この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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125話

 急ぎ守りを固めねば危ない――!

 

 つい頭に血が上ってしまったが、それどころではない。

 ゆんゆんをパトリシアに乗せて、アクア様、その周囲を護衛するミツルギとその取り巻きがいる場所へと駆け付ける。

 

「助けてもらったみたいだけど……君は一体何者だ?」

 

 幻魔らに露払いを任せながら合流を果たすや、こちらに魔剣は向けないが警戒は解かない様子のミツルギ。自らに女神様の盾であり鎧であることを課しているように前を立ち塞いでくるが、それをさらりと躱し、その御前に。

 スッと背筋を伸ばし、右足と左足の沓を合わせて小さく顎を引く。

 この世界の水の女神の顔は直視しないよう、視線はやや伏し目がちに。両手を合わせ、合わせた手を掲げるようにし、袖を真下に垂らす。

 

「水の女神アクア様」

 

 とアクア様に呼び掛けた。

 

「お目にかかれて光栄です。仮面とは不作法ではありますがこれは外れぬものゆえ、どうかお赦しを。我が信仰に、曇りはありませぬ」

 

 畏まる礼儀作法に面を食らった――あまりされてきていないせいか驚いている模様ではあったが、すぐに何かを察せられたように、威厳あるよう胸をそらした態度を取り、

 

「ええ、赦します。汝のその信仰心、とても心地良いものです。仮面で顔を隠す照れ屋さんでも、私にはこの女神の危機に推参した眷属であることはお見通しですよ」

 

「残念ながらそれは違います」

 

「あれ?」

 

 見当外れなご意見だが、不遜を覚悟に意を唱えさせてもらう。

 

「貴方様をお助けする大役を担うのにもっと相応しいものがおります。その者らからの伝言です」

 

 とそこで言葉を切り喉の調子を整える。それから、芸達者になる支援魔法無しでも自慢の七色の声帯で最も効く(聴く)であろう男の声音を再現しながら、

 

「『家出なんて面倒くさい事してんじゃねえ! お前がホイホイほっつき歩いてる間に、こっちは散々苦労したんだぞ! 構ってちゃんな手紙残して消えやがって、めんどくせえ女だなお前は! ――いいか! 巻き込まれたくなかったらそれ以上先へ突っ走らず、ジッとしてろ!』――と」

 

 これを聞いた途端、水色の瞳を大きく見開いて、その感動を露にする。手を口に当てて言葉にならないご様子の女神様へ、続けて言う。

 

「~~~っ!! ~~っ!?!?」

 

「それで、私は貴方様の足止めも任されておりまして。結界を破るのは中断して、どうか、こちらへ。巻き添えを食らわぬよう直ちに守りを固めますので」

 

 言葉にならないながらもキョロキョロと彼らの姿を探しにせわしなく落ち着きがなくなるアクア様に、窘めるよう言えば、結界を破って撤退しようとしていた勇者様が黙ってはいない。

 

「おい、いきなり何を勝手に!」

「生憎と坊ちゃんに説明している余裕はない。死にたくなければ大人しくしててくれ」

 

 『ちょっとキョウヤになんて物言い!』と支持者が噛みついてくるが、気を遣って言葉を選んではいられない。

 ――魔力に敏な紅魔族の感覚が、この離れた間合いからでもその肌を刺す前兆を捉えた。途轍もない魔力の解放がこちらに向けて繰り出される。

 

 

「『インフェルノ――トルネード』!!」

 

 

 魔王城の城壁より、それは放たれた。

 白衣の下に隠された翼を広げながら、仮面をつけた堕ちた神族の末裔が両手を掲げるや極彩色の大輪の如き魔法陣が咲き誇る。二属性同時の猛威を喚び起こして、混じり合わせる荒業を難なく。二つの属性の上級魔法を合体させた火炎竜巻。

 先ほどのブレスの返礼とばかりに業火の嵐がこちらに迫る。

 

「『鳴動封魔』! ――カカロン、クシャラミ、『ラジカルストーム』!」

 

 両手を大地につけ、『龍脈』スキルを浸透。防壁を築くよう地盤を盛り上げて、衝突直前まで厚みを増していく。

 それと同時にもうひとつの手足を動かす。

 元々が『春一番』と『雪精』の幻魔らを左右に控えさせて、春を呼び込む和風と冬を告げる凩を舞い吹雪かせ寒暖攪拌させることで作り上げる防風陣を敷く。

 

 二属性合体に対して、二重の防護。――それでも凄まじい光と音の乱舞に呑み込まれていく。

 小山に見えるほど隆起した壁を削り穿ち、災禍吹き払う幻魔の神風を食らい尽す。

 しかし、業火の嵐もその外縁で激しくぶれる。抵抗に鎧袖一触とはいかなかったようにねじくれ、蛇を思わせて蠕動した後、火と風の猛威は過ぎ去る前の道半ばで消え去った。

 

 

『――ほう、驚いた。我が魔法を凌いだか。これは刹那に守りを固めた汝の腕を褒めるべきか。もっとも、恐れるに足りんが』

 

 

 わざわざ山彦で結界内に嘲笑を含む声と乾いた拍手が響く。

 ギリギリで処理したこちらに対し、向こうには余裕がある。結界を敷いている範囲以上に外へ出られないが、魔王城に設置された魔界より『預言者』は尽きることのない魔力供給を受けられ、かつ即死でない限り致命傷であっても無限の魔力でもって再生してしまう。この魔王軍幹部を撃滅するには瞬殺するしかないのだが、その『預言者』自身の周囲にも強力な結界を張っているためそれは不可能だと絶望するしかない。

 

 MP∞のHP自動完全回復で、守護万全の幹部最強の魔法使い。

 魔力を消費せざるを得ない魔法対決で、無限対有限の消耗戦の局面となれば決着など決まり切っている。

 それでも、仮面の青年は不屈不撓。先の見えた盤面であろうと最後まで手を打つのを止めはしない。

 

 

「『パルプンテ』――ッ!」

 

 

 ――来る!

 『預言者』は、その虹色の波動を見て、余裕の態度を変えて構えた。

 魔王軍内で幹部最強の魔法使いだと自他ともに認知されている己ですら、身震いするような超魔力。

 それこそ、世界の理を変革させかねないほどの凄まじい魔力を感知し、尚且つ、予測不能――記憶している数多の魔導の知識のどれにも当てはまらない未知の領域であって、『預言者』の力でも何が起こるか先が視えない!?

 この不明の現象を警戒し、思わず詠唱を中断して結界の強度を高める『預言者』

 

 

 ……パルプンテ!

 …………パルプンテ!

 ………………パルプンテ!

 

 

 詠唱が反響している――これは一体何の前兆だ??

 

「全員動きを止めろと通達を急ぎ走らせろ! 不測の事態に備えておけ! ……認めたくはないが、何が起こっているのか我にも皆目見当が掴ん……!」

 

「は、はっ!」

 

 配下の魔法使いの魔族らへ指示を飛ばす。

 わからない……一体何が起こる――いや、もうすでに起こっているのか!!?

 

「クッ……!」

 

 あの仮面の下で口角を片側だけ上げる、太々しいくらいの不敵な笑みは何だ?

 ダメだ。読めん。あれほどの魔力光(オーラ)で、起きる現象は上級魔法以上の威力に違いないはず。だが、今、何も起こっていないように見える。

 ――つまり、この『預言者』の目を以てしても見抜けない、不覚の事態が発生しているのだ!

 

 ………

 ………

 ………

 

 なんてことはもちろんない。

 

(あの幹部は計算違いがあると混乱してしまう、アドリブができない性格(タイプ)だな。結界内に引き籠ってばかりで実戦不足だとは予想していたが、それっぽい態度を取っただけでこうも自爆してくれるとは本当に笑いそうになる)

 

 残念な外れ(スカ)だ。それに気づかず、先読みできない事態を深読みして勝手に術中に嵌り込んで手を止めている内に、急ぎ対策を組む。

 

 ――カカロン、クシャラミ、バルバルー、ドメディ。

 

 『預言者』へと見せつけるよう意味深な笑みを浮かべながら、無言で意思疎通を取る。

 念じるよう頭の中で四柱の幻魔の名を唱えれば、水、風、土、火のそれぞれが呼びかけに応じて、主の四方の要所へと位置取る。

 跪くよう掌をついていた地面より手を離して、右の陽と左の陰の気を合一させるよう、パンッと裂帛の気合を込めて柏手を打つ。

 

 ――『天地鳴動の印』。主のあげた号令に幻魔たちは己を解放させる。

 

 元々の形がなく、人の想念によって具現化する精霊種。精霊種の上位である幻魔にもそれが当て嵌まり、契約を結んだ術者の想像に姿形を変化させることができる。

 ――自らの原型を溶かし込むほどに解き放って編み出した(パス)を主の押さえる四方の中心へと伸ばし結んで絡ませた。

 

(すまない。お前達の存在維持できる限界ギリギリまで使わせてもらう……っ)

 

 瞑目して集中する仮面の(かんばせ)が歪むも手は止まらず、天然自然の理を統べる『天地雷鳴士』の精密極まる魔力操作で手繰り、形無き魔力すらも錬金合成する『マホプラウス』の手腕でまとめる。幻魔らも自らが持てる全てを差し出すよう、己を練り変じさせた糸を供出する。

 そうして、存在を解かせていくよう幻魔四柱を奉じて複雑精緻に組み込んだ陣形より、仮面の奥よりゆっくりと青々と輝く瞳が見開かれるに合わせて身を起こす、竜を模る黄金の巨影――

 

 

「――ちぃ! 何も起こらんではないか! よくも我をコケにしてくれたなペテン師め! 忌々しい! 今すぐに消し飛ばしてくれる! ――『カースド・ライトニング――クリムゾン・レーザー』!!」

 

 漆黒と真紅の魔力光が螺旋を描いて融合し、一点により収束されるよう捻じり込んでから、放つ。

 防御を穿つ貫通能力に優れた上級魔法を合体させたそれはまさに、天より劫罰を降す雷火。

 ――だが。

 それでも、『預言者』は仕留めきれなかった。

 

 パチパチと焼き焦げてイオン化した爆ぜた空気に撫でられながら――それでも、金色の竜影は悠々とその存在感を示した。

 

 想像で具現化する幻魔でもって仮想構築された守護結界は、魔力のみならず人の精神力でもってその強度が決まる。それ故に、一切の迷い、曇り、汚れのない鋼の心性を表した『聖竜の守り』は如何なる凶災を退ける。

 

 

 ……いいだろう。ならば、とことん付き合ってやろうではないか。

 我が天眼を潜り抜けた異分子を、我が魔導の全てで塵としてくれる――!

 

 魔力は無限。普通に行使するよりも倍の消費をする合体魔法をいくら繰り出そうともその残弾は無限。

 その護りが真実無敵なものであろうとも、所詮は有限。いずれは途切れて儚く散るのが定め。

 『預言者』は再び、漆黒と真紅の二重螺旋を描く合体上級魔法を唱え始める。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 このままではジリ貧だ。

 いくら守りが凄くたって、いつまでも張り続けることはできない。

 あの白衣仮面の魔法使いを討ち取らない限り、自分たちに勝機はないんだ!

 

「僕が、行く。この『グラム』であの魔法使いを倒す!」

 

「「キョウヤ!?」」

 

 この宣言に、フィオとクレメアが声を上げる。だが、わかってほしい。皆を窮地に追い込んでしまった贖罪でもある。

 

「だから、大人しくじっとしていろ坊ちゃん。あんたの出る幕じゃない」

 

 そう覚悟を決めて二人の制止を振り払って、結界の外へと飛び出そうとした僕の背に、諫めるのではなく呆れた感じの溜息交じりの声音が投げられた。

 蒼い瞳の集中を切らすことなく維持し続ける結界は、魔法に疎い『ソードマスター』である自分(ミツルギ)の目から見ても、その完成度の高さが窺える。だが、魔王城を守護する魔法使いの魔力は膨大に放出されながらも一向に勢いが衰えることがない。技巧で食い下がろうにも圧倒的にパワーで敵わないため、総量に差があるのだ。

 そんなこと、彼自身も承知しているだろう。

 

「わかっているはずだ。このまま守り一辺倒では君の結界が切れた途端に全滅する。だから、僕が一か八か打って出る」

「わかっていないから教えるが、これはあの魔王軍幹部の魔法に対して張ってるんじゃない」

 

 もう一度、仮面下の口元から溜息を吐いて、

 

「背後から遠慮なく撃ち放たれる超過激なフレンドリーファイアに対して、だ」

 

 ――瞬間、凄まじい轟音が、空間を震撼させた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ――ネタ魔法と呼ばれ、バカにされている魔法がある。

 習得難易度もさることながら使用難易度も至難極まっている。なぜなら魔法を使う際の魔力消費は半端なく、全身全霊を求められるレベルで、なおかつ、その威力はオーバーキル過ぎて味方も巻き込みかねない、コストパフォーマンスが悪すぎる魔法。

 しかし、個人が行使できる術の中では断トツに最強火力で、実体のないものや悪魔や神族にもダメージを与える、万物に対して破壊力抜群の最終手段。

 それが、『爆裂魔法』である。

 そんな、広範囲型大規模破壊の爆焔が――――――怒涛のように繰り出された。

 

「『エクスプロージョン』――ッッ! 『エクスプロージョン』――ッッッッ!」

 

 紅魔族総出で破れるかどうかの魔王城の結界。

 それを一発目で揺るがし、二発目で罅を入れ、三発目の炸裂で大穴を開けた。

 

 爆裂魔法は、大魔導師でも一発が限度の魔力消費が激しい魔法だ。

 でも、世の中にはマナタイト結晶という魔法の魔力消費を肩代わりしてくれるアイテムがある。

 とはいえ、爆裂魔法の消費分も賄えるほどの物となると、最高品質のマナタイト結晶でなければ物足りない。最高品質のマナタイト結晶ともなると一個で億を超えるものがざらにあり、そうそう用意できるものではない。というか、そんな肩代わりしたら用済みになる使い捨てのマナタイト結晶で最高品質を求めようだなんて酔狂が過ぎよう。

 

 だが、今ここに小さな城が買えるほどの額を浪費して、最高品質のマナタイト結晶が買い占められていた。そして、国家間の戦争ですら使われないほど大量の最高品質のマナタイトが爆裂魔法をこよなく愛する大魔導師へとプレゼントされた。

 

『一体何者だ!? 遠距離から城を直接攻撃するなど、魔王退治の王道から外れているだろう! この様な邪道な行い、我が身に流れる神族の血が断じて許さん――』

 

 魔王城を守護する『預言者』は魔界から魔力を吸い上げて結界を強化するのだが、幸福の絶頂に達した歓喜の笑みでトリガーハッピー状態な爆裂魔法使い(めぐみん)は乱打を加速させる。

 もはや、長ったらしい詠唱は行ってすらいない。詠唱は、魔法の威力を安定させ、制御しやすくする為のもので、当然、定められた詠唱を唱えれば、魔法の暴発を防ぎ威力も増す。

 だが、爆裂魔法の一点のみに天才と呼ばれたその全才能を費やした彼女(めぐみん)は、無詠唱でも制御可能なほどに極まっている。

 

「『エクスプロージョン』――! 『エクスプロージョン』――! 『エクスプロージョン』――――ッッッッ!」

 

 次々と叩き込まれる必殺魔法を前に、魔王城の精鋭たちが死体も残さず消し飛ばされていく。爆裂魔法は威力だけでなく射程においても最大範囲の魔法であるため、反撃もできずに一方的に。

 人間と魔王の立場を逆転させればそれはもう破壊神、もしくは魔王の所業である。

 

『ああああ、どうしたら! どうすれば!』

『もうダメだあ、オシマイだあ……!』

『何なんだ! 何なんだアイツは、気が狂っているのか!』

『結界がもう保たない! 早く逃げないと、結界の崩壊と同時にあの凶悪な紅魔族に消し飛ばされるぞ!』

『なぜ突然、あんなラスボスみたいなのが攻めて来たんだ! どうしてあんなにポンポン爆裂魔法を撃てるんだ! アイツこそが魔王様みたいだぞ!』

『お、お母さーん!』

 

 地獄。この世の地獄。

 魔王城の周辺地域を囲っていた結界のあちこちに罅が入り、『預言者』がどうにか維持修復で立て直そうとしているのだが、怒涛の爆裂魔法の勢いに力負けして今にも木端微塵に砕け散りそう。これに魔物たちが阿鼻叫喚で逃げていくが、結界を突き破ってくる爆裂魔法に吹っ飛ばされていく。大量の最高品質のマナタイトがあってこそではあるが、この連続爆裂魔法の惨劇を国の上位陣が知れば、まちがいなく機動要塞『デストロイヤー』に匹敵する最重要危険対象としてブラックリストに載るだろう。

 

「『エクスプロージョン』! 『エクスプロージョン』! 『エクスプロージョン』! 『エクスプロージョン』! 『エクスプロージョン』! 『エクスプロージョン』! 『エクスプロージョン』! 『エクスプロージョン』――ッッッ!」

 

 それで当人は、そんなことなど考えもせず、腰下を埋めるほどあるマナタイトの山にうっとりと頬を紅潮させ、かつてないほど赤い瞳を輝かせている。

 

『わあああああ! めぐみんがあんなに爆裂魔法をぶっ放してくるなんて、もしかして私の残り湯で胸が大きくなるって出鱈目を言って揶揄った時のことを恨んでいるのかしら!? いいえ、これはきっとあのロリコンニートが唆しているに違いないわね! ええそうに違いない! 私の本当の敵は、魔王じゃなくクソニートだったのよ!』

 

 ……一応、嵐のような爆裂魔法の余波から護る結界の中で、仲間の女神様(アクア)がわんわん泣き叫んでいるのだが、残念ながら彼女の耳には入らない。というか、入っていたら、こちらに直撃をぶっ放してくるかもしれなかった。

 

「『エクスプロージョン』! 『エクスプロージョン』! 『エクスプロージョン』! 『エクスプロージョン』! 『エクスプロージョン』! 『エクスプロージョン』! 『エクスプロージョン』! 『エクスプロージョン』――ッッッ!」

 

 こうして、魔王城の周囲に大量のクレーターができる頃には、外にいた敵兵はいなくなり魔王城から魔物は出なくなった。

 残るは、未だに原形をとどめている魔王城の城壁に立つ『預言者』のみ。

 

「『ファイアー・レジスト――ウインド・レジスト』!!」

 

 迎撃部隊を全滅させられ、魔王城の結界を崩壊されたが、それでも自らを盾とするよう飛び出し、魔王城前に羽ばたいて滞空。再生能力を持ち、自らにも結界をかけている『預言者』は、腕と翼を広げながら新たに対爆裂魔法仕様の術を施す。

 爆発系は、火と風の複合属性。ならば、火と風属性に対抗して耐性を極限まで強化。

 

「『エクスプロージョン』――!」

 

 この捨て身の防御をしてきた『預言者』へと、情け容赦なく紅魔族の少女(めぐみん)の杖先から放たれた閃光が突き刺さる。

 一拍遅れ、凄まじい轟音とともにあたりに粉塵が舞い散る中、爆炎が晴れた中空では、仮面とマントを消し飛ばされ、上半身を裸にされながらも五体無事の『預言者』。

 魔王軍最強の魔法使いと呼ばれる『預言者』は、人類最大の攻撃手段である爆裂魔法に耐え切ってみせた。

 

「侮るな! 地獄から無限に供給される我が魔力は魔王軍随一! その力をもってすれば爆裂魔法の攻略など容易! 爆裂魔法だけしか能がないちっぽけで頭のいかれた紅魔族なんぞに滅ぼされはせん!」

 

 魔王軍を一方的に蹂躙してくれた輩のいる高台を睨み据える。

 射程は向こうが上で、こちらも魔王城からそう遠くへ離れることはできないが限界まで近づけばこちらも射程内に入る。こうも滅茶苦茶にしてくれた賊を、我が手で天誅を降してくれる!

 

 これに、紅魔族の少女(めぐみん)も一端爆裂魔法の乱射を中断し、耐え切った『預言者』に驚く。それから、隣で遠距離爆撃の観測手のポジションについていた(カズマ)が何やら、『預言者』の口上を翻訳してやるよう耳打ちすると、カッと目を真っ赤に燃え上がらせた。

 そして、今度は短縮するのではなく、きちんと手順を踏んで長々とした詠唱を行う。今までとは違う魔力のうねり。連発するのではなく、一撃の威力を限界まで高めた全力の全力をぶち込むつもりだ。

 今や爆裂魔法使い(めぐみん)の最大魔力量は、最高品質のマナタイトに封じられている魔力総量をも上回っており、マナタイトに肩代わりさせるのではなく、ここ一番のために温存していた自身の魔力をすべて振り絞って放つ爆裂魔法はこれまでとは一段上の脅威。

 

「『ファイアー・レジスト――ウインド・レジスト』! 『ファイアー・レジスト――ウインド・レジスト』! 『ファイアー・レジスト――ウインド・レジスト』! 『ファイアー・レジスト――ウインド・レジスト』!!」

 

 これを見て、『預言者』も対抗するよう対爆発系の耐性を高める。二次関数の曲線のように耐性値を100%に近づけるほど難しくなる属性防御を二属性(風と火)も極めるなど普通は無理であるが、その無理難題を覆し得るほど無限の魔力がある。

 この大量に用意された最高品質のマナタイト結晶にも劣らないほど卑怯なくらいの力押しでもって、『預言者』は、火と風の複合属性である爆発系耐性を100%にまで高め切ることに成功した。

 ヤツの渾身の一撃を跳ね除け、ショックを受けて怯んだところを一気に倒す。そう得意技を封殺して相手を絶望のどん底に突き落としてやるのが、“最強の魔法使い”たる頂点の称号に相応しい、これまでの屈辱を拭える勝ち方だろう!

 魔王軍幹部最強の魔法使いは、勝利という方向へ天秤が傾いていくその未来を予見する。が……――

 

 

「『パルプンテ』――ッ!」

 

 

 そこで、予定調和を崩壊させるきっかけを作った異分子が、全てを見通す悪魔にも予測不能――すなわち、『預言者』の天眼にも予想だにできない奇跡を起こす魔法を発動。

 味方のこちらに遠慮することなく見舞ってくる爆撃に懸命に耐え忍びながらも虎視眈々と機を窺っていたこの爆裂魔法にも負けず劣らず使い勝手の難しい奇跡魔法の使い手は、その手の内に漆黒の霧を発生させる。それを混ぜ捏ねるように魔力塊にまとめて真空波を飛ばす。高台を陣取る爆裂魔法使いを仕留めるに集中していた――また先程の外れで油断していた――『預言者』はこれに反応が間に合わずに、喰らってしまう。

 

「まったく、“ここ”でもアシスト役に回されるとは、あれは生粋の“美味しいとこどり(ポイントゲッター)”なのか」

 

 大したダメージはない。不意を打たれたところでこの程度の遠当てなど結界に阻まれて衝撃もない。意に介すまでもなかった。

 しかし、この着弾まで魔力で(まと)められていた霧が結界に浸透するや、絶対の自信が剥がれ落ちる。

 

 漆黒の霞が宿すは、回復を劇毒に、耐性を弱点に反転してしまう冥界の呪い。

 すなわち、爆発属性防御が100%の耐性であれば、‐100%となってしまう。

 

 今、最強の魔王軍幹部『預言者』はこの世界の何よりも爆裂魔法に弱い存在と化す。

 

 

「冥途の土産に教えてやろう。我が名は」

「『エクスプロージョン』――ッッッッッッッッ!!!!!!」

 

 

 爆裂魔法使い(めぐみん)の過去最大級の爆裂魔法。

 これを魔王城の守護神として、また愚かな人間に力の差を思い知らせんと真っ向から『預言者』は受けたが、その信じた逆転の未来が反転されたことに気づくことなく。

 最初から最後まで漂流者(イレギュラー)にかき乱されて、消え去った――

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 聖竜の守り:ドラクエⅪに登場する連携技。バトルメンバー全員が必殺技可能なゾーン状態に入っている条件で行使できる四人連携の大技。その効果も絶大で、動ける『アストロン』というように行動は自由でダメージの一切を負わない。ただ無敵になれるのは、二ターンまでと短い。ドラクエⅨに『精霊の守り』という同効果の超必殺技もある(こちらは四ターン)。

 作中で、とんぬらはこれを幻魔との連携で行使。


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