この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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118話

 直上には太陽があった。

 足元には土壌があった。

 そして、正面にはめぐみんと()()()同年代に見えるのがちらほら混じった子供たちがいた――それはもうわらわらと。

 改めて正面を見ると、カチコチに緊張した一張羅のワンピース姿で麦わら帽子を被った少女、めぐみんが直立不動の体勢で口元を引き結んでいる。

 子供たちのさらに後方、授業参観で言えば親御さんのポジションに立つカズマ、それからその隣に立つ同じパーティのダクネス、さらにその隣にいる同郷のゆんゆん、紅魔族随一の天才をよく知る一同は揃って、あちゃーと額に手を当てる(ダクネスとは反対側でアクアがゼル帝を授業に参加させようと張り切っているが、それは言わずもがななのでもはや突っ込まない)。

 今現在のめぐみんは、『アクセル』のエース冒険者にして、孤児院で子供たちの臨時講師役を務めている……という設定で、今日はちょうど特別授業がある日だった。

 この農耕は以前から日程が決められていたとあって、個人的な都合で延長などできず、雨天延期を望んでいたが『姉ちゃんのすごいところを見たい!』と無邪気な妹が大量にテルテル坊主を作ったおかげで、本日は晴天なり。絶好の農耕日和だ。

 この“魔法を使う”と事前通告していた特別授業を子供たちは皆楽しみにしていて、今も好奇心を隠そうともせずめぐみんの方(より正確には教師役の隣に立つアシスタントのお兄さん)を見上げる。

 それで子供たち(当然妹も混じる)から向けられる期待の眼差しを受け(大半が微妙に掠めている感じでだが)、めぐみんは硬直して動かない。

 先生補佐役(アシスタント)の仮面装備のお兄さんは子供たちには見えない角度から肘でめぐみんの脇を小突き、小声で促す。

 

「(ほら、自己紹介の挨拶はどうしためぐみん)」

「(と、とんぬらからお願いできませんか。私、緊張で――はなく、魔力の荒ぶりを抑えるのが大変ですから)」

 

 めぐみんの声は細かく震えている。普段は強気なのだが逆境には弱いのである。予想はできていたが、他人を教え導くという大任に弱気の虫につかれているようだ。

 本当ならとんぬらは自己紹介などする必要もなく生徒らとは顔なじみな訳だが、『わかったわかった』と口癖なフレーズを口ずさんで一歩前に出ると、子供たちの顔を順番に見渡し、少し深呼吸――肺に日光を吸い込み、腹から声を出す。

 

「我が名はとんぬら! 本日の特別授業の助手役を務めるもの! よろしく」

 

 最後は紅魔族+神主の流儀に則って、挨拶代わりの宴会芸――足元の地面からにょきにょきと花を咲かせてみせる――で、子供たち観客らからウケを取ってみせる。

 

「そして、特別授業の先生を――」

 

 場を温めて、それから手本も見せた。切り込みとしては上出来の部類のはずだ。さあどうぞとバトンタッチをする前にとんぬらがちらりと斜め後ろを窺えば、

 

「……(黒より黒く闇より暗き漆黒に我が深紅の混淆を望みたもう)」

「――を紹介する前に、他のお手伝いしてくださる方にも挨拶をしましょう! はい、ダクネスさんから順々にお願いします!」

 

「うむ! 今日は一緒に皆の………」

 

 気分は観客ではなく役者をひやひやさせてくれる大根役者主演の演劇(ショー)の司会進行である。

 

 

 “なるべく長く紹介を伸ばしてくれ”と意を込めた視線をダクネスらへと振る。

 それから、少し強引ながら子供たちの興味(しせん)を真後ろ、ダクネス達のいる方へと振ってから、とんぬらはめぐみんをとっ掴まえた。肝心の掴みのアピールでとんでもないものをぶっ放そうとしたアドリブはテンパり過ぎる。

 

「(どうしてこうめぐみんは、頭がわたわたすると全力で暴走する方向に振り切れているんだ? 爆裂魔法は授業で厳禁だと言い聞かせていたはずだろう)」

「(とんぬらこそどうしてあそこで滑ってくれないんですか! 普通に芸しちゃってますし、あれ以上に印象強くするには爆裂魔法しかないではありませんか!)」

 

 そんなピエロのようなことを求められても、大袈裟に滑る奴が助手役では子供たちも不安だろうに。

 

「(まったく……。めぐみんが慌てふためく姿なんて予想がついていたことなんだから、姫さんの時と同じように替え玉をしてやっても構わないと言っただろう? 今からでも変わるか?)」

 

「(それは絶対しません)」

 

 追い詰められても意地でも曲げない頑固さに、鼻から息を吐くとんぬら。

 

「(だったら、ちゃんとやれ。妹さんにがっかりされたくなければな)」

 

「(言われなくても。私だってやればできます。いいですか、最近では近所の子供たちで私の名をバカにする子供はいませんよ、軒並み痛い目に遭わせてやりましたからね)」

 

「(痛い目に遭わせるなバカ。子供の親御さんから苦情が来るたびに、ダクネスさんと謝りに行っているんだからな。いいか、せめてこの授業中は、大人な態度を心掛けろ。頼むから)」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 前々から予定されていた、特別授業の農耕実習の畑作り。

 屋敷の庭を利用して、共同農園を築くというこの計画で、急遽、講師役がめぐみんに変更されたのには訳がある。

 と言っても、そんな深い事情ではない。

 実家へ送る手紙で見栄を張っためぐみんが、妹のこめっこにウソがばれてがっかりさせないため(とんぬらとゆんゆんには伏せられているが、こめっこの愛人立候補云々を解消させてやるためにも、何としてでも偉大な姉としての発言力を高めなければならないため)。

 カズマたちも魔性の妹の煽て上手に乗せられて、最初の段階で手紙の内容がウソであると言い聞かせようとしためぐみんを遮ってしまった手前、少なくない責任を感じている。それで、とんぬらとゆんゆんは、同郷の天災(天才)児のやらかしを聴かされた時はほとほとに溜息を吐かされながらも頼み込んだ結果、姉の見栄っ張りに付き合ってくれることになった。

 

 しかし、子供たちまで演技をお願いするわけにはいかない。

 なので、“先生が特別臨時講師(めぐみん)に変更になった”と先日のうちに子供たちの家を一軒一軒回って話を通し(こめっこにはめぐみんが魔法の先生と言ってある)、当初予定されていた先生役のとんぬらがそのフォローをする助手役に入るという作戦を立てた。

 とんぬらがめぐみん´に化けて先生をする替え玉作戦もあったが、それはめぐみんが断った。『前にも言いましたが、先生役くらい私でも出来ます!』と……

 

 

 さて、食欲がないのに食べることは健康に悪いだろうし、飲食店に寄る人間はいない。

 人間、ある程度の欲求が活動源となるものである。

 物事の習熟速度というのは、暗記力、経験知識を応用する思考力、そして興味力という三つのパラメーターの総合値によって決まってくる。暗記力と思考力はその人間の頭の良さに大きく左右されるものだろうが、興味力は別種の要因が強く作用しているものだろう。子供たちの中で、同じ座学である計算と文字のテストをしてその二つに得点差が出てしまうことがあるのは、それぞれの嗜好があるのだ。

 

 つまるところ、美味しそうな匂いでもって、道行く人の腹を鳴かせてみせるのが腕の立つ料理人であるとすれば、生徒たちの興味を引くような授業ができると言うのが優秀な先生の条件なのではないかととんぬらは思う。

 逆に、授業中に欠伸をされて話も聞いてもらえない先生というのは、客を引き付けられずに閑古鳥が鳴いている店主と同じなのだ。

 

「――つまり、我が奥義である爆裂魔法は究極にして最強魔法。その絶大な威力ゆえ、消費魔力もまた絶大。この私をもってしても限界を超える魔力を使った反動でしばらく身動き一つとれません。しかし、人類が行える中で最も威力のある攻撃手段なのです!」

 

 涼やかな爽気が肌に当たり、首を傾ける。とんぬらはどこまでも広がる蒼穹を眺めて、降り注ぐ燦々たる太陽光に目を細める。

 うん、炎天下というほどではないにしても、これはあまり外にいさせると日射病になるかもな。

 その辺の対策も当然してある。教会のプリーストがついているし、何よりもアクア様がいる。あの方の水魔法と回復魔法があれば日差しでダウンするということはなくなるだろう。

 だからって、あまり無理はさせられない。

 教鞭を執るめぐみんを見る。

 

「複合属性であるため火と風系列の魔法に対する深い知識を修めなければならない爆発系、これができれば他系統の魔法の習得は容易なのでしょうが、爆裂道を真に極めたいというのであれば、己が才をすべて費やしても困難を極める道でしょう! しかしだからこそ挑み甲斐というのがあるものだとは思いませんか!」

 

 気を取り直してから自己紹介が始まった。一度ダクネスさんたちに振って、時間を置いたおかげで舌が回るようになった。空回りするくらいに。

 自己紹介を発端にして、得意魔法を話す際、この爆裂魔法使いが選ぶ話題は当然一択。魔法の実演は我慢するが、頑固として譲れないとばかりに語りまくる。とんぬらの体内時間に狂いがなければ、めぐみんの番に回ってきてから十分以上は経過しているものと思われる。

 

「あまりの凄まじい威力にモンスターだけを仕留めるに止まらず周囲の地形すら変えてしまう。ダンジョンで唱えればダンジョンそのものを倒壊させ、魔法を放つ際のあまりの轟音で周囲のモンスターをも呼び寄せてしまうことからネタ魔法などと揶揄されていますが、爆裂魔法の真価というのは」

「はい、めぐみん先生のお話でした。ありがとうございます。皆さん、拍手」

 

 爆裂魔法なんて、そんな玄人向きな分野、子供たちに興味を持ってもらうと言うのは酷だろう。静聴を強いるのに申し訳なくなってくるくらいだ

 話しについていく知識すら不足している子供に演説しようがほとんどぽかんとしていて、一部爆裂魔法に興味を持ってくれている子もいるがその子らもただ単に熱弁の勢いに押されて頷いている感がある。つまりあまり理解されているとは思えない。

 一日で語り尽せるか怪しい爆裂愛の熱意はとんぬらもわかった。とっくにご承知だけど、改めてわかった。

 そして、爆裂狂(めぐみん)に先生役をやらせるというのが、ウィズ店長が魔道具店で商いをするというレベルでフォローするのが難事だというのを理解した。

 

「ちょっととんぬら、何を勝手に終わらせようとしているんですか。ここからさらに面白くなるところで」

「(いいからもう打ち切れ。まったく最初は緊張でまともに喋れないかと思えば、喋り出せば自分の世界に没頭して語りまくる。どっちに転んでもピーキーとか普段幉を握ってる兄ちゃんを軽く尊敬できてしまうぞ)」

 

 とんぬらは抑えた声音で諭すよう、

 

「(まず落ち着け。話術云々はさておいて熱意は伝わるが話題のチョイスがぶっ飛んでズレてる。あれだ、ぶっころりーからそけっと師匠の話を聞かされるとうんざりするだろう? それと同じ)」

「私の話をストーカーと一緒にしないでください!」

「(だから落ち着け。ここにいる子供たちが、紅魔の里と同じだと思うな。爆裂魔法というのはある程度の魔法に関する知識がないとわからないし、街の子供たち、いいや大人たちだって魔法に触れられる機会はそうそうないんだ。めぐみんの爆裂魔法の話は色んな意味でレベルが高くないとついていけない)」

 

 こちら(とんぬら)に対して万年反抗期を患っている天災児を教え諭すのは大変だが、話がまったく通じない相手というわけでもない。指摘すれば、理解は得られる。

 

「(ですが、カズマ……最初は魔法の知識がありませんでしたが、今では音を聞くだけでその日の爆裂具合がわかる爆裂ソムリエになりましたよ)」

 

 『それはアクシズ教の布教レベルの洗脳だ』と頭ごなしに言ったら、高確率でめぐみんは拗ねるだろうから、とんぬらは諭し方を変える。

 

「(だとしても、爆裂魔法というのはただ話をしただけでその凄まじさのすべてが理解できてしまう、そんな浅はかなものなのか?)」

「んなっ!? そんなことはありませんよ! 爆裂魔法は直に目の当たりにしてこそ圧倒されるものなのです!」

 

「(じゃあ、ここでめぐみんがいくら熱弁を振るっても爆裂魔法は半分も伝わらないわけだ)」

「それなら、今ここで私が爆裂花火を披露しましょう!」

「(するな。今日の授業で爆裂魔法は厳禁だと最初に誓わせたし、そもそもそれでぶっ倒れたら後の授業はどうするんだ。途中退場する先生とかその責務を全うできていない。めぐみんが最も自信をもって他人に教えられることが爆裂魔法なのはわかっているが、残念ながらそれは今日のやることとは全く関わり合いのないことだ)」

 

 最後はめぐみんに一番効く文句を言う。

 

「(ほら、こめっこを見てみろ。あんたの妹さん、最初こそ話を聞いててくれてたみたいだが、今では地面を掘ったり土いじりしているぞ)」

 

「(こ、こめっこ……!?)」

 

 もう散々姉から聞かされたであろう爆裂話に、あの気まぐれ妹が集中してくれるわけがない。

 一発で目を覚ましためぐみん。

 本人としては不完全燃焼だろうが、それでも爆裂魔法を語ったおかげで口や舌も緊張がほぐれていることだろう。

 

「こほん。では、本日の特別授業を始めたいと思います」

 

 咳払いをしてから、めぐみんは話し出す。

 

「まず、野菜を育てるには資格がいります。素人が手を出していいものではありませんが、高レベルの冒険者なら特例で自分の土地に家庭菜園を管理することが許可されます。私のレベルは今や40を超えております」

 

 “おお……っ!”、“すげー!”など子供たちから漏れる感嘆に、めぐみんはふふんと胸をそらす。

 

「ですから、あなたたちが個人で野菜を育てるのはいけませんよ。いいですね? 今日の特別授業ができるのは、高レベル冒険者である私がついていて、ダクネスが特例で許可を取ったからです」

 

 ちゃんと注意事項を言い聞かすことも忘れていない。調子が乗ってきたようだ。

 

「そして、植えるのはコマツナ、ジャガイモ、ダイコン、ピーマン、秋刀魚、ホウレンソウ、この時期におすすめな野菜です。ええ、実った時は新鮮な野菜を使ったカレーを皆でいただきましょう」

 

 また子供たちから歓声が上がる。

 これを受けてますます機嫌良さそうに目を細めるめぐみんは、ちらっととんぬらの方を向く。ドヤ顔である。とんぬらは肩を落とす反応をするも、既定通りに授業を進行しているのだから小言は精々“余所見をするな”くらいしかない。

 『まったくこの小姑は素直に褒めることができないんですか……』とややぶうたれるように唇を僅かに尖らせつつもめぐみんは、子供たちを屋敷の庭、今は家庭菜園用に区切られているところへ案内すると、それぞれのところへキッチリ整列させる。

 そこで、ダクネスたちから種とシャベルを配布される。しかし、土と水はない。この特別授業ではそれらは子供たちに出してもらう。

 

「――よし、じゃあ、今日は農作の種植えを経験するが、折角だから、魔法を実用してみたいと思う」

 

 子供たちの視線がとんぬらへと集まる。“魔法”というワードに引き寄せられた。

 

「この場限りだが、俺の支援魔法でもって、初級魔法を行使できるようにする。そうだ、この前の授業で学んだ『クリエイト・ウォーター』と『クリエイト・アース』。これらは」

「こほん」

 

 説明中に、咳払い。先生役からのあまり面白くなさそうな視線を肌で察したとんぬらは“出しゃばって悪かった”と半歩下がった態度で示す。

 そして、めぐみんが引き継ぐ形で説明を始める。

 

「『クリエイト・アース』は、こういった農業に使うような土作りに活用されるものです。魔法で創った土は、作物の良い栄養になりますからね」

 

 そうして、一端区切りがついたところで、鉄扇を杖としてとんぬらが魔法を振るう。

 『ヴァーサタイル・ジーニアス』――この一時的に才を与える支援魔法を受けた子供たちは、スキル未収得であっても初級魔法が行使できるようになる。

 

「『クリエイト・アース』! ――うわっ! 本当に手から土が出てきた!」

 

 子供たちは早速それぞれ魔法を試して、実感に目を輝かせた。感動した彼らは、支援魔法をかけたとんぬらの方を見て――奪られた視線を取り戻さんと子供たちと同じく支援魔法がかけられているめぐみんは手を打ち鳴らして、

 

「では! 先生である私が手本を見せてあげましょう! いいですか、よく見ていなさい! ――『クリエイト・アース』!」

 

 注目を集めてから、気合いを入れて唱える。

 途端、ドババババァ! と畑の上に大量の土砂が発生して、あわやとんぬらは生き埋めに呑まれかけた。咄嗟に飛びずさったとんぬらは、事故を起こしかけた先生役へ音量を控えずに注意を飛ばす。

 

「おい! もっと注意をして魔法を使え! あんたは持って生まれた半端ない魔力量を持て余し気味なんだろうが、海でしっかり魔力制御は学んだはずだろうが!」

 

「わかってますよ! 今のは……そう! 初級魔法はモンスターとの実戦ではあまり使い道がないように思われますが、使い手によって思わぬ効果を発揮するものだと教えるためです。ええ、そちらのカズマは、初級魔法を魔法使い以上に器用に使って相手を攪乱しているんですよ。初級魔法と言えども侮ることなかれです」

 

 失態を誤魔化すよう、別の話題を振るめぐみんに、とんぬらは深く息を吐いて、不足分を補うよう説明する。

 

「魔力を篭めれば篭めるほど、魔法は威力を増加させる。そして、魔力を制御できていればより精密に魔法を操作することもできる。このように――『クリエイト・ウォーター』」

 

 そういって、とんぬらは自らも初級水魔法『クリエイト・ウォーター』を唱えた。

 最初は、普通に放水し、次に拡散させてシャワー状に、最後は霧状に噴霧して、虹を作ってみせる。軽い水芸を披露するよう手本を見せたとんぬらへ、自然子供たちから拍手が送られた。

 

「そうだな……魔法というのは目には捉えられない如雨露だと思えばいい。まずは自分の如雨露の全体図(かたち)がどのようなものかを手探りで確かめ、それから自分なりの使い方、喩えに当てはめてみれば如雨露の持ち方と言ったところか、それを把握し、そして、少しずつ少しずつ如雨露を傾けていくように試していくんだ。いきなり全力でやっては如雨露の水、魔力量が尽きてバテてしまうからな。それにあまり勢いが強すぎると植えた種が流れるし、加減が必要だ。自分でしっかり意識して魔法を唱えるんだ」

 

 はい! と子供たちは返事すると、各々魔法を使っての種植えを開始する。

 先生役、それから手伝いで初級魔法の使える面子、とんぬら、ゆんゆん、カズマとが個人個人を指導できるよう子供たちを見て回る。

 その中で、とんぬらがまず様子を見に行くのは、子供たちの中でも目立つ金髪の少女。

 

「お師匠様!」

 

「シルフィーナ、調子はどうだ? 頭がふらついてたりしていないか?」

 

「はい、少し暑いですけど、大丈夫です」

 

「そうか。もし不安があるなら俺やママたちに言うんだぞ」

 

 体の弱い弟子を気遣ったが、最初に会った時よりも溌剌としていて、日射に負けていない。

 少々過保護だったかな、ととんぬらは自身に向けての苦笑を漏らしたところで、彼女の魔法を見る。

 

「お、ただ放水するのではなく、シャワー状になっているな」

 

「お師匠様に教えてもらっているおかげです……!」

 

 手本で見せたのよりも拡散させる幅は狭いけれども、分散して水を撒けている。個人的に家庭教師をつけているとあって、ひとつ頭が飛び抜けている感じだ。

 褒めるとシルフィーナは嬉し気にはにかんで、そこでとんぬらはしぃっと人差し指を口元に当てるポーズを取ってお願いする。

 

「それで、シルフィーナ、今は俺のことを師匠とも先生とも呼ぶのは控えてほしい」

 

「? どうしてですか?」

 

「色々と事情があってな。とにかく頼む」

 

「わかりました、お師」

 

 はっとして両手で口を塞ぐ。

 そんな大げさな態度につい微笑みが出てしまう。

 素直な弟子は、疑問がありつつも従ってくれるよう。

 

(めぐみんとは正反対だ。今度シルフィーナの爪の垢を煎じて飲ませれば少しは聞き分けが良くなってくれるか?)

 

 なんて冗談を考えていると、弟子はそわそわと逡巡しながら、質問する。

 

「その……じゃあ、何とお呼びすれば?」

 

「普通に名前呼びで構わないぞ」

 

「すぅ……っ。……とん、とんぬら様」

 

 そんな。魔法の詠唱よりも気持ちを込めて名前を呼ばれるのはくすぐったいというか、気合いが大袈裟に入り過ぎなんじゃないかと心配になってしまう。

 紅魔族の名前は口にし難いかもしれないが、単に“助手(お手伝いさん)”では他の人と区別がつかない。

 

 そして、とんぬらはシルフィーナから離れ、他の子を見て回る。

 

 ……魔王軍がこの街を狙うことが本格的となり、そして、父が魔王軍の幹部となったと聞いた。この報は未だとんぬらの中で消化し切れていない。それでも行動を起こさずこうして普段通りに過ごしているのは、こういった習慣的行動(ルーチンワーク)をして落ち着きたかったのが理由にある。

 この平穏な日常でとんぬらは再確認をしたかった。

 

 ………

 ………

 ………

 

「――兄ちゃんの愛人になる!」

 

 ……ああ、そういえば、自分に平穏な日常なんて縁遠い言葉だったなー……

 一刻後、とんぬらは、嘆くよう青空を見上げるのであった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 各自授業が始まり、めぐみんが最も気になった生徒はもちろん妹である。

 

 こめっこは自身に似て紅魔族の中でもかなり才能がある。

 すでに冒険者カードをもらっており、親がカードを隠しているが、教え込めばいきなり中級魔法ぐらいは使えるようになるかもしれない。

 次の紅魔族随一の天才の称号は妹かもしれない、と若干姉の色眼鏡が入っているかもしれないが、それほどの逸材なのだ。

 

「……おや? こめっこ、あなたまだ植え終わっていないのですか?」

 

 そんな紅魔族の妹がまだ作業を終えていないことに疑問の声を上げてしまう。

 こめっこはこちらに気付くと、はっと後ろ手に何かを隠す。このあからさまな反応を姉の目が見逃すわけがなく、素早く回り込んでそれを取り上げる。

 確かめれば、それは授業で配布したジャガイモで、

 

「姉ちゃんがご飯盗った!」

「こ、こめっこ! いきなり何を言うんですかあなたは! そもそもこのジャガイモは食べるために用意したものではありません。育ててもっと大きなジャガイモを増やすためのタネイモですから」

 

 慌てつつも努めて優しい声を意識して諭せば、こめっこはひどく真剣な顔で、

 

「昔、姉ちゃんが畑で農家のおじさんが植えたばかりの小さいジャガイモを採ってきてくれたよ」

 

「アレはもう忘れなさい」

 

 あの頃は妹の分の食い扶持も用意せねばと余裕がなかったけれど、今更になってやらかしたことを思い返すと内心頬を引き攣ってしまう。それが妹に悪影響(その分逞しく育ってくれたけど)を与えているのなら尚更猛省は強いられる。

 ……今度、里に帰ることがあれば、農家のおじさん達には頭を下げて謝罪しよう。とめぐみんは決めたところで、こめっこに姉らしく、また先生らしく説教をするのだが……

 

「いいですか。こめっこ、話をします」

 

「なんかよくわからないけど、姉ちゃんが怒りそうだからやだ」

 

「こめっこ!」

 

 逃げられた。

 機を見るに敏。勘のいい妹はタネイモを取られた後、素早く畑から逃げ出していた。

 しかし、そこはちょうどその先にいたカズマがとうせんぼうして遮ってくれたので、足はすぐ止まる。

 

「誇り高き紅魔族ともあろうものが、食べ物のことばかり考えてはなりません。そういつも言っていたはずではないですか」

 

 カズマが微妙な眼差しをこちらに向けてくれるが、『パーティに加入するから、何も食べてないから食わせてほしい』と言ったのはもう昔の話である。

 

「紅魔の里にいた時は、何事もまず食料を確保しろ、人を見かけたら食べ物をねだれって姉ちゃん言ってた」

 

「おい」

 

 思わず突っ込むカズマから目を逸らす。

 

「あれはあれ、これはこれです。狭い紅魔の里では何だかんだでみんな知っている人ではないですか。ですが、この街中では勝手が違います。里には里の、街には街のルールがあり、そこで過ごしていくのならそのルールを守っていかなくてはなりません。団体行動がとれなくてはいざというときに誰も助けてくれませんから」

 

「ことわる」

 

 即答するこめっこ、周りにはほかの子供たちもいるというのに、なんて堂々とした主張だ。妹の頑固さを知ってはいたが、これは手を焼かせられる。

 

「こめっこ! 断るではありません、授業に従わないようでは、今後一体どうするつもりですか? あなたもいずれは学校へ通うことになるというのに、自分勝手ばかりではやっていけませんよ」

 

「姉ちゃんはおこりんぼ」

 

 同じ女子クラスだったゆんゆんがこちらに何か言いたそうな目を向けているがそれは無視した。

 こめっこはとうせんぼうをしていたカズマの背後に回る格好でこちら(めぐみん)から距離をとる。

 こうなると姉妹に挟まれた形となるカズマは何か諦めたように息を吐いて、宥めるように、

 

「めぐみん、姉妹喧嘩をするならもっと状況を弁えろよ」

 

「いいえ、カズマ、今のうちにしっかり躾けておかないと、後悔することになるんですから、手遅れになってからではダメなのですよ」

 

「すでに手遅れのお前が言うと、中々の説得力があるな」

 

「おい、私に喧嘩を売っているのなら買おうじゃないか!」

 

「お兄ちゃん頑張れ」

 

「こめっこ! 人を盾にして挑発するのは卑怯者のすることです!」

 

「めぐみん、ほら落ち着けって。そろそろ姉妹喧嘩をやめないと」

「ですから、これは姉妹喧嘩ではありません! 今日の私は先生として、心を鬼にして、こめっこをきちんと反省させます!」

 

 コンッ! と熱くなった頭に衝撃が。

 これにカズマがあちゃーと手を当てる。今のは、チョーク投げのような軽めの真空波。

 大して痛くはなかったが、つい反応してその方へと振り向いてしまう。すると、

 

 

「――めぐみん先生、授業中に騒ぐようなら邪魔にならないよう離れてくれないか?」

 

 

 こめっこに掛かりきりとなっているこちらの代わりに授業を進行しているとんぬらが半眼の眼差しを向けていた。

 

 

 言うまでもなく、只今授業中である。

 先生と生徒の姉妹が無駄に騒げばそれはもう目立つし、作業に集中していた子供たちも注意がそっちへと引っ張られてしまう。そして、集中が乱されれば魔法の発動も上手くいかなくなる。

 この特別授業は、予め決められていたもので、個人的な都合で変更はさせまいと本日開催されている。めぐみんの事情にも配慮はしているが、それでも優先度は最上ではない。

 

 やれやれ……。

 特別授業の助手役()であるとんぬらは、カズマへ目配せして姦しい姉妹をいったん家庭菜園から外へ連れ出してもらうと、懐からそれを取り出す。

 

 先端に雲のように白い布帯が巻き付いてある、澄んだ青空のような色合いをした笛。契約している精霊『春一番』の宿木(触媒)にもしている楽器『春風のフルート』。

 

「………」

 

 まず何も言わずに背筋を伸ばして、やや傾けた頭の目線と平行になるよう横笛を構える。そっと添えるよう口元を歌口に近づける。

 息を吸う。

 この吸気をこの全身に巡らせるよう循環させて、呼気へ入れ替える。

 

「――、え」

 

 空気の振動が音色に変換され――刹那、浮ついた生徒の子供らは心臓を掴まれた。

 その第一声で視線を集めた、引力ある響きは一連のメロディとなる。

 波のよう。

 遠く遠く、空気を震わせたなびいていくビブラート。単なる風ではなくその温かみのある熱がこもったそれは春風の旋律。人に軽やかに春の訪れを囁くように教える、楽しげな音色。

 

「わたっ!」

 

 ハッと子供たちは気づく。いつの間にか、モコモコとした精霊が肩に乗っている。わたぼうだ。音符と一緒に流れる春風の精と合わせるように綿胞子の精は体を揺らしながら口笛を吹く

 そうして、重奏となった音は、多彩な季節を表すよう変じる。

 跳ね回りたくなるように踊ったかと思えば、とろけるような蜜の甘さと、花のかぐわしさを感じさせる。

 けして珍しい曲ではない。誰だって何度となくあちこち、感謝祭などで耳にしてきたもの。なのに、聴覚だけで他の感覚までも揺り動かす。

 ――それが、不意に切れる。

 

 あ……、と物足りなげに声を漏らす子が何人いただろうか。

 『春風のフルート』から口を離したとんぬらは、十二分に生徒たちの意識を集めたと覚るや、音楽を中断して、少し語る。

 

「野菜が台風の日になるとテンションが上がるというのを知っている子もいるだろう。野菜を育てるにはマッサージして刺激を与えてやることも重要なポイント、ただそれとは別に音楽を聴くと生育が良くなるという話もあるそうだ。これは、薬草学の権威である貴族にして宮廷魔導士から教えてもらった知識であるんだが」

 

 あっ! と誰かが、ではなく、異口同音揃って生徒たちは気づきの声を上げる。

 ちらほらと芽が出ている。植えたばかりなのにもう秋刀魚の目や野菜の芽が顔を出しているのだ。

 

 かつて第一王女様歓迎の芸として、笛の音で植物を操る宴会芸を披露したことがあったがそれに通じる。命芽吹く春を感じさせる音色は、農作物の生育にも影響を出す。

 

「じゃあ、もう一度吹いてみるから、今度は皆も思い思いに合わせてみてはくれないか。今日植えた野菜らに皆の元気を分けてくれ」

 

 

「よーし! ゼル帝も参加しなさい! みんなと一緒に元気いっぱいに歌うの!」

 

「アクア、流石にひよこは鳴くことしかできないと思うぞ」

 

 助手()とんぬらが始めたこのパフォーマンスは効果覿面であった。子供たちはみんな元気に声を上げて歌い始め、生徒たちに混じってアクアも音頭を取るように身振り手振りを効かせながら場を盛り上げている。ダクネスやゆんゆん、付き添いのプリーストらも楽しげである。

 おかげでこちらに集まっていた注意、それからお株もあちらへと全部持っていかれた。

 

「兄ちゃんすごいね。野菜をすぐ大きくするなんて」

 

 妹の感心はそこですか。

 

「ええ、まあ、里随一の芸達者でありますし、あの紅魔族の変異種は」

 

 花より団子なこめっこに、もういっそ逞しく育ってくれたと思うことにしためぐみんは、笑みを浮かべかけて、

 

 

「でも姉ちゃんはあんまりすごくないね」

 

 

 微笑み爆弾を投げ込まれた。

 

「……こ、こめっこ、今何と言いましたか? この姉が凄くないと言ったのですか?」

 

「うん、姉ちゃん、全然先生っぽくない」

 

 一夜漬けの付け焼刃の先生へ、無邪気なくらい容赦なく寸評が下された。

 

「こ、こめっこ! なんですか、反抗期なのですか!? さっきのもそうでしたが、姉として結構ショックですよ!?」

 

「姉ちゃんは本当にエースなの?」

 

 一人泣きそうになっているめぐみんへと、こめっこは真っ直ぐ、急所を突くような質問をしてきた。

 これに、めぐみんは息を呑んで声が裏返りつつも、諭すように言う。

 

「いいですか、こめっこ、こうした平時の授業では実感できにくいですが、私の力はここぞというときに使われるのです。ええ、特別授業が終わった後で特別に爆裂花火を見せてあげましょうとも」

 

「ううん、いい」

 

 が、胸を叩いて言い放っためぐみんの提案はあっさりと断られる。

 

「私、今日は兄ちゃんの家に泊まりたい!」

 

「こめっこ!?」

 

「そして、兄ちゃんと結婚してくる!」

 

 ぶふっ!!? と宣言を聞いたカズマが思い切り噴いた。

 そして、めぐみんは一瞬忘我するほどの衝撃であったが、すぐに立て直す。だが、言ったところでなかなか聞いてくれないのがこの妹。

 

「こめっこ、それはダメです。いけません」

 

「なんで?」

 

 無理に先生役をしてまで避けたかった事態が現実のものとなろうとしている。姉が街の立派なエースであると妹の感心を引き付けておきたかったのにそれも失敗している。

 流石に心苦しいが、こうなれば幻滅させるように誘導しようとめぐみんは躊躇いがちに口を開いた。

 

「とんぬらは魔法を外すこともある残念魔法使いで、ヘタレで、いつもエースである私に助けられているへっぽこ冒険者です。それにもう相手がいます。ですから、もっといい男にしなさいこめっこ」

 

「でも、兄ちゃんは周りなんて気にせず、自分が好きなものは好きだというのが大切だって教えてくれたよ」

 

 のだが、ここで諭した当人(とんぬら)すらも思わぬ文句がこめっこの口から飛び出してきた。

 そう、つまりは、姉が手を尽くしたところで、手遅れ。元から自分に素直な性格の妹は、この教えを受けたことで“己の気持ちに自重する”という蓋が取っ払われていたのである。

 

 そうして、締めの音楽の時間が終わったのと見計らって、こめっこは姉のめぐみんを躱して飛び出し、一直線に家庭菜園の青空コンサートで拍手と歓声を一身に受けるとんぬらへ――

 

 

 ♢♢♢

 

 

「――兄ちゃんの愛人になる!」

 

 体当たりをするように勢いよく腰に抱き着いてきたこめっこ。

 物理的な衝撃はとにかく、その爆弾発言の精神的な衝撃はとんぬらも、え? としばし固まらせてしまうほどの威力だった。

 そんなされるがままのとんぬらに見下ろされて目が合ったこめっこは、ぶらぶらと体を左右に揺らしながらも離れず、ニカッと笑い返す。

 

 演奏の後の一服で落ち着いていた生徒たちもこれにはびっくりして、誰も反応できずに呆然とする――かと思いきや、タッと地面を蹴る足音。それに反射的に振り返ったとんぬらの、こめっこが抱き着いたのとは反対側の足にどしんと、小さな人影がぶつかる。

 

「シルフィーナ!?」

 

 ダクネスが驚きの声を上げた。それもそのはず、今とんぬらの腰に手を回して抱き着いたのは従妹のシルフィーナである。そして、普段大人しいシルフィーナは自分よりもやや背の大きいこめっこへ、しがみついた腰を引っ張り合うように主張する。

 

「そんなのいけません! お師匠様は私のお師匠様です。離れてください!」

 

「断る。兄ちゃんは私の兄ちゃんだよ。だから愛人にしてくれるまで離れない!」

 

「だーめーでーす。そんな真似は、弟子として許しません! そっちが離れるまで私は離れませんからね」

 

「うーん、じゃあ、一緒に愛人になる?」

 

「ええっ!? 側室だなんて……い、いけませんよ! 殿方の愛は、それ全て家族に向けられるべきもので、浮気なんてもってのほかです…から」

 

 一緒にお菓子を半分こする? みたいなノリのこめっこの提案にちょっと傾きかけたシルフィーナだがちゃんと跳ね除けてくれた。

 

 それで、ここまで、小さく口を開けて固まり、リアクションタイムが遅れていたとんぬらはやっと動き出す。

 

「えー、っとだな……」

 

 こめっこを見る。ライバル?の登場に、よりピッタリと身を寄せてこめっこは、とんぬらの腰の辺りにしっかりと抱き着いている。

 それから反対側のシルフィーナを見ると、シルフィーナは恥ずかしそうに頬を染めて、首を竦めてしまう。だけどとんぬらから離れない。

 

「あー……」

 

 何とコメントしていいものかわからず言葉を濁すとんぬら。

 幼い少女たちにされるがままになりながら、“あー何だかこのシチュエーション前にもあったなぁ”と心の中で現実放棄気味にぼやいた。

 

 ――そこで、真正面から三度目の衝撃。がっちりとサバ折りを決めてくるのは、猫耳の少女……に化けている、

 

「仮面の人間、私も」

 

 おお、ドランゴ、お前もか?

 子供たちに混じって、作物を植えて水をやっていた幼いドラゴンは、幼女らに負けじとしっかりと主張する。

 とんぬらはついに天を仰いでしまう。

 三人の(見た目は)幼い少女に包囲されたこの状況、アクシズ教徒であれば歓喜の雄叫びをあげそうだが、とんぬらにとっては大ピンチだ。しかし穏便に打開するにはとんぬら個人では無理がある。そこでとんぬらは視線を走らせて、それぞれの保護者を探すのだが、

 一人目、こめっこの姉(めぐみん)は、がっくりと四つん這いになって打ちひしがれており、カズマ兄ちゃんに何やら声を掛けられている。

 二人目、シルフィーナの従妹(ママ)(ダクネス)は、この初めて見るシルフィーナの強気な姿勢にどうすればいいか戸惑っている。

 そして、三人目は、婚約者(パートナー)であるとんぬらへ、気遣うように慈愛に満ちた微笑みを向けており、

 

 

「と ん ぬ らぁ?」

 

 

 それだけで場の空気を凍りつかせてくれるような一言をくれた。

 首を限界まで曲げて、視界の端に引っかかるように入ってきた背後の様子。そこには、オーガも裸足で逃げだしドラゴンも尻尾を丸めるであろう、真っ赤なオーラを解き放つゆんゆんの姿。昏い凄みを感じさせる笑みを浮かべるゆんゆんの視線に堪えかね、思わず目を逸らしたくなるも、一切笑っていない虚無の瞳でニコニコと形だけの笑顔を作っているゆんゆんは、ゆらりゆらりとふらつくようにこちらに歩み迫ってくる。

 

 ――このまま背中を晒していては、ヤられる!

 ゴクリと唾を飲み込んだとんぬらは、パニックになりかけた脳内を落ち着かせ、冷静に言葉を紡ごうとするのだが、三つ巴の幼い少女達が離れてくれない限りは、どれだけ言葉を尽くしたところで説得力があまりないだろう。

 とはいえ、流石にゆんゆんもこの小さな年下の子たちが相手となっては自制心が働いて剣呑な雰囲気は収めるようで、直前で立ち止まり、ブツブツと、

 

「……ズルい。……私は……だけど、それでも節度を守っているのに。とんぬらが……だっていうから……ううう~~~っ! ――もうっ、とんぬら!」

 

「えっ、俺に矛先が来るのか?」

 

 血を見るような過激な泥棒的な修羅場へと発展せずに安堵はするが、この世の理不尽を覚えなくもないとんぬら。

 

「あー、これは、その、何というか……俺としてもこれはパルプンテな状況でな、ゆんゆん」

 

 この場を爆発させずに解体できる文句が思いつかず、とんぬらは困り果てた――その時、魔法で拡大された大音量のアナウンスが響いた。

 

 

『緊急クエスト! 緊急クエスト! 街の中にいる冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください! 繰り返します。街の中にいる冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください!』

 

 

 ♢♢♢

 

 

 『アクセル』の街中の冒険者に招集をかける緊急クエスト。

 けれどこれは、魔王軍が街に襲撃を仕掛けたとか、税金の特別徴収だとかではない。

 この駆け出しの冒険者の街で、今の時期の名物となっている、キャベツの収穫である。

 

 街や草原を疾走して大陸を渡り、海を越え、この世界を巡ってきたキャベツたちは反撃もしてくるが味が濃縮されて経験値食材でもある。そのキャベツの群れの進行ルートに、この『アクセル』があるのだ。

 そして、駆け出し冒険者たちは、この瞬間を必死に生きるキャベツたちに感化されて熱くなり、それにベテラン冒険者たちもまた青臭かった初心を思い返して熱くなる――!

 そう、このイベントに駆け出さないようでは冒険者ではないのだ。

 

「――いいですか、とんぬら、絶っ対に! こめっこに手を出さないでくださいよ!」

 

「余計な心配だ。言われんでも手も足も出さん」

 

「あのそけっとのストーカーであるぶっころりーも、こめっこの将来性を見込んで今のうちに粉を掛けようとしていたんですよ」

 

「あのな。俺を何だと思っているんだめぐみん」

 

 あの魔性の妹を発端とした危機的状況からどうにか脱するに都合のいい理由ができて助かったとんぬらだったが、復活した姉のめぐみんにしつこく絡まれていた。

 シルフィーナの従妹であるダクネスは、何と言っていいものかとわからない複雑な表情を浮かべながらも、一言、『その……できれば今後もこれまで通りにシルフィーナに接してやってほしい』と声をかけてはくれた。その後、送迎の付き添いをしているプリーストそれにドランゴらと一緒にシルフィーナと特別授業に参加してくれた子供たちの避難誘導のため、今は別れている。

 

「めぐみんがああも無茶な真似をした理由は察したが、だからってそんな心配することもないだろ。こめっこの愛人云々は、小さいころに大人の異性に憧れるのと同じだ。つまり、大人になっていけば自然と覚めていく」

 

「つまり、紅魔族随一のプレイボーイこととんぬらは自分は年下の幼女にモテモテだと?」

 

「言うな。自覚はある。だが、そんなもんだろ。思い出に残れば精々だ」

 

 いつになく刺々しているめぐみんに、とんぬらは適当に言葉を返していく。

 すると、そのめぐみんとは反対側でとんぬらの隣にいるゆんゆんが口を開いた。

 

「ねぇ、とんぬら」

 

「何だゆんゆん。さっきも言ったんだが、ゆんゆんまでそう本気になられては困るぞ」

 

「とんぬらは、小さいころ誰に憧れたの?」

 

「え、そこ? ゆんゆんが今訊きたいのはそこなのか?」

 

「だ、だって、とんぬらのことだし……気になるじゃない?」

 

 チラチラと窺われても、ゆんゆんには何とも言えない質問である。なので、とんぬらは流して、

 

「とにかくだ。めぐみん、この後、妹さんとちゃんと話をしておけ」

 

「あなたはどうするんです?」

 

「魔法を外すこともある残念魔法使いで、ヘタレで、いつもエースに助けられているへっぽこ冒険者のお助けが必要かなめぐみん?」

 

 話が聴こえてたんですか……とめぐみん、渋い顔でぼやき、バツが悪そうに視線を斜め下へと投げる。

 とんぬらは軽い調子で揶揄うようにそう言ってから、めぐみんを横目で見つつ忠告とも言えるセリフを発する。

 

「まあ、めぐみんがどうしてもと頭を下げるのなら俺に任せても構わないが……ただ、泣かせることになるかもしれないぞ」

 

 めぐみんの表情にますますしわが寄る。

 脳裏に思い浮かんだのは、あのヌラー(とんぬら)にフラれた女性検察官。この女泣かせのプレイボーイは、きっぱりとケリをつけた。

 つまり、妹の一件でこちらに頼れば今回もそうなると。とんぬらは言う。

 

「この場合の優しさは薬にならないからな。むしろかえって、良い薬になるだろうよ」

 

 ある意味で、これもひとつの解決の方針。

 わがままな魔性の妹にも自身の魅力で陥落できなかったという失敗の経験があれば、今後、めぐみんも望むような自重を覚えてくれるかもしれない。

 しかし、姉として、妹を泣かせていいものかと思い悩んでしまう。

 

「……ですが、そうするしか、ないんでしょうね。もうこめっこに、私の言葉は信じてもらえそうにないですから」

 

「なんだ、妹さんに見栄を張ったことを後悔しているのか」

 

「ええ、そうです。私にはエースを名乗るに分不相応でしたとも。私はいつもあなたに尻拭いをされるへっぽこ『アークウィザード』ですよ」

 

 これは思ったよりも重症だ。

 妹にズバズバと批評されたことがよっぽど堪えたのだろう。このライバルの落ち込みっぷりにゆんゆんが何か言おうとするも、それをとんぬらは手で制する。そして、目配せをして、後ろに距離を取って見守ってくれているカズマとアクアらを任せるようゆんゆんへお願いをする。こくんと了解したとゆんゆんは無言で頷くと、少し後ろ髪が引かれながらも視線を切って、下がってくれた。今の弱気なめぐみんはあまり見ていてもらいたくないだろう。

 そうして、人払いをしたところで、とんぬらは深々と嘆息した。

 

「そうだな、授業の一件を振り返ってみてめぐみんに人に物を教える先生役は向いていない。注意しようにもこれまでやらかしたことがブーメランで帰ってきてめぐみん自身もやり難かろう」

 

「う……」

 

「それに慣れない他人とは衝突し、馴れた身内は甘やかす。頭は良いんだろうが、性格的に指揮官に向いているタイプでもない。能力的にも不器用。前に坊ちゃん勇者にも指摘したことだが、“仲間を引き立て、かつ力を伸ばす”よう指示を出すというパーティのリーダーに求められる意識が欠けているからな。パーティの中でめぐみんだけが突出してレベルが高く、対し、もっともレベルの上がり易いはずの『冒険者』である兄ちゃんが底辺な現状からもそれが明らかだろう。単独で決定打を与えられる火力しか持たず、それで精根尽きる性質だからどうしても補佐してくれる仲間が必要……まったくここまで扱いにくい癖の尖った人材はそうそうないぞ」

 

「とんぬらは、ちょっとは私を慰めてやろうと思ったりはしないんですか?」

 

 自分でも反省しているし、この男が自身に対し説教臭いのは重々承知していためぐみんだが、こうまでずけずけと言われると流石に噛みつきたくなってくる。挫けかかっていた心の中で、矜持の欠片が燻り出す。だが、

 

「ないな。卑屈になっているめぐみんに褒める点など見当たらない。これでは情けをかけてやりたくとも慰めようがないぞ」

 

 さも困った風に口をへの字に曲げながら、“どうしてくれる?”と逆に文句を言い返された。そんな溜息と共に吐き捨てたとんぬらの愚痴は、なのに、どういうわけか呆れるでもしかるでもなく、むしろ静かに諭すかのような口調に聞こえた。

 

「まあ結局、そう変な背伸びをしなくても、あんたが“姉ちゃん”なのには変わりない。エースでなくても……な」

 

 不意に仮面の下に苦い表情を過らせたが、とんぬらは最後まで優しい言葉はかけてはくれなかった。

 

「だから、とっとと開き直ったらどうだ。正直、今のめぐみんに頭を下げられたら鳥肌が立ってしまいそうだ」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「――ムフォフォ! ムフォフォ!」

 

 水切りのように大地を跳ねながら滑空する緑色の小玉の大群。

 それに混じって、一際巨大な、大の大人を上回る直径の純白の大玉。金色のタテガミを靡かせ、大きなお口で唸りを上げるそれは野菜(キャベツ)ではない。

 

 報告によれば、『アクセル』に近い領地の統治者(ゼーレシルト伯)がいなくなった地域より突如出現し、渡りキャベツの到来に混じって『アクセル』へ接近しているという。

 そして、この魔物、見た目はゆるい感じではあるが、草原に生息する大角羊ビッグホーンが接近を避けるのだそうだ。渡りキャベツを狙っていた草食魔物がその気配を察知するや引き下がるのだ。野生の魔物は、人間よりも敏感に相手の強度を推し量る。魔物たちの反応は確かな推定となろう。

 つまり、この新発見された魔物はそれだけに脅威であり、ベテラン冒険者でも手古摺る大角羊が逃げるようでは、駆け出し冒険者らにはとても討伐を推奨できない。

 

 冒険者ギルドはこの新発見された魔物を仮称『ムンババ』と呼ぶことにし、キャベツ収穫のためだけでなく、このままいくと街に突撃しかねない『ムンババ』を駆け出し冒険者の街の数少ない高レベルのベテラン冒険者達へ緊急クエストを依頼した。

 当然、その中には“エース”もお願いされている。

 

 

「あれが、ムンババか」

 

 街の正門近く、遠方より来るそのまんまるとした巨体のモンスター。

 身体……というよりも、その頭部がデカい。頭から背筋に沿ってモヒカンのように体毛が生えている巨獣。走る際に大地を叩き揺らす太く長い前足を見るに、殴り倒すのが得意そうだ。それも一撃グマよりも重厚な腕であるから、かなりの威力と思われる。

 

「じゃ、私、支援魔法かけたし、キャベツの鮮度を保つための水を用意するために後ろへ下がるわね!」

 

 魔物の姿を遠目ながら直に視認した途端、アクア様が撤退。

 すたこらと自分だけ駆け出し冒険者達よりも後ろへ下がるアクア様に、カズマ兄ちゃんはじーっともの言いたげな半眼に閉じた目で見送っている。けれど、時に前衛で戦うこともあるが主にパーティの後方支援担当の『アークプリースト』としてその対処は間違ったものではないし、折角のキャベツ収穫の機会だというのに誰ひとり冒険者たちは我先にと飛び出しはしない。

 それだけ『ムンババ』の進撃には猛然とした迫力があるのだ。

 

「心配ありませんよ、ここは私ひとりで十分です! 我が爆裂魔法でもって、一撃で葬り去ってみせましょう!」

 

 これにめぐみんが出た。力を封印する(という設定の)眼帯を外し、赤く瞳を光らせ魔力を昂らせる。

 プリーストと同じ後方職の魔法使いながら、先頭に出て冒険者たちを鼓舞するように杖を掲げ、高らかに詠唱を始め――

 

「――めぐみん下がれ!」

「うっぷ!?」

 

 る前に、襟首を掴まれて、喉が絞まって中断。

 そのまま地面へと尻餅を吐かされためぐみんは、嘔吐にえずいて涙しながらも、精一杯の怒鳴り声で割って入られたその背中へと文句を飛ばす。

 

「何を、するんですか! とん、ぬら! 絶好の爆裂魔法の」

「すまんな。しかし、格好の的なのはあちらも同じみたいだからな」

 

 へ? とめぐみんが問い返す暇もなかった。目前のとんぬらの行動は電光石火の早業だった。

 手を稲妻のように動かすかの如き手品師の手腕でもって、腰から抜き広げ様に振り上げた鉄扇が、虚空で激しい衝突音を鳴らす。

 ドン! ドドン! と大太鼓に目一杯叩きつけた際に生じるような、腹の底にまで響き渡る重厚な振動。それが絶え間なく。

 

「ムフォフォーン!」

 

 魔獣がその長大な手足を我武者羅に振るっては、文字通り、手当たり次第に辺りのキャベツを投げ放っているのだ。強大で危険な、爆裂魔法の魔力波動の兆候を示しためぐみんを狙って。砲丸投げ以上、投石機発射レベルのキャベツ玉は、当たり所が悪ければ死にかねない。素のキャベツの体当たりでも、かつての『クルセイダー』ダクネスの鎧を修理が必要になるほど破損させたのだから、魔獣の強烈な後押しが加算された特攻が直撃すれば、華奢な魔法使い職の少女の身体にはひとたまりもない。

 地獄の千本シートバッティングで、剛腕魔獣の豪速球をキャッチャーフライ気味に打ち上げては後ろへ控えている他の冒険者達へと勢いの殺されたキャベツを回収させている。重い投球に痺れた腕からもう片腕に鉄扇をお手玉(スイッチ)しつつ、仮面の奥の双眸はこの未確認魔獣(ムンババ)の観察をしていた。

 

「的確に危険対象(めぐみん)を見抜く本能だけでなく、野菜(たべもの)を投げてくるとはマナーがなっていないが、物に頼るだけの知恵がある。しかし、それは魔法での遠距離攻撃手段がないことを教えているようなものだ。それに何というか覚えのある魔力の波長をしている……」

 

「何だか余裕っぽいけどとんぬら、大丈夫か!?」

 

「いいや、兄ちゃん。キャベツを弾くにも衝撃を完全には殺せずに腕が痺れる」

 

 “にしては随分と平静を保っているように見える”とカズマは自分よりもだいぶ落ち着いている、歳は下の魔法使いに突っ込みたいが、胆力が違うのか。

 

「このまま見に徹するのは勘弁願いたいところだ。……ダクネスさんがいれば、守りに徹してめぐみんの爆裂魔法で一掃したいが、俺一人じゃ確実とは言えん」

 

 とんぬらを陰ながらサポートするゆんゆんがすでに『ウインドカーテン』を張り巡らせている。防風壁を破られつつも投擲物の勢いを削いでいるが、それでもやっとカズマの目にも捉えられるほどの速さ。しかもそれが腕を振るうごとに3、4個キャベツは投じられて、一投一球よりも密度が濃い。この秒の単位で求められる対処を、鉄扇一本で一手も間違えることなく捌き切るのは大変だ。

 それもこれは魔獣からすれば牽制に過ぎない。剛腕の本領は、近づいて殴打することにあるだろう。ムンババは矢継ぎ早にキャベツを投げつつ此方へ接近している。

 壁役のダクネスがいない以上、ここはいったん城壁まで下がってから立て直す……というカズマの考えであったが、

 

「だから、ここは守りではなく攻めの姿勢で切り込んでみたいと思う」

 

 この軍師役もこなしてみせる宮廷道化師は、守勢よりも攻勢寄りの性格(ガンガン行こうぜ)をしていた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「――さあ、特別授業の時間だ。野菜の生態について学んでもらおうか!」

 

 砲丸キャベツの連投を鉄扇で捌くとんぬら。そのぴったりと寄りそうに後背にあるのは、パートナーのゆんゆん。

 赤く点灯する指揮棒で緩やかに線を宙に引いて――最後、上空を指して唱えた。

 

「――『コール・オブ・サンダーストーム』!」

 

 頭上に青白い雷光が見え隠れする黒雲が発生し、不規則で不吉な風が吹き荒れる。

 この上級魔法が呼び込むのは嵐。局所的なゲリラ豪雨を起こす気象干渉魔法。

 しかし、これは攻撃のための魔法ではない。あくまで場全体を操作するためのもの。

 

 落雷が轟くもそれは彼方。魔物とは的外れに稲光は閃く――それでいい。

 

「ムフォ!?」

 

 巨魔獣は突然の雷雨に怯みはしない。

 だが、周囲は違う。

 そう、キャベツ。魔物の周囲に群れていたキャベツが吹き荒ぶ颶風を受けて、一斉に荒ぶる。この世界の野菜は、台風の日になると興奮するという(元日本人(カズマ)がふざけんなと突っ込みたくなる)習性がある。これをゆんゆんの魔法は刺激した。

 魔物が手懐けていたと思われる砲弾ことキャベツは、その幉で御し切れぬほど暴れて魔物の元から離れて行ってしまう。

 その、狙撃するにも邪魔な障害(キャベツ)がなくなったすきを逃さずにすかさず!

 

「今だ兄ちゃん!」

 

「よし――『スタン』!」

 

 魔法力を篭めた筒の引き金をカズマが引いた。

 発射される魔力塊は、金縛りの呪いが篭められたもの。直撃した魔物は、この数瞬、動きを止めてしまう。

 それは、これまで防戦一方だったとんぬらが自由になった瞬間だった。

 

「『風花雪月』――」

 

 扇の一振り。それは、濃密な銀世界(ホワイトアウト)を吹雪かせる。

 最初の一手にて、ゆんゆんが雨を降らしていたのが功を奏す。いいや、相乗する効果を狙っていた。

 そうして、黒風から転じた吹雪に塗れながら、ぐん、と膝を曲げたとんぬら。

 

「――芸を一手馳走しよう」

 

 視界を呑む白一色の景色、そして、その純粋な瞬発力で、彼の姿は消え失せた。もはや消失という他ない。

 

「ムブォブォ! ムブォブォ! ムッブォ、ブォオオォーン!」

 

 獣が吼える。

 硬直が解けようにも、迂闊に動けない。いつどこから狙ってくるか、そしてそれを迎え撃たんと昂じさせた五感を張り巡らせている。だから、その動きに迅速に察知し、対応する。

 ――吹雪を突き破った影。ただ飛び上がるのではなく、水を飛沫かせながら、捻りを加えた後方宙返り。激流の勢いをつけた月面宙返り(ミラクルムーン)で斬りかかろうとする。

 

 だが、それはあまりに派手であった。無駄にモーションが大きかった。それは、不意打ちの好機をふいにしてしまうほど。

 魔物は唸りを上げながら、この格好の的へその剛腕をアッパー気味に振るい上げた。

 

「ムフォフォー――ン!?」

 

 無防備に、回避しようのない、跳び上がって地に足離れた身体を熊手で払う――もすり抜ける。感触が夢現に霞む。確実に捉えた――と魅せられたのだ。

 

 月面宙返りからの大上段からの勢いを殺さず。そして、振るわれる(わざ)に雑念は入れず。

 

 

「『風花雪月』――『花鳥風月』――『風姿花伝』――三種芸能重ね合わせて、(これ)、『乱れ雪月花』」

 

 

 ――――と刃音は無く、ほぼ無音で魔物の肉を断ち通った。

 

 位置エネルギーと運動エネルギーの総和を一切漏らさ(ロスせ)ず、二度三度と宙を滑る太刀筋は澱みがなく、透徹していた。雪のように静かに、三日月のような(せん)を引き、花を散らせるが如く華麗に、一閃一閃が放たれる乱れ(さみだれ)斬りを、魔獣は防ぐに叶わず。

 

 扇を振るいて作り出す幻想を相手の攻撃から身代わりにして凌ぐ防御法。それを攻撃に転用して、軌道を見切らせぬ陽炎の太刀捌き。派手な動きはそれ自体が陽動。さらに、精妙に達した氷細工と水芸で造り上げる模造剣は生き物めいたしなやかさを得て、刀身(からだ)をくねらせて幻影に惑わされて空いた間隙を縫う。

 そして、自在に流動する抜けば珠散る水の刃は、迎撃も防御もすり抜け、目標を捉えた刹那に強度を取り戻して斬り込む。

 

 致して、致されず。ひとつの究極形。無論、それを物にしたとは言うには遠いが、指先には触れかかったのではないかとも思う。

 あの『本能回帰』で暴走しかかってからすこぶる体の調子がいい。もっというのなら、五感、また剣技に対する感性が冴えているように思われる。これは一時、『剣豪』の体捌きを模倣した影響か。至高の冒険者パーティの『ソードマスター』……その息吹(ざんし)が躰に吹き込まれた結果、研鑽を積んだ芸能と噛み合い、止まらず止められない武芸と化していた。

 

「―――」

 

 のはずであったが、ピタリと止まった。

 肌を裂き、肉を切り、骨を断ち――最後、(トドメ)を刺すはずだった斬撃が、直前で静止し、中断された。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「ムフォ……」

 

 その最後までは容赦なく刻まれたために、魔獣も虫の息。今からでも攻撃すれば倒せよう。

 なのだが、とんぬらは、鉄扇の先に造り上げていた氷の刀身を融いてしまい、

 

「…………うん、『ヒール』」

 

 あろうことか、魔獣に回復魔法を施す。

 扇状に広げられた鉄扇を杖代わりに、神聖魔法の回復魔法の波動は、魔獣の身体に走る、自分が付けた(きず)を埋めるように癒していく。全開に暴れられるほどは回復させなかったが、それでも命からがらから半殺しの容態にまでは持ち直された。

 この行動に、パートナーのゆんゆんも言葉を投げた。

 

「とんぬら、どうしたの? モンスターを倒さないで回復させるなんて」

 

「ゆんゆん、これは魔物ではない」

 

 こうして間近に接敵して、ようやく気付く。

 

「いや、魔物であることは魔物なんだが、ただの魔物では持ち得ない、神気を覚える。これはもしや……聖獣か?」

 

 ゆんゆんの疑問に応えつつも自分で考察を深めていくような独り言。

 まだとんぬら自身でも確信には至ってはいない、しかし無視はできない予感。この行動不能の一歩手前の状態に追い込んでいるとはいえ、とんぬらは得物の鉄扇を地面に置いて、腰につけている他の武装も同じく解除する。

 魔獣に害さないと行動で表しているようであり、また相応の相手と見込んで畏まるように。

 そして、人ならぬ者と調停を仕切る神主は、武器の代わりにそれを取り出す――

 

 ………

 ………

 ………

 

「自衛故に止む無く攻撃してしまったが、暴虐に堕ちた獣でなければ、訳も知らず命を奪う気は毛頭ありませぬ。身勝手は重々承知しておりますが、もしよろしければ、貴方様のご出自を聴かせてもらえませぬか?」

 

「ムッフォ、ムフォフォ?」

 

 対話を望むとんぬらに、誰もが騒然としたように息を呑む。当の魔物ですら驚いているそれに、パートナーのゆんゆんが声を上げないわけがなかった。

 

「と、とんぬら!?」

 

「心配なのはわかるが、ここは俺に任せてくれないか?」

 

「うん、心配は心配なんだけど、その……大丈夫なの?」

 

「ああ、話は通じるみたいだ」

 

 落ち着いて彼女を制するよう呼びかけるとんぬら。だったが、パートナーに次いで長い付き合いになるめぐみんは溜まらず声を飛ばす。

 

「まったく……っ! どうしてこう、シリアスに決めているかと思えばふざけた真似をするんですかこの滑り芸人は! もっと最後まで真面目にやり通してくださいよ!」

 

「めぐみん、俺はこの上なく真剣だ。成長してどれだけ力を得ようが、力に頼らない解決を模索することを怠ってはならない。それが、俺の忘れるべからずの初心だ」

 

「真面目に不真面目とか、とんぬらはやっぱりアクシズ教ですね!」

 

「何を言うか、めぐみん。これは俺の神主としての心構えだ。不安なのはわかるが、少し静観しててくれ」

 

「いいえ! チョロいゆんゆんとは違って、私は絶対に説得されませんから! もういっそとんぬらごと爆裂魔法をぶっ放してやりたい気分です!」

 

 とんぬらが宥めようとするのだが、目を真っ赤にして荒ぶるめぐみんは収まらない。

 

「あー、とんぬら?」

 

「何だ兄ちゃん」

 

 ここで話を聞くだけならば、カズマもとんぬらの思うようにやらせてやりたくは思うのだが、めぐみんの気持ちもわからんでもない。

 言葉選びに悩むよう唸ってから、ここは他の冒険者たちを代表し、率直に訊ねた。

 

 

「その猫耳バンドは何なんだ?」

 

 

 色違いだが、以前、めぐみんが邪神ウォルバクと対峙した時の装着したあれと同じものが、とんぬらの頭部につけられていた。

 この質問にとんぬらは、ぽん、と拳で手のひらを叩いて、

 

「そういえば、兄ちゃんには説明したことがなかったな。このご神体をモデルに、かの『賢王』が錬金レシピを考案したという猫耳神社の証は、動物会話もできる優れものなんだ」

 

「騙されてはいけませんよカズマ! これはとんぬらの残念極まる猫耳フェチですから。この男は、ドラゴンを猫娘に変化させたり、ちょくちょくと自分の趣味を入れてきますね!」

 

「おいそれは誤解だと言っているだろ! 完全な人間よりもある程度獣要素が入っている方がドランゴに適応しやすいと見込んでだな」

 

「昔、学校であれだけゆんゆんに猫耳を迫っておいてよく言います」

 

「あれはまあ、若気の至りというか、反省しているんだぞ。今ではそんな無理に強要していないし」

 

「相対するに猫耳が必要だとか私を言葉巧みに騙くらかして、赤っ恥をかかされたことは忘れたことがありません!」

 

「あれも、『怠惰と暴虐を司る女神』ウォルバク様との対話をさせるための俺なりの配慮でな……――とにかく、だ」

 

 こほん、と咳払い。

 

「『猫耳バンド』の効能は確かなんだが、猫以外の動物との会話は倍以上の集中が必要なんだ。あまり他のことに神経を割きたくない」

 

「その魔物が、あなたの好みから外れているからですか」

 

「だからなぁ……とにかく、静かにしててくれ。特にめぐみん」

 

 しかし、あーだこーだとツッコミどころは満載であるものの、魔物はだいぶ大人しくなっていた。とんぬらの対話を望む姿勢が功を奏しているのか、ムンババに襲う気配は見られない。

 

 

「ムフォムフォ」

 

「おお、そうなのですか」

 

「ムッフォムッフォ~」

 

「それは大変でしたな」

 

「ムフムフォ」

 

「ふーむ。そんな脅威がこの近くで反応を……」

 

「ムフォン」

 

「なんと、それを封印する儀式があるのですか?」

 

「ムフォー」

 

「なるほど、御方(おんかた)はそれで封じたのだと」

 

「ムフォ!」

 

「ええ、教えてください」

 

「ムフォ、ムフォ、ムフォム! ムフ、ムフォム!」

 

「ポカ、ポカ、ズマパ! ポテ、ズマパ!」

 

「フォフォ、フォフォ、ムフォム! フォムム、ムフォム!」

 

「ムチョ、ムチョ、ズマパ! ポチャ、ズマパ!」

 

「ブフォ、ブフォ、ムフォム! ムフォ、ブマフォー!」

 

「ズマ ズマ ズマパ! ポカッ……――申し訳ない、最後がちょっと聞き取れませんでした。もう一度お願いします」

 

 

 ……ただ、通訳が欲しかったとギャラリーは思う。切実に。

 傍目から見たら、魔獣と意気投合して、ムフォムフォとダンスをするとんぬらは、発言を濁したいが、『(頭が)大丈夫か?』と言いたくなる。

 

 これに、他の冒険者らも、“エースなら大丈夫”という安心感、もしくはこれ以上変な厄介事に付き合って巻き込まれたくはないと判断してか、駆け出したちの本分であるキャベツ狩りの方へと精を出し始めている。それにカズマもできればそっちの方に混ざりたいと眺めて、その逸らした視界に違和感が――今や戦場となった郊外の草原に不似合いなものが過った。

 冒険者が雄叫びを挙げてキャベツの収穫する中、街の正門よりそれはこちらを真っ直ぐに捉え、それから傍にいたギルド職員の拡声器の魔道具をひったくり、怒鳴るように叫んだ。

 

 

『――何をしているのですか、あなた達は!』

 

 

 それはドネリー家のご令嬢、カレン。

 拡張された叱責(こえ)は、魔獣の前で対峙しているエースらにも届いた。

 

 

『あの手負いの魔物一匹にいったい何を遊んでいるのです? 早くトドメを刺しなさい! それがあなたたち冒険者の義務でしょう!』

 

 

 『ここは危険だから離れて、街の中へ!』とギルド職員らが諫めようとするのだが、それをカレンは手で制し、

 

 

『それとも、この前あれだけ大層なことを仰っていた“エース”が、臆しているの? 魔王軍の幹部を倒したと噂の、『アクセル』の『アークウィザード』とやらはその程度なのかしら?』

 

 

 そんな蔑む物言いに、杖を持っためぐみんの手がピクリと反応する。普段ではこのくらいの煽りを受けても自制を働かしただろうが、今日、いいところなしだっためぐみんは内心焦っていた。

 

「……いいでしょう。私の力、見せてあげましょう」

「っ! 待てめぐみん! 討伐するな!」

 

「とんぬら、そこを離れていてください。さもないと、あなたも巻き込みますよ」

 

 とんぬらが制止を呼びかけるが、爛、とめぐみんの瞳は赤く光る。そして、ドンッ――と己を中心に波紋状に大気を震撼させる紅の魔力の波動を放ちながら、唯一の詠唱を開始する。

 

「光に覆われし漆黒よ。夜を纏いし爆炎よ」

「めぐみん! 今、この聖獣から話を聞いた!」

 

 止まらない。

 

「紅魔の名のもとに原初の崩壊を顕現す」

「コイツはかつてある女神に、その女神をも脅かした魔女の力を封じるために創造された!」

 

 周りも止めようとするが、バチバチと迂闊に寄せ付けさせない静電気じみた魔力圧がそれを許さない。

 

「終焉の王国の地に、力の根源を隠匿せし者。我が前に統べよ!」

「この聖獣を討ってしまえばその封じられた力が魔女に戻ってしまう! だから――」

 

 そして――

 

 

「――『エクスプロージョン』!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 魔獣『ムンババ』へ、その巨体をも一発で灰燼に帰すであろう紅蓮の爆炎が直撃

 

 

 

 

 

 ――せず。

 上空へ、花火のように打ち上げられた爆裂魔法。その余波が上級魔法で展開されていた黒雲を一掃して尚勢い止まらず、地表へ――轟っ! と吹き荒ぶ。この猛烈な煽りを受けた魔獣は盛大に尻餅をついて逆でんぐり返し。丸っこい身体がゴロゴロと後転して彼方まで吹き飛ばされてしまった。

 

「……これで、文句はないでしょう? 件の魔獣は確かに撃退()してみせましたよ」

 

「めぐみんっ!」

 

 よろっと力を使い果たして倒れ掛かっためぐみんを、カズマが咄嗟に支える。

 確かに、撃破する討伐ではないが、街に迫る脅威を追い払ってみせた。――しかし、それで向こうは納得しなかった。

 

 

『何がですか。結局、魔獣一匹討てずに、動けぬ標的から魔法を外してしまうなんて、無様もいいとこ。決めた。あなた方との契約は打ち切り、前金で支払った5000万エリスは返してもらうわ!』

 

 

 もしここにダクネスがいれば、あとで暴力沙汰でしょっ引かれようが構わず、カレンへと手を出していたことだろう。仲間がコケにされたのだ、胸ぐらを掴んで締め上げる図が簡単に想像できる。実際、カズマでもその横暴極まる言い方にはカチンときた。

 けれど、ふらつきながら、顔をこちらから逸らすよう俯きながら、肩を貸しているめぐみんは、そっと脇の服を摘まむ。かすかなほどの力しか入らない、もしくは入れられないながらも、本来なら一番短気で切れやすいはずのめぐみんの制止にカズマは“クソッたれ”とぼやきながらも、立ち止まるしかなくなる。

 『ああ、そんな依頼、端からこっちは願い下げだ』とでも言い返してやろうとしたのだが、そのカズマよりも声を上げたものがいた。

 

 

「――姉ちゃんは格好悪くなんかないよ!」

 

 

 力使い果たしながらも、ぎょっとめぐみんが目を剥いた。

 カレンの罵倒にも伏して耐え忍んでいためぐみんだったが、これは声を上げずにはいられなかった。

 

「こめっこ!? どうして、こめっこが街の外にいるのですか!?」

 

 特別授業から緊急クエスト発生し、こめっこはそのまま屋敷で留守番をしているようにめぐみんに言い聞かされていたはずなのだが、正門前に陣取るギルド職員らの目を盗み、こっそりと街の外へ出て、“エース”である姉の勇姿を自分の目で見に来ていたのである。……お腹にキャベツを一個抱え込んでいるのを見ると、食材ゲットの為とも言えなくもないが。

 

 その思わぬ登場をして、めぐみんだけでなくギルド職員冒険者らを驚かせたこめっこは、そんな周囲のことなど気にも留めず、カレンへと反論する。

 

「構ってちゃんで甘ったれで、それからおこりんぼだけど、姉ちゃんはすごいんだよ」

 

「またこの前の幼児ですか。残念ですけど、今更何を言おうが、私は“おままごと”に付き合ってあげられるほど寛容ではないの。使えないのなら切り捨てるのは当然のこと。ダスティネスのような世間知らずの箱入り令嬢とは違うのよ」

 

 しかしそんな幼い妹の訴えに考え直されることはない。

 それでもめげることはなく、ちょうど、カズマに抱えられながらも急ぎこちらへやってきた姉へと言う。

 

「姉ちゃん! 姉ちゃんなら盗賊団だって捕まえられるよね?」

 

 この真っ直ぐなこめっこの眼差しを受けて、めぐみん。

 逡巡して息を詰まらせる。手紙に()いた見栄(うそ)を鵜呑みにしている妹は期待している。これを前に“できない”などと口が裂けたって言いたくないだろう。

 だから。

 

 

「それは………………………………でき、ません」

 

 

 だから、それは。そのときのめぐみんのその言葉は、口を裂くほどに唇を噛み切って零れた、血染みがついているような吐露だった。

 

「ふんっ、やっぱりそうでしたか。妹へ大法螺を吹くのも大概になさいませ」

 

 結局、引き止められることもなく、本を抱いた貴族令嬢はそう言い捨てて去ってしまった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「とんぬらっ! 大丈夫、怪我はない?」

 

「ああ、威力は相当加減されていたし、負傷していない。だが、心配してきてくれたのはゆんゆんだけか。……まあ、向こうで面倒な揉め事が起こったのは見えていたから薄情だとは言わないでおこうか」

 

 ゆんゆんが駆け付ける先にいるのは、魔獣を吹っ飛ばした爆裂魔法……の巻き添えを食らって退場していたとんぬら。

 あの瞬間、地面に置いていた道具を回収し、杖代わりの鉄扇を手に取ったのだが、間に合わず。しかし同じく大きく飛ばされたとんぬらは、咄嗟に猫のように空中で身を捻って、全身を鋼化。四肢で大地を噛むような姿勢で着地を踏ん張った。魔獣よりも身軽ではあったが、『アストロン』で超重量級に体重を変動できる術があったおかげで、そう遠くまで転がされるようなことはなかった。

 

 それで会話が聴こえるような距離ではないし、『千里眼』に『読唇術』といった便利なスキルを持ち合わせているわけでもない。しかしそれでも遠目で様子を見てその漂う雰囲気で事情は大まかに察することはできた。

 

 これ以上妹と合わせる顔がないというよう、カズマの背から降りためぐみんはこめっこから背を向けて、とぼとぼと歩いていく。

 これをゆんゆんもまた見ており、放っては置けない親友(ライバル)の落ち込んだ様子に、声を落としながらもパートナーへ、

 

「ねぇ、どうにかならない、とんぬら?」

 

「どうにかと言われてもだな……」

 

 こめっこは“エース”である姉ちゃんならきっと『銀髪盗賊団』を捕縛できると期待していた。

 だが、めぐみんは強引にされたとはいえ依頼の『銀髪盗賊団』の捕縛なんてできないと白状してしまった。

 とんぬら個人としても捕まるわけにはいかないのだから、八百長でやられるなんて真似は遠慮したい。

 この無理難題で、再びめぐみんがこめっこの姉として胸を張れるように解決に導くには……

 

「……まだ細部を煮詰めなければならないが。ひとつ、妹さんを納得させる筋書きを思いついた」

 

「本当!」

 

「ただし、その名誉挽回のチャンスをものにできるかは、団長様次第になるだろうな」

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 春風のフルート:ドラクエⅤに登場する重要アイテム。妖精族に伝わる、春風を呼ぶ楽器。妖精がこのフルートを吹けば、世界に春が訪れる。農作物の生育などにも影響を与える。

 小説版の設定では、病的なまでに清廉と純潔を愛し、春や愛と言ったぬくもりを拒絶した『雪の女王』が、世界を凍えらせようと、春を呼び込むに必要なフルートを盗み出している。




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