この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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141話

 元来、モンスターと言うものは、夜行性の生物の方が強力である。

 この最後になる第三試練は、二人の紅魔族が交代で仮眠を取り、高い魔力と攻撃力でごり押しすれば何とかなるという、高難易度のバランス調整がされている。

 上級魔法だけでなく消耗を抑えられる中級魔法をも使いこなすゆんゆんは、今では里の中でも指折りの実力者であり驚異の生存能力を有していた。

 

「『ライト・オブ・セイバー』ッッ!」

 

 一撃熊を鮮やかに両断して返り討ち。

 

「『ライトニング・ストライク』――ッ!」

 

 森に同化する樹木型のモンスターを、落雷で根こそぎ丸焦げの炭と化し。

 

「『フリーズガスト』ッ!」

 

 毎年多くの狩人を必殺・尻尾ビンタの餌食としてきた巨大な蛇モンスター『スポポッチ』を、爬虫類系の弱点である冷気で活動を鈍らせるどころか停止させてみせ。

 

「『カースド・インフェルノ』―――ッッッッ!」

 

 接敵した相手を麻痺する『パラライズスライム』の大群を、地獄の業火を召喚する最上位魔法で一滴残さず蒸発。

 森の奥地に木霊する魔法の音が絶えず、過酷な試練を圧倒的な力でもって蹂躙していくその姿に、相方のとんぬらは軽く頬を引き攣らせる。今日のゆんゆんはいつもと一味違うというか、鬼気迫るものを感じる。

 とんぬらはやり過ぎた灼熱による二次被害を防ぐために、木々に燻る火へ放水して消火活動をしながら、ゆんゆんを嗜める。

 

「ゆんゆん、ちょっといいか?」

 

「どうしたのとんぬら? 警戒なら私がサーチ系の魔法を張ってるから……――あっ、この先の斜め前にモンスターが近づいてきてる! ちょっと待っててね、サッと殲滅するから」

「待て待て! いきなり飛ばしすぎだゆんゆん。まだ夜は長いんだし、それにこの試練は討伐数を競うものではなく、夜明けまで生き延びれば達成されるものだぞ」

 

「そんなに飛ばしすぎかな……? ほら、ただ逃げてるだけで試練をクリアするのはちょっとカッコ悪し、私、正々堂々モンスターと戦い切って族長になりたいから。それに魔力もまだまだあるし、いざという時のための『吸魔石』やマナタイト結晶もこんなに用意してるから……」

 

「そういうのはいざという時のために取っておくもんだ。戦争するわけでもあるまいし、高価なマナタイト結晶は仕舞って、無理はせずに休憩しろ。ゆんゆんは俺が守るから」

 

 戦闘を交代交代でこなすのが最終試練のセオリーだ。それは事前に二人で決めていたことでもあるし、これまでのクエストの時でも何度か同じことをしている。

 なのだか、この慣れてるはずの対応に、ゆんゆんはほにゃっと顔をにやけさせる。

 

「うん……とんぬらのこと、見てるね!」

 

 目を瞑り軽くでもいいから仮眠していてもらいたいのだが、パートナーはこちらから瞬きすら億劫になるくらい目を離す気が皆無らしい。一体このテンションの高さは何だろうか? 徹夜するときのテンションか? そういえば、ウィズ店長も深夜もバニルマネージャーに魔道具を造らされ続けているとおかしな声をあげ始めるし、今のゆんゆんもそうなのだろうか。やけにぽーっとしているし。気が抜けているわけではないと信じてるが……

 

(ゆんゆんがおかしなのもそうだが……今日の森は何かおかしい)

 

 ゆんゆんが張り切り過ぎているのもあるが、撃破数が多い。それだけモンスターと遭遇している。通常、高い魔力を保有する存在であれば、たとえその姿がひよこであっても気配でモンスター除けになる。普通なら、これほど紅魔族が魔力を放っていれば、森のモンスターはあまり近づいて来なくなるものなのだ。彼らは紅魔族の恐ろしさを骨の髄まで知っている。周囲に生息するのは強力なモンスターだが、里へ迷い込んだりはしない。彼らはそこに修羅が巣食うことを本能で悟っているのだから。

 

(念には念を入れ……)

 

 無事に消火活動を終えた、ちょうどその地点へ軽く手首のスナップで放る。遭難防止策の目印ともなる“ソレ”を里からこれまでのルートへ伏せてはいたが、さらに、

 

「まあ、ゆんゆんの前で格好悪い真似なんてできないんだが。さあて、何が出るかな? 蛇が出るかそれとも……」

 

 腰の鞘から抜いた太刀を地面に刺すや召喚した巨漢の幻魔『バルバルー』に相方の護衛を任せてから、とんぬらは前に出ると、そこへゆんゆんが『エネミー・サーチ』で敵感知した相手が、木々ひしめく闇の中から躍り出た。

 

「これは……!」

 

 こちらを真っ直ぐに見据えるのは爛々と輝く青い瞳。銀色の毛並みを白く輝く霞で彩る、その巨大な狼は、とんぬらも噂に聞いていた。

 

「闇に輝く青い瞳の一匹狼。伝え聞いていた特徴に当てはまるあんたは、孤高の狼にして森の覇者、『フェンリル』か」

 

 高額賞金首に指定される白狼は群れでの狩りを得意とするが、その上位互換に当たるモンスター『フェンリル』は単独でベテラン冒険者パーティですら全滅しかねない大物であり、その威容は常に極寒の魔力を漂わす。

 

「とんぬら、私も……!」

 

「心配するなゆんゆん。ネコ派であるが、イヌの扱いも心得ている」

 

「グルルルル……ッ!」

 

 鋭い犬歯を剥いて怒気を滲ませた唸り声をあげる氷狼『フェンリル』。

 これに仮面の青年はさらに挑発するかのように、相手の土俵(フィールド)である氷――鉄扇の先より抜けば珠散る氷の刃を形成した。

 

「犬扱いされて癪に障ったか。しかし、『冬将軍』と比べれば、イヌと大差がなかろう」

 

「―――ッ!!」

 

 とんぬらは油断しなかった。

 慢心せず、氷狼の動きをみる。

 仮に氷狼の速度が予想を上回るものだとしても、爪と太刀であれば攻撃範囲の差でこちらが有利であり、こちらの手は別にこれ一つではない。

 

「俺も氷にはそれなりに達者だと自負がある。これが気に食わないのなら、俺を倒してみるんだな」

 

 瞬間、音も立てずに『フェンリル』が跳ねる。

 それなりの巨躯であるのに、羽毛の如き身軽さ。闇を疾る白影。

――これに研ぎ澄まされた太刀風が応じ、高い音が流れた。

 

 血は流れなかった。とんぬらの装衣にも傷ひとつつきはしなかった。深々と切り込んだ氷の太刀にとんぬらは確かな手ごたえを感じていた。

 しかし。

 

「やられたか」

 

 とんぬらは芸でもって造り上げた刀の切先を見やった。

 欠けていた。氷狼の爪は、とんぬらを狙ったものではなくとんぬらの操る得物自体を狙ったものであった。氷と言えど気合いを入れて練り込んだ刀身の硬度は鋼よりも硬いと自負していたというのに。この氷狼の獰猛なる爪は切り裂いた。仮面の奥の双眸が細まる。評価を改まるまでもないが再確認した。『フェンリル』は、この森の奥地で生息するモンスターの中で最上位に位置するだけの能力を有していると。

 『フェンリル』は、笑ったように思えた。

 どうだ、お前の“爪牙《こおり》”など簡単に引き裂けるぞ、と。

 

「ふむ。速い、鋭い、しかし芸がない。たかがこの程度、猫耳神社の神主が趣向を凝らせば猫じゃらし一本で初心者殺しを誘導できる」

 

 言いながら、とんぬらは掌を短冊が密になった束の側面に当てる。鞘走りのように手を滑らして鉄扇を振ると、再鋳造された氷細工はほんの少しだけ短くなりながら、もう一度刃を形成した。

 だが、それでどうするというのか。『冬将軍』の佩刀を模した『氷彫像』は氷狼の爪に敗北した。もう一度やって結果が変わることなどあり得るだろうか。現に、氷狼は格差を決定した優越感に浸っているではないか。

 

「ガウッ!」

 

 跳んだ。

 氷狼が。

 狭い森の木々という立地の有利を活かして。そう、『フェンリル』はこの森の覇者。この場所は氷狼が最も得意とする狩場。木と木をジグザグに、人間大のビリヤードめいた反射する機動力。跳躍は瞬く間に十を超えた。その速度は人間の動体視力など及ぶ域ではない。リザードランナーと比較されるような疾走速度で乱反射する物体は人間の身体行動ではとらえきれまい。

 死角から躍りかかった氷狼の爪が、背後に迫る。咄嗟に反応した相手。しかし、無駄だ。今度はより勢いつけて飛び掛かっており、盾としたその氷の刀身を裂いた氷狼の爪先は得物の喉笛に届くであろう。

 そう、爪は容易く氷の刀身を()()()。断ち切らずにへし曲げて――ついには刃先(あたま)刀身(はら)がくっつくほどぐんにゃりと軟体な腕輪となり氷狼は搦め捕られた。

 

「!?」

 

 『フェンリル』の爪に粘りついたとりもちのような刀身を鉄扇の先から切り離す。前脚にぷるぷるとした枷を嵌められた形になる氷狼だが、それがまたローションのようにぬるぬると地面を滑って、まるで犬が“伏せ”をさせられるようにとんぬらの前に倒れ込んでしまう。

 

「とんぬら、それっていったい?」

 

「さっきの刀身は、ところてんスライムの粉末を隠し味に『錬金術』で溶け合わせながら『氷細工』で造ったんだ。高濃度に圧縮して固めさせてあるから、この通り、まず断ち切れないし、ねっとりと絡み付く」

 

 と、戦況を見守っている彼女へ青年は語る。

 とんぬらの『氷彫像』スキルは、単純に硬質に仕上げるばかりではない。

 材料を付け足すことで、その逆、攻撃を受け流し、相手を搦め捕るよう軟質に仕立てることも可能なのである。氷狼が太刀を叩き折ったのを見て、とんぬらは手札を変更した。

 

「ガウッ! ガルルルルル、フルルルルルルルッッッッ!」

 

 しかし相手も森の覇者たる魔物。掴み切れない粘体ならば、凍り尽してから粉々にすればいい。ところてんスライム高濃縮混合の戒めをその身に宿る冷気でもって砕かんと。だが、地面にまでべっとりと垂れていたので、その状態のまま凍ってしまうと自らの足先を縫い留めてしまう形に陥ってしまう。それでも『フェンリル』の力ならば強引に立ち上がれよう。

 でも、その僅かな停滞が野生においては命取りとなる。

 

「硬軟自在なる我が一刀は、剛を制し、柔を断つ――その命、鮮やかに散らさせてもらう、『乱れ雪月花』!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「グヌヌ、一体何に手をこまねいているのだ姫は? いきなりわざわざ陣を別の場所へ移すとは! 魔王軍の中でも精鋭、さらにその中でもとびっきり優秀な俺達兄弟に先鋒を任せれば紅魔族など一捻りだというのに!」

 

「まったくその通りだ兄弟。戦場では勇者すら打ち倒してきた俺達であるなら、小細工など弄す必要はない。女子供含めても三百程度の集落など半日とかからず攻め滅ぼしてみせられよう」

 

 杖を握った山羊頭と巨大な斧を持った牛頭の二匹の魔物は森をずんずんと進みながら不平不満を言い合っていた。

 森の奥地に構えた陣地で待機を命じられていたからこれは独断専行にあたるのだが、手柄を立てたい功名心がその気を逸らせている。

 

「幹部シルビア様が失敗したとはいえ、姫は慎重になられ過ぎている。次期魔王ともなろう御方が臆病風に吹かれていては困る」

 

「だからこそ、俺達が先駆けとなってやる。もうここまで接近できているのだ。一気に夜襲を仕掛け、奴らの里を蹂躙する。小難しい策など必要ない」

 

「その通りだ。それで、シルビア様すら成し得なかった戦績を打ち立てた俺達は、ひょっとしたら八大幹部に抜擢されちまうんじゃねぇか? まだ、席は空いてるって話だろ?」

 

「いいや、これまで魔王軍の邪魔をしてきた紅魔族を攻め滅ぼすんだ。その功績はもはや幹部の席などには収まらん。きっとこれは魔王様もお認めになられる。しかも、次期魔王とされる姫が臆している前でそれを果たしたとなれば……」

 

「おい、リスタ、それって……!」

 

「これは人間の話だが、我らの魔王様を打ち倒した奴は国の王女を嫁に取らせるそうだ。つまり、ひょっとしたらひょっとすると、俺達のどっちかが姫に見初められ、次期魔王になるかもしれんぞ?」

 

「フハハハハ、夢が広がるな兄弟! こりゃあいい! 俺達のどちらかが魔王となり、もうひとりは幹部筆頭だ!」

 

「ヒッヒッヒッ、そうとも、俺達魔王軍の未来の為にも仲良くやっていこうぜ! ギルの力と、この俺の知が合わされば怖いものなんてこの世に……」

 

 

《――敵対魔族ハッケン。爆殺処理をジッコウします》

 

 

 ♢♢♢

 

 

 木々を激しく揺さぶる爆音。

 『アクセル』で一日に一度は耳にする爆裂魔法の轟音よりは弱いが、凄まじい衝撃がひしひしと伝わってくる。それも近い。

 

「とんぬら、今のは!?」

 

「わからん! だが、この魔力反応、爆発系の感じだ」

 

「爆発系、ってまさか、めぐみん!? めぐみんがここに来てるの!?」

 

 こんな危険地帯に、爆裂魔法直後で精も根もすっからかんにぶっ倒れている親友を放っては置けない! 爆裂魔法で引き寄せてしまった狂暴なモンスター達の餌にされちゃう! というところまで想像を働かせたゆんゆんが爆発の震源地と思しき方向へ駆けだそうとしたが、とんぬらがその腕を掴んで待ったをかけた。

 

「いや、ゆんゆん。あれはめぐみんにしては迫力が足りない。それにたとえ俺達に内緒で紅魔の里へ来ていたとしても、いくらなんでもめぐみんが森の奥までひとりで行くはずがないだろ」

 

 学校を卒業してからしばらくの間、里で過ごしていた時はめぐみんの爆裂魔法発散に付き合わされていた。その時、めぐみんは決して一人で森に入ろうとはしなかった。

 

「そうだけど、そうなんだけど! もしもめぐみんが本当にいたら……!」

 

「わかってる! だから、落ち着けゆんゆん。助けたい気持ちは俺も一緒だ。だからこそ、局面を見誤らないように冷静にならないとダメだ」

 

 瞳を煌々と紅くする彼女へ、自らも焦りを御し切れずに赤さが滲む目を合わせてとんぬらは説く。

 そんな二人見つめ合っていたその時、無機質な宣告(こえ)が聴こえた。

 

 

《――リア充ハッケン――爆殺処理をジッコウ――》

 

 

 はっ! とそちらを見た。

 そこに居たのは、万能家事ロボット・エリーとどこか似た、二足歩行のロボット。

 エリーとは違い、身軽そうで、隠密行動に特化していそうな形態。以前、第一王女より『ひとり裏でコソコソしてるタケトンボのヤシチ』の(キャラ)作りに話を聞かされた忍者のようだ。

 その紅く輝く一つ目(モノアイ)がこちらに照準を合わせ、片手を突き出す構え(ポーズ)を取った。

 

《――コウマゾク――標的――》

 

 

 ゴバッッッ!!!!!! と、至近で耳をつんざくような轟音と衝撃波が炸裂した。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 爆発。

 嵐の如き爆風が、当たりの木々をすべて吹き飛ばした。

 そして、爆風が収まり、耳鳴りが止むまでに数秒を要し、目を開けても宙を漂う粉塵で視界は利かない。それに全身も硬いもので覆われている。でも、見えている。死んでいない。

 

《ゆんゆん、無事か!》

 

 脳裏に反響したのは、とんぬらの声。

 

「う、うん、私は大丈夫。とんぬらは?」

 

《無事だ。昔取った杵柄というのか。あまり記憶にないんだが、聖鎧に関わった経験値のおかげで助かった》

 

 声は聴こえる。そして、すぐ傍にいるのはわかる。けど、姿は見えない。

 

「とんぬら、どこにいるの?」

 

《ゆんゆん、状況が状況だから簡潔に説明するが、今、俺は変化魔法(モシャス)で自立して動ける鎧……『アイギス』に化けて、ゆんゆんに纏っている》

 

「え……――ええええっっ!? とんぬらが鎧で私に!?!?」

 

《窮屈だろうが我慢してくれ。それと魔法は控えてくれ。鎧を装備しているように見えるが実際は俺がゆんゆんの全身を隈なく抱きしめているのと変わらないから、この状態で撃ったら、まず俺に当たる》

 

 とんぬらに全身を隈なく抱きしめられてる……!!?

 どういう状況なんだろう?? よくわからないけどそれってとんぬらと一体となるほど密着してるということで、なんかもう凄いイメージしか浮かばない。だって、とんぬらと一体――合体しているのだ。そんなのって夫婦の営みしてるも同然で――そうなれば行われるのは、夜の共同作業――つまりは、子作りで――ダメェェ! 勝手にイメージがどんどん発展していっちゃって想像するだけで体が熱い。ただでさえ今日はうずうずしているのに、こんなのたまらない! 頭が沸騰しちゃいそう!

 

「ど、どどどどうしよう!?」

 

《ゆんゆん、パニックになるのはわかるが今は俺に合わせて動いてくれ。無理やりにやると痛い思いをさせてしまう》

 

「そ、そうね、男の人に合わせて動かなきゃ……! とんぬら、私、その……初めてだけど、頑張ってついてくから! 私に遠慮しないでとんぬらの思うように動いてね!」

 

《気を遣うな。大事なゆんゆんに俺が無理をさせたいはずがないだろ》

 

 とんぬら優しい……!

 ジーンと思いやりが染み渡る。そうだ、とんぬらはいつだって私のことを考えてくれる。

 本で何度も予習していても不安だったけど、とんぬらのリードなら全てを任せられるし、何でも応えられる気がする。

 

《特殊だが二人三脚と同じ要領だ。まずは、右足からいくぞ》

 

「うん、右足ね! つまり……とんぬらはまずは右足から手を付けるのがお好みってこと?」

 

《? ゆんゆん、一体何を言って》

 

 とそのとき、粉塵の向こうに真紅の光点が見えた。

 途端にフラッシュバックする爆撃の瞬間。しかし、そのおかげでゆんゆんも桃色な混乱状態が吹っ飛んだ。浸っている場合じゃない。物理的に頭が茹てられそうになっているのだ。そして、その爆発を直に受けることになるのは、とんぬら――一気に、思考が蒼褪める。

 

 

《バカップルオーラ感知――爆発処理をジッコウします――》

 

 

 魔法で迎撃したいが、手にしている杖ごと鎧籠手の中に包まっている。とんぬらから忠告されたがこのままだと自爆してしまう。なら――

 

「『魔法抵抗力増加』! 『皮膚強度増加』!」

 

 二度目の爆撃が襲う。

 荒れ狂う爆風に、聖鎧(とんぬら)に守られてる身体が圧され、あわや倒れ込みかけたほどに大きくよろめかされた。

 

《っぅ!》

 

「とんぬらっ!?」

 

《心配するなゆんゆん。めぐみんの爆裂魔法ほどじゃない。それに支援助かった。ありがとう、ゆんゆん》

 

 咄嗟の事態にも早口で詠唱できるよう訓練した、魔法耐性と防御力を高める『竜言語魔法』が幾分かとんぬらへのダメージを和らげてくれたみたいだ。それでも、自分の分までダメージを身代わってくれてることに変わりない。

 

「そんな感謝だなんて、とんぬらは私の為に」

《じゃあ、お互い様だ。とにかく、状況を立て直す。できれば、爆発の射程圏外まで距離を取りたい――『バルバルー』、足止めを頼む!》

 

 緊急護衛手段であったが、鎧状態ではとんぬらもゆんゆんもまともに戦えない。

 そこで、事前に待機させていた太刀に宿らせた剣士の幻魔『バルバルー』に時間稼ぎを依頼する。

 こちらを狙うロボットの前に立ちはだかり、その進路を遮るよう刀を振るう。『ソードマスター』の如き鋭いひと振りは、鋼鉄のボディに深い斬り込みを刻みつけて――そこから血飛沫のように触手が噴出した。

 

(あれは……!)

 

 闇夜の襲撃者が怯む。そこへ幻魔は追撃のアクションを起こさせまいと連続で休むことなく攻撃を仕掛ける。これに向こうも距離を取った。

 この機を逃さず、一時離脱する――

 

 ・

 ・

 ・

 

 爆撃を警戒し、鎧のまま森を駆ける。

 そして、最初こそ逃げるのに精一杯であったが、この変則的な二人二脚も慣れてきてさほど意識せずともこなせるようになったところで、とんぬらはその憶測を口にした。

 

《ゆんゆん、さっきのアレは、『爆殺魔人もぐにんにん』の可能性が高い》

 

「『爆殺魔人もぐにんにん』――それって、元は紅魔の里にある、とんぬらたち神主一族が管理してる謎施設で待機しているっていう爆発魔法を得意とする謎のモンスターのこと?」

 

《ああ、夜になると意味もなく『忍法・爆炎の術』を放ち、男女のカップル、特に黒髪黒目の人を目の敵にしてる爆殺魔人だ》

 

 話をするだけで頭痛がしてくるような、えらく迷惑な習性を持ってる。まるでどこかの紅魔族随一の天災児のようだ。

 そして、その危険度は高い。爆裂魔法の下位互換に当たるとはいえ、爆発魔法はモンスターの大群を葬り去れるほど強力な魔法だ。実際に体感してみたが、威力は魔物を一発で仕留めるだけのものはある。

 

(神器の聖鎧『アイギス』に姿形は真似ているが、性能は本家(オリジナル)の半分もいっているかも怪しい。立て続けに『爆炎の術』を直撃されると、ゆんゆんを守り切れるか……)

 

 そんな森の覇者『フェンリル』以上に高い戦闘力を有する『爆殺魔人もぐにんにん』だが、紅魔族にはあまり危険視されてはいなかった。何故ならば、

 

「でも、もぐにんにんは、紅魔族は襲わないんじゃないの?」

 

《ああ、もぐにんにんは里を襲う魔物を駆除するよう設定(プログラム)された紅魔族の守護者だ》

 

 しかし――

 

《先程、バルバルーが斬った箇所から触手が見えたが、おそらく寄生されている》

 

「寄生って……」

 

《前に里を襲撃したシルビアが里の守護者たちに植え付けた、魔改造『冬牛夏草』だ》

 

 判断能力を狂わせ、守護対象であるはずの紅魔族を標的認識させた寄生モンスター。

 本来は機械系統には相性が悪いはずだが、強化モンスター開発局局長である魔王軍幹部が手を加えたそれはエリーを除くロボットたちに寄生したのだ。そしてそれは、エリーに持たせた魔道具『虫コロリン』で退治されたはずなのだが、あのスピードタイプの機体である『爆殺魔人もぐにんにん』だけは完全に駆除し切れなかったのだろう。

 

「じゃあ、私達を襲ったのはもぐにんにんが正常でなかったからということなの」

 

《そうだな。だが、今はまだ被害者が出ていなくても、このままではいずれ紅魔の里にも被害をもたらす。現状襲われているしな――どうするゆんゆん? ここは『テレポート』で里へ帰還するのも一つの手だと思うが》

 

 守護者であったが、暴走していればそれは危険だ。この試練を失敗させてでも、紅魔族の大人たちと駆除すべき対象だ。

 そこまでの話を咀嚼したゆんゆんは、小さくうなずく。

 その目の色が、そこに宿るものが、明確に変わった。

 

「……とんぬら、私は――」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 『爆殺魔人もぐにんにん』

 かつて栄え今は滅びた魔導大国『ノイズ』の遺産であり、高い戦闘力を有する。

 その脅威は供えられた爆撃能力だけではない。『敵感知』で捕捉されない隠密性に、目にも止まらぬ機動力。この一撃離脱戦法を得意とする忍者兵器と、木など身を隠せる遮蔽物の多い森で戦ってはならないだろう。普通は。

 

 邪魔をしていた巨漢の幻魔を一太刀浴びせられながらも強引に振り切った。

 じりじりという音を立てて、斬りこまれた箇所を自動修復させながら、守護……標的である紅魔族を追う。熱感知によってその生体反応を探れる機械兵に一度でもターゲットをロックされれば振り切る術など空間転移系の魔法しかないのだ。

 と、木々が延焼した痕跡のある場所へ入ったその時だった。

 

《―――》

 

 爆殺魔人が踏み込んだ地点に、ピンク色の魔法陣が花開く。

 センサーが感知した魔力反応。それはちょうど足の裏にある月を描いたタロットカードより発せられる。

 

 

 ――まずは、『月』。

 

 

 それはこの試練の合間に、森の各所にとんぬらが設置していた札を起点とする。種類ごとに様々な魔法効果を秘めている『銀のタロット』を使った、レンジャー職の『罠設置』スキルを参照にした、設置型の魔法。

 追われているのを承知してそのルートへ誘導するように逃げ、捕えるのがまず至難な相手に対し、踏み込めば自動で発動するトラップカードで仕留めに掛かる。

 

 今もぐにんにんが踏み込んだのは、獣を狂わす魔性の月を絵柄としたカードで、篭められているのは相手に感覚を狂わす幻惑を魅せる魔法だが……

 

《―――》

 

 効果なし。姿勢もふらつかず、真っ直ぐに標的のいる方(こちら)へ向かってきている。対魔獣に用意していたが、ロボット相手に幻惑など通用しない。反応はしたが、そのまま無視して追跡。

 ――だが、こちらが切った手札は一枚ではない。

 

 

 ――次は、『星』

 

 

 最短距離で迫る爆殺魔人が躊躇なく踏み込んだ場所で咲き誇ったのは、水色の魔法陣が花開く。今度のカードに仕掛けているのは、対象を眠りに堕とす……と言う魔法だったのだが、これもスルーされた。ロボットに睡眠など必要なく、陥ることもない。

 つくづく相性が悪い。時間稼ぎにもなりはしない。

 

 そして、赤いモノアイの残光を曳いて、闇夜を舞う爆殺魔人は、ついに標的の姿を捉えた。

 

 

「しかし、俺にはあらゆる戦況を覆す一手がある!」

 

 

 鎧変化を解き、ゆんゆんを後方に控えさせていたとんぬらが鉄扇を振りかざし、虹色に煌く魔力の波動を解き放った。

 

 

「――『パルプンテ』!」

 

 

 ……パルプンテ!

 

 …………パルプンテ!

 

「『ライトニング!』

 

 ………………パルプンテ!

 

 森の奥地で、詠唱が反響。その合間に、何の逡巡もなく雷撃を放つパートナー(ゆんゆん)外れ(スカ)を出したのにまったく戸惑わない、非常に慣れた対応である。頼もしくも感じるが、少しのリアクションもないのには芸人的にもモノ哀しいものがある。落胆されるのはそれはそれでテンションに影響するが。

 

「これを人は成長と言うべきなのか」

 

 そして。

 

 

《コウマゾクにオケル異常魔力ヲ感知。改造計画で予期サレヌ突然変異個体をカクニン。加えて、リア充――爆殺処理をジッコウします》

 

 

 一瞬、停止したもぐにんにんだったが、ゆんゆんから放たれた雷撃に素早く跳ねてバク宙した。外れたが、それでもわずかに生じた隙に、とんぬらは一気に間合いを詰めにかからんとアクセルを踏む。真紅の瞳が点灯。沸騰しているのではないかと疑うほどに滾る血液が全身を駆け巡り、この肉体を全力疾走させる回転機構(ギア)へと刹那の内に切り替えた。

 

「なんかもの凄く理不尽な理由で爆破予告されたんだが。ゆんゆん、援護頼む! 思いっきりやって構わん!」

 

「当たらないでね、とんぬら! ――『ライトニング』!」

 

 一直線に飛来する雷撃。最短距離で懐に潜りにかかる速攻。この二つは重なる一直線上にある。そんな相方を撃ちかねない射線で連射。そして、背後から掠めている稲妻にまるで怯まず、何の迷いもなく踏み込んできている。

 これに『忍法・爆炎の術』をやらせる時間を与えなかったが、一手、また一歩間違えば自滅しかねない電撃戦。しかし、このピエロの綱渡りのような速攻を二人は成功させる。

 

「火遊びはここまでだ、爆殺魔人よ!」

 

 金属でできた手足による流れるような連続攻撃を繰り出すもぐにんにん。

 叩き込まれる蹴りを面に広げた鉄扇で捌くや、鋼の掌底を腕でぎりぎり捻じり落とす。

 瞬間に踏み込み、交叉法で拳を打ち込む。

 殴打と同時に一点に絞り込んだ魔力を放出する『正拳爆撃』。鋭い拳穿から衝撃が突き通り、魔導金属の装甲を凹んだ。モノアイが明滅。人間の拳なのに凄まじい力。加えて挙動が速い。応対が速い。魔力素質だけでなく、その肉体性能が群を抜いている。紅魔族には魔力が有り余ってしまうばかりに器の許容限度を超え易い欠点があったはずだ。けれどそんな溢れんばかりの魔力を循環させても、耐えられるほどに目前の対象の肉体強度が凄まじい――!

 マスターが手掛けた改造被検体(コウマゾク)から逸しているこの変異個体(とんぬら)

 そして、魔法使いらしからぬ肉弾戦で一気に攻め立てて、さらに、この密着した接近戦の最中でも援護射撃は止まらない。ふっと首を傾けると、ちょうど頭があったところを稲妻が走り抜ける。並外れた魔力感知と反射神経があろうともこんな芸当、相手の呼吸を知り尽くしてないと無理だ。そのおかげで幾度か攻撃のチャンスを潰される。

 もぐにんにんが機械でなければ、常軌を逸した行動に悲鳴を上げていたかもしれない。これは一時離れて、爆撃で仕留める――その相手が逃げ足を踏んだ瞬間、とんぬらは砂塵巻き上げて右足を跳ね上げさせた。

 

 

「その腕、狩らせてもらう――『隠し芸・龍の足爪』!」

 

 

 真一文字に蹴り上げられた脚から、大気を裂く爪撃が飛んだ。

 魔力弾を脚で繰り出す『真空蹴り』に、固有スキルの『龍脈』を浸透。瞬発的に魔力を迸らせた足刀は、鎌鼬じみた鋭い衝撃波を放ち、突き出した片手を見事に断ち切ってみせた。

 腕をやられた箇所からまたその内部に根付く触手が噴き出し、そこへとんぬらは手を伸ばす。

 

「捕えた――っ!」

 

 平気で格闘戦を仕掛けるイレギュラーな改造被検体との接近戦を、寄生した『冬牛夏草』は嫌がったか、爆殺魔人(からだ)の駆動部に罅を入れ、蒸気を噴き上げるほどの稼働で緊急回避を取らせ、木の上に跳んで逃げる。

 そして、標的を変更する。まずはこのふざけた変異個体(イレギュラー)より、邪魔な改造被検体を仕留める。

 

 ――一瞬のうちにかき消えたもぐにんにん。

 しなった木の枝の反動を推進力に加算させて、後ろに控えていたゆんゆん目掛け跳ぶ。これを少女は迎撃せんとするが爆殺魔人は木々の間をピンボールみたいに跳ね跳ぶ。枝から幹へ。幹から枝へ。まさしく忍者な、身軽さ極まる多角的連続跳躍でその狙いを絞らせない――

 

「ゆんゆん!」

 

 抜かせてしまったとんぬらが反応するが、間に合わない。

 寄生された『冬牛夏草』によって制限機能(リミッター)を外された『爆殺魔人もぐにんにん』は、自壊しながらも限界突破させた機動力でゆんゆんの背後へ回った。

 そして、無事なもう片腕で手刀を繰り出――そうとして、弾けた。

 

 

 ――最後の、『塔』。

 

 

 そのゆんゆんがいた地点には、一枚の札が設置されていた。

 それは雷が落とされる塔の絵柄が描かれた『銀のタロット』で、踏み込めば荒れ狂う稲妻を呼び寄せる。

 雷に撃たれた機械絡繰りは、動きを止めた。火花(スパーク)が弾けて、回路が焼き切れて断線。無理やりに動いていたときに鬼門とする電撃は、爆殺魔人を確かに痺れさせた。

 

 そして、その雷は守るべき相方(ゆんゆん)すら巻き込む、自爆行為のはずであったが、彼女にはその指に嵌める物がある。『雷の指輪』。その身に降りかかる雷を吸収してしまうという魔法効果が篭められた指輪が、荒れ狂う稲妻の発信地に立ちながらその周囲を安全地帯とした。

 

「俺を避けて、ゆんゆんを狙う――その万が一に備えないとでも計算していたのなら、一から暗算を勉強し直せ、間抜け!」

 

 震脚。巨木の根が岩を割り、大地に己が脈を通す。そして、踏み締めた威力が座標をズラし方向(ベクトル)を逆転させて突き上げたかのように、麻痺して動けぬ爆殺魔人の足元の地盤が噴出した。

 

「『鳴動封魔』! ――そして、『花鳥風月・水神の竜巻』!」

 

 高々と打ち上げられたもぐにんにんが、蒼き竜巻に囚われた。

 如何に素早かろうが、空中を移動できるような翼はない。宙に固定されたその機体は格好の的であった。

 

「『ライトニング・ストライク』!」

 

 真上より生じた雷撃は、空気抵抗を突き破り、瞬きよりも速く降り落ちて、直撃した機体は天から地へと叩き落とした。

 

 

 頭部の一つ目(モノアイ)から完全に光が消える。

 しかし、『爆殺魔人もぐにんにん』には、自己修復機能がある。活動停止にさせても少しすれば息を吹き返すだろう。

 

「だが、もう年貢の納め時だ。寄生した機体のレンタル代は、その身で支払ってもらおうか」

 

 親指を噛み切ってから、掌に初級魔法の水球を作る。そこへ指から滴る血を混ぜて、白い粉末を練り込む。錬成を倍速で仕上げさせる『星降りの腕輪』の補助を働かせながら、それを接近する間に創り出した。

 

「『クリエイト・ウォータースライム』!」

 

 清らかな水に自らの血、そして、ところてんスライムの粉末を材料に、『錬金術』スキルでスライムを生み出した。

 『クリエイト・アースゴーレム』と同じく使い魔作製のオリジナルスキル。

 そして、そのスライムを、ついさっき刻んだ爪痕から『爆殺魔人もぐにんにん』の中へ流し入れた。

 

「基本的にスライムは悪食だが、それでも好みがある。鉱物(はがね)にはよっぽどのことがなければ手を付けないし、こんな魔道金属の装甲じゃあ歯なんて立たない。まず食べやすい虫からいただく」

 

 “器”の隅々にまで流し込まれた流体物(スライム)は、さながら生体に存在する自浄作用の免疫細胞の如く、機体内の異物たる寄生虫を貪食。寄生した対象を操る能力は脅威だが、『冬牛夏草』自体の生存能力はまるでない。簡単に人の手で握り潰せるもので、スライムに呑まれれば瞬く間に捕食される。

 鎧を着込んでいてもスライムはわずかな隙間から内側に入り込み、消化液で張り付いた体を溶かす――巣食った魔道金属の機械兵(もぐにんにん)のどこだろうが魔改造『冬牛夏草』に逃げ場などない。

 

「紅魔の里の守り人よ、ちょいっと手荒だが、緊急出張応急メンテナンスサービスだ」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「我が名はゆんゆん。紅魔族随一の魔法の使い手にして、里の長となる者……! 紅魔族の守護者と呼ばれた爆殺魔人。今宵、我々を標的にしましたがそれも寄生虫が狂わせ、あなたの意思でないと信じます。今まで紅魔の里を守護してきた功績で今回だけ水に流します。ですが、もしもまた仲間を襲うようなら容赦はしません。森の奥でひっそりと暮らすのなら見逃すわ!」

 

 ゆんゆんは言った。

 叶うのなら、もぐにんにんを助けてあげたい、と。

 

 魔王軍幹部シルビアが里を襲撃してからだいぶ経つが、それでも他に被害はなかった。おそらく自分たちが森の奥へ踏み入ったことをきっかけとしてしまったのだろうが、それまでは、里の人間を襲わないように寄生モンスターに抵抗していたのだ……と、ゆんゆんはそう思うことにした。

 だから、情状酌量の余地はある。

 

『きっと正常になれば意思疎通の出来る相手だと思うの。とんぬら、わがままだけど、私……! もぐにんにんを解放してあげたい!』

 

 モンスター牧場が夢なぼっちな少女は、エリーと言う絡繰り機体がいるからなのかもしれないが、ロボットも守備範囲であった。

 また、もぐにんにんを見て、親友兼好敵手(めぐみん)のことを想ったかもしれない。なんせ、この“爆殺魔人”とか言う天災児の感性を絶対に刺激してくれる異名に、『リア充爆発しろ』とか言う発言からして、『これは前に話していた前世設定の破壊神か?』と少し疑うくらいに重なる共通点があるのだ。名前も“もぐにん”と略せば“めぐみん”の響きと似ているし。

 それでも、正常に戻っても敵対するようであれば流石に撃破しなければならなかったが。

 

 薄らとアイレンズを瞬かせて再起動を果たしたもぐにんは、ゆんゆんの言葉に、承諾したように頷いて、

 

《……改造計画は成功と判断。コレを『ノイズ』王国本部へ報告シマス。マスターにヨウヤク一報を届けラレル……》

 

 何も攻撃行動はとることなく、森の奥地へと立ち去った。

 

 ・

 ・

 ・

 

「……とんぬら、これで良かったのかな?」

 

 ぽつり、と。その姿が見えなくなってから不安な気持ちが剥離したかのようにゆんゆんは呟いた。

 操られているとはいえ暴走し、人を襲った機体。たとえ正常に戻せても、またおかしくならない保証はない。さっきは助かったが、ああも爆発魔法を撃ち込んでくるような相手を森に放置するのは里には危険ではないのか? それは族長になるものとして正しい判断だと言えるのか?

 そう考えるのはしょうがない。しかし、そう考えてもしょうがない。

 

「ここで何を考えたって憶測の域を出ないし、結果は未定だ。だけど、ゆんゆんはどうしたかったんだ? ずっと自分たちを守ってくれた守護者を正常に戻す方か、何があっても危険対象は処分するのが妥当で安全策を順守する方か。ゆんゆんは、どちらが“正しい”ことにしたかったんだ?」

 

「私は、もぐにんにんを助けたかった」

 

「そう。そして、俺達は“正しい”と信じた方を選択した。これが良いか悪いかどちらに転ぶかわからないのなら、それが大変でも望む方に手繰り寄せられるよう頑張るしかない」

 

 そんな問いかけで彼女の顔を上げさせたその眼前に、指先をピンと立てる。

 

「とんぬら……うん。そうだよね。後悔なんて、しちゃダメだよね。あはは、私って」

 

「……まさか、こうして終わった後で考え込むのが悪い癖だとも思っているのか、ゆんゆん」

 

「え……」

 

「決断した後で悩むのを俺は悪いとは思えない。物事、選択すればそれで終わりじゃないだろ? ゆんゆんは、悩ませるだけ先のことを考えている。同様に、選ばれなかった選択肢についてもすぐに割り切れず――つまりは、きちんと考えている。これは少数派の意見もきちんと慮れる気質が備わっているということだ。考え過ぎるのは問題だが、楽観過ぎるのも無責任な思考停止に映る」

 

 そして、指先をゆんゆんの目の前でちっちっちと左右に、過去と未来を行き来する振り子のように往復。

 

「そして、これはゆんゆんひとりの選択だとは思いこんでくれるな。“俺達が”選んだんだ」

 

 最後は、前後に――ゆんゆんと自身に手首を返しながら指先を振る。

 この指の動きを目で追ってしまう素直なゆんゆんに、とんぬらは仮面の下の口元をやや苦笑気味に綻ばせ、

 

「前をちゃんと見て、後ろも欠かさず振り返る。そして、時に隣を確認する。そうすれば視野狭窄に陥ることはなく、いつだって自分の在り方を忘れることはないだろうさ」

 

 

 いつも、彼の話、その励ましに元気づけられる。

 きっと、この人は私よりも私の良いところをわかってくれている。それがどれだけ嬉しいことか……とんぬらは本当にわかっているのかな?

 そうだよ。

 私だって、とんぬらの良いところはとんぬら以上にわかっている自信があるのだ――

 

 

 夜明けはもうすぐだが、試練はまだ終わってはいない。

 よしじゃあ残り時間も気を抜かずに……と言葉を続けようとしたとんぬらだったが、前に出していた手を、ゆんゆんの両手が挟んだ。

 

「おっと、ゆんゆん……?」

 

「とんぬら……『試練が終わってから』って言ったけど今言うね」

 

 ぎゅっと。しっかりと手合わせで握る。

 瞳の色を鮮やかな真紅に輝かせながら、

 

 

「私はとんぬらが好き。大好きです。愛してます! もうどうしようもないくらいに! 他の選択肢なんて思いつかない! だから、絶~~っ対に! それが素晴らしいことにしてみせるから! 毎日だって私の事、誤魔化さ(パルプンテら)ずに愛してるって言わせてみせるから! とんぬら……私の傍、離れないでね!」

 

 

 掴まれた手は離されず、吹っ切れた満面の笑みを浮かべるゆんゆんにその後の試練ずっととんぬらは連れ回されることとなり、森の奥地から里へ帰還するまでずっと手を繋ぎ続けたことから、紅魔の里で新たなる(黒)歴史を記録し、『紅魔族長歴代随一のバカップル』なる称号が授与された。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「族長! 族長!」

「雷鳴轟くゆんゆんは、いつかやると思ってたんだよ!」

「ねえゆんゆん、私達友達だよね! 今度紅魔の森に一狩り行こうよ!」

「今日は最高にめでたい日だ! 最強の族長が爆誕した!」

 

 全ての族長試練を無事に達成し、ゆんゆんは正式に族長であることが認められた――がその後が大変だった。

 

「ゆんゆん、おめでとう。これで晴れて族長の資格を得た」

 

「お父さん……」

 

 周囲の紅魔族に囃し立てられ、顔を赤くしながらも喜びを隠し切れないゆんゆん。そんな厳しい試練を乗り越えた娘へ、父の族長は惜しみのない賛辞を贈る。

 そんな父娘の会話する横には、がっちりと、手を繋ぐから発展して、腕に抱き着かれて捕まっているとんぬらが控えている。

 

「とんぬら君もありがとう。娘をしっかりと支えてくれて」

 

「いえ、族長。パートナーとして当然のことをしたまでです」

 

「それでもだ。それで昨夜は君達が行った森の奥から爆発音がしたけど、大丈夫だったかい?」

 

「危なかったけど、とんぬらが守ってくれたわ」

 

 ゆんゆんは目を輝かせて、相方の活躍をはしゃぎ気味に語ってくれた。

 

「あんな、とんぬらと一つに合体するなんて初めてだったんだけど」

 

「は、はい?」

 

「でも、とんぬらが優しくリードしてくれたから! 激しく動いてる時も痛くしないよう常に私の事を気遣ってくれて……」

 

「とんぬら君、これはどういうことなんだい? さっきから引っ込み思案の娘が周りに憚ることなくベッタベタに君とくっついている時点でアレなんだけど、これってアレかい? 大人の階段を上ったのかい? とんぬら君、森の中で、それも試練の真っ最中にいったいなにをしていたのかなあ?」

 

「お父さん、落ち着いてください!? 今のはちょっとゆんゆんが誤解を招くような言い方をしただけで、本当に真面目に試練に挑んでましたよ! 一夜の過ちなんてありません!」

 

「それでねお父さん! 私、とんぬらと結婚するから!」

 

「ゆんゆん、今のタイミングでその話を切り出すのはあまりよろしくないんじゃないかな?」

 

「とんぬら君、朝帰りで疲れているところ非っ常に申し訳ないけど話をしよう。男二人で」

 

 本当に大変だった。

 族長との面談で、ゆんゆんとの婚約諸々の事情を吐かされて、ちゃんと念入りに娘を娶る責任を取ると誓わされて、それから今夜は“祝宴”を挙げるから絶対に参加するようにと厳命されてようやく解放された。

 

 だが。

 

 本当の本当に大変なのはそれからだった。

 

 ………

 ………

 ………

 

 つ、疲れた……。

 族長との会話はひとつ選択肢を間違えれば、『娘と添い遂げられるか私と勝負してもらおう!』というイベントに発展しかねなかったが、どうにかこうにか言葉を尽くしてそれだけは回避し、穏便に収拾をつけた。

 それでゆんゆんには先に帰っているようにと伝えた。徹夜明けの試練で疲れてるゆんゆんを族長の話に付き合わせるわけにはいかないし、向こうは男同士の対話がお望みであった。

 

「ただいま、と……。……ん?」

 

 ……あれ、いないのか?

 神社へ辿り着く。しかし、出迎えの挨拶はない。家の中も物音一つなく静まり返っている。これはおそらく試練も終わったことだし今日は久しぶりに実家の方に泊りに行ったのだろう。

 それで兎にも角にもとんぬらは眠かった。

 こちらの予想以上に出現率が高かったモンスターと連戦に次ぐ連戦、おかげで用意していた『吸魔石』等の補給アイテムをほとんど使い切り、そして、『爆殺魔人もぐにんにん』から爆撃を二発もらいながら暴走を阻止し、それから終わるまでずっとゆんゆんと手を繋いで、終わってからは族長の相手である。流石のとんぬらも体力が限界に近い。

 

(いったん仮眠してから風呂に入ろう)

 

 宴は夜だ。それまで十分に休息でき、余裕で身支度は整えられる。

 とんぬらは自室へ行き、そして、部屋に()()()()()()()()()()()()ことに何の疑いもかけず、ふわぁ、と欠伸をしながらめくり上げて――

 

「………」

 

「…………お、おかえりとんぬら」

 

 そっと布団を被せた。何も言わずに視界をシャットアウトした。

 

「いかんいかん、幻覚まで見てしまうとはよっぽど疲れているようだな」

 

 目元を揉む。が、

 

「と、とんぬら!? なんで元に戻すの……?」

 

「いや、何でというか。むしろこっちが何でだと言いたい」

 

 このパートナーはたまに……いや、結構な頻度でとんでもないことをするが、これはとびきりだ。

 

「私っ、……とんぬらには、長になる試練でいっぱい助けてもらったし! そのお礼がしたいの! それでこれが私なりにとんぬらが喜ぶのを勉強した成果なんだけど……ダメだった?」

 

 一体どんな本を読み漁ったらそんな知識を得られるのだろう。ゆんゆんの読書歴に興味が出てきた。場合によっては規制をかけておくべきかもしれない。

 

「全然ダメじゃないんだけど、困るなぁ」

 

 うん、ダメだ。いったい理性が何ターン保てるか。この第二形態に変身した魔王の如きゆんゆんには勝てないのが一目でわかる。反射的に逃げられたのは幸運だった。このまま内なるドラゴンを覚醒させないためにも闇の衣(ふとん)を被ったままでいてほしい。

 

「ゆんゆん、俺も男だ。オスだ。だから、あまりにそう挑発されるとこっちも我慢するのが辛いとわかってくれ」

 

「約束」

 

「え?」

 

「私が族長になったら、その……こ、子作りに協力してくれるって、約束したじゃない」

 

 理性的に諭そうとするのに割って入るゆんゆん。布団越しからもむぅっと睨まれているのを感じる。

 …………あー……いや、別に忘れてはいない。忘れてないんだけど、あまり考えないように努めていた。

 あまり意識し過ぎると、体目的で族長になるのを支援していると思いそうで、それで思考から断っていたのだ。

 しかし、今はその禁から解放された。彼女も、望んでいる。……でも、正直言って、情けないかもしれないが男として覚悟を整えるだけの時間が欲しい。こればかりはアドリブでやるというわけにはいかないだろう。

 

「いやー、でもな、ゆんゆん、俺、風呂に入ってないから臭うし、ちゃんと禊いで心身を浄めた方が」

 

「私、とんぬらの匂い好きだし、その……洗濯物をするときもとても良い匂いがして……で、でも変なことはしてないからね!」

 

「わかった。そうか。うん、これは良かったと安堵するところなのか? でもだ。お互い徹夜で疲れてる。大事な一戦に備え、良いだろうし、ここは一旦」

 

「にゃあ~ん」

 

「そんな寂し気に鳴かれると無視できなくなるなあ!」

 

 抗えなかった。なんてことだ。ゆんゆんはこちらを研究し尽くしている。あの第二試練で演技指導してしまったのがあだとなってしまったか。

 視界を封印していた布団をご開帳すれば、そこにはゆんゆんが横たわっていた。香る風呂上がりの匂い。それから自分が帰るまで、余念なく綺麗に身支度を整えているのを察する。

 そして、

 

「やっと、見てくれたぁ♪」

 

 そう照れつつうっとりと目元を緩ませて言ってくれるゆんゆんのおさげを解いた黒髪からは、ぴょこんと生えるように尖った耳が飛び出していた。そう、第二の族長試練で渡したあの猫耳。加えて今はほっそりとした首元に鈴付きの首輪をして、その下は色白な素肌に良く映える黒の薄生地のブラ。

 猫型の大きな穴が開いたブラは、ゆんゆんの張り詰めたバストの球面に張り付いていて、薄い生地から薄らと肌色が透けて見えていた。この初めての時のためにゆんゆんが用意していた勝負着『エッチな下着・猫ランジェリー』である。

 

「とんぬら、凄く見てる」

 

「っ、すまん」

 

「ううん、嬉しい……は、恥ずかしいけど、とんぬらの為に着替えてるんだから……好きなだけ、見ていい、よ」

 

 顔を赤く染めながら何ともいじらしい発言をして、軽く左右に体を揺らすゆんゆん。

 こちらの視線を受けてくすぐったそうに軽く身をよじるのだが、それがまたウエストラインを強調するようにひねられており、しなを作るような仕草がとんぬらの内なるドラゴンをさらに煽ってくる。

 思わず喉が鳴る。

 いかんいかんと頭を振って目を合わせるのを避けるよう視線を下げれば、ガーターベルトと吊り上げ型ストッキングが絶妙な色気を醸し出していた。

 いくら身体が成長しているとはいえ、あどけない童顔のゆんゆんが、煽情的な大人の下着をつけているということに強いギャップを覚え、たまらなくドラゴラムる。こんなの反則だ。

 

(……俺が言うのもなんだが、ゆんゆんの縦縞模様のアザ(バーコード)って、内太股の結構きわどいところにあるよなー――って、ダメだダメだダメだ! これ以上見るのは本当にヤバい!)

 

 だけど、目が離せない。

 まったくどこもかしこも溢れんばかりの魅力があって目を向けずにいられないのだが、

今この時とんぬらは“ゆんゆん”と言う一個人全体に目を奪われていた。

 

「えいっ♪」

「むおっ!?」

 

 そんな金縛りを受けたように硬直していると、待てが堪え切れなくなったゆんゆんがとんぬらを抱き締める。首へ手をかけ、色白な柔肌が垣間見えるブラの開かれた谷間へ仮面を着陸させた。視界は肌色一色に、柔らかでしっとりと肌に吸い付いてくる弾力に頭の中が真っ白になった。

 ここで攻められるのはマズい、と思ったが既にゆんゆんは動いていた。

 

「むにむに、ぱふぱふ。とんぬら、気持ちいい?」

 

「うっ……」

 

 何だ今日のゆんゆんは……!!?

 これはいつもの可愛いくも幼い子猫じゃない。男心を虜にする魔性の雌猫にクラスチェンジしている。これまでの抱擁とは違い、その行為の所作にまるで、ひとりの女性がひとりの男性に対して行うような、しっとりとした官能的なものがある。

 戦慄するとんぬら。だが、たわわな胸で顔を両側からパフパフと揉み解すように挟んだりしてくるゆんゆんの攻撃になすすべなく、声を漏らしそうになるのを堪えるのが精いっぱいであった。

 

「とんぬらぁ……」

 

 愛おしげな声。

 彼女からの愛情が十二分にまで伝わってくる。

 伝わってくるのだけど……

 

「ゆ、んゆん……くぁっ……!」

 

 正直至福の時間であるが、それ以上に呼吸が苦しくなってきた。

 押し寄せる快楽を前に言葉すらうまく紡げず吐息を漏らし事しかできないこちらに、ゆんゆんは頭を抱きこんでより深くその谷間で仮面の顔を押し込んできた。

 天国のような柔らかさについに嬌声を漏らしながら、とんぬらは心のどこかで何かがぶつんと切れた音を聞いた。

 もう、ダメだ。我慢できない。

 

「――――――」

 

 瞬間、先程まであったなけなしの思考は、跡形もなく吹き飛んだ。

 残るのは、丸裸にされたオスの欲望。仮面の奥の双眸が火傷せんばかりの赤光を放つ。

 力ずくで頭の抑えを引き離して、覆い被さる、マウントを取った姿勢に。窒息しかけていたのもあって息も絶え絶えで、そんなとんぬらにゆんゆんは恍惚と蕩けた表情を浮かべて、待ち構えるように口を僅かに開いており――――夢うつつのまま、彼女の口内へと舌を伸ばした。

 

「ん、んんっ……とんぬら……ちゅ…れろ……」

 

 愛おしげに迎え入れてくるゆんゆんの舌と自分の舌を絡み合わせ、ただただ快楽を貪る。ゆんゆんは腕を回した背中をさわさわと手で撫でながら、とんぬらの胸板にその柔らかな胸をより匂付けるように擦りつけてきた。

 舌と胸と手。三方向から包み込まれるように快楽を与えられたとんぬらは、着実にその理性を溶かしていく。

 

「っはぁ……」

 

 いよいよ呼吸が苦しくなり口を放すと、ゆんゆんは艶っぽく息を吐いていて、その熱を帯びた瞳の中に♡マークが見えた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「フハハハハ、発情娘についに鉄心小僧も陥落か! 無能店主が珍しくも当たりなアイテムは、吸い込んだ煙が多量なほど即効性は高いが、少量吸い込んだ場合は、徐々に効果が増していき持続時間も一日二日に延びるという仕様である!

 しかし、試しに通販で売ったはずのそれが修羅場製造機な小僧が偶然にも手に取って、何の効果も知らずに、夜な夜な一人遊びに励む娘に微量な煙(におい)吸わ(かが)せてしまうとは我輩にも予想がつかぬ方向へ転がり込んでくれるわ!」

 

「バニルさん、いきなり何解説を始めてるんですか? もしかして、またとんぬら君とゆんゆんさんのことを視てるんですか? あまり覗き見するのは良くないと思いますよ」

 

「なに、あと一歩のところで発展しないが、最も羞恥を醸し出す甘酸っぱい時期にある二人を面白おかしく見守っているのだ。ネタ探しについでにな。我輩、こうしてちゃんと『先日の夜はお楽しみでしたね!』と看板も用意してある。これで素晴らしく良質な悪感情が得られるであろう! 非常に楽しみだ! ――しかし、赤飯の出番は時期尚早のようである」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 知らぬ間に魔道具の後押しがあったがそんなのはきっかけに過ぎず、前々から二人ともに欲求を堪える限界はとっくに達していた。ちょっとの刺激で溢れ零れる表面張力のように。そして、その瀬戸際が決壊した――

 

「とんぬらぁ……」

 

 そうして、一息を吐かす時間さえ寂しいと、とんぬらを愛おし気に呼びながら、

 

「私のこと、もっといっぱい、愛して?」

 

 熱を帯びた吐息と共に甘えた声でねだってきた。

 とんぬらの手首を掴み、手のひらをその豊かな胸に押し当てた。

 そこでいよいよ、とんぬらの理性は壊れた。

 

「ゆんゆんっ……」

 

 胸を揉みながら、彼女の唇に貪りついた。

 

「あ、ん……はっ……とんぬらぁ……」

 

 ゆんゆんは嬉しそうに名前を呼びながら、先程よりもずっと積極的に自らの舌を絡み合わせてきた。拙くても求めてくる、そんな一生懸命さがまたいじらしく、より虜になっていく。

 

「ん、ちゅる、ぺろ……」

 

 ゆんゆんの舌に自らの舌を触れ合わせながら、その豊満な胸を揉みしだく。

 ブラでは隠しようがないほどその双丘は存在感を強く示しており、とんぬらのオスをこれでもかと刺激した。

 それから欲するがままに尻へも手を伸ばす。その柔らかな尻肉を下着の上から揉みしだくと、ゆんゆんは何度も甘く嬌声を漏らし、そしてより一層激しくとんぬらの感触を求めてきた。

 

「あんっ……んっ……ちゅるっ……ちゅ、れろれるっ……ちゅむっ……んっ、ちゅ……」

 

 その身体の魅力を夢中になるとんぬら。ゆんゆんはその息を荒くしていた。尻や胸を揉むたびに彼女は嬌声をあげ、その吐息に熱を帯びさせていく。その反応のたびにとんぬらもまた昂らせていき、

 

「は……とんぬら、私、もう……」

 

「ああ、ゆんゆん……俺も、限界だ……!」

 

 いったん手を止めるとんぬら。切なげな声をあげるゆんゆん。二人の瞳は爛々と紅く光り、ついにその一線を越えようと、この猛りをぶつけるのに邪魔な服に手をかけた――

 

 

 

『魔王軍襲来! 魔王軍襲来!! 付近に潜伏していた魔王軍が、里へ侵攻を仕掛けた模様!』

 

 

 

 ところで、警報が鳴り響いた。

 

『戦える者は、里の入口グリフォン像前に集合。敵の数は千匹以上と見られます』

 

 ……………………………………………。

 

 こんなの、据え膳にも程があるだろ! ととんぬらは内心で大いに嘆いたが、流石に緊急事態に正気が戻る。蘇生魔法をかけられたように理性も復活した。

 とんぬらは一気に赤から落胆した黒い瞳で、ゆんゆんと見つめ合って、

 

「……ゆんゆん、起きようか」

 

「…………うん。そうね、魔王軍を殲滅しにいきましょう」

 

 

 参考ネタ解説

 

 

 忍法・爆炎の術:ドラクエモンスターズスーパーライトで、スラ忍トリオの固有特技。敵全体に爆発(イオ)系のブレス攻撃。

 作中では、『爆殺魔人もぐにんにん』の名称不明で独自の爆発魔法に当てはめてみました。

 

 正拳爆撃:ドラクエⅩに登場する格闘スキル。『正拳突き』の強化版。会心率が高く、通常の三倍の威力を誇る。それも消費魔力も低燃費で重い一発。

 作中ではとんぬらが拳を直撃した瞬間の零距離で魔力塊を発射して再現。

 

 月のタロット:範囲内の対象に幻惑の状態異常。

 星のタロット:範囲内の対象を眠りの状態異常。

 塔のタロット;範囲内の対象に雷属性の攻撃。

 ドラクエヒーローズのタロットで戦う占い師キャラやドラクエⅩのモンスタータロットの特技や効果。

 作中ではレンジャー職の『罠設置』スキルのような設置型の特技としてとんぬらが利用。




誤字報告してくださった方、ありがとうございます!

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