この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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12.5章
117話


 ――『銀髪盗賊団』。

 かつて我が屋敷にあった神器の聖鎧『アイギス』を奪った盗っ人たち。

 この手配書にも人相が描かれている銀髪の少年、覆面をかぶる男、仮面をつけた男は、たった三人で王城に侵入し、城内の騎士達や腕利きの冒険者を蹴散らした挙句、大胆にも城からいくつか宝物を盗み出したという。

 他にも『アクセル』の前領主だったアルダープを筆頭に貴族連中から不当に徴収した金銭を奪っては貧困層へとばら撒いたりしていることから義賊なんても呼ばれている。

 

 そんな賊たちにかけられていた、二億エリスという魔王軍幹部に次ぐ高額懸賞金が、ある日、取り下げられた。

 

 宝物を盗み出した稀代の悪党を、王城の連中は許すとでも言うのだろうか。

 この報せを耳にして、すぐ確認をしたが、彼の大貴族シンフォニア家のご令嬢は“賞金首を撤回させたのは事実である”としか返答はされなかった。

 あの第一王女に狂信的なシンフォニア家の長女が、忠を捧げる第一王女に害したとも噂される輩に寛大な措置をするとはとても思えない。

 ……一体どんな裏取引があったのか。これは、もしかすると、王族の弱味を握ったのか?

 

 もしそうだとするのなら……この自らの手で捕えてみたい。そして、大貴族さえ無視できぬ“弱味”を我が物にできれば、突然行方不明となったゼーレシルト伯の後釜の選出で都合よく事を運べるだろうし、あのにっくきダスティネス家の体だけが取り柄の女にも――!

 

 そのためには、盗っ人を誘き寄せるためのエサが必要。

 そこで、わざわざ高い金を支払って(最初に提示した額の四分の一まで値切らせたが)闇商人どもから取り寄せたのが、神器の魔本。

 曰く、これを読めば『氷の魔女』にも匹敵する魔道の叡智を極められるとも言われるが、生憎とあまり自分は魔法には縁がない。

 金貸しなんて商売をしているから人に恨みを買われるがそんなのは傭兵を雇えば済む話だ。

 それに、神器というのは選ばれたものにしか力を与えないとも言う。実際、食客のように我が屋敷にいた聖鎧は装備する相手に関してこと細かい注文(趣味嗜好)を付けてきた。そう、私に対して、“残念だけど俺巨乳派なんだ”とお断りをするふざけたヤツだった。きっと奪われたのにあまり未練を覚えていないのはそのせいだろう。

 

 しかし――神器の魔本『魔女の禁書』に、興味がないとは言わない。

 魔法が使えるようになるのなら、使いたいというのは万人の望むことだろう。ドネリー家は特別血統に優れた家柄というわけではない、財力だけで為し上がった成金貴族などとも揶揄される。その陰口を黙らせるだけの箔が手に入るというのならさぞ気持ちがいいだろう。

 

 この神器の魔本は、ニホンゴという古代言語で記されており、これまで誰も読み解けていないというが、神器に選ばれたものであればきっと――!

 

 

 ♢♢♢

 

 

「そういえば、先輩は神器に詳しいんですよね?」

 

 冒険者ギルドに併設された酒場の二階。明確な決まりこそないが駆け出し冒険者たちが控えている。そう、ここに踏み入れるのはベテランのみだという空気があるのだ。

 そんなワンフロアのわいわいがやがやとした賑やかな喧騒から離れている、比較的落ち着いた雰囲気と二階の一角にて、とんぬらは、ここのところ顔を合わせていなかったクリスと、“ある一件”について話し合う極秘の密会の場を設けた。それについては、お互い顔を突き合わせて、苦い笑いを交わし合ったわけで、そんなどうしたらいいものかと煩悶する空気を換気したくこうしてとんぬらは雑談を振ってみた。

 

「どうしたんだい後輩君、君も神器に興味があるの?」

 

「そりゃあ興味ありますよ。特別ほしいわけではありませんが、人が造れるとはとても思えない魔道具ですし」

 

 坊ちゃん勇者の魔剣やお転婆姫様の聖剣、他にも悪魔魔獣を召喚する魔道具、他者と体を入れ替えるネックレス、自らを破壊神に変える古代呪文を封じた巻き物などなどと人智を超越した、とんぬらをしても仕組み構造を分析しても再現し切るのは不可能な代物だ。

 そのとんぬらが見てきた中でも特に印象にあるのは、

 

「聖鎧『アイギス』なんて、一体どうやって創造されたものやら。自意識があり、ああも所有者なしに自分勝手に動ける鎧なんて常識外れですよ」

 

 『エルロード』でも黒魔術師の魂を封じた指輪なんてものがあったが、聖鎧は何か余所者に憑依されているわけではなく、元々鎧自体に意志が宿っていたような感じであった。

 近いというのなら、『賢王』の最後の作品とも言えるであろう自律した意志をもった絡繰り兵(ゴーレム)エリーがそうだろうか。

 

「神器というのは力を引き出す所有者を選定する特性がありますが、つまりそれは『アイギス』のように意志がある物なんでしょうか」

 

「うーん、『アイギス』程自由なのはあまりないと思うよ。一応、『アイギス』は上位の神器だし。ただまあ、後輩君の思うように意思はあるんじゃないかな」

 

「そうだとしたら、その所有者を神器が乗っ取って悪さをしてしまう、いわゆる呪われた魔道具みたいなこともありうるんですかね」

 

「それは流石にないと思いたいなあ。ほら、神器は女神様が賜ったとも言われるものなんだし、神器にも使命感を秘めていたり。……中には個性的なのもいるけど、でも! きっといい子たちばかりだよ!」

 

「それはどうなんでしょうか」

 

 後輩として先輩が拳を作って力強く演説するのに反対意見を入れたくないのだが、とんぬらは先日、神々に反抗する輩を見知った。

 

「この前、仕えていた神様に逆らった堕天使と遭遇したんですが、かなり不満をぶちまけられましたよ。“俺達天使は散々神々にこき使われてきた!”とか」

 

「え、そ、そうなの……」

 

 クリス先輩の顔が引き攣る。なんだか責任を感じているようだが。

 

「ええ、かなり不満が溜まっている感じでした。アクア様から教えてもらった“エリス様の胸はパッド入り”という情報を知ったら、今度女神エリスに会ったら胸に詰め物をした偽乳をバカにしてやろうと言うくらいで」

「――ねぇ、後輩君、その堕天使どこにいるの? ちょっと私の前に連れてきてくれない?」

 

 にっこりと笑いかけながらドスの利いた声を出すクリス先輩にとんぬら怯む。

 

「いや、その堕天使はもう退治されたというか天に召されたというか」

 

 堕天使でもこういうのは昇天されたことになるのだろうか。

 

「だから、先輩、先輩が熱心なエリス教徒なのはわかっていますが、ここは怒りを納めて」

 

「あのね、後輩君、私が……あたしは決してエリス様がパッド入りと馬鹿にされたのを怒ってるわけじゃないからねっ! ただ神に反抗するだけならいざ知らず人に迷惑をかけようと言うのが許せないだけで……」

 

 カッカした先輩に話題の選択を失敗してしまったかと反省したとんぬらは、先輩の好物のクリムゾンビアを注文して、差し出す。後輩からのジョッキを無言で受け取り、グイッと仰いでクールダウンしたところで、

 

「まあ、どこの神に仕えていた天使かは知らないけど、もしあたしがその神だったら、そんな堕天使になって反抗されるくらいブラックな労働条件は課してない――うん、課さないからね。だから、大丈夫、なはず……」

 

「個人的には、わりと先輩の後輩使いは無茶ぶりが多いというか」

 

「な・に・か・な、後輩君?」

 

「いえ、何でもございません。先輩が女神様ならきっと素晴らしく仕え甲斐のあるお方になるでしょうとも」

 

 このやたら畏まった返答に、まったく、と鼻を鳴らし、もう一度少しクリムゾンビアを煽ってから、先輩は指を立てて言う。

 

「いい? 後輩君はグレちゃダメだからね。……うん、何か態度とか不満があるなら言ってくれれば、見直すよ私は」

 

 説教されるのだが、強引に言い聞かすのではなく、こちらに寄り添おうとしてくれる様に、とんぬらはくすりと笑みがこぼれそうになるのを仮面の下で堪えつつ、

 

「いいえ、先輩が女神様ならきっと素晴らしい女神様なのだろうなと本心から思ってますよ」

 

「そ、そう? それならいいよ後輩君」

 

 それからクリス先輩は機嫌よくクリムゾンビアを飲み、お返しにととんぬらにもシュワシュワ一杯を奢ってくれた。

 

「……それで、話を戻すんですが、天使の中にも堕天使が出るように、もしも神器に意志があるのなら、時間の経過で初期の使命から変異して、神様の意向から反抗する神器というのもあるんじゃないかとふと思ったんです」

 

「なるほど」

 

「まあ、俺の考え過ぎなのかもしれませんが」

 

「そうだね……。うん。ない、とは言い切れないね」

 

 凪いだ面持ちでまだ少し残ったクリムゾンビアの液面を覗きながらクリス先輩は答えてくれた。明確な答えではない、きっとこの神器に詳しい先輩が知りうる中ではないのだろうが、可能性は捨てきれないと言ったところなのだろう。

 

「でも、それなら逆のことも言えるんじゃないかな後輩君」

 

「え?」

 

「もしも神器が所有した人のことを気に入ってくれて、その人の力になって応えたいと神器自らの意思で思ってくれたのなら、その神器を授けた神様の想像を裏切ってくれるくらいすごい奇跡を起こすかもしれない、ってことだよ」

 

 ジョッキをまるで手を組んで祈るように両手で持ちながら、先輩は微笑みかける。そして、おまじないを掛けるようにロマンのある文句を口ずさむ。

 

「神様の恩恵だという君の魔法もそうかもしれないね」

 

「なるほど。それは卓見です先輩」

 

 神器というのは単に形のある物だけに非ず。

 初代から代々途絶えることなく一子相伝で継いできたこの奇跡魔法にも意志があるのなら、それはずっと神主一族のことを見守ってきてくれたのかもしれない。

 

「先輩、神器を大切にしてくれる人へ渡る手助けをするのは神器の為にも良いことなんですね」

 

「うんうん。そうだよ、後輩君」

 

「……はい、自分たちのする仕事の意義について再確認したところで、今回のことはどうしましょう」

 

「うんうん。どうしようか、後輩君」

 

 といい感じに話を締めくくったところで話を本題に戻した。

 

「……先輩、団長は、支援するべき『銀髪盗賊団』の方々に個人的な都合で手間を掛けさせるのは大変心苦しいそうですが、しかし将来有望な団員になるであろう妹のためにも、自分たち『銀髪盗賊団』の下部組織の下っ端団員にどうにかして『銀髪盗賊団』と渡りをつけられるよう各自全力を尽くせとお達しが出されました。特に情報屋で盗賊、しかも『銀髪盗賊団』について誰よりも知っていると以前豪語したことのあるクリス先輩の働きには期待しているようです」

 

「ねぇ、これってさあ、後輩君もグルであたしのことからかっているわけじゃないんだよね?」

 

「ツッコみたい気持ちは大変よくわかりますが、違います。真剣(マジ)ですよ団長は」

 

「真剣かぁ~……」

 

 くたっと机に突っ伏すクリス先輩。ステータスは『アクセル』随一の成り上がり者な兄ちゃん以上の幸運だというのに何でこんなわけのわからない事態に見舞われるのだろうかと思い悩んでいるのだろう。

 

「そういえば、ファンクラブでは俺の方が先に入っていますから先輩よりも先輩なんですよね。つまり、先輩は後輩でもある」

「後輩君?」

「――わけはなくて、先輩はどこでも俺の中では先輩であることに変わりません」

 

 おっと話が横道にそれた。

 

「別に会うのはいいんだよあたしは。顔とかしっかりバレないように隠すわけなんだし」

 

「ですけど、呼んだら来てくれた、なんてあまり簡単に会えちゃうと、逆にガッカリされちゃうかもしれません。紅魔族的な感性から言わせてもらうと、もっと遭遇率の低いレアモンスターみたいな感じな方が喜ばれますよ」

 

「めんどいね君たち」

 

「紅魔族は面倒なくらい演出には凝り性ですので」

 

 だけど、サンタクロースという親が冬季限定に化ける怪人の話のように、時と場所を大事にせねば子供の夢を壊してしまうこともありうる。

 先輩も呆れつつも、その辺りの配慮には理解を示してくれているようで、頭を捻ってウンウン唸る。

 

「うーん、義賊と自然な感じで会うシチュエーションかあ……」

 

「先輩。ここはこの前みたいに、神器回収に赴く前にばったり出くわした演出が良いんじゃないんですか。めぐみんに、神器の情報を教えてその近くに張り込ませればそれに近い状況になると思いますよ」

 

「あー、あれね。でも残念ながら、今のところ神器の情報で確定されているのがないんだよ。魔本の神器がブラックマーケットで流されているというのは、チラッと耳にしたけど」

 

「ですよね、そんな都合よく神器の所在が明らかになる話が転がり込んでくるはずがありませんよねー」

 

 はははー、と笑って、一緒に酒を煽るとんぬらとクリス。

 もうネタバレした方がいいんじゃないという冗談をどちらかが口に出しそうな、半ばやけっぱちになりかける――そんな時だった。

 見知った男女二人の冒険者が冒険者ギルドに入ってきて、

 

 

「――ちょっと聞いてくれ。実は皆に頼みたいことがあるんだよ」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「――こめっこ。……実はあなたに大事な話があります」

 

 実家へ送っていた手紙の内容を、少し……盛っていた。

 これは、親元を離れて心配する両親を安心させるため、自分がちゃんと生活できていると思わせるためである。あまり親に心配をかけると迎えに来るかもしれない。

 けど、そのおかげで妹は、『冒険者ギルドではみんなが姉ちゃんに憧れてて、姉ちゃんを一目見ただけで敬語を使って頭を下げる』と思い込んでしまっていた。

 

 これは姉の威厳的にもまずい。

 だけど、こんなウソはすぐばれるだろうし、本当のことを白状した方がすっきりする。

 そもそも手紙で活躍を誇張して報告したのは両親を安心させるためだ。そして、今ではもう皆で屋敷を構え、大袈裟でも何でもなくちゃんと大活躍している。だから今更連れ戻されることはないだろうし、妹にがっかりされるだろうけどちゃんと打ち明けよう――そう、一晩を考えて決めた。

 

「明日食べさせてくれるって約束してた、洗面器プリンは出ない……?」

 

「そんなしょうもない話ではありません、プリンは出ますよ! それよりももっと大事な事です!」

 

 昔とは違って両親は安定した稼ぎを得ているし今ではちゃんとした食事がとれているはずなのだが、妹の食い意地は変わっていなかった。こっちが真剣な顔をしたら食べ物のことだと思ってしまうとは肩の力が抜けてしまうというか。

 再度、気を引き締め直して、

 

「こめっこ。私達は、この街においてとてもすごい冒険者パーティであると手紙に書きましたね?」

 

「うん。姉ちゃんはどんなモンスターも一撃でやっつける凄い魔法使いで、街の冒険者たちにとても尊敬されてて……」

 

「そう。その部分なのですが……」

 

「それで金髪のお姉ちゃんは、どんなモンスターが相手でも絶対に逃げないうえに、どんな攻撃にも耐える頼りがいのあるカッコイイ『クルセイダー』で」

 

 ピクリとダクネスが反応。

 

「青髪のお姉ちゃんはどんな悪魔やアンデッドにも負けない、死んだ人すら生き返らせられる女神様みたいな『アークプリースト』で」

 

 ピクリとアクアが反応。

 

「姉ちゃんの男は運が良くて賢くて色んな強敵を倒したすごい人で、口ではめんどくさいと嫌がるけど、仲間が本当に困った時はほっとけない、すごく優し」

 

 ピクピクッと反応するカズマが耳を大きくしたが、即座にこめっこの口を塞いだ。

 

「こめっこ、一々口に出さなくていいんです! というか、実はそのことについての話なのですが……」

 

 みんなの反応に顔が熱くなってくるが、努めて冷静にこめっこに言い聞かす。

 

「あれね、さすがはめぐみんね。女神様みたいな、じゃなくて本物の女神様なんだけどわかってるじゃないの。ええ、あなたのお姉ちゃんが言ってることはウソじゃないわ」

「う、うむ。まさかめぐみんがそのように思ってくれていたとは驚きだが、まあウソではないな。ふ、ふふっ……。頼りがいのあるカッコイイ『クルセイダー』か……」

 

 と口元を緩めまくるアクアと、口をにやけさせたダクネス。

 

「な、なんですか二人とも!? いえ、違うんですこめっこ! 私が言っていたその話なのですが……!」

 

 二人の印象操作が固まってしまう前に早く修正を図らねば……!

 なのに、カズマが、

 

「大体合ってる」

 

 ………

 ………

 ………

 

 と余計にややこしくなっている。

 もう妹に呆れられる覚悟でちゃんと打ち明けようとしたのに、仲間たちが待ったをかけてきた。

 

「まあ落ち着けめぐみん。というかさっきのこめっこの説明だが、別段どこもおかしくないんじゃないかな? まあ、ほんのちょっぴり誇張もあった気もするが、誤差の範囲だ」

「そうね、まあほんのちょっぴりだけね。ていうか手紙では伝わりにくいことだってあるし、誤差とすら言えないんじゃないかしら」

 

 カズマとアクアは正論ぶった調子でこちらを宥め、それからこめっこが迷子にならないよう手を繋ぐダクネスは上機嫌で、

 

「金髪のお姉ちゃんはとても力があって、破壊神の攻撃にも耐えるほどすごいの? 大悪魔に取り憑かれても乗っ取られないぐらい強いの?」

 

「ああ、確かにそんなこともあったな。うん、まあ、うん……。まったく、めぐみんはそんなことまで書いたのか。まあ事実なのだがな」

 

「かっこいい!」

 

 縁の下の力持ちとパーティを支えているのにあまり活躍が目立たないダクネスはあまり人に褒められ慣れてはいないのだ。いつも爆裂魔法で美味しいとこ取りさせてもらって目立っているめぐみんとしては、これは止めづらくて。

 

「ねぇ、私は? 私のことをもっと教えてちょうだい?」

 

 同じく、人に褒められ慣れていないアクアもダクネスのようにこめっこから手紙の内容を聞き出そうとしている。

 もう手紙の暴露に関しては諦めた。恥ずかしいけど、手紙に書いているのはまったくの嘘ではない。……ただひとりを除いて、だけど。

 

 やはりこれは……に会う前に……しかし、そうなるとこめっこが……かもしれませんし……。

 そうこう悩んでいる内に流されてしまい、アクアとダクネスにこめっこを任せて、一足先に出向いた冒険者ギルドにてカズマが事情を説明してしまっていた。

 

 現在、妹のこめっこが屋敷に滞在しており、自分たちの活躍が色々と誇張されて伝わっていること。

 この『アクセル』の街では自分(めぐみん)が一目置かれており、冒険者たちからは尊敬の対象になっていることなど。

 

「話を合わせてくれるだけでいいんだ。その代わりと言っちゃなんだけど、めぐみんの妹が滞在してる間、皆の飲み代くらいは任せてくれ、俺の奢りだ。アホなことをさせて悪いとは思ってる。でも、どうか頼むよ」

 

 カ、カズマ……!

 ギルドの入口にて、皆に頭を下げるカズマ。

 奢りという単語に何人かが目を輝かせてくれたが、しかし子供相手にウソをつくのを躊躇うのも多い。

 それに、こんな仲間の頭を下げさせてまで貫きたいウソじゃあない。

 

「私のためにそこまでしてくれなくていいですよ。やっぱりこめっこには、もう素直に打ち明けましょう。姉としての威厳なんかより、カズマが恥ずかしい思いをしないことの方が大事ですから。皆も、今のは聞かなかったことにしてください。変なことに巻き込みそうになって、すみませんでした」

 

 カズマに揃って、帽子を脱いで頭を下げる。

 すると、冒険者の皆が……

 

「水臭いこと言うなよめぐみん。俺は話を合わせても構わないぜ。カズマには何だかんだで奢ってもらったりしたからな」

「そういえばあたしもこの街に来たばかりの頃、カズマさんに助けてもらったことがあったわね。ご飯を奢ってもらいながら、冒険者の心得を教えてもらったっけ。借りを返すならちょうどいいわね」

「ま、確かにカズマたちは魔王の幹部を倒しているエースを名乗るには十分な実績はあるわけだしな。別に大袈裟ってわけでもねえよ。めぐみんに敬語、だったか? いいぜ、そのぐらい」

 

 新人から顔見知りの古参の冒険者達が笑ってそう言ってくれるのに、涙腺がウルッと刺激された。

 

 仲間ではありませんが、彼らと同じ街で冒険者ができる私は幸せ者です。

 

「あの……。ありがとうございます。でも私のちっぽけな見栄のために、そこまで言ってくれる皆にウソをつかせるのは心苦しいです」

 

 そう、だからこそ、だ。

 実力で勝ち取る“エース”の看板を、皆の同情で名乗れようとも、背負えない。自分たち冒険者の上に立たせる以上、認めざるを得ない相手でなければ相応しくない――

 

「なので、その気持ちだけで……」

「ほら、ここが『アクセル』の冒険者ギルドよ!」

 

 改めて、皆の配慮を辞そうと決意したそのタイミングで、やってきてしまった。

 

「駆け出し冒険者の街だから皆レベルも低くて弱っちそうだけど、物欲しそうにウロウロしてるとおつまみをくれたりお酒を奢ってくれたりする、やさしい冒険者が多いのよ!」

 

「でも姉ちゃんは、この街の冒険者はすごいんだって言ってたよ」

 

 アクアを先頭とした第二陣、ダクネスに手を引かれるこめっこがアクアに負けないくらいの大声で、

 

「魔王の幹部のベルディアにも、『デストロイヤー』にも逃げずに向かって行った、すごく勇気のあるカッコイイ人たちだって!」

 

 そんなセリフを屈託のない満面の笑みで言い放つこめっこに、冒険者たちの反応は、

 

「そ、そうかい? まあすごいのかもな。他の街の冒険者なら逃げだしてただろうしな。でもお前の姉ちゃんはもっと凄いからな!」

「すごいね!」

 

「まあ、あたしたちはレベル自体は低いけど? でも冒険者の心意気って奴じゃ、他のとこの冒険者よりも上かもね? まあそんなあたしたちも、めぐみんさんには敵わないけど!」

「かっこいい!」

 

 ちょっ!?

 こめっこが放つキラキラとした憧れの眼差しを受けて、冒険者たちの相好は一発で崩れかかり、満更でもない調子で次から次へと武勇伝をリレーしていく。これはもうこちら(めぐみん)の止めるのも間に合わない勢いで。

 

「めぐみんさんの言うことは何も間違っちゃいねえよお嬢ちゃん。この街の冒険者は勇敢なんだ。俺なんざベルディアの野郎に突っ込んでいって殺されたもんさ、へへっ、街と恩人を守るためとは言え、あれは我ながら無謀だったな……。まあ、めぐみんさんの無鉄砲さには負けるがな。お前の姉ちゃんはあのベルディアと一人で対峙したんだぜ」

「世界中の国々に恐れられた『デストロイヤー』が『アクセル』に来るって言われたときは、流石の俺でも思わず震えが来たもんだ。でもその時思ったんだよ。散々世話になったこの街を、絶対に守ってみせるってな。ま、そんな『デストロイヤー』も、めぐみんさんの爆裂魔法の前に敗れ去ったんだがな。ああ、ちなみにそん時の戦いでついたのがこの額の傷だ……」

 

 みんなこぞって、かわるがわるこめっこに話をしていく。周りもそれに合わせて、うんうんと深く相槌を打つ。

 そして、こめっこが無邪気に絶賛する。

 

 

「姉ちゃんもみんなも、とってもすごいね!」

 

 

 こうして、魔性の妹はあっという間にこのギルドに屯っていた冒険者たちを陥落させてみせたのであった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「ほら嬢ちゃん、これも食べな。『アクセル』名物カエルの唐揚げだ」

「バカね、子供はハンバーグの方が好きに決まってるでしょ? ほら、こっちのカエルハンバーグを食べると良いよ」

 

「両方食べる!」

 

 幼くも賢い、百点満点な人誑しを発揮する魔性の妹こめっこ。口いっぱいに食べ物を入れてリスのように頬を膨らませながらも、サービスを欠かさない満面の笑みの前では強面の冒険者さえメロメロだ。妹の魔性に堕ちなかったのは、めぐみんが知る限り、たった一人しかいない。

 あれからギルド中央の机を貸し切って、皆からご飯を奢ってもらう妹の姿にめぐみんは末恐ろしさと、将来男を誑かす悪女にならないか心配になってくる。

 

「これなら大丈夫そうじゃないかめぐみん。皆もこめっこの気に入ってくれてるみたいだし」

 

「……ええ。はい、我が妹ながら魔性の誑しっぷりに戦慄するとこですが……」

 

 あまり反応が芳しくない様子のめぐみん。

 これにカズマは訝しむ。最初ウソをつくことに遠慮があったにしても、ここまで来ても引け気味な態度。その表情は色々と“やらかした”時のものと重なって見えて……

 

「なあ、めぐみん。もしかして、なんか他にやっちまってたりすんのか?」

 

「その……カズマ、誇張してるところもありますが、私は妹個人へ宛てた手紙の評にウソを書いたつもりはありません」

 

 こっそりと確認すれば、めぐみんは言い難そうにしながらも答えてくれた。

 

「ですが、ひとつだけ……私の見栄とかとは別の理由で、こめっこに吐いてしまっているウソがあるんです」

 

 しかし、それを打ち明ける前に、またギルドに新たな闖入者が登場した。

 

 

「ごめんあそばせ。クエストを依頼するにはこのギルドで受け付ければよろしいんですのよね?」

 

 

 こめっこの人気で盛り上がるギルドに、猥雑な冒険者たちとは明らかに別世界の人間だと一目でわかる、ドレスに着飾った、そして図鑑のような大きな本を抱えた女性が使用人と思しき男を引き連れて現れた。

 

「む。この声はまさか……!」

 

 それはカズマたちとあまり年の変わらない、ちょうどダクネスと同じくらいの女性。

 日除けのつばの広い大きな帽子に目元に陰がかかり、それからまるでこの場の空気を吸うのを厭うように装飾された扇子を口鼻に当てていて、その人相は隠れている。こめっこを中心に集まる冒険者を一瞥するや、ふんと鼻を鳴らし、

 

「どうして、冒険者ギルドに子供が? この街にいるのが低レベルの駆け出しなのは知っていたけれども。いつからこんな保育所に成り下がるまで格が落ちてしまっているのかしら?」

 

 カチン、と来る物言い。こめっこのべた褒めとは真逆なその態度にむかつきを覚えた冒険者も多いだろうが、そこは幼い子供(こめっこ)がいる手前、自制心が働いた。罵詈雑言を呑み込んで、口をへの字に。

 そして、いざこざに発展する前に事態の収拾を図ろうと営業スマイルを浮かべたギルドの受付嬢が慌てて駆け付けてくる。

 

「ようこそ、いらっしゃいませ。本日は『アクセル』の冒険者ギルドに何かご依頼でしょうか?」

 

「ええ、そうよ。ひとつ、クエストを発注したくて」

「一体何の用だ、カレン」

 

 おっと声を上げるカズマ。

 いつの間にダクネスがあの女性の前に出ていた。

 

「貴様が依頼など……一体どんな裏があるんだ?」

 

 礼儀に関して人一倍気にする貴族のご令嬢が、ああも割って入るのは珍しい。目を丸くするカズマたちの前で、二人は視線をぶつけて火花を散らす。うすら寒くなる微笑みを添えて。

 

「あら、ダスティネス様が冒険者の真似事をしているとの噂は本当だったのですか。家柄だけが取り柄の、お金のない家の方は何かと大変ですねえ」

 

「ほう、これはまた面白いことを言うな。流石は金で成りあがった貴族なだけはあり、礼儀と慎みを知らぬと見える。金のためなら体でも売りそうな、名も軽ければ責任もない成り上がりと違い、重鎮である当家には貴族の義務というものがあるのでな。こうして、身体を張って庶民の盾となっているのだ」

 

 女性の厭味を含んだ言葉に、ダクネスはゆったりと背を伸ばし、優雅さと威厳を放ちながら微笑み返した。いつもと違うその様にカズマは、なにこれ怖い、と若干恐れおののく感想を抱く。相手は目元が見えないのだが、きっと今のダクネスと同じようにちっとも目が笑っていないだろう。

 

「あらあら、流石はダスティネス様。その貴族の義務とやらのため、社交界で何度も同じドレスを着回すほど困窮なされるとは感動いたしましたわ。私のお古でよろしければ、何着かドレスをお持ちになってはいかがですか?」

 

「流石毎回ドレスを使い捨てにする家は、体形だけではなく心意気までも太っ腹だが、あれは金がないわけではなく、母の着ていたドレスを好んできているだけなのでお構いなく。それに……貴公のお古のドレスとなると……。……胸回りがどうやっても入らないだろうし」

 

 パシンと優雅に口元に添えていた扇子が閉じる。

 

「もう一度言ってごらんなさいな、身体だけが取り柄のダスティネス! 殿方は私のようなスレンダーな方が好みなのよ!!」

 

「ほう、たまに出席する社交界では貴公より私の方が殿方の視線を集めているようだが、アレは気のせいか? 胸回りが大きくなるたびにドレスを直すのが大変でなあ。ドネリー殿も、毎回ドレスを買い替えているのはそれが理由なのだろう? ああ、重い重い……。冒険者をやって鍛えてなければ、重くてとても支えきれないな」

 

「こ、この女!」

 

 歯軋りする女性と、困ったようにわざとらしく眉を寄せるダクネス。あの男をひっかけるにも商売女扱いされるくらい不器用なダクネスとは思えない挑発に、カズマたちだけでなく、他の冒険者らも丸くした目を更に大きく瞠る。

 まだかろうじてあった“お淑やかな貴族のご令嬢”なる肩書が消え失せてしまいそうだ。

 よし、これは後で揶揄おう。ダクネスの苦手な部類の辱めとなるだろう。

 

「ドネリー殿はこれを羨ましそうに見ているが、大きくても良いことなどないのだぞ? 重いし肩が凝る上に、着られる服も限られてくる。鎧も特注品にしなければならず、殿方の視線も――」

「そうやって、身体を張るのがダスティネスのやり方なのかしら?」

 

 しかし、貴族の駆け引きができるのは向こうも同じ。

 女性はダクネス、その隣の看板受付嬢のルナ――ダクネスに負けず劣らず豊満な胸部装甲をお持ちな彼女にも親の仇を見るような眼差しを向ける。その視線に勘付いたルナがふるふる手を振って“私は巻き込まないで”アピールをするのだが、女性はまた大きく鼻を鳴らし、

 

「ああ、そういえばギルドと手を組んで冒険者たちから大金を巻き上げたようですわね。清廉潔白のダスティネスがそのようなことをするなんて私驚きでしたわ」

 

 ぐぬぅっ……と今度はダクネスが歯軋りして押し黙る番。

 痛い所を突かれたか、だけどこの一件に罪悪感を抱えているダクネスは言い返せずに、その反応を見て、女性は口元に扇子を当てつつ、

 

「その無駄に育った胸で男共を誘惑したのでしょうか? 先程、私に体を売るなどとおっしゃいましたが、それはどちらの台詞なのでしょうねぇ? 今さっきの態度なんてまるで商売女でしたわよ」

 

「カレン……!」

 

「うん。『私の方が殿方の視線を集めているわけだが』だったか? なんだよ、お前社交界ではそんな視線にさらされてまんざらでもなかったんだな」

 

「ち、ちが……! そうではない、ああいった場ではそういう視線を使った貴族の駆け引き的なものもあって……というか、カズマはどっちの味方なんだ!?」

 

「そうですね、あんなに挑発的なダクネスは初めて見ました。なるほど、私達が知らないだけであんなこともできたのですね。なんでしたっけ、『ああ、重い重い……。冒険者をやって鍛えてなければ、重くてとても支えきれないな』でしたか。また随分と自信満々な顔でしたよ」

 

「めぐみんまで……」

 

 カズマに続いて、めぐみんにまで追い打ちをかけられたダクネスは顔を赤くして俯いてしまう。そんな仲間たちにいいようにやられてしまうダクネスを見て、女性も留飲を下げたように息を吐くと、ダクネスから視線を切り、

 

「こほん。今日、この駆け出しの街のギルドへわざわざ出向いたのは、ここにいるあなた方に一つクエストを依頼したいからですわ」

 

 そう高らかにいう女性だが、冒険者達の反応はあまり芳しくない。

 駆け出し冒険者達にも意地がある。ただでさえ、前の領主が悪徳貴族で苦しめられてきたのだ。庶民冒険者たちに貴族は反感を買っているというのに、こんな偉そうな依頼人のクエストは誰も受けたがらないだろう。

 

「以前、紅魔族の里で有名な、腕のいい占い師が、この『アクセル』の街を拠点にしていると占った『銀髪盗賊団』を捕まえてきてほしいのです」

 

 ぎくりとカズマの肩が不自然に跳ねたが、幸いなことに誰にも気づかれなかった。

 

「あの……ギルドでも『銀髪盗賊団』の捕縛クエストを発注していましたが、彼らにかけられていた賞金が取り下げられて、すでに依頼も取り消されているのですが……」

 

「ええ、わかっております……――出しなさい」

 

 ギルド職員のお姉さんが遠慮がちながらそう告げれば、その応答を事前に来るとわかっていた女性は、傍についていた使用人に、持って来させていた大きな革袋を掲げさせた。

 

 ……あれは億エリス単位の貨幣が詰まっている!

 これまで何度か報奨金を頂いてきたので、カズマは袋の大小で大体の中身を察せられるようになった。

 そして、その革袋が三つ、用意されている。

 

 

「ですから、お金ならこの通り、私が支払いましょう。――『銀髪盗賊団』、その団員一人につき一億エリスのクエストを出しますわ!」

 

「私、捕まえます!」

 

 

 と、冒険者たちの誰もがすぐに反応するに戸惑った事態に、躊躇せず挙手したのは、幼い少女だった。

 

「こめっこ!?」

 

 目先の欲に目が眩み易い、大変素直な性格をしている妹にめぐみんが声を上げる。

 さっきまで難しい話となったと空気を読んだのか、食事でもぐもぐと口を動かすことに集中していたこめっこだが、一億エリスというところで敏感に耳が動いた。

 この真っ先に反応してくれたこめっこに、女性も気づくのだが、流石に幼女相手では調子が崩れるようで、

 

「あのね、お嬢ちゃん。これは冒険者たちに依頼しているの。あなたのような子供に盗賊が捕まえられるはずがないでしょう?」

 

「でも、姉ちゃんが『銀髪盗賊団』に会わせてくれるって言ってくれた」

 

 こめっこの言葉にダクネスがカズマを見る。カズマは首を振って、めぐみんを見る。ダクネスも釣られて、それからなんとなくアクアも釣られ……それでドミノ倒しのように連鎖してやがて他の冒険者たちからも視線を集めることになっためぐみんは、たじろぐよう一歩後退ってしまう。

 

「あら、あなた、『銀髪盗賊団』と何か関わりがあるのかしら?」

 

「あ、いえ、その……私は別に……彼らとは偶然に顔合わせしたくらいで」

「うん! 姉ちゃんは『銀髪盗賊団』に負けないぐらいすごいよ! だって、『アクセル』のエースなんだから!」

 

 ここぞとばかりにこめっこは姉を追い詰め(セールスし)ていく。

 

「エース? 確かこの街で有名なのはあの『宮廷道化師』だったと聴いていたのだけど……」

 

「悪徳領主を懲らしめたり、砦で皆を仕切る軍師をしたり、子供たちに魔法を教える先生もしていて、この街のみんなから尊敬されてるんだ、って姉ちゃんからの手紙に書いてあったよ!」

 

 …………。

 冒険者たちにギルド職員に酒場の女給、そして、仲間たちからも。

 ギルド中から向けられる物問いたげな眼差しに押し込められたようにめぐみんの身体が縮こまっていく。その反応で()()()()()()()()ウソではないと全員が察した。

 カズマも、最初は単に活躍を大袈裟に誇張しただけだと思っていたが、これはまるで……

 

 して、こめっこの押し売り文句を受けて、この街の事情にあまり詳しくはないのか依頼人の女性は、めぐみん、それからカズマとアクア(ダクネスは意図的に無視された)へ、にこりと笑顔で、

 

「そう……でしたら、是非ともめぐみん様方に依頼を受けてもらいたいわ。もしも受けてくださるのなら、5000万エリスの前金を用意いたしましょう」

 

「わかりました」

 

 とまたお構いなしに迅速な反応をしてくれる妹。――そして、この展開をよしと目論む女性。

 針の筵なめぐみんと、めぐみんへと暗黙の追及を行っていたカズマたちはこれに反応が遅れてしまい、トントン拍子で話が進んでいってしまった。

 

「助かりますわ。実はここに『銀髪盗賊団』が狙うであろう神器の魔本を用意しておりまして、こうして肌身離さず持ち歩いているのだけど、いつ盗賊に狙われるのか心配で心配で」

 

「姉ちゃんがいればきっと大丈夫です」

 

「じゃあ、これ前金ね」

「ちょ!? 待ってください、私は受けるとは一言も! こらっ! こめっこ、今受け取ったお金を返しなさい!」

 

 めぐみんが慌てて辞そうとするのだが、前金の金貨袋をポンと受け取ったこめっこは革袋をお腹に抱えて逃げていってしまい、結局、女性がギルドを出ていってしまう前に前金を返すことができなかった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

(昔にめぐみんも、女悪魔(アーネス)が対価として支払うつもりで差し出した銀貨袋を(ひろ)ったことがあったが、こめっこもまた姉妹で似たようなことを……)

 

 深く溜息を吐く。

 あの女性……ドネリー・カレンは、主に金融業を営むことでそこそこ名の知れてる貴族。金銭的な取引をしてしまっては、後の祭り。ダクネスが働きかけようにも最終的には、依頼を受けざるを得なくなるだろう。

 

「……先輩、団長の妹は逞しいですよ。あれは大物になります。同時に将来が不安になってきますが」

 

「ねぇ、後輩君。あたし、あの子の前に出るのちょっと遠慮したくなってきたんだけど」

 

 少しでも正体がバレないようなるべく顔合わせは避けようと先輩後輩で話がまとまっていた。義賊な先輩の『潜伏』スキルを働かせてもらって彼女らが去るまで息を潜めていようと思っていた。

 しかし、この二階にまで聴こえてくる会話に二人は揃って頭を抱える。

 どうやら、顔合わせの場は勝手にセッティングされたみたいだけど、難易度というか事態の難解さは跳ね上がった。

 

(しかも、義賊以外にも面倒なことがありそうだし。それも俺も関わっているなこれ……)

 

 はあ、とまた一度溜息を吐いて、つい訊ねる。

 

「ひょっとして女神様というのはこういう波乱万丈なのがお好みなんでしょうか先輩?」

 

「それをあたしに訊いてくるの後輩君」

 

 さて――。

 お魚咥えたドラ猫のようについにギルドの外へと逃げ出してしまった革袋抱えた妹を追って、めぐみんたちも出て言ったのを見計らい、クリス先輩と繋いでいた手を離すとんぬら。

 

「何をする気なのかな?」

 

「別に無粋な真似をする気はさらさらありませんよ。ただ俺からも“『アクセル』のエース様”の根回しをしておいた方がいいみたいなので」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 捕まえたこめっこから取り上げた革袋……5000万エリスの前金をできれば返却(アクアが駄々捏ねたが)しようと、ダクネスがドネリー家の屋敷、もしくは系列の金融業の経営店へと向かった。こめっこは屋敷へ連れ帰ると、アクアと一緒にゼル帝とちょむすけの世話()を任せて……

 それで、めぐみんと二人きりになったところで、カズマは、詳しく、問い質す。

 

「で?」

 

「違うのです」

 

「それ二回目だな」

 

「聞いてください、これには深い事情があるんです」

 

 素早くその場に正座するとまず否定から入ってきた。一回目――こめっこに皆に尊敬される姉像――もそうだったが、何が違うのかわからないが、どんな言い訳が飛び出すのか聞いてみると、小さな声でボソボソと、

 

「実はこめっこが……。…………です」

 

「ん?」

 

 よく聴こえず首を捻る。

 

「こめっこが…………とんぬらの……になりたいと」

 

「んん?」

 

 まだ聴こえず首を更に捻る。

 

「こめっこがとんぬらの“愛人”になりたいと言ったんです」

 

「んんー??」

 

 聴こえたんだけど理解できなかったので首を捻ったが、そこが限界だった。

 

「ですから、こめっこがとんぬらに懐いているんです! 将来、結婚したいと言うくらいに!」

 

 魔性の妹の姉はやけっぱちに語る。

 かつて紅魔の里へ帰郷した際のことだ。とんぬらが父ひょいざぶろーと口論の末、その家庭(食卓)事情を改善させたのだそうだ。

 めぐみんもあまり関知していないその一件で、元々学校時代からとんぬらを気に入っていたのか、こめっこは愛人宣言までするくらい好感度を上げたようで、

 

「このままではいけないと姉である私は思いました。こめっこは魔性の妹……とんぬらが陥落すればドロドロの修羅場になると」

 

「いやそれは考え過ぎだろ。とんぬらはそんなロリコンじゃないし、そもそも相手もいるし」

 

 ないないと手を振ってカズマは突っ込むのだが、めぐみんは正座のまま床を両手でバンッと叩いて、

 

「あの男は今のところは魅了されていませんが、私はこめっこが狙った相手を落とせなかったのは見たことがありません。カズマも今日冒険者ギルドでこめっこの魔性っぷりを見たでしょう!」

 

 確かにあの冒険者たちをたちまち誑し込んだ天然は凄まじいとカズマも思った。

 しかし、あの漢の中の漢なとんぬらが浮気をするイメージが思い浮かばない。けど、妹の誑しっぷりを誰よりも知る姉めぐみんはそれでも危惧しているようで、

 

「こめっこは一度そう決めたのなら姉である私の言うことでもなかなか曲げようとはしてくれません。ですから、私はあの紅魔族随一のプレイボーイのドロドロの修羅場を起こしてしまう前に、こめっこから手を引かせるよう、手紙で、その……」

 

 印象操作をしたわけか。

 自分(カズマ)たちのように素直に評価をしてはますますこめっこが気に入ってしまう。

 

 なるほど。

 親に安心させるため、それから妹が間違った道に進ませないため、その二つが混ざった結果、めぐみんは手紙で、『自身(めぐみん)が“『アクセル』のエース”である』という風に書いてしまったと。

 

「しかしそれにしても、活躍を誇張して盛るのはともかく、他人の功績を奪るのはダメだろ流石に」

 

 ギルドにいた冒険者の連中も、めぐみんを敬称で呼ぶくらいなら付き合ってくれそうだが、エースであるとんぬらを貶めるというのはしたがらないだろう。かくいうカズマも遠慮したい。ダクネスやアクアも同じことを思うはずだ。めぐみんだって……

 

「私もそれはわかってます。……しかし、今更その話がウソだったとバレたら私は姉として幻滅されるだけでなく、とんぬらへと傾倒してしまうかもしれません。筋が通らないのは承知していますが、私はこめっこを悲しませるようなことにはしたくはなくて……」

 

 あー……頭が痛いとカズマは額を押さえる。

 めぐみんがこうも切羽詰まるなど、きっと単に妹の為だけでなく、二人の仲が拗れてしまうような真似を避けたくてウソを吐いたのだろう。それは絶対に口にはしないだろうが、これまでの付き合いでカズマにもわかる。

 しかし結果として、もう自分たちだけで内々に収めると言うのは無理そうなので、協力を募るしかあるまい。

 『アクセル』のエースへ――

 

「…………話を合わせるにしても、まずはとんぬらに話をつけておかないとなあ」

 

 兎にも角にも、早急に作戦会議が必要だ。

 ――『銀髪盗賊団』の一件を含めて。




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