この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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149話

「『ブレイクスペル』!」

 

「ふんっ! 攻撃を撃ってこい攻撃を! 激しく、痛く、気持ちのイイ一撃をな! さもなくば、こちらから行くぞ!」

 

 開幕早々に呪いの解除を試みたが、効果はない。

 これは自分の力量では解呪できないほど高度なものなのか、それとも呪いの類ではないのか。とんぬらはおそらく後者を推測する。

 何故ならば、聖騎士(クルセイダー)であるダクネスに呪いを施すとなれば相当なレベルでないと無理だ。かつて仮面の悪魔(マネージャー)の支配にも抗っていたその精神力と抵抗力は呪いではそう易々と陥落するものじゃない。

 そんな並列思考が分析する合間にも一気に押し寄せるアンデッドナイトへ、とんぬらも応戦する。人差し指と中指を立てて、一喝。

 

「『ターンアンデッド』!」

 

 だが、アンデッドナイトに浴びせられた浄化の光を弾け、霧散した。効果が薄い。

 

「ちっ、装備しているのは、『吸光鉄』製の防具か!」

 

 ゾンビ系に効果抜群の神聖魔法の威力を大きく削減する『吸光鉄』。これでできた鎧をアンデッドナイトたちは纏っている。生半可な浄化では降し切れない。

 

「とんぬら!?」

 

 襲い掛かるアンデッドナイトの内一体がとんぬらに剣を叩きつける。鉄扇を盾にして受けるも、軽い体はこれに踏ん張り切れず。得物の扇も手元から弾き飛ばされたとんぬらは吹っ飛ばされてしまう。

 背中で受け身は取れても勢い止まらず、そのまま出入口を通って部屋の外前まで転がってしまった。

 アンデッドナイトはさらに追い打ちを仕掛ける。

 幼児になっても変わらぬ、アンデッドを引きつけてしまう厄介な体質のせいで、ゆんゆんやクリスはターゲットにされずに無視され、とんぬらが狙われる。これを静観するのを許しておけるゆんゆんではない。

 瞬間、燃え上がる紅の眼光。

 

「とんぬらに近づかないで! 『ライトニング』!」

「させん! 『デコイ』!」

 

 だが、ゆんゆんが放った雷撃魔法は、またも邪魔される。真紅に灯る瞳が狙い澄ましたアンデッドナイトから大きく外され、雷撃で編まれた閃光の帯は、避雷針のようにダクネスが掲げ持つ長剣へと吸い寄せられていった。

 

「くぅ! 鎧を通して伝わってくる痺れ……なかなかの威力だ!」

 

 ダクネスが装備する『鎧の魔剣』は『魔術師殺し』を素材とした防具。その性能とダクネス自身のステータスも相俟った防御力はまさしく鉄壁。上級魔法クラスの大技でもなければダメージも与えられないだろう。

 ただし、唯一、ひとつの穴である雷属性は除いて。

 

「いい! 気持ちいい! ふはははははっ! もっと撃ってこい!」

 

「え、え、えええっ!?」

 

 しかし、ダクネスは身も心も頑丈(タフ)である。他の魔法使いの上級魔法並の威力はあるであろう紅魔族の『アークウィザード』の中級魔法でも、国随一硬い女騎士には気持ちいい電気刺激マッサージでしかない。

 

「だが、私にダメージを与え、害なすものは報復を受けることになる!」

「きゃっ!?」

 

 突如、バチンッ! と稲妻に撃たれたかのような弾ける痛みがゆんゆんの全身を走る。

 悲鳴を上げるゆんゆん。これにはクリスも親友に向けて厳しい眼差しを突き付けた。

 

「ったくもう、こっちはすっごく心配してたっていうのに! ふざけるのもいい加減にしてよダクネス――『バインド』!」

 

「緊縛プレイか。絞めつけるロープの感触が心地良い。――だが、私には物足りん!」

 

 行動不能にしようとしたが、ダクネスは全身縛り付ける縄の拘束すら、倍増されたステータスに物を言わせた力技で生糸のように引き千切ってしまう。

 止められない!

 魔法も拘束も物ともしないダクネスは、まだ痺れから立ち直れておらず動きが鈍いゆんゆんへ一気に距離を詰めて、剣の一撃をお見舞いする。

 

「へ?」

 

 大上段から、駆け抜け様に振り切る長剣は猛然と唸り――だが、当たらない。ゆんゆんに掠りもしない。

 アダマンタイトよりも頑健なダクネスは防御に関しては完璧なのだが、超のつく不器用さでそれに攻撃系のスキルは一切持ち合わせていない。

 それでも、ダクネスには恵まれた身体能力、今はそれをさらに底上げされていた。

 

「きゃあっ!?」

 

 狙い外れて地面に叩き込まれた、その地面を抉る剣先から一刀に乗せた力が拡散伝播するように、勢いよく土砂を撥ね飛ばす。着弾点から半歩ほど離れているゆんゆんだったが咄嗟に腕で庇う。

 そこへ続けて長剣を振るわれる。下から斜め上の斬り上げ。当たれば大ダメージ必至。でもやはり的外れな軌道。

 だが、大きく外れても扇風機の如き逆袈裟から生じた剣風がゆんゆんの身を煽る。バランスを崩されたゆんゆんはたたらを踏んで、動きを止めてしまう。

 

「ゆんゆんっ!」

 

 止まらずトドメの三撃目――といったところで、攻撃の手が止まる。様子が変だ。

 

「くっ、やるな! こうも我が剣を避け――くっ、何を、してるのだ。わ、たし、は……様の騎士で――っ!」

 

 ダクネスは剣を振るうのをやめ、頭を抱えてしまう。それは“抗っている”ように見えた。

 

 アンデッドナイトをこの身を盾にして庇えても、直接刃を向けるとなれば強い拒否反応が出る。

 しかしダクネスの身体はそれでも動く。操り人形が糸に引っ張られて支配者の望むままに動かされるように、長剣を高々と掲げ――だがそこに、部屋の外から、高速の飛来する物体が割って入った。

 

 

「必殺! 『爆冷脚』!」

 

 

 ――超局地的瞬間的暴風雪の如く。

 その脚の届く制空圏内にあったアンデッドナイトを一蹴。神聖魔法には滅法強いが普通の鉄より脆い『吸光鉄』素材、とはいえ鎧防具であるそれをお構いなしに蹴り飛ばす威力。

 

 それはとんぬらが店から履きっぱなしになっていたウィズ店長自慢の地雷商品、キック力倍増シューズによるもの。

 雪精によるアイシングを施して脚部を冷凍麻酔させることで、反動に襲う激痛を誤魔化したとんぬらだったが、その副次的な効果で、蹴撃は氷雪を纏うようになった。

 

 ウィズ店長の目利きに助けられることになるとは、まったく世の中何があるかわからない。パルプンテだ。

 とはいえこんな一歩加減誤れば足指が凍死しかねない無茶苦茶な利用法など客にオススメすることは断じて無理だが。とんぬらだって窮地を脱するためでも、こんな綱渡りは何度も御免だ。

 

「っ!」

 

 そして、とんぬらに蹴っ飛ば(シュート)された内一体のアンデッドナイトの頭がボールのようにダクネスの方へ。凹んでいる兜を被っている頭部が飛来することに気付いたダクネスは、長剣を振り上げるのを中断し、防御する。

 

「ゆんゆん、今のうちに下がるよ!」

「はい!」

 

 この好機に、救助に駆け付けたクリスがゆんゆんに肩を貸して離脱に成功した。

 距離を取り、片足ケンケンしながら『ヒール』をかけているとんぬらのもとへ二人は合流する。

 

「『セイクリッド・シェル』!」

 

 ゆんゆんとクリスが部屋から出て来るや、開け放たれた扉に設置しておいた小さな金貨(メダル)を触媒とし、ひとつしかない狭い出入り口を光の障壁で封鎖。向こうの追撃を防止する。

 

「後輩君、大丈夫かい?」

 

「ちょっと、ジーンときてますけど、問題ありません。それより、ゆんゆんは無事か?」

 

 ゆんゆんにも『ヒール』を施しながら先程、悲鳴を上げたことを問うとんぬら。でも、ゆんゆんも何が起こってそうなったのかわからないので、あまりうまく説明できない。

 

「わからないの。ダクネスさんに魔法が当たっちゃって、それでいきなりわたしにも電撃が……まるで、自分の魔法を受けたみたいに」

 

「うん、ダクネスも“自分に攻撃したら報復を受ける”って言ってたね」

 

 何だと……?

 ダクネスのスキル構成は防御系一辺倒で、反撃できる攻撃系のものは取っていないと聞く。だから、そんな反射ダメージを与える(しっぺがえし)なんて芸当はできないはずなのだ。

 だがそうなると、ダクネスを行動不能にするのに強力な攻撃手段は危険だ。

 そもそも地盤がマズい廃古城の地下空間で、高威力広範囲の上級魔法を連発すれば崩壊しかねない危険性があったので推奨できなかった。

 

(といっても、アンデッドナイトはまだまだ出てくるっぽいんだが)

 

 卵殻を破るように土壁から剥がれ落ちて新たなアンデッドナイトが顔を出す。

 地獄かと間違う瘴気で満たされた、陽の届かぬ地下空間は、アンデッドや悪魔が自然発生する。先程襲い掛かったアンデッドナイトは撃破してもまた次が補充される。この場にいる限りきりがない。

 それでもゆんゆんであれば中級魔法しか使えない制限があったとしても楽に殲滅できる。――『囮』スキルで妨害してくるダクネスがいなければ。

 

(ゆんゆんだって、親しい人(ダクネスさん)に攻撃する展開となれば躊躇する。思うように魔法が撃てなくなる)

 

 ダクネスが邪魔をしないように押さえておきたいところであるが、これも難易度が高い。

 まず先程実証されたが、腕力が強化されているダクネスは、『バインド』で拘束できない。大型モンスターも捕縛できるミスリル製ワイヤーであれば破れないかもしれないが、残念ながらクリスは持ち合わせていない。

 雪精の特性を使って、極寒の低温下に責めるという手段もあるが、精神面でもタフなダクネスならば耐えてしまえそうだ。以前、雪山に黒のタイトスカートと黒シャツのみという格好でも全然平気そうだったことをとんぬらは覚えている。昨年度までアクセル我慢大会を連覇してきた覇者は伊達ではない。

 ――でも、神頼みをするにはまだ早い。

 

「後輩君、ここは一旦離脱する?」

 

 不浄なるものの侵入を拒絶する『セイクリッド・シェル』の障壁が部屋の扉を塞いでいる。今なら地下から階段を上がって逃げられるはずだ。

 しかし、

 

「……いえ、時間を置けば戦力補充される。それに裏で糸を引く黒幕に気付かれたら、次から警戒されることになる。ここで、ダクネスさんを助けられるチャンスを見捨てる真似はできません」

 

 不退の決意を乗せた言葉に、クリスにゆんゆんもうんと頷く。

 

「私の任は、侵入者を倒す……いや、“遺産”を守ることだ。だから、攻撃は……でき、なくて、構わないはず、だ……!」

 

 この間も、半透明の障壁の向こうでは、ダクネスはまだ手で頭を押さえ、呻き声を漏らし混乱していた。頭の中に響き続ける強制に、どうにか屁理屈を捏ねて折り合いをつけようとしている。あんな苦しんでいる様子の彼女を放っておくことはできない。

 

「だよね。けど、ダクネスを抑えるなんて大変だよ。わかってると思うけど、ダクネスの丈夫さは半端ないから」

 

「この世界に完全無敵の存在なんていません。いくら頑丈でも、その丈夫さでも防ぎようのない手を打てばいいんです」

 

 事も無げにそんなセリフを吐いてみせるとんぬらに、それまで頭を抱えて何かに抗っていたダクネスがぴくんと反応する。

 

「私の防御でも抗えない、だと……! おもしろい! やってみるがいい! どんな責め苦であろうと、私は逃げも隠れもしないぞ!」

 

 となんかあっさりとさっきまでの葛藤など投げ捨てた。己の立ち位置が揺らいでいた雰囲気だったのに、仁王立ちでバッチ来いとアピールしている。

 

「後輩君、あんまりダクネスを興奮させるようなこと言っちゃダメだよ」

 

「いや、俺も煽ったつもりはなかったんですが」

 

 まだ部屋にはアンデッドナイトがいる。新手のアンデッドも出てくる。指揮官たるダクネスが気を取り直した以上は、また襲い掛かってくるだろう。

 張った障壁も大群をぶつけられていつまでも維持できるものではない。ガンガンガンッ! と剣を振り回し、我武者羅に叩きつけてくる衝撃が絶えることなく木霊している。

 

 猶予はあまりない。そんな極限下でもとんぬらの態度は変わらない。

 退かず、しかし、まだ進まず。

 ここで考えなしに手を出しては先の二の舞になる。だから、考える。

 違和感を拾う。可能性を探す。徹底してこの状況を洗う。純黒の瞳。この眼差しを赤熱に滾らせるのは決め時であって行動に移してからでも遅くはない。千思万考を一つにまとめるのに必要なのは、形なく捉えどころなく流れ広がる水を、凝縮させて確かに手に掴める氷とする、冷静なる意思。

 瀬戸際に得物も取らずに没頭するとんぬらに声をかけることなく、ゆんゆんとクリスの二人は付き合って待ってくれる。

 彼女たちは知っている。

 とんぬらは、頭が良い、諦めの悪い、そして、苦難に見舞われるほど潜在的な危機判断力、火事場の馬鹿力を発揮するタイプの人間だということを。

 やがて障壁の端に僅かな亀裂が走った時、とんぬらは口を開く。

 

「先輩、一応確認ですが、今、ダクネスさんの胸元の辺りにある十字架は、エリス教の新しいお守りというわけではないんですよね?」

 

「うん……あんなのあたしは知らないね。きっと異教徒のものじゃないかな」

 

 目を眇め、若干、不機嫌そうにそう語るクリス。

 普段の衣装と異なる点はないかと間違い探しをすれば真っ先にそれが目についた。

 鎧の胸元に、ダクネスが首から提げている黒塗りの十字架――あれは、エリス教のお守り(シンボル)とは違うものだ。自身のように神主という特殊な宗教観を除いて、とんぬらが知る限り、この世界の宗派は基本的に一神教のはず。他の宗派の洗礼を受けた象徴を身に着けるというのは非常識なのだ。それにダスティネス家は、代々エリス教徒と信仰に篤い家系。易々と他宗派に乗り換えたりするはずがない。

 

神に仕える守護騎士(クルセイダー)にダメージを跳ね返すスキルや幸運の女神エリスの加護の中にしっぺ返しする恩恵があるとは聞いたことがない。ダクネスさんもあの時、特に力を行使したようにもみえない。であれば、それはダクネスさんとは別の外的要因から与えられたものだと考えるのが妥当です」

 

「それが十字架(あれ)ってわけかい後輩君?」

 

「はい」

 

 聞き逃すほど早くはない丁寧な早口で、己が至った推理を語る。それから自分の経験から検索した解決方針を述べた。

 

「それでなんですが。前に、ダクネスさんが操られたことがあったんですが、その時は憑依した依代である仮面を剥がして正気に戻ることができました」

 

「つまり、あの十字架を取り外せたら、ダクネスは元に戻ってくれるってこと?」

 

「確証はできませんが、あれからは妙な気配を覚えます。解決の糸口になるでしょうし、可能ならばこちらで確保したい。ですので」

「『スティール』、だね後輩君」

「はい。でも、侮らないでくださいよ先輩。呪われた物品というのは装着者から離すのが大変です。『窃盗』スキルを拒絶することもあり得ます」

 

 『エルロード』の王子が身に着けていた指輪――この一例が、とんぬらに慎重を促す。

 

「なるほど。それにダクネスの周りには邪魔なアンデッドナイトがついてるし、標的にし辛い。――でもね」

 

 とんぬらの注意を認めた上で、言葉を切り、

 

「あたしは、狙った獲物は取り逃がしたことがない、天下の大義賊様だよ」

 

 この堂々とした、ノリノリな強気の発言を受け、これに応じるようとんぬらも笑みを返す。

 

「ならば、その盗賊団の下っ端が露払いをしたいのですが、先輩に二、三、頼みたいことがあります――」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 アンデッドナイトの剣が、邪魔な障壁を砕き割る、その間際――

 

「「『クリエイト・ウォーター』!!」」

 

 とんぬらとゆんゆん、二人声を合わせて、同時にアンデッドナイトへ魔法を行使。

 崩壊間近だった障壁ごと一気に、激流の勢いでアンデッドナイトを押し飛ばした。後ろにいたダクネスも複数のアンデッドナイトの身体が倒れ掛かられて後逸。部屋一面が水浸しになる。

 

「ぬっ!? 水責めか! 嫌いじゃない。嫌いじゃないが、私を震え上がらせたければ直に、それとこの三倍は出してこい! 冷たいのでも熱湯でも構わんぞ!」

 

「水垢離されてそこまで興奮するのはダクネスさんが初めてですが、これは水責めではなく布石――雪精よ!」

 

 勢いを止めたその瞬間に再び地下室内に踏み込みながら、とんぬらが八分に広げた鉄扇を振り翳す。起こるは、一陣の真冬の寒風。

 ヒュゥ――と精霊の、冷たい思念が染み入る。地下室内の色彩エフェクトを切り替えていくように、瞬く間に水濡れた地面を凍らせてしまう。

 

「はぶっ!」

 

 すっ転ぶダクネス。

 散布された水が氷結し、スケートリンクのようになった足場は滑り易く、機能性と俊敏性が高くないアンデッドは、まともに動けない。

 

「おっとと」

 

 足を取られるアンデッドナイトの前を、滑るように移動してきたとんぬらが、わざと、勢いよく転んでみる。以前に比べ遥かに力が劣るも、子供の全体重をぶちかますつもりで打ち込めば、立ち姿勢の安定しないアンデッドナイトも受け切れない。クリティカルに決まった。

 さらにドミノ倒しの如く吹っ飛ばされたアンデッドナイトの一体に当たってダメ押し、ダクネスもついにすっ転ぶ。

 

「お、お前らあまり動くな! こっちも上手く立ち上がれふぐっ!」

 

 もつれあってる前をとんぬらは滑るように移動。出入り口前の射線から外れる。

 

「今だゆんゆん!」

「『ブレード・オブ・ウインド』!」

 

 そして、ゆんゆんは部屋に入らず、外から援護射撃。風を切って吹き荒ぶ風刃が、死霊騎士を切り裂いていく。鎧装甲ごと割断。強力な魔力を保有する紅魔族の『アークウィザード』、の魔法はそれが中級魔法でも致命的な威力を発揮する。

 のしかかるアンデッドナイトが邪魔でダクネスもカバーに入れない。

 しかし、向こうも死兵。攻撃を恐れない。他のアンデッドナイトを肉の盾としてアンデッドナイトたちは、この障壁も壁役の前衛もついていない一人の(ぼっちな)発射台を潰しにかかる――

 

「甘いな。そんな単純思考で強引に押し通らせると思うか?」

 

 引っかかる。食い込む。細い細い、糸に。

 出入口向こうに立つゆんゆんの守りとして、幾重に張られた鋼糸――『盗賊』のスキルが一つである、『ワイヤートラップ』が出入り口に蜘蛛の巣の如く張り巡らされていた。女子供が潜り抜ける程度の隙間(あな)しかない防衛網、突撃しか能がない死霊騎士はこれに当然突っかかってしまう。

 

「『ライトニング』!」

 

 出入り口を塞ぐ格好となったアンデッドナイトは身動きが取れず避けようがないし、ゆんゆんも止まった的相手に魔法は外しようがない。位置的に後方のダクネスが何としようが庇いようがない。

 鋼糸の網の目を通す緻密なコントロールで放たれた雷の矢は、群がってきたアンデッドナイトを撃ち抜いていく。

 そして、防衛網が破られる前に次の手が打たれる。

 

「囮は、聖騎士だけの特権ではない。――『フォルスファイア』!」

 

 青白い光が指先に灯った瞬間に、アンデッドナイトの首がグルんとそちらへ回る。

 元々、体質的にとんぬらはアンデッドを誘き出し易い。アクシズ教の誘い文句のひとつにあるが、アンデッドにモテモテなのだ。それが口笛混じりに敵寄せの魔法を唱えれば、標的はとんぬらに固定され、他所にうつつなど抜かさない。

 

「とんぬらは、絶対、やらせない! ――『ライトニング』! 『ブレード・オブ・ウインド』!」

 

 ゆんゆんに押し寄せていたアンデッドナイトもこぞってとんぬらをターゲットロックし――その背中を見せたところを容赦なく撃ち込む。

 狙っていた展開であるものの、パートナーを狙う構図は一目でカッと彼女の沸点が達するに足る。

 連射に次ぐ連射。双眸より攻撃色(レッドシグナル)を発するゆんゆんから――きっちりと『ワイヤー・トラップ』を切り崩さぬよう針の穴を通す繊細な精度を維持し――繰り出される稲妻の五月雨撃ちと鎌鼬の五月雨斬りに、アンデッドナイトは次々と倒されていく。

 

「あんなに、あんなにもアンデッドナイトから狙われるなんて! なんて……(羨ま)しいんだ! なんて、許せん!」

 

 これを看過する守護者ではない。

 とんぬらに向けられる、妬みの篭った視線。

 目の前で、この配下と思しきアンデッドナイトをやり放題することに憤慨しているのだろう、ととんぬらはダクネスの心情を思う。

 となれば、彼女が出る行動はひとつ。

 ……実際その推理は外れているのだが、行動予測は偶然にも的中する。

 

「『ライトニング』!」

 

 長剣を凍った地面に突き立て、転ばぬよう支える杖とし立ち上がったダクネスが叫ぶ。

 

『デコイ』!(リフレクト!)

 

 引き合う磁石のようにゆんゆんの杖腕が、ダクネスへ振るわれる。雷霆の軌跡は一直線にダクネスへ迫り――そのダクネスの直前に張られた硝子のように透明な障壁に反射された。

 アンデッドナイトが群れるとんぬらのいる方へと。

 

「『ウインドブレス』からの――『ブレス・ライトニング』!」

 

 相方から放たれた電光石火のパスをキャッチし、楽団を指揮するよう腕を振るいて導きリリース。威力を減衰させず、より勢い盛んに上乗せ後押しをする魔法錬成『マホプラウス』。

 暴れ狂う風雷の魔力による範囲制圧。空間を圧倒する合作魔法が、群がっていたアンデッドナイトを吹き飛ばす。

 

「次から次へと増援が出てくるなここは。まったくキリがないが、俺のパートナーの後方支援は頼もしい限りだぞ?」

 

 また新たなアンデッドナイトが出現してくるが、こちらもまだまだいける。

 

「『ブレード・オブ・ウインド』!」

「なっ!? そうはさせるか! ――『デコイ』(リフレクト)ッ!」

 

 迷うことなく続けて杖を振るい魔法を放つゆんゆん。これに戸惑っていたダクネスも反射的に『囮』スキルを行使するのだが、しかしまたも直前で軌道が変わる。

 『デコイ』に差し込まれるよう張られる反射障壁魔法『リフレクト』によって。

 

「ダクネスさんが囮役になるのなら、そのダクネスさんを()()()()()

 

 『囮』スキルは、攻撃そのものに作用するものではない。あくまでも相手の照準を狂わして引き寄せるものだ。

 だから、放たれた攻撃を曲げてしまえばそれまで。

 ダクネスとゆんゆんを結ぶ最短の直線軌道という計算材料があれば、とんぬらの頭脳は、反射壁を張る位置座標は容易に導き出せる。パートナー(ゆんゆん)の魔法の呼吸なんてわざわざ読むまでもなく熟知している。であれば、このような芸当はアンデッドナイトから逃げながらでも鼻歌交じりにやれてしまう。

 

「『クルセイダー』の『デコイ』は攻撃を誘うが、『リフレクト』はあくまでも防衛行為。攻撃じゃない。俺はダクネスさんを守り、その結果、他に攻撃が飛ぶ」

 

「だ、だから、私の『囮』スキルが通じない、だと……!?」

 

「完全に通じてないわけではないが、こっちもそういう“誘い(いぢめて)”には慣れているというか、抵抗力が鍛えられているんだ! この最近はほぼ毎日な!」

 

 攻撃の範疇ではなくその誘引力が発揮し得ないとはいえ、ダクネスの『デコイ』はとびきり強く、それも被虐的に煽ってくる。

 しかし、とんぬらの鋼と称される精神力はそれを自制する。一流の芸者は、自らの感情を御する。そう、優しい気持ちになって、とんぬらは湧き起こされる嗜虐的な感情を押さえ込む。

 

「とんぬら――どんどん行くよ! 『ライトニング』!」

 

 最初は少し躊躇いがちなところがあったのか、ダクネスに魔法が当たらないことを悟ってからゆんゆんの連射速度が加速する。

 この猛烈な機関掃射(マシンガン)の如き魔法攻撃が直撃せずに直前で跳ね返らされていたダクネスは、頬を紅潮。はぁはぁと荒い息と共にその身震いを伝播させた声で、

 

「くぅ! これは焦らしプレイの一環なのだろうか!? このギリギリでのお預け感がまた……! なんて責めをするんだ……!」

 

「いや、そんなつもりは一切ないし、そもそも攻める気がさらさらないんだが」

 

「なんだとっ! アンデッドナイトに襲われるのを見せつけられるだけでももうあれなのに、魔法をも独り占めするとはどれだけ欲深なのだ貴様!」

 

 大いに不平を嘆かれ、逆に責められた。

 はあっ!? と驚くとんぬら。背後には転びながらも追い縋る死霊騎士がいて、更にそれを強力な魔法が追い打ちをかける状況だ。一体どこをどう見たらそんな嫉妬満々な眼差しを向けられるんだ?

 

「こうなったら、私から受けに行く! 『デコイ』ィーーッ!」

「ほい、『リフレクト』」

 

 吼えながら、果敢に前に出て攻撃を貰いに行くダクネス。

 だが、とんぬらもこれに対応。全身鎧という重りに、滑り易いつるつるとした氷床、これでは走ることもままならず、移動も遅い。即座にその前進分だけ座標を微調整してしまう。

 

「くっ、またも……! 『囮』スキルを使って、私がここまで攻撃をもらえないのは初めてだっ!」

 

 ならば!

 今度は、とんぬらに群れるアンデッドナイトたちの方へダクネスは駆け出す

 踵で滑りやすい氷の床を思い切り踏み砕きながら、強引に進んでいく。なんて力技。ボルテージが高まりたかが外れたパワーは、とんぬらも計算外だ。ダクネスの守護(ドM)意識を侮っていたか。

 

「うおおおおおーーっ!!」

 

「何がここまでダクネスさんを駆り立てるんだ? これほど洗脳が強いのか?」

 

 雄叫びあげるダクネスに呼応するよう新たなアンデッドナイトが彼女の周りに出現。

 死霊騎士団の先駆けをいく『クルセイダー』に倣い、横一線に隊列を組んで進撃する死霊騎士。この勢いを挫かんと、アンデッドよりもしぶとい不死身騎士へとんぬらは次の手を打つ。

 

「『コンフューズ・ティンダー』!」

 

 『ドライアード』からもらった山菜にあった野草を混ぜて錬成した『おかしな薬』

 とんぬら手作り(ハンドメイド)のこれに着火して焚いた煙幕は吸い込めば、ふらっと意識が落ちる即効性だ。

 

「……ふっ、このダスティネス、そんな小細工に不覚を取ったりはしない! 無力化したければ、もっと私が満足するようなキツい一発を撃ってこいッ!」

 

「くっ……! 王族護衛を任される近衛兵でも落としたんだが、こうも効かないとは――!?」

 

 頑強な精神力と状態異常への耐性を持つダクネス。

 ほんの僅かしか勢い衰えさせることのできなかったダクネスにとんぬらは驚愕する。

 

「だったら、ゆいゆいさん直伝! 特別製の――『パラライズ』!」

 

 これにすかさずゆんゆんが、ダクネスへ魔法を放つ。里での花嫁修業の際にライバル(めぐみん)の母親より“いざという時に旦那を落とす手段のひとつ”としてコツを学んだ麻痺魔法は、かつてダクネスをも陥落したほど強力――だが、それは過去の話。

 国随一頑固な『クルセイダー』は成長している。

 高い魔法抵抗力を有し、『鎧の魔剣』を装備するダクネスは、紅魔族の魔法であろうと怯まない。

 

「ぬるい。ぬるいぞォォォッ! 私の足を止めたければもっと痺れる攻撃を撃ってこなくては話にならんッ! ――そして、私に害した貴様たちは報復を受ける!」

 

「きゃあ!?」

 

 受けた災難を相手にも受けさせる復讐の呪いが、とんぬらとゆんゆんを襲う。

 

(なっ!? これは、跳ね返すのは痛み(ダメージ)だけではないのか!)

 

 跳ね返しの麻痺魔法にゆんゆんが悲鳴を上げて倒れ、とんぬらもクラッと頭がふらついた。

 

 っ、この程度いつもなら耐えられるはずだが……!

 歯噛みするとんぬら。

 人並み以上に状態異常耐性は鍛えられているつもりだったが、子供の身体で耐性が弱くなっている。とんぬらは滑走する氷上でバランスを崩し転倒。そして、それを目掛けてダクネスが大きく剣を振り被って――

 

「うおっ!?」

 

 思いっ切り上体反らしたところでバランスを崩して勝手に転倒。後続にいたアンデッドナイトを何体か巻き込んでしまい、重装備の骨兵らに埋もれるダクネス。

 防御は文句なしの鉄壁だが、攻撃は残念ながら不器用極まっている。

 しかし、これを回避していた他のアンデッドナイトたちが、立ち直るのが遅れているとんぬらを包囲。ゆんゆんもこれを阻止したいが、身体が動けない。動けぬ子ども(とんぬら)へついに鋭い剣先が突き刺しに迫った――

 

 

「――『スティール』!」

 

 

 寸前で、手が翳された。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「ダクネスとは長いこと組んできたからね。その『デコイ』の効力範囲も熟知してる。関知し得ない不意打ちには対応できないってね」

 

 『デコイ』は、攻撃してくる相手を認識できていなければその効果は薄い。無差別に働くスキルであれば、敵だけでなく味方の攻撃も引き付けてしまうことになるからだ。

 そして、『フォルスファイア』は、アンデッドだけでなくダクネスの注意をも術者(とんぬら)へ向けさせており、他からは意識を外されていた。

 

「ま、これも後輩君たちが頑張って好機()を整えてくれたからなんだけど」

 

 生気を追うアンデッドには『潜伏』スキルは通用しないのだが、それも光りに群がる虫のように、とびきり眩しい気配のするとんぬらがいたので、目が眩んで他が眼中に入らなかった。聖騎士(クルセイダー)のお株を奪う“囮役(デコイ)”であった。

 なので、『潜伏』して気配を押し殺していたクリスの『スティール』には、反応ができず、

 

「さあて、危ないものは取っ払っちゃおうか。ついでに身包みも剥いじゃうね!」

 

 ――『スティール』!

 後輩(とんぬら)を刺そうとした剣が奪われた。

 いや、剣だけではない。アンデッドナイトが装備していた『吸光鉄』の防具がクリスの足元に山となって積もる。

 天下御免の大泥棒な義賊の手腕に、無防備となるアンデッドナイト。

 

「っ、まずい!」

 

 今、浄化魔法を食らったら一網打尽にされる!

 アンデッドナイトを預けられていた指揮官であるダクネスは慌てるも、遅い。

 既に、仕込みは済んでいる。

 

「後輩君! 注文通りに置いてきたよ!」

 

「頼りになる先輩です! ――『サンクチュアリ』!」

 

 地面に両手をついたとんぬらが唱えるのは、彷徨える亡霊を成仏させる聖域魔法。

 それが、この地下部屋の三ヵ所、正三角形を描くよう等間隔に配置された『小さなメダル』――アクア魔金貨を触媒として発動される。

 

「なんて強力な聖域っ!? アンデッドにはひとたまりもない! だが――!」

 

 だが、それでも耐える。

 指揮官(ダクネス)からそのしぶとさが伝染(うつ)ったのように、塩のような結晶を蒸発させながらも現世に踏み止まるアンデッドナイト。

 それに第一、この地下空間は、地獄レベルで澱んだ瘴気で満たされていた。そんな場所に聖域を張るのは並大抵のことではない。自然、浄化の効力が弱化する。

 

「この程度……! 貴様らの策がこの程度ならば、耐える! そう易々と倒れたりはしない!」

 

「ああ。大枚叩いた大仕掛けはこれで完成ではない。こちらも本気(マジ)なんでな――『サンクチュアリ』!」

 

 聖域結界を展開しながら、さらにもうひとつの逆三角形の光の線図が浮かび上がる。

 それは、同じく配置されていたエリス魔銀貨を起点とする、聖域結界。

 貨幣とは一種の信仰の証だ。その価値が認められているからこそ、人の営みは成立できる。そこに篤い信仰がないわけではなく、神聖魔法のための触媒となり得る。

 そして、とんぬらは水の女神アクアだけではなく、その後輩である幸運の女神エリスも信仰している、この世界では稀な多宗教派だった。

 

「何!? 同時に二つの神聖魔法をだと……!?」

 

「本気で遊ぶことを知る聖職者は悟りを啓いた賢者の境地に達する」

 

 瞑想を経て、精神統一を完了し、遊び心を忘れぬ者が至れる、『悟りの境地』。

 師であるゼスタと同じ、二つの神聖魔法を同時に行使するとんぬらの本気で遊ぶ(マジアソビ)

 二つの儀式魔法を重ね合わせるよう右手と左手を組みながら、身の裡で脈々と継がれてきた紅き血潮のままに叫ぶ。

 

 

「冥途への渡し賃をくれてやる! 『ヘキサグラム・サンクチュアリ』!」

 

 

 △の聖域に、さらにもうひとつの▽の聖域が重なり、六芒星――二重に張り巡らされた複合聖域結界を為す。

 とんぬらとゆんゆんが相手をしている合間にクリスが仕事を済ませていた。計六ヵ所に硬貨を配置し回っていたのだ。

 この六文銭が織り成す二重聖域。とびきり濃密な瘴気が充満していたはずの地下部屋に、まるでスノードームであるかのよう音もなくゆっくりと真っ白な粒子が舞う。

 これに当てられたアンデッドナイトは蒸発するかのように影も残さず浄化、瞬く間に魂が召される。澱んでいた瘴気も一掃。もはや展開されている限り、この地下空間でアンデッドは出現し得ないだろう。

 

 そして、ダクネスはたったひとり――

 

 それでも、ダクネスは一対多で袋叩きに遭う状況であろうとむしろ上等、という心構えではあったが、一貫してこちらの狙いはダクネス本人ではない。

 

「その似合わない首飾り、頂戴するよダクネス!」

 

「っ! そうはいくか!」

 

 壁となっていたアンデッドナイトがいないダクネスに、義賊の手が向けられる。『盗賊』スキルの予兆。

 瞬間、クリスの狙いがわかるや、盗まれまいと胸元で揺れていた黒い十字架を握り締めるダクネス。

 何としてでもこれを奪われまいとする親友(ダクネス)の本気の抵抗の構え。これに苦いものを覚えたかのようにクリスが顔を顰めて、ピクンと腕に震え――その躊躇しかけた背中を後輩(とんぬら)の強い声が叱咤激励する。

 

「先輩、援助します! ――『ブレッシング』!」

 

 神の祝福を授ける幸運の支援魔法(ブースト)

 運ステータスが命中補正に関わる『窃盗(スティール)』、クリス自身の幸運補正もあり、いくらダクネスが抵抗しようとも義賊の奪取からは逃れられない。

 

 

「うん。ここまでお膳立てしてくれたんだから、これは決めなくっちゃ先輩としても格好がつかないね。――『スティール』ッ!!」

 

 

 より声にも力を込めて発したスキル。

 瞬く閃光。一瞬身構えたダクネスだったが、クリスは奪っていた。その胸元にあった黒い十字架――

 

「ああ! 頂いた十字架が……!」

 

「ううん、ダクネス。やっぱり君にはこれは似合わないよ。いつものダクネスならこんな小さなものにこだわらない。ダクネスが守りたい願ったのはもっと大きなもの、そうこのブラジャーのよう、に――……あれ?」

 

 ……と一緒に、胸部装甲の下に着込んでいたブラジャーを。

 ダクネスのグラマラスな肢体を包んでいた大人な下着を戦果として、義賊先輩はしっかりと掴み取っていた。

 

「ちょっと兄ちゃんのように、先輩の『窃盗』スキルもセクハラ仕様なんですか! だとしたら、下着泥棒盗賊団から一抜けしたくなるんですが」

 

「違うよ! わざとじゃないから! 狙ってないからね! そ、そうだ、これは後輩君が支援魔法を掛けるから! それであたしの運がおかしくなっちゃったんだよ!」

 

「ですから、俺のせいにするって理不尽ですって!」

 

 『窃盗』スキルは決まった。決まり過ぎた。まさかの戦果入れ食い(クリティカル)である。

 

「くぅ、『スティール』で剥ぎ取って私を辱める気なんだな! ――だがしかし、報復の加護はこれを断じて許したりしない、貴様も私と同じ目に遭うぞ!」

 

「ひゃぅ!?」

 

 漏れ出た悲鳴に反射的にその方を向けば、胸を押さえしゃがみ込むクリス。

 そして、ダクネスへと視点を戻せば、彼女の手に、清楚な感じの下着(ブラジャー)がひらひらと。

 

 ああ……

 目には目を歯には歯を。そして、下着(ブラ)には下着(ブラ)を。

 ブラジャーを奪われた“復讐(カウンター)”に、ブラジャーを取り上げられたのか。試合後のユニフォーム交換のように二人の間でブラジャーが行き来した。どちらも装備するにはサイズ的に不相応で無理そうであるが。

 なんて推理に呆然としてしまうとんぬらの前で、

 

「あ」

 

 ダクネスが掴んでいた下着から、ぽとりと何かが落ちた。

 これにダクネスは気づいていないが、目の前で足元に転がったそれをとんぬらとクリスは見てしまった。

 

「あっ、あっ、ああああ」

 

 石化の呪いを受けたかのように、目を見開き、手を伸ばしたまま硬直している先輩。一瞬『仕返しは倍返しなのか!?』と思ってしまったが、そうではない。

 奪われたブラジャーから零れ落ちたのは、それに張り付いていた布製の何か。角の丸い三角形の何か。

 宴会芸の一環で女装をすることもあるので、とんぬらもそれには見覚えがある。

 

 パッド、だ。

 アクシズ教の教典のひとつに(エリスの胸はパッド入りと)、エリス教の隠れ象徴(シンボル)だと語られる、女神様も装備するアクセサリーである

 

 スッととんぬらは顔を逸らし、遅まきながらも見て見ぬフリ。しかし当人はとんぬらのこの態度から察しちゃっており、

 

「ぁぅっ~~~~――」

 

 顔を真っ赤にしたクリス先輩は、今にも泣き出しそうだった。

 

「クリスさんが!? とんぬら、どうしたの?」

 

 『ワイヤー・トラップ』が張られた出入り口の外にいて、角度的にもその瞬間を見逃していたゆんゆんが心配そうにするが、同性であろうとこの手の乙女の秘密は知っちゃいけない類いである。

 何も言えない先輩に代わって、とんぬらがゆんゆんを制止。

 

「ゆんゆん、こっちに来るな!」

 

「でも、クリスさん蹲ってて大変そう……!」

 

「大丈夫、のはずだ。その、予期せぬカウンターパンチをもらってしまってそうなっているけど、まだ傷は浅いから」

「浅い? ……何、私の胸が浅いってバカにしてるのかな後輩君……?」

「(ちっ、違いますから! 俺は、先輩は、懐の広い方だと存じております! そんなことより早く立ち直らないとゆんゆんにも見られて傷が広がりますよ!)」

「そんなことって、後輩君! 私……あたし、これを他人に見られたのは初めてなんだよ!」

「(俺のせいでも何でもしていいですからとにかく落ち着きましょう。じゃないとゆんゆんがこっちに来ます。ダクネスさんも気づきます。そしたら目撃者が増えます。いいんですか?)」

「くぅぅぅ~~……ッッ」

「(ですから、ここは何事もなかったように平然とした姿勢を貫きましょう。俺もこの秘密は墓場まで持っていきますから)」

「絶対だよ絶対内緒っ! 誰にも言ったらダメだからね後輩君! もし破ったら、天罰――死後の世界でエリス様から天罰を食らうことになるから!」

 

 言葉を尽くして荒ぶる先輩を宥めすかし立ち直らせたが、状況は変わっていない。

 

「なんだ。もうおしまいか。私はこの程度の辱めでは全然屈したりはしないぞ! 全裸になるまでひん剥かないのか!」

 

「しないよ馬鹿ダクネス!」

 

「では、あの方より賜った大事な十字架を返してほしくばこちらの言うことに絶対服従しろと! そういう方向で攻める気なんだな!」

 

「いや、こっちは出来れば穏便に済ませたいんですって本当に」

 

「くっ……! 我が身よりも大事なものを奪われている以上、貴様のどんなエゲつない要求にも応じざるを得ない! だが、私は屈しはしない……! この身体を好きにできても、心までは自由にできると思うなよ!」

 

「……ねぇ、とんぬら、ダクネスさんに一体どんなことをやらせようとしてるの?」

 

「ゆんゆん、勘違いはするな。俺は紅魔族随一紳士的な男だと評判なんだぞ」

 

「紳士的ならいきなり猫耳をつけてくれって迫ったりしないと思うんだけど」

 

「さあさあ! どうするのだ! まさかここまできて手を引くような腰抜けではないだろう!」

 

 勇ましくブンブン長剣を振るうダクネス。

 十字架さえ奪えば、ダクネスは正気に戻るんじゃないかとも期待したが当てが外れた。所持してないくらいで途切れるような支配力ではないようだ。むしろこちらにもっと攻めろとおかわりを催促するかのような始末で対応に困る。

 一方で、クリスは、胸を隠すように、しゃがみ込んで動けない。一後輩としても、この先輩を頼るのは非常に気が引けるところで、これ以上個人情報が拡散されるのを防ぐためにも相方を呼ぶのもよろしくない。

 つまり、とんぬらはひとりでやらねばならない。

 

「仕方がない。しかし作戦とはいざという時の為に、次善の策を考えておくもの」

 

「え、後輩君、まだ何か策があったり、思いついたりしたのかな?」

 

「当たるも八卦当たらぬも八卦。計算を根底から覆し得る、この世に混沌を呼び込む魔法、『パルプンテ』、だ!!」

 

「もったいぶってるけど、出たとこ勝負じゃんそれ!」

 

「いいえ、奥の手だからこそ、ここまで温存していたんです。決して外れたら格好がつかないとかじゃなくて、奇跡魔法は時と場所を選ぶものなんです! そこのところを間違えないでください先輩! ……あー、ゆんゆん、一応、念のために、万が一の保険として、地下室(ここ)が崩壊することに備えて緊急離脱(テレポート)の準備をしておいてくれ」

 

「はいはい、わかったわとんぬら。いざという時の退路は任せてちょうだい」

 

 対応に慣れた相方の返事を受けてから、とんぬらは構えを取る。そして、ダクネスへ最後通牒を飛ばす

 

「とっておきの奇跡魔法は、何が起こるかわからない。うまく加減が効くようなものではない。警告します。ダクネスさん相手と言えども、ただでは済まない」

 

 その効果(ちから)は『リフレクト』でも反射できず、地獄の公爵すら逃れられない

当たれば、必中。鉄壁であろうと決まる時は決まる(外れたら自爆もあり得る)。

 

「やってみせろ! 何が起こるかわからない――つまり、私の想像以上に酷い目に遭わせるということだな! そういうのを私は待っていたんだ! 加減なんてせず思いっきり撃って来い! お預けなどしてくれるなよ!」

 

「こっちは結構真剣に忠告したつもりなんだけどなぁ……」

 

「残念だけど、後輩君の話じゃあダクネスはますますやる気になるだけだよ」

 

 女神の為ならば死すらも恐れないアクシズ教のような狂信的な態度にとんぬらは頬を引くつかせる。これはもう脅し(いっ)て引くような相手ではない。

 

「ダクネスさんの言うそのご期待に沿えることはない……と思いたいです」

 

「ないと言い切れないんだ」

 

 クリス先輩は呆れたご様子。

 落胆的な表情が半分、でも残り半分はそれとは逆の、わくわくとした期待の篭った感情で。

 

「君の魔法は不思議と信じられるんだよなぁ……。予想がつかない方向に転がるんだけど、それでも死中に活路を切り開く気配があるっていうか。しょうがない。あたしが見守っててあげるからいってみなよ」

 

「先輩」

 

「大丈夫だよ。君の魔法は、きっと君の想いに応えてくれるから」

 

 なんて言って、クリスはとんぬらの背中を押したのだった。

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 爆冷脚:ドラクエⅪに登場する連携技。爆裂拳の蹴りバージョンの爆裂脚と上級氷魔法の合わせ技による氷属性七連撃。

 作中では、とんぬらがウィズの地雷魔道具の利用法を試行錯誤した産物のような技。ゲームでなら諸刃の剣のように反動ダメージあり。

 

 悟りの境地:ドラクエの特技のひとつ。本気で遊ぶ遊び人の行動パターンのひとつであり、攻撃と回復呪文を二段階強化し、二つの加護を得る。またモンスターズの連携特技にも『瞑想』+『精神統一』で『悟りの極致』という二回行動、会心必中の合わせ技がある。




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