この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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139話

 第一の族長試練を突破してから、次の第二の族長試練までの準備期間の間、紅魔の里で過ごすことにした。

 親になったゲレゲレと子を身籠りお腹を大きくしたその番の様子を見に行ったり、遺跡で発見した小型版機動要塞(デストロイヤー)の部品を追加したエリーとデンドロメイデンの合体機能追加がもう完成間近だとひょいざぶろーから報告を受けたり、久しぶりの猫耳神社の管理をゆんゆんと一緒にしたりと――あの“予言”からは目を逸らしながら――ゆったりとした時間を過ごしていた。

 そんなある日。

 

「真の強者は弱者を知っている。弱き者がもつ強さというのがわかっている。そして、弱さを侮る者こそが真の弱者であるというのを悟っている。

 そう、非力な弱者を嗤うやつはいつかその弱者に笑わされるような目に遭うのだとな」

 

 紅魔族の学校。そこの卒業生であるとんぬらが、在学生の後輩たちを前に立つ。校庭にて、青空授業を行っていた。

 

「己がこれだと思ったロマンを突き進み、思いのままに格好つけるのは良い。だけど、他人の格好悪(よわ)さを嘲笑うようにはなってはいけないということだ」

 

 板についてきた指導者っぷり。それに元々、神主として人と向き合う応対を心掛ける習慣に、天性の扇動者(アジテーター)の口舌を持ち合わせたとんぬらの語りに、子供らは誰も授業の妨げるような行為はせず体育座りしてひたすらに静聴している。

 

「とはいえ、強さ弱さも多様な定義があるもの。それでそれは、口でどう説明したって理解できるものじゃない。人がどうこう言ったところで実感を得られるわけでもなく、こういうのは自分で理解するものだ。そこで、今日は、あまり実戦向きでないと評される初級魔法を皆に伝習してもらう」

 

 初級魔法……?

 何人かの子供たちが首を傾げる。今、目の前にいる教師役(とんぬら)は、紅魔族の最終兵器などと称される奇跡魔法の使い手だと話に聴いていたのに、教えるのはその奇跡魔法ではなく、初級魔法だという。

 

「ここにいる全員は上級魔法を習得して学校を卒業するつもりだろう。確かにそれは正しい。習得困難ではあるけれど上級魔法さえ覚えてしまえばあとは自分ひとりでレベルアップするのが容易になる。だが、その分だけ魔力の消耗も激しく、それに制御が難しい欠点もあるんだ。

 魔力が空になった魔法使いなどパーティの中では残念ながらお荷物と言うしかない。

 そこで初級魔法。

 消費も少なく、制御も楽、戦闘だけでなく日常生活にも役立てる初級魔法は覚えておいてまず損はないだろう。

 確かに上級魔法の大技に比べてあまりに非力ではあるが、非力であるのなら、非力である利点を生かせるように戦術を組み立てればいいだけのこと。例えば低魔力で済むというのはその分だけ反応が小さいから相手に勘付かれにくいし、また詠唱省略も慣れればお手のもので発動工程も短いから咄嗟の事態にもこんな牽制を放てる」

 

 突然、砂塵が吹きつけられ、子供たちはうわっと眼を瞑る。

 

「今のは、『クリエイト・アース』と『ウインド・ブレス』からの目潰し。いきなりこんなのをやられたら怯む相手も多い。そして怯んだ相手はこちらに絶好の隙を晒してくれる。油断大敵であり、ならばその油断を突くチャンスを逃してやる理由などない……これは、魔王軍より鬼畜と恐れられる『最強の最弱職(ぼうけんしゃ)』が得意とする戦術でもある」

 

 他にもと、『クリエイト・ウォーター』と『フリーズ』を併用して、光を反射する水晶体の剣を造り上げて、“おおっ! 格好良い!”と子供たちから感嘆の言葉をもらう。

 

「初級魔法など最弱な初心者用の魔法だと言われている。皆もそう思うだろう。だが、真の弱者は、非力な弱者を侮る者を指す。

 どんなにすごい魔法が扱えても、魔力がなければ意味がないし、肝心な時に役立たずではあまりに格好がつかない。精も根も尽き果てても尚立ち向かわなければならない状況になった時、一枚でも多く使える手札があればそれは心強い。備えあれば患いなしだ」

 

 ピンと人差し指を一本立てた手を出し――さらにもう一つ中指を立てる。

 

「また、札とは一枚だけでなく二枚合わせて使えばその効力を跳ね上がることもある」

 

 『ティンダー』と『ウインド・ブレス』を同時行使し、掌から火と風を織り込んだ炎を発生させた。初級魔法などと言う範疇を逸脱するほど盛んに燃え上がる。

 この勢いに学生らは目を丸くする。

 

「風は火の熾りを助ける。複合すれば最も破壊力のある爆発系の魔法になる二つの属性は相性がいい。それからこれは特殊な例だが、逆に相反する属性が生み出す力もある」

 

 『ティンダー』と『フリーズ』のエネルギーを手でこねるように混合させて、弓を取るように腕を引くと光の矢に引き伸ばされる。それをとんぬらは校庭に用意させてあった岩石の巨体を持つゴーレムへ放つ。並の中級魔法すら弾く、初級魔法など瑕疵なく弾いてみせるであろうその身体に、消滅の魔力は貫通して風穴を開けて見せた。

 この結果に、多くの学生が口を大きく開けて唖然とする。相反する属性の融合など、闇と光が交わる混沌にも通じて胸に響かないわけがなく、紅魔族的に非常にポイントが高かったりする。

 

「これは少々扱いが危険だが、合体魔法は魔法の威力を単に増幅させるだけではないものだ。足し算ではなく、掛け算。制御が容易な初級魔法にはうってつけなものだ。でも、この裏技は何も初級魔法に限定させるわけではない。先の『ティンダー』と『ウインド・ブレス』の合体魔法、アレを上級魔法版の『インフェルノ』と『トルネード』でやればその威力はどれほど凄まじいか、皆なら想像つくんじゃないか?

 その分だけ魔法を巧みに操らなければならないんだろうが、しかし、これは別にひとりでやらなくてはならないわけではない。

 今の例に挙げた『インフェルノ』と『トルネード』の合わせ技を、この里の占い師と靴屋の息子は二人で連携して行っているというしな。だから、皆も今日は初級魔法で協調することを実践してみせてほしい。――『ヴァーサタイル・ジーニアス』!」

 

 自らの才を伝播させる調星者(スーパースター)の支援魔法を学生らにかけるとんぬら。

 やっていることは、『アクセル』の孤児院で臨時講師をしているのと同じだが、今回、既に『アークウィザード』な紅魔族の学生らのレベルに合わせて先に進んだ応用法を指導する。これは魔法の奥深さを実感してもらうと同時に、協力プレイの大切さを学んでほしいという狙いもある。

 

「最後に、質問がある生徒はいるか?」

 

『はい!』

 

 一斉に挙手する生徒たち。その大勢が口裏合わせたわけでもなく息の合った動きをするそれに、先日の記者会見が過ったとんぬらだったが、軽く頭を振ると最前列にいた生徒を適当に指す。

 

「とんぬら先生、質問です! 『ラブラブ・メドローア』とはどんな合体魔法なんですか?」

 

 純粋な眼差しの子供の口から飛び出してきたその黒歴史(たんご)に、先達な仮面の青年はぶふっと吹きかけた。

 

「き、君、それどこで聞いたの?」

 

「前に『不滅目録(エターナルガイド)』に書いてありました。それによると紅魔族随一の(バ)カップルでなければとてもできない超必殺技だと」

 

 あるえェ……。

 第一の試練の時と言い、あの紅魔族随一(唯一)の文豪は、天災児(めぐみん)よりも引っ掻き回してくれているんじゃないのか? これはそろそろあるえの印税の一部を要求するか検討すべきかもしれない。

 本来、『メドローア』は偉大なる元宮廷魔導士キール師匠が開発した必殺の威力を誇る恐るべき魔法であるはずなのだ。なのだが、爆裂魔法と同じ、威力的な面でも黒歴史的な面でも破壊力抜群なネタ魔法と化してしまっているこの現状に、斯様な事態を招いてしまった不肖の弟子として師に申し訳が立たない。今度、ダンジョンへ墓参りをした時に謝ろうか。

 

「うむ。そうだな……。非常に高度な技量が求められる合体魔法だ。これを個人でやれるものなど俺はひとりしか知らない。……それと“ラブラブ”は余計だからな?」

 

「非常に高度……それは、新聞にも書かれていた魔法を合体させるための決めポーズが難しいからですか?」

 

「普通に魔法の操作技術が大変難しい。いや動きも別の意味でレベルが高いんだが、とにかく、これは君達にはまだ早い。――では、次はそこの君」

 

 教師特権で質問を打ち切らせるとんぬら。

 

「それはどうレベルが高いんですか? とんぬら先生、『ラブラブ・メドローア』を実演してみせてはもらえないでしょうか!」

 

 だが、学生たちの質問責めからは逃げられない。

 

「残念だが、それには応えられない。さっきも言ったが、この『メドローア』は俺個人ではできないもので、俺と呼吸を合わせられるゆんゆんがいなければ」

「――とんぬらぁ!」

 

 おっと、召喚魔法でもないのに名前を口にしただけで当人が。

 今日はねりまきの店を貸し切っての女子クラスの同窓会というか、(彼氏持ちのゆんゆんから色々と訊き出したい)ふにふらとどどんこが主催の女子会に招かれて喜んで(手土産一杯持参しようとしたがそれは向こうがひきそうなので阻止した)いったはずの相方がこちらに手を振りながら駆け付けてくる。

 まったくなんてタイミングなんだ。迂闊にフラグを立ててしまったか。これはいい逃れが出来なくなってきた、

 

「先生、どうか僕達にも超必殺技の『ラブラブ・メドローア』を見せてください!」

『お願いします!』

 

「え、え、ええっ!!? こ、これどういうことなの!? とんぬら、授業してたんじゃないの?」

「ははは……里に帰ってからこんなんばっかだなぁ」

 

 その後、穴があったら入りたくなることを見越して、校庭に大穴をあけてやった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「はぁぁぁぁ~……」

 

 急遽任された特別授業を終えて、とんぬらは長く息を吐く。

 子供は好奇心旺盛な分、大人よりも遠慮がなく……なくはないな。この里の人間は大人までも大きな子供のようなもので、猫をも殺す欲求に大変素直である。どっちにしろ困った依頼であった。

 

「まあ、無事に族長からお願いされた授業も好評にできた。それでよしとしよう……それで、ゆんゆんの方はどうだったんだ?」

 

「私の方?」

 

「クラスメイトの女子たちからの呼び出しを受けたんだろう? そちらも返答に困るようなことはなかったのか?」

 

 隠し子の一件は、第一の族長試練(かいけん)できっぱりと否定したが、それでもやっぱり納得のいかないものが多くて、半信半疑と言ったところ。中には追及してくるものもいるだろう。

 

「別に私の方は何も……お話して、それで採寸を測ったり……」

 

「? ゆんゆん、服を買いに行っていたのか?」

 

「あ、そ、そそうよ、とんぬら! えっと、ほら、そろそろマントも買い替え時かなぁって! 皆でちぇけらさんの店行ったの!」

 

 羽織るマントにそんな厳密に身体測定をする必要はないと思うのだが、ゆんゆんが何か必死にそういい張ってくるので、とんぬらは頷いておいた。

 そして、本題に入る。

 

「それで、ゆんゆん。次の試練は大丈夫か?」

 

「大丈夫! 絶対に試練をクリアしてみせる! 最初の試練はとんぬらに受け答えを任せっきりにしちゃってたけど、今度は私がやるから!」

 

 気合十分な様子のゆんゆん。

 やる気が真っ赤な目に表れるくらいに燃えている相方で、少々気負い過ぎる気もしなくもないが、引っ込み思案な彼女にはこのくらいがちょうどいいかもしれない。

 

 これまでの傾向から第二の族長試練は、“決めポーズ”が課題になると予想している。

 まず紅魔族の長に相応しい優秀な頭脳を試し、次は紅魔族の個性的なウケを狙える格好良さを試験するのだ。

 ……第一の族長試練は、知力を推し量る謎かけとは程遠いお題ではあったものの、第二の族長試練の格好良さは外れないだろう。

 だが、これがまた難しい。何せ、ゆんゆんはこの紅魔族のノリな決めポーズが恥ずかしくて苦手としているのだから。

 

 だから、二人はこの苦手分野を特訓していた。

 それはもう大変な猛特訓であった。

 

『ゆんゆん、すごい! すごいぞゆんゆん! なんて格好良いポーズだゆんゆん! 雷鳴轟く者ゆんゆん! 何だかテンションが上がってきたぞ、青き稲妻を背負う者! 最高だゆんゆん! ――』

『~~~~~っっ』

 

 と自信をつけようととんぬらがポージングを決めるために絶賛を連呼。褒めて伸ばそうとしたのだが、ゆんゆんは段々と顔を真っ赤にふるふると震えて若干涙目に。しかし、紅魔族のテンションについていくにはこれくらいで委縮しているようでは困る。とんぬらは心を鬼にしてこれでもかと褒めちぎって、さらには問題点をゆんゆん側からも第三者視点で理解しやすいように魔導カメラで写真を撮って……結局、残念なことにゆんゆんの恥ずかしがり屋は治らなかった。むしろそれからしばらくゆんゆんは自分にさえまともに話が出来なくなってしまったから悪化してしまったかもしれない(でもその後も特訓は頼まれているので克服しようとする意思はある模様)。

 

「俺達はやることをやってきた。だから、あとは試練を乗り越えるだけだ、ゆんゆん!」

 

 ・

 ・

 ・

 

「第二の族長試練で試すのは、魅力! ポーズと名乗りで――この紅魔族随一のプレイボーイを悩殺してみせろ!」

 

 第二の試練は紅魔族的なセンス力を試されるポーズと名乗り……ここまでは予想とあっていた。それからが予想の斜め上をいかされていた。

 とんぬらは、ゆんゆんの隣ではなく、何故か前に向かい合っていた。そう、相方としてではなく、壁のように彼女の前に立ちはだかっているのである。

 

「あの、族長? 俺はどうしてこんな立ち位置なんですか?」

 

「言っただろう? 浮名を流す色男さえもときめかせるくらい魅力的である者こそが紅魔族の長には望ましい! そこでモテモテなとんぬら君をメロメロにしてもらうことにしたんだよ」

 

「俺ってゆんゆんのパートナーのはずですよね? そもそも俺、あなたの娘さんとは婚約者ですでに陥落しているんですけど無血開城しちゃっていいんですか?」

 

 これではパートナーと言うよりも、審査員側。でも、とんぬらの胸三寸で合格が決まるというのなら、これほど楽勝な試練はない。が、そんな物事甘いはずがない。

 

「勝手に降参してはダメだよ。とんぬら君は審査員じゃないからね。これは、ゆんゆんに迫られるとんぬら君の反応を見て、“あ、これ落ちたな”と我々審査団が判定を決めるんだ」

 

 それはつまり、羞恥プレイのサンドバック役になれということですか?

 第一の族長試練でも盛大に辱められたが、もっと真面目に普通の審査ができないのだろうか我が故郷は。

 

(しかし、八百長などしなくても、ゆんゆんなら俺を篭絡するポイントは心得ているはず……!)

 

 天を仰いだ視界を前へ戻すと、向こうもちょうど俯いたところから意を決して顔を上げたところだった。そのせいでお互いの視線がビックリするくらいピッタリに交わる。

 

「「………」」

 

 二つ結んだおさげが揺れる黒髪、あどけなく見開かれた大きな瞳、吐息が漏れる柔らかそうな唇、たじろいだ弾みで大きく反らされ強調される胸元、それから仄かに香る甘い匂い。見つめ合うだけでも、鼓動が早まってしまう。

 

「…………ぅ、っ」

 

 だが、それはあちらも同じであって、そして、ゆんゆんの方が先に目を逸らしてしまった。

 

「どうした、ゆんゆん?」

 

 ドキドキはしたが、傍から見ればにらめっこしてるようにしか見えないやり取りで審査団が満足するはずがない。

 

「少し予想とは違ってても、これはあの特訓を活かせるお題のはずだ。人前で恥ずかしいのは俺とて同じだが、ここで逃げるわけにはいかないぞ」

 

「……ぬらが……よ過ぎて……ない」

 

「ん?」

 

「とんぬらが格好良すぎて見れないの……っ!」

 

 いざ意識してしまうと、見つめ合うだけでも照れてしまう模様。これからこちらをイチコロにしなければならないのに逆に落とされては話にならない

 

「そ、それに、私、可愛くないから」

 

「まったく今更何を言うかと思いきや。ゆんゆん、自信を持て! 族長になるんだろ? なんならゆんゆんの可愛さを一から説明してやろうか。必要とあらばこの場でも『ゆんゆんは可愛い!!』と大声で謳っても構わない」

 

「や、やめてっ、そんな今おだれられると死にそう……!」

 

 ゆんゆんは本番には強いとは思うのだが、やると決心させるに至るまでがすこぶる大変だ。煽てられると軽い冗談交じりのものでも本気に受け取ってしまうチョロい娘であるからに、とんぬらが口車に乗せてその状態にまで持っていけばいいのだが……どういうわけかそれが逆効果になってしまいそうだ。

 

「ゆんゆんには誉め言葉が即死呪文にでも変換されるのか? 最低一日一回は特訓を催促していたのにまるで耐性ができていないな」

 

「多分、その特訓のせいだと思うんだけど」

 

 審査席でもひそひそと『とんぬら、なんて大胆に……』、『そういえば毎晩熱烈に叫んでいたようだけど、これってきっと……』などと耳打ちで囁きながらこちらを見ているが、反応はあまり芳しくはない。紅魔族的にインパクトが強くなければ評価されないだろう。

 となると、ここはアレしかない。

 めぐみんとの約束で、こちらからアレを無理やりに装備をさせるのはご法度であるが、やむを得まい。

 

「ゆんゆん……良ければ、だが――この猫耳をつけてはくれないか?」

 

「え」

 

 自分の魅力に自信のないゆんゆん。だからこそ、猫耳で自信をつけさせる。自分に自信がなくても、猫耳があればイケる! と思わせるのだ。無論彼女自身の魅力がないはずがないが、ここは多少強引でも背中を押す。引っ込み思案の分だけ爆発力が凄まじいパートナーの起爆剤となり得る一手が必要だととんぬらは判断した。

 

「魔法使いに魔法をかけられて舞踏会のお姫様になる女の子の話をゆんゆんも知っているだろう? そこに登場する、灰被りの少女に魔法使いが与える硝子の靴。この猫耳もそれと同じだ」

 

「そ、そうなの? 多分なんか違うと思うんだけど……」

 

 首を傾げるゆんゆんであったが、とんぬらから渡される猫耳バンドを受け取って、しばし、悩んだ後、思い切って装着してくれた。

 

「――えいっ、どう!」

 

「おお……っ」

 

 甘いような酸っぱいような、柑橘味の猫耳姿に、間の抜けた声が漏れてしまう。

 ゆんゆんの可愛さと、子猫の可愛さが混在して別の可愛い何かが爆誕している。まさに合体魔法だ。

 そして、羞恥の許容限界(キャパシティオーバー)に達してしまったのか若干目を赤らめつつ、“もう何も怖くない!”とばかりに行動に出た。勇気をくれたとは少々違うが、猫耳バンドはゆんゆんの後押しに成功した。

 

「~~~~ッ、や、やっぱり、いざとなると恥ずかしい……でも、とんぬらの希望してるなら頑張る!」

 

 やや前のめりに上体を傾け、胸を腕で持ち上げて強調している……まさしく、あの接収されっ放しになってる『えっちな本』などで見たようなものだった。勉強熱心なゆんゆんの表紙を雌豹のポーズが飾る教材を真似た背一杯のアピールを繰り出す。

 たわわに膨らんでる大きな胸はその胸元が露わとなった服から零れそうになって、不覚にも視線が吸い込まれるように向きかけてしまうがなんとか視線を脇へと逃がした。

 

「ど……どう……?」

 

「あ……ああ……その調子、なんじゃないか」

 

 だけど、薄目の視界の端で捉えるその顔を真っ赤にしながらも懸命にアピールしてくるその構図は、大胆なポーズとのギャップとなって、心をくすぐってくる。思わず唾を呑み込んでしまって、問いかけに僅かに逡巡してしまう。その反応を見てか、ゆんゆん、さらにプッシュ。

 

「と、とんぬらっ。んんっ!」

 

「――っっ!?」

 

 顔から湯気が噴き出しそうなくらいに真っ赤に恥じらいなりながらも大胆に、ゆんゆんがさらに胸を押し出してくる。もう両者の間合いはほとんどないくらいに迫ってる。これにとんぬらはもはやたじろぎを隠せない。

 ――だが、まだ審査団はこれに満足していない。族長たちは未だに合格のサインを出さない。とんぬらの心情的に男心は焼き討ちにあっているくらい滾るモノを堪えるのに歯を苦縛って自制しているのだが、まだもう一押し足りないというのか!

 

「んんんん~~~~っ!!」

 

 今も必死に頑張ってるゆんゆんのパートナーとして、こちらから何か助言せねば! ととんぬら。仮面を顔に深く押し付けてその沸き立つ思考を抑えると、冷静に状況を打開するための解を導き出す――

 

「ゆんゆん、猫耳を装備しているんだから、『にゃあ』と鳴き真似も入れた方が良いと思う」

 

「とんぬらが、匠の顔になってる……!」

 

 表面上は至極真面目な顔で、自信を持っておすすめするとんぬら。ゆんゆんはまた少し悩むも、『とんぬらが太鼓判を押すのなら……』とパートナーへの絶対の信頼で決意を固める。

 

「にゃ、にゃあー」

 

「ちょっと待ってくれ。恥じらい過ぎだ。周囲のことなんか今は気にせず、思うがまま猫の気持ちになるんだ、ゆんゆん」

 

 とんぬら、ガチだ……!

 目が凄く真剣なパートナーから演技指導が行われた。

 

「もっとこう……『にゃぁ~』って」

 

「にゃあ~」

 

「よし、そうだ。もう一度、『にゃぁ~~~』」

 

「にゃぁ~~~」

 

「よし、じゃあ次は――」

 

 と発声練習から始まり……

 

 ・

 ・

 ・

 

 それから数分後。

 

「にゃぁ~~、にゃんにゃんにゃ~ん♪」

 

 この土壇場での特訓の甲斐あって、猫耳と一心同体になるレベルで完璧に着こなしたゆんゆんは、ステータス的に可愛さがボーナス増し増しで上がった。やはり我が目に狂いはなかったととんぬらは深く数度こくこくと頷く。

 そして、ただ鑑賞するだけではもったいない――とんぬらの中で理性の鉄壁に本能がついに罅入れた――よし、愛でる! とその食指が伸ばされた。

 

「よーしよしよし」

 

 猫を相手するように、まずはゆんゆんの顎や首のあたりに狙いをつけてくすぐる。とんぬらの器用極まっている魔法の指先、見張りに神社へ寄越された使い魔の猫たちを陥落させてきた実績のあるゴッドフィンガーを炸裂させる。

 

「あっ、ふっ、やぁんっ! く、くすぐったい……んひゃんっ!」

 

 指を動かすたびに、ゆんゆんは指の刺激に耐えながら、小さく身体を震わせる。仮面の奥の双眸はそんな僅かな反応さえ見逃さず。

 

「そうか、ここか、ここが気持ちいいのかゆんゆんは」

 

「はぅっ、はっ、はっ、はぁぁぁ……んんっ」

 

 首筋から沿わすように頭へ手を移動し、指の間に櫛通すように髪を梳いて、触れる。猫耳バンドに。

 

「ふぁっ、あっ、あんっ……んんっ、やっ、あぁんっ」

 

 こう、花丸をあげたいくらいにグッとくる。

 頬を赤くしながら、必死に耐え、けれど堪え切れずに熱い吐息を漏らす、その姿。

 くすぐっているのは触覚神経など通っていない猫耳のはずなのに、何故か感じているゆんゆん。彼女の耳が敏感な弱点(ウィークポイント)なのはとうに知れているが、これは想像共感してしまってるとみるべきか。そんな彼女の悶える姿に、言いようのない気持ちが湧き上がってくる。

 

 

「ふふっ、かわいい子猫ちゃんだな、ゆんゆん」

 

 彼の囁きは、まるで猫耳を通しているかのように、自分の裡までくすぐってくるようだった。

 カァッと血が昇る頭、バクバクと脈動する胸。直にくすぐられているのは猫耳バンド(アクセサリ)であるのに自分の身体が弄ばれているように思えてならなくて、どうなだめても落ち着いてくれない。そして、昂りがてっぺんを超えちゃった瞬間、頭が真っ白に――

 

「はっ、ぁぁっ、あっ、んんっ! もう、ダメ、止めて……じゃないと、あっ、あっ――――んんーーーーぁあっ!」

 

 ・

 ・

 ・

 

「はぁ……はぁ……」

 

 で、只今、第二の族長試練の真っ最中。

 ゆんゆんはとんぬらへもたれかかる形で頽れてしまっており、これ以上の続行は無理だと思われる。そして、とんぬらも、頭に昇っていた血も落ちてきた。少し血の気が引くくらいに。

 

「……思わず手を出してしまうくらい、ゆんゆんは俺にとって魅力的でした。つまりこれは試練の課題を果たしたと言っても過言ではないのでしょうか」

 

 ゆんゆんの頑張りを不意にしないためにも、ちょっと無理のあるこじつけを述べるとんぬら。

 そんなとんぬらへ、審査団を代表する、そして、ゆんゆんの父親である族長が、ぽんと肩に手を置いて、

 

「協議の末、ゆんゆんは第二の族長試練を達成したと認められた」

 

 ほっ、と彼女の努力が報われて内心安堵の息を零すとんぬら。しかし、肩に置かれてる手は離れない。むしろここからが本題だとばかりに握った指に力が入ったのを察知した。

 

「それでね、とんぬら君」

 

「はい、なんでしょうか、族…お父さん」

 

「本当に、君達の間には子供はいないんだよね?」

 

 目の前の青年の腕に介護されるのは息も絶え絶えな娘。口の端に細い髪の毛をつかせ、目の光も薄らと茫洋としている、その姿はそこはかとなく艶やかである。もしもこの場面だけ区切ってみれば勘違いする者もいるであろう。この状況証拠から推察すれば、族長の質問はおかしくない。むしろ至極当然のものであると言える。

 だけど、悪足掻きではあるものの最初の一度だけ、とんぬらは勝ち目のない抗弁を試みた。

 

「違うんです、お父さん」

 

「何が違うんだい?」

 

「娘さん、ゆんゆんが可愛いという気持ちは嘘偽りのないものですが、だからといってそんな、その子供を作るような行為に無理やりに及ぶという真似はしません。絶対に」

 

「もちろん私はとんぬら君のことは信じてる。何の心配はしていないさ」

 

「ありがとうございます、お父さん」

 

「うんうん。――それで子供はできてるのかい?」

 

「お父さん!?」

 

「とんぬら君のことは信じてるよ。ちゃんと責任を取ってくれるとね。それにゆんゆんもきっと合意しているんだろう。その辺りのことをいろいろ詳しく聞かせてほしいから、そうだね、これから一緒にお酒を飲もうじゃないか。男二人で、じっくりと、ね?」

 

 結局、族長(ちち)からは逃げられなかった。

 そうして、第二の族長試練を突破したとんぬらとゆんゆんであったが、紅魔族随一の占い師を発端とし第一の族長試練でも解消し切れなかった出来ちゃってる疑惑がますます深まってしまった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ――ついに、完成した。

 

 紅魔族。

 我々魔王軍の大規模な侵攻を阻むために魔王領の近場に拠点を敷く人類側の見張り。そして、全てを見通す強力な魔道具を里近くの山に設置し、こちらの動向を監視しているのかと思いきや、『いつでも魔王の娘の部屋が覗けます』だとかいう観光名所にしているふざけた連中。個人的にも、それにこれからの戦局を考慮するに、ここはできれば落としておいた方が良い相手だ。

 だが、紅魔族は強い。全員が『アークウィザード』であり、大人たちは上級魔法と『テレポート』の使い手。かつて、魔法に強い耐性をもった魔王軍幹部である『グロウキメラ』のシルビアが里へ軍を率いて襲撃を仕掛けたが、返り討ちにあった。幹部級ですら容易ならない難敵。父上が此度の紅魔の里侵攻を心配するのは仕方のないことだ。紅魔族は、あのアクシズ教に並ぶほど魔王軍内では敬遠される存在。自分も関わり合いたくなどなかった。あんなこちらのプライベートを覗き放題にしてくれた(効能的に元魔王軍幹部の某地獄の公爵が一枚噛んでいそうな)望遠鏡の魔道具の存在がなければ。

 だから、準備した。とっておきの秘策を――紅魔族殺しの禁呪『氷焔結界呪法』を。

 

「魔法に強いシルビアでさえ敵わなかった。ならば、奴らには魔法を使う自由すら与えてはならない。妾が編み出した禁呪が成就すれば、氷と焔に閉ざされた世界の中で紅魔族は絶滅することになるであろう!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 とんぬらとゆんゆんの二人が紅魔の里へ行ってから、どこか上の空で元気のなかっためぐみん。そんなに心配ならめぐみんも一緒に行けばいい。それくらいこっちも付き合ってやるぞと言ったのだが、『別に私は気にしてませんよ。それにどうせ私が行っても試練は受けられないみたいですからね!』と言い返される。その口調は淡々としているものの、口ほどに物を言う瞳の光が落ちた消沈っぷりから、思いっきりふてくされてるのがあからさまである。

 これは単に二人が大丈夫かと心配しているだけでなく、一人置いていかれることを気にしているんだろう。けして口にはすまいがめぐみんはあの二人はライバル視していたから今回のことで差をつけられたと焦っている。

 

 ――それがしばらく続いたある日、昼食を取り終えた後、久しぶりの真っ赤に瞳を輝かせているめぐみんが、皆を誘ってきた。

 

「討伐に行きましょう!」

 

 これにカズマはダクネスと見合わせ、とりあえず話を聞く姿勢を取る。

 花嫁修業だとか称し自称姑なアクアはドランゴ(人型)に何やら芸を仕込んでいるが話は聴こえるだろう。

 

「今朝冒険者ギルドへ寄ったらなんとこの街の近くに、ギルド職員でも未確認の大物モンスターが出現したそうです。これに緊急依頼が出されていますが、私達だけでそいつを退治してやるのです! レベル制限も課されていますが、今の私達なら問題はないはずですしね!」

 

 未確認の大物……。

 この世界の大物は本当に洒落にならないくらいの大物なので嫌な予感がする。

 駆け出し冒険者の街で、レベルに制限を設けるようであれば、その危険度はガチだろう。

 

「モンスター討伐は冒険者としての本分だし構わないが、私達だけでやれるのか? 『アクセル』の冒険者たちの助力を扇いだ方が良いのではないか?」

 

 優雅に紅茶を啜りながら言うダクネスに、めぐみんが更なる情報を開示する。

 

「噂によると、その未確認の大物は途轍もなく長大な生物で、目撃者が視た蛇竜の如き影から『ドラゴンではないか?』と推測されているようです」

 

 ドラゴン。それは『魔獣使い』ですらそれ専門に秀でたい『ドラゴン使い』の類でしか完全には御し切れないモンスターの中でも別格の存在。

 これまでドラゴンゾンビやら亜種の『クーロンズヒュドラ』の変異種やらブラックスカルドラゴンやらを退治してきたがそれらは自分たちのパーティだけでやったのではない。パーティだけでやるには無茶苦茶な相手だ。

 だけど、自分たちのパーティにはドラゴンですら一撃で滅ぼし得る『アークウィザード』がいる。

 

「しかし、相手がドラゴンであっても、我が爆裂魔法の前には散る運命(さだめ)。そして、この緊急クエストを果たした暁には『ドラゴンキラー』の称号を得るでしょう!」

 

 命あっての物種であるも、『ドラゴンキラー』という称号はカズマも憧れるものがある。爆裂魔法と言う勝算もある。

 

「ドラゴン……ねぇ、めぐみん、爆裂魔法で討伐する前に捕獲できないか考えてみない? 英雄色好むっていうし、ゼル帝のお相手は一体でも多くいる方が良いと思うの」

 

 と頭がパーではあるが、蘇生の使える『アークプリースト』のアクアもいる。攻撃はまるで当たらないが防御は鉄壁なダクネスもいる。

 

「カズマ、ダメですか? 無茶なことを言っているのはわかってますが、皆とならドラゴン退治だってできると私は思ってるんです」

 

「……ま、いいんじゃないか。未確認の大物でも出会い頭にめぐみんが爆裂魔法ぶち込んで退治出来ちまえば、いつもの日課と変わんないしな。それでダメでもダメージは確実に与えられるし、逃げることくらいできんだろ」

 

 それに、めぐみん自身も偉業を成して、好敵手たちといつもの調子で張り合えるようになるのなら、少しくらいバカな真似に付き合ってやってもいいかもしれないと思った。

 最後は気後れがちに訊ねるめぐみんへ、カズマは軽く肩をすくめて応じるのであった。

 

「では、行きましょう! バカップルが里帰りしている間に、私達こそが真の『アクセル』のエースだと街の皆に知らしめてやるのです!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 そうして、久方ぶりに冒険へ。街から出て“未確認の大物”の目撃情報があった地点へとやってきた。

 四方見晴らしのいい平原だ。

 ここならどの方向から大型モンスターが迫ってきても、こちらにつく前に爆裂魔法で仕留められる。なので、『ここでピクニックするのもいいかもねー』と気持ちのんびりと気を抜いていた時だった。

 

「ん? おいちょっと待て」

 

 カズマの危機感知スキルが僅かな気配を察知し、一番前に出ていたダクネスのマントを引いた。最後尾のめぐみんはこれに立ち止まり……『へ?』と隣に、一番カズマの近くにいたはずのアクアは、ブレーキが緩いように数歩前に、ダクネスを追い抜いて止まった。

 『待て』って言ったんだからピタって止まれよ、と説教したくなったが、それどころではない。ここは見晴らしのいい平原で四方には何も見えない。しかし『敵感知』スキルは働いている。

 つまりは……

 

 

「上から来るぞ! 気をつけろ!」

 

 

 頭上に素早く視線を向けて、釣られてダクネス達も視点を合わせた。

 相手はドラゴンかもしれないというし、飛行能力があるのだろう。だから、空から一気に迫ってくる――!

 

 はずだったが……

 

「……ねー、カズマさん。上から何が来るの? 何にもいないんですけどー」

 

 不満げな声をあげるアクア。

 そう、見上げた先には何もなかった。大きな雲が真上に差し掛かったくらいだ。

 前にはおらず、左右にも影はない。となれば、あとは上からしかないだろ普通。

 

「ぷふーっ! 『上から来るぞ! 気をつけろ!』って有名な台詞を叫んだくせに何もないとか! カズマさん、大コケなんですけど!」

 

 そんなこちらの失態をコケに笑う、いつもミスばかり犯すこの女神を引っ叩いてやりたい。

 

「そんな笑うんじゃないアクア。カズマは真剣に私達に警告を発してくれたんだぞ。まあ、うん、幸いにも何もなかったが、今はクエスト中なんだ。気を引き締める意味でもよかったんじゃないのか?」

 

 ダクネスがそうアクアを嗜めるようにフォローを入れてくれるものの、小刻みに肩を震わせており、同様にめぐみんも口元に手をやり噴き出すのを堪えている。そりゃあ真面目な顔して大声で上から来ると宣言したのに何もなかったらそうなるだろ。恥ずかしさのあまりいっそ死んでしまいたくなる。今から帰ろうかとカズマが思ったが、今でも『敵感知』のスキルは警鐘を鳴らしている。

 

「なんだよ、スキルが誤作動とか……」

 

 ふざけんな、と言いかけたその時、今度こそそれが飛び出した。

 上から、ではなく、下から。ちょうどアクアの足元の地面が盛り上がって、

 

「スキルのせいにするとか、これだからカズマはダメ――」

 

 地中から土砂をまき散らしながら現れたそれは、数mの体長を誇る、大物のミミズであった。

 

『!?』

 

 デカくてうねうねするミミズを間近で直視し、絶句したまま固まる三人。そして、アクアは下半身をすっぽりと咥えられて、まるで半人半蛇のモンスター『ラミア』のようである。

 

「きゃー! きゃああああ! カエルじゃないのにカエルみたいに丸呑みされているようでいやああああ!!」

 

 いつもの『ジャイアントトード』ではない分だけのインパクトもあるのだろうが、その見た目がキモかった。これと比べればあの図体のデカいカエルもまだ可愛げに見えよう。食べられそうになっているアクアなんて、全身の毛穴と言う毛穴が粟立っていることだろう。

 

「これは触手モンスターとして知られる、『ジャイアント・アースウォーム』だ!」

 

 ダクネスが拳を握って解説。

 

「こいつらは、体は柔らかいし大した攻撃力もない! 図体がデカく、生命力が強くてしぶといだけで、丸呑みにされなければ問題ないモンスターだ!」

 

「アクアが今丸のみにされかかってんだけど!」

 

「ああ、なんて羨ましい! ――いや、ピンチだ! これは急いであの触手モンスターから救い出さなければ! くぅっ! アクア、今行くぞ!」

 

 半分趣味が入っていそうだが、しかし半分は真剣に仲間(アクア)を助けようとダクネスは巨大ミミズに挑む。見るだけで鳥肌が立ちそうな、嫌悪感と恐怖をもよおす見た目をしているが、ダクネスにはそんなのは関係ないらしい。むしろ望むどころだと言わんばかりの姿勢で飛び掛かっている。

 

「っ! おい! まだ俺の『敵感知』スキルには反応がある! これってまさかそこらの地面に大量に潜んでいんのか!」

「うおおっ!?」

 

 アクアを助けようとしたダクネスがその近くまで踏み込んだ途端、またも地面が盛り上がった。次々と。

 鎧に包まれたダクネスの身体があっという間に、ピンク色の肉林に呑まれた。

 

「ダクネスー! アクアだけじゃなくお前までやられてどうすんだよおおおお!」

 

 盾役と援護役の両方を助け出さなければならない。しかしカズマひとりで大量の巨大ミミズを相手するのは無理だ。せめて怯ませて隙を作らなければ……!

 だが、相手はミミズ。目はないのだから、『クリエイト・アース』と『ウインド・ブレス』の目潰しコンボは通用しない。『バインド』で縛り上げようにもあの細長い軟体ボディにはあまり通用しなさそうだし、かといって『スタン』で行動不能にさせようにも数が多すぎる。

 

「めぐみん! 爆裂魔法だ! アクアとダクネスが巻き込まれるから直撃させないで、前に余波で虫モンスター達を一掃した時みたいにこのミミズをやってくれ!」

「ダメです」

 

 モンスターの大群に爆裂魔法をぶっ放すのはめぐみんの好みのはずだが、それを拒否。

 

「『ジャイアント・アースウォーム』は視覚ではなく、触覚や聴覚で獲物の位置を捉えます。ですから、魔法の詠唱を始めるとその音や振動に反応するんです」

 

 となるべく静かにめぐみんは言う。

 つまり、長たらしい詠唱を要する爆裂魔法なんてすれば巨大ミミズの格好の餌食になる。その気になれば無詠唱でも撃てるくらいに極まっているがそれだと細かな修正は取りづらい。しかも見た目が気持ち悪いモンスターに狙いを絞るのは精神的にもきつい。仲間に直撃させず、余波でモンスターを一掃するという要求は難しくなってしまう。

 

「カズマッ!」

 

 めぐみんからの警告。

 ピンク色の先端部分をクパッと開いた巨大ミミズが目の前に。

 

「うおおっ!?」

 

 判断に迷って反応が遅れたカズマであったが、幸運にも『自動回避』スキルが働いて、回避。そして、攻撃を避けた直後でその隙を晒した、直径1mくらいの太さのある胴体へ鞘から抜き放った愛刀で切り込む。

 

「この巨大ミミズめ、輪切りにしてやんよ! 必殺一刀両断バッソー!」

 

 妖刀『ちゅんちゅん丸』は、“注ぎ込んだ魔力の分だけ切れ味が増す”と言う魔法武器。これにカズマ独自の魔法の『マホトラ』と組み合わせれば、相手の保有魔力分に比例して威力を上げる必殺技となる。

 その威力はまさしく一刀両断。あの魔王軍幹部の堕天使でさえ切り裂いてのけた。

 

 ……が。

 

 ぶよんとミミズの柔らかい胴体に刀の刃がめり込み、そして、切り込まれたはずのミミズはまるで何事もなかったように活動している。

 

「カズマ、『ジャイアント・アースウォーム』にそんな魔力があるわけがないじゃないですか。そんな他力本願な必殺剣なんて、鉄棒で殴るのと変わりませんよ」

 

 めぐみんの言う通り。

 膨大な魔力を有していた堕天使相手だったからこその切れ味であり、魔力なんて欠片もないミミズにはそんなのは発揮しないのである。そして、街近場に生息する『ジャイアントトード』と同様に『ジャイアント・アースウォーム』の軟体ボディも打撃系には滅法強い。

 

「この世界のもんは、カエルといい、なんだってデカけりゃいいってもんじゃねーぞ!」

 

 効果がないとみるや即離脱。でも、『逃走』スキルの援助があっても、地面から飛び出すミミズの大群はその逃げ道を物量でもって押し潰してしまう。その前に何か打開策を講じなければ、アクアとダクネスと同じ目に遭う。そうあんな風に。

 

「カズマー! カズマさーん! 早く助けてー! このミミズ、ミミズなのにカエルと違って歯があるし肉食系っぽいの! さっきからガジガジやられてて食べられそうになってるから早く助けてー!!」

 

 今やモンスターに捕っ捕まってピンチに追い込まれるのがお家芸になっている芸人の女神がギャーギャー喚く……とそこで、ふと、思いつく。

 

 『スティール』と『ドレインタッチ』を組み合わせた『マホトラ』は遠距離でも魔力を奪い取れる。それで、これは何も敵にだけ適用されるものではない。

 そして、ちょうどいい魔力タンク(アクア)がいた。

 

「『マホトラ』!」

 

「きゃあああ!? いきなり何すんのよカズマ! 吃驚して力が抜けかけちゃったじゃない!」

 

「抵抗すんな! もっとその無駄に有り余ってる魔力をこっちに寄越せば助けてやるから!」

 

 碧色の魔導石(グリーンオーブ)を掲げた左手をアクアの方に向けながら、妖刀から持ち替え(スイッチし)た左手の『魔弾銃』からカズマは火球魔法(ファイアボール)を連射した。

 元の世界で廃人になるほど鍛えたゲーマの妙技、秒間十六連打で引き金を引き続ける。

 

「『ファイアボール』! 『ファイアボール』! 『スタン』! 『ファイアボール』! ――『マホトラ』――『ファイアボール』! 『ファイアボール』! 『スタン』! 『ファイアボール』! ――『マホトラ』――『ファイアボール』『ファイアボール』『ファイアボール』『ファイアボール』五連打ァ!!」

 

 図体はデカいが、所詮は雑魚モンスター。そして最弱職の魔法でも塵も積もれば山となるのだ。中級魔法一発で巨大ミミズは撃退でき、そして、不足な魔力は運と賢さ以外は最初からカンストしているアクアから徴収する。

 

「あ、ああ……まま、まさかカズマが、こんなに無双するなんて。しかも魔法で……!」

 

 身体を小さく震わせて感嘆するめぐみんを前に、ふっと銃口に息を吹いてみせる。

 アクアに食いついていた巨大ミミズも一掃し、残るはダクネス……『(デコイ)』スキルでも発動させたのか、アクアのところにいるよりも数が多く密集している。その合間からはどこか悦のある声が漏れていることから、パーティの『クルセイダー』は無事のようだ。

 

「か、カズマ! 私に構うな! 私ごとやるんだ!」

「よし、ダクネスはそのままキモくてデカいミミズどもを引き付けておけ。――『ファイアボール』!」

 

 カズマは再び火の球をばら撒きまくった。

 元々魔法防御力がずば抜けて高い防護系スキル全振りした『クルセイダー』であり、紅魔族の『アークウィザード』の上級魔法すら通じなかった『魔術師殺し』を素材にした鎧を装備しているダクネスだ。

 めぐみんの爆裂魔法ならばとにかく、『冒険者』の中級魔法程度でダメージを通せるような頑健さじゃない。とにかく味方を餌にするような所業に見える、と言うかまさにそのものであるがちゃんと考えと壁役(ダクネス)への信頼があって実行に踏み切ったことである。

 

 

 ――阿鼻叫喚が平原に響き渡った激しい戦闘の末、一行はようやく地べたに腰を落ち着かせた。

 

 

 アクアを魔力タンクにし、ダクネスに囮とすることで一方的に滅多撃ちにする鬼畜なハメ技でもって、『ジャイアント・アースウォーム』を一匹残らず燃やし切った。

 

「ま、実質俺の活躍だったけど、アクアとダクネスも体を張って援護してくれたし、俺達もパーティらしくなったんじゃないか」

 

「どうしてそんなに胸を張れるんですか。私が言えることじゃないかもしれませんが、これは明らかに普通のパーティの連携じゃないと思いますよ」

 

 だって、しょうがない。普通の連携が取れるようなパーティではないのだから。

 肉食性のミミズに呑み込まれないよう抵抗する最中に遠慮なく魔力をドレインされたアクアはへとへとで、巨大ミミズに包囲される状況でさらに躊躇のないフレンドリーファイアを貰ったダクネスもくたくたである。両者の表情には悲喜の差が見て取れるもどちらも疲労困憊であることには変わりない。

 

 だがしかし、()()、終わりじゃない。

 

「俺の危機感知スキルが反応してる。次がまたうじゃうじゃ来る前にここから下がっておこうぜ」

 

 第二波が来る前に一時避難を呼びかけるカズマ。

 これにめぐみんは今度は疑念の余地を挟まず、体液でぬちょぬちょしてるアクアに肩を貸す。

 

「しっかし、依頼にあった未確認の大物モンスターが『ジャイアント・アースウォーム』だったとは。大量発生していたとはいえ、我が爆裂魔法の振るい甲斐のある大物とは言えません。まったく人騒がせな! もっと情報は正確に共有してもらわないと困りますね」

 

 未確認の大物の正体が、雑魚モンスターであったことに落胆するめぐみん。

 『ジャイアント・アースウォーム』はミミズとしては大物であるが、とても報告にあったドラゴンと見間違えるようなサイズとは思えない。これはあまりの見た目の気持ち悪さに目撃者が過大に誇張してしまったのだろうか。

 それとも……

 

 

「ギュルルルルルオオオオオッッッッ!」

 

 

 間欠泉の如く大量の土砂を天高くに吹き飛ばして出てきたのは、十体の『ジャイアント・アースウォーム』の群れではなく、『ジャイアント・アースウォーム』の十倍はありそうな超大物だった。

 5mはある『ジャイアント・アースウォーム』の十倍だ。とんでもなくデカい。

 

「おおっ! まさかあれは伝説に聞いた幻の触手モンスター、『タイラント・アースウォーム』なのか!」

 

 へばっていたダクネスが歓喜の声をあげるが、あんなのもう“触手”の範疇じゃない。

 

「めぐみーん! 大物も大物! お前の出番だぞー!」

 

「わわわわかってますよカズマ!」

 

 暴君の名を冠した超巨大ミミズの威容に最初は臆していたが、カズマの発破を受けてめぐみんは杖を構え、その両面を爛々と光らせる。紅く。

 

「我が名がめぐみん! 爆裂魔法の使い手にして、『アクセル』一の魔法使い! 我が爆裂道は二人の後塵を拝するものではないとここで知らしめましょう! ――『エクスプロージョン』!!」

 

 ………

 ………

 ………

 

「未確認の大物『タイラント・アースウォーム』討伐、おめでとうございます! サトウカズマさんたちのパーティの皆様に特別報酬をすぐに用意しますね!」

 

「ありがとうございます! よし、お前ら! 今日は皆で派手に宴会だ! 俺達の偉業を盛大に祝ってくれよ!」

 

「「「「おおおおおおおーっ!!」」」」

 

 ギルド職員の言葉に、冒険者ギルドが感嘆と歓声で埋め尽くされた。

 未確認の大物『タイラント・アースウォーム』を討ち果たしたカズマたちは、激戦後に冒険者ギルドへそれを報告。その賞金で急遽宴会を開くことにすると、現金でお祭り騒ぎが好きな『アクセル』の冒険者たちはギルドに集って、口々にこちらを讃えてくる。

 これに一番うれしそうだったのはめぐみん。称賛を受けるたびに、ここしばらくの気落ちしたものも取っ払われたようであった。

 カズマはそれを見て、笑みを浮かべて――で、そろそろ自分にも美人冒険者なファンができてちやほやされても良いなじゃないか、と言う内心を見計らったかのように、彼女は現れた。

 

 

「あの……。あなたが、サトウカズマ様ですか……?」

 

 

 落ち着いた大人の雰囲気を醸し出す、特徴ある泣き黒子の綺麗な女性。

 ゆったりとした白い神官服みたいなローブの上からでも浮き出るそのボディライン、ダクネスには及ばないものの、肉付きの良い、男好きする身体をしている。黒い髪を肩口で切り揃え、随分と色気のある黒い瞳で、こちらを見つめる。

 カズマはドキリとし、女性は優雅に一礼すると、

 

「お噂はかねがね……。今日の大物モンスターの討伐おめでとうございます。あなた方のご高名は聞き及んでいましたが、流石です」

 

「お、おう……お嬢さんは一体?」

 

「セレスと申します。サトウカズマ様、お会いしたかったです。その……わたくし、貴方様のファンなんです」

 

 

参考ネタ解説

 

 

タイラント・アースウォーム(タイラントワーム):モンスターズジョーカー2から登場するモンスター。名称の意味は、“ミミズの暴君”。ギガサイズのモンスターで、フィールドを埋め尽くすほどデカい。そして最初の密林フィールドの主でもある。


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