。

 

「――とまあこのように、俺の活躍で魔王の幹部ベルディアを倒し、『デストロイヤー』も討伐できたわけですよ。こんなにこの街に貢献している俺が、国家転覆を企んでいるだとか甚だおかしな話です。というか、もっと讃えられても良いと思うんですよ、俺は!」

 

 如何に、格好良く魔王幹部と戦ったか。

 如何に、機動要塞戦で見事な指揮をしたか。

 途中、裁判長は何度も、ウソを発見する魔道具のベルを凝視していたが気にせず、多少誇張はしてしまっているが、噓偽りは述べてない。

 

「クッ……! やればできるじゃねぇか兄ちゃん」

 

「まあな。これくらい取り調べの時にも言ってやったんだが、あっちはそれを全然聞きやしねぇんだ」

 

「……約束通り、あんたの証言はこれ一回きりだ。この証言を守り抜けば、俺もあんたを守ってやるぜ」

 

「頼むぜ本当! お前だけが頼りなんだ!」

 

 そして、こちらのターンが終わる。

 

「も、もういいでしょう。被告人の言い分はよくわかりました。では、検察官。被告人に国家転覆罪が適用されるべきだとの、証拠の提出を」

 

 ややげんなりとした裁判長は、検察官へ証拠を促せば、彼女は助手の騎士へ合図を送り、懐から取り出した一枚の紙を朗読する。

 

「では、これより証拠の提出を行い、被告人が、国家転覆を企むテロリスト、もしくは魔王軍の関係者であることを証明してみせます。さあ、証人をここへ!」

 

 検察官の指示で騎士たちが連れてきたのは、その全員が冒険者で、しかも……

 

「あははは……なんか、呼び出されちゃった……」

 

 その困った様子で、頬の刀傷の後をポリポリと掻くのは、ダクネスの親友であるクリス。彼女を筆頭に法廷に現れたのは、見知った連中ばかりであった。

 

 

 ケース1 『盗賊』のクリス。

 

「以前、クリスさんは、公衆の面前で『スティール』を使われ、下着を剥がれたと。このことに、間違いはないですね」

「えーっと、ま、間違いではないんだけども! でも、あれは事故だったっていうかね!?」

「ええっ! いやちょっと待って! あたしは別に、もう気にしてないんだけど……!」

 

 

 ケース2 『ソードマスター』のミツルギ。『ランサー』のクレメアに『アーチャー』のフィオ。

 

「ミツルギさん。あなたは、被告人に魔剣を奪われ売り払われたと。そして、そちらの二人は魔剣を取り返そうとした際に、公衆の面前で下着を剥ぐぞと脅されたのですね?」

「ま、まあ、その通りです。でも、あれはもとはと言えば僕から挑んだ……」

「そうそう、脅されたんです! 『俺は真の男女平等主義者だから、女の子相手でもドロップキックを食らわせられる』とか!」

「そうなんです! 『女相手なら、この公衆の面前で俺の『スティール』が炸裂するぞ』とか!」

 

 

 ケース3 『戦士』のダスト。

 

「この男は、次に控える裁判の被告人です。裁判長もよくご在知かと思いますが、しょっちゅう問題を起こして裁判沙汰になっているチンピラです」

「おうこら、裁判を待ってる最中にいきなり呼ばれて来てみれば、また随分な挨拶じゃねーか! そのでけぇ乳揉まれてーのかおい!」

「ダストさん。あなたは、あそこにいるサトウ=カズマと仲が良いと聞きました。間違いはありませんか?」

「間違いなんてあるわけねーだろ。ダチだよダチ、親友だ。一緒に酒飲んだりした仲だ」

 

「サトウ=カズマさん、あなたは、この素行の悪いチンピラと親友なのですね?」

「知り合いです」

 

「おおい! カズマ!」

 

「な、なるほど。これは失礼しました。付き合っている友人は、素行の悪い人間ばかりだと主張したかったのですが……」

「いいんですよ、まあ知り合いなのは事実ですしね」

 

「カズマー! 俺達の仲ってそんなに浅いもんだったのかよー!」

 

 

 以上、三組の証人喚問が終わって、検察官は裁判長へ主張する。

 

「最後のひとりは証人としては不十分でしたが、今お見せした証人達は、被告人の人間性を証言してくれたものかと思います。そして、被告人は被害者に対して恨みを持ってました。これは先日の取り調べの際に、デュラハン討伐において借金を背負わされたことに対し、ぶっ殺してやりたいなどと供述が取れています。

 これらのことから、被告人は事故を装い、『ランダムテレポート』ではなく通常の『テレポート』による転送で被害者宅に『コロナタイト』を送り付けたのでは、と――」

「そんなもの証拠にもなりませんよ!」

 

 この言いがかりも甚だしい難癖に、傍聴席のめぐみんは黙っていられなかった。

 

「カズマの性格が曲がっているのは認めますが、だからと言ってこんな言いがかりをつけられては堪りません! もっとマシな根拠を持ってきてください! だいたい、何かおかしいですよ! こじつけ感が半端ないですし、あなた方は何か違和感を覚えないのですか!?」

 

「傍聴人は発言を慎むように!」

 

 しかし、それは裁判長に遮られ、また検察官は新たに紙を取り出して激昂するめぐみんに読み上げる。

 

「根拠? よろしいでしょう。ではもっと、確たる根拠を出しましょうか! その男が街の崩壊を企んでいるテロリスト、もしくは、魔王軍の手の者ではないかということを示す根拠を!

 一つ! 冒険者サトウ=カズマ率いる一行は、魔王軍の幹部、ベルディア戦において! 結果的には魔王の幹部を倒したとはいえ、街に大量の水を召喚し、洪水による多大な被害を負わせ――」

 

 これに、傍聴席のアクアはビクッと大きく反応。

 

「二つ! 共同墓地に巨大な結界を張り、墓場の悪霊たちの居場所を失くし、この街に悪霊騒ぎを引き起こし――」

 

 傍聴席への柵から身を乗り出して、耳を塞ごうとするアクアの両手を掴んで、しっかり陳述を聞かせようとする。

 

「三つ! 連日、街の近くで爆裂魔法を放ち、街の近辺の地形や生態系を変え、あまつさえ、この数日においては、深夜に街の目の前で魔法を放ち。住人たちを夜中に起こし――」

 

 続いてめぐみんまでも耳を塞いでそっぽを向こうとするが、そこはゆんゆんに押さえられ、こちらと同じように説教を聞かせようとしている。

 

「おい待てよ、おかしいおかしい! どう考えてもおかしいぞ! 今あげたのは、俺には関係ないことばかりじゃねーか! いや確かにうちのパーティの人間がやらかしたんだけども! 俺に関する根拠を出せよ!」

 

「そして、被告人はアンデッドにしか使えないスキル、『ドレインタッチ』を使ったという目撃情報があります。あなたが魔王軍の関係者ではないというのなら、なぜ『ドレインタッチ』を使えるのか説明を――耳を塞いでもなかったことにはできませんよ!」

 

 黙秘だ! 黙秘権を行使するのだ!

 

「そして、最も大きな根拠として……署内での取り調べの時に、あなたに魔王軍の者との交流がないのかと尋ねました。その際、あなたが交流などないと言った時に魔道具がウソを感知したのです。これこそが証拠ではないでしょうか!?」

 

 ヤバイヤバイヤバイ――!

 検察官セナはこちらを刺し貫かんばかりに鋭く指を突き付け、結論(ツミ)に入ろうとした、その瞬間、

 

 

「――異議あり!」

 

 

 自信ありげなその断定は、これまた傍聴席から聴こえてきた。

 片手を挙げて声を張り上げたのは、意外や意外、アクアだった。

 まさかコイツがこの状況をひっくり返してくれるのか……!

 

「アクア、言ってやれ! 俺が無実だっていう、お前の決定的な根拠を!」

 

「はあ? そんなものあるわけないじゃない、このセリフを単に言いたかっただけで」

 

「傍聴人は口出ししないよう! 本当に退室させましょうか!」

 

「すいません、ウチのバカが本当にすいませんっ!」

「あああああ痛い痛い、痛いんですけど!」

 

 アクアのこめかみをアイアンクローで締めながら平謝りする。

 畜生、こんのクソバカがああああああ! 弁護人でもないのに、余計なことばかりして!

 

「こほん……弁護人、あなたはこれに対して、発言を――」

 

 と、そういえば、傍聴席が騒がしいのに、やけに大人しい弁護人へと気を取り直した裁判長が発言を促そうとして、固まった。

 ぽかんと口を開けて。

 その様子に駄女神を折檻していたカズマは、自分の弁護人の方を見て、他の人達と同じように唖然としてしまう。

 

 

「弱者は運命に流され、強者はそれを飲み干す。クッ……! 今日も苦いぜ、俺のハードラック」

 

 

 自前のマグカップで、その仮面弁護人はコーヒーを飲んでいた……

 まだ慌てる時間ではないというようにマイペースに。

 

 初級魔法スキルを使い、空になったマグカップに水を出して火ですぐお湯に。それから黒い粉末を入れ、『錬金術』スキルでインスタント並みの手軽さでコーヒーを作り出す。手際は良いが、一体何をしてんだコイツはと突っ込む言葉もなくなってしまう。

 

「べ、弁護人……裁判中に、あなたは一体何を……?」

 

「何、出てきた証言はどれも冒険者としての素行を示すものだけで、今回のお題目とは縁遠いからちょいっとコーヒーブレイクをしてたのさ」

 

「何ですって……!」

 

 これには、検察官も目を吊り上げる。憤慨するセナの鋭い眼光を浴びながら、湯立つ香しい匂いを嗅いで、ふてぶてしく笑う。

 

「このコーヒーの澄み切った闇に、ミルクを注いで、かき回す、そんな検察官の気持ちはわからんでもない。

 だが、おかげで証言は、今……濁り切ったカフェ・オ・レだぜ」

 

「か、カフェオレ……コーヒー牛乳のこと?」

 

「クッ……! 検察官が召喚する証人がミルクなら、裁判官はかき混ぜるスプーンさ」

 

 またわかるようでわからん例え話を。

 こいつ、演技に熱入り過ぎじゃないか?

 しかし、劇場で主役が現れたように、場の空気を一気に持っていってしまうだけの存在感はあった。その秀逸な台詞回しも、ヒトの耳目を引き付けてくれる。

 

「このコーヒーはとても酸っぱい。だから、口当たりをマイルドにしてくれるミルクに頼りたくなる。けれど、通はブラックの酸味も味わうのさ」

 

 グビッとおかわりのコーヒーを飲み、

 

「発想を逆転させよう。どうして、兄ちゃんが魔王の関係者だと疑わしいんじゃなくて、何故、取り調べの際、ウソ発見器が鳴ったのか。

 ――まずは、知り合いの定義から考えようじゃないか」

 

 まるで裁判長が木槌を鳴らすかのように勢いよくマグカップを証言台へ置くと、ついにホールへ出る。カズマの肩に手を置いて下がらせると検察官セナと相対する。

 

「さて、問題視される『どうして魔王軍幹部との交流を尋問されたとき、すぐ否定したが魔道具のベルは反応した』かだが。ウソ発見器は、たとえ当人がそうだと思い込んでいても、経歴詐称してればチリンとなく仕様だ。これは誤魔化しようがないゆるぎない事実さ」

 

「でしたら」

 

「クッ……! 別にこれはおかしなことはない。兄ちゃんは、魔王軍の幹部と交流があったろうさ。――なにせ、あのデュラハン・ベルディアに啖呵を切ってくれたんだからな」

 

 サトウ=カズマは、『アクセル』の街へ襲撃しようとした魔王軍幹部デュラハンと第一線で立ち会った。それは、大勢に支持される事実であり、これは検察官も確認してある。

 

「ついさっき、証人喚問したチンピラの兄ちゃんを、あんたは交流深い親友だと思っていたようだが、実際は“知り合い”であった。だったら、これも筋が通るんじゃないのかい?」

 

「魔王軍幹部ベルディア……それならばウソ発見器がベルを鳴らしてもおかしくは……いやしかし! 二回の戦闘で交流したと言い張るにはいささか無理があります! そんなのは赤の他人と変わりませんっ!」

 

「そうかい。それじゃあ、実は俺がじゃじゃ馬の嬢ちゃんに一目惚れしちまってたら、そいつぁは赤の他人ってことなのかい?」

 

「え――」

 

 一歩踏み出して手を伸ばし、検察官セナの顎をクイッと持ち上げる仮面弁護人。仮面ながら真正面より見つめ合い、甘く囁く……その女性を口説き落とさんとする対応に、検察官のセナは固まり、頬を赤くする。性格が災いして実年齢=彼氏いない歴な男っ気皆無の彼女は免疫がなかった。

 

 

「弁護人! 裁判中にふざけないでください!」

 

 

 これには、裁判長より早く、傍聴席にいたゆんゆんから注意が飛んだ。

 目を赤く光らせ、射抜かんばかりに睨んでくる、この頭のアブない方の紅魔族の娘には、頭のおかしい方の紅魔族の娘もビビっていて、直接視線を向けられてないのにカズマの背筋にも冷たいものを覚える。

 

「おっと、コネコちゃんがお冠だ。これ以上妬いちまう前に仕事に戻るとしよう」

 

 おどけていう仮面弁護士は、翻してカズマの隣の弁護席へ戻ってくる。

 ただし、その首筋に冷や汗をかいていたのをカズマは見逃さなかった。

 あ……と手を放され離れていく彼の背中へどこか残念そうな声を洩らす検察官へ、改めて仮面弁護人は説く。

 

「というわけだ。たった一回の出会いでも印象が強烈に焼き付いちまう奴もいるのさ。首のない騎士なんざ、目玉が飛び出るほどのインパクトだろうよ。赤の他人なんざ一足飛びで超えちまうのは無理もない」

 

「え、えと、今のは本当……――いえ、そうではなく! その可能性はありえるものでしょうが、被告人は、アンデッドにしか使えないスキル『ドレインタッチ』を使えます! これには一体どう説明するおつもりですか?」

 

「………」

 

 ああ、ダメだこれはダメだ!

 魔王軍幹部に教えてもらったこの確たる証拠は言い逃れできない!

 

「弁護人! 証言中にコーヒーを飲まないように!」

 

「闇よりなお深い暗黒をたたえ、地獄より熱く苦いこのオリジナルヌラーブレンドのコーヒー。ひとつ論破するごとに、これを一杯飲み干すのが俺のルールなのさ」

 

 おいっ! 真面目にやれっ!

 頭を抱え込みたくなる追及に、裁判長から注意を受けた通りに仮面弁護人は、また一杯のコーヒーをおかわりしていた。

 

「クッ……! 別にこれもおかしいことじゃない。駆け出し冒険者が良くお世話になる『キールのダンジョン』に、伝説的なアンデッドモンスター・リッチーがいるんだからな」

 

 これには、法廷内をどよめかせた。

 しかし、ウソ発見器はならない。つまり、この仮面弁護人の発言は本当だということ。

 

「そ、それは本当なのですか?」

 

「クッ……! 誰かベルが鳴った音を聞いたかい? まあ、魔道具にヒトの心理を理解できるとは思わんがね」

 

「いえ……」

 

「そこまで慌てふためくことはない。これまで『キールのダンジョン』で死傷者がほとんど出ていないことから考慮しても、その無害さは証明されている。時に迷い込んだ人間を外へ送り届けたりもするそうだから、『冬将軍』以上に危険度は低いだろう。実際、会話をしたことがあったが、彼は以前、心は人間のままだと語っていた」

 

 忙しく仮面弁護人とウソ発見器の間を視線が行き交うが、どちらも動揺は見られず。

 

「しかも、そこのリッチーは中々のお人好しでな。乞われれば、自身のスキルを教えちまうだろうさ。教えてもらえばどんなスキルでも習得できる『冒険者』な兄ちゃんなら、覚えられてもおかしくない」

 

 そこで一旦、話を区切って、検察官からカズマへ顔を向け、

 

「なあ、兄ちゃんは、親切なリッチーから『ドレインタッチ』を教えてもらったんだよな?」

 

「あ、ああ! そうだ」

 

 どこで、とは言わず、誰と、とは言わず、種族名だけで確認を取ることに、ウソ発見器のベルは鳴らなかった。

 

「そう、でしたか……しかしならなぜ先程、それを言わなかったのですか?」

 

「クッ……! そりゃ、リッチーに対して偏見を持ってる輩が多いからだ。アクシズ教はもちろん、国教認定されるエリス教においても、アンデッドは腐ったミカンも同然で排他すべきものだからな」

 

「もちろんよ! 水の女神として許しておけないわ!」

「うん、幸運の女神も同意すると思うよ!」

 

 これに傍聴人のアクアと、それから証人喚問のクリスより熱烈に声を挙げられた。あの駄女神はとにかく『盗賊』のクリスはエリス教だと聞いたことがあったが、よほど熱心な信者なのだろうか。

 その二人の迫力は、仮面弁護人の抱く危機感に頷かざるを得ないものがあった。

 

「とまあ、この通り。『ドレインタッチ』の出所を探られて、世話になったリッチーの平穏を騒がせたくはないと発言を控えていたのさ。……悪いな、兄ちゃん、俺が勝手に言っちまって」

 

「いや……こっちも言い難かったことをわざわざ言ってくれて、ありがとな」

 

「これで納得できたかい。それから、この証言は出来れば記録に残してほしくないと思ってるんだが」

 

「は、はい!」

 

 検察官だけなく、記録を書き取っている検察補佐官にも注意を飛ばす細やかな気配り。

 そういえば、『一流の詐欺師はウソを吐かない』という話を聞いたことがあるが。まったく大した役者だこいつは。

 

「クッ……! デュラハンと言い、リッチーとも遭遇しちまうとは、兄ちゃんはアンデッドにモテモテなアクシズ信者なのかい?」

 

「それは、断じてないからな」

 

 おかげさまで、軽口を言えるくらいに余裕が戻ってきた。

 さっきまで絶体絶命であったのに、検察官が出した難問ふたつを、コーヒー二杯を飲むのと同じぐらいの手間で片付けてしまった手腕には脱帽だ。

 

 検察側に持っていかれていた法廷の空気も今では弁護側に傾いている。

 

「で、でも、被告人は……」

 

「クッ……! 自分に納得できないことを、ヒトに押し付けちゃいけねぇな。そいつは、俺のルールに反してる」

 

 ちっちっち、と指を揺らしてみせて、検察官の口を閉ざしてしまう。

 

「さっき、『ランダムテレポート』ではなく、『テレポート』で被害者へ『コロナタイト』を送り込んだと語ってくれたが、まず前提として、『テレポート』は、転送先を登録してなければできないもんだ。畏れ多い領主様の屋敷へ忍び入って、転送先に指定する人間なんているのかい? わざわざそんな手間を、しかも他人に強要させるくらいなら、パーティの爆裂娘にやらせた方が手っ取り早いと俺は思うがね。それでとっ捕まろうがそいつをトカゲの尻尾切りにすりゃいい」

 

「う、ぐ……」

 

 ついには、検察官のぐうの音も出さなくさせる。

 

「ちょっと待ってください。今、その弁護人からとんでもない発言が出た気がしますが、それはスルーですか!?」

 

 傍聴席で騒がしいが、無視。

 

「まあ、責任を取ると宣言しちまったからには、屋敷の賠償義務はあるのだろう。だが、そこにテロを企てたとかそういう裏はない。兄ちゃんは、純粋に『アクセル』を救おうと思って、指示を出したんだ。あんたら、この街を守るために働く人間ならその意を酌んじゃくれないか?」

 

「はい……被告人、いえ、彼が街を救おうとしたのは先日の取り調べにもはっきりとしています。ですが、普段の素行があまりにも」

 

「誰しも、間違いはある。人間の行動は理屈だけじゃ割り切れねぇのさ。だからこそ、人は人としてトキめき、煌めくのさ」

 

 もう何杯目になるかわからんが、コーヒーの香りを楽しみながらまとめに入る仮面弁護人。その姿に、検察官セナは、ふと思い出す。

 

「アクシズ教団……仮面……ぬら……! ――まさか、あなたが、迷宮入りしかけた『ところてんスライム温泉混入事件』を解決した、あのぬら様!?」

 

「さて、な。だが、話を聞くにそいつは、水の女神の次期最高司祭にお灸を据えてやった男だ。迂闊に触れたら火傷するだろうぜ」

 

 何かものすごくマヌケなネーミングの難事件であるが、彼女の方は胸を打ち震わせて鼓動を高鳴らせているよう。

 そう、この駆け出しの街に赴任する前に水と温泉の街で起こった事件で、苦汁をなめさせられたあの変態司教に一本を取ってくれた、と後に同僚から話を聞いていたセナは、いつかお礼を言いたいと望んでいた。

 その焦がれた人物が目の前に……!

 

 こうして弁護してもらっているわけだから文句は言わないが、ハードボイルドな役をやらせても堅物女性から熱っぽい視線を受けるとは、流石は紅魔族随一のプレイボーイである。

 

「ヌラー様……」

 

 このままいくとその検察官女性がアクシズ教団に入りかねない。それに、

 

「……んぬらぁ……」

 

 傍聴席から、爛々と赤目を光らせる少女から雷が落とされる前に、さっさと結論付けた方が良いだろう。

 

「じゃあ、最後に兄ちゃん、トリは任せたぜ。――あんたは、魔王軍の関係者なのかい?」

 

「ああ――俺は魔王軍の関係者なんかじゃない! テロリストでもない! 借金を背負わされたことは頭にきたし恨みにも思ったが、それでも、『コロナタイト』をわざと送り付けたわけじゃない! いいか、魔道具をしっかり見とけよ! 言うぞ! 俺は、魔王軍の手先でも何でもない!」

 

 この発言に、ベルは――もちろん鳴らない。

 それを見取った裁判長はゆっくりと首を振り、

 

「わかりました。被告人サトウ=カズマの意思にウソ偽りはなしと認めざるを得ませんね。よって、あなたへの嫌疑は不十分とみなし――――」

 

 裁判長が判決を下そうとした、その時、それまで沈黙を保っていた男が立ち上がる。

 

 

「ふざけるな! そいつは間違いなく魔王軍の関係者だ! 手先だ! このワシの屋敷に爆発物を送り付けたのだぞ! 殺せ! 死刑にしろ!」

 

 

 被害者の領主アルダープは、こちらを指差し怒鳴りつける。

 流石にその発言は如何に強権を働かせようにも、検察官セナは強引が過ぎるものと判断して、

 

「いえ、今回の事例では怪我人も死者もなく、流石に死刑を求刑するほどのことでは……」

 

「もう一度言う。そいつは、魔王軍の関係者であり魔王の手先だ。さあ、その男を死刑にするのだ。“この儂がそう言っている”」

 

「…………はい、そうですね。確かに死刑が妥当だと思われます……ね?」

 

 ――えっ。

 

 検察官も納得してしまい、裁判長も頷いて、大きく木槌を振り上げた。

 

「お、おいちょっと待てよ! おかしいぞ、おかしいだろ!」

「そうです、何ですか今のは! 検察官がコロコロ言うことを変えてどうするのですか!」

「そうよ、いくら何でも変よ! カズマさんは死刑にされるようなことはやっちゃいないわ!」

 

 傍聴席でめぐみんとゆんゆんお声を張り上げて食って掛かるも、当の検察官自身も今の発言に疑問を覚えているように困惑顔で首を傾げている。

 それに、当然弁護人の男もまた。

 

「ピンチな状況で、思わずニヤけちまう奴こそが一流。見ろよ、兄ちゃん。あの能面みたいな笑みを。主人は大根だが、あれは震えが来ちまうくらいのキラースマイルだぜ」

 

 マグカップにコーヒーを淹れながら促され視線をやった先にいたのは、領主アルダープ……の斜め後ろに控えている使用人。

 パッと見は恐ろしいまでに整った顔立ちをした青年だが、感情が抜け落ちたかのような無表情で、まるで勝手に髪が伸びてくるような気味悪い人形のようだ。そして、その表情は貼り付けたような笑顔で……

 

「なんだ、あいつは……笑ってやがってるのか」

 

「つまり、とびっきりピンチなのさ。思わず隠し通してきた素顔を出しちまうくらいにな」

 

 その時、アクアが傍聴席から身を乗り出して、裁判長、セナ、領主の方をビシッと指差す。

 

「今何か、邪な力を感じたわ! どうやらこの中に、悪しき力を使って事実を捻じ曲げようとした人がいるわね!」

 

 突拍子もないその発言に、法廷内は静まり返る。

 先程までの馬鹿発言のため、アクアを見る皆の視線は、若干胡散臭いものを見るかのような信用度のあまりないものだが、けれども魔道具のベルが鳴らないのを見ると場の空気は変わる。

 曲がりなりにも聖職者である『アークプリースト』の言葉だ。信憑性があると判断してか静まり返る法廷の中で、再び舞台に上がったのは、仮面弁護人。

 

「この神聖なる法廷の場で、何かが真実を捻じ曲げようとしている輩がいる。そうだとすれば、俺は断じてその不正を許すわけにはいかねぇな」

 

 アクアからの言葉を引き継ぐように軽く手を挙げて、

 

「何だ貴様は。儂の前に立ちおって。国家転覆罪には、共犯者も適用されるのを知らんのか。これ以上、魔王の手先を庇い立てするようなら、貴様も絞首台に送ってやってもいいんだぞ?」

 

「結構だ。俺の墓場行きのチケットはもう予約済みでね。それと、用があるのは領主様ではない」

 

 向かいの席に立っていた裁判長……ではなく、検察官……でもなく、被害者の領主……でもない。怪しいと睨んだ、その傍らに控える使用人の青年の前へとコップを滑らせて置いていく。

 

「なに、裁判の間、あんただけ立ちっぱなしでお疲れだろう? 俺の奢りだ。この闇よりなお深い暗黒をたたえ、地獄より熱く苦いこのオリジナルヌラーブレンドのコーヒーをな」

 

「ふ、ふざけるな! そんな得体の知らないものを飲ませられるか!」

 

「おや、おや。自分で飲むわけでもないのに、使用人想いの領主様らしい。でも、魔道具が保証してくれる通り、毒なんざ入っちゃいない。むしろ、あの女神様の証言通り呪いがかけられてるのなら、浄化してくれる霊験あらたかな“聖水で淹れてる”のが隠し味のコーヒーさ」

 

「なっ!?」

 

 領主は目を大きく見開き、わなわなと震えだす。それに、仮面弁護人は飄々としている。

 

「どうした? 飲まないのかい? ああ、猫舌なら、息を吹いて冷ますと良い」

 

「ヒュー……ヒュー……」

 

 何でもないやりとりのはずなのに、裁判長らも判決を忘れて息を飲むほどの緊迫感が法廷内に漂い始める。

 そんな中、顔を真っ赤に怒鳴り散らしていたアルダープは顔面が蒼白にし、

 

「貴様、儂の付き人を悪魔呼ばわりするのか!」

 

「クッ……! 何を仰る領主様よ。俺は、ただ、コーヒーを奢っただけだぜ。悪魔なんざ一言も言っちゃいない。どうしてそんなに慌てるのか、理由をお伺いしても構わんかね?」

 

「このっ!」

 

 手を振り上げ、聖水コーヒーのマグカップをテーブルから叩き落とそうとし――その前に、伸ばされた青年の手。

 取っ手を取らず、鷲掴みにカップを手に取る使用人の男。

 

「馬鹿やめろ! 貴様は下級……の分際で」

「ヒュー、ヒュー……大丈夫だよ、アルダープ」

 

 主人である領主の制止を逆らい、バイザー越しの視線から目を逸らさず、使用人の青年はゆっくりとマグカップを煽り、聖水コーヒーをゴクリゴクリと喉を鳴らして、口の端から零しながらがぶ飲みする。

 そして、赤ん坊のように汚れた口元を腕で拭うと……ぐしゃあっ、とマグカップを握り砕いた。

 

「……お気に召さなかったかい?」

 

 パチパチと瞬きして驚きつつも、動揺を声には出さずお味の方を窺う仮面弁護人に、人形のような能面の青年は声まで一定調子に淡々と、

 

「ヒュー……ヒュー……お前のアジ、僕の好みじゃない。アルダープから美味しいモノを出してくれたけど、人間のクセに眩しいし、嫌いだ。喉が焼けるほど熱くて、とても苦いものも飲ませてくれた。だから、オレイだよ」

 

 銃口を向けるように仮面弁護人へ人差し指を突き付け、無邪気な悪意が篭められた言霊(ノロイ)を放つ。

 

 

「“『キールのダンジョン』に、お人好しのリッチーなんて、いない”」

 

 

 ――そして、真実は、捻じ曲がる。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「またよ! ここにじゃないけど、どこか遠くの方へまた悪しき力が働いたわ! ――そう、その男から悪魔臭がするわ!」

 

 場の注目が、再びアクアに集まる。それに今度は、木槌を振り上げたまま固まっていた裁判長も、そこで目が覚めたように顔色を変えて反応する。

 

「それは、本当ですか?」

 

「何をふざけたことを! とんだ言いがかりをつけおって! 一体儂を誰だと」

「ええそうよ。この私の目は、そこの魔道具なんかより精度が高いわよ! 何を隠そうこの私は、この世界に一千万の信者を有する水の女神! 女神アクアなのだから!」

 

 ――チリーン。

 

 そのアクアの宣言に、これまで沈黙していた魔道具が法廷内に涼しげなベルの音を響かせてくれた。

 

「なんでよー! ちょっと待ってよ、嘘じゃないわよー!」

 

「被告人。傍聴人を退場させるように」

 

「すいません、超反省してます」

 

 信じてもらえず喚くアクアを、めぐみんがまあまあと宥める。この駄女神のマヌケによって、張り詰めた空気も弛緩してしまい、その間に使用人を法廷から出ていくよう命じたアルダープは安堵の息を零した。

 

「そうだわ、私もちょっと見栄を張り過ぎたわね。魔道具が私の言葉を嘘と判断したのは、信者の数よ! 一千万人の信者は私も言い過ぎたわ、九百八十万ぐらいって言っておけばよかったのかしら」

 

 おそらく千人もいないであろうマイナー教団の女神は現実を受け入れられないようだが、カズマもまた受け入れがたい現実を直視する。

 

「……被告人。サトウ=カズマ。あなたの行ってきた度重なる非人道的な問題行動、および、街の治安を著しく乱してきた反社会的行為などを鑑みるに……」

 

 それは、先ほどまでとは180度真逆の判決文であった。

 

「検察官の訴えは妥当と判断。被告人は有罪、よって――――判決は、死刑とする」

 

 

「おかしいだろおおおおおおお! いや待て、待ってくれ! 何だよこの適当な裁判は! もっとこう、確定的な証拠を持って来いよ! こんなもんで一々死刑とか、頭おかしいんじゃねーのか!」

「被告人! 被告人はもっと言葉を慎むように!」

「カズマの言う通りおかしいわよ絶対おかしいわ、そりゃあ、洪水被害の修繕の際に背負った借金のことを、事あるごとにグチグチ言って領主の人を逆恨みしていたし、この人いつか何かをやらかすんじゃないかしらと思ったけども、それにしたって『コロナタイト』を送り付けたりする度胸はないわ!」

「お前は本当に、俺を弁護したいのか邪魔したいのかどっちなんだ!」

「よろしい、それほどカズマをテロリスト呼ばわりするというのなら。この私が、本当のテロリストとはどういうものなのかを……あっ、何をする! 放してください!」

 

 下された裁判長の判決に、法廷は騒然。

 そんな中、被告人を庇うべき仮面の弁護人は……

 

「(とんぬら……?)」

 

 仮面の弁護人も法廷から去った青年の後を目で追ったまま、いつになく険しい表情の彼の様子をゆんゆんは心配そうに窺っていた。

 嫌な予感がする。

 本当に、アクアの言う通り、邪悪な呪詛が彼に掛けられたとすれば……だが、彼には掛けられてはいない。

 ……しかし、ゆんゆんの相方は、この近い将来に、地獄よりも苦い“不幸”を体験することになるのだった。

 

 それで、判決の方は結局、

 

 

「この裁判は、申し訳ないが私に預からせてはくれないだろうか」

 

 

 大貴族ダスティネス家の令嬢ダクネスの介入があり、領主アルダープにひとつ借りを作って、借金返済と身の潔白を晴らすための猶予をもらい、裁判はお開きとなった。

 

 

 そして、この数日後、駆け出し訓練所であった『キールのダンジョン』が、高レベルの冒険者パーティでも命懸けになるほどの……“悪い魔法使い”が支配する伏魔殿と化した。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。