この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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122話

「こんな事しか言えませんが……頑張ってください、トール様!」

 

「いや、それで十分です。ここまでの道中を補佐してくれたあなた方には感謝に堪えません。ですから、もう様なんて結構ですよ」

 

「ぜひ、王都まで帰ってきてくださいねトール殿下!」

 

「悪いが、それは確約できない。この先、より過酷な旅になるでしょうから。それと殿下って何だ? 別に様呼びが気に入らないとかではないんですが」

 

「そんなっ! 貴殿の帰りを待ち望んでいる者が大勢おります! きっと、あの方も……」

 

「……そうだな。俺も帰りたく思っている。彼女の元に、な」

 

「ぐぬぬぬ……っ!」

 

「では、カズマ殿らを待たせているのでこの辺りで失礼させてもらう」

 

 魔王城まで人類の生活圏が確保されている最寄りの都、『アルカンレティア』

 そこまで騎士団が護衛につく馬車隊に連れてきてもらったが、ここから先はそうはいかない。魔王城に近づくにつれレベルを上げる強力な魔獣が出現する危険地帯までお願いするのは流石に悪い。向こうは“是非ともお供に!”と言ってきてくれたのだが断った。『アクセル』まで緊急離脱する『テレポート』にも人数制限があるためここから先は少数精鋭で行動するのが望ましい。

 

(……まったく、どうして俺の方をやたらと敬ってくるんだ? 結局、敬称も最後まで調子が変わらなかったし。これが、この世界で活躍しているのはこちらのサトウカズマのパーティであるのなら話は分かるんだが)

 

 最後の別れ際に、騎士や冒険者ら、それに御者と一人一人と握手をして健闘を祈られたのだが、その長蛇の列を見て、歯軋りするのは、この世界で魔王軍幹部を撃破してきた実績のある『冒険者』。おかげで人気を奪ってしまったようで、やたらとカズマからは敵視されるようになってしまった。

 

(平行世界でも、ここは変わっていないだろうなぁ……)

 

 幼き頃の修行場であった水と温泉の街、そして、師のひとりがいたアクシズ教の総本山。

 景観は綺麗だ。信徒もまたその心は純粋であろう。狂信的とも言えるが。

 

(……師匠も、変わっているとはとても思えんが)

 

 ではあるものの、様子がおかしい。

 馬車隊と別れ、カズマ一行と『アルカンレティア』へ踏み入ったのだが、歓迎がない。

 住民の大半がアクシズ教徒で構成されるのがこの水と温泉の街。そして、アクシズ教徒の習性は、好奇心旺盛、祭りが好き、厄介事や揉め事が好き、騒ぎがあれば便乗し被害を拡大したがるトラブルメーカーで、街に入ってきた観光客を食虫植物の如く待ち構えてしつこく宗教勧誘してくる傍迷惑な団体なわけだが………………静かだ。

 

(いや、まさか……この平行世界では、変態度を控えた真面目な宗教になっているのか!? それはアクシズ教ではないだろう!)

 

 表面上顔には出さず、内心警戒に身構えていたのだが、街の中には通行人すらほとんどいない。閑散としている。しかし、人気が冷めているというほどでもない。そう、まるで幽霊船の話……部屋に入ると誰もいないのにテーブルの上に用意されている食事は温かく、人の気配が確かに残っているという、そんな状況が街全体で発生しているよう。

これを異変だと覚えるのは自分だけではないようで、カズマもまたパチパチと瞬きして驚いている。

 

「ここが、『アルカンレティア』なんですよね?」

 

「ああ、この街はそれなりに大きな街なのだが。それにしては人が少ないな? どうした事だ、何かあったのか?」

 

「何があったのかは、これから聞くとしましょうか。ここから先は、徒歩か馬車で行くしかありませんので、馬車の調達などもしなくてはいけませんし」

 

 この世界のダクネス、めぐみんの反応を窺えば、揃って首を傾げられる。

 とりあえず、魔王城まで向かう足の確保にと進んで……情報収集と食事を兼ねて店に入るとにこやかにウエイトレスがメニューを差し出す。

 

「いらっしゃいませ! 何になさいますか? 期間限定で、冷たいスイーツが付いてくる日替わりランチがございますが、それがオススメですよ? ちなみに。当店はアクシズ教徒であれば、三割引とさせて頂いております。よろしかったらこちらをどうぞ!」

 

 そっと一枚の入信書を添えて。

 ああ、ここはやっぱり『アルカンレティア』、変人たちの魔窟である。

 

「……ええと。それじゃあ、その日替わりで」

 

「はいっ! そちらの方は……?」

 

「私は、キンキンに冷えたネロイドとサンドイッチをお願いします」

 

「はいっ!」

 

 そして、ウエイトレスは、スマイルを浮かべながらカズマとめぐみんの注文を取り、

 

「ん……では、私は……」

「土でも食ってろ」

 

 エリス教徒の証であるお守りのアクセサリを首から下げているダクネスには塩対応。スマイルのままキツい一言をぴしゃりと言い切るウエイトレスに、ダクネスがふるふると震えて固まっている。失礼な態度に何も言えず、怒りも覚えているのか顔も赤い。

 

(まあ、エリス教徒は魔王軍と同列に敵視しているアクシズ教徒の街である『アルカンレティア』につくや、これみよがしにエリス教徒のペンダントを晒したダクネス殿にも問題はあるのだが)

 

 仕方がない。この世界の門外顧問ではないが、態度を嗜めるよう注意をするか。ダクネスの次、こちらの番となって口を開こうとしたのだが、注文を取る前にメニューを、それから入信書までウエイトレスは下げてしまう。

 

「あの、これは……?」

 

「わかっております。言わずとも察しておりますとも。ええっ、アクア様の敬虔なる信者として、その身の内から滾々と湧き出ている澄んだ水のように清浄なる神聖な気配を感じ取っておりますとも。きっと貴方様が、あの御方が待ち望んでおられるものなのですね!」

 

「いや、違うと思うんだが」

 

「そして、大事な聖戦前の腹ごしらえとして、この看板ウエイトレスが真心こめて作る手料理のフルコースをお望みなのですね!」

 

「いや、そちらの二人と同じ軽い軽食でもつまめれば十分だが」

 

「お望みとあらば、オプションであーんもいたしますが。もしもお付き合いしている方がいなければさらにその先まで」

「本当に結構なんだが!」

 

 この身よりアンデッドにモテまくるくらい神気の類が放出されている自覚があるが、アクシズ教徒はそれを第六感で嗅ぎ取っていた。

 その過剰なくらいの女神様からのご加護を受けた自分にウエイトレスは全力対応でサービスしようとしている。

 

「トール、お前ってアクシズ教徒だったのか!?」

 

 そして、これを見て、カズマたちがこちらを慄いたように見ている。これはいかん。直ちに否定せねば!

 

「違う! 違うぞ。俺はアクシズ教ではない」

 

「ですが、トール、あなたは神聖魔法が行使できるのですから洗礼を受けたんですよね。それも踊りながら回復させるという他には見ない変わったやり方でしたし」

 

「踊りながら回復とはなんて画期的な! ええこれは間違いなくアクア様の洗礼を受けております! アクシズ教徒は皆、芸達者ですから!」

 

 こっちの世界のめぐみんも、こういう自分を追い詰めてくれる方向になると無駄に目敏く勘が冴えている。

 

「そういえば、マンティコア戦で私にトールが掛けてくれた芸達者になる支援魔法も、以前、アクアが使ったのと同じ……」

 

「魔法だけでなく、宴会芸なんてスキルも覚えてるしなあ……完璧超人だと思ってたのに、トール、アクシズ教徒だったんだな」

 

「待て待て、本当に誤解だ! 誤解しているぞ! 確かに水の女神様の洗礼は受けて崇拝してはいるが、アクシズ教ではないし、猫耳なる至高のアイテムを世に広めることが俺の使命の一つだ!」

 

「誤解も何もアクシズ教徒じゃねーか」

 

 どうしてだ!?

 カズマのツッコミに、めぐみんやダクネスもウンウンと頷かれてしまう。

 

「ええ、何事も完璧すぎると可愛げがありませんが、ひとつふたつ欠点がある方が、人間味があって好ましいもんです。まあ、その特殊性癖(フェチ)も頑張れば相手に理解してもらえるかもしれませんよ」

 

「いいや、ダメだ。認めざるを得ないくらい非の打ち所がないかと思いかけていたのに、アクシズ教徒だなんて、そんな悪い影響を与えそうな輩と付き合うのは、お兄ちゃんは断じて認めん」

 

「カズマがそれを言うのか。いやしかし、人の宗教観に口出ししたくはないのだが、……様に並び立つ者としては公平な観点でいてもらわなければならないし、特定の宗派に傾倒されるのは困るな」

 

「そういって、悪の道の唆そうとしたってそうはいかないわエリス教徒! この美人で独身で彼氏募集中なお姉さんが腕に振るったご馳走で胃袋とハートをガシッと掴んで見せるんだから!」

 

 そうして、結局、注文も説教もさせてもらえずにアクシズ教徒のウエイトレスとは厨房へと去っていってしまった。

 

 ああもう……っ! 平行世界だろうがこの街は寄るたびにかき回してくれるなあ……っ!

 

 誤解が解けず、三人からアクシズ教と認定されてしまう。だからって、距離を取られることはなくて、きっとこの世界のアクア様で慣れているのだろうが、この扱いは甚だ不本意だ。

 アクシズ教徒は嫌われても好かれても七面倒な連中である。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「だから、俺はアクシズ教徒ではないのに……」

 

 あのアクアを崇めるアクシズ教徒という衝撃的な一面が新たに知れた昼食の後、トールは落ち込んでいた。余程、アクシズ教徒扱いされたくはないようだ。世間の評価を知ればそれも当然ではある。アクシズ教徒程変人でもなさそうだと言うのはわかっていたがこれは悪乗り過ぎたか?

 しかしそれはそれとして、めぐみんの言う通り完璧超人にも多少の欠点があった方が親しみやすい。爆裂魔法しか使えない『アークウィザード』、剣が当たらない『クルセイダー』、そして、頭が残念な『アークプリースト』と、案外、曲者の方が気楽かもしれない。

 

 それで、昼食後、アクシズ教団の本部の聖堂へと赴けばそこに、教団のシンボルカラーな水色の胸当てとメイスに銀の盾を装備したお姉さんのプリーストがいて、

 

「この街のアクシズ教徒達は、教団責任者である最高司祭ゼスタ様指揮の元、魔王城へと続く道の、モンスターや魔王軍狩りに出掛けております」

 

 だから、この街は今、アクシズ教徒のほとんど全員が出払っていており、それで閑散としている。

 

「アクシズ教徒って、そんな、世のため人のためになりそうな事もするんだな」

 

「我々を、日頃人に迷惑掛けて楽しむのが生き甲斐みたいな、そんな穿った見方はやめてください。我々に関する悪い噂は、心無い邪悪なエリス教徒によるものなのです」

 

「……ちなみに、あんたは今、そこで何してんの?」

 

「アクシズ教徒の大半が留守にしている今、日頃散々好き放題やってきたツケが回ってきているんですよ。エリス教の女性神官を筆頭に、この街の少数派である、非アクシズ教徒達が教会に悪戯しに来るんです」

 

「日頃好き放題やってる自覚はあるんじゃねーか!」

 

「それで、ノコノコと留守を狙ってやってきた背教者には、この太くて硬くて大きいメイスでもれなく大人にしてあげようかと」

 

「やめてやれよ! そういうのがアクシズ教徒の悪評に繋がるんだよ!」

 

 ブンブンとゴツい金棒を振り回す金髪の女性信者。

 と言うか、大人にしてあげるとは何だ? こいつもアレか? 変態キメラ(マンティコア)と似たようなヤバい奴なのか?

 

 しかし、兎にも角にもこちらは馬車を借りたいし……確実に信者の集う『アルカンレティア』に寄ったであろう放蕩女神のことも知りたい。

 

「……ところで。この街にアクアが立ち寄らなかったか? その辺の情報収集がしたいんだけど、この街の店じゃろくな話が聞けなくてさ」

 

 途端、水の女神(アクア)という単語に反応した彼女は顔をほころばせるとそれは嬉しそうに、

 

「いらっしゃいました! ええ、いらっしゃいましたよ、アクア様が! と言うか、現在この街のアクシズ教徒が出払っているのもアクア様のお言葉に従ってのものなんです! ああああ、本来なら私も魔王軍狩りに行きたかったのになあ……! 残念な事に、居残りじゃんけんで負けちゃったんですよ」

 

 と最後は留守番待遇に拗ねた調子で足元の石ころを蹴っ飛ばす(蹴った石ころはエリス教徒(ダクネス)の鎧の脛当てに当たるのだが、アクシズ教徒のプリーストは悪びれる様子もないし、ドM騎士もこの辛辣な対応には嬉しげである)。

 で、

 

「アクアの命令で魔王軍狩り? どういう事だ? その辺をちょっと詳しく聞きたいんだけど」

 

「……アクア様はおっしゃいました」

 

『なんじらー、日々清く正しく我が道を行くアクシズ教徒よー。この街から魔王の城までの道を、旅人とかが安全に、かつ迅速に通れる様に、強くて逞しくて格好良いあなた達が道を脅かすモンスター達を成敗するのです。さすれば、魔王が倒された暁には、この世界に降臨してきた通りすがりのアクア様が、『実は私が女神なのでした!』とか言って、ここに遊びに来るかも知れません。一人一人にお褒めと感謝の言葉を授けるかも知れません』

 

 そう、水の女神から直々のご神託を復唱するアクシズ教徒は実にうっとりと恍惚とした表情で。

 そして、自らの信者であるアクシズ教徒にわざわざ足止めを食らうようなモンスターの掃討作戦なんてさせるアクアの考えなんて簡単に推察できる。

 というか、あんな置手紙をした時点で明らかだ。

 

『拝啓。清々しい初夏の季節となりました。皆さんいかがお過ごしですか?

 ダクネスは、タンスの角に足をぶつける遊びを程々に。

 めぐみんは、爆裂魔法を程々にしないと、やがて来るであろう温暖化現象の理由の一つに数えられると思います。

 カズマは、性欲を持て余しているのは分かるけれど、いい加減みんなの洗濯物を床に敷いて、その上を転がり回るのは止めてください。

 

 さて、今の世は魔王が蔓延る荒廃した世界です。そんな中、麗しくも美しい女神である所の、この私が魔王を放置しておく事ができるでしょうか? できませんとも。

 世界に散らばる敬虔なるアクシズ教徒。

 この私を信仰する、十億の信者達の想いに応え、この私は旅立ちます。

 そう、伝説となるために……――

 

 

 

 

 

 ちょっと、魔王退治に行ってきます』

 

 それで隅っこには、消した跡があり、完全には消し切れなかったその文字にはこう書かれていた。

 

『……追伸。探してください』

 

 つまりは、アクアは期待している。

 あの駄女神は、自分で家出したくせに探してほしがるどうしようもないかまってちゃんである。

 それなら、この自分の本拠地で滞在して待ってくれてていいものを、面倒な置き土産をしてまで先を行く。まったく、あいつは……

 

「あの、アクアは一人でしたか?」

 

 めぐみんがより細かに動向を把握しようと問いかける。

 

「魔剣を持ったいけ好かないイケメンと一緒じゃありませんでしたか?」

 

「ああ、いましたねそんな人が。街の出口までアクア様をお見送りした際に、高そうな剣を持ったイケメンが、相場で失敗して金欠な私に見せ付けるかのごとく、高そうな馬車に乗っておりました。私の必殺の流し目にも動じない方でしたね」

 

 そうか、ミツルギパーティとは合流ができていたのか――とそのとき、これまで落ち込んでいたトールが付け加えるように、

 

「それと、紅魔族の少女はいなかったか?」

 

「はい、いましたよ。アクア様のお側にいて、それでイケメンがナンパしてハーレムに取り込もうとしていたみたいですけど、怖がられていましたねー。それでモテない男性信者からいい気味だとからかわれていましたね」

 

 真っ当な『アークウィザード』であるゆんゆんを自身のハーレムパーティに勧誘しようとしたミツルギだが、失敗しているようだ。

 と、めぐみんが、トールを見て、

 

「どうして、トールがゆんゆんのことを気にかけるのです?」

 

「……それはむしろどうしてめぐみん殿が気にかけないのかと逆に訊きたいんですが。話には聞いていましたが、同胞のことでしょうに」

 

 心配じゃないのか? とトール。

 

「問題ありませんよ。アクアと合流した以上、パーティ構成は理想的です。魔剣使いの何とかさんと、槍を持った戦士とその相方の盗賊の取り巻き二人。それにウィザードのゆんゆんと治療役のアクア。非常にバランスの取れたパーティになるでしょう」

 

 確かに理想的なパーティ構成ではある。

 まともに機能すれば、このアルカンレティアから先、過酷であろう魔王城までの旅路でも通用する戦力。とりあえず、ミツルギパーティ+ゆんゆんと無事に合流しているみたいだから安心だ。

 

 そうして、アクアの足取りがつかめたところで最後はダクネスがこれから先の相談をする。

 

「なるほど。……ああ、それで、馬車を借りられる店などはあるか? 高く付いてもいいので、出来れば脚の早いヤツが借りられそうなのがいい」

 

「当教会が保有している馬が、恐らくはこの街において最も脚が速いと思います。――でも、女神エリスの犬であるならば、四つ足で走れば良いんじゃないですかね。邪悪なエリス教徒にはそれがお似合い――ああっ、背教者め、何をするの!」

 

 エリス様のことまでバカにされるのは流石に我慢の限度を超えたダクネスが、女信者と掴み合いの喧嘩を始めようとしたが、それをトールに押し止めてもらいつつ、自分はこの金欠信者に札束と言う金の力でお相手する。

 

「悪いんだが、そいつを貸して貰えないかな。金なら……」

「貴方様に女神アクアの祝福を!」

 

 あっさりと目が眩む黄金色の魔力に陥落する女性プリーストに、女神(うえ)がああだからと思いっきり肩を落とした。

 

 

「ですが、我がアクシズ教団が洗脳、こほん、調教した大変気高い馬ですから、エリス教徒を乗せたがらないと思いますよ。馬車に乗せず、背教者を縄で縛って引き回すのなら我慢してくれるでしょうけど」

 

「うむ。わかった、そういうことなら仕方がない。それで行こうか。是非そうしよう!」

 

 またこの変態貴族が期待するかのような眼差しでそう指示してくるが引っ叩いた。

 走り鷹鳶と遭遇した時のことは仕方なくそうしたのであって、こいつの被虐欲求を満たすために好き好んでやったわけではない。というか、そんなことをするとダクネスが扱いに細心の注意を払っていた鎧が傷だらけの土塗れになるぞ。

 

「……わかった。俺が交渉しよう」

 

 そこで、トールが手を上げた。

 何やら腰の袋を探りながら、そのアクシズ教団の用意できる最速の馬車牽き馬の前に立つ。

 

 ………

 ………

 ………

 

 逞しくも美しい、輝くような白い毛並みを持つ牝馬。これとまるで対話を望むよう真正面に、仮面――と猫耳バンド――をつけた青年ことトール。

 何やらトールが語り掛け、それに応じるようヒヒンと馬が鳴いて……

 

「――ありがとう。では、よろしく頼む、パトリシア」

 

 まるでお辞儀でもするように、トールを前に白馬は前脚を折ったのだ。

 

「これは驚きです。気に入らなければゼスタ様でも容赦なく蹴っ飛ばすパトリシアがああも従順になるなんて。これはすごいにゃんにゃんテクニックですよ」

 

 数分足らずで暴れ馬を手懐けた手腕には、めぐみんやダクネスも驚きだ。毛肌に触れるのを許され慈しむよう首筋を撫でているトールに、プリーストのお姉さんも同じように驚いており、しかしどこか納得の色がある。

 

「やっぱり、彼はアクア様から強いご加護を受けていますね」

 

「そんなにトールってすごいの?」

 

「ええ、ものすんごいですよ。見るものが見ればわかります。アクシズ教の中で最もレベルの高い『アークプリースト』であるゼスタ様でも足元にも及ばないくらいの素質です」

 

 さっきアクシズ教徒の店員やこの女性信者のプリースト、あとアクシズ教団に調教(洗脳)された馬の反応からして、女神(アクア)の加護が色濃いのは確かなようだ。それから、なんか自ら抵抗なく猫耳バンドを装備してしまうそのセンス……。

 

「つまり、特殊性癖を持った残念王子は、アクシズ教と言うことですね」

 

 爆裂フェチなめぐみんに言われたくはないセリフだが、そうなのか?

 素質やら性癖やらは棚に上げて評価すると、その性格はあまりアクシズ教っぽくない。なんせエリス教の騎士であるダクネスに対して攻撃的でもないし、尊重さえしている。トールの主張している通りアクシズ教徒ではないかもしれない。

 

 めぐみんの魔王軍からの刺客説は完全に下火になり、あの騎士や冒険者らから崇敬を集めたカリスマからしてダクネスの隣国の王子説が有力。

 それから、このアクシズ教徒からも一目置かれるオーラ。

 よっぽどの大物だという確証が段々と強まっていく。

 

(まあ、なんにしても、トールは魔王軍じゃないってことだ)

 

 

 ♢♢♢

 

 

 一泊して留まることなく、水と温泉の街『アルカンレティア』を出立。この付近は高レベルのモンスターと魔王軍の支配圏に近いが、女神からの使命を受けたアクシズ教団の献身(あるいは狂信)的な働きによって、道中に障害はない。順調だ。

 

「おいトール。なんかちょっと――つうか、かなり飛ばし過ぎじゃないか!?」

「アクシズ教徒が頑張っているとはいえ、モンスターが根絶やしになっているわけじゃないと思うぞ。モンスターでも飛び出したらウマが吃驚するんじゃないか?」

「トール、これは飛ばし過ぎの様な気がします! カズマとダクネスの言う通り、あまり急ぐと馬を潰してしまいますよ?」

 

 馬車より三人、内二人は悲鳴交じりの声を上げるが、

 

「大丈夫だ。馬の負担はほぼゼロに減らしている」

 

 風の精霊『春一番』の補助で、白馬と繋いだ馬車を浮かして負荷を軽減。以前搭乗したことのある王族専用竜車での模倣した、『為虎添翼』の応用だ。今まさに教団最速馬は風のように駆けていると言ってもいい。

 

「もうちょい速度を緩めても大丈夫だと思うぞ!」

 

 カズマから必死に減速を求めて叫ばれる。

 御者台で馬の幉を取ることを任せてもらえるくらいに気を許してくれているが、彼らの言葉は今の自分のブレーキにしては利きが弱かった。

 

(ダメだ。冷静に事を運ぶべきだというのに、気を急いてしまう!)

 

 ――この『アルカンレティア』に訪れてから、苦い実感と嫌な予感(フラッシュバック)が脳裏に過る。

 これを具体的に説明できるだけの余裕は今の自分にはない。せめて、“彼女”と会って、無事を確認するまではこの胸騒ぎは、収まりはしないだろう。

 

(ああ、冷静に優先すべきことが何なのかはわかっている)

 

 この旅の目的は、自分の世界への()()()

 この『平行世界』では自分は異物で、自分にとってもこの『平行世界』はいざとなれば取捨選択で切り捨て、割り切れる事柄のはずだ。そうでなくてはならない。優先すべきことを優先して行動するべきだろうに、どうしてこんな()()()になるようなことばかりを気にかけている。

 魔王城で箱を見つけ、元の世界に本当に変えることができるのか――その不安も日が経つごとに増していく。……だが、同時に、この世界の助けになりたいとも過ごす時間と共に強まっていく。カズマ、めぐみん、ダクネスら、元の世界でも親しかった者たちと一緒にいてからそれはより一層に。

 だったら、もしもこの世界の“彼女”にあったら、この悩乱はどうなってしまう?

 

(わかってる。こんなの、この世界の誰にだって相談できない。だから、俺は揺らいではいけない。そうだろ!)

 

 ブレるなと言い聞かす。即ち、判断が揺らぎかねないと自分は恐れている。

 

 早く、危険を予知された“彼女”の下へ、向かいたい。

 早く、居着いてしまう前に、帰らなければ、ならない。

 

 でも――そう――今は――“帰り道”と“回り道”が二つの並列した道筋がひとつと重なっている。まだ選択が迫られるという分かれ道には差し掛かってはいない。

 ならば、兎にも角にも――――“早く”ッッッ!

 

「――すまないっ。先を急ぎたい!」

 

 せめて事故は回避するよう気を配る!

 後ろの頼みを無視して、白馬に鞭打たんとする――そのときだった。

 

 前方に人。それも一人や二人じゃなく、数十人の集団。男も女も子供も老人も、服装も装備もバラバラで、一見すると何の集団なのか分からない。だけど、ギラギラと滾る光が灯った瞳だけは皆同じ。そして、猪突猛進迫る暴走馬車の気配に、真っ先に反応したのは……。

 

 周囲より位の高い司祭服と鉄の胸当てを装備する――この世界でも在り方は変わらないだろうと確信している――白髪白髭の中年の男性。

 

「ちっ!」

 

 幉を手繰り、馬の進路を誘導。

 ノコノコと馬車の進路へ駆け寄ってくる男との衝突を――七面倒極まるであろう寄り道を――避けるように……したのだが、

 

 

「むっ、何やら素敵な出会いを逃がしてしまいそうな予感! ――そうはさせるものか、『フォルスファイア』!」

 

 

 どうやらこれは強制イベントらしい。

 打ち上げ花火のように男の掌から空へ放たれた、青白い炎。モンスター除けの魔法とは逆効果を狙った敵寄せの神聖魔法の光に当てられて、アクシズ教団随一の駿馬にして暴走馬パトリシアは、御者の意思を無視してそちらへ突貫。ついでに御者も、行動と魔法のせいか、イラっと来た。

 

(いつでもどこでも別世界でも! 変態師匠ほど筋金入りの変態はいないッ!)

 

 そうして、アクシズ教団の最高責任者にして最高司祭の『アークプリースト』ゼスタは自ら引き寄せてくれた暴走馬車に思いっきり跳ね飛ばされた。

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 パトリシア:ドラクエⅣとⅤに登場する馬。馬車を牽かせればどんな旅でも安心だと評判の白馬。馬車に人間や超重量級の魔物(ゴーレムなど)たちを載せても一頭で軽々と牽引すると力強く、砂漠や溶岩地帯でも平然と踏破し、更に高所からの落下でも華麗に着地するなど異様な耐久度を持つ。

 裏設定では、竜族の子供だったのだが、行き過ぎた悪戯のためにマスタードラゴンの逆鱗に触れてしまい竜の力を奪われる。それから、かの西遊記の玉龍(三蔵法師の馬)のように、馬にされた。そして、その贖罪として人間界で積まされる善行と言うのが、勇者一行の乗り物として働くこと。

 

 それから、パルプンテの発動効果のひとつに、パトリシア(馬)が暴れて相手単体に守備貫通ダメージを与えると言うのがある。


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