この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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32話

 紅魔族の里には、『世界を滅ぼしかねない兵器』や『対魔法使い兵器』が封印されている地下格納庫がある。

 その用途も目的も謎だが、里ができる前に『紅魔族』の生みの親(マスター)に造られたと言われる謎の施設は、里の族長ではなく、猫耳神社の歴代の神主たちが管理を任されている。

 そこの封印を解読するためのキーと同じ古代文字で書かれた『悟りの書』を解読できるのもあるのだが(でも、“小並コマンド”なる謎かけ(リドル)がわからないので開けられない)、『紅魔族』の創造主《マスター》である通称『賢王』と、初代神主を務めた勇者が心友だからだそうだ。

 

 なんでも同郷の出であるらしく、爺と孫ほど歳は離れていたが趣味も合うことで意気投合。ご神体を崇める初代神主として里に居付くようになった勇者は、時折、ふらっと『賢王』が里に訪れた際、その謎施設に一緒に篭り、

 

 『ちょっと新作作ったから試しにプレイしてみてくれね』

 『バグチェックか。いいけど、別に。ということは、今度はⅤかジジイ?』

 『前作の数百年後という設定。Ⅳと合わせて天空シリーズにしようと思ってる』

 『ふうん。Ⅰ、Ⅱ、Ⅲがロトシリーズと銘打ってたけど、世界観を変えてきたか。でも、物語の設定をいちいち考えるのめんどいだろ』

 『そこは、お前さんから取材したのを参考にさせてもらった。今作は結婚システムを盛り込んでみたぞ』

 『お、それは楽しみだ』

 

 と数日間、施設から出ず『賢王』から課される試練(テスト)をしていたようだが不明。

 

 だが、そんな日常も終わりを迎える。

 『賢王』がいた魔導技術大国『ノイズ』が、滅んだのだ。それも他ならぬ『賢王』が開発した機動兵器『デストロイヤー』によって。

 

 その報せを聞いた初代神主は、意を決して『心友である『賢王』の仇を取りに行く』と……ではなく、『あいつに貸した物を返してもらいに行く』と言って、暴走した機動要塞『デストロイヤー』へ単身挑みに行った。

 

 しかし、勇者の奇蹟をもってしても難攻不落の機動要塞には敵わず、冒険者生命を絶たれるほどの重傷を負って、里へ帰還する。

 そのとき、勇者は嫁に看病されながら、『デストロイヤー』との壮絶な戦いを振り返り、こう言葉を零したという。

 

『ジジイは、『賢王』じゃなくて、単なるバカだった』

 

 

 ♢♢♢

 

 

 冒険者ギルドよりレベル職業制限なしの全員参加が呼びかけられる緊急クエスト・機動要塞『デストロイヤー』討伐。

 

 まずは『デストロイヤー』の背景からの説明。

 元々は対魔王軍用の兵器として、魔導技術大国『ノイズ』で造られた、超大型のゴーレムである。国家予算から巨額を投じて作られたこの巨大なゴーレムは、外観はクモのような形状をしている。小さな城ぐらいの大きさを誇っており、魔法金属がふんだんに使われ、外観に似合わない軽めの重量で、八本の巨大な足で馬をも超える速度が出せるし、クモのような機動力でどれほどの悪路でも踏破してしまう。

 

 その性能の中でも特筆すべきは、その巨体と進行速度。凄まじい速度で動く、その八本の足に轢かれれば、大型モンスターであろうとミンチにされる。またそのボディには、『ノイズ』国の魔導技術の粋により、常時、強力な魔力結界が張られているので、ほとんどの魔法は通用しない。

 魔法が効かないので物理攻撃しかないのだが、迂闊に接近すれば踏まれる。かといって、弓や投石などの遠距離攻撃は、元が魔王金属製のゴーレムであるため、矢は弾かれ、攻城用の投石機も馬以上に速い機動要塞にはまず当たらない。

 加えて、このゴーレムの胴体部分には、空からのモンスターの攻撃に備えるため、『キラーマシン』シリーズと呼ばれる自立型のゴーレムが配置されており、装備されたバリスタで飛行物体を撃ち落としてしまう。

 

 なのでこの大陸において、蹂躙されていない地は、強力な魔力結界が張られている魔王城くらいで、人類魔物双方平等に多大な被害を出し続ける機動要塞。接近してきたのなら、街を捨て、通り過ぎるのを待ってから、再興するしかないとされ、天災と同じ扱いである。

 

 何故それほどの猛威を振るうのか。それは、研究開発を担った責任者が、この機動要塞を乗っ取ったと言われており、現在も機動要塞の中枢部にその研究者が居座り、ゴーレムに指示を出しているという。そして、弱点なり攻略法もあったかもしれないが、『デストロイヤー』を製作した魔導技術大国『ノイズ』は、暴走した機動要塞によって真っ先に壊滅されたので、不明。

 

 

 そんな伝説に挑めるメンツが、最後の砦たる駆け出し冒険者の街『アクセル』の冒険者の中にいるのか? ――いたのだ。

 

 まず、魔法を無効化する結界。

 それは、魔王城の結界すら半減以下にすれば破れるだけの力があるとされる自称女神の『アークプリースト』。

 

 そして、結界解除された要塞装甲を沈めるだけの大火力。

 それは、人類最強の攻撃手段である爆裂魔法を放てる頭のおかしい『アークウィザード』に、元凄腕の冒険者であった貧乏店主。

 彼女たち二人が爆裂魔法を撃ち込んで、脚を破壊する。そうすれば機動要塞ではない、単なる巨大な建造物に過ぎなくなり、街が蹂躙走破される心配もなくなる。

 万が一、脚を破壊し尽せなくても、多大なダメージは与えられるはずなので、ハンマー等を装備した前衛職の冒険者らが後詰めで控える。

 それから要塞内部には、『デストロイヤー』を開発した研究者がいると思われ、彼が何をするか予想がつかないので、電撃戦で片を付ける方針で決定した。本体内に突入できるようにロープ付きの矢を装備した『アーチャー』に身軽な冒険者たちは突入準備を整えておく。

 

 で、作戦の成功率を上げるためにも、確実に爆裂魔法を直撃させるよう、脚の動きを止められるのがベストだ。一発が限度の爆裂魔法だから、一発だって外すことは許されない。

 ……ひとつ、爆裂魔法を連発できる博打的な裏技があるのだが、

 

『悪いな、兄ちゃん。今の俺は、奇跡魔法を成功できる自信はない』

 

 と作戦指揮官に自己申告した要の人物のメンタル面の問題によりそれは取り下げとなった。

 

 話は戻し、『デストロイヤー』は、その機動性もまた秀逸だ。

 かつて大勢の『エレメントマスター』が、地の精霊に働きかけ巨大な落とし穴を造ったが、その八本脚の半端ない機動性能で、ジャンプして脱出された。

 『クリエイター』たちが機動要塞を超えるほど巨大なバリケードを築いて阻もうとした試みもあったが、壁を迂回されて踏み潰された。

 空から攻撃しようとすればゴーレム『キラーマシン』に迎撃されて撃ち落とされる。

 

 でも。

 もしも、大型モンスターすら突進で挽肉にしてしまえそうな機動要塞を、真っ向から力ずくで抑え込めそうなドラゴンがいたとすれば?

 

 

 ♢♢♢

 

 

「――あの二人が身体を張って、動きを鈍らせる。その努力を不意にしないためにも、確実に成功させるぞ」

 

「そ、そそ、そうですか……! や、やらなきゃ! わ、わわ私が、絶対やらなきゃ……!」

 

「お、おい落ち着けめぐみん。あいつらにも危なくなったら退散するように言ってあるから!」

 

「わかってますカズマ! 私も、とんぬらも機動要塞など相手にしてる場合じゃないんです! とっとと片付けてめんどうくさい暴走娘を追いかけないといけないんです……! だ、だから、我が爆裂魔法で仕留めなきゃ……! え、ええ! や、やってやりますよ……!」

 

「さあ! 『アクアアイズ・ライトニングドラゴン』! アクシズ教の守護竜として、『デストロイヤー』を蹴散らすのよ! そして、ウチの信者たちの悪評を払拭するの!」

 

「とんぬら君、ほんの一秒でも動きを止めてください。いいえ、止めなくても構いませんから決して無茶しないようお願いします」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「ダクネスさん、これからやるのは相当無茶苦茶ですが、それでもやりますか?」

 

「もちろんだ。無茶苦茶にされるシチュエーションなどこっちから歓迎する! ……それに、それをいうならとんぬらの方こそ大変ではないか」

 

 『アクセル』の対『デストロイヤー』の最前線に立たされるのは、とんぬらとダクネス。

 

「この私は聖騎士だ。そして、とんぬらも知っての通り、私はダスティネス家の者として、街を守護せねばならない。それが貴族としての義務だ。街の住人たちは気にしないだろうが、少なくとも私はそう思ってる」

 

「ダクネスさん……」

 

「だから、身体を張るのなんて厭わない。少しでも役に立てるのならこの身を存分に使ってくれても構わない」

 

「俺は……ダクネスさんのように義務はありませんが、理由ならあります。……せめてパートナーが帰ってこられる場所がなきゃ、話し合いに迎え入れることもできそうにない」

 

「とんぬら、めぐみんから事情は聴いているが、昨夜のことは私も騒がしくしてしまって申し訳なく思っている。ゆんゆんの不安を余計に煽らせてしまった。年長者としてもっと落ち着いた対応を取っていれば、話はこうも拗れることはなかっただろうに」

 

 頭を下げるこの大貴族の女騎士に、とんぬらはすぐそれをやめさせようと意思表示で手のひらを向けて振る。

 

「いえ、ゆんゆんと喧嘩別れしたのは俺に原因があることですから。だから、ダクネスさんが頭を下げる理由はありません。それに……」

 

 ポリポリと頬をかいて、気恥ずかしそうに、

 

「ああやって嫉妬してくれる姿も猫っぽくて可愛いかったですし」

 

「ぷっ。なんだとんぬらにはサキュバスも付け入るスキがなさそうではないか」

 

 吹き出すダクネス。その鍛え抜かれ割れている腹筋でも我慢しきれない笑いの痙攣を両手で押さえつつ、

 

「ま、そんなことは初めて会った時から分かってたことだったがな。クリスも言っていたが、あれほど微笑ましい冒険者カップルは、この『アクセル』において他にいないぞ」

 

「今は喧嘩別れしていますが」

 

「それでもだ。親しい仲でも衝突する。むしろぶつかり合わないとダメだ。だが、喧嘩をするならきちんと仲直りをしないとな」

 

 それから、息が苦しい発作的な笑みから整えて、澄ました表情を作ってから、

 

 

「だから、生きて帰ろうとんぬら」

 

 

 ……そのとき、とんぬらはふと思った。

 あれ? この展開、学校の授業で習った死亡フラグというのを積み重ねてないか、と。

 

「ええ、そう、ですねダクネスさん」

 

 もちろんパートナーに別れて内心ショックが大きいこちらを決め顔で励ましてくれるダクネスには言いはしないが、不安を禁じ得ないとんぬらであった。

 

(そうだ。俺、生きて帰ったらゆんゆんに……いや、ダメだこの思考。一瞬お星様になった未来予想図が頭に過ったぞ。先のことを考えるな。今は『デストロイヤー』を止めることだけを考えるんだ! 全身全霊! 当たって砕けろくらいの気持ちで――逝ったらダメだああああ!?)

 

 と心の準備を無理やりできたとしたところで、魔法で拡大されたギルド職員の声が、この最前線にまで届いた。

 

 

『冒険者の皆さん、そろそろ機動要塞『デストロイヤー』が見えてきます! 街の住人の皆さんは、直ちに町の外に遠く離れてください! それでは、冒険者の各員は、戦闘準備をお願いします!』

 

 

 ――アナウンスされなくても、遠方よりこちらに迫る巨大な影は視認していた。

 

 地面の震動が、徐々に、徐々に、大きくなる。

 この地響きの発生源が確かにこちらに接近しているのを大地の悲鳴が否が応にも理解させられ、視界を埋め尽くす勢いで大きくなる像がどんなに受け入れ難くとも錯覚ではないという証拠であった。

 

 その姿はまさしく機動要塞。

 バカでかい巨大蜘蛛が、ヤドカリのように砦みたいな建造物を載せ、各所にバリスタが搭載された天災級のゴーレム『デストロイヤー』。

 

「……ッ!」

 

 本能があれは回避すべきと訴えてるのか武者震いか、全身の微動が止まらない。

 改めて他人の口から絶望の到来を知らされ、ショックがぶり返したような感じだった。

 

 

「「『クリエイト・アースゴーレム』!」」

 

 

 背後に控える『クリエイター』の冒険者たちが、地面の土で創り出したゴーレムを整列。

 駆け出し冒険者の街を拠点にする駆け出しの『クリエイター』であるから、このギリギリのタイミングで生み出すことで、瞬間的に力を注ぎ込んで大きさと強度を上げている。

 それでも、あの機動要塞には道端に転がっている小石程度、あってもないような足止めでしかない。

 

 

「『ドラゴラム』――ッ!!」

 

 

 奇跡魔法と変化魔法を同時発動した合体魔法を行使したとんぬらの姿が仮面をつけた人より、光り輝く鎧竜と化す。

 しかし、ドラゴンになっても、機動要塞との体格比は、デブネコとネズミだ。この重量差で押し相撲など相手にもならないだろう。

 ――でも、やるしかないのだ。

 

「おおっ! まるで竜騎士になったようだっ!」

 

 ドラゴンとなったとんぬらの背に乗ったダクネスが興奮した呟きを洩らす。それを耳にしながら、扇状の両翼を大きく広げ、発進準備を……

 

『う、予想以上に重い……』

 

「し、仕方ないだろ! 今はいつもより気合いを入れて重装備だからな! 決して、私自身が重たいわけじゃないぞ!」

 

 気を取り直して、鞍もない不安定なドラゴンの背を、傍に控えていた『盗賊』の冒険者が軽めに『バインド』で首元に巻き付けた縄をダクネスは握り、バランスを取る。

 そして、仕掛けてあった数々の罠をものともせずに、踏み荒らす機動要塞が、迎撃地点に到達した瞬間、

 

 

『アクア! 今だ、やれっ!』

 

『『セイクリッド・スペルブレイク』ッ!』

 

 

 宙空に複雑な魔法陣が浮かび上がり、その中心に光の玉が収束しだす。

 今や満開に花開く錫杖を構えたアクアは、その指揮棒を闇の衣じみた魔法結界を張り巡らす機動要塞に向けて振り下ろす。

 

 光の玉より撃ち出された光線は、繭を作る糸のように『デストロイヤー』の周りを覆い絡めて、パキンッ、とガラスが割れたときの軽い音を響かせて、薄闇色の膜が剝がされた。

 

「次は私たちの出番だ!」

 

 その結果を確認するよりも先に、アクアの解呪成功を信じていたドラゴンと聖騎士は空を飛翔していた。

 結界が破られ、丸裸にされた機動要塞の上を取り、強襲を仕掛けるように急滑降。

 

「うおおおおっ!? いいぞ、いいぞこのスリル感! 手を放したら落ちてしまいそうなこの状況はぐっ……!?」

『喋ると舌噛むよ! しっかり掴まってて、ダクネスさん!』

 

 機動要塞の胴体甲板に配置され、接近する飛行物体を狙い撃ちにする警護ゴーレム『キラーマシン』が一斉に矢を放ってくる。それを、人を乗せた初フライトながら、ドラゴンは躱してみせ、けれど、雨霰と矢が襲ってくるので着地できそうなポイントへは辿りつけない。

 

『くぅ、思ったよりも弾幕が激しい。これじゃあ、ゴーレムのど真ん中に落とすしかないぞ!?』

「構わんっ! 私を落とせ! 一刻の猶予もないんだから、仕方がない! 遠慮するな、仕方がないのだから! 乱暴に投げ捨ててくれても良い! むしろそうしてくれっ!」

 

 背中で力説するダクネス。いや、もう自ら飛び降りそうな気配に、こちらも焦る。

 

『もう、こうなったらしょうがない! 強行突破するっ!』

 

 飛来してくる矢を避けずに構わず、この『冬将軍』と同じ鎧装甲で受け弾きながら甲板の『キラーマシン』目がけて突進を仕掛ける。フライングアタックで蹴散らし、さらに両翼と尻尾を振り回すようにローリングして、その場にいた警護ゴーレムを一掃。その出来上がった空白スポットへ、ロデオ以上に荒ぶる乗り物にどうにかしがみついていた聖騎士を落とした。

 そして、飛翔。

 飛び去るドラゴンへ、増援で駆け付ける『キラーマシン』が弓を向ける――が、そうはさせまいと『クルセイダー』が吼えた。

 

 

「お前たちの相手は私だ! ――『デコイ』ッ!!」

 

 

 甲板に新品の大剣を刺し、柄に両手を掛け、周囲警護ゴーレムに埋め尽くされた状況でなお仁王立ちするダクネスが、『囮』スキルを発動させた。

 

「敵地に放り込まれ、孤軍奮闘するしかない――この独り占めできる状況を私は待っていたッ!」

 

 未踏の処女雪を踏み荒らしてはしゃぐ子供のように、満面の笑みな聖騎士。

 この『キラーマシン』たちをひきつけさせる殿のおかげで、ドラゴンは離脱に成功、そして、ダクネスの『囮』によって邪魔な迎撃がなくなったところで、機動要塞へ突貫を仕掛ける!

 

 ご先祖様の勇者もまた機動要塞『デストロイヤー』に挑んだという。

 大魔神を召喚したり、隕石を落としたりとしたそうだが、大魔神をもってしても機動要塞を守る結界を破ることはできず、また空から降ってくる隕石も着弾するまで時間がかかり過ぎなので普通に避けられる。

 『あのバカ、何あそこまで無敵仕様な『闇の衣』にしてんの』と、初代神主の冒険記(にっき)でもある『悟りの書』にそう愚痴っ(かかれ)てたけど、『デストロイヤー』への挑戦とはすなわち“初代越え”の偉業になるのだ。

 

『我が名はとんぬら! ドラゴンにして、紅魔族随一の勇者! そして、伝説を超えていく者!』

 

 全身全霊で、機動要塞にぶちかます!

 

『―――』

 

 上位悪魔や魔王軍幹部と打ち合ってきたとんぬらは、機動要塞の突進に触れた瞬間、すべてを知った。

 頭ではなく、体で理解した。

 何故、今まで人類魔族魔物の誰もが、『デストロイヤー』の蹂躙を止められなかったのか。ご先祖様の召喚した巨人でさえ無理だったのか。

 ドラゴンに変身して力を解放するだとか、この天災も同然の巨大兵器にそんなもの、最初から何の意味もなかったということを――

 

 

「とんぬらーっ!?!?」

 

 光り輝くその巨体が、撥ね飛ばされた。激しく錐揉み回転しがらカズマたちのいる街門の方へと吹っ飛んできた。

 衝突事故を起こしたドラゴンの全身装甲が罅割れて、活動時間の限界を告げるカラータイマーのように目の光が点滅している。いや、これは挽肉になってないだけでも良かった。大型モンスターでさえ鎧袖一触で即死の脅威に立ち向かっておいて、原型を保つのは流石だと賞賛すべきだ。

 

「めぐみん、ウィズ、爆裂魔法の準備を! アクアと魔法使いの皆さんはとんぬらに水を!」

 

「わかってます! こんなところでとんぬらがやられたら、私は本当にあの子に会わせる顔がありません!」

 

 やはり、無茶だったのか。

 今の衝突で、『デストロイヤー』の分厚い魔法金属装甲に大きく凹みができた。でも、止まらない。ほんの一瞬、本当に刹那、止まったかもしれないが、こちらにはまったくその瞬間は捉えられなかった。

 そして、このままだと街を蹂躙されるよりも先に地面に転がっているとんぬらが踏み潰されるだろう。次こそは絶対にお陀仏だ。

 

「ドラゴンのデカい身体じゃ、運んでもらうのだって無理がある。どうにかとんぬら自身に動いてもらわねーと!」

 

 見れば、ダストを筆頭に何人かの冒険者が倒れるドラゴンへと駆け付けようとしているがあれでは、馬以上の速度で疾走する『デストロイヤー』の方が早い。加えて、アクアならば届かせることもできるかもしれないが、水魔法をかけるにも距離が遠すぎるという。少なくとも『冒険者』の初級水魔法では無理だった。アクアにしても今の渾身の結界解呪の消耗から立ち直るにも時間を要しているよう。

 だったら、やる前にやるしかない。

 

「なっ!?」

「こ、こんのうっ!? でかい図体をして猪口才な真似をッ!」

 

 研究者が移動指示を出したのか、膨大な魔力反応を機動要塞に備え付けられたセンサーが自動察知したのか。急に『デストロイヤー』は、直進をやめて、ぐねぐねと右に左に身体を揺らすようにフェイントをかけてきたのだ。

 これでは脚に狙い定めるのが、難しい。九回の裏ツーアウトツーストライクノーボールの打席に立たされているよう、相手にはまだ遊び玉はあるが、こっちは一度でも空振ったらゲームセット。しかもバッターボックスに立つ片割れは、がちがちに震えているという。

 

 そんな転生前の、交通事故に遭いそうな場面が過るほどに絶体絶命の状況に、一陣の風が戦場に舞い込む。

 

 誰よりも早く、機動要塞よりも早く、何もかもをゴボウ抜きする。『デストロイヤー』が進撃してきたその斜め後方の方角から差し込むように割って入ろうとする影は、銀色のワンドを振り抜き、

 

 

「『メインストロム』――ッ!」

 

 

 水属性の上級魔法。

 激流の竜巻を倒れるドラゴンへと浴びせ、彼女の魔力が染み入っていくように装甲の罅が埋め直される。

 

『ゆん、ゆん……』

 

 そして、掠れた目の光が、より強い輝きを放つ。

 

「もう……っ! もうもうもう……っ! やっぱり無茶してたわよっ!」

 

 隠しようのない涙目を赤く光らせるゆんゆんのお怒りは遠目で見てもわかるほど。復活したドラゴンはたじろぎながら、

 

『帰って、来たのか……?』

 

「来るわよっ! 当然じゃないっ! 私はあなたのパートナーなんだからっ! 少しくらい待ちなさいよっ!」

 

 長距離疾走でバテているゲレゲレの背から飛び降りた少女は、ポカポカとドラゴンを駄々っ子殴りしてから、抱き着いた。

 でも、状況はそんないちゃついている場合じゃない!

 

『早く逃げろ二人ともーっ! 『デストロイヤー』はすぐそこまで迫ってんぞーっ!』

 

 拡声器で呼びかける。

 『デストロイヤー』はフェイントをかけながらも進路変更まではしていない。早く逃げないと危ない。

 

『ボロボロに負けちまったが、このまま尻尾を巻いて逃げると夢に出るくらいに悔しい。ゆんゆん、もう一度、チャンスを……俺を信じてくれないか』

 

「もう……信じてるわよ、とんぬらのことを誰よりも」

 

 ついに視界を埋め尽くすほど近距離に迫った『デストロイヤー』、それを見据える二人はそこを動かず。

 『アークウィザード』にして、『ドラゴン使い』である『ドラゴンロード』は、勝利を祈願するように両手を組み合わせたポーズを取りながら、最強を望むパートナーに魔法を謳い上げる。

 

「『速度増加』! 『筋力増加』! 『体力増加』! 『魔法抵抗力増加』! 『皮膚強度増加』! 『感覚器増加』! 『ブレス威力増加』! ――そして、『光刃付加』ッ!!」

 

 その瞳の光が乗り移ったかのように、ドラゴンの全身に燃え上がらんばかりに赤い輝きを放ち始め、鎧籠手の如き両手の爪より、光迸る刃がエンチャントされる。

 それは紅魔族が好んで使う、術者の魔力次第でどんなものでも切り裂ける必殺魔法『ライト・オブ・セイバー』の輝き。

 通常であれば、自身の手から出す上級魔法を、『使い魔契約』を介して、パートナーの腕より放出させる。かつて、『ドラゴンブレス』の魔力を移譲されて『ジゴスパーク』を放った時とは逆のことだ。

 そう、『光刃付加』は『ドラゴンロード』ゆんゆんオリジナルの『竜言語魔法』!

 

 そして、最後にリミッターを外す魔法を、組んだ手の指に嵌められた『雷の指輪』にそっと口づけするように、唱え

 

 

「絶対に勝ってきて! ――『本能回帰』にゃ」

「『セイクリッド・クリエイトウォーター』――ッッ!!!」

 

 

 寸劇のコントのように、大洪水が二人の頭上に降り落ちた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「ふぅ、これで『アクアアイズ・ライトニングドラゴン』も全快ね。この私の女神様パワーを受け取ったんだからきっとさっき以上に元気になってるはずよ!」

 

 いい仕事をしたと手の甲で額を拭ってみせる水の女神様。

 今、こいつがしたのは、良心的な救命行為のつもりであったのかもしれないが、アンパンヒーローがクライマックスなキスシーンのときに、新しい顔にチェンジしたような行為だ。しかも元気百倍に復活した直後に。

 この場にいる、街を(渇きを癒してくれるかけがえのない心のオアシス(サキュバス))を守らんと決死隊となった冒険者たち(大半が独身男性)にとって、ああも戦場のど真ん中で絆を確かめ合うように二人の世界に入られては胸にくるものがあったけど、こうまで盛大に水を差さなくても良かったろうにと、今は同情しかない。

 

「紅魔族的に今のを台無しにされるとは、かなり残念ですね。これは同情しますよ、ゆんゆん、とんぬら」

 

 薄幸の少女に不幸属性の少年、そんなある意味お似合いな同級生らを見て、紅魔族随一の天才は憐れみを含んだ声を洩らす。

 

「空気読めよアクア!」

 

 みんなを代表して、総指揮官を任されるカズマが突っ込んだ。

 

「え、え? なんでみんな私を非難するような目で見るの!? カズマに水って言われたから、疲れてたけど私、頑張ったのに。今度はちゃんと被害が出ないよう加減だってしたのに!!」

 

「一番いいところを水に流してくれてんじゃねーか! おまえ、やっぱとんぬらにとって疫病神なんじゃねーのか!」

 

「はあ!? 疫病神ですって! 私は可愛い信者のためなら何だってする女神様よ! 撤回して! ちょっと今の発言は撤回して!」

 

 なんて、言い争いをしてる場合ではない。

 機動要塞はすぐそこまで来ているのだ。

 

 

『――グオオオオオッッッ!!!!!!』

 

 

 轟くドラゴンの咆哮が、皆を一気に覚ます。

 押し倒すようにその巨体で覆い傘にし、咄嗟に大洪水から守ったゆんゆんから離れ、ドラゴンとんぬらは『デストロイヤー』を睨む。

 その青く光る双眸で。

 

 支援魔法をかけられ……今の水をぶっかけられたおかげで体力魔力も全快以上に精気溢れる。

 そして、すぐ近くに勝利を信じてくれるパートナーがいる。格好悪いところは見せられない。

 

『行くぞ、デカグモ! さっきの俺とは一味も二味も違うぞ!』

 

 『ドラゴンブレス』が、両翼から逆噴射。

 その反動を利用し、その巨体が弾丸となって飛び放たれた。急加速した突撃は音速の壁をも突破する。

 

 

『『ギガブレイク』――ッッ!!』

 

 

 電光石火にして、紫電一閃。

 青白い彗星は、難攻不落の機動要塞の幾重にも重ねられた防壁を突き破り、その身より迸る電撃が伝播。内部より『デストロイヤー』の全身に電流が走り、麻痺したかのように駆動部がショートを起こす。この上ない好機――!!

 

『ウィズ、今だ! そちら側の足を吹っ飛ばしてくれ!』

 

 皆が今の機動要塞を黙らせた破壊力に瞠目する中、すぐ気を取り直したカズマはウィズに指示を出すと、これまでの緊張を忘れ誰よりも目を大きく見開いて固まってるめぐみんに、

 

「おい、お前の爆裂魔法の愛は本物なのか? いつも爆裂爆裂言ってる奴が、ウィズに負けたらみっともないぞ? お前の爆裂魔法はあれも壊せないへなちょこ魔法か?」

 

「な、なにおうっ!? 我が名をコケにするよりも、一番私に言っていけない事を口にしましたね!!」

 

「だったらやってみろよ。とんぬらたちはやったぞ。これができないようなら、里一番の天才の肩書はめぐみんには似合わないんじゃないか?」

 

「いいでしょう!! そこまで言うならそこで、我が究極の破壊魔法の偉大さをとくと拝みなさい!! 必ずカズマが幸運だったと思い知らせてあげます!! 後で謝ったってもう遅いですよ!! そう簡単に許しませんから!!」

 

 煽れば初級魔法よりも簡単に対抗心に火が点いた爆裂娘は、バッと立ち上がり、勇ましく詠唱を謳い上げる!

 錆びついたかのように動きが鈍い『デストロイヤー』へ、

 かつては、凄腕の『アークウィザード』の名をほしいままにした、貧乏店主のリッチーと、そして今、頭のおかしい爆裂娘の名をほしいままにしている、ただ一つの魔法にすべてを捧げた『アークウィザード』。

 その二人の最強の攻撃魔法が、牙城に風穴を開けられた超高額賞金首へと放たれた。

 

 

「「『エクスプロージョン』ッッ!!」」

 

 

 ――まったく同一のタイミングで放たれた二人の魔法が、機動要塞の八本の脚をひとつ残さず粉砕した。

 

 

 ♢♢♢

 

 

『この機体は、機動を停止致しました。この機体は、機動を停止致しました。排熱、および運動エネルギーの消費が出来なくなっています。搭乗員は速やかに、この機体から離れ、避難してください。この機体は……』

 

 何度も何度も繰り返す機械的な音声を目覚ましに、とんぬらの意識は覚醒した。

 『ドラゴラム』はすでに解けて、仮面をつけた人間の姿へと戻っている。ただし、全力を出し切った後なだけに身体は動けない。腕も足も体も全部、『バインド』で拘束縄に縛られているよう。

 どうやら、今はこの機動要塞の内部のどこか一室、艦長席のある総操縦室というより生活するための居住空間にいるようだが、状況はかなりピンチの模様。

 

「ただでは転ばせてくれないとか……いや、もう何か諦めてるけど、不幸だ」

 

 『デストロイヤー』と最期を共にして、お星様になるのなんて真っ平ごめん。でも、体力も魔力も使い果たしすっからかんのとんぬらには、奇蹟なんて無理だろう。

 助けを待つしかない。でも、相当奥の方まで突っ切ったようで、とんぬらのいる最深部まで救援が駆けつけてくれるだろうか。

 とにかく、まずは立ち上がろうと適当に手をついた――ら、ガクン、と押し沈んだ。

 

「お、おろ……?」

 

 何かスイッチを押してしまったっぽい。いや、ぽいじゃなくて、押しちゃった。

 どうやら、自分の『不幸』は休む間もないくらいに仕事中毒のようだ。昨日今日と連続してイベントを起こしてくれるのだから、そろそろ溜まりに溜まった有給を消化させてやらないと。

 

 

『キドウメイレイヲカクニン。バンノウカイゴろぼっと・えりー、サイカツドウヲカイシシマス』

 

 

 プシュゥ! と開いた壁の向こうより白い蒸気を吐き出しながら、姿を現したのは、マシンゴーレム。

 それは、機動要塞の甲板に出て、今も表で戦闘をしている警護ゴーレム『キラーマシン』らとは、造型が違う。また色もブルーではなく、ピンク。

 サイクロプスのような一つ目(モノアイ)を光らせ、2mほどの体躯からエネルギーを覚えても、さほど脅威とは感じられないぽんこつ兵。

 量産型とは違うようだが、戦闘意思がない。あっても、とんぬらはほとんど動けないから変わらないのだが、こちらへ顔を向け視認すると、一つ目より赤い光が放たれる。

 

『――『コウマゾク』ノこーどヲショウニンシマシタ。どくたーカラノデンゴンヲジッコウシマス』

 

「お、おう……」

 

 把握できないまま状況は進んでいく。

 一体どうやって、この機械傀儡はとんぬらを紅魔族だと認識したのか。

 紅魔族は、体のどこかに、人に見られたらものすごく恥ずかしいマークがある。

 とんぬらのは臍より下の下腹部に刻まれているのだが、ぽんこつ兵の目はそこに向けられていた。透視して、その紋様(バーコード)をスキャンしたのだ。

 

『マズ、さとうサマヨリシャクヨウシタ『トキノスナ』ヲヘンキャクイタシマス』

 

 そう告げて、機体内部に収納されていた、ネックレスに砂時計がついた懐中時計をとんぬらへと差し出す。

 

「サトウ……それは、まさか俺のご先祖様の……」

 

 『悟りの書』より『デストロイヤー』を開発した『賢王』と猫耳神社の初代神主の関係を知ってはいたが、これには驚きだ。

 

『ソレデハ、デンゴンめっせーじデス。

 『――めんごめんご、すっかり返すの忘れてたわ。というか、機動兵器の暴走で返すの無理っぽい。ま、でも、お前さんが取りに来れなくてもいずれその子孫が取り立てに来るかもしれないので伝言を残しておく。

 この『時の砂』があれば時空を超えて、“あの世界”へ帰れるかもしれんと思ったが、俺の才能(チート)でもそれは無理だった。結局できたのは不老不死の呪法くらいだけど、それも生に飽いてやめました。使い易いよう魔道具に組み立てたし、それでも延滞利息分に不足してるなら何か好きなの持ってていいよ。つか、全部やる。廃棄品も含めて処理よろしく。じゃ』

 イジョウデス』

 

 ……なんか、すごくいい加減だな、『賢王』。

 返してもらった『時の砂』は凄そうなアイテムだけど、どうにも感動できない。もっとこう軽い感じじゃなくて、厳かな風に授けてくれないと心友の子孫もやるせない。

 精神的にどっと疲れたとんぬらはそのとき、自分を呼ぶ声を耳にした。

 

 

「とんぬらー! どこにいる! 返事をしてくれー!」

 

 

 それは、最初一緒に機動要塞に乗り込んだ聖騎士のもの。

 

「ダクネスさん! 俺はここです!」

 

「こっちか! 待ってろ今行く――おおっ!? ここにもゴーレムがいたか」

 

 救援に駆け付けた『クルセイダー』は肩当てとか籠手とかが紛失していて鎧装甲が破損しているようだが、満足そうな笑みを浮かべていた。いや、色っぽく艶やかに頬を火照らせている。よほど充実した一時を過ごさないとその顔はできない。

 ダクネスはとんぬらを見つけて、安堵の息を零し、すぐぽんこつ兵・エリーに気付いて、大剣を構えた。それを慌てて制止するとんぬら。

 

「待ってください! こいつは、害はないです。戦闘用とは違うようですから」

 

「そうなのか。ふむ、まあ、それならいいだろう。それよりか早くここを脱出するぞ。カズマたちが要塞の中枢へ向かって、『デストロイヤー』の心臓部(コア)を止めに行った。だが、私の、強敵を嗅ぎつける嗅覚が、まだ香ばしい危険の香りをかぎ取っている。……そう簡単には、終わってくれなさそうだぞ!」

 

 それには、とんぬらも同感だ。

 先程まで鳴り響いていた警告音性が止まったが、どうにも数多の不幸に鍛えられた厄介事センサーが、警報を鳴らしている。

 動けないとんぬらはダクネスに背負ってもらい……部屋を出る際、待機したままのぽんこつ兵へ、

 

「おい、突っ立ってないで、エリーも一緒に来い。どうやら、同じ『賢王』から作られた、『紅魔族』とは“兄弟”みたいなもんだからな」

 

 

 ♢♢♢

 

 

『ど、どうしましょう! これまで内部に溜まっていた熱が、外に漏れだそうとしているんです! 流石にあの大きさをテレポートすることはできませんし! 『デストロイヤー』の前面部に大きな風穴が見えるでしょう? あそこから熱が漏れ出しています! このままでは、あそこから街を目がけて……!』

 

 メタリックなのやら弐号機やらSな中ボスやらと並み居る警護ゴーレムを冒険者たちを率いて蹴散らし、中枢へ到達。

 自爆間際の機動要塞のコアである永久に燃焼し続ける希少な鉱石『コロナタイト』を、『スティール』で取り出し(手を火傷しかけた)、『ドレインタッチ』で魔力を補給したウィズに全責任は取ると言って『ランダムテレポート』を頼み、この世界のどこかへと飛ばさせた。人のいる場所よりも、無人の場所に送られる可能性の方が、ずっと確率は高いはず。それに、運だけは良いのだ。

 

 しかし、一難去ってまた一難。

 こうなったら、あの息の根を止めてもはた迷惑な機動要塞へ、もう一度爆裂魔法をぶちかまして木端微塵に消し飛ばすしかない。

 

「とんぬらぁっ! 早く出てきてぇっ!」

 

 力を出し尽くして、動けないゆんゆんが必死に声を張り上げ、その名を呼ぶ。

 そう、まだあの機動要塞の中には、とんぬらが、そして、とんぬらを救助しに行ったダクネスが残っている。

 

「早く帰ってこい、二人とも……!」

 

 すでに『ドレインタッチ』で、アクアの無駄に有り余る魔力を、めぐみんに供給して、いつでも爆裂魔法を撃てる準備は整っている。

 だから、あとはとんぬらとダクネスが脱出さえしてくれれば……!

 

「くっ……! カズマ、そろそろ魔法の維持が限界に近づいてきましたよ! いっぱいいっぱいまで魔力を供給させてもらいましたから、早く出さないと私の身体がポンッとなりそうです!?」

 

「おいバカふざけんな!? 頑張れ、めぐみん! お前は紅魔族随一の天才だろ! とんぬらとダクネスが来るまで堪えろ!」

 

「ぐぅ……! 維持が難しい! 早く出てきてください! ダクネスっ! とんぬらっ!」

 

 我慢の限界が近い。

 目だけでなく顔も真っ赤に踏ん張るめぐみん。そうでなくとも機動要塞の残骸ももうすぐ爆発しそうだ。

 

 

 ドガンッ! と『デストロイヤー』の装甲が内側から弾け飛んだ。

 

 

 そして、破れた壁から顔を覗かせたのは、一つ目。

 

「まだ、活動停止してないゴーレムがいたのか!?」

 

 マシンゴーレムは斧を持ち、壁に思い切り叩きつけて、穴を広げている。それが2mほどのガタイが通れるほどのスペースを確保したとき、のっそりと外に出てくる。

 こんなときに……っ!

 誰もが歯軋りしたそのとき、ぽんこつ兵の後ろに続いて、全身ボロボロの聖騎士と、彼女に背負われている仮面の少年。

 ダクネスととんぬらだ!

 ゴーレムに道を切り開かせて、最短距離を突っ切ってきたのだ。

 

「ダクネス! とんぬら! 早く走れ!」

 

 他の冒険者たちも脱出したばかりの二人へ声を飛ばす。それに、急いでとんぬらはダクネスの背から下りて、自力で走る。重荷のなくなったダクネスも速度を上げて全速力。

 

「もう限界です! 『デストロイヤー』が……っ!?」

 

 『デストロイヤー』につけられた今にも弾け飛びそうな大きな亀裂を監視していたウィズが悲鳴を上げる。

 

「二人とも跳べぇぇええええっ!」

 

 カズマの精一杯の大声に、ダクネスととんぬらは一斉に前に飛んで、めぐみんが張り裂けんばかりの声で魔法を唱えた。

 

 

「『エクスプロージョン』――ッッッ!」

 

 

 ………

 ………

 ………

 

 『デストロイヤー』は、今度こそ完全に大破。爆裂魔法によって跡形もなく粉砕された。

 

 ダクネスも無事だ。

 あのぽんこつ兵が爆風を遮る壁となってくれたおかげで、大怪我を負うことはなかった。

 とんぬらも、自力で立ち上がり――ふらっと、頽れた。

 

「とんぬらっ!」

 

 まさか、何か当たり所が悪かったのか!?

 隣のダクネスが、地面に倒れ伏すとんぬらに気付き、そして、一目散に相方の少女は駆けつける。

 

「とんぬらっ! とんぬらっ! とんぬらぁっ!!」

 

 真っ白に燃え尽きたように動かなくなった相方の少年、ダクネスが身体を抱き起した彼の、力なく目を瞑る顔がゆんゆんと相対し……

 

 

「すぅ……すぅ……」

 

 

 ……安らかな寝息を耳が拾った。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 とんぬらは、限界だった。眠気が。

 まず昨日、屋敷に怪盗で忍び込んで帰ってからもいざこざがあり、寝てない。それに一昨日もチーズを大量生産するために徹夜で錬金釜を働かせてほとんど寝てなかったりする。

 そんなときに『デストロイヤー』警報が鳴って、無事生還したところで、ぷっつりと緊張に張り詰めていた意識がついに切れた。

 

『ややこしいなもうっ!』

 

 以上、少女の叫び。

 

 そんなわけで緊急クエストの後始末をするギルド職員らの誘導で、重傷者を回収する救急馬車に乗せられ、切り込み隊長として見事相手のどてっぱらに風穴を開ける活躍したMVPのひとりは『アクセル』へと送られていく最中に目が覚めた。

 がたごとと揺れる馬車に横たえられているのだが、寝心地は悪くなかった。頬に心地良い温もりが伝わってくる。

 

「あ……もう起きたの?」

 

 不意に頭上から声がした。どこか残念そうなゆんゆんの声だ。

 

「悪い……あと五分」

 

 夢を見ているような気分で、素直に欲求を口にする。頭を包み込むような、柔らかな温もりから離れるのが惜しかった。

 うん、という熱のある頷きが返され、延長に向こうも喜んでそうなので遠慮なく甘えさせてもらう。が、

 まったく、という薄い溜息が聴こえてきて、薄らと目を開けると、反対側の席で寝っ転がっているめぐみんのシラッとした眼差しがあった。そして、ボソッと呟く。

 

「……時と場所も考えずにいちゃつくようになるとは、これは族長へ報告する内容が増えましたか」

 

 ガバッ! と条件反射的にとんぬらは起き上がった。

 え……と頭を撫で梳いていたゆんゆんがまた残念そうな声を洩らすも、この状況が二人きりではないことに気付いた。

 

「まあまあ、めぐみんさん、構わないじゃないですか。とんぬら君はお疲れなんですから、ゆんゆんさんの膝枕くらいさせてあげても」

 

 そう弁護してくれるウィズ店長。

 

「そうだな。微笑ましいではないか。とんぬらは今回もまた大活躍したんだし、これくらいの褒美はあってしかるべきだと思うが」

 

 それからお嬢様騎士のダクネスまでいる。

 カズマとアクアはおらず、どうやら今回、特に消耗の激しかったメンツが馬車に乗せられているらしいところまでは把握した。つまり、当然、爆裂魔法を二度も撃った頭のおかしい爆裂娘も乗ってるわけで、密告者に今のを目撃されてしまった。

 

「別に私はやめろなどとは言ってませんよ。むしろ存分に寝てもらってても構いません。ほら、ゆんゆんも残念そうな顔をしてますよ」

 

「べ、別に私は残念な顔なんかしてないわよ……でも、とんぬらがしたいなら……膝を貸しても良いけど」

 

「悪いゆんゆん結構だ目が覚めた。だからめぐみん、話し合おう。誤解はきちんと解いておくべきだ」

 

 早口で舌を動かすとんぬら。

 もう手遅れな気もしているが、できる限り弁解はしておくべきだ。

 族長にはお宅の娘さんには指一本触れませんと誓っているわけだし、誤解されるのはよろしくない。すでに娘さんの指一本に指輪が嵌められて、それの報告がすでに当事者の娘から伝わっていることをまだ知らないとんぬら。

 

 で、そんな無駄な抵抗と露知らずに自己弁護を行おうとするとんぬらに対し、めぐみんはジト目で呆れた声を出す。

 

「いったい何が誤解なのか聞いてみたい気もしますが、私よりも先に話し合わないといけないのがいるでしょうとんぬらには。すぐそこに」

 

 紅魔族随一の天才からのご指摘を受けた。

 忘れているわけではない。ちょっと寝起きで混乱してしまったが、後回しにする気もない最優先事項だ。

 とんぬらはすぐ、まだ重い身体を起こし、ゆんゆんが座る席の前の床に膝をついて、頭を下げる。

 ギリギリ土下座ではない感のある謝罪に、ゆんゆんは目を丸くして慌てるが構わず、

 

「ウソを言って、悪かった。心配かけさせてしまったことも本当に悪く思ってる。反省する。……でも、本当の理由は言えないし、今後もこのようなことはあると思う」

 

「わ、私もとんぬらのこと責めちゃって、ごめんなさいっ! 言えないのはちゃんと理由があるんだってわかってるし、次からは一言断ってくれればそれで別に……本当はできれば、もう二度とこんな真似はしないでほしいんだけど」

 

「いいんですか、ゆんゆん。浮気は甲斐性だとかのたまう男性が世にはいるそうですが、一度許すと後々大変なことになりそうですよ」

 

「えっ」

 

 おかしいな。

 俺、こいつに仲裁を頼んだはずなんだが。

 

「うん……本当にとんぬらの服に女の人の匂いがついてたけど……最後は私のところに帰ってきてくれればそれでいいわ」

 

 この娘の嗅覚には今後は注意しないとならないようだけど、俺は一体どんな風に思われてるんだ?

 ウィズ店長とダクネスさんからの視線が段々と痛いものになってきてる。早く何とかしないと。

 

「わかった。ちゃんと帰ってくる。それから……不誠実な真似はしないから余計な心配はしなくていい」

 

「でしょうね、とんぬらにそのような真似は出来そうにないでしょう。紅魔族随一のプレイボーイのくせして、ヘタレですし」

 

「あんたこそ、俺を素直に弁護することは出来んのか?」

 

「二人ともめんどうくさいからこっちも対応はおざなりになっていくんですよ。まあ、『喧嘩するほど仲が良い』と言いますし、たまにならこういうのも良いんじゃないんですか? ほどほどしてほしいですけど」

 

「『喧嘩するほど』……『仲が良い』……!」

 

 と目を嬉しげに輝かせるゆんゆん。

 

「そっかぁ~」

 

「なんか納得したみたいですよそこのチョロい娘」

 

「納得してくれるんならなんでもいいよ、もう……」

 

「これからも時々喧嘩しようねとんぬら!」

 

「断固お断りだ」

 

 間違った解釈をするパートナーに、とんぬらは頭を抱えたくなってくる。

 今回の件で一体どれほど心労が凄かったんだと思ってるんだこの娘は。雨降って地固まるというが、しょっちゅう土砂降りに見舞われたら泥沼になる。

 

「あ……そういえば、めぐみんともたまに喧嘩してるわよねとんぬら」

 

「ゆんゆん、誤解しないでください。私ととんぬらはライバルで」

「いやあれは違うぞゆんゆん。この頭のおかしい娘にするのは、大半が説教で、一般常識の教育だ」

 

「おい、喧嘩を売ってるなら買いますよ」

 

「なるほど」

 

「おい! 二人には説教が必要なようですね!」

 

 爆裂魔法を二度も撃っためぐみんは残念ながら動けそうにない。

 

 そして、とんぬらは改まって、ゆんゆんを見つめて、目を逸らさず、己の意思を口にする。

 

「わかってる。隠し事をする、その詮索はしないでほしい。それが、ゆんゆんに無理を通してもらうのは。――だから、ゆんゆんからも何か俺に頼みごとをして欲しい。それでチャラだとは言わないが、その方が俺は幾分か納得できる」

 

「そんなの、いいの?」

 

「これは、俺が神主だからとかじゃない。…パートナーに通す筋としてゆんゆんの要望に応えたいんだ。できれば、俺のこなせる範囲であれば助かるが」

 

「わかったわ。それじゃあ……」

 

 ゆんゆんは指と指を突き合わせながら、チラチラととんぬらの顔色を窺いながら、

 

「じゃあ、これから一緒の部屋で寝よ?」

 

 ……無茶ぶりはなるべく遠慮してほしいと言ってなかったか?

 

「ほ、ほら! 私と一緒にいれば、サキュバスがやって来てもとんぬらを守れるから大丈夫じゃない? ……それに、結局お泊り会できなかったし、ね?」

 

 同性か異性で、夜寝室を共にするのは大きく意味が違ってくると思うのだが。ここは、三人の女性の意見を聞いてみるとする。

 

「なあ、めぐみん、また改めてお泊り会とかしないか?」

 

「いやです。しばらくヘタレの頼み事には耳を貸したくありません」

 

 両手で耳を塞ぐポーズを取られる。さっき頭のおかしい娘と言ったこと根にもってやがるなこいつ。

 

「ダクネスさん、常識的に考えてどうですか?」

 

「『男女七歳にして席を同じうせず』とも言うが、ゆんゆんの頼みごとを聞くと言ったのだ。ここは男を見せる時ではないか。……うん、一緒に風呂で裸の付き合いをするのよりも健全ではないか」

 

 石頭な人かと思ったけど、柔軟な思想もできてびっくりだ。それは比較対象の経験がおかしいからか。

 

「ウィズ店長、ここは大人としてのご意見を」

 

「大丈夫です、とんぬら君。ちゃんと防音用のスクロールは仕入れ済みです」

 

 俺は最初、この店長を、頼れる大人の女性だとパートナーに紹介したはずなんだが、ここのところぽわぽわ頭のネジが緩んでないか。

 

「何が大丈夫なんですかウィズ店長!? というかその魔道具は大声で詠唱しないと使えないという近所迷惑なものですよね!」

 

 俺の常識がおかしいのか?

 真面目に悩むとんぬら。何故こうもいつも味方はいないのだろうか?

 

「いや、なの……?」

 

「いやじゃない」

 

 うん、簡単に自分自身さえも裏切ってくれるし。

 本能のとんぬらがあっさりと反射的に返答してくれたおかげで、理性のとんぬらはますます懊悩する。

 

「……わかった。今日から一緒の寝室で寝よう」

 

「うんっ!」

 

 嬉しそうに笑むゆんゆんを見ながら、とんぬらは一度頬を自分で抓る。

 念のためにこれが、サキュバスのドリームサービスでないかと確認するために……痛かった。

 

「じゃあ、新しくダブルベッドを買いに」

「いくのはもったいないし、今あるのを並べて、ツインベッドでお願いします」

 

 

 今日、ご先祖様が果たせなかったひとつの伝説を超えたことを機に、とんぬらは決めた。

 

「ウィズ店長、頼みがあります」

 

「とんぬら君……お給料は、ちょっとまだ満足したものを払えそうには……いえ! ここは、『デストロイヤー』の懸賞金がでますから、これまでのも一括して色付けてボーナスを払います! 奮発しちゃいますよ! そうすれば、とんぬら君もダブルベッド購入できるでしょう!」

 

「それはもうほとんどボランティアみたいなものだと諦めてるんでいいです。後ダブルベッドを購入するつもりは一切ありませんのでその気遣いはまったくの無用です」

 

 次は――お師匠様を超える。

 

「明日から一週間、暇な時間でいいですから俺に付き合ってもらっても良いですか?」

 

 

「ほら、早速、浮気ですよゆんゆん」

「とんぬら、そんなウィズさんと……!?」

「実戦形式の訓練相手に! 特訓に付き合ってください!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 翌日。

 カズマ兄ちゃんが、国家転覆罪で捕まった。

 

 

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 闇の衣:大魔王のチート装備。この無敵仕様は、光の玉から放たれる神々しいパワーによって破れる。

 『光の糸が、大魔王に、絡み付き、闇の衣を、剥ぎ取った』

 作中では、対魔法結界の表現に利用。

 

 賢王:漫画版に出てくる勇者と共に大魔王と戦った大賢者。後の試練を与える師匠役のポジションに収まる。

 作中では『デストロイヤー』の開発者にして紅魔族の改造手術を行ったチート持ちの転生者を、『悟りの書』内で意味する単語に。初代神主とは同好の士。実は、心友にせがまれて動物言語を聞き分ける『猫耳バンド』の錬金レシピを考案したりもしている。

 

 ギガブレイク:言わずもがなな、最上位の攻撃スキル。落とした雷を充填し、闘気と魔力を爆発して放つ竜の騎士秘伝の魔法剣。

 作中では、ギガをゆんゆんが担当、ブレイクをとんぬらが担当。

 

 時の砂:戦闘の最初まで戻すアイテム。賢王が外見年齢も自在に変えられる不老不死の時の砂の呪文『サンズ・オブ・タイム』を作ったり、何故かカンダタ子分が持ってたりする。

 作中イメージは、ハリポタの逆転時計《タイムターナ》。

 

 エリー:Ⅶに登場。孤独な研究者が、『まじんぎり』が得意な斧持ちモンスターを基に作製(改造)したからくり兵。婚約者でもあった王女様の名前を冠している。開発コンセプトは『永遠に死なない存在』。『破壊の言葉』を回路から除去されたため花を愛でれる温厚なロボット。メイドのようにお世話でき、開発者が遺体になっても介護する。死と無縁な永久機関なからくり兵であるため、死が理解できない……

 街を救ったのにからくり兵であるために迫害されたり、人を襲ったと誤解されてバラバラにされたりと過去も現在も、ドラクエシリーズ屈指の壮絶な人生(機械生)を送るマシンモンスター。

 『キョウモ、ウゴカナイ……。ナニモシャベラナイ……』

 『すーぷ、サメタ。ツクリナオシ……』

 『ア…リ…ガト…ウ。えりー、ウレ…シイ……』

 台詞は、基本カタカナ、でもカタカナ読みはひらがなに。

 作中では、紅魔族の紋様(バーコード)を認証スキャンして、とんぬらをマスター登録。ご先祖様と心友であったチート持ちの研究者からの借用した『時の砂』の利子付の贈り物。『デストロイヤー』の活動源であった『コロナタイト』からちょっぴり削った小石サイズが動力源になってる設定。スピードタイプにして乗り物なゲレゲレに続く、パワータイプで荷物持ちな二体目の飼い魔物。

 三百六十五日二十四時間万全セキュリティのハウスキーパーとして、マスターが寝込みを襲われないように、夜中ベッドに忍び入ろうとする輩に対し、厳しいチェックをする障害(かべ)になる予定。ただし、機械的に雷系には弱いぽんこつ兵なので、要警戒人物には鉄壁ではなく障子紙。残念ながら今後のとんぬらの熟睡は約束できない模様。




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