この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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13章
138話


 それはとある魔道具の事故で三日ほどこの世界から“とんぬらの消失”をしていてから落ち着いた頃合いだった。

 最初こそは男の甲斐性を含む色々を打ち明けたパートナーに丸一日ほど三日分の埋め合わせをせんと濃密な“看病”をされたり、事故の原因となった店長には土下座されて謝られたり、マネージャーには大笑いをされたりもした。他にも親しく付き合いしている、同郷の天災児が所属する問題児パーティにも心配されたりもしたが、『アクセル』は“駆け出し冒険者の街”という符号が詐欺とも思えるくらいの奇想天外な事態にしょっちゅう見舞われ、トラブルの方から寄ってくるギルドでも有名な“不幸の避雷針”には日常茶飯事レベル。二、三日もすれば元通りになる(約一名の悪魔だけは平常運転であったが)。

 

「魔王というのは、実力があればたとえ敵でも勧誘してくるものなんですか?」

 

 そんな話をするにはちょうどいい頃合いを見計らって、バイト先の魔道具店の店長とマネージャー……ついこの前下克上を挑まれたなんちゃって魔王軍幹部と魔王城の魔族を散々泣かしてきた元魔王軍幹部に、朧気ながらも覚えている魔王の情報の照らし合わせをしてみた。

 

「そうですね、魔王さんは実力さえあれば話を持ち掛けてくるかと思いますよ。私もその口ですし」

 

 『氷の魔女』という泣く魔族も黙る異名で畏れられ、魔王軍内で高額賞金首であった元凄腕冒険者のウィズはおっとりと人差し指を頬に当てるポーズを取りつつとんぬらの質問に答える。

 それが幹部を倒してきた人間であろうとも評価はされる。

 なるほど、『怠惰と暴虐を司る女神』ウォルバク様の仰っていた通りである。

 しかし、それはあの魔王軍幹部候補であった堕天使デュークの突き付けた情報の信憑性を高めてしまう。実力主義で、人魔差別に寛容であるのだとすれば、向こうに魔王軍に与する人間がいる可能性があるということであって、実際、この前の防衛戦線では砦内に内通者がいた。

 これは一筋縄ではいかないな、と相談したのだがますます懊悩が深まったとんぬらへ、今度は愉快犯な地獄の公爵が、

 

「しかし、近いうちに修羅場が期待されるプレイボーイな小僧よ。魔王がいたく可愛がっている娘を誑かそうとすれば、その首にかけられた賞金額は確実に跳ね上がるであろうな」

 

「誰が、そんな魔王の娘に手を出すなど恐ろしい真似をするか。というか、その枕詞は俺にとって途轍もなく不幸な未来を暗示している気がするんだが……本当、冗談だよな? ですよね? マネージャーが言うと、フラグが立ちそうだから揶揄うのもこの辺りにして欲しいのだが」

 

 未来視もできる全てを見通す悪魔の発言は洒落にならない。保証されるなど呪いも同然だ。質の悪い冗談だと前言撤回してほしい。

 これにはウィズも悪戯が過ぎる友人に咎める視線を送り、

 

「バニルさん、あまりとんぬら君を不安がらせるようなことを言わないでくださいよ」

 

「残念であるが、我輩は悪感情(ごはん)を得る以外ではあまりウソは吐かん。いやおうに不安がらせても好みの感情ではあるまいし、それくらい遠い未来でも修羅場が微塵も期待の出来ない行き遅れ店主でもわかっていよう。しかし、ここまで視てて愉快な人生を行くご飯製造機(にんげん)はお目に掛かれんがな! ぷぷっ! ぷはーっはははははっ!」

 

「発言を撤回してくださいバニルさん! 私だっていつか……たぶん――いえ、きっと! いい相手に巡り合えるはずです!」

 

 うん、これ、絶対に何かを予見したな。

 バニルマネージャーは隠す気などさらさらない、あからさまな忍び笑いをしてくれた。

 もはやこうなると回避するのが難しい事態が待ち構えているのであろう。であれば、これをだいぶ曲解された警告と受け取って、迫る危機に備えた方がまだいくらか有益(プラス)かととんぬらは自分で自分にそう言い聞かせた。

 

 しかし、その九割ほどはこちらを揶揄うためなのは間違いない。

 これ以上は何も聞くまい。そう背を向けようとしたとんぬらであったが、すべてを見通す悪魔なマネージャーが待ったをかけた。

 

「――バイト小僧よ、これをやろう」

 

 こちらへ放られたそれをとんぬらは軽く振り向きざまに取る。

 仮面だ。マネージャが顔につけているものと同じデザインの仮面である。それが二枚重ねられている。

 

「これは、5万エリス以上のお買い上げしたお客様に配布しているサービス仮面……ん? デザインは同じだが、何か妙な魔力を覚えるんだが」

 

「うむ。その通りだ。これはサービス仮面とは一味違う。我輩が気まぐれにとある魔道具を参考に製作した装着者の精神を入れ替えることが可能な特別製の高級仮面である」

 

 なんかそれ似たような効果の神器があったな。

 

「この二つで一組の仮面を同じタイミングで被ることで精神が入れ替わるという面白アイテム。犯罪防止用に一回きりで二度と発動しなくなっている。まあ、かなり魔力が高い貴様なら二回ぐらいは可能であろうな」

 

「効果はわかったが、これはいつぞやの携帯トイレのようにまた試作品がちゃんと使えるか試してこいということですか?」

 

「我輩が手掛けた仮面を節穴店主の地雷商品と一緒にするでない。これは、中々の働き――それに旨い馳走をくれる竜の小僧へのボーナスと言ったところだ。それに、我輩としても、この店の商品の大部分を請け負っている“仕入れ先”が潰れてしまっては困るのでな――うまく使うがいい」

 

 うまく、か。

 そんなこれの使いようのある状況などすぐに想像できるものではないが、一応、とんぬらは道具袋にそれを忍ばせた。

 

「フハハハハハハッ! では、我輩は汝の為に幼児用の衣服を仕入れておいてやる故、今回も存分にやらかしてくるがよい!」

 

「くっ! 気にしないようにと言い聞かせてたのに、やたら意味深で気になる余計な一言を送ってくるとはマネージャは本当に悪魔だよな!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

『我が偉大なる輩よ、来るべき時が来た。今こそは、各々が研ぎ澄まし、鍛え上げてきた牙を振るう時。ついては我と思わん者は紅魔の里へ――』

 

 個性的な言い回しで書かれた手紙を翻訳すると“紅魔族の次の族長を決定する試練を開催しますので、希望する立候補者は里へ来てください”とのことである。

 これに目を通しためぐみんは拳を握り、ふんと不敵な笑みを浮かべ、

 

「なるほど、これを持ってきたということは、この私も次期族長候補の一人に選ばれたのですね? いいでしょう、旅立ちの準備をしますよ二人とも! 我こそが紅魔族一に相応しいことを証明してみせましょう!」

 

「ええ!? 紅魔族族長の試練を受けたいのなら、最低限、上級魔法と『テレポート』の二つは使えないとダメよ? それに、旅立ちの準備も何も、私なら『テレポート』で一瞬だし」

 

 と勇み足踏むライバルへ、手紙を持ってきたゆんゆんはキッパリと告げる。いきなり梯子を外された形になるめぐみんは、握り締めた拳を解き、

 

「……ではなぜこの手紙を持ってきたのですかゆんゆん?」

 

「一応見せとかないと、どうせめぐみんのことだからあとで難癖付けてくるでしょう? あなたは私のライバルなんだから……痛っ! ちょ、ちょっとやめてよね、自分が試練を受ける資格がないからって当たらないでよ!」

 

 やはりこの配慮は挑発にしかならんよな。

 とんぬらはやれやれと、上位魔法使い(アークウィザード)のクセしてキャットファイトを始める同郷の女子を半ば呆れた視線で見やると、それを敏く感じ取っためぐみんがこちらを睨む。とんぬら限定で万年反抗期を患っている紅魔族随一の天才は八つ当たりの矛先をこちらへ向ける。

 

「何を澄ました顔をしているのですかとんぬら! あなただって試練の資格は認められないんですよ! 上級魔法も『テレポート』も修得していないのでしょう?」

 

「めぐみん、貴族の話でこういうのがある。商人から竜車用に躾けられたリザードランナーを買った貴族がいた。一番活きのいい竜を選び、鞍から荷台車まで高価なものを揃えた。全てが一級品だ。そして、貴族は最後に商人へこう注文を付けた。『腕のいい御者はどこで雇えるんだい?』とな。

 これはおかしな話ではない。竜を操るには技術が必要でそれがない人は、御者を頼るのが当然のことだ。自分の技術など当てにしなくても、他人の手を借りても結果的に変わらないし、問題ないのだから。下手に鞭を打って怪我するよりずっとまし。そりゃあ、金銭的に人件費を支払う余裕のないのであればその貴族は自分で操縦する術を習得しなければならないんだろうが。

 つまりは俺にはゆんゆんがついているから、上級魔法や『テレポート』、それらを習得する必要性を特に感じていなかったわけで、主な行動範囲も同じなんだからわざわざ覚えるのは非効率だとも言える」

 

「うん! とんぬらとはどこでも一緒だし、うんっと私を頼ってくれて問題ないわね!」

 

 頼りにされて嬉しいパートナーは、力いっぱいに首肯し、この意見を肯定。

 

「『テレポート』の負担分をゆんゆんに強いるのは申し訳ないとは思っているぞちゃんと。登録先にも限度があるし、そろそろ自分も覚えようかと考えている」

 

「私だって、とんぬらには戦闘になるといつも前に出てもらって大変なんだから、お互い様じゃない」

 

「そうやって甘やかすからとんぬらが滑り芸みたいなへんてこなものばかり覚えて、真っ当な魔法使いから外れていったんですよ。ゆんゆんは、あれですね、ダメ人間製造機ですね」

 

「一発芸にしかスキルポイントを費やさないめぐみんよ、鏡を出してやろうか?」

 

「私だってカズマが覚えてますから問題ありません。一時期、上級魔法も覚えようかと思いましたが、カズマが私のカードを取り上げて勝手に弄ってくれたのですよ。『お前に爆裂魔法以外は似合わない。どうか爆裂道を突き進んでいってほしい!』とね!」

 

 同郷同士の会話を邪魔しないように(もしくは巻き込まれないように)やや距離を置いている三人を見やると、その内の黒一点(カズマ)より“そこまで言っていない”と首横振りつつアイコンタクトが返答された。

 

「とにかくだ。人間、ひとりで何でもかんでもやるのは疲れるし、自分にできないことは誰かに頼るのはひとつの手段だ。顕著な例を挙げれば、『魔獣使い』は、使役したモンスターに戦闘等をこなしてもらう代わりに、モンスターを支援補助する分業体制が基本だ。『魔獣使い』自身の戦闘力が低かろうとも召喚するモンスターが強ければいい。最強の切り札とは別に己自身でなくても構わない。それに、冒険者のパーティとは互いに不足分を補うものだ」

 

 それに、とんぬらは紅魔族の族長になる気はない。試練を受けるのはゆんゆんであって、とんぬらはその試練のパートナー役として付き添うだけだ。

 それで、とんぬらの理路整然詰めてくる講釈に余計にへそを曲げたように口をへの字にするめぐみん。それを見かねてか、ようやく保護者たちが重い腰を上げて会話に混じってきた。

 

「紅魔族の試練の話は私も耳に挟んでいる。実は、ダスティネス家と紅魔の里は以前から付き合いがあってな。今愛用している鎧もそうだが、以前の鎧も紅魔の里で作られた高級品なのだ」

 

 そういうのは、ダクネス。

 

「紅魔族の試練は、頑強な前衛と紅魔族の後衛の二人で受けるのが基本だと聞いているが……ふふっ、とんぬらがゆんゆんのパートナーにつくのは当然だな」

 

「ええ、まあ、ゆんゆんのパートナーですから……けど何だか意味ありげな視線が気になりますね」

 

 やたら面白げにするダクネスは、とんぬらを見て、なんだわからないのか? と笑みを深め、

 

「紅魔族の族長試練は、あの有名な英雄譚になぞらえたものなのだろう? とある少女が少年と共に困難を乗り越え、やがて一国の女王になるという物語……私もそれに憧れて冒険者を目指したからよく知ってるぞ! その物語に登場するのは、勇敢な魔法使いの少女と寡黙な騎士の少年! 少年と共に困難を乗り越えた少女は夢を叶えて女王となり、最後には騎士の少年と結ばれる――まさに、二人にピッタリじゃないか!」

 

「……一応、俺は騎士じゃあないんですが」

「――ダクネスさんもそう思いますか!」

 

 気恥ずかしくなって、そう躱そうとするとんぬら。けれど徐々に熱を込めて盛り上がるダクネスの語りに協調して、テンションが有頂天に上がっていく少女が横から会話のキャッチボールをインターセプトしてくれた。

 

「そうですね、とんぬらは騎士というより芸人です」

「魔法使いだ。芸も達者なスーパースターな賢者こと『天地雷鳴士』だ」

 

「私も紅魔族の試練の元になった有名な冒険譚を読んだことがあるんですが、それで一緒に里を出てずっと旅してきたとんぬらと試練を受けるなんて、本当に夢のようで……!」

 

「里を出るときもうひとりいたと思うのですがね。ええ、まあ、3人というよりバカップルとプラスワン(もうひとり)とでもいうべきですか」

「めぐみん、あまり突っ込んでやるな。この手のテンションに付き合うのはしんどいぞ」

 

「これって、もう運命なんでしょうか!」

 

 めぐみんが茶々を入れてくるが、そんな些末な戯言などすっかりその気なゆんゆんの耳に入らない。

 

「とんぬら! 絶対に一緒に試練を受かろうね!」

 

「わかってるわかってるちゃんとわかってるから、もう少し落ち着こうかゆんゆん」

 

 どうどうと瞳を赤く光らせて、ふんすふんすと鼻息吐く、軽く興奮気味なゆんゆんをとんぬらを宥めていると、今度はカズマが心配そうに、

 

「でもやっぱゆんゆんは族長になれないと困るのか? こう、先祖代々族長の家系だから、跡を継げないと勘当されるとか……? 族長と言えば紅魔族の一番ってことだもんな、やっぱ競争も激しいか」

 

「いえ、紅魔族は気ままな人が多いので、何かと束縛されたり責任が伴う族長は、どちらかというと誰もやりたがらないんですけど……」

 

 ゆんゆんは真剣な顔で告白す(ぶっちゃけ)る。

 

「私、他に目立つ特徴や特技、目標もないので、紅魔族の名乗りを上げる時にすごく困ることに……」

 

「別に族長にならなくてもよくね。名乗り上げも紅魔族随一のお嫁さんになるとかでいいと思うし」

 

「はい! それはもちろん将来の夢です!」

 

 お友達以上にお嫁さんワードに大変チョロい少女は、口元をにへらと緩ませ、幸せな未来予想図に浸るように目を瞑る。これを見てプレッシャーがかかるのはその相方。とんぬらは期待の分だけ重くなった肩を落として、カズマへ、

 

「兄ちゃんまでダクネスさんと同じようなことを言うのをやめてくれ。それで少し真面目に意見を述べるが、まとまりのない紅魔族には誰かが族長にならないと里という体制が維持できない。それで自由過ぎる紅魔族が野放しになってしまうのは何かと大変だろう? かといって面倒な試練を受けてまで族長をやりたがる奇特な紅魔族なんてゆんゆんくらいなものなんだ」

 

 ボッチではあるが、学生自体では一応は委員長であって、性格も真面目で常識のあるゆんゆんは時に抑え役もしなければならない族長に向いている、とも考えられなくもない。

 

「それで、今日はひとつ頼み事があるんだが」

 

「え、何? 紅魔族の試練というのは二人で受けるんだろ?」

 

「ああ、それでしばらく俺達は里の方に滞在することになるんだが、その間に、兄ちゃん達にドランゴを預かっててほしいんだ」

 

「ドランゴを?」

 

 とんぬらを主と認めたドラゴン(♀)。知らない仲ではないし、以前に屋敷の庭を焼き焦がしてくれたこともあった。

 

「ドランゴが護衛の仕事を任せている孤児院の子供たちを結構気に入ってて、今折角仲良くなってきているところだし、離すのは忍びなくてな。かといって、ウィズ店長のところに預けるには七面倒な魔道具が多くて色々と危険だし……ああ、ご飯のことは心配しないでくれ。街の外に出て、『ジャイアントトード』を自分で狩猟してくることくらいできるから」

 

 ちなみに、魔道具店では二人が抜けた穴を埋めるべく、プチ悪魔のプオーンが残ることになっている(あの里にいる食いしん坊幼女(こめっこ)と鉢合わせるのは真っ平御免だと同行を拒否)。

 

 なるほど。

 とんぬらのこの頼み事には、ダクネスも鷹揚に頷いており、それまでソファーの上でゼル帝をお椀にした掌に乗せて高い高いをしていたアクアも。

 

「いいわよ。ちょっとヤンチャだけど、いい子だしね。将来、ドラゴン族を引っ張ることになるゼル帝にも支えてくれる伴侶が必要になるし、今のうちに良さそうな子がいればお見合いさせようかと考えていたところなのよ」

 

「アクア様、ドランゴは躾けてありますがそれでも目の前でゼル帝(ひよこ)にうろつかれると本能的にパクッと頂かれるかもしれません」

 

「えっ? もしかしてあの子って肉食系ってやつなの? 大人しめの性格してると思ったのに、これはちょっと情操教育的に良くないわね」

 

「確かに、肉系が好みなんですが……」

 

「おい、あまり真剣にボケをかましてとんぬらを困らせるな。そのひよこを唐揚げにすんぞ」

 

「いい加減にうちの子をそんな目で見るのを止めなさいよカズマ!」

 

 とりあえず、預ける前に小竜にはたらふくご飯を食べさせておこうととんぬらは思った。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 右を見れば、念動魔法で壺を回転させて、操るゴーレムでもって仕上げをさせることで、自らの手を汚さずに作品を作る紅魔族随一の陶芸家。

 左を見れば、『トルネード』と『クリエイト・ウォーター』……二人がかりの共同作業で作り上げた、内側に大量の水を湛えた竜巻でもって溜まった衣服を洗濯する紅魔族の主婦たち。

 相も変わらず、魔法を無駄遣いしているというか有効活用しているというか、だけど外の人間にはあんぐりと大口をあけっぱなしにしてしまうのだろうが、これが当たり前の光景。

 

 紅魔の里。

 世界最高峰の魔法使いの集落であり、人類の最強戦力の一角が集う、そして、魔王の城を監視する役目を背負う、たとえるならラストダンジョン前にある村。

 とんぬらとゆんゆん、それからここにはいないがめぐみんの故郷である。

 

「変わらないなぁこの里は。めぐみんの家が新築されているくらいだ」

 

 里の離れにあった寂れた一軒家が、里の中でも中々に大きな新築一戸建てに化けていた。庭には話には聞いていた巨大な工房……預けているお手伝いロボットのエリーと遺跡で確保した巨大ロボットのデンドロメイデンの改修(改造)工事をしているというが、あとでその進捗を見に行くとしよう。

 

「おっ、誰が『テレポート』してきたかと思ったら、ゆんゆんととんぬら君じゃないか!」

 

 と普通に手を上げて挨拶をするのは、里の自警団をまとめているぶっころりー。めぐみんの近所付き合いする靴屋のひとり息子で、自警団に一時加入し修行の面倒を見てもらった相手である。相変わらずニートで、そして、“ぶっころりー(ストーカー)”と頭の中で自動でルビが振られるくらいにキワモノでもある。

 これが同族の自分たちだけでなければ、旅人らの第一印象を格好良く決める名乗り上げのチャンスに気合いを入れるだろうが、平常運転の時の彼らは普通の村人と変わらない。

 

「二人とも元気そうで何よりだ。それで……」

 

「え? な、なんですか……?」

 

 じろじろとゆんゆんを見るぶっころりー。視線がゆんゆんの顔ではなくて、下半身……特にお腹の辺りに焦点を彷徨わせると、あれ? と首を捻る。これの意図はまるでわからないが、ゆんゆんは憚りないぶっころりーの目線にもじもじと身を縮こまらせて、それを敏に察したとんぬらは背に庇うよう間に割って入る。

 

「おい、あんた、挨拶早々にセクハラをかましてくる変態野郎になったのか。それならこちらもそれ相応の態度に変えないとならないのだが」

 

「ああっ、ごめん! つい、気になったとはいえ、無遠慮が過ぎちゃったね……ほ、ほんと、ごめん、ゆんゆん!」

 

「あ、いえ、こちらも気にしすぎちゃったみたいですから」

 

 仮面の奥の双眸に剣呑な薄ら赤い光を宿して軽く睨めば、慌てて謝るぶっころりー。

 

「でも、とんぬら君にはすっかり先を越されちゃったなぁ……ねぇ、師匠(マスター)って呼んでもいいかい?」

 

「やめてくれ」

 

 孤児院が運営する学校の臨時教師ではあるが、弟子は家庭教師(チューター)を務めているシルフィーナひとりで今は手一杯だ。この最近は本格的に神聖魔術の手解きができないか、ダスティネス家が代々入っている宗派エリス教であることを考慮し、八百万の神々を祀る神主としてとんぬら自身も作法に心得はあるが念には念を入れ、エリス教に詳しいクリス先輩に幸運の女神エリス様の洗礼を授けるにあたってのエリス教徒の典礼方法を相談したら、『後輩君、これあたしのこと揶揄ってないよね?』と微妙な表情をされた。

 さて。

 話を戻すが、とんぬらに一応は年上のぶっころりー(ニート)に師匠と呼ばれる筋合いはないし、ぶっころりー(ストーカー)に師匠などと崇められたら自分自身がアクシズ教の最高司祭である変態師匠と肩を並べるくらいアレだと錯覚しかけない。これは精神安定上よろしくない。めぐみんからはよく“アクシズ教に染まってる猫耳フェチ”だと嘆かれているが、とんぬら自身としてはけして毒されているつもりはないし、ただその手の輩への理解が広いだけであると思っている。

 

「俺なんて、この前、なんかよくわからないけどそけっとを怒らせてしまったみたいでね」

 

「愚痴るのもやめてほしいが、とりあえず、あんたはそけっと師匠を怒らせる心当たりは相当にあると思う」

 

 嘆かれるぶっころりーに辟易しつつもとんぬらは一神主の習性から相談には乗る(はなしをきく)姿勢をとる。

 

「お風呂やトイレの時間はおろか、恥ずかしい過去に性癖、夜中にひとりごそごそしていることに至るまで占われてしまって……」

 

「本当にぶっころりーは一体何をしたんだ?」

 

「しばらく引き籠ってしまったけどさ、とんぬら君、これって、そけっとも僕と同じことを気になってたってことだろ? つまり相思相愛なんじゃないか! って思うことにしたら世界が見違えるようになったんだ!」

 

「もういい加減に自重を覚えたらどうなんだ。これ以上ストーカーを拗らせるとあんた自身が自警団のお世話になるからな。というか、街だったら普通に牢屋送りだぞ」

 

「うーん、でもこの最近、そけっとの様子が変なのは本当なんだよ。僕を占ってやると言ってまた呼び出したかと思うと、水晶の前で首を傾げた挙句追い返されたり。こないだなんて、里の周りを警備していたら、稽古つけてあげるとか言って襲い掛かってきたんだからね」

 

 泣きそうな顔で切々と訴えるぶっころりー。

 紅魔族随一の美人認定であるも趣味が修行で里の中でも上位に入る実力者のそけっとに挑まれるのは流石のストーカーも勘弁してほしいか。

 

「本当、アレを視て、そけっとも焦りを覚えたのかなぁ」

 

「? アレとは何だ?」

 

「そりゃあ、二人がついに――おっと、これは言ったらまずいんだった」

 

「おい、何を言ったらまずいんだ?」

 

「じゃあね! 僕は里の見回りがあるから!」

 

 強引に話を打ち切って走り去るぶっころりー。途中で、日課の隠密行動(ストーカー)で鍛えられた透明になる魔法を行使して姿まで消す。

 気にはなったものの、同時にこれを聞くと面倒な予感もしたので、とんぬらは見逃す。問題の先送りとも言うが、今日は族長試練という確固たる用事があるのだ。あまり他のことに気を取られるわけにもいくまい。

 

「そういえば、ゆんゆん、族長になったら何かやりたいこととかあるのか?」

 

「えっとねとんぬら。私ね、紅魔族の長になったら、一つだけやろうと思っていたことがあるの」

 

「それは何だ?」

 

 ゆんゆんはてへへと少し恥ずかしげにはにかみながら、

 

「私ね、前々から考えてたんだ。知能があって意思疎通ができるモンスター達を捕まえて、里にモンスター牧場を作ろうかなって……」

 

「ほう」

 

「とんぬらと旅して、ゲレゲレたちモンスターと触れ合う機会があったじゃない? それで衣食住を完璧に用意してあげれば、知性のある子たちはきっと心を開いてくれると思ったの!」

 

「あー……つまりは、モンスターとも友達作りをしたいのか?」

 

「うん! あ、え、ええと、そうじゃなくて、それだけじゃなくて……! これは人とモンスターがいつまでも争わないように、共存の道を探すための試みで……!」

 

「わかったわかった」

 

 たどたどしくも力説されたモンスター牧場計画だが、高尚な志を取っ払えば、いつものゆんゆんの願いだった。友達百人計画とも言い換えてもいい。人間ではないが、それでもサボテンよりは健全だろうと、とんぬらは首肯を返す。めぐみんがここにいえば『モンスターをニート化させてまで友達が欲しいのですか!』とツッコんだことだろうが。

 

「モンスターを人に馴れるよう調教(テイム)するのは難しいだろうが、まあ、いいんじゃないか。我が猫耳神社伝統の『猫耳バンド』で動物と会話もできるようになれるし、ゆんゆんにはすでに実績があるしな。俺はやれると思うぞ」

 

「本当にそう思うとんぬら!」

 

「ああ。族長として認められたら是非やろうじゃないか。もちろん、俺も協力する」

 

 ゲレゲレ……ロボットのエリーは除くとして……プオーン、わたぼう、それからドランゴと最近仲間になったムンババの世話をして、コミュニケーションが取れている。特に気遣い性のぼっち故にか、食事の栄養管理もしっかりしているし、味の好みについてもそれぞれの口に合わせるようにしている。この心細やかな配慮に、彼らの口から文句が出たことはなかったりする。実際、前のすれ違いでしばらくゆんゆんと疎遠になった時は、ドランゴよりご飯が雑だととんぬらは不満を申された。翻っては、ゆんゆんの管理に満足していると言える。

 とんぬらに自らの夢を肯定してもらえたゆんゆんは最初の恥ずかしさよりもうれしさが上回った満面の笑みで、

 

「ありがとう、とんぬら!」

 

「別にお礼を言われることじゃない。そうだな、子供ができたみたいだし。この里で安心して子育てのサポートの出来る環境づくりをしないとな」

 

「うん! 頑張らないとね私達!」

 

 そうである。実はこの前、モンスター博物館の管理人のおじいさんから報告があったのだ。預けているゲレゲレとそのつがいの白豹の間に子供ができた、と。

 

 

 

『子供ができた、って!? 今、子供ができたって言ったわよ!』

『やっぱり、そけっとの占いは本当だったのね!』

『子供を育てるために環境づくりから腐心するとは、真剣だな。よし、私達も……』

 

 

 

「――ん」

 

「今日はいい天気ですねー!」

「そうね、洗濯物がよく乾きそうだわ!」

 

「ゴーレムよ! もっと細やかなタッチで形作るんだ! こう! もっとこう我が念動魔法と息を合わせて! ひっひっふー! ひっひっふー!」

 

 振り向く。が、主婦たちは魔法使用の洗濯をしながら今日の天気の話をしており、陶芸家はゴーレムに忙しそうに指示だししている。こちらのことなど気にする余裕もない模様……に見える。

 とんぬらは、彼らから視線を外すと、ゆんゆんとの会話に戻る。

 

「だけど、そのためにもまずは長と認めるための試練に合格することに専念しよう」

 

「そうね、試練は三つもあるけど……でも、とんぬらと一緒なら大丈夫よね!」

 

「お生憎と俺は騎士じゃないんだが――ああ、任せておけ。大船に乗ったつもりでいると良い」

 

 軽く胸を叩いてみせるとんぬら。不安ながらもそれを一蹴してくれる信頼感を抱く彼にゆんゆんは励まされて、自らにも気合いを入れ直す。

 で、

 

 

 

『自信満々ね彼。これは頼りになりそうだわ!』

『でも、お腹の中にいる時にストレスがかかるようなことはあまり良くないじゃないかしら?』

『うむ。これは族長に試練の内容について進言するべきか』

 

 

 

「―――」

 

「どうですか! 無事に取り上げてみせたこの()は! ここにある便利ボタンにちょっと魔力を通すだけで簡単に割れる仕組みがポイントです!」

「わあ、すごいじゃない。私はいらないけど」

「自壊するなんて面白いわね。あ、私も間に合ってるから」

 

 振り向く。と、どういうわけか、陶芸家がまだ焼き上げていない壺を、主婦たちに披露していた。さっきまで両者は話をするには遠いくらいに離れていたと思ったのだが……

 

「? どうしたの、とんぬら?」

 

「……ああ、いや、何でもない」

 

 里の人間に距離を取られているが、注目されているような気もする。おそらくは先程のぶっころりーのおかしな挙動を一端とする何かがありそうだが、直感的にこの怪しい藪を突く気にはならない。君子危うきに近づかずとも言うし、さっさとここを離れるとしよう。

 

「じゃあ、そろそろ行こうか。いったんお互いの家に荷物を置きに行くとして、今夜の試練をする前に集合場所と時間を決めておきたいが」

「と、とんぬら!」

 

 今後の予定について相談しようとしたところ、ゆんゆんに遮られる。

 

「その、私……帰りたくないの」

 

「はい?」

 

「試練の間は、実家に帰らないことにしたいの!」

 

 きちんと自分の実力で認められたいゆんゆんは、身内(ちち)の出す試練であるからと言って、身贔屓されたと思われたくない。最低でもその期間中はあまり馴れ馴れしないように、族長から距離を置いておきたいとゆんゆんは主張する。

 

「でもいいのか? 折角こうして里に帰ってきたのに」

 

「別に里に来るのもそんな久しぶりの事じゃないし、わざわざ顔合わせすることでもないかな、って……だから、今回はとんぬらの神社(いえ)に、泊ってもいい?」

 

 ゆんゆんより控えめにお願いされる。

 別に街では二人で暮らしているのだ。なのだが、そんな改まってやられると、こちらもどうにもむず痒くなる。きっと、こういうところを知人に見られると、どうしていつまでも初々しさが抜けきれないのかと呆れられるのだろうが、いつものことにとんぬらは微笑ましさと苦笑を半々にブレンドした表情でお馴染みのフレーズを口にする。

 

「わかったわかった。俺以外の人もいないし、遠慮せず好きにしていいぞゆんゆん」

 

「う、うん、好きに、するね、とんぬら!」

 

 で、

 

「まあ! 二人っきりになるなんて、お盛んね! これは……二人目かしら!」

「彼らは若いもの。衝動的に突っ走ってしまうのはしょうがないわね!」

「うむうむ、これは邪魔にならないように族長に報告しないでおこう」

 

「え?」

「声を潜めてもうちょい真面目に内緒話をしろよ出歯亀ども! あんたらに突っ込むのを我慢してるのにそっちが自重しなかったら無視できなくなるだろ!」

 

 ゆんゆんも気づくぐらいに騒ぎだしたので、半ば怒鳴り散らすように突っ込んだとんぬらだが、主婦と陶芸家らは先のニート(ぶっころりー)同様、すぐに逃げた。遭遇(エンカウント)すれば、即逃亡する金属質なスライム族のような逃げ足の速さだ。

 それでも捕まえようと思えば捕まえられたが、とんぬらは追わず天を仰ぐ。

 

 それからも。

 視界に里の人間の顔が入るのだが、同じようにこちらを窺いながらヒソヒソとしており、視線を向けて睨めば逃げていく。で、中には逃げたモンスターがアイテムを落とすように、『ご自由にどうぞ』とメモが張り付けてものを置いていくものもいる。神社までの道中、買い物をするつもりだったが、おかげで現地調達するまでもなく今晩の夕飯が決まった。それでそれは、たとえばポーション作りを営んでいる者は栄養ドリンクな精力剤ポーションで、魚屋さんを営んでいる者は精のつくヤマタノウナギなどと言った食糧などと共通する方向性から彼らの思惑が薄らと見えそうなラインナップだ。

 『きっと族長試練を受けるゆんゆんを彼らなりに陰から応援しているつもりなんだろう』とゆんゆんには一先ず納得が生きそうな筋道(ストーリー)を語ったが、とんぬらはもうそれ以上何も考えないようにした。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 里周囲の森は、街の近くにあるのよりも、空気まで甘く潤っていると感じるほど精油(エッセンシャルオイル)たっぷりな空間。だが麗らかな森は、弱肉強食がまかり通る高レベルモンスターが跋扈する地帯である。

 

「ゆんゆん」

 

 指で指せば、彼女も気づく。

 指し示す先にあるのは、一本の細い枯れ木。幹は直径十数cmほどで、色合いも血でも吸ったかのように赤みを帯びている。ついている葉も枯れ葉のような黄土色。高さも2mぐらいと、周囲の木々と比べればはるかに小さい。しかし、上部に並ぶ二つのうろには青白い燐光が眼のように浮かび、左右に長く伸ばした枝を細長い鉤爪のようにゆらゆらさせている。枯れ木はこちらと数秒間見つめ合っていたが、やがて右側の根っこがミシミシ言いながら地面から離れ、一歩前に。続いて左の根っこ。ゆらゆらと不安定な歩行は、すぐに猛然としたチャージに変わる。二つ並ぶうろの下に三つめが口を開け、そこから絶叫じみた雄叫びが上がる。

 

「とんぬら、来たわ!」

 

 森の中に木になって擬態す(かくれ)るモンスター『エビルトレント』。分類とすればあの『安楽少女』と同じ植物族なのだろうが、こちらは冒険者の不覚を突いてしかも眠りに落とす花粉をまき散らす騙し打ちからの、無抵抗なところを滅多打つという暴力的な手合いを好む。

 

「それでも『安楽少女』を相手にするよりは気楽だが」

 

 鞭のようにしならせて振るってくる左右の枝を鉄扇で打ち払ったところで、

 

「『ファイアーボール』!」

 

 口状のうろへ放り込むようにぶっ放された火の球に大きく仰け反らされた『エビルトレント』。そこへ、接近。懐に潜り込んで、事前に魔力を多く含んだ土を握り込んだ手をその幹に当てて――ぱんっ! と『エビルトレント』は、木片へと劇的ビフォーアフターを遂げた。

 

「――ふむ、眠りにいざなう香木か。不眠症にはうってつけの『安眠枕』を作る材料になるな」

 

 『対象を強引に素材として扱ってしまう』、かつて薬草に権威のある宮廷魔導士を泣かせた、植物族殺しの『錬金術』スキルの裏技。この手合わせ簡易錬成でもって、初撃必殺で終わらせるとんぬらに、はー……と感嘆するゆんゆん。

 

「流石ね、というか、そのスキルの活用法、本当にすごいわね」

 

「なに、『錬金術』スキルを覚えてコツさえつかめばゆんゆんにもできると思うぞ」

 

「教わっても絶対できない気がする」

 

「そうか?」

 

 ゆんゆんはあまり自覚していないとんぬらに、『そうよ』とやや唇を尖らせる。

 魔力量は紅魔族の中でも桁違いなめぐみんには劣るようだけれども、とんぬらはいつ見ても“綺麗”と圧巻させられるくらい精密な魔力制御を平然とこなしているのだ。

 とんぬらは非常に効果的かつ効率的に魔力を使う。並の魔術師と比較して、半分くらいの燃費に抑えられている。魔力の自然放出すら苦手であるために上級魔法と言った大技を好む紅魔族であるのに、非常に細やかに魔力を操作して初級魔法で中級魔法以上の威力を叩き出すばかりでなく、時にこうして普通ではできない神業を繰り出してくるのだから、『紅魔族の変異種』などとめぐみんがそう呼ぶのである。

 

(とんぬらも、それにめぐみんもすごい……――でも、私だって負けられない!)

 

 二人の“天才”にパートナーとして、またはライバルとして並び立たんと励んできたのだ。

 この森に生息するのは並大抵の冒険者パーティでは相手できない強力なモンスターであるが、外での冒険(たび)を経て出立した時よりもずっと強くなっているのだ。紅魔族の試練がいかに過酷であろうとも乗り切れる自信がある。

 

「さて、第一の試練所はこの森の先に作ってあるそうだが……」

 

 賢い紅魔族の長に相応しく、その知力を試すなぞかけをするという最初の試験。

 『森の中に試練所を設けた』としか大雑把に説明をされていない。これは前もって試練の情報を明かさないためにわざわざ人の寄り付かぬ森の中に行うことにしたのだろう。

 それに、場所くらいは把握できる。

 

「とんぬら、『感覚器増加(サポート)』する?」

 

「いや、その必要はない」

 

 自然もまた己の一部。

 五感全ての感覚を広げるように意識をすれば、小さな変化より多くの情報を受信できる。自然の中で異物とも言える気配が動けば、獣がそれに反応して移動したり、虫がざわめき出したり、そういう小さな漣が連鎖して発生するもの。

 環境雑音を精査し、捉えた違和感の発生中心点に標的または目的地があるのが逆算できよう。

 それで紅魔族のような騒々しくも独創的な連中の所在を捉え間違えることはまずないし、そもそもそんな試練所に辿り着くまでに迷ってしまうような距離にはないだろう。

 

 

 

《対象……リア充……改造被検体……――》

 

 

 

 ――と、とんぬらは僅かの違和感を拾った。その方向へ振り向きざまに、魔力塊を飛ばす『真空波』を撃ち放つ。

 学校の授業『養殖』のように、森の中は予め試験官である族長らがモンスターを狩ってあると聞いている。だが、先の木々に擬態する『エビルトレント』の例がある。人間を襲う存在が必ずしもいないとは限らない。

 そう警戒して行動を起こしたのだが……

 

「とんぬら! いきなりどうしたの?」

 

「いや……そこに何かに見られていた気がしたんだが」

 

 しかし、一工程の牽制が突き抜けたその延長線上に、怪しい物影はない。確かにその先に気配を捉えたはずなのだが、これは向こうが余程素早いのか、それともとんぬら自身が神経過敏であったか。

 

「多分、さっきと同じで出歯亀だろう。どうやら里の中だけでなく、この森までついてくるとは困った連中だ」

 

「そう」

 

 実はそうは思っていないが、あえてとんぬらは軽くそういった。

 考え過ぎで肝心の試練を受けるパートナーの気を張り詰めさせてしまうのは良くない。

 

「でも、これってつまり私達、注目されてるってことよね、とんぬら」

 

 人の注目を集めるのに慣れていないゆんゆんが僅かに震える。これを武者震いというには、残念ながら頼りないもの。きっと、最初の試験でコケて、笑い者にされたら……とマイナスな思考に陥っているのだろう

 

「……ねぇ、とんぬらに迷惑をかけちゃうことになるかもしれないけど、それでも私――」

 

「いいさ、別に。かけろよ存分に」

 

 張り詰めた震えがついに声帯に伝わり吐露となった時、その不安を仮面の下の口元は一笑する。

 

「ゆんゆんが引っ込み思案で臆病で、それで面倒くさいぼっちなのは重々承知だ。だが、何事にもあれこれ考えがちな俺にはそれが良い。ずっと考えるよりも先に自分から手を出そうという勇気を持っていられるからな」

 

 視線が絡み合うだけで照れ臭くなってきたので、とんぬらは途中で前を向いて、

 

「なに、さっきも言ったが心配ない。俺がいる。第一の試練の為に謎かけをするものを用意していると話に聴くが、学校に通う前にも、遺跡の謎かけも解いてきたしな。如何なる難問であろうと、猫神様の名に懸けて、ずばりと答えてやろうじゃないか」

 

「うん……やっぱり私、とんぬらがついてるだけで何でもできそうな気がする」

 

 青年の大言壮語な文句に、この強気がその弱気を塗り替えたかのように少女の震えはその意味を変える。胸の奥から篭った声音で、胸いっぱいの想いを詰めた決意表明を彼に伝える。

 

「だから、とんぬら。ちゃんと見ててね。私、やるから……!」

 

 そして、二人は勇ましく先へ進んで――

 

 ………

 ………

 ………

 

 とんぬらとゆんゆんはやや広めの空き地……明らかに人の手が加わってる空間を見つけた。

 そこの様子は傍目からは見えないが、これは『ライト・オブ・リフレクション』を数人がかりで行使している。事前に試練(テスト)の内容を把握できないように、その一帯を外からは見えない不可視に仕立てているのだろう。だから、その範囲内に踏み込めば中の様子はわかるが、逆に言えば試練所に踏み込む――第一の試練を始めるまでは内容は察せない。ご丁寧に『サイレント』の消音魔法までしているようだし、徹底的に向こうは試練所を隠しているようだ。

 それで目印としてか、その効果圏内直前には、ゆんゆんの所信表明により親子の挨拶を見送った、族長が立っていた。

 

「覚悟はいいかい? ……は愚問のようだね」

 

「試練を、受けに来たわ……族長!」

 

 今は離れて暮らし、疎遠になっていても娘の目の色くらいで察することができるのだろう。族長は余計な問答を入れなかった。

 その瞳はいつになく真剣に見えて、ゆんゆんもそれに応じるように目を仄かに赤くさせて族長と睨み合う。族長もこれには眩しいものを見たかのように目を細める。

 そして、親子としてではない、試験官と挑戦者の拮抗は、向こうが視線を外す形で終えた。チラととんぬらの方に視線を振り、目を合わせたところで、万感の思いをその僅かな上下に込めたように首を縦に振る族長、とんぬらも目を伏せながら微かに首肯して応える。

 

「安心していい。ちゃんと身体に無理をさせないよう配慮した試練だからね」

 

 父として娘を案じてか。最後にそんな気遣いをする一言を送ると、ゆんゆんととんぬらを試練所の中へ招待する――

 

 

「それでは、二人が揃ってやってきたところで、始めさせていただきます!」

 

 

 パシャパシャと瞬く魔導カメラのフラッシュが二人を歓迎した。

 

 ・

 ・

 ・

 

 何でカメラがあるんだ……?? というかどうしてこんなに人がいるんだ……??

 

 第一の試練所、それは知力を試す謎かけのはずだった。

 だが、パズルだとかそういう頭脳力を必要寄するようなギミックはそこにはなく、代わりに眼をキラキラと興奮気味に赤く光らせる見知った面子……紅魔族がいた。そう、まるでダンジョンのモンスターハウスのように、大勢の紅魔族が詰めており、そして、背中を押す族長に勧められるがままにとんぬらとゆんゆんはその前に置かれた席につかされた。

 そして、“第一の試練(かいけん)”が始まる――

 

「まず、質問がある方は、挙手をするように」

 

 と、司会進行役を担っている族長が口にした瞬間、ひとり残らず全員がババッと一斉に手を上げた。

 

「えー……では、そちらのアナタ」

 

「我が名はねりまき、紅魔族随一の酒屋の娘! いずれ『酒場サキュバス・ランジェリー』の女将となる者!」

 

 族長が一人目に指名したのは、この場の最前列にいた、女子クラスの同級生。長い黒髪の少女は、食い気味に迫る。

 

「この度はおめでとうございます。それで早速だけど二人に質問いい?」

 

「あー、とりあえずありがとう。この茶番にツッコミたい点が多々あるが何だ?」

 

 この状況を委細承知したわけではまったくないが、相方(ゆんゆん)はカメラのフラッシュを浴びると同時に石化の呪いでもかけられたように意識を彼方涅槃へ飛ばしてしまっているため、仕方なくとんぬらが受け答えに応じた。

 

「早速だけど……今ここにはいないめぐみんとの三角関係はどうなってるのっ?」

 

「はい?」

 

「えとね、とんぬらのことを認めてないとかじゃ全然ないよ。昔、私の決めポーズの研究を手伝ってくれたピュアゆんに、とんぬらのようなしっかりとした男の人とくっついて安心したくらいだよ。でも、私はとんぬらが入学するまでは、めぐゆんで、あの百合百合しい二人がいつくっつくのかを楽しみにしてたの! それでねそれでね、三人で一緒に旅立ったから、これは男一人女二人の三角関係に発展するんじゃないかともう私、想像するだけでわくわくが止まらなくて……!」

 

「残念だがそんな修羅場になるような気配は微塵もないし御免蒙る。それとあまり周知されていないが、めぐみんにも付き合っている相手がいるからな」

 

「――な、なんだってぇ! そ、それじゃ私のめぐゆんとんはどうなるの!? 私もう気になって気になって夜も眠れないのに!」

 

「どうにもならん。あとでねりまきには『安眠枕』を贈呈するからもう大人しくしててくれ」

 

 両手で自らの頭を挟み抱え、わなわなとこの世の終わりみたいなポーズをとるねりまき。

 紅魔族は皆キャラが濃い。とにかく機会があらば自己主張する輩ばかりなのだ。まともに相手をすれば疲れる。それがわんこそばのように次から次へと連戦(おかわり)を強いられる現状に、とんぬらは軽く首筋を引き攣らせた。

 

「では、次はそちらの方」

「はっ! ご指名に預かり恐悦至極! 我が名はもょもと! 紅魔族随一の鍛冶屋の息子にして、いずれ伝説の武具を造り上げるもの!」

 

 ああ、もょもと、お前もか。

 学生時代の最も親しく交流していたクラスメイトもノリノリである。名乗り上げのポーズから、その手の記者っぽくいったんカメラを置いてメモと筆記具を手に真面目な風を装い、

 

「まず、今の気持ちを教えていただけますか? まずは、ゆんゆんは?」

 

「………」

 

「おー、なるほど。言葉も出ないぐらいに感無量ということなのですね! 素晴らしい!」

 

 違う! あんたらのテンションに追いつけず、まだ復活していないだけだ。見ればわかるだろ!

 

「それでとんぬらは?」

 

「この茶番の企画人には小一時間ほど説教してやりたい気持ちで胸がいっぱいです」

 

「おっと、とんぬらがマジでキレる5ターン前っぽい」

 

 少し顔を蒼褪めさせ冷や汗をこめかみよりたらすもょもと。とんぬらは眼光から迸る凄みでもって、フラッシュの嵐を鎮めさせた。

 ここで、族長が頭を掻きながら、

 

「いやあ、揶揄うつもりはないんだよこっちも。それにそういう君も乗ってくれたじゃないか」

 

「普通に空気を読んだだけなんですが……そろそろいい加減に説明が欲しいですね族長」

 

「二人のことを気になる人が里の中でも多くてね。多いというか、全員そうなんだ。だからこれは説明する場を設けなくてはと考えて、急遽、試練の内容を変えさせてもらった。こうした形式にしてまとめた方が二人もいちいち訊かれるよりも楽だろう?

 それで……ゆんゆんは大丈夫なのか? さっきから呆然としてるけど」

 

「――ハッ!? あまりに突然のことで、つい呆然としちゃったけど……! 第一の試練は……! これは一体どういうことなの!?」

 

 瞳に光が戻った途端に、パニクるゆんゆん。今日はいつになく動揺している。目の中のグルグルが一回り分多いように見える。

 

「お、やっと目覚めたみたいだ。ゆんゆん、我々からの問答に正直に答えるのが、紅魔族の長と認められるための第一の試練だ。やはり長となる者、里の皆に胸襟を開けるものでないとね」

 

「そ、そういうこと、なの?」

 

「もっともらしいことを述べているが、おかしい……おかしいんだが、あながち筋が通っていないとも言えん」

 

 人の上に立つ者は、人からの信頼を勝ち得なければならない。という族長の主張は間違った話ではない。

 高度な謎かけよりは難易度(レベル)がダウンしたように思えるも、ゆんゆんからすればこっちの方が難関だろう。知力よりも恥力を試される試練だ。

 それで強引に納得させられたところで、息を吹き返した取材陣が再び挙手。ご指名されたのは、ツインテールの少女。ゆんゆんの同級生のふにふらだ。

 

「普段、二人はどんな風に呼び合っているのかしら?」

 

「普通に……とんぬら、だけど」

 

「俺もゆんゆんと呼ばせてもらってる」

 

 隣のポニーテールの少女、どどんこがこの相方への回答に、指名されるのを待たずに詰め寄った。

 

「もっとこう、あるでしょ! 二人だけの愛称とかそういうのがさっ?」

 

「じゃ、じゃあ! ダーリン!」

 

「その場の勢いで呼び名変更されても困るんだが、ハニー」

 

『おおーっ!!』

 

 さらりと言い放ったこの返し文句(カウンター)に顔も耳も瞳も火照らせてしまうのが、チョロい娘。そして、実はそちらも瞳が紅いのを隠すよう目を瞑るのが格好つけな小僧である。

 そんな互いに自爆させられた(クロスカウンターが決まった)ようなやり取りに、歓声が沸く取材陣。連射されるフラッシュが眩しい。紅魔族のノリがいいのはわかるが、これはもう羞恥プレイである。こんなコマ送り漫画でもできそうなくらい連打で写真を撮って一体どうする気なんだとすら思う。

 で、そんな中で落ち着いた声音でさらに追及の手を伸ばしてきたのは、眼帯の少女。あるえである。

 

「具体的にはどこまで進んでいるのかい?」

 

「お付き合いして結構長いし……その、式がまだだけど……でも、私の成人になる誕生日に挙げられたらいいなってとんぬらと話してて――」

 

「ああ、いや、そっちじゃなくて。いや、その話も気になるんだけど、それよりも……キスはしたのかな? それとも、もっと先まで進んでいたりするのかい?」

 

「あああああるえ! 一体何を言ってるの!?」

 

 族長(おや)の前で、その質問はキツイなあ。

 けれど、小説の話のタネが得られそうな取材の席で、あるえに追求の手を緩める気はなく、どころか周りも同調し始める。

 

「すまないね、でも気になるんだ。できれば二人とも実体験の感想を事細かに語ってもらえると非常に助かる」

「私達だって気になっているのはまさにそれよ! その……参考にしたいからできる限り詳しく話してほしいわ!」

「付き合ってるんだから、キスぐらいはもうしちゃってるのよね! どんな感じなの? 小説とかに書いてある通り甘酸っぱいのかしら!」

「どうなの!? どっ、どどどどどこまでいってるんですか!? はっ! まさか、めぐみんまで交えて三人でなんて……!」

 

「ねりまき、それ以上の妄想は店を爆裂魔法で吹っ飛ばされたくなかったら慎むんだ」

 

「えっとね。とんぬらが腕を伸ばすと背が大きく見えて、抱きしめられると私はすっぽり覆い被さる感じで、それで力もずっと強いから、ぎゅっとされちゃうと私じゃもう抵抗なんてできなくて、だけど痛いくらいぎゅっとしてほしくなるんだけど、とんぬらは私を息苦しくしないように緩めてくれるの。でもそういう優しいところが良いなー、大事にされてるんだなー、って実感して――」

 

「ゆんゆん!? そんな無理して要求通りに赤裸々に答えなくても――」

 

「――本当にね、とんぬらってすごく優しいの! 他の人が聞いてくれないような話でも、いつまででも聞いてくれるし。渋々我慢している感じじゃなくて、きちんと返答とか考えて会話しようとしてくれて、それで苦笑気味になんだけど笑ってくれて、その度に、私、こう、頭がうずうずとしてきて、もっとお喋りしたくなるんだけど――」

 

「ゆんゆーん! もうお喋りはその辺にしようか!」

 

 もういっそ、前世が恋人撲滅の破壊神という設定持ちの天災児(めぐみん)にこの場をエクスプロジョってもらいたかった。

 とんぬらがやや強引にゆんゆんの口元に手を当てて発言を抑え込んで、言葉は彼女の中で篭って跳ねた後に、ごっくんと落ち着き、こくんと頷いてくれた。わかってくれたようだ。それで暴走は収まってくれたが、

 

「うん、これ……すごいわ。すごいラブオーラを感じる」

「私たちのレベルじゃ太刀打ちできないわ。この空気に当てられてたら砂糖吐いて死にそう……」

「ゆんゆんが凄く眩しい。なんかもう直視するのも頬が熱くなるくらいなんだけど」

 

「それで、二人は、その……里の人口増大に励んでたりはしないのかな?」

 

 周りが惚気話に当てられている中でひとり、少し照れてぼかしながらも訊いてくるあるえ。言い繕っているが、これは子作りのことだ。

 ここはとんぬらがきっぱりと、ゆんゆんの口は押えたまま回答を述べた。

 

「それがいったいどんな行為を質問しているのかは追求しないが、猫神様に誓って、そんな真似はしていない」

 

「おや? ゆんゆんの体つきはもう大人になっていると思うんだが……そういうおさわりは禁止にしてたり?」

 

 いいや、そんなことはない。

 時々、事故で、ふにゅ、とその大人顔負けに大きく育った胸に触れてしまうことがあるが、ゆんゆんは微塵も怒らない。というか、少し嬉し気にする。

 だから、困るのだ。一度でも迫ってたがが外れてしまうと歯止めが効かなくなりそうで、だからこそ、とんぬらは“これは自分がしっかりしなければ!”とより一層自身に自制を強いている。

 で、そんな青少年の思春期真っ盛りな本能に対する理性の奮戦に苦言を呈したのは、これまで司会進行として発言を控えていた族長。

 

「困るよとんぬら君」

 

「娘さんを任されている身として、親が安心するようにこちらも頑張って自制を働かせてきたんですが」

 

「親としては孫の顔を見せてもらえる方が安心するかな」

 

 族長(ちちおや)にまで推奨されては、自分の方がおかしいのかととんぬらも思ってしまう。

 

「しかし、この様子だととんぬら君は娘に手を出していないようだし、しかしだとするとそけっと君の視たモノとは話が違うことになる」

 

「そけっと師匠……?」

 

 首を傾げる族長。そして、口から零れた気になるワード。おそらくこの事態になるまで里中を延焼させていった発信源と思しき、紅魔族随一の占い師である師のひとりへとんぬらは視線を向けた。

 こほん、と全員から注目を集めたそけっとは咳払いをして、

 

「つい先日のことだけど……近い未来に、弟子君によく似た子供が視えたのよ」

 

「とんぬらに良く似た子!? それって……」

 

 予知の悪魔の未来視(ちから)の一端を借り受けられ、99%の的中率を誇る王国一の占い師であるそけっとの発言力への信頼度は確かなものだ。

 

「前にゆんゆんのお腹が大きく膨らんでいたことがあったし」

「だから、もう子供がいて、これはできちゃった婚をやらないとって皆で話し合ってて」

 

 さらに言えば、前々から種は蒔かれていた。

 ふにふらとどどんこに以前、地獄の公爵の呪いによって想像妊娠状態にされた(おなかをふくらまされた)ゆんゆんを見られていた。

 これにすべてに一貫しているのは、あの愉快犯(バニル)が関わっていること。予知も呪いもそうだ。まさか裏で糸を引いているんじゃないだろうな、とつい勘ぐってしまう。

 本当に、ない、とは言い切れないところが厄介ではあるが……

 兎にも角にも、これは身に覚えがない。

 

「待ってください。近い未来とは言いますが、それってどれくらい先を見積もってるんです?」

 

「昨日今日の話ではないわよ。でも、感覚的にこの一週間から一月の間に起こりうることだと視ているわ」

 

 いくら何でも速過ぎる。

 一年くらいであれば納得したが、一週間一か月間のスパンでは十月十日もない。師を疑いたくはないが、これは流石にそけっと師匠の占いが外れているとしか思えな――

 

「まさかとんぬらに隠し子が!?」

 

「待て! それだけは絶対にないからなゆんゆん!」

 

「じゃ……じゃあ! 自分でも知らないうちにとんぬらとの間に子供が出来ちゃってたこと――」

「待て待て!? 何でそんな発想に跳ぶんだ!? ちょっと落ち着こうかゆんゆん!」

 

 

 こうして、混沌(カオス)な紅魔族族長試練は、初っ端からさらなる混沌を呼び込むように始まったのであった。


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