この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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3話

 猫耳神社に保管される勇者著の『悟りの書』第82章。

 

『我が子孫へ、この章では、奇跡魔法の国語的な表現の利用法について記そうと思う。

 

 女神より授かった奇跡魔法は、何が起こるか全くわからない呪文。それが転じて、私の遠い故郷では、『嫁に『愛してる』と告げること』の意味もある。

 つまり、“愛してる(パルプンテ)”だ。

 よくわからないだろうから、ここに一例を書こう。

 

 結婚して一周年目。ふとその日が、嫁と初めて会った記念日だと気付く。

 出会ったその日を祝してか、サプライズプレゼントまで用意してしまった私は妙に意識してしまい、嫁へ普段口にしない言葉を発してしまった。

 

 『なあ』

 『なにあなた』

 『今まで言ってこなかったけどさ』

 『……うん』

 『『嫁』、今日までいろいろと支えてくれて感謝してる。ありがとう』

 

 嫁、ここで何故か泣く。私、気恥ずかしくて視線を逸らしていて気づかない。

 

 『その、“パルプンテ”――』

 

 嫁、耳を塞いで号泣。私、ようやく気付く。

 

 『いやよぉぉぉ……ごめ……ごめんなさいぃ……』

 『え、どどうした『嫁』!?!?』

 『許してぇ……猫耳だって付けるし、もっといい奥さんになるからぁぁぁ……』

 『いや、お前勘違いしてるな!? おい! 私の話を聞け!』

 『それでもダメっていうなら……もうあなたを■して私も■ぬ――『ライト・オブ・セイバー』!』

 

 上級魔法も含む刃傷沙汰となったが、私は、泣きつく嫁を、“にゃんにゃん”して、落ち着けさせることに成功。

 それから、隠してあったサプライズプレゼントを渡す。

 

 『これ……私に、なの?』

 『そうだ。むしろ、お前以外に誰がいるのかと訊きたいのだが』

 『だ、だって……これ見つけちゃって、私捨てられるんじゃないかって』

 『あー……それで別れ話と勘違いして泣いたのか』

 『だってプレゼントを隠すなんて今までなかったし。驚いたわよ』

 『まあ、慣れないことをして悪かった。でも、“パルプンテ”というのは、お前だけだよ』

 『あなた……その、お願いだから、もう一度、“パルプンテ”言ってくれる?』

 『ああ、構わないさ――『嫁』、“パルプンテ”』

 

 その後、嫁の要求で“パルプンテ”を何度か唱え、猫耳を付けた顔真っ赤にしてる初々しい嫁と無茶苦茶“ごろにゃーん”して、子供ができました。

 

 いったい何が起きたかわからないだろう――そう、だから、『パルプンテ』である。

 予測不能。現実は小説よりも奇なり。

 

 とにかく我が子孫よ。女に誤解を起こさせるような真似は絶対にややこしいことになる、奇跡魔法で大凶(おおはずれ)を出しちゃったときくらいに死にかけるので、するんじゃないぞ』

 

 

 ♢♢♢

 

 現在、里の観光名所となっている邪神の墓を弄ってくれたバカ者が出たらしい。

 昔の紅魔族が邪神と激闘を繰り広げた末に、それを封印することに成功した。その後、邪神を紅魔の里まで運び込んで厳重に管理することにした――なんてことはなく、『邪神が封印されてる地ってなんだか格好いいよな』と誰かが言い出し、どこかの誰かが封印した邪神を勝手に拉致し、里の隅っこに再封印。そんな我らがご先祖様ながら軽いノリで引越しした邪神の墓であるものの、封印はちゃんと施していた。

 だが、その封印が解けかかっていた。

 封印の欠片が数枚見つからず、墓に封じられている邪神や、邪神の従僕がいつ飛び出してもおかしくない状態だったらしい。邪神を対象とした封印なので、封印の影響をあまり受けない従僕が、封印の隙間から這い出しているかもしれず、再封印が終わるまでは、各自、ひとりで帰らず集団で下校するように――と各教室の担任教師から生徒たちに伝えられたその日の放課後。

 

「いらっしゃいませ! 紅魔族随一の喫茶店『デットリーポイズン』にようこそ! ――……やっと来たかゆんゆん。毎日あれだけせっついてやったのに、放課後遊びに誘うのにまさか十日もかかるとは思わなかったぞ。しかし一応、首席はライバルではなかったのか」

 

「き、今日はライバルじゃないの! それにめぐみんにも予定があるかもしれないじゃない」

 

「特別、私にお誘いを断る理由はありませんが。ゆんゆんが奢ってくれるといいますし。それに転校生が働いてるのを見るのも一興かと」

 

 放課後。喫茶店のテラスで、学校の帰り制服のまま寄り道したゆんゆんとめぐみんと、それを接客するマントを脱いで制服のシャツにエプロン姿のとんぬら。

 

「相変わらず、意地が悪いな首席。飯代に釣られてかかるとは」

 

「ゆんゆんから奢ると誘ってきたのです。気になるようでしたらあなたのバイト代から差っ引いてもらっても構いませんよ」

 

「イヤだよ。俺とあんたは、どっこいどっこいの清貧生活なのはわかってんだろ。ここは賄いだしてもらえるけど、その分バイト代が高くないんだよ」

 

「おや? この前、ゆんゆんにはデザート一品奢ったと聞いたのですが」

 

「おい」

 

 低い声で呼ばれ、ゆんゆんはびくっとする。

 

「え、とんぬらとここに来たことめぐみんに言ったらまずかった?」

 

「ゆんゆんが初めては友達がいいっていうから、あれは練習ってことになったんだろ」

 

「そうだけど……あんな風に相談に乗ってもらったこともなかったし、ずっと忘れないように日記にもつけたんだけど……」

 

 ちらちらと横目で見てくるゆんゆんに、思わず俯きかける額を手で支えながら、とんぬらは息を吐く。

 

「別にゆんゆんが誰と逢引きしようが、私は構いませんが……女子の情報網は広まるのが早いですよ?」

 

 暗に口止め料をよこせと言う紅魔族随一の天才に、お手上げだと両手を軽く上げ、

 

「わかったわかった。首席にも奢ってやるよ。ただし一品だけだからな」

 

「えっ!? 今日は私が奢るって話じゃないの」

 

「いいよこの前臨時収入が入ったし、ついでだ。ゆんゆんも好きなの頼めよ。練習の時、できる限りサポートしてやると言ったからな」

 

「でも」

 

「気になるんなら、また味の感想を教えてくれよ。あー……ここのデザートの味を知っておきたいけど、俺は甘い物は苦手なんだ」

 

「はて、このまえお菓子(ビスケット)を昼ごはんにしようとしていたような……?」

 

「お願いだから揚げ足を取るような真似はよしてくれ首席」

 

「そうですね。太っ腹な転校生に免じて、この辺りで勘弁してあげましょう。では、私はカロリーが高くて腹持ちの良い物をお願いします」

 

「めぐみん、女の子の注文の仕方じゃないわよ!」

 

「というか、普通にそこでデザート以外のメニューを選べるとは、あんた大物だよ」

 

「言われるまでもありませんが」

 

「わかったわかった。首席は『魔神に捧げられし仔羊肉のサンドイッチ』でいいな。……妹さんの分を分けて持ち帰り用に包んでおくか?」

 

「え、あなた、こめっこのことを知ってるのですか?」

 

「転校初日に、俺から昼ごはん(ビスケット)を獲ったときに妹がいるって自分で言ってただろ」

 

「よくそんな細かなとこまで覚えてますね……」

 

「揚げ足ばかり取ってくる口達者で小姑な女子クラスのトップは知らないかもしれないが、実は俺、男子クラスの中で成績トップで知力が高いんだよ」

 

「はは――紅魔族随一の天才の肩書は譲りませんよ」

 

「今はまだ首席に預けといておくさ。それで分けるのは半々でいいか?」

 

「いえ、3:7でお願いします」

 

「妹想いなお姉ちゃんで結構だ。――それで、ゆんゆんはどれにするか決めたか?」

 

「あ、それじゃあ私はカラシスパゲティで」

 

「………」

 

「ゆんゆん、あなた……」

 

「どうしてそんな目で見るのよめぐみん!?」

 

「だって、ここで転校生の気遣いをガン無視して、普通にメニューを決めるとはないでしょう。ここまで空気の読めない子だとは思いませんでしたよ」

 

「え、だって、今日の弁当私の分までめぐみんに食べられちゃったせいで、お腹減ってるし。それにこの前、とんぬらが食べてるのを見て美味しそうだったから。あ、私は自分の分はちゃんと払うから!」

 

「いいよもう。あんたら二人大物になるよ」

 

「ということですゆんゆん。ここは男の沽券を立てておくべきですよ」

 

「ああもう、めぐみん。ごめんね、とんぬら」

 

「こういうときは謝るんじゃなくてお礼を言ってくれ」

 

 ふたりからメニューを取ったとんぬらはすれた感じに厨房へと向かっていく。

 その姿が視界から消えてから、

 

「ねえ、めぐみんめぐみん。その、突然だけど、訊いてもいい?」

 

「なんですか? 久々の外食にありつけますし、大抵のことなら答えますよ」

 

「その、ね……」

 

 すぐにいかずもじもじした間を挟むゆんゆん。

 どうもこの嗜虐心を煽ってくる仕草に、めぐみんがとっとと言えと先を促そうとしたところで、

 

「めぐみんって、好きな男の子とかいる?」

 

「ゆんゆんが色気づいた!」

 

 その発言に吃驚して立ち上がっためぐみんを、あわあわとしながらゆんゆんが止める。

 

「ち、違うから! ほら、女友達との会話ってさ、普通は恋バナとかするものなんでしょ!? そういうのに憧れてただけだから! 別に、好きな人がいるとかじゃないからっ!」

 

「そうなのですか? まあいいですけど。なんというか、ゆんゆんは紅魔族の中でも変わってますよね。聞きましたよ、体育の時も格好良いポーズを恥ずかしがってろくに決められないとか」

 

「や、やっぱり私が変わってるの!? 私、小さいころから、この里の人たちって実は変なんじゃないかって思ってたんだけれど……」

 

 忌憚のない指摘に落ち込んでしまうゆんゆん。

 紅魔族であるなら、こういう時は『異議あり』と張り合ってみせるものの、この(紅魔族の中で)変わり者の娘はどうにも押しが弱い。

 

「で、ゆんゆんはどんなタイプの男性が好みなんですか?」

 

「えっ!?」

 

「するんでしょう? 恋バナ。ちなみに私は、甲斐性があって借金をするなんてもってのほか。気が多くもなく、浮気もしない。常に上を目指して日々努力を怠らない、そんな誠実で真面目な人がいいですね」

 

「誠実で真面目な人、かあ。めぐみんて、意外と優しかったり面倒見がいいところもあるから、その真逆なタイプのどうしようもなくダメな人に引っかかりそうな……」

 

 失礼な発言をするゆんゆんを実力行使で黙らせた。具体的にそのおさげを引っ張る。

 

「痛い痛い! じょ、冗談だから!」

 

「さあ、私は言いましたよ! ゆんゆんのターンです!」

 

「私は……物静かで大人しい感じで、私がその日にあった出来事を話すのを、傍で、うんうんって聞いてくれる、優しい人が……」

 

「まあ、友達のいないぼっちのゆんゆんは、社会適応能力がありませんからね。友達になろうと言いながら寄ってくる悪い男にコロッと騙されて、いいように使われそうな……」

 

「そういうめぐみんこそ、生活能力がないから簡単に路頭に迷い、好みのタイプとは真逆な感じのダメ男に、プライドを捨ててご飯奢ってくださいと泣きつく姿が幻視できたわ!」

 

「二度も言いましたねっ! これはもう容赦しませんよ!」

 

 ゴン、ガン。

 店内で取っ組み合いを始めようとした客二人を、お盆を片手で器用に中指人差し指親指で持ちながら厨房から出てきたアルバイトが、もう片手に持った棒で脳天を叩いて着席させる。

 

「い、いたい……」

「ふ、不意打ちとは卑怯ですね。これが店員の客への態度ですか」

 

「一エリスも金を落とさないヤツをお客様として扱っていいのかは疑問だが置いておこう。それ以前に時と場所を考えろ。紅魔族でもそうでなくても酒場でもない喫茶店で暴れるのはマナー違反だとわかるだろうに。なのになんでバトルっぽい熱い展開出しちゃってんの。あんたら女子会やってたんじゃないのか?」

 

「河原でバトルっぽいことをやって互いの親睦を深める話があるじゃないですか。私たちも、どちらが上かを決める血みどろの殺し合いをしなくてはならないようでしてね! これを機に親睦を深めてやろうとかと。ねえゆんゆん?」

 

「待って! 私にそんな覚悟ないし、普通にお茶を楽しむんじゃだめなのめぐみん!?」

 

「喧嘩をするならこのまま料理を下げて店の外に追い出すからな。これ俺の金で奢ったものだし」

 

「あ、すみません! お願いですからごはん下げないでください!」

 

 頭を押さえるゆんゆんとめぐみんに説教して、とんぬらは黒く光沢状の漆塗りされた棒を腰に戻し、テーブルに料理を並べる。

 

「……なんだか手馴れてますね」

 

「外でバイトは結構やってたんだよ。里にはちゃんと社会に出れるように学校があるけど、いくら才能があっても下積みもなしに最初からクエストに出れるなんて相当インチキしてないと無理だ。装備を整えるまでは、冒険者稼業は最初日雇いの仕事に精を出すのがもっぱらだ。子供だから中々雇えてもらえなくて大変だったけど、宴会芸スキルが役に立ってな。おかげでこんな真似ができるようになった」

 

 こほんと咳払いして声の調子を整えてから、ふたりの前に注文してない品を置く。

 

「サービスドリンクですお客様」

 

「「おおっ!」」

 

「これは、王国で流行してるカフェラテアートと言います。紅魔族風に言うなら『魔法使いの卵たちの初めての交流記念日を祝してカフェラテアート』――とな、こういうのはちょっとした記念(サプライズ)になるだろ?」

 

 表面にミルクでふたりの似顔絵を描かれたカフェラテアート。

 白黒写真かと見間違うほどの精巧な描写ではないが、きちんとめぐみんとゆんゆんの特徴を把握してる柔らかいタッチなキャラ絵。友達作りをサポートしてくれる神主代行は多芸である。

 

「中々憎い対応をしてくれますね。これには私も溜飲が下がりますよ」

 

「それはよかったよ。やった甲斐があった」

 

 しかしその強力な後押しになるサプライズに、最初は驚き喜んでいたぼっちの少女は、次第に満面の笑みを萎ませて、

 

「ど、どうやってこれ家に持ち帰ったらいいのとんぬら!? 持って歩いて揺れちゃったら絵が崩れちゃうよね!?」

 

「いや、普通にここで飲めばいいだろ」

 

「できないよ! 記念なんだからちゃんと保存しないと……! ――そうだ、初級魔法を覚えて、『フリーズ』で固めれば……」

 

「おい、そんな阿保な真似して卒業するな! きちんと上級魔法覚えるんだろ! それに、そのカップも店の物なんだし。喫茶店で飲んでもらわないと困る」

 

「じゃあ、その分お金払うから!」

 

 親睦を深めるために用意したのに、別方向へ目的がズレてしまってるこの奉納者に、神主代行はどうしたものかと頭を痛める。

 

「もう、あなたは本当にめんどうくさい娘ですね!」

 

 泣きそうな顔で、しまいにはカップを抱え込んでしまいそうになるゆんゆんに、横から手を伸ばしためぐみんがスプーンで絵をかき交ぜる。

 

「わああああああ!?!?」

 

「ほら、これで目が覚めたでしょうゆんゆん」

 

「なんてことしてくれたのよ、めぐみん……せっかく、とんぬらが描いてくれたのに……」

 

「また機会があったらやってやるから、そう落ち込むな」

 

「でも、また一緒に喫茶店に来れるかわからないし……」

 

 励まそうにもマイナス思考に入ってる少女は俯いたまま。

 ほんとこの娘どうしよう。めんどうくさい、と男女成績トップの二人は見合わせ、

 

「それなら、あなたがゆんゆんの友達になってあげればいいんじゃないですか?」

 

「あまりにもひどいのでそれを考えたこともあるが信条に反する。『飢えた人にキャベツを与えるか、キャベツの獲り方を教えるか』の違いだな。ただ願いを叶えるんじゃなくて、自立を促し叶えさせる。神頼みなんて、99の努力をしてきた人に、1の後押しをするのが神主の役目だと俺は思ってる」

 

「そうですね。その意見には同意しますが、この娘の場合だと、キャベツを一個も獲れずに飢え死にしてしまいそうで……」

 

「それにだ。友達になろうと言ってみろ」

 

 とんぬらとめぐみんが、ゆんゆんを見る。

 ふたりの注目が集まったゆんゆんは、口元に手を当て嬉し気に顔を赤らめながら、

 

「ふっ……、不束者ですが、これからよろしくお願いします!」

 

「この通り。人生の墓場まで決まりそうだ」

 

「なるほど。納得しました。あまり助け舟を出すのはこの娘のためになりませんね」

 

「というわけで。俺はゆんゆんとは神主代行と悩める奉納者という関係のままで行こうと思う」

 

「では、私はゆんゆんのライバルということにしましょう」

 

「ちょ、ちょっとぉ……! ふたりともそんないじわる言わないでよ!?」

 

 ひとしきり弄り甲斐のあるぼっち少女を笑いあったあと、ふとめぐみんはとんぬらに、

 

「そういえば、さっきゆんゆんと話題にしてたのですが、転校生の好きな女性のタイプはどういうのですか?」

 

「俺はその話し合いに参加してないんだが」

 

「いいじゃないですかこれくらい話してくれても。でないと、このめんどうくさい娘をあなたひとりに押し付けますよ」

 

「それは困る。正直、この奉納者は初めてにしては俺の手には負えなさそうなレベルでめんどうくさいので、ひとりでは無理だと思い始めてる」

 

「だから、そんなにめんどうくさいって言わないでよぉ……」

 

 うるうると涙目のゆんゆんを無視し、顎に手を当てるポーズをとったとんぬらは、5秒ほど考えて、

 

「そうだな。ご神体のような、猫耳の似合う娘がいい」

 

性格(なかみ)ではなく、外見で答えてくるとは。しかも、そんな特殊性癖まで暴露してくるとはさすがの私も思いませんでしたよこの猫耳フェチ神主」

 

「おい、訊いておいてそれは酷いんじゃないか首席」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「ほら、転校生。猫耳フェチのあなたに好みの女の子ですよ」

 

「そろそろ紅魔族随一寛大な俺の堪忍袋も切れかかってるぞ首席」

 

 お昼休み。

 今日も女子クラスへやってきたとんぬらを、珍しく出迎えためぐみんが腕に抱かれたものをニマニマとした顔で紹介した。

 

「にゃー……」

 

 それは、黒い子猫だった。

 より正確には、頭に赤い十字形の刺青のようなものがあり、背中に飾りつけのような小さい羽がついてる猫っぽい毛玉である。

 猫耳神社の一神主であるとんぬらは、黒猫の首筋を揉むように撫でながら目を細め、

 

「何かただならぬ気配を覚えるが……特に危険ではないかな? それで、その猫は何だ? 首席の使い魔か?」

 

「鋭いですね。昨日、こめっこが死闘の末に打ち倒し、お土産のサンドイッチがなければ我が家の晩ごはんになってたかもしれない凶暴な漆黒の魔獣を私の使い魔にして連れてきたんですよ」

 

「よし。首席の妹には一度生命倫理について説いてやらねばならんようだな」

 

 あわやリアル猫鍋となりかけたのをめぐみんは阻止し、そして自室に保護したけど家に置いておくとふとした拍子にかぶりついてしまう妹に食べられてしまいそうなので、使い魔という体で連れてきた。

 

「女子クラスの担任は、よく許可してくれたな」

 

「最初は反対されましたがね。しかしこの紅魔族随一の天才な私の弁舌で認めさせましたよ」

 

「それで名前はなんていうんだ?」

 

「とりあえず、クロという仮名を付けてますね」

 

「なるほど、ゆんゆんか」

 

「ねぇ、私ってそんなに変わってるの!? すぐわかったみたいだけど、それくらい私の名前付けって変なの!?」

 

 ふたりの会話を聞いていたゆんゆんが涙目で訴えてくる。

 

「それほど特徴的ではないが、紅魔族の中ではズレたセンスしてるだろうな。それに、名前がそのまんま安直だ」

 

「うう……私はこれが普通だって思ってるのに……」

 

 落ち込んだゆんゆんを放置し、

 

「それで、転校生。猫の声が聴けるとか言う変態嗜好な小道具を持ってませんでしたか?」

 

「仏の顔は三度までだぞ、首席。あと一回であんたを紅魔族随一の天才の座から陥落させるからな」

 

 軽口をたたきながら、とんぬらは常に携帯している猫耳神社のご神体にあやかって作成された猫耳バンドを取り出し、装着。

 中腰になって、めぐみんの腕に抱かれてるクロと目線の高さを合わせ、目上の人物を相手するときのように丁寧語で、

 

「猫耳神社の神主代行として猫は敬うべき霊獣と崇めております。貴女様のご出自を聴かせてもらえませぬか? ………ふんふん、『妾は、女神のうちの暴虐の半身なり。怠惰の半身はいずこにおるか?』………おい、あんたの自称使い魔は女神だそうだぞ」

 

「そうですか。どうやら、転校生は猫耳になると頭が残念になるそうですね。まったく、趣味嗜好は人それぞれですが、いくら猫耳に目がないからって、猫を女神と呼ぶなんて」

 

「よし。猫を置いて廊下に立て首席。今度は本気で奇跡魔法を当てにいってやる」

 

 魔法の杖代わりにもしている鉄扇をめぐみんに向け、かけたところで仕舞う。

 

「おっと。首席と遊んでる時間はないんだったな」

 

「そうですね。そろそろ構ってあげないとめんどうくさいぼっちが拗ね――」

 

 出入り口前に立っていためぐみんを避け、教室内に首を伸ばしたとんぬらは、手をあげて彼女の名を呼んだ。

 

 

「あるえ! 図書室に行くぞ」

 

 

「え……」

 

 その言葉に当てが外れためぐみんは瞬きして固まり、一番付き合いの長く、自分が呼ばれるものと思っていたゆんゆんは口を半開きにして呆けてしまっている。

 

「わざわざ迎えに来てもらってすまないねとんぬら」

 

 女子クラスの教室窓側、二列の前、ちょうどめぐみんとゆんゆんの席の前に座っていた女子。肩にかかる髪をお嬢様のように緩く巻いた、左目を眼帯で隠しているクラス成績で三番目のクラスメイトは、この前の健康診断で紅魔族随一の発育を記録したあるえだ。

 とても同い年には見えない大人びたあるえが、めぐみんとゆんゆんを横切り、教室を出ていく。

 

「気にしなくていい。それにあらかじめ待ち合わせの場所を決めてなかったのが悪い。――ほれ、手、握るぞ」

 

 一言断りを入れ、とんぬらがあるえの左手を捕まえる。あるえはそれを振り解くような抵抗も見せず、されるがままに手を繋ぎ、とんぬらに引かれていく。

 

「キミは大胆だな、とんぬら」

 

「猫耳のことか? 気になるなら外すが。いやしかし、俺から言わせればあるえの方が大胆な格好をしてると思うがな。普通に生活するのに眼帯は不便だろ。格好つけもいいけど、それでこけたら格好悪いぞ」

 

「そういうことではないんだが。まあいいさ。この眼帯は持って生まれた私の大き過ぎる魔力を制限するために身につけてるんだ。だから、学校に通ってる間は外すことはできない」

 

「雑貨屋でその眼帯が売られてるのを見たな」

 

「ふふ、作家は適当に話を作ってなんぼだろ」

 

 楽し気に会話しながら遠くなっていく、手を繋ぐ男女の背中。

 それを廊下突き当りの曲がり角を曲がり、姿が見えなくなったところで、めぐみんは教室内に視点を戻す。

 そこに、先ほどまでとは違う理由で打ちひしがれているゆんゆんの姿があった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「ねぇめぐみん。今日は、小物屋に寄って行かない?」

 

 馴れ合うのは昨日までのはずだったが、ゆんゆんは今日も寄り道を誘ってきた。

 別に、こちらはこの万年二位に対するライバル意識は薄いので構わないのだが。

 

「小物屋なんてこの里にありましたっけ?」

 

「鍛冶屋さんが、趣味で小物作り始めたんだって。その、め、めぐみん……」

 

「はいはい、学校帰りに友達と可愛い小物を見るのが夢だったんですね。……ですが、喫茶店でなくてよかったのですか? もう一度転校生にカフェラテアートを頼みたいと言っていたではないですか」

 

「めぐみん、そろそろ転校生じゃなくて名前で呼んであげなさいよ」

 

「イヤですよゆんゆん。あれは私のライバルとなりうるものですよ。気安く呼べるはずないではありませんか」

 

「え、あれ? めぐみんのライバルは私じゃないの!?」

 

「なら、寄り道するのはやめますか? ライバルは馴れ合うものではありませんから」

 

「き、今日まで! 今日までだから!」

 

 

 選ばれし勇者のみが抜ける聖剣(4年前にできた)が刺さった岩を店先に置いてある紅魔族随一の鍛冶屋。魔法使いの里に武器防具専門の鍛冶屋があること自体が間違ってると思われるが、一部の鎧マニアには評判なんだそうだ。

 紅魔族の『アークウィザード』が魔力をふんだんに使い、普通では扱えないほどの熱量を持つ炉を操り、製造される鎧は上質。とある大貴族のお嬢様が愛用しているそうだ。

 

 ただし、店主は巨大な大剣やら大斧やらハンマーやらを勧めるが、魔法使いが武器とするのは杖だ。中には異様に長い剣だとか複雑な形をした武器を好む紅魔族もいるけれど、里の人間にはあんまり需要がない。

 これでは鍛冶屋の生計が成り立たないので、趣味で小物を販売し始めたのだとか。

 

「世間一般では、小物と言ったら小さな武器ではなく、ファンシーなアイテムのことを言うのですが」

 

 店に並べられていたのは、ナイフやトンカチといった店前で売られてる大剣やハンマーを何分の一かにスケールダウンした、ある意味で小物である。

 

 これでは、女子らしい可愛らしい小物を求めるゆんゆんのお目にかからないかと思えば、そうでもなかった。

 

「……それが気に入ったのですか?」

 

「うん……」

 

 ゆんゆんが大事そうに手に取って見ていたのは、銀色の短剣。

 

(そういえば、昨日、“こん畜生”が『ドス』とかいう短剣(ナイフ)を持っていましたね)

 

 自分たちの優秀な頭脳を収めた頭蓋をひっぱたいてくれた、棒。

 それは、鍔がないのだが、あの“こん畜生”曰く『ドス』という勇者のご先祖様が考案したという短刀らしい。漆塗りという手法で、樹脂から作った塗料を何度も何度も塗り重ねた『ドス』は、とても艶のある綺麗な黒色をしていて、柄には猫の目のような綺麗な宝石が埋まっていた。きちんと銘もつけられていて、『猫の牙』というそうだ。ちなみにいつも使ってる鉄扇は『猫の手』という。

 

(……いつもなら『お揃いを狙ってるのですか』とゆんゆんをからかってやるところですが)

 

 今日作ってきた弁当の量が、いつもよりも多かった。毎日、ゆんゆんの弁当を頂いているめぐみんにはわかる。あれは、二人前ではなく三人前だった。結局、自分が二人前を平らげたけど。

 

 そして、昼休みの終わり。あの“こん畜生”に手を引かれたあるえが教室に帰ってくると、ビクッと震え、それからの午後の授業の間、黒板ではなく前の席に座るあるえの背中をじっと穴が開かんばかりに見て、それを隣の席のめぐみんはもう見てられなかった。

 きっと、図書室?で“こん畜生”と何をしていたの? と訊きたいのに、族長の娘のくせして引っ込み思案なゆんゆんはついぞ声をかけることすらできなかった。

 

 ……思い出すだけでイラッときた。

 

 自分のことでないにしても、浮気をする男は、好みではない。ゆんゆんの乙女心が面倒臭いものであるのは承知してるし、あれが、神主代行と奉納者という関係だと宣誓したのは昨日聞いたが、それでも昨日今日で他に目移りするのは如何なものか。

 よく世の中の大半の男性はスタイルの良い女性を好むと聴く。ゆんゆんも自分よりはそこそこ育ってるみたいだけど、あの自分と同じ12歳とは思えない巨乳をした紅魔族随一の発育であるあるえには敵わない。こっちでも万年二位なのだ。

 ならば、好みのタイプを聞かれて外見で答えるあの“こん畜生”には、ゆんゆんよりもあるえの方が魅力的に見えても仕方ないか――いや、そんなことはないはずだ。

 

「これは、一度あの“こん畜生”と紅魔族随一の天才の肩書を賭けて決着をつける必要があるみたいですね」

 

 女子クラスで断トツで成績トップのめぐみんは、紅魔族随一の天才の肩書を持つ。けれど、途中編入ながら一月も経たずに男子クラスで成績トップに立ったあの“こん畜生”も紅魔族随一の天才の肩書を名乗れる資格はあるのだ。

 今は女子クラスと男子クラスの評価は別々なので、どちらが上かは曖昧になっていて現状維持であるだけ。

 

 でも、ひとつだけ男女合同で行う授業がある。

 

 それは、野外の実戦。

 教師たちが戦闘不能にしたモンスターを生徒たちにトドメを刺させることでレベル上げを手伝う、『養殖』と呼ばれる紅魔族独自の風習。あれは大々的に教師総出で狩りを行って準備しなければならないので、男女合同の授業となるのだ。

 

 邪神復活疑惑で、今、大人たちが里周辺の危険なモンスターを駆除し、生徒たちの経験値稼ぎに手頃なモンスターをあえて残しているだろう。きっと明日の午前か午後の授業あたりで養殖をするはず――そして、男女合同で行われる野外実習で、一位を取り、優劣を決める。

 

「あれから勧誘はやめたようですが、“こん畜生”にあのぼっちは任せられません。私が手切れしてあげますよ」

 

 順当にいけば歴史の教科書に載るぐらいの大魔法使いとなることが確定視されるほどの資質を持った紅魔族随一の神童の双眸が燃えるように真っ赤に輝く。


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