この素晴らしい願い事に奇跡を! 作:赤福餅
――『世界樹』、それは天を衝かんばかりの巨大な樹木。
この伝説的な巨樹は、葉から滴る雫はあらゆる傷を癒し、葉に至っては死者をも蘇らせる『リザレクション』の効能を秘めている。そして、『世界樹』に実る黄金の果実――『女神の果実』とも『創世の果実』とも称されるその実には神秘的な力が秘められており、食した者はその限界を超えた力が授かるという幻の超々高経験値食材。
しかし、『世界樹』の秘宝級の葉や実を入手する難易度はそれ相応に極めて高難度。
治癒に使用できる葉は高所にある若葉でなければならず、黄金の果実も森林のように鬱蒼と密度濃く、広がっている膨大な枝葉の中からひとつふたつ実るのみ。砂漠の中に一粒だけ違う色の砂粒を見つけるようなものだ。
それにまずは天を衝くほどの巨樹を登らなければ話にならないし、そもそも発見すること自体が難しい。大陸各地を冒険してきたベテラン冒険者でも見つけたものはごくわずか。世界で最も巨大な樹木は目立つことこの上ないはずなのだが、乱獲をさせないために獲得された性質からか普段はその姿は人の目に映るものではなく景色に溶け込み透過しているという。だから、滅多に姿を現すことはなく、またちょうどばったりと行き会う機会など相当な確率だ。
それに一度発見できたとしても、移動するのだ。
『宝島』という俗称を持つ、彼の神獣『玄武』にも匹敵する巨大な亀。
『世界樹』は、小山ほどもある巨大亀の神獣、その甲羅の上に存在する。姿を隠して安全スポットを提供する『世界樹』を神獣は背負うことで不要な諍いを避け、『世界樹』は神獣の甲羅の上に寄生して運ばれる各地を渡る。
言ってしまえば、ヤドカリとイソギンチャクのような共生関係ではあるが、ただしスケールが違う。かつて世界を荒らし回った『デストロイヤー』が“機動要塞”であれば、こちらはまさに“動く秘境”である。
「いくわよカズマ! 超希少素材の葉っぱをリュックがパンパンになるまで毟り取ってやるのよ!」
このイベントにカズマパーティも参加していた。
蘇生アイテムに使える『世界樹の葉』はアクアがいるから不要であっても高く売れるであろうし、
「そして、黄金の実をゼル帝に食べさせてあげるの! きっとドラゴンの姿にまで進化させてくれるはずだわ!」
「おいアクアふざけんな! ひよこにやるとか勿体なさすぎんだろ!」
「カズマこそ何言ってるの? 『女神の果実』なんて呼ばれてるのよ! 私の眷属がいただくに相応しいじゃない!」
「はああああ!?」
「アクア、カズマ、そういうのはまず採ってからにしませんか」
おっと言い争いをしている場合ではなかった。カズマはめぐみんのごもっともな指摘に我に返る。捕らぬ狸の皮算用をしている余裕なんてない。
『世界樹』を載せている神獣の亀も温厚で、『玄武』と同じく余程のことをしなければ攻撃してこない。ただ移動しているのでその巨体に乗り込むだけでも一苦労だ。下手をすればアリのように轢き潰されかねない。
それに東京タワーと背比べできるほど高い巨樹をよじ登っていかなければならない。
「ダクネスー! そっちはどうだー! そろそろ着きそうかー?」
「あとちょっとだ! もう少し待っててくれカズマー!」
現在、ダクネスが人が落ち着いて足場にできるほどの幹の窪み……ちょうど突き立ったロープを垂れ下げている矢のあるところを目指して登って行っている。
『世界樹』攻略はとても単純。
まずカズマがロープを結んだ鉤付きの矢を上へ放つ。幸運補正で必中の『狙撃』はちょうどいい位置にひっかかってくれる。そこへまずはパーティ内で最も体力のあり、今は重い鎧を脱いで身軽なダクネスが登っていく。縄登りは腕力がいるのだ。だからまずはダクネスに上へ登っていってもらってから引っ張り上げてもらう。アクアに筋力増強の支援魔法をかけてもらっているため、結構楽々三人分の重量を引いている。
本当はできれば、とんぬら――オリジナルの飛行魔法を開発しているとんぬらがいてくれればもっと楽ができたかもしれないが、放送を聞いていなかったのか、それとも街にいなかったのか、残念ながらここには来ていないようだ。
……まあ、でも……
「おーい、ダクネスー! あとどんくらいだー!」
「だから、あともう少しだと言ってるだろう! あまり焦らせるなカズマ!」
上に登って行こうと頑張るダクネス。ダクネスにもしもの時があった場合に備えてこちらが命綱を握っているので常に様子を下から見上げていなければならない。
つまり、ローアングルから登る様を覗く。
格好のエロイベントです、本当にありがとうございました。
「普段はあまりぱっとしないが、今日のダクネスはいつになく輝いているぞ!」
「なんだそれは! 普段パッとしないとか、『クルセイダー』として地味ながらも頑張ってるんだぞ私は!」
声援を送る
しかしじっと見続けていると後頭部辺りにじーっと視線を感じる。
「………」
めぐみんである。首を横に巡らせて後ろを窺えば、仄かに赤く色付かせている瞳をこちらに向けていた。
仲間以上恋人未満な女の子は、とても頭が良く、抜けているところもあるが洞察力に優れている。カズマの下心なんてお見通しだとでもいうような非難が篭った視線を浴びれば、流石にカズマも視線を逸らした。
「……そうだな、あまりダクネスを急かすのも悪いよな」
「いい心がけだと思います」
とエロい視線を――端から気づいていたが指摘していなかった――感じなくなったダクネスがちらりと下の様子を窺い、残念そうに息を吐いたのだが、カズマはそれには気づかなかった。
「でも、どうやら俺達が一番乗りできそうだな」
数えるのが面倒なくらい作業を繰り返し続けて来たおかげで、ようやく幹から枝の付いたところまであと少しの場所に到達している。
他にも大勢の冒険者が巨樹の幹に張り付いているみたいだが、最寄りの『アクセル』にいるのは大半が駆け出し冒険者達。女神の強力な支援魔法やステータスは優秀な面子がいない彼らでは根本、亀の甲羅の上に辿り着くのでやっとだ。おそらく日が暮れても葉っぱが生い茂る枝まで登ることは叶わないだろう。すなわちそれほど独占できるわけだ。
けれど、登れば登るほど当然危険性は高まる。こんな高所から落ちたらひとたまりもない。かなり上の方にまで登ってきたため強い風に吹き煽られるため、しっかりと握っているロープからは絶対に手を放さない。こんなスリル満点の状況に恍惚とできるのは一足先に登り進んでいるドM騎士様だけである。
「ねね、カズマ! 今回は山分けじゃなくて、それぞれが手に入れた報酬はそのままにしない?」
「お前はまたそんなこと言って……いい加減にそれで何度泣き目を見ているのか反省したらどうなんだ?」
「だから、『女神の果実』なんて呼ばれているんだから絶対に私の手に収まるのが決まって――あーーーっ!」
「いきなり叫ぶなよアクア」
「見てよあそこほら! 黄金に光ってる実があるわよ!」
「ウソ本当か!!?」
興奮気味にアクアが指さす先へ目を凝らしてみれば、先頭のダクネスの上の方にキラリと光る黄金色――濃緑色一色の葉の中で際立つそれは二房実っている果実――とその時だった。
ざぁ――!! といきなり下から突風――いや、高速で飛翔してくる気配。
「――ふん、空を飛ぶこともできない芋虫どもが。あまり調子に乗るな。『創世の果実』を手にするのはこの俺だ!」
バサッと力強く羽ばたかせて得る重力を突き破る推進力でもって、冒険者たちをごぼう抜きして、現在トップのカズマパーティに迫ったそれには、
なんだあれは……っ!!?
鳥ではない。逆光でよく見えないがそのシルエットは、おそらく
「分相応を弁えろ。貴様らには地べたに這いつくばるのがお似合いだ、『トルネード』!」
そして、こちらが驚いているところへ容赦なく、追い抜きざまに上級魔法の暴風をぶっ放してきた。それを避ける術などないカズマたちは竜巻に巻き込まれ、幹から放り飛ばされる。
『
カズマ、アクア、めぐみん、ダクネスが落ちる。刺さっていた鉤付き矢も抜けてしまっているのでロープを握っていても意味がない。一緒に落下している。
激レアアイテムに目が眩み、ライバルを蹴落とす真似をしてくる――冒険者最悪のマナー違反をしてくる――輩がいるとは話に聞いたことがあったけど、これは死ぬ。冗談ではなく、本当に――
この走馬灯が見えてきそうな最中に、カズマは頭を回す。
もう自分は何度か死んでいるが、仲間たちもそうなるかもしれないとなれば、そんなの絶対に避けねば――!
「めぐみん! ふわっとする爆裂魔法だ!」
空気抵抗に苦しみながらも必死に飛ばしたこの指示、抽象的な表現ではあったもののカズマの意を汲んだめぐみんは、長杖をバトリングで振り回してから、声高に唱えた。
「――『エクスプロージョン』ッッ!!」
神獣に直撃しない位置に照準し、またほかの冒険者を巻き込まない程度の威力に抑えた爆裂魔法。今やめぐみんは観衆たちに配慮して有り余る破壊の力を制御できるようになっている。また爆発に生じる余波の
「アクアーっ!!」
悲鳴を上げて泣き叫ぶアクアは、こちらの声が聴こえたかどうかは不明だが、カズマの意図通りに動いてくれた。
いつも肩にかけている羽衣の神器。伸縮性抜群で薄くて丈夫なそれをパラシュートのように広げて風を受け、それからめぐみんの爆裂魔法の余波に煽られ、気球のように空へ――!
カズマたち三人もその薄紫色の巨大風船の上に乗っかる形で拾われた。
「助かった……スリルは抜群だったが死ぬところだった。ナイスな機転だめぐみん」
「いやあれはカズマですよ。私も、ちょっと頭が真っ白になりかけましたが、爆裂ソムリエの呼びかけのおかげですぐに詠唱できました」
爆裂魔法で消耗しためぐみんが落ちないようダクネスが支える。
命拾いした。それで爆裂魔法の余波が思った以上で『世界樹』を見下ろせる地点まで飛び上がってしまったが、このままゆっくりと下降していけば助かるはずだ。
しかし、自分たちを吹き飛ばしてくれた未確認飛行物体は健在。巨樹に実った黄金の果実を手中に収めようとしているのが、カズマの『千里眼』に映った。
「あの野郎……っ! ふざけやがって!」
――横から掻っ攫ってやる。
手を伸ばし、いつになく力を篭めて叫んだ。
「『スティール』――ッッ!!!」
『窃盗』スキルを行使。右手から光が瞬き放たれるや……その掌中に収まった黄金の果実が一房――二房あるうちの一つ、漆黒の襲撃者が手にしたその片割れを見事に奪ってみせた。
へっ、どうだ!
カズマは仕返しの手応えを確かに握り締めて、その戦利品を見せつけるよう掲げる。
「地に這うムシケラの分際でよくも……!」
が、これは調子に乗り過ぎた。
ついカッとなってやってしまったが、これはマズい挑発行為だ。
「か、カズマさん! なんかすごくヤバそうな気配がするんですけどー!」
気球を維持するに手が離せないアクア。めぐみんも今ので一日一発限りの爆裂魔法を使ってしまっている。ダクネスは魔法が使えないし、カズマも先の暴風で弓矢をどこかへと飛ばされてしまっている。
襲撃者はこちらに突き付けている指先に紅蓮の光を灯し、のんびりと下降しているところを狙い撃たんと灼熱の光線を放とうした、その直前。
「『クリムゾン――っ!!?」
『世界樹』の頂上より、目が灼かれるほど眩い輝きが瞬いた。オレンジ色のプラズマを纏う、極太のレーザー。カズマたちでも、襲撃者でもない、第三者からの攻撃――。
尋常な魔力ではありえない規模の光条が、その波動を察知して魔法を中断し反射的に回避行動に移った襲撃者を掠めんばかりの距離を通過し、無人の荒野を貫いた。
一瞬の静寂。
ゆっくりと下降するカズマたちの眼下で、巨大な火球が膨れ上がり――上空にいる此方まで揺るがすほどの大爆発を引き起こした。
なんだ……あれ?
深く身震いして、誰もが口を閉ざし、息を呑む。襲撃者もこれには蒼褪めたか、
そして、ふよふよと滞空する気球は急な横風の煽りを受けて攫われて、『世界樹』の頂点……超ド級の攻撃をぶっ放してきた発射地点の方へと流されてしまう。
あんなレーザビームを放つなんて……そういえば、前にとんぬらが
「アクア! どうにかあっちから離れるように動かせないのか!?」
「だめよそんなのできないわよ! このまま風に流されるままどうしようもないわ!」
そうして、カズマ一行は引き寄せられるように巨樹の頂へ――そして、めぐみんが声を上げた。
「あそこに誰かいます! この感じ……たぶん、同族ですっ!」
めぐみんが示したところに、確かにいた。
『千里眼』で注視すれば、それは女性……カズマたちよりも年上で、黒く艶やかな髪を簪でまとめあげている、喪服のような黒い着物姿の綺麗な女性だ。
でも、その肩に立てかけるよう持っているのは、その服装に合わないというか、この世界観を台無しにしてくるというか、長大で、物々しい、ライフル……
「………」
見間違いかと思って目元を手の甲で擦ってからもう一度見やるが変わってない。確かにあれは女性のおよそ倍……長さにして3mは超えていそうな未来兵器である。
「なあアクア、お前さ、もうちょっと特典の神器を世界観に配慮したのに気を遣えよ」
なんて思わず、小声で
「何言ってるのカズマ、あれは神器じゃないわよ。この世界で作られた魔道具よ」
「はあ?」
そして、『千里眼』を使わずともその細部まで観察できるほど接近したところで、めぐみんが何か思い当たることがあったのか、ハッと声を上げ、
「あの物干し竿のように長い杖……まさかあれは神主一族が管理しているという『世界を滅ぼしかねない兵器』――『レールガン』ですか!」
「『レールガン』って」
魔法のある世界で、超科学な代物があるんだよ。とツッコミたいが、今めぐみんは気になることを言った。神主一族……あの猫耳少女をご神体に据えているふざけているようだが真面目な神社を管理するのは確か、とんぬらだ。
となると、あそこにいるのはとんぬらの血縁者もしくは関係者になるのだろうか?
「なあ、めぐみん、その『レールガン』とやらの説明をもっと詳しく聞かせてくれないか?」
「そうですね。確か噂では、前神主の『ラブラブ夫婦になる』という珍しくも決まった奇跡魔法の効果で嫁入りした、私よりも前々の世代の『紅魔族随一の天才』が気に入って持ち歩いていると聞いていますね」
ちょっと聞き逃せない、説明されたのに余計に気になってしまうツッコミどころがあった気がするが、“紅魔族はこういうものだ”とスルーしておこう。カズマが確かめたかったのはそこではない。
紅魔族のめぐみんの情報から察するに、『世界樹』の頂点にいるのは猫耳神社の神主の妻――つまり、とんぬらの……
こうして気球が巨樹の枝葉に引っかかるような形で無事着したところで、彼女は口を開いた。
「はじめまして。私の名はにゃんにゃん。紅魔族随一スパルタな教育ママにして、とんぬらの母です。息子がお世話になっております」
とごくごく普通に挨拶を――ただし状況は普通ではない。
確認するが、ここは神獣の上、『世界樹』の頂点。そして逃げられたが襲撃者に狙われ九死に一生を得て息を吐いて間もない。名前に関しては紅魔族のネーミングセンスは承知するから良いとして、一児の母親とは思えないくらいに若い。ダクネスと同じくらいだ。これも
しかし……何というか、間近で見ると目に光がない、目が死んでいるほどではないが、色が薄いというかぼやけている。名乗り上げも里で会ったノリノリなものとは違って、淡々としている。
「あー……えと、サトウカズマです。とんぬら、君には大変お世話になって……」
それでも彼女がその杖……というかレールガンで助けてくれなかったら危なかった、自分たちの命の恩人だ。まずは高所恐怖にひくつきながらどうにか愛想笑いを浮かべたカズマが代表して挨拶すれば、ダクネスらも挨拶をする(下の方にぶら下がっていたアクアは枝葉の茂みに突っ込んでもみくちゃになっているがとりあえず元気に騒いでる様子を一瞥してスルーされた)
「そう。あなたがめぐみんちゃんね。さっきの爆裂魔法中々良かったわよ」
「えぇ、ありがとうございます」
同族の大人より魔法の賛辞を受けたのだが、感情がまるで篭ってない声なので喜んでいいものかと反応に困った様子のめぐみん。なんというかこう達観しているのがこの人のデフォルトなのだろうか。
「それで、とんぬらはここには来てないのかしら?」
「はい。とんぬらはこの『世界樹』まで来ていませんよ」
「ああそう。それじゃああんたたちにお願いしていいかしら?」
あれ? 肩透かしを食らう。息子が気になったかと思えばごくあっさりと切り替えて、落胆する気配もない。というより、さっきからずっと感情が動いていないのだ。
そして、とんぬらの母が取り出したのは、円柱形のガラスの入れ物に入った苗木。
「これは?」
「これはこの『世界樹の苗木』。ほら、花がついているでしょ。まだ蕾だけど、いずれは咲くわ」
『世界樹の花』――葉っぱと果実が超レアアイテムだと話に聞いていたが、これはめぐみんもダクネスも驚いたように目を見張っていて初耳のようだ。
「『世界樹』が稀に姿を晒すのは光を取り込む為でね。千年に一度、こうして頂に花を咲かせるの。そして、その花には一度死んだ者も蘇らせる、この世の法則を塗り替える効能があると言われている。これをとんぬらに渡したくてここまで連れてきたのよ」
―――。
絶句というか、どう返せばいいか言葉がない。淡々としているので大法螺を吹いているようには思えない。でもそれが本当なら、千年に一度の超々稀少なアイテムを、一人息子へ渡すためにこの超ド級の神獣をこの駆け出し冒険者の街までやって来させたことになる。スケールがデカすぎる。
だが、どう反応すればいいのか困っていたカズマたちは次の言葉に揃って口を噤むことになる。
「ほら、あの子一度残機を失っているでしょう? 今度死んだら終わりじゃない」
残機、って……
複数の命を持つ悪魔がそう称しているが、間違っても人間に使うべき言葉ではないだろう。それも親が子に。
「会ったばかりで失礼だが、にゃんにゃんさん。子供に向けてそんなぞんざいな言い方は、やめてほしい」
「そう、気に障ったのならごめんなさいね。私、こういうの苦手だから」
「いや、私に謝られてもだな……とんぬらの気持ちを考えて」
「まあ、ダクネス」
ダクネスが批難をするも、彼女の表情も声音もその目も揺るぎない。無表情無愛想。踏み込むに躊躇する雰囲気を醸す。これに納得がいかない様子のダクネスだったが、めぐみんが前に進み出て、誘導するよう問いかけた。
「別に私が届けても構いませんが、折角ここまで来たのですから、あなたが届ければいいのではないですか?」
「? あんたたちが届けてくれるのならその必要もないじゃない」
のだが、きょとんと首を傾げられる。どうしてそんな手間になることをするのかと心底不思議がっている。これにはめぐみんも戸惑い、
「いえ、それはとんぬらの、息子の顔を見がてら」
「大丈夫。もう親離れは済んでるのよ。あの子には私らがいない方が普通だから」
と言い切られた。
「それに『
……この世界に来て様々な人間に会ってきたが、前の世界も含めてこれほどわけがわからないのはカズマも初めてだ。他所の家の事情なんだろうが……こう、どうにも歯痒い。
「それであんたに注意しておくけど」
「え? 俺?」
「その実、純真な心を持つか、レベル100に達していないと力に呑まれて暴走するから食べない方がいいわよ」
「え゛……」
カズマの手にしている黄金の実を見ながら淡々と述べられる。
なんだそれ。これ普通に超々高経験値食材だと思ったら、暴走する危険性があったのかよ。折角手に入れたのに、そんな忠告されたら食べ辛い。というかレベル99にまでカンストしていたら強くなる必要とかなくなるだろ。
「じゃこっちについてきて。
して、これで話すことも終わる。それから、親切にもおすすめの葉っぱの採集ポイントを教えてもらい(救出するにも難しい具合に引っかかり、自らの羽衣に雁字搦めに自縄自縛されてミノムシ状態の女神様はその間放置)、勧められるがままにリュック一杯に採った後で、カズマたちに向けて空間転移の魔法を唱え始めた。
「ご苦労様。街まで
そうして、最初から最後まで調子を狂わされたまま、とんぬらの母との邂逅を終えた。
♢♢♢
「………そうか、母に会ったのか」
翌日、屋敷へやってきたとんぬらとゆんゆん。
どうやら先日は、ゆんゆんが風邪で寝込み、とんぬらはその看病をしていたそうだ。
『世界樹』での出来事を話すと、これまた母親のように感情の読めない無表情で吐露した。
「あの神獣並みの遭遇率の母親がばったり出てくるなんて、これは余程の前触れを暗示しているかもしれん」
「あなたは自分の母親を何だと思っているんですか?」
めぐみんがツッコんだ。確かに神獣に乗っていたけれど、どれだけ縁がないのかこの親子。とんぬらのリアクションから相当驚いているのは伝わるし、また言葉では表し難いものを抱いていることだろう。
その言い難い情動をかみ砕いて呑み込んでから、とんぬらはふっと固まった表情を崩し、頭を下げた。
「冗談だ。いつも勝手な人だからな。振り回されただろう。親に代わって謝罪する」
「いや、そんなことはないぞ。むしろ世話になったのはこっちの方だし。襲われたところも助けられたしな。それに、『アクセル』まで『世界樹』を連れてきたのもとんぬらに会うためだったみたいだったぞ。な?」
「ああ、うむ、カズマの言う通り! とんぬらのことを心配して、『世界樹の花』を用意していたんだ。きっと会いたかったに違いない!」
「千年に一度咲く超激レアアイテムを土産にしてくるとか、どんだけなんだよ!」
「なに子を想う母の気持ちはそれほど強いということだ!」
大量に採取した葉っぱのお裾分けと一緒に、預けられた花蕾の付いた苗木を渡しながら少し大げさに――励ますように――盛り立てて、視線を振ったダクネスと口々に言う。
しかしながら事実と変えて誇張しているその配慮もとんぬらにはお見通しであった。
「別にそうフォローしなくていい。母の性格は子供の俺が世界で二番目くらいに熟知しているつもりだ。そもそも母は『テレポート』を『アクセル』に登録しているんだ。会おうと思えば、すぐにでも会える。そうしないのは別段会おうと思っちゃいないからだ」
そう他人事のように語るとんぬらの顔が拗ねているように見えないことに、自身の洞察力が足りないせいなのかと勘繰ってしまう。
そんな腹の内が曇るようなやりとりで頼まれごとを果たしたのだが、ここにひとり、カズマたち以上に歯痒い思いをしているものがいた。
「めぐみん! とんぬらのお母さんってどんな人だったの?」
風邪も治り、すっかり元気になったゆんゆん。病み上がりなんて感じさせない、というか今の彼女にとっては嵐のような一報を耳にして、台風通過の如く陰気を吹っ飛ばしたゆんゆんは、めぐみんに飛びつくように問い質す。
「そうですね、ゆんゆんには難しい相手じゃないんですか。きっと『今日はいい天気ですね』と挨拶してから会話が発展しないまま、気まずそうにダンマリになる展開が予想できます」
「そんなことないわよ! ちゃんとその時のためにマニュアルの台本を準備してあるんだから! イメージトレーニングも欠かしてないわ!」
すごい気合いの入れようである。高難度クエストで賞金首モンスターを相手する以上にゆんゆんは燃えていた。
「ほーう、本当にとんぬらの親に会っても問題ないと言い切れるんですね? ゆんゆんにとっては知らない大人ですよ? 初対面の相手にテンパらないで挨拶とか、最も苦手な事じゃないのですか?」
ズバズバとめぐみんの遠慮のない酷評に、ゆんゆんはたらりと汗を流して目を逸らす。それからもごもごと言い淀んで
「それは…………うん、正直、緊張する」
ずーんと効果音が聴こえそうなぐらい、深く俯いて白状した。
「めぐみんの言う通り絶対そうなる。だって、これから長いお付き合いになるって考えたら、第一印象が大事過ぎて怖いものっ!」
想像しただけでお腹が痛くなってきたのか、今にも蹲りそうなゆんゆんであったが……しゃがまなかった。頑なに膝を屈しはしない。
「でも……できるから」
「おや、珍しく強気ですね。しかし無理なものは無理だと認めた方が気が楽ですよ」
「ううん。無理なんかじゃない」
顔を上げたゆんゆんは自らのパートナーを見、胸に手を置いてから、
「だって、とんぬらは、私のお父さんお母さんにちゃんと挨拶してくれたわ」
「いや、ゆんゆん、迷惑ならそう言っていいぞ。俺がやったからってそんな無理を強要するつもりは」
「じゃあとんぬらは、旅立ちの時のお父さんに会った時、無理だった?」
「ああ、うん。わりといきなりで、驚いたし緊張したが、別に迷惑ではなかったし無理でもなかった」
「うん、だから――私も迷惑でもないし無理でもないの。私、とんぬらのお嫁さんになれたから――私もきっと頑張れるって自信がある」
そうしっかりと、人付き合いに自信のなかった少女は言った。
何だか聞いてるこっちまで顔が熱くなるような啖呵で、根拠に挙げられたとんぬらは軽く首を振って表情を整えているが、若干目が赤らんでいる。
そうして、プレッシャーを跳ね返してみせたゆんゆんはめぐみんへと向き直り、
「これでどうめぐみん!」
「何か色々ともう甘いですねゆんゆんは……」
めぐみんはそれはもうわざとらしいくらいに溜息を吐いて、呆れてものも言えないご様子。つまりは、文句も出ない。
そんな迂闊に吸い込んでしまった甘い空気を換気するよう思いきり息を吐き尽した後で、めぐみんは最初の質問の感想を述べた。ゆんゆんにではなく、とんぬらに向けてだが。
「ええまあ、それで、とんぬらの母親ですが……親子似ているところもあると思いましたよ」
「……そんなことを言われたのは初めてだな」
「天才は天才を知るというやつです。それに実際、とんぬらも結構勝手ですから」
めぐみんの批評にとんぬらはややムッと渋面を作った。
♢♢♢
「あー! ちょうど良かったわ二人とも! ちょっとお願いがあるんですけど」
ちょうど一区切りついたところで、今に現れたのはアクア。今朝からひとり屋敷の裏庭の方へと出ており、どういうわけかシャベルを肩に載せている。様子から察するに何やら土いじりをしていたっぽいが。
「いきなりどうした? 昨日『世界樹』から採った貴重な葉っぱで儲けただろ」
「まったくカズマは志が低いわね。私はもっとブルジョアで優雅な暮らしを送りたいの」
とりあえずみんな庭に来てちょうだい? とアクアに誘われ外に出てみれば、そこは、この前、竜と少女の戦闘で焼け野原となったところだった。
これにその時の出来事を思い返したゆんゆんは申し訳なさそうに縮こまって、
「その、先日は本当にごめんなさいっ! お庭を台無しにしてしまって……」
「いいのよゆんゆん。芝生が焼けちゃったのは残念だったけど、ちょうどいいし」
ぺこぺこと謝るゆんゆんだったが、アクアは軽い調子で手を振る。
「それで、ゆんゆん。ここに栄養たっぷりの土を振り撒いてほしいの。確かゆんゆんも初級魔法を覚えてたでしょ?」
「はい、全然かまいませんけど……『クリエイト・アース』ですよね?」
「最初はカズマに頼もうと思ったけど、目潰しや人様に嫌がらせで浴びせる泥水にしか使わない『冒険者』でヒキニートよりも紅魔族の『アークウィザード』の方が絶対最上級に良質な土を作ってくれると思うのよ!」
「はあ」
これで罪滅ぼしになるのかな? なんて考えつつも、ゆんゆんはアクアの言う通りに魔法で土を撒いていく。
アクアの言い方に、納得はいくが癪に障る『冒険者』カズマであったが、もう大体はその思惑が見えてきた。
「私、ここに畑を作ろうと思うの」
「畑、ですか?」
「うん。こんなに広い庭があるんだから、どうせなら畑を作ろうかって前々からめぐみんと話してたのよ。ね、めぐみん?」
これにめぐみんへと視線が向いた。
「はい。確かにアクアと相談してました。野菜は高いですからね。家計だって助かりますし、いつでも新鮮な野菜が食べられるというのは良い事です」
「そりゃ良いだろうが、あまり素人が手を出しても成功するようなもんじゃないぞ。農家のバイトの経験がある身としては、相当大変だと言っておく。だいたいめぐみんも収穫を手伝って、散々な目に遭ったろうに」
過去の
「ふん。とんぬらはいちいち昔の話を掘り出してきますね。あのですね、私が二度も同じ失態を繰り返すとでも思うのですか?」
「うん、思う」
率直なご意見に即座に飛び掛かっためぐみんだが、掛け声を上げる間もなく止められた。どうしようもない
だが、とんぬらが諫めるのももっともな話なのだ。この世界の農業とは大変だ。なんせ、野菜が普通に動くし、人を襲う。はては『サラダ』といった千切りされたキャベツがギルドクエストの討伐指定にされてたりもするのだから、おかしい。
「つか、野菜って勝手に育てちゃダメなんだろ。許可か何かがいるはずだし……なあ、ダクネス、お前って一応行政側の人間だろ?」
「一応とは何だ一応とは。ここにいると忘れそうになるが私はちゃんと貴族の娘なんだぞ」
カズマもとんぬら側に回って意見を述べれば、ゆんゆんは撒いてる土へ水をかけて嬉々として畑のための土作りに勤しんでいるアクアを見ながらダクネスも困り顔で、
「とんぬらの言う通り。農作業を舐めてはいけない。毎年マツタケ農家やタケノコ農家が大変な目に遭っているんだぞ」
ダクネスが柔らかい声で諭そうとするのだが、パーティの半分が
「私だってちゃんとその辺は考えてますよダクネス。挑戦するのは初心者向けの夏野菜……コマツナ、ジャガイモ、ダイコン、ピーマン、秋刀魚、ホウレンソウです」
「なあ、今なんかおかしなのが交じってなかったか?」
「? どうした兄ちゃん。めぐみんの言う通り入門編の野菜種だぞ。紅魔の里で育てているような春キャベツ、トマト、マンドラゴラはないみたいだし、一応、考えてはいるみたいだな」
ダメだ……とんぬらもこの世界の住人であった。
野菜以外の物がひとつあったことに何ら不思議に思わない。そもそも、川や湖に竿を垂らせばバナナが釣れるし、海で漁すればスイカが獲れる。実は海での修行(養殖)中に氷漬けされた強力な海モンスターに混じってスイカ割りもしていた。あれは中々の経験値だったが、その時のカズマはカルチャーショックを味わったのを覚えている。これ秋刀魚とスイカが逆だろ普通、と。
「それに、野菜を育てるには確かに資格がいりますけど、高レベル冒険者なら家庭菜園をしてもいいって特例があるんです。私のレベルは今や四十を超えています。家庭菜園の一つや二つ、許されるはずですよ」
これは思っていた以上に高レベルだ。
しかし、めぐみんは圧倒的な火力を持ったパーティのアタッカー。必然と討伐する機会が多く巡ってきた。『アークウィザード』という上級職で多くの経験値がレベル上げに必要ながらも、遭遇してきた魔王軍幹部と言った強敵を狩ってきているのだから、高レベル冒険者の仲間入りを果たしてもおかしな話ではない。
「とんぬらだって、街の近くの農家と一緒に野菜を育てているではないですか」
「あれは、手伝っているだけだ。野菜の専門知識は持っていても農業の経験値では劣るし、やっているのは農地製作や肥料作り、それに収穫と害獣退治。定期的に水をあげたりマッサージして体調管理に気を遣ったりして野菜の面倒を見ているのは農家で、俺はそこまで手を出していない」
「なあ、今マッサージって言わなかったか? もしかして野菜じゃなくて家畜の話をしているのかお前ら?」
いちいち口を挟むのもあれだが、元日本人として突っ込まずにはいられない。
「初心者用の夏野菜を選んでいるみたいだが、時期についてはどうなんだ? 夏季に入れば梅雨時が多くなるし、台風の日となれば野菜もテンションが上がって大変だぞ」
「確かにそうですが、野菜を鎮静させるツボの位置くらい把握しています。問題ありません」
人間じゃなくて、野菜が興奮する。やっぱりこの世界の常識はズレている。というかツボって何だよ。これ以上二人の会話を聞いていると野菜についての定義がおかしくなりそうなので、そろそろカズマは割って入った。
「まあまあ、そうムキになるな、めぐみん」
「む、カズマはとんぬらに賛成なんですか? 折角、カズマに美味しい夏野菜カレーを振舞ってあげようと思っていたのに」
「だから落ち着けってめぐみん。いいから話を聞け。とんぬらもダメだダメだばかりじゃかえってへそを曲げちまうぞ。それにめぐみんの言うことも一理はあるんだよな?」
「それはそうだがな……」
現状を的確に表した言葉に諭され、とんぬらは溜息を一緒に肩を落とした。
とんぬらとめぐみんは、“お節介な兄”と“生意気な妹”みたいな関係で固定されており、それにどちらも口は達者で頑固なため、言い合いとなれば第三者を挟まねば収拾がつかなくなることもある。
まず“めぐみんだから”という心配する理由が挙げられるとんぬらでも一定の理解は示している。家庭菜園の範囲なら、高レベル冒険者でも許されるのだろう。
「なあカズマ。家庭菜園なんて、うちの野菜が人様に迷惑を掛けそうで本当に嫌な予感しかしない」
めぐみん側に回ろうとするカズマに、渋い表情を浮かべたダクネスが日本じゃ聞けないようなセリフを口にする。だが、そっと手で制す。何も考えがないわけでもない。ダクネスからすれば、めぐみんやアクアといった時たまとんでもない事をしでかす面子が心配なのもあるのだろう。それはカズマとて同じ気持ちだ。
しかし同時に“一度やる”と決めたことをそう簡単に曲げない性格なのもこれまでの付き合いでわかっている。
だから、やるだろう結局。それならば、だ。
「めぐみんが心配なのはよくわかる。それならさ、とんぬらとゆんゆんも一緒にやればいいんじゃないか? 二人とも高レベル冒険者なんだし、街のエースだ。問題ないだろ?」
しっかり者を引き入れる。めぐみんが心配なとんぬらもお目付け役がてら一緒にすれば安心するはずだろう。カズマやダクネスも知恵者でバイトと言えど農業経験者がいてくれるのは安心するし、助かる。
「土地を提供する代わりに労力を寄越せ、ということか?」
「そんな仕事的なもんじゃない。共同農園ってやつだ。基本的な畑の管理はめぐみん、俺たちがやる。それでとんぬらたちは時々でいいから手伝ってくれたら助かる。図々しいけど、二人がついてくれると心強いしさ」
取り分は減るだろうが、アクアもこれには文句は言わないだろう。ダクネスも安心する。めぐみんは“私だけでは不安なのですかカズマ”とツンと尖った視線を送ってくるが、ノーコメントでスルーした。
「正直、面倒な気がするんだが……でも、めぐみんやアクア様を説得するのも大変だろうし、それに庭を滅茶苦茶にしたのはこちら側で、責任もある、か……」
とはいえ、これは頼み事だ。言い方を悪くすれば“面倒ごとに巻き込んでしまおう”というところだ。カズマとしても問題児の抑え役がいてくれれば楽ができるなと打算的な考えもある。
だから、とんぬら側に労力に見合うメリット不足だと断られてもしょうがない
それでもとんぬらは思案気に片目を瞑る。
「引っ込み思案のゆんゆんも屋敷を訪ねる
懸命に、でも楽し気に。アクアの注文に振り回されながらも農作業に従事するゆんゆんの笑顔を見て、それからまた別の方角へ視線を振ってから……とんぬらはひとつ苦笑を漏らすと、この交渉に乗ってくれた。
「じゃあ、収穫の取り分は?」
「半々でどうだ? 農具とか作物の種子とかそういう出費もこっち持ちでいい」
「随分と気前がいいな兄ちゃん。こっち二人で、そっちは四人だし、人数的に2:3が妥当なんじゃないか?」
「街のエース様にお願いするんだ。半分くらいどうって事ないだろ」
日頃世話になっているし、これくらいの好条件はつけるというもの。カズマとしても配慮した方が、人の良い所に漬け込んでいる負い目もいくらか和らぐ。
それに言ってしまえばこれは趣味だ。本気の農業をやるわけでもない。自分たちで畑を耕さなければ食糧が確保できないほど困窮している状況でもないのだから。
しかしまあ、とんぬらを評価すれば対抗心からかめぐみんの視線は刺々しいものになってくるのでバランス感覚が難しいところではある。
「けど、実は農家から結構お礼に野菜を送られてきたりしているんだ。2:3でも野菜は余って困ることになるだろう。だから、提案の三分の一もらえれば十分」
「おいちょっとそれは、流石にすごく気にかかる」
「だから、提案だ。そちらと半々してこちらの取り分を取った残り三分の二を他に活用させてもらいたい」
「それってとんぬら達も何か育てたいってこと?」
「違う。他に農作業を手伝ってもらいたいからその分け前、といったところか」
他? つまり更に人手を借りるということか。しかしとんぬらが頼りにするところと言えば何だ? ウィズは店があるし、バニルに頼み事なんて嫌だろう。
悩まし気に片眉を挙げて顎に手をやるカズマへ、とんぬらはさらりと言う。
「孤児院の子供たちだ」
「子供たち……それはシルフィーナたちの事か?」
これに真っ先に反応したのはダクネス。ダクネスも教師役を臨時ながら請け負っている学校。とんぬらが言うのはその子供たちだ。
「はい、大変な野菜の世話はやらせられませんが、他の畑仕事……土地を耕すのと種まきの前準備、それから収穫も初心者用の野菜相手ならば子供たちにも手伝わせられるでしょう。本を読んでるばかりじゃなく実地で土をいじるのも良い経験になるだろうし、これを授業のひとつに取り入れてみたい」
ああ、なるほど。“学校の菜園授業ってやつだな”とカズマも理解した。
「それに農耕は、身体を動かすにはいい。農具の使い方は武器の振るい方にも共通するところもあるし、野菜相手の収穫作業は訓練にもなる。『養殖』のような経験値稼ぎの実習を考えていたんだが、街の外へ出て直接カエルを相手させるよりはずっと安全です」
街の外に出ればモンスターが出る以上、多少は得物の扱いに慣れてもらわないと困る。それに『アクセル』は渡りキャベツのルート上にある。街で暮らすのなら野菜の狩り(刈り)方を身に着けても損はない。
流石はあの
「そうだな。確かに子供たちに手伝ってもらうのはいいかもしれない」
「ただこれは仕事にしている農家にサポートをお願いすれば負担になるだろうし、拙い作業で実った作物をダメにされたらいくら子供相手でもいい顔はしない。その日の生活が懸かっているのだから。そして、畑としている土地まで街から遠出をさせないとならないから安全性にも不安があった。なので考えにはあっても口にはできなかったんですが、この屋敷までならモンスターに襲われる心配もない」
「個人的に所有している畑だから勝手は通せる。そう考えてみると私達で農業をするのは良いな」
これに反対派であったダクネスも心が傾いてくれている模様。とんぬらの説明の一言一言に段々と乗り気になっていく。
「あとは、子供たちも関わるのならめぐみんも、この前みたいな誤解を起こさせないようにより張り切って取り組むだろうしな」
「なんですかとんぬら。私はきちんとした大人ですし、子供たちがいようがいまいといつも通りに真面目にやりますよ」
少しからかうように言葉を添えるとんぬらへ噛みつくめぐみんではあったが、その通りになるだろうとカズマも思う。とんぬらが教師をやっていることに唇を尖らせていためぐみんのことだから、より気合いを入れて望むに違いない。あれやこれを、年長者の風を吹かそうと胸をそらしながら鼻高々に教えたがるだろう(なんとなくそれが空振っていく姿が想像できたけど)。
「アクア様も子供好きであるし……あまりに強引な勧誘は控えるはず。うん、これは目を光らせておけばいいとして――兄ちゃんも地域貢献はしておきたいんじゃないのか?」
最後は一周回ってカズマへ。この場の主導権をいつの間にやら掌握していたとんぬらより、釘で刺すというより突くような物言い。
ちくちくときたこの言葉に思い当たると言えば……先日の税金未納のことを刺しているんだろう。
免罪符を買うというわけではないが、孤児院の授業に協力することがポイントを稼ぐことになると思えば気が楽になる。
何だか最初の家庭菜園の話から大きくなってきているような気がするが、これも地域貢献だ。うんうんと頷いておく。
「うん。ただ庭を余らしておくよりはそっちの方がいいよな。……けどなあ。結局、あんまりとんぬらの得になってないような気がすんだけど」
「あまり気にするな兄ちゃん。そもそもこっちが勝手に口を挟んで、それに提案しておいて、一番大変なのは結局菜園を所有し管理するそっちなんだ。十分だよこれで。ちゃんと決めるのはゆんゆんと話し合ってからだけど、ただまあ、前にもらった手紙は嬉しいもんだった」
この前ダクネスを介してゆんゆんと受け取ったファンレター。それを二人一緒に読んで、ゆんゆんは自信がつき、とんぬらも励みになった。
「それと、
そういって、とんぬらが見つめるのはさっきもふと逸らした先……屋敷の庭の隅の木陰にある小さな墓。
『アンナ=フィランテ=エステロイド』と刻まれた、おそらくは前の屋敷の持ち主のもの……
(そういや、最初この屋敷にやってきたときアクアが何か言ってたような……)
とんぬらってもしかして霊感があったりするのか? なんて少し気にかかったが、とりあえず庭の菜園計画について、向こうで土いじりに精を出しているアクアとゆんゆんとも話し合おう。
「おーい、アクアー――」
「さあ、ゆんゆん! ここにこの黄金の果実を植えるんだから、もっともっと土を出してちょうだい!」
「え、えと、その果実から物凄い魔力を感じるんですけど、一体どんな作物なんですか? 見たことないし、育てるのがとても大変そう……」
「ふふん! これはとーっても霊験あらたかなものよ! でも大丈夫。きっと育てられるわ。だって、私に相応しいものだから。この『世界樹』から採ってきた『女神の果実』は――」
「お前本当に何しようとしてんだ――ッ!!?」
♢♢♢
ダッシュして、アクアがゆんゆんに見せびらかしていた黄金の果実を奪り返した。
「おいアクア、昨日、みんなで分け前の話をして、
「でもカズマ、食べないんでしょ? ゼル帝にあげようとしたらすごく怒るし」
「当然だ」
命懸けで手に入れた激レア食材を、ひよこのエサにされてたまるか。
腕を組みややふんぞり返って応えれば、キリリと眉をVの字にしてアクアは言った。
「だから、私考えたの。ケチなカズマも納得する画期的なやり方を! そして閃いたわ!」
拳骨して、正座させたアクアは盗っ人猛々しくも主張してきた。
「この『女神の果実』を植えて、私達で『世界樹』を作るの! 時間はかかっちゃうけど、そうすれば、果実だけでなくまたたくさんの葉っぱを採取できるようになるでしょ!」
とても壮大かつ阿呆な計画……いや、机上の空論を。
「なんでよーっ!?」
自信満々だったV字眉は一分と経たずにハの字眉に逆転。
当然、アクアの意見は満場一致(アクアを除く)で却下された。
ただの農作物でも初心者用のものを揃えようと気を遣っていた家庭菜園で、そんな農家の方々でも扱うのが無理な、伝説級の巨樹を育てるとか恐ろし過ぎる。
そんなの文字通り、黄金(の果実)を
たとえできたとしても、果実をつけるまで成長するのにどんだけの年月を必要とするか。きっと軽く五十年は超えるはずだろう。そんな人生を懸けても間に合わないような一大プロジェクトなどあまりにも無謀だ。というか
「なあ、とんぬら、紅魔族って暗証番号式金庫って作ってんだろ? それひとつ小型のでいいから今すぐ発注できないか?」
「できるぞ。ウィズ魔道具店に在庫があるはずだし」
「あー、でも、腐らないように冷蔵機能を取り付けてほしいんだけど、できる?」
「それはちょっとすぐには無理だな。でも、大きめの金庫を用意して、その中に個人冷蔵庫を設置すれば注文に叶うか?」
この世界の冷蔵庫はコンセント要らず。定期的に魔力を送ればそれで賄える。
「よしそれだ! すぐに頼む」
これで一安心だ。
ウィズが仕入れる魔道具はアレだが、とんぬらが見繕ってくれるのなら問題ない。
と胸を撫で下ろしたカズマであったが、注文を受けたバイトのとんぬらは居残っていた。急がせるわけではないが、首に手をかけてこちらを見つめているとんぬらが妙に気にかかり、つい訪ねた。
「えと、どうしたの?」
「いやな……果実を保管する防犯意識の高さは良いが、兄ちゃん自身の安全面はどうなんだ? 俺としてはそちらが気にかかるんだが……」
「は?」
「今日の朝刊は読んだか?」
ウンと頷く。
『魔王軍に新たな動き。幹部の数が減ったことで危機感か』という見出しだった。この幹部の減少にはカズマも関わっているので、もしかして魔王軍のブラックリスト入りをしてしまったのではないかと冷や冷やしている。
でも、注目しているのは恐ろしい連中だけではない。
見出しの次に掲載されていたのは、なんと『サトウカズマ』である。
以前王城の城に住み着いた時、魔王軍の幹部撃退に貢献している自分たちの特集を組めと、めぐみんと共に新聞社に抗議したことがある。その時に、紅魔族の力とダスティネス家の権威をちらつかせたのだが、今日、その日に撮った顔写真付きの特集記事が掲載されたのだ。
『数多の大物賞金首や魔王軍幹部を葬った、『最強の冒険者』サトウカズマ氏の謎に迫る』から始まり、パーティのことがいろいろと載っていた。
まずカズマは、駆け出し冒険者の街『アクセル』を拠点とする最弱職でありながら、あちこちで魔王軍幹部撃破に貢献している謎の冒険者。財力や権威、そして知恵と力と幸運に恵まれた、今話題沸騰中の冒険者として紹介されている。
それから……
『このパーティで凄いのは、何もサトウカズマ氏だけではない。人類の持てる究極の攻撃手段、爆裂魔法すら操る『アークウィザード』の美少女を皮切りに、血族が頑強なことで有名な大貴族、ダスティネス家の美人令嬢が『クルセイダー』を務め、そしてすべてが謎に包まれた、青髪の美人『アークプリースト』までもが在籍している。
高い耐久力と力強い攻撃力を持つ『クルセイダー』が前衛を務め、いざというときになれば『テレポート』すら使えるであろう、紅魔族の『アークウィザード』が火力を担当する。そして存在自体稀な、万能職である『アークプリースト』がそれらを支え……。『冒険者』は何らかのサポートをする、バランスの取れた素晴らしいパーティ構成……』
などと、途中、少しふわっと怪しくなっていて、それからどうにもめぐみんやダクネス、アクアがやたらと過大評価されている。カズマ自身に関しての活躍はあまり明記されておらず、指揮官とか指導者ポジションである。
しかし、だ。
『我が新聞社の取材を一切拒否している彼の宮廷道化師に続き、この『ベルゼルグ』の第一王女アイリス様が在野から発掘した冒険者。アイリス様が名指しして魔王討伐に期待を寄せるサトウカズマ氏一行の活躍に今後目を離せない』
と最後、こう締めくくった記事にカズマは胸がジーンと感動で満たされた。ひょっとして、これはお兄ちゃんの特集に健気な妹がちょっとだけワガママに口を挟んだかもしれない。まったくいけない妹だ。今度手紙を書こうと思う。
とりあえずこれを見せると三人にドヤ顔されそうだし、その紙面だけコッソリと新聞から抜き取ったのであるが、どうやらとんぬら、それからゆんゆんも同じものを読んだみたいだ。
「そうか。とんぬらたちも読んだんだな……」
あとでこの朝刊片手にギルドでチヤホヤされに行こうかと考えていたのに、自分で通知してやる前に知られてたなんて面映ゆい。鼻の下を人差し指で擦るカズマ。
「まあ、なんだ。俺は別に有名人になっても付き合いを変えたりしないぞ? これまで通りの態度で接してほしい」
「ああうん、これ気づいていないっぽいな。兄ちゃん、時たま世情に疎くなるからなあ」
あれ? なんか微妙な顔をされている。ゆんゆんもとんぬらと同じような表情を浮かべている。
「なあ一体何なんだ? 二人にそんな態度取られるとすごく気になるんだけど」
「あ、いえ、別にカズマさんが悪いとかそういうわけじゃ……」
「あまりこういうことを言うと本当にありそうだから控えたかったが、思った以上に危機感が薄いようだから教えておこう。――兄ちゃん、王都にも発行している新聞に顔写真付きで載るなんて、有名どころの冒険者に挑まれるぞ」
♢♢♢
――より緊急性の高い厄介な案件が判明した。
ちょっとこれはとんぬら達にも残ってもらって、作戦会議を始める。
屋敷の居間にて、今朝抜き取っておいた問題の紙面をテーブルへ広げた。まずこれ見たダクネスが実家の権力を背景に新聞社に圧力をかけたことに勘付いてわなわなと震えた。
「おお、お前……! また私の家の威光を使って、そんなくだらないことをしていたのか……! おいめぐみん、どこへ行く!」
「え、ちょっと畑の様子を見に」
「まだ種も何も植えてないだろう! ここに残れ! カズマと共に説教だ!」
ダクネスがそそくさと外へ逃げようとしためぐみんを咎めて、それからアクアは呑気に、
「カズマさんカズマさん、この紙面私にちょうだい。ほら、ここんとこ見なさいな、青髪の美人『アークプリースト』って書いてあるわ」
「やだよ、俺だって自分の特集記事は残しておきたいもん。俺の紹介欄なんて『最強の最弱職』だぜ? 前にとんぬらが言ってくれた事だけど中二心をくすぐるだろ」
と取り合いになりかけたが、そんな場合ではない。
「それよりさ、大丈夫なんだよな? この街は治安良いもんな、物騒な事する冒険者がいたらお巡りさんがすぐさま飛んでくるよな?」
確認するのだが、ダクネスは深々と息を吐いて、
「冒険者同士の決闘は冒険者ギルドが認めている。昔、お前と魔剣使いの男が勝負を行ったこともあっただろう? ……まあその、万が一のことがあってもアクアがいるから……」
「ポックリ言っても大丈夫ってか、ふざけんなコラ!」
最後は言い難そうに口元に手を当てつつ言葉を添えるダクネスに思わず怒鳴る。
変なとこだけ細かい法があるくせに、どうしてこの国はこういう肝心なことが大雑把なのだ。
「今日、屋敷に来る途中、とんぬらと街を歩いていたですけど、新聞のことだけじゃなく、カズマさんが『世界樹』の黄金の果実を手にしたと話題になっていました」
「え、ちょ、それ本当かゆんゆん!?」
昨日の今日で情報が広まっているとか想定以上だ。
「ああ。だからいただかれる前に、見かけ次第決闘を挑んで奪ってしまおうと面と面を付き合って囁き合っている輩もいたな」
「はああああ!!?」
なんてことだ。食べるに食べられず、捨てるに捨てきれない黄金の果実はとんだ厄介な種らしい。
両手で頭を抱え、追い詰められた様相のカズマに、脅しすぎたかと思ったとんぬらはフォローする。
「でもほら、一応、ミツルギに勝ったことがあるんだろ? それに王城勤務の衛兵相手に大立ち回りを演じたこともあるんだ。対人戦じゃ余程の油断をしなければ負けることはない。そうだな、『男子家を出れば七人の敵がいると思え』とも言うんだし警戒すれば」
「無理! そんな街を歩くにも周囲に気を張り続けなきゃならないとか神経すり減り過ぎんだろ!」
ダメだ。昨日、あの謎の飛行物体・烏人に襲撃されたときの恐怖もぶり返してきて震えが止まらない。ガクブルするカズマは、そこでふと気づく。
「そういやとんぬらとゆんゆんも……取材を断ってるみたいだけど王都で有名な冒険者になってるんだろ? 決闘とか挑まれたりしてるのか」
「ああ。取材は断っていたから、ゆんゆんはそういうのはなかった。……ただ俺の方は仮面の
「その時はどうしたんだっ?」
状況打開の頼みの綱と成り得るかもしれない。回答を急くカズマの姿勢がとんぬらへと前のめりになる。
これにとんぬらが席を立って、ひとつ実演してくれた。
「『紅魔族は魔法使いとして優秀なんだろうが、街中では魔法が使えんだろ!』と得物を抜いて絡んできたから、こう――」
むんずとカズマの胸元ではなく、ズボンのベルト掴んで、腕一本で軽々と持ち上げられる。足が床につかずにふらつき、そして捕まっているので逃げられない。そこへもう一本の腕で――――……ピタリと顎裏にカズマの反応できない速さで突き出された拳が寸止めされた。
「――やって、“望み通りにステゴロでコテンパンにしてやろうか?”と目と目を見合わせながら言ったら、その後は話し合いで解決できた」
一瞬、顔面を四度炸裂する拳打でメッタメタに殴られまくるのを幻視した。
そのまま元いた椅子に降ろされたが、腰が抜けてどっさりとうまく座れずにへたり込んでしまう。
とんぬらは本当に魔法使い職なんだろうか? めぐみんも結構力強いけど魔法使いって味方に庇われる体力に自信のない後衛職なんだよな??
「その後も、“駆け出し冒険者の街に引き籠ってる奴が調子に乗りやがって~っ!”と何人か決闘を挑んでくる輩がいたが、十人ぐらいと“話し合い”をしたらパタリとやんだな」
……だめだ。これ、使えない。言葉通り強引に“話し合い”の
と、消沈するカズマへ今度はダクネスに襟首を掴まれているめぐみんが、ふっと人を安心させるよう微笑みかけた。
「なに、心配いりませんよカズマ。どこぞの冒険者が挑戦してきても、この私が撃退してあげます」
「ねぇめぐみんって、カズマさんに随分と甘くない? 私、そんな風にめぐみんから庇われたことないんだけど」
「だだ甘なゆんゆんにだけはそう言われたくありませんよ。大体あなたは私のライバルなのでしょうに」
扱いについて不平を訴えてくるゆんゆんにめぐみんがツンと返し、
「ええさっきもゆんゆん、あなた、“お嫁さんに
「言っておくがな、めぐみん!」
コホンととんぬら、咳払いして言い合いになりかけるのを未然に防ぐよう割って入った。
「決闘の代理を受ける気満々だが、ゆんゆんとやっていたような決闘じゃないんだぞ。あんな正々堂々決着がつけると思っているなら期待外れだと言っておく。……冒険者は本気になれば、卑怯な手も辞さないからな。一対一じゃなく、パーティ全員で囲んでくることだってある」
実体験を語っているからだろうか、その言葉は重く響いてくる。
「それと、めぐみんの爆裂魔法程対人向きじゃない魔法はなかろう。口で言い負かそうが、向こうがそれで納得するような理知的な奴ばかりじゃない、むしろ逆上して襲い掛かってくることだってある。その時にあんたは魔法もなしに場を治められるのか、さっき俺に簡単に抑えられた『アークウィザード』めぐみん」
「まったくとんぬらはいちいち口煩いですね、あなたは私の姑ですか」
「茶化すな。40台の高レベルになってステータスも上がっていても、めぐみんは魔法使いだ。そして、この街にいる冒険者ほどモラルが高いのはそういない――それはつまり、『アクセル』の治安が良いのは確かだが、それに慣れて他所でも同じと当てはめてはいけないということだ。はっきりいって、有名冒険者を凹まして名を挙げようと王都から名声を求めてやってきた冒険者連中の相手はめぐみんに任せられん」
容赦なく、言い切られた。
これは別にめぐみんを貶したり侮ったりしているわけでもないのだろう。とんぬらは冷静に、そして、心配して諭すために言葉を尽くしている。
それを見て、今度はダクネスが声を上げた。
「それなら、私がカズマの警護につこう。これでもパーティを守る『クルセイダー』だ」
「いや、それもあまりうまい手とは言えません。“女性の背中に守られる男性冒険者”と見られたら、カモ扱いされて余計に狙われる可能性が高い。それにダクネスさんだと、その……金髪が目立ってしまい、威を借る小物だと侮られて面倒になるかもしれません」
少し言い難そうに表現をぼやかしたが言いたいことは伝わった。剣の扱いはとにかく普通の殴り合いの喧嘩なら拳も当たるし、ボディガードとしてはうってつけであるダクネスであったが、貴族というのが
あながち的外れだとは言えないが、貴族の権威を笠にきたと思われたら、変な悪評が立てられてしまいそうだ。
めぐみんもダメ、ダクネスもダメ。そうなると……
「じゃあアクアならどうだ。アクシズ教がついてるとなれば、挑戦者たちも敬遠するに違いない!」
「え、私、いやだけど」
まあ、アクアは端から期待していなかったが、なんか空気読めよと言いたくなった。
「どうして私がカズマのために働かなくちゃならないの? 普通逆でしょ? 私女神よ?」
こんな女神を転生の特典にしてしまったことを今更ながらとても後悔した。くそ、『グラム』とかそういう神器だったらその力で追い払えたかもしれないのに!
「それからダクネス、なんか今アクシズ教のこと悪く言わなかったかしら。ねぇ?」
「あ、アクアは、私はその……」
アクアに詰め寄られタジタジになるダクネス。
パーティが頼れないとなると……
「俺としては、兄ちゃんが自分で追い払うってのが最善だと思っている。自分の蒔いた種はしっかりと自分で刈り取る。『最強の最弱職』というのならそれくらいできなきゃな」
「いやまあそれは確かにそうだけど……。とんぬらは、手を貸してくれないのか?」
「ん?」
僅かに傾げ仮面の奥の目で問うてくるとんぬら。これに少し怯むもカズマは今しがた思いついたことを言う。
「とんぬらなら決闘挑んでくる冒険者を軽くあしらえるんだし、それに
「兄ちゃん」
でもそれは最後まで言わせずに遮られた。一言で。一言に篭った重みで、意見が喉元まで引っ込んでつっかえる。
「この新聞にも書かれていたが、あの時、姫さんに“
目が泳ぐ。めぐみん、それからダクネスが左右横から挟むようにジーッともの言いたげに見つめてくる。
「だというのに、魔王や幹部との一大決戦でもない、所詮名声に飢えた二、三流の冒険者相手の決闘に人の手を借りようというのは……脅した俺が言うのもなんだが、ここのところいささか腑抜けてはいないか?」
まったくの正論。そう言われると返す言葉もないのだが。
とここでいらんことを言う
「そうね、ヒキニートのカズマがダメなのはもうどうしようもないけど。これでもちゃんと考えがあるのよ。稼いだお金で高レベルの冒険者の大群を率いるの。こう、冒険者たちのほっぺをお札で叩いてこき使い、魔王を弱らせたところで最後のトドメを持っていくって寸法よ!」
「ほう……」
確かに、そういった。こたつ開発に目を付けたバニルから定期的に大金を口座に振り込んでもらえる契約を結んだあと、金銭的に余裕が出て思いついた。どれだけレベルを上げてもたかが知れてるし、高額な装備に身を固めて、超高レベルにしたところで魔王に瞬殺される自信がある。だからその当時、モンスターに殺された直後だけあって後ろ向きで、それで現実味に、最も妥当と思える作戦を考えた。そして、みんなに話したことがある。
――が、それを今言うかアクア!
「お、お金の力で魔王を倒すとか、いくらなんでもそれはちょっと……」
その時のめぐみんと同じように紅魔族のゆんゆんも若干引き気味に反対の声を上げる。
それからとんぬらも、
「そういえば、ここ最近、妙に此方に羽振りがいいなと思っていたが……なんか兄ちゃんとの付き合いを考え直した方が良さそうか?」
「待て待て待て待てーっ! 全然二人のことを買おうとか考えてないから! とんぬら達には世話になってるし借りもあるからその誠意にお返しにというか……とにかくそれは全くの誤解だ!」
「……それならば、証明してみてくれないか。魔王を倒すつもりはあるのだと、挑戦者相手に示してみてくれ。本気ならば、できるだろう?」
こちらに向けてくる厳しく鋭いとんぬらの双眸は笑っていなかった。裁判にて必殺のカードを切り出した検察官のようなそれである。う、と息が詰まりたじろぐカズマを見て、めぐみんが今度はさながら弁護人のように、抑え目気味ながらしっかりと口を開いた。
「……とんぬら。私達は昨日の『世界樹』でマナーの最悪な冒険者に狙われ、命を落としかけたんです。カズマがいつも以上に過敏に
これまでもカズマは死の淵から蘇ってからしばらくは精神療養のために、殻に閉じこもって無理無茶を遠ざけ、デリケートになっていた。
それはパーティの全員が知るところであって、めぐみんはその点を挙げている。常ならばとにかく、今は機が悪いと。
「めぐみんの言い分はわかった。立ち直るのに手を貸そう。――だが決闘を受けるのは兄ちゃんだ」
あれこれ文句をつけてくるとんぬらだが、これは納得がいかない。めぐみんは先に増して強く噛みつこうとするが、怜悧な眼差しに閉口させられる。
「理由は簡単だ。今の過保護な態度を見るからに、めぐみん、それにダクネスさんもか、二人が兄ちゃんに甘いからだ。この最近は特にその傾向が強い。心当たりがあるんじゃないか?」
「っ……」
「ただただ甘やかすだけでは人間ダメになる。実際、この前の魔王軍との防衛戦をピークに緩やかに堕落しているのを知り、定期的に絞め直す厳しさが必要みたいだと俺は痛感した」
めぐみんを切って返してから、鋭き眼光は再びカズマを射抜く。
「話に聞いたが昨日の状況、襲撃した輩に狙われたとき、兄ちゃんが『テレポート』を使っていれば普通に助かっていただろうに」
あ……。
「尖ったパーティに生じる大きな隙間を埋め合わせるために、多種多様なスキルを身に着けられる『冒険者』の特性を生かし、補おうという心がけは殊勝だけれど、その魔法やスキルを使いこなせないのでは宝の持ち腐れも良いとこだ。指揮官は周りを動かす能力が肝要であるが、かといって、何もかも周りがやってくれるというような甘えた意識では成り立たない」
返す言葉もないとはこのこと。
指摘され、今更そのことに気付いた。あの時にできなかったのは、きっととんぬらが言うよう、その意識が欠如していたからなのだろう。
「それにどうやら兄ちゃんは……」
そこで不自然に言葉を切ってから、一旦、鞘に納めるよう厳しい目を閉ざした。
「男子は三日あれば変わる。ちょっと荒療治すれば、泣いたり笑ったりすることのない不動の心構えをものにできよう」
それって、ヤバい奴じゃないの? 泣いたり笑ったりできないって感情が死滅しちゃうくらいとか、荒療治の度を超えていないのか。
目を瞑りながらも蒼褪めていくカズマの顔色を察し、もしくは予想して、とんぬらはすぐに言い直した。
「すまん。脅かしすぎた。安心してくれ、俺が考案する今回の画期的な修行法は、子供のころにやっていたのを参考にしたものでな。ボソッ(身体的には)……海での『養殖』よりも楽して安全な修行になるはず」
子供のころ……というと難易度が下がったように聴こえる。
きっと只管走らされた(歩数を稼がれた)海修行と比べれば、“よく訓練された大人の師範代レベルの真剣稽古”から“ちびっこ空手道場での指導”くらいにハードが落ちるのだろう。そう思うと気が楽だ。
それに、トレーニングやダイエットや、勉強などもそうだが、自身の錬磨というのは続けて意味があるのか疑問が残るからこそ、苦しさに諦めてしまうものであり……如実に効果を実感できるのであれば、これに勝る発奮材料はなかろう。
とんぬらの修行は成果を出している。指導育成能力の優秀さを一番に知るのはカズマだ。騙されたと思って受けてみる価値はある。
「わ、わかった。その修行受けるよ」
「よし言質は取ったぞ」
そういって、再び開かれた仮面の奥の双眸が
「待ちなさいカズマ! とんぬらの子供の頃の修行と言えば、大人たちもドン引きするほど紅魔族随一のスパルタと評判な――」
何かめぐみんが気になることを叫んでいたが、その時にはカズマは沈むように微睡みに誘われていった。
参考ネタ解説。
世界樹:ドラクエに登場する巨樹。名称が変われどほぼドラクエ全作品に登場し(もしくは関わる)、たいてい番人やら管理人がついている。蘇生アイテムである『世界樹の葉』や完全回復アイテムである『世界樹の雫』が採取できて、他にも重要アイテムがある。
黄金の果実。ドラクエⅨでは、『女神の果実』と称され、天使たちが集めた星のオーラの力が凝縮されており、口にした者の願いを叶える力を持っている。
ただし、とても清らかな心の持ち主でない限り、果実の強大な力に振り回され暴走する。力に呑まれればその大半は凶悪な魔物と化す。
それからドラクエⅩには、『創世の果実(樹の名称は創世の樹)』と呼ばれ、管理者である番人を打ち倒してから、食べるとレベル100からの上限が開放される。
ドラクエⅪにも冒険の書の世界で登場していて、果実を食べたスライムが『終焉竜』なる『ぼくのかんがえたさいきょうのドラゴン』な隠しボスに変異した。スライムはドラゴンになりたいと願っていたみたいだが、案の定力に呑まれ暴走状態で、しかも変身中の記憶はないという。
ただ、設定上、果実を口にしたものはどうあれ最終的には本来の望みが叶うとされている。
世界樹の花。ドラクエⅣに登場するエンディングに関わってくる重要アイテム。1000年に一度しか咲かない。香水よりもいい香りがする。そして、本来死せば魂を呼び戻せない(
世界樹の苗木。ドラクエⅩに登場するコレクションアイテムのひとつ。一日一回『世界樹の葉』を採取できる。
それからドラクエⅧにて、名称が異なるが、『世界樹の葉』を採取できる『神秘の樹』には明け方にのみ姿を現すという設定がある。
作中では、このすば二期オープニングに登場する背中の甲羅に大樹を生やした亀をモデルにしており、『宝島・玄武』と同じ神獣級という設定。普段は姿を隠しており、発見することも難しい。また移動するので『テレポート』の登録先にしようと無意味である。
管理者のようなことをしている母親から蕾が付いた世界樹の苗木が贈られる。
パルプンテ新効果。
ラブラブ夫婦になる:ドラクエパロドラマ勇者ヨシヒコに出てきた効果。とんぬらの前の神主(父親)はこれで妻(母)と結ばれたとされている。
誤字報告してくださった方、ありがとうございます!