この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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135話

 『ベルゼルグ』の第一王女との婚約。

 まだ結婚の出来る年齢でないにしても、もしも王女と結ばれ、天下無双の王族に迎えいれられれば、将来は安泰である。それも魔王が討伐された今、外敵に脅かされる心配はなく、戦場で剣を取って戦うという危険な真似をしなくてもよい。

 それで、そのお姫様の婚約するに相応しいと噂される、魔剣使いが保証する魔王討伐を成し得たという“彼の仮面の王子”は、現在その行方は知れず……

 

 

「――我こそは、万夫不当の勇者である!」

 

 

 と、この婚約相手を決める会場にて、仮面の男がひとり……

 

「いいや、そいつは勇名を語る愚者。この私こそが本物です! 見よ、この仮面を!」

 

 どころか、二人三人四人五人……数えるのうんざりになるくらい大量発生していた。別に仮面舞踏会をやっているのではない。

 この特別に設えた決闘場の舞台にて、ほとんどの挑戦者がどういうわけか仮面を装着しているのである。

 

「余計な混乱を避けるため、それに、アイリス様を想うのならばその方が後押しになってくれるだろうと、カズマの魔王討伐については今のところ胸の内に収めてはいたんだが……こうもトールの真似をする輩がいるとは」

 

 会場を取り仕切る警護役を任されたダスティネス・フォード・ララティーナ――ダクネスは少々辟易するよう、仮面で溢れかえる光景から目を瞑る。

 

 王国中の街々に周知させ(流石に高レベルモンスターが跋扈する危険地帯にある村里(いなか)まで届かず、また個人的にだが駆け出しの街在住のとある『冒険者』(おにいちゃん)は知れば余計な事をしでかしかねないので耳に入らぬよう取り計らったが)、幅広く公募をかけており、“身分は問わず、腕に自信がある者”という王女のご要望を取り入れていた。これは、下々の人間でも一発で成り上がれるチャンス。

 ここに集った、特に仮面を被っている者の誰しもが思う。

 全身鎧に宝剣と重装備しているが、あの食器より重たいものを持ったことがなさそうに見える嫋やかな見た目から剣を振るえるかも怪しい。あんな重そうな鎧を纏っていては大の男でも動くのは大変だろう。

 そして、彼の王女様は、よく有名な冒険者からその話をせがみに食事会を開くことで有名で、そういう勇者に憧れを持つのだ。だから、これもその食事会の発展のようなものであり、簡単な話、世間知らずで夢見狩りな少女に格好良く己が武を振るって、夢中にさせてしまえばいいのだ。

 そうして、成熟した大人の色香は備えていないにしても、姫と婚約者になればいずれは次期国王に……

 

 ――と集まっているボンクラ共は思っているだろうとダクネス。

 

 まったく腹立たしい。

 一緒に魔王討伐の旅をした仲間だ。一目で仮面をつけている輩が全員、偽者だとわかる。

 取り入りたいがために他人の功績をああも我が物顔で語り王族を騙そうなど(そもそも魔王討伐をしたのはカズマだが)、この目につく偽者共の仮面を取っ払って追い出してやりたい気にもかられる。

 それで自制できているのは、ひとえに王女アイリス様より、『その偽者は追い払わなくてもよい』と事前にお達しされているからだ。自分のワガママで開いた催しなのだから、自分でそれくらいの露払いをする、と。

 お目汚しとなる不届きものを成敗したかったダクネスであったが、それに頷いた。

 

 普通であれば姫様に闘わせることなどあってはならない事だろうが、ここは『ベルゼルグ』。

 彼の王族に武で圧倒するなど、魔王軍の幹部を相手取るよりも至難かもしれない難事であることを、ここに集まっている有象無象は知らない。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「アイリス様、我が剣の冴えをどうかご覧ください!」

 

「はあ」

 

 一人目。仮面をつけた男が、石材が敷き詰められた舞台中央に立つ王女の前に立つや、待ったをかけた。

 それで後ろからお付きの者を呼び出すとその者たちに二人がかりで持って来させた子供くらいある岩石を、大剣を構えた男の前に――今もことりと首を傾げる王女様に見やすい角度で――セットさせる。

 

「これは、この世で最も硬いと言われるアダマンタイト鉱石です。これほどに純度の高いものはそうそうお目に掛かれないでしょう」

 

「そうなのですか?」

 

 立派な物をこの場に用意してみせた手腕をひけらかすよう少し自慢げに語る男に、お姫様はあまり反応が芳しくない。が、それも世間知らずで、アダマンタイトがどれだけの素材なのかを知らないからなのだろう。

 

 アダマンタイトは、上級魔法ですら壊せず、最低でも高破壊力を持つ爆発系統の炸裂魔法か爆発魔法でなければアダマンタイトは砕けないほどの硬さを誇る。

 つまり、破壊できればそのものの腕は一流の戦士だという証明になるのだ。実際、『アダマンタイト砕き』などという腕試しの露店まで流行るくらいである。

 

「アダマンタイトはとても硬い。ええ、とても! しかし魔剣使いの勇者ミツルギ・キョウヤに比肩する我が剛剣に掛かれば! ――『ルーン・オブ・セイバー』!」

 

 大上段に振りかぶり、渾身の力を篭めて『ソードマスター』の必殺剣スキルを発動させる。

 宝石が柄に埋め込まれる豪華な装飾が成された大剣が、その第一王女と同じくらいの大きさの岩石に叩き込まれた。

 

 ピキッ! と刃先3cmほど刻み込むくらいに、アダマンタイト鉱石に罅が入る。

 

「一太刀で、この通りです!」

 

 ふぅー、と長く息を吐いて、残心を取り、大剣を鞘に納める。

 アダマンタイトに、傷をつけた。

 前置きで十分説明したのだし、これだけでその威力は悟れよう。これは自身の腕前だけではなく、大剣に施された切れ味鋭くする魔法効果に、事前にコッソリと裏で従者の『プリースト』に掛けさせた支援魔法の援助があってだが、それも特別申告することではない。

 今、重要なのはこれが己の力であると示すことだ。男は芝居めいた大仰な動作で身振り手振り声高らかに張り上げて、自国の姫君へ、訴えた。

 

「おわかりになられましたかな? もし稽古などではなく私と剣を交えれば、如何に荘厳な全身鎧を纏おうとも怪我を為されるでしょう! 決闘などという危ない火遊び(ゲーム)はお止めください」

 

 と、これは、決闘という形を取っているにしても王族に対し刃を向けることを躊躇っ(おそれ)た男の策なのだろう。

 王女を嗜めるよう、また心配するよう、降参を勧めようとする。

 

 

《おうおう! 随分と舐めたこと言ってくれてるじゃねーか、そんなヘナチョコ剣法でアイギス様がお姫様の柔肌を傷つけるとでも思ってんのか?》

 

 

「っ! だ、誰だっ!?」

 

 どこからともなく声が。

 だが、この舞台上でそんな男ものの声を発するようなものはひとりもいない。いるのは自分以外では、王女とそれに審判役の女性貴族がひとり。順番待ちしている――男に先を越された――今は観衆の挑戦者らが僻んでこちらに野次を飛ばしてきたか? と考え、落ち着けさせた男に、ようやく動き出し第一王女。

 その様子は剣撃の威力に圧巻されておらず、どこも委縮しているところは見られない。至って自然体。ただパチパチと瞬きして、うまく呑み込めないご様子であられたが、やっと今のパフォーマンスに得心がいったのか、

 

「なるほど。あなたの言いたいことはわかりました。ですが、心配はいりませんよ。『ベルゼルグ』の王族は強いんです」

 

 腰に差していた剣を抜いて構える。

 豪華な装飾が成された剣だ。刀身は美しく、見るものを引き込むような金色の光を放っていた。きっと王族が特別な祭事に携帯される儀典用の宝剣なのだろう。

 けれど、小柄な体躯には背の丈が合わない長大な獲物――それを第一王女は軽々と空を切り振り回す。

 

「『エクステリオン』!」

 

 大気を切り裂く聖剣の切っ先から光が零れ、地走る剣閃が放たれた。

 サメの背びれのように敷き詰められた石盤をかき分けて、黄金の衝撃波が走る。その余波は凄まじく、舞台が砕け、波飛沫のような瓦礫が飛ぶ。

 そして、直線状にあったほんのわずかに罅が入ったアダマンタイトの岩石にぶつかった瞬間、光の波紋が広がる。次の瞬間――アダマンタイト鉱の岩石が微塵に霧散した。

 

「へ?」

 

 剣風はアダマンタイトを盾とするよう後ろにいた男にまで届いた。

 砂塵を含む突風に前髪をめくるように煽られて、つけていた仮面も飛んだ。その勢いに押されてたたらを踏み、そのまま堪え切れず地面に尻餅ついて、それから腰砕けになったようがくっとへたり込む。

 怪我こそしてはいないが……たった一振りで、男の心が折れた。

 彼の目には、悠々と剣を鞘に納める童女が、数倍にも大きく見えている。今更ながらに、その力を覚る。

 

「わかりましたか?」

 

「え、え?」

 

「ですから、その……失礼ですが、あなたぐらいの腕前で、私と生半可な気持ちで剣を交えると大怪我を負うかもしれません。念のために回復魔法が使える者たちを控えさせていますが、痛い目に遭いたくなければ辞退をお勧めします。――私、これでもお遊びのつもりはありませんから」

 

 そして、この一人目以降、並んでいた長蛇の列が一気にはけた。第一王女の勧告で辞退する者が続出したのだ。これで仮面をつけていた偽者はひとりもいなくなる。

 

 それで人混みがなくなり、その中で紛れて姿が表に見えなかった――ダクネスも見逃してしまっていた――少女が露わとなり、残りの人間が尻込みする中で、ひとり表舞台に立つ。

 

 

「我が名はゆんゆん! 紅魔族の次期族長にして、今日、第一王女(あなた)に決闘を挑む者!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「なぁっ!? どうして、ゆんゆんがここに!? ……い、いや、早く止めないと!」

 

「――それはさせませんよ、ダクネス」

 

「めぐみん!? お前まで……!? 屋敷で大人しく安静にしてなくちゃいけないはずだというのに!」

 

「まあ、落ち着いてくださいダクネス。私はもう大丈夫です。それから、ゆんゆんも止めないでください」

 

「止めるな、というが、この催事(イベント)の趣旨はわかっているはずだろ?」

 

「ええ、わかっています。ですが、ゆんゆんは……我がライバルは今、ひとりの女として、一世一代の勝負に挑むのです。それを阻むというのなら、私が許しません。ダクネスと言えど、爆裂魔法をぶっ放します!」

 

「それは望むところだ! ――って違う! いや、一度成長しためぐみんの爆裂魔法をこの身に受けてみたいとは思っているのは本心だが、とにかくだ。めぐみん……お前の覚悟はわかったから、これがどういうことなのか教えてくれないか?」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 彼女は、本気だ。

 

「『ライトニング』――ッ!」

 

 走りながら強烈な稲妻を撃ち放ってくる。

 剣の間合いに近づかれるのはマズいと、徹底して遠距離からの魔法攻撃で牽制に放ち、一定の距離を離している彼女……ゆんゆんさん。

 

「『ファイアーボール』――ッ!」

 

 向こうが少し年上のほぼ同年代だけど、あの魔王討伐の一行に加わっていたという『アークウィザード』。最初の人とは違って、素直に称賛できる。後衛職の魔法使いながらも、ひとりでの戦い方に慣れており、位置取りが上手い。そして、詠唱までの時間を稼ぐ壁となる前衛の味方がいないので、先から詠唱破棄で放っているも、その十分に力が籠められていないはずの魔法の威力は、宮廷魔導士のレインが繰り出すものに匹敵するだろう。こちらにも『セイクリッド・ライトニングブレア』なる王家伝来の勇者の魔法があるのだが、残念なことに、聖鎧『アイギス』の正式な担い手ではない弊害からか、魔法が使えない。彼女の乱れ撃ちを聖剣でもってどうにか弾いているが、近寄ることができないでいる。

 

「『ブレード・オブ・ウインド』――ッ!」

 

 そう、その威力は先のアダマンタイト鉱石を砕く程の威力はなくとも、重い。剣で彼女の思いの丈が篭った魔法を受けるたびにこの戦いにかける彼女の意思が伝わってくる。これほどに強い感情をぶつけられたのは、初めてであるかもしれない。

 最初は止めようとしていたクレアも、いつしか、紅魔の瞳を真っ赤に点灯しながら真剣に魔法を撃ち込んでくる彼女の気迫に押し黙らされたようで、余計な口を挟まずこの決闘を静観している。

 

「はああっ!! 『ライトニング』! 『ライトニング』! 『ライトニング・ストライク』!!」

 

 ――知りたい、と第一王女(アイリス)は思った。

 彼女(ゆんゆん)がどうしてそこまで本気で闘うのかを。

 

 ………

 ………

 ………

 

 三つ連なる閃光が世界を白く染め上げ、渦を巻くような奔流をその身を飲み込むも、霧散する。

 

《頑張るねー、お嬢ちゃん。だけど、自分、魔法無効化するんスよ》

 

「はぁ……っ! はぁ……っ! ――まだ、まだ……っ!」

 

 アイリスは嵐の如きゆんゆんの猛攻に防戦一方、魔法のサンドバックになっていたが、負傷はない。その神器の聖剣でもって魔法を斬り払い、そして、全身オリハルコン製の神器の聖鎧は魔法のダメージを一切通さなかった。

 一方で、ゆんゆんも相手に切り込ませはしなかったが、酷く息切れをしていた。

 足を休ませることなく走りながら、手を止めることなく魔法を我武者羅に連発していたのだ。魔力体力の消耗も相当に激しい。それと比べれば、アイリスの方はだいぶ余裕があった。

 そんな過呼吸気味でついに足を止めてしまったゆんゆん、その好機に、アイリスは反撃に出ることはなく、最初にした問いかけをもう一度口にする。

 

「どうして、ここまで必死に戦うのですか、ゆんゆんさん?」

 

 これに項垂れそうになる重い頭を前に向けるよう支えながら、ゆんゆんは精一杯に目を光らせて、質問に対し、まず質問で返した。

 

「どうして、王女様は、こんなことを、したんですか?」

 

 凪いだ湖面に小石を一つ静かに落とすかのように、ぽつりと呟く。しかしそういう彼女の心象は千々乱れに漣だっているに違いないと言えるくらいに明らかであった。

 紅。我が身に抑え切れない熱気の発露で、激情が露わになった紅。

 周りもこの奔放な振る舞いには目くじらを立てるものもいたことだろう、お付きのレインにもわがままに深く息を吐かれた(クレアだけは、『並み居る身の程知らずを蹴散らしてやりましょう!』と最初から肯定してくれたけど)。だけど、誰も声を大にして批難はしなかった。皆、第一王女である身分、その境遇を慮って、最後はわがままを受け入れてくれた。

 でも、あの少女はその燃え盛る色彩を瞳に写して、こちらを睨む。この結婚相手の選定会を批難せんと。アイリスは、対応をより慎重なものにし、彼女の次の文句を待つ。

 

「“あの人”が、いるのに……」

 

 “あの人”……それは、魔王を討伐したという、仮面の者のことか。

 

「あんな凄く危険な目に遭って、何度も何度も死にかけて、それでも魔王を相手にあんなに必死に戦ったのに……!」

 

「それは……」

 

 ゆんゆんの言葉に、アイリスは何も言い返せず、息が詰まるように押し黙る。

 わかっている。古くから取り決めで魔王討伐を果たした者と結ばれることが王女の務めであり、そもそもが許嫁の相手。

 だけど、アイリスは『自分よりも強い人』と注文を付けて、それを白紙にするようなこと――その婚約が不満だととられるような真似をした。

 今回のワガママは、自分との婚約を望んでいた(と聞く)“彼”の想いを踏みにじるものだ。そんなことは自分でも承知していたけれども、今目の前にいる相手の目と合わせるのを臆してしまう。

 

「罠にかけられて絶体絶命の窮地に陥った私達を真っ先に助けてくれて、ひとりでも魔王城に挑みに行って、身の毛がよだつ魔王軍の幹部にも怯まず闘って、誰よりも先頭で魔王に立ち向かって、どんなピンチにも最後の最後まで諦めなくて――強くて、格好良くて、優しくて――本当に、とても良い人で――王女様の許嫁で、王女様のこと、大切に想ってて――」

 

 ――それなのにどうして不満なの?

 と一息で強く語り過ぎて言葉を吐き出せなくなっても、最後は目で訴える少女に、王女は答えられない。そこに応える口は持ち合わせていなかった。

 ただ、自分の相手は自分で決めたくて、そして、“彼”のことはただ周りからの伝え聞いた話だけしか知らなかった。昔に取り決められた慣習に縛られたままなのが、ただ、いやだった。

 ただただ、それだけなのだ。

 だから、『相手が“彼”だから』が理由で断りたかったのではないし、決めたくもなかった。

 そう、私は“彼”のことを伝え聞く情報でしか知らず、直に会ったこともないのだから。

 

 しかし、そんなの言い訳でしかない。

 ゆんゆんからすれば、自分はまさしくお花畑の住人なのだろう。自身の足元で咲く花が、どういう経緯で、どんなものを糧にして咲いているかを知らないから、踏めてしまうのだと。

 

 それでも右も左もわからない初心なだけの小娘ではないとは自負してるし、人を見る目には自信がある。いや、たとえ万人が見ても万人がわかろう。これほどに“彼”のことを語れる彼女が、どれほどに慕っていることを。

 

「あなたは、その方のことが、好きなのですね?」

 

 気後れさは一旦呑み込み、改めて、瞳が彼女を捕らえる。そこには、ただ興味深そうな、自分にはない宝物をうらやむ子供のような、瞳の光があって。

 

「はい」

 

 真っ直ぐに確認を問いかける王女の目を見て、ゆんゆんは言い切った。

 その肯定はどれだけ否定されようが、どんなに不遜な横恋慕だと誹られようとも憚ることはなく、恥じ入ることは何もないと堂々と。

 

「でも、フラれました。『大事な人がいる』って、私の想いは受け取ってもらえません、でした」

 

 唇を震わしながら、失恋談を打ち明けるゆんゆん。その潤む赤目を前にして、ヘタな慰めを言えることなどできない。ましてや“()()()()()()()()()自分(アイリス)が、なんて謝ろうが彼女に受け取ってはもらえやしないだろう。逆上させるだけだ。だから、謝らない。

 最後の確認のためにアイリスは、そんな所有物であると決まったわけではないのだけれど、あえて挑発気味にこう問うた。

 

「……それで、私から、“彼”を奪おうというのですね?」

 

「………………違います」

 

 ズキリと胸が痛んだが、ゆんゆんはそれを呑み込み、

 

「最初に、そう言いましたけど……本気でそう思っていますけど! ……それじゃないんです。私がアイリス様に戦いを挑んだ一番の理由は、あの人には、幸せになってほしいから――私は選ばれなくても、あの人は選ばれてほしかったから!」

 

 不満なんて噛み殺すなんてことはできていない。嫉妬の炎は依然と胸の内を焦がしている。だけれど、切々と訴える言葉は偽らざるゆんゆんの本心がカタチとなったもの。

 

「私は、結ばれなくたっていいんです。私はただ、私が私であることを認めてもらえるとんぬらさんと一緒にいる時の空気がとても心地良く感じられて、だから……いいんです。私よりもずっと想ってるから、傍にいるだけで満足しちゃう私なんかよりも叶えてあげたいんです!」

 

 はたしてそうだろうか? とつい彼女の言を否定的に考える。

 容姿や実力といった目に見える評価(もの)ではなく、もっとずっと根本的――よりにもよって、“空気”などと言えるなんて、それはある意味、どんな文句よりも情熱的な想いなのではないだろうか、ともアイリスは思う。

 少なくとも、“自分よりも強い者”などと宣言した自分よりも、優先するべきものじゃないのだろうか。彼女は自身を卑下して気づいていないのかもしれないが、

 

「あの人のことを認めてもらえれば、十分なんです。だから、私が勝ったら……」

 

 その最後までは言い切れなかったが、息を整えたゆんゆんは、その涙を湛える紅の瞳をきっと見開き、杖に蓄えた魔力を解放して高らかに唱えた。

 

「――『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 

 アイリスは、ここまで勝負することに気後れしていた。防戦一方であったのはそんな心理状態であったために踏み込めなかったのもある。

 しかし今は二の足を踏ませる迷いもない。

 

「――いいえ。この勝負、私が勝たせてもらいます」

 

 ――自身の為ではなくこの少女の為に、勝つ。

 覚悟が定まった王女の碧眼が今こそ、黄金の聖剣に勝利を約束する光を宿らす。

 そして、放たれるは力強さと鋭さを兼ね備えた剣閃。

 

「『エクス――テリオン』!!」

 

 

 一瞬後、アイリスは紅魔族の十八番である強烈な閃光にさらされる。極まれば万物を断つ光の刃。それも太さだけでも、ジャイアントトードの二倍以上。だが、聖剣が奔流を左右に分け、強引に、一人分の空隙をこじ開けた。そして、斬撃は切り込む。

 アダマンタイト鉱の岩石を微塵にした『ベルゼルグ』王家の必殺剣は、ゆんゆんの渾身の上級魔法さえ切り裂く。

 

(っ、ぅぅ……っ! まだ、まだぁ!)

 

 とんぬらの為にも、負けられない。

 バカなことをやっているのはわかってる。

 好きなのだ。本当に、本当に、好きなのだ。

 いくら顔を仮面で覆い、正体を偽って華やかなお祭り騒ぎの舞台裏の身を隠しても世界が放っておかない。本人の意図に関わらず周囲に影響を与えるその人に見出された自分。これでどうして優越感を抱かずにいられただろうか。どうして自分が特別だと、思わずにいられただろうか。

 ……『ベルゼルグ』の王家発祥のしきたり。“指輪を嵌める意味”は聞いたことがあるし、薬指にしていたのも気づいてはいた。

 けれどたとえいたとしても、そんな不確かな存在よりも自分の方が、よっぽど彼に近い気になっていた。砂糖菓子のように甘く、そして、脆い夢を見ていた。

 だからだ。だからこんなにも傷ついた。こんな自分を、選んでくれるんじゃないかとひとり期待して、たとえ選ばれなくても、誰のものにもなってほしくなかった。

 そんな自分がどれだけ勝手なことを考えていたのかを今更に思い知らされる。でも、好きなことに変わりはなくて。相手がこんな可憐なお姫様が相手であったって少しも諦めなどつかなくって。どう頑張っても納得なんてできやしないのに、口ではそんな胸の内とは反対のことを吼えて。

 なんて可愛くない女だろう。なんて烏滸がましい女だろう。

 本当、バカなことをやってるのは重々にわかってるけど、でもしょうがない。格好つけは紅魔族の血に刻まれるどうしようもない性分なのだから。

 

 バチリ、と杖の魔石が輝く。

 

 魔力を篭めれば篭めるほどその威力と切れ味が増す『ライト・オブ・セイバー』。だけど、向こうの聖剣の神器の方が上。それでも、ゆんゆんは魔法を放っている杖先へ、魔力を注ぎ込み、押し込もうとする。身体が焼き切れそうだ。身体の内から溢れ出る魔力いう魔力に体を、思考を、心を、全て絞り込んでいく感覚に襲われる。めぐみんが無理をして爆裂魔法をぶっ放したのと同じ現象だ。でも激痛が全身を苛むが、頭は奇妙に冷静(クリア)である。

 このまま押し切られたら、もう太刀打ちできない。ただでさえ、神器の聖鎧『アイギス』を破ることができないけれども、意地でも一太刀届かせたい!

 

「ライト・オブ――セイバァァァァッッ!!!」

 

 切り裂かれながらも、詠唱を更に重ねて必死に粘るゆんゆんの魔法。

 そして、相手の力を真正面から降す、王道を突き進むアイリスの聖剣。

 両者から放たれて、舞台の中央で拮抗する光がひとつと結ばれるよう線に……その決着は唐突に訪れた。

 

 パキン、と杖の魔石から音。

 

 ありったけの魔力を篭められて眩く輝いていたその杖先に、罅が生じる。魔力も、そして、想いだって負けてはいなかった。その意志もきっとアダマンタイトよりも硬かったはず

 ……ただ、得物に差があった。このステッキは学校を卒業した際に、親からもらった紅魔族製の杖だけれど、神器と相対するには、格が足りなかったか。アイリスに対抗しようとしたゆんゆんだったが、そのあまりの無茶に彼女の杖はついていけなかった。

 

「あ――――」

 

 ぷっつり、と切れる。

 目の前が痛みのあまり真っ白になった。火花が目の前でスパークし、頭の中で張り詰めていた糸が千切れそうになるのを感じる。

 そして、ついに耐え切れなくなった杖の魔石から欠片が毀れて、魔法の光が揺れるように乱れた。その刹那、

 

 

「――『アストロン』ッ!」

 

 

 突如として地面が揺れたかと思うと、鬩ぎ合う光の線が断ち切られるように遮られた。

 弾かれた光の乱舞が視界を貫く。光りの奥にかすかなシルエットが見えるが、眩し過ぎて視認できない。空気が激しく唸り、足元の石畳がびりびり震える。

 

「っ!?」

 

 アイリスは困惑しながらも、弾かれたように真後ろに跳んで、改めて状況を確認する。

 神器聖剣の『エクステリオン』と上位魔法の『ライト・オブ・セイバー』、その衝突の最中にあった爆心地で、アイリスとゆんゆんのちょうど間に、一片も欠けるところのない青年の鋼像があった。

 その足元の舞台が大きく窪んで、罅割れていた。察するに、彼が二人の勝負に割って入ったのだろう。それも空中から落ちてきて。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 姿に色付けされていくように、鋼化が解かれる。

 彼の衣装はあまり他では見られない出で立ちであるものの、それをしっかりと着こなしている。その顔が武骨な仮面が張り付いていても違和感を覚らせることがない。

 そして、凄まじい強者の気配を直感が嗅ぎ取った。

 立ち振る舞いをつぶさに観察していたその時、影がかかる。

 

「え? ……あれは、もしかして!?」

 

 自分を通り過ぎる影に反応して、真上に顔を向けた途端、天上から降り注ぐ陽光に目が眩みかけたも、ハッと大きく目を瞠った。同じようにそれに気づいた観衆たちの視線を一心により集めていくそれは、決闘場の上空を一周グルっと優雅に旋回すると、青年の傍らに降り立つ。

 純白の翼をもつ天馬『ペガサス』。驚くべきことにこの幻の獣を使役しているのか。

 生涯で見れる者も少ないとされる希少な天馬に一同目を奪われている間に、青年は第一王女から背を向けて、舞台に頽れる一人の少女の元にいた。

 魔石が砕け散ってる杖から、息も絶え絶えに魔力欠乏症に陥っている彼女に目をやり、嘆息。

 

「これはまた、めぐみんのような真似を……まったく、少しでも目を離すとこうも無茶をするとはな、ゆんゆん」

 

「ぁ……とん、ぬら……さ――」

 

 魔力を使い果たしたからか、それとも緊張が途切れてしまったからか、少女の意識は落ちかけていて、何かを口にしようとするのだが、仮面の奥からの眼差しと合わせた途端、とろんと重くなった瞼が閉じる。

 

 そして、見た。

 

「話したいことは、たくさんあるし……あると思うが、無理はけして望まない。今は一先ず休んでおけ」

 

 けして大した動きなどではなかった。

 彼の手が、汗で少女の頬に張り付いていた髪の毛をそっと整える。たったそれだけの、些細な、と表現されるに相応しい動作だった

 けれど、ゆんゆんの髪に触れる手が、どれだけ優しいことか。まるで繊細な硝子細工に触れるかのよう。この間近で見ていたアイリスは、驚くほど丁寧な仕草につい目を瞠る。

 この男は女性にはだれでも優しいのか、それとも彼女にだけ特別なのか。

 

「それで、王女様」

 

 眠りに落ちた少女の身体を抱きかかえ、安全な天馬の上に乗せたところでようやく、仮面の青年はこちらと目を合わせた。

 途端、思いっきり頬を引き攣らせた。仮面の下の口元が引くついている。

 自慢ではないがこれまでこの容姿を見て、目を奪われたかのように呆けるものも数少なくはなかったけれど、それを裏切ってくれる反応だ。

 そんな他とは違う反応は、かえってアイリスの一層興味を惹いてしまうのだった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 その存在は全身鎧に覆い隠されても隠し切れやしない。

 

 兜の隙間から波打つ蜂蜜のように金の長い髪。好奇心に比例した大きな瞳は寛容な空の色を映したような碧色。髪の毛の一本、睫毛の一本すら、極上の細工物のように繊細で、垣間見えた肌は透き通るように白い。通った鼻筋に、紅を履かずとも淡く楚々と色付いた花弁のような口元。

 他者を圧倒するかのように咲き誇る、大輪の花が人の姿を取ったならば、きっとこんな風になるに違いない。ベルゼルグ国が誇る生ける宝石は、この世界でも眩しいくらいに可憐である。

 しかしながら、とんぬらは百人中百人が第一印象に抱くそれとは真逆のことを思っていた。

 

 うわぁ……最終決戦仕様な第一王女(フルアーマー・アイリス)とか、ほぼ無敵だろ。

 

 魔法無効化するオリハルコン製の全身鎧に、状態異常の一切を防ぐ聖剣の鞘と八方隙なし。そして、『この世界でも第一王女(アイリス)はとんだじゃじゃ馬っぽいな』とその“第一王女”とは初対面になるのだが、一目でピンとくる直感で察せよう。おかげで、声を漏らすことは堪えたが、心情がでかでかと書かれた仮面の上にも出てしまう。

 

「あまりに危険と判断し、無粋を承知で割って入らせてもらったが……どうして、こんなことになっている?」

 

 と問いかけるも、相対する王女様は様子見をしているのか、じっとこちらを見つめるのみ。一応、その傍にはお付き役である貴族令嬢(クレア)がいるようだが、未だにショックが抜け切れていないのか、それとも主に気を遣っているのか、この我ながら怪しい人物の乱入にも口を挟むことを躊躇っている。

 反応がないのは、困る。

 こちらとて、どう反応すればいいのかわからないのだから。

 おそらく今頃皿洗いをしているであろう義賊(クリス)のために知人(ダクネス)からお金を借りようと王都までひとっ飛びしてきたはいいが、そしたらなんと、ゆんゆんと王女が本気でぶつかり合っている――その激しい魔力の波動を感知するや天馬から飛び降りてしまったわけだが、とんぬらは一体全体状況を把握し切っていない。

 空の彼方からでもここに人が多く集まっていたのは見えてたし、何やら決闘をしている様子ではあったが、それまでだ。

 もしやこれは、魔王討伐を果たしたパーティメンバーの実力を披露しようという催しなのかともおもったが、にしては、聖鎧に聖剣装備の第一王女様はあまりにも分が悪すぎる相手だろう。

 また紅魔族と言えど常識人で引っ込み思案なゆんゆんが、こんな大舞台に平気で立てるはずがない……頼み方次第ではあっさりと引き受けてしまいそうなチョロさはあるが、だとしても、ああも全力で魔法を人にブッパできるわけがない。それに、昨日の今日でこれは流石に無い。本当によっぽどの理由がなければ……

 

 とにかく、“これ以上見世物になる前に、帰ってしまいたい”と望むとんぬらではあるが、王女の前で勝手に去るような無礼を働けば後々面倒になるだろうし、この場の雰囲気がどうにも許してくれなさそう。

 会場の観衆はざわついているようで、天馬とそれから飛び入り乱入を果たした仮面の男(とんぬら)に注目が集まっている。これは何か芸でも披露して場を濁そうかとも思考が過ったその時だ。

 会場より聞き覚えのある叱咤が飛んできた。

 

 

「まったく! ようやく! 遅れて来たかと思えば、何を寝惚けたことを言っているのですか、トール!」

 

 

 ここで声をあげたのは、会場の最前列にいためぐみん。その隣にはちょうどお金(エリス)を借りようとしていたダクネスもいる。

 

「本命は遅れて参上していいとこを掻っ攫う紅魔族のセオリーに則り遅刻しただけに留まらず、あんな天馬を引き連れて登場など格好つけておいて……ここまでフラグを立てたのならいちいち説明も何もないでしょう!」

 

「いや、めぐみん、あのな、これは成り行きで。ここで空気を読めない真似はしたくないのは山々なんだが、生憎と事情がさっぱりチンプンカンプンで」

 

「とぼけるフリはやめなさいトール。あなたにも紅魔の血が流れているのならここからするべきことはひとつだとわかっているはずです!」

 

 すまん、紅魔族であるのだが、まったくわからん。そんなに決まり切っているものなのか?

 

「まさか今更怖気づくようなことはしないでしょうね! ゆんゆんは、あなたのために勝負を挑み、あんなにも必死に立ち向かったというのに……トールがここで逃げてはどうするんですッ!!」

 

 目を真っ赤にして、こちらに発破をかけてくるめぐみん。ダメだ、話が通じない。噛み合わないし、冗談を言っているつもりでないことくらいはわかるが意味が解らん。

 とんぬらはついと視線を横へ。常識人で興奮しているめぐみんよりは落ち着いていると思われるダクネスから事情を説明してもらおうと、

 

「アイリス様! その者がトールです! 本物のトールです!」

 

 したのだが、めぐみんに気を取られている間に、件の大貴族のご令嬢は、王女様へ何やらご報告。え? どういうことだ? 本物、って俺の偽者でもいたのか?? いやそんなことより、まさか俺にもこの反則的な神器二つ装備の王族を相手にすることをご所望しているのか!? ダクネスのことだからきっと何か理由があるのだろうとは信じてはいるが、できれば勘弁願いたいんだけどなぁ。でも、めぐみんが言うには、ゆんゆんが自分のために戦っていたというし、無視はしてはいけないだろう。うん、ここで戦前逃亡すれば爆裂魔法使いがその異名となる魔法をぶっ放してくるだろうし。

 

「……あなたが、私の婚約者ですか?」

 

「? 俺にそんな権利などないはずだが」

 

 ダクネスの言を受けた王女様が突拍子もないことを問う。素直に一体何のことだと肩を竦めてみれば、向こうはその仕草にかえって何やら深読みしてしまったようで、勝手に納得なされてしまった。

 

「そうですか……つまり、私のわがままに付き合って、実力で勝ち取ってみせる、ということですね!」

 

 でしたのなら、これ以上言葉は不要! とばかりに剣先をこちらに向けてくる王女。

 その愛らしく美しい姿には過ぎた覇気を解き放っており、大衆が思い描くであろう蝶よ花よと育てられたお姫様像とは隔絶している。これまで二度の対戦経験があるから、あれが混じりっけなしの本気だというのが嫌でもわかってしまう。

 飛び入り乱入しておいてなんだが、もっと『はい/いいえ』の二択でいいから話し合いの機会を設けてほしい、ととんぬらはこの当人を無視して事が進行する強制イベントに嘆きたくなる。

 

《へへ、ようやくご本命の登場ですかい、お姫様。あの仮面をつけた不埒もんは、この俺! 最高で最硬な歌って踊れる神器オブ神器アイギスさんが、コテンパンにいてこましてやんよ!》

 

 ああ、この世界でもあの鎧野郎は変わらないようだ。

 魔王軍を除けば最高戦力に近い、お姫様(アイリス)聖鎧(アイギス)がタッグでかかってくるなんて、自分、そんなに悪い行いを重ねてきたのでしょうかと己が不運を幸運の女神(エリス)様に陳情したくなった。

 と、そこで王女様の耳には聞こえさせないよう個人回線的な念話がとんぬらの脳裏に響いた。

 

《魔法使いのお嬢ちゃんは、動く度にその育ったお乳が揺れて眼福だったけど、野郎には一切興味がねぇから、欠片も容赦するつもりはないんで、今のうちに覚悟しな!》

 

 ……………………ほう。

 

「正直、未だに何のことやらではあるが、少し、やる気が出て来たぞ」

 

 とりあえず、シリアスな場面でもセクハラを働ける、変態師匠と同じく“変態”を冠せる変態鎧はしばこう。


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