この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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132話

 昨日、散々街の皆から称賛され、祝われながら代わる代わるお酌をされた酒の酔いが抜け切らない。見事に二日酔いである。一対一で魔王を倒したのに、酒の魔力に屈してしまうとは、悪乗りが過ぎてしまったか。

 というわけで、魔王を討伐という偉業をついに成したので、ハーレム計画について詳細を詰めておこうかと冗談半分で考えつつ、屋敷で悠々自適にダラダラと過ごしていた。

 

 アクアは頑張ってくれたアクシズ教との約束を果たしに『アルカンレティア』へ。出掛ける際、チラチラとこちらの顔色を窺いながら、『もうバカなこと口走らない?』とか『ここに帰ってきても良いのよね?』とか言ってきたが何だろうか?

 

 ダクネスは“魔王討伐に尽力した大貴族”ということで、親父さんのいる実家に国からの使者がやってきているのでその応対に帰っている。新しい領地を与えられるそうだが、お見合いの話が山ほど舞い込んでいるみたいだとダスティネス家に仕える執事からの情報が入ったが、それに『安心しろ。私は身持ちも堅いからな』とかこちらを見つめながら宣言していたが何だろうか?

 

 なので、今現在、屋敷に残っているのは、爆裂魔法の撃ち過ぎて、休養中のめぐみんだけ。

 まあ、いずれは王都のお城から、魔王討伐を成した御一行と言うことで招待されるだろうが、それまでにはアクアとダクネスも帰っているだろうし、めぐみんも回復していることだろう。

 

 そんな、昼頃まで眠り呆けていたら、ひとりの少女が籠一杯の果物の詰め合わせを持参して来訪した。

 

 

「お、お邪魔します! あのこれ、つまらない物ですが……」

 

「手土産を用意するのは殊勝な心掛けですが、昨日の今日で何ですか? 折角カズマと二人きりなのにお邪魔してくるとは、まったくゆんゆんはこういう空気が読めないところで減点されるんですよ」

 

「ええっ!?」

 

 友人の家に訪れることに未だ不慣れなゆんゆんに、姑みたいなことを言い出すめぐみん。だが、ゆんゆんが来るまでずっとあうあう部屋の中で熱暴走が治まらずに魘されていたので、そんな雰囲気はへったくれもなかった。むしろ『ゆんゆんに情けない姿を見せられません!』と触発されて、いくらか気力で持ち直したくらいである。

 とりあえず、大変恐縮して頭を何度も下げながら退場しそうになったゆんゆんを居間へと誘う。

 

「それで、ゆんゆん、今日は一体何の用だ?」

 

「あの、尋ねたいことがありまして。とんぬらさんのことなんですけど……」

 

「とんぬら?」

 

 そこでめぐみんが首を傾げる反応。

 

「誰ですかそれ? 名前の感じからして紅魔族みたいですが、聞き覚えがありませんね。これはぼっちを拗らせ過ぎたゆんゆんが、ついに想像上で作り出したお友達の設定ですか?」

 

「違うわよ! トールさんのこと! 私の妄想とかじゃないから! 現実にちゃんといるわよ!」

 

 訴えるゆんゆんが、証言を求めるようこちら(カズマ)を見てきたので、

 

「そういやめぐみんはあの時ぶっ倒れていたんだったな。そうだよ、とんぬらと言うのはトールのことだ。二人と同じ里の出身じゃないけど、紅魔族の血が流れてるみたいなんだ。だからめぐみんが知らないのも無理はない」

 

「なるほど。私達の里の外で暮らす紅魔族とは珍しいですが、言われてみると腑に落ちる点がありますね。直感で妙にシンパシーを覚えたのは同族だったからですか」

 

「前にダクネスが、王侯貴族は優秀な血を取り入れて、自らの血統を強めていくって話をした事があったけど、紅魔族ってのは全員が優秀な『アークウィザード』なんだろ」

 

 性格的に難有りかもしれないがそれでも取り入れたいという物好きはいるだろう。

 

 しかし、改めて情報をおさらいするととんでもない背景である。

 カリスマを持った王子様で、アクシズ教に好かれるくらい神性な加護を受けて、それから紅魔族の血が流れているという、パーティの三人が掛け合わさったような感じである。

 

「それで、その、とんぬらさんと皆さんは旅したんですよね? だから、どこにいるのか知りませんか? お別れの挨拶もせずに急にいなくなったから気になって……!」

 

 うん、そうなのだ。

 二人きりになりたいアクアがワガママにもゆんゆんの『テレポート』を拒んで、帰るのが一足遅くなってしまったが、その間にトールはひっそりと何処へ行ってしまった。

 それで、その後の魔王討伐を祝う祝勝会のお祭り騒ぎにも参加していなかったし、魔王討伐の懸賞金を受け取りにギルドへ来てもいないようなので、行方は……もしかしたら、隣国へ帰ってしまったかもしれない。

 

「……ゆんゆん、あなたまさか――」

 

 じっとゆんゆんの顔を見つめていためぐみんが口を開く。

 

「ひとつ訊いても良いですかゆんゆん?」

 

「な、なにめぐみん」

 

「自分から人に会うのも面倒なぼっちのゆんゆんが、どうしてそんなにトールに会いたいのです?」

 

「べっ、べべべべ別に私は……えと、何度も助けてもらったから、そのお礼がしたいし……その、深い意味はないから!」

 

 何か必死に言い繕うのがバレバレなゆんゆんの態度に、めぐみんは思い切り溜息を吐いてみせたが、そこは指摘せ(つっこま)ず、

 

「そうですか。まあ、いいでしょう。しかし残念ですが、私達もあの男の行方は把握していません。……ただ、ウィズと知己であるのは確かです。店に行ってみれば何か手掛かりがつかめるかもしれませんよ」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 街の大通りから外れた薄暗い路地にこじんまりと佇む小さな店。

 お祭り騒ぎの喧騒から離れたそこに、

 

「――いらっしゃいませ、ようこそウィズ魔道具店へ! 只今魔王討伐記念セールを開催しております!」

 

 いた。

 いつも話しかけてくれる女店長はおらず、代わりに仮面をつけた彼が、エプロン姿で店番をしていた。ものすごくあっさりと尋ね人が見つかった。

 

「お、ゆんゆんか。どうしたんだ、ハトが豆鉄砲でも喰らったような顔をして?」

 

「と、とんぬらさん、どうしてここに?」

 

「ああ、居候をさせてもらってな。実はほとんど文無しで、働く代わりに店にいさせてほしいと頼んだんだよ」

 

 頬を掻きながら恥ずかしそうに身の上を語るとんぬらさん。

 

「それなら、ギルドへ行きませんか? 魔王討伐にすごく貢献したんですから、懸賞金がもらえるはずです!」

 

「……いや、それは受け取れない。俺は部外者であって、君たちの偉業に名を連ねるわけにはいかないからな」

 

 しかし、彼はその名誉も大金も不要だと言い切った。

 

「俺は、あの旅で最初から最後まで正しいと思ったことを曲げずに通した。これは、大きな自信と誇りだ。報酬というのならこれで十分。皆にはワガママに付き合わせてしまった借りもあるし、俺の分の賞金を取ってあると言うのならそれを山分けしてくれ」

 

 そうとんぬらさんは言うけれど、あの魔王城での戦いで最も貢献したのだから、もっと報われたっていいと思う。こんな誰の称賛も受けず、褒美もないなんておかしい。と言おうとしたとき、迫る悪寒。強大な悪魔の気配。

 

「おおっ! これはこれは、生まれながらにしてネタ種族な紅魔族の娘ではないか。店主は生憎と留守にしているが、当店に何用かな?」

 

「失礼な前口上を入れないと挨拶もできんのかあんたは」

 

 店の奥から何やら匂いを嗅ぎつけたかのように、彼と同じように仮面をつけた、地獄の公爵バニルがやってきた。とんぬらさんがサッと庇うよう自分(ゆんゆん)の前に。その何も言わず行動で示してくるその背中に、思わず鼓動が跳ねた胸を押さえる。

 

「それとも、この店は客を玩具にするのが習わしなのか?」

 

「いやいや、お客様には満足していただくよう取り計らうのが我輩のモットーである。今なら、こちらの店主が厳選した(まったく売れない)魔道具の詰め合わせ十万エリス分をお買い上げした先着一名様限定に、こちらの家無き小僧をセットでお付けするサービス実施中!」

「――買います! はい十万エリス!」

「毎度あり!」「待て!」

 

 即座に財布を取り出し、エリス魔銀貨を掴む。だけど、それを渡す前にとんぬらさんがその腕を掴んだ。強く握られて、またも心臓が騒ぐ。彼に触れられている箇所が熱く感じてしまう。

 で、

 

「おいやめろ! そんな悪魔の甘言に魂を売り渡す真似をするんじゃない! それはあまりに問題作だから店の棚にも並べず倉庫に突っ込んである代物だぞ!」

 

「店員ならば売り込み(セール)をしないか、売り物小僧よ」

 

「店員扱いするなら俺を売り物に(セール)するな!」

 

 売れ残りの魔道具を買おうとする自分をとんぬらさんが慌てて考え直すよう注意をする。

 

「まあ聞け、これも汝には悪い話ではないだろう? そこの娘に引き取ってもらうのならば、わざわざここに仮住まいをする必要もない。正直、今の赤字運営では、乞食店主がバイトの給料を支払えるほどの余裕はないからな」

 

「そんな自慢して言うことじゃないだろ。確かに、あまりウィズさんのご厚意に甘えるのは気が咎めていたが」

 

「私なら大丈夫です! 遠慮しないでくださいとんぬらさん! お金も人一人を養えるくらい十分にありますし、不満がないようしっかりと面倒を見ますから!」

 

「いや俺はそういう心配をしているんじゃない。というか、そのヒモ生活は遠慮したくなる」

 

「これは、お礼です! とんぬらさんには何度も命を助けてもらいました! 私を助けてもらったお礼をさせてください!」

 

 これまでしたことがないくらい、自分でも驚くくらい積極的に、このチャンスをものにしようとぐいぐいと彼へ迫る。するととんぬらさんは困った様子でたじろぎつつも諭そうと口を開く。

 

「その気持ちは嬉しいが、俺としては宿に泊まるのでは不十分なんだ。それなら、ここのお世話にならずにフィールドで野宿しても問題ない。このウィズさんの魔道具店のご厄介になっているのは、“工房のある場所”というこちらの求める条件で好都合だったからだ」

 

 宿屋で魔導実験を行うわけにはいかない。ある程度設備の整った場所ではないと。

 

「それなら、私、家を買います! これまでの貯金と、魔王討伐の懸賞金もありますから購入できるはずです」

 

「いやいや、そこまでしてもらうわけにはいかない。それに第一、若い男女が二人暮らしをして何か間違いがあったらどうする? 常識的におかしいだろ……くっ」

 

「フハハハハハハ! 小僧の発言には中々に説得力が篭っているな!」

 

「やめてくれ。ブーメランでダメージを食らってるのは誰よりもわかってるから」

 

 間違い……小説に書いてあったあれやこれのイベント。それは別に私は望む――じゃなくて、構わないところだけど、まだ出会ったばかりのとんぬらさんにそこまで踏み込むのは拙速過ぎる話だった。もっと距離を詰めていかないと流石に断られる……でも、恩返しをするためには一緒に――

 

「それなら、私の実家はどうですかっ?」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 紅魔の里は、高性能の魔道具を特産品の目玉にしている。

 なので、どこの家でも実験できる設備が整っており、また魔道具の造詣に深い者も多い。“箱”を調べるのに適した環境だと言える。

 それに、機動要塞『デストロイヤー』に残された記録より、“元の世界へ帰ろうと考えていた”あの『賢王』の遺産がここにはある。『異世界転移の魔道具』の発見に関わらず、元々、紅魔の里には寄るつもりであった。

 しかしその里の厳重に封印された施設を利用するためにも、族長――ゆんゆんの父親への挨拶はまず避けられないイベントだった。

 

「これは、驚きだ。王都へ大規模侵攻する魔王軍から防衛するための援軍として赴きそれから帰ってみると、一軍入りしているのに召集を断った娘が魔王を討伐する旅に加わり、さらに男まで連れてくるとは……」

 

「“お友達”です、族長」

 

 なんか色々と大事な過程をすっ飛ばしているような気がしなくもないが、“お友達”としてお世話になる分なら問題はないはず。とゆんゆんの勢いに押し切られてしまったわけだが、彼女の提案に甘えさせてもらうことにしたとんぬらは、この世界の族長に挨拶をする。

 ゆんゆんもゆんゆんで里で快適に過ごせるためにも、ここで族長である父に気に入れてもらうようフォローを入れてくる。

 

「お父さん、とんぬらさんは、私達と同じ紅魔族なのよ!」

 

「おや、そうなのかい?」

 

 ゆんゆんからの厚意を無駄にはすまい。

 視線をこちらに向ける族長に、仮面に手をやるポーズを取り、

 

「我が名は、とんぬら! 生まれた場所は違えど、同じ紅魔の血が流れ、その志を胸に抱く者! この仮面で顔を覆いしも、この真紅の眼差しがその証なり!」

 

 くわっと大見得を切るよう目力を入れて瞳を真っ赤に光らせる。

 

「おおっ! 大変素晴らしい名乗り上げだ! とてもイケてる仮面をつけているし、中々の面構えだ。実に良い方を見つけて来たではないかゆんゆん!」

 

 拍手するくらい興奮した称賛を送る族長。

 これは中々の好い第一印象の手応えを覚える。“人間関係に物凄く不安を抱える一人娘が連れて来た男”ということで厳しい目で警戒されているものだと想定していたから、少し胸を撫で下ろすくらいの安堵した息を吐く。

 そんな父親の好感触に、ゆんゆんも我が事のように嬉しく、そして彼の自慢を語り出す。

 

「すごいんだよとんぬらさんっ。空から流星を落としたり!」

 

「ほう! それはまさか急遽撤退した魔王軍の動向を探っていた時に見たアレか……!」

 

 まあ、『パルプンテ』で滅多に起きない災難の出目で、幸運の女神様のブーストが入っているからだと思われる。

 

「それに、凄く強いドラゴンに変身したり!」

 

「ドラゴンだと! なんて格好良い……!」

 

 真っ赤な瞳の娘に移されたかのように、族長の目も真っ赤っかに。評価に比例して興奮のボルテージが鰻登りだ。別にウソではないのだが、もうその辺でとストップをかけた方が良さそう。

 

「と、とんぬら君! 是非ともその魔法を私に教えてくれないかい?」

 

「申し訳ありませんが、これは勇者の血を引く我が一族にのみ許された秘伝であり、それ以外の者が行使してもまず扱えず、またあまりに強大なため味方をも巻き込みかねない魔法です。望まれれば披露はしますが、教授することはご遠慮願いたい」

 

「おおっ! 選ばれた者にしか使えない禁断の魔法……!」

 

 教えるのを断ったのに、逆に好感度が上がった。これも紅魔族の特有のセンスだ。

 そして、興奮の度合いが最高潮まで達したが、ゆんゆんの口はこれだけべた褒めしてもまだ落ち着かず、魔法以外の面も赤裸々に打ち明け、ちゃった……

 

「あと、とんぬらさんは良い人なのお父さん! あんなにもきつく抱きしめられた初めてだったけど、とんぬらさんの腕は頼もしくて優しくて……それで、最後に契りを交わした時も、身体あつくなって、ぐわーってきて……その、その……!」

 

 ぽっ、と少女の顔が耳元まで真っ赤に染まる。バタバタと両手を上下に動かし、この感想をどう言葉で表現していいものかわからないと言うようにパクパクと口を開閉して、やっとのことでこう漏らした。

 

「すごく、気持ちよかったの」

 

 口許に握った手を当てながらそう言った。

 

 ……………………………………………………………………。

 

 ゆんゆんは、必死にこちらを父親にアピールしてくれているのはわかる。わかるのだけど、説明のし方がまずい。変な方向に誤解を招きかねないというか、背中へ爆裂魔法をぶち込まれたような盛大な味方撃ちが決まっている。つまり、大炎上だ。

 

 未知の感覚に戸惑い、遠ざけようとしながらも同時に、また味わってみたいという強い欲求が頭の中を占めて消えず。そんなのダメ、でも興味ある……そこでガツンと一発ヤられちゃったから、あとはもう逆らえない――

 これ、典型的な、純朴な少女が悪い男に引っかかって堕ちていくパターンである。

 

 さて、今の話しぶりだけで判断するとどれくらい当て嵌まっていると思われるか考えてみよう。採点の程は事情を知らぬ第三者である族長の顔色を窺えば一発でわかるだろうが、あまり確認したくない。だけど、誤解は訂正しておかないとますます酷くなりそうで、責任問題に発展してしまいかねない。

 

「“お友達”、なのかな?」

 

「そうです族長、いえ、お父さん! 娘さんとは清く正しく節度のある“お友達”の関係です!」

 

 精一杯の誠意を身体で表現するよう、とんぬらは机に仮面の額がするくらい深く頭を下げた。

 これも二度目の対応だ。どうにか“お友達”という落としどころで話を収めてみせる!

 ――けれど、“お友達”は、ボッチなゆんゆんにはかなり高い位置にあった。

 

「うん! とんぬらさんは、“友達”よ! 私の全てを任せられる男の人!」

 

 …………………………………………………………………………………ああ。

 またなんか聞き取りようによっては力いっぱい勘違いしてしまえる内容だ。

 

「その、あのですね、お父さん」

 

「わかってるわかってる! みなまで言わなくても、ちゃぁ~んと、わかったから! 娘のことよろしく頼むよ、とんぬら君」

 

 パンパンと族長に肩を強く叩かれる。

 誤解を訂正したいのだが、目の前の族長は盛んに『わかってる』を繰り返し……その顔を見ていると、激しく不安になる。というか、この人、絶対わかってないと思う。

 

 とりあえず、結論から述べると、族長の家の一室を貸し与えられるくらいに()()()気に入られた。

 

 

 で、この魔王軍の領地に近い紅魔の里は、『ベルゼルグ』の王都中枢からは離れた、それも交易の馬車が来ない立地にある。里で自給自足できるくらいの力があるので、外部との交流もさほど必要としない。

 その為に情報の伝達が他よりも遅れていたりする。

 

 天の導き、いいやこの場合は、悪魔の采配か、俗世の喧騒から離れた田舎の地で本来の目的に従事することができるのだが。

 この平行世界での魔王討伐、異分子たる自分は影の功労者であるのが望ましいと考えていたとんぬらが、まさか己を発端とした、国を騒がすほどの事態に出遅れることになる。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ――古来、『ベルゼルグ』にはある決まりがある。

 魔王を倒した勇者には、褒美として王女を妻とする権利が与えられる。

 

「――私は、決めました」

 

 ミツルギキョウヤからの報告で“その者”の存在を知り、まだ顔すら合わせたことのない相手と結ばれることを大多数から望まれた。

 だけど、自分にはこの胸を占める、忘れられない“お兄ちゃん”がいる。きっと、“お兄ちゃん”が、魔王を倒してくれる、と想っていた……。

 

「古いしきたりではなく、私が夫とする者は、私が決めます」

 

 そう、状況に流されるだけではダメなのだ。

 “お兄ちゃん”も、自分が居ぬ間に、クレアとレインたちによって記憶を喪失されて王城から強制送還された。まだもっと一緒にいたかったのに……“お兄ちゃん”もそう望んでいたのに……!

 あのとき、自分がもっと動いていたら、奔放であれたのなら、こうはならなかった。自分が望むものを手にするのならば、自分で動かないとダメなのだ。

 未来というのは、自分で切り開くものなのだから――

 

「ここに宣言します! たとえ何者であれ、勇者の末裔として名を馳せたベルゼルグ一族は己よりも弱い相手を伴侶として妥協してしまうのは相応しくありません! このベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリスとの決闘で勝った者と婚約をいたします!」

 

 これは勝手であると重々承知しているが、自分に納得をつけるために必要な儀式。

 王族の者として自身の英才教育が施された実力というのは自覚しているが、それでも、魔王を倒せるのならば、自分の全力をぶつけられる相手に違いない。

 そう、たとえ、神器()()装備(ハンデ)があったって何ら問題にしないはずだ。

 この国宝の聖剣なんとかカリバーと、王城の宝物庫の奥に眠っていた上位神器の聖鎧――

 

《オーケー、このパーフェクトアーマーである『アイギス』がパーフェクトプリンセスを絶対死守しよう! お姫様を嫁に出すの断固反対! 何が来ようと全員蹴散らしてやる!》

 

 継ぎ目のない白銀の全身鎧に煌びやかな黄金の剣と鞘という準備万端で、第一王女一世一代の宣戦布告(わがまま)をしたフルアーマー・アイリス。

 それを重臣の大貴族の娘(ダクネス)を伝手に事態を知った“お兄ちゃん(カズマ)”が急ぎ『魔王を倒したのは俺だ!』と真相を打ち明けるのだが、そのときはもう手遅れだった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 聖鎧『アイギス』は、自立行動――すなわち装着者の意に反することすら可能な上位神器。

 地上で起きている彼の聖鎧の暴走を止めるには説得するのが一番だが、聞く耳を持たない様子。であれば、残る手段は、アクア先輩の封印で力を弱めるか、もしくはその(セット)である聖盾『イージス』で制御するか。

 

(先輩のお力を借りたいところですが、女神が地上で無闇にその力を振るうのは天界規定に反します。今もその役目が終えて尚、地上に留まっているのですからこれ以上御法度をさせるのは……)

 

 先輩が強制送還されてしまうような事態は避けたい。

 となれば、消去法で協力を仰げそうなのは、もうひとり。聖盾に認められ、上位神器の魂を取り込んでしまった前代未聞のイレギュラー。

 

(先輩たちと共に魔王と戦い、魔王を討伐したのはカズマさんでしたが、MVPは間違いなく彼でしょう。ええ、気配も悪い方ではないというかむしろとても良いものだと思いますけど……)

 

 聖盾『イージス』の経験値を得て、あの魔王の鬼札である『デッドリーポイズンスライム』の変異種を撃破した時の力は、上位竜種にランク付けされてもおかしくないほど。すなわち、神々や地獄の公爵といった終末を賭けて争う超越者たちでも無視できない、要監視対象だ。

 

 それだけの強大な力を持った存在なのに――わからない。

 偶然にも、地上に降りた機会に、直に女神の眼《まなこ》で覗いてみたが、その背景がまるで見えなかった。

 こんなのは普通じゃない。だってこれは彼がこの世界での経歴がほとんどないことになるのだから。そんなのは先輩が送る転生者の方のみで、もしも女神の導きではなく、異世界から迷い込んだのだとすれば――

 

(これを機に、見定めるのもいいのかもしれませんね)

 

 

 ♢♢♢

 

 

「実は言うと、今日か明日にでも、ゆんゆんに会いに行くつもりだった」

 

「え?」

 

 好きに使って構わないと通された部屋(ゆんゆんの自室の隣)で、一先ず腰を落ち着かせたとんぬらは、何かと世話を焼こうとついてきたゆんゆんへ振り返り言う。

 

「ほら? 先延ばしにしてしまうが、状況が落ち着けば言いたいことがあるのならちゃんと聞くと約束しただろう」

 

「あ……覚えてたの?」

 

「当然だ。自分から言ったことを忘れるわけがないだろ」

 

 とんぬらは、再度促すよう視線を振ると、ゆんゆんは俯かせて目を逸らし、

 

「私から、その……先延ばしで……(もっと、ちゃんとこの気持ちがわかってから言いたい、から……)」

 

「ああ、構わない。ゆんゆんの都合が最優先だ。急かすつもりなんてない。ただ、俺に遠慮する必要はないからな」

 

 ……本当に、優しい。

 会話が拙い私といても、ちっとも嫌な顔を見せない。面倒な素振りを見せないし、きちんと話を聞いてくれる。

 

「うん、だから……」

 

 ゆんゆんはぎゅっと握った両手を胸に当て、空いたその間を埋めるよう少し急き立てられた感じで問いかける。

 

「じゃあ、とんぬらさんから私に言いたいことはありませんか?」

 

 これにとんぬらは、ぴくっと僅かに反応を示し、真剣さを秘めた声音で、

 

「……ひとつ、ゆんゆんへお願いがある」

 

「お願い、ですか?」

 

「そう、お願いだ。ただ、このお願いは君へ対する侮辱とも言って良い。その無礼を承知で頼んでもいいか?」

 

「はい、良いですよ」

 

 ゆんゆんはその申し込みに戸惑うが、あまり悩んだ素振りも見せず、あっさりと頷いた。

 

「待ってくれ! これはお願いであって、俺個人のどうしようもないわがままだ。気の迷いみたいなものだ。いやなら、断ってくれても全く構わない。そうだ。今、俺はどんな内容かも言わずに頼もうとしてるんだぞ? それでも本当に良いのか?」

 

 その即決に驚き、頷いてくれたにも関わらず、とんぬらは戸惑い、驚きその仮面を振り向かせて改めて問い質す。考え直してくれるよう説教すると言い換えてもいいかもしれない。

 

「はい、もちろん。だって、とんぬらさんは私の名前や話を聞いても笑わず、真剣に向き合ってくれました。なら、今度は私の番です」

 

「あれは、別にそんな恩に着るようなことじゃ……」

 

「それでも私にとっては嬉しかったんです! すごく嬉しかったことなんです! ……あんなにも認めてくれたのは初めてで……だから、私、とんぬらさんのわがままを叶えてあげたいんです」

 

 なのだが、意思は変わらず首を縦に頷かれる。ゆんゆんはとんぬらに対し純粋無垢で疑うことを知らないような笑顔をパッと花咲かせた。

 

「―――」

 

 その笑顔に心を打たれたように、仮面の奥の両眼を見開かせながら固まるとんぬら。

 それは彼が抱える罪悪感を拭ってくれるものではないが、一瞬だけでも揺らいだ。強固に固めたはずの鋼の理性が靡きかけた。

 そんな動揺を仮面の下で押さえるのだが、胸が詰まるくらい弱音が零れてしまいそうで。

 

「……とんぬらさん?」

 

「……ああ、そうだな。なら、お言葉に甘えようか」

 

「はい。ええっと……。私はどうしたら?」

 

 沈黙の間を怪訝に思ったのだろう。ゆんゆんはきょとんと不思議顔で首を傾げ、その声に反応してとんぬらは彼女と相対した。

 

「ああ、ゆんゆんはそのままで良い」

 

「はい、そのままって……このままですか?」

 

「そうそう……そのまま、そのままで、頼む……」

 

「わかりました」

 

 これから行う事を考えたら、とてもふざけてはできない。

 目をゆっくりと瞑り、背筋をしっかりと伸ばして姿勢も正し、心が波紋なく落ち着くのを待つ事暫し。

 

「……ゆんゆん」

 

「は、はいっ!?」

 

「すまない」

 

「えっ!? あっ!? ……は、はい?」

 

 目を静かに開けると、こちらに倣って畏まっているゆんゆんへ万感の思いを込めて頭を深々と下げた。

 

「だけど、俺は、決して諦めないから」


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