この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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コロリン病の設定変更。ドラゴンの牙を追加しました。


109話

 学校なる教育機関……それは、この世界では革新的な取り組みだ。

 治める側とすれば、自らが管理する市民は利口ではあるが愚かである方が望ましいのだから。知恵を付けられるのは困るのだ。あまり市民が賢くなれば、反乱も起きやすく成り得る。

 つまるところ、これを試験的に行っているダスティネス家は、いずれ自らの貴族の地位も脅かすかもしれぬ、自分で自分の首を絞めるようなことをしている。

 

 しかし、アレクセイ・バーネス・バルター……元領主の息子にして、現領主の有能な補佐をしている、この市井のものから貴族の養子となり、最年少騎士叙勲を成したひとかどの人物。もちろんそこに至るまで彼がたゆまず重ねてきた努力は欠かせない要素ではあるものの、彼の存在は、貴族と市民の血の優劣を覆せるのだと証明してみせた実例だ。

 彼のような原石はきっと大勢いるに違いない。これからの国を発展させるためにはより多くの人が自ら立って、一人一人が意義をもって社会に貢献していく環境・土台作り、それが大事だとそう考え、ダスティネス・フォード・イグニスは意欲的にこの行いに取り組んでいる。

 

 ただ何分、これは革新的……あまり前例のないことで、親御さんに教育機関の概要、利点などを説明して理解することから始め、子供たちを指導する教師役などの人材も不足しているし、本や筆記などの勉強道具を用意するための費用もある。

 総じて、この教導システムを軌道に乗せるには、お金が必要なのだ。

 

「――とこれが、皆から徴収した税金だ。でもいずれはみんなのために、倍以上になって還元される時が来る」

 

 孤児院の前に立ち、一領主、その補佐としてダクネスが、集まってくれた冒険者らに説明する。

 『此度の税金の使い道をきちんと話しておくべきだ。それを不透明にしておくといらんいざこざを招くことになる』と先日、最も税金を納めてくれた理解者からの助言もあって、ダクネスはこの説明会を行った。

 

「つまりダクネス。この孤児院って、俺達から巻き上げた金で成り立ってるのか?」

 

「巻き上げたとか人聞きの悪いことを言うな。基本はダスティネス家が子供たちの養育費を賄っているが、その、恥ずかしながら少しだけ資金繰りに困っていてな。だから先日、お前達から徴収した金で、一時的に補填させてもらったから、その説明責任に今日、な……。と言っても誤解するなよ!? ちゃんと返済するつもりだからな! 冒険者から徴収した金は、冒険の最中に不具合になった者の老後の手当てや治療に充てられることになっている。なにせ、今まで冒険者の先行きはとても不安だったからな。これで、歳を取って冒険できなくなったものも、最低限食べていける程度の年金はもらえるぞ?」

 

 と、一端語り終えたところで、ダクネスが集まってくれた冒険者達へ、申し訳なさそうな顔でおずおずと尋ねる。

 

「その……それで、お前達から集めた税金の使い道だが……。納得のいくものだっただろうか……?」

 

 高額賞金首からの賞金で懐が潤い、しかしその一千万エリス以上の収入の半分を持っていかれて不満のあった冒険者たち。して、『今回の税金徴収を企てたのはダクネスで、しかもダクネスは小さな男の子を買うため税金を掠め取っている』なんて噂が流れており……その結果、大勢集まった彼らは、この説明会を見学して、子供たちから感謝を、それからダクネスより事の真相、そのはらわたを明かされて、

 

「あ、ああ、俺達の稼いだ金が子供たちのために使われると知って、また明日から頑張ろうって気持ちになってくるよ! な? お前ら、そうだろ?」

「おう、俺達が心配していたのもララティーナのことだから、何かひとりで大変なことを抱え込んで頑張ってるんじゃないかって思ってよ!」

「だよねだよね、そう思って心配してきてみたら、ララティーナちゃんはやっぱりこんなふうに無理してるし! ね、ね!」

「俺達は冒険者仲間じゃねぇか。お嬢様だって関係ないぜ! なんならガキどもの登下校の見回りぐらいはしてやるぞ?」

 

「そ、そうか……。お前達がそう言ってくれるだけで私はまた頑張れる。本当にありがとう。てっきり、先日の税金のことで恨まれているものだとばかり……」

 

「何言ってんだよララティーナ!」

「そうよララティーナ、水臭いじゃない!」

「俺達がお前を疑うわけねーだろララティーナ!」

 

「その、そう言ってくれるのは嬉しいが、いい加減ララティーナはやめてほしいのだが……」

 

「ちょっと、ここに来る前と言ってることが違うじゃないの? ねぇ、ダクネス聞いて! カズマを始め、みんなここに来る前まではね――ちょっと何すんのよ! やめて! やめて!」

 

 何か余計なことを言いかけたアクアが冒険者たちに取り押さえられたが、とりあえず、納得していただけたようだ。そこで、

 

「『一千万エリス以上のものはその収入の半額を納める』というやり方はいくら何でも改正した方がいいと思いますが。それ、金持ちになった市民を貴族が自分たちよりも偉くなる前に凹ますため、出る杭は叩けるよう設定したんだと思いますし、そう疑われてもしょうがない。自分たちの逃げ道も用意されているようですしね。伝統でもないのに前領主から続いている悪法をそのまま継続するのは禍根を生みます。正直、こんな為政者の下でやっていけるかと他国に離反しても文句は言えませんよ、ダクネスさん」

 

「わかっている。もうこんなことが二度とないよう父と税率についてかけあっている。これでとんぬらたちと決裂してしまうなど領主……いや、一個人として避けたいからな。……本当に、すまない」

 

 忘れず、とんぬらがしっかりと念押しする。

 また何億も金を持っていかれるのを未然に防ぐだけでなく、こうして最もお金を支払った高額納税者が要求して、これで腹に納めると態度を取った方が他の冒険者たちも今回の件での不満を呑み込んでくれるだろう。

 ――しかし、この説明会に、不満を解消し切れないものがいた。彼女は紅魔族の体質である荒ぶり赤くなる瞳を光らせて、ダクネスに向けて声高に、非難する

 

 

「どうして、とんぬらに魔法の教師役を頼むんですかダクネス!」

 

 

 と、めぐみんが、税の使い道とは別の話であるが、この教導システムについて物申す。

 

「貴方と同じパーティに、この紅魔族随一の天才! 里の学校を首席で卒業した、この私がいるんですよ!」

 

 より厳密には、教師役の選考について。

 

「いや、それはほら……とんぬらも首席卒業だし、めぐみんよりも早かったと話に聞いてたからな」

 

「一日の差なんてあってないようなものです。それに私はその時すでにいつでも上級魔法を習得できて卒業できる状態だったんです。そもそも普通、同じパーティの者から頼りにしませんか? 私、そんな話、初耳なんですけど」

 

 それはこうしていちゃもんを付けられるのがダクネスにも予想できたからだろう。

 

「そりゃあ、めぐみんが魔法を教えるっつったって……爆裂魔法しか使えないんじゃなぁ」

「能力的にも性格的にもとんぬらの方が教師役に向いてるよねぇ」

「だな。日頃の行いを見ても、手本にさせるならとんぬらだよな」

「それに宮廷道化師として名高いし、子供たちにも我が街のエースとして人気があるだろ」

 

 外野の冒険者が口々に、ダクネスが気遣わし気に控えていたものを代弁するように批評を囁き合えば、それを耳にしためぐみんは歯軋りしながら、

 

「ぐぬぬ……私だって王都では、すべてを灰燼に帰する偉大な大魔導師として名を馳せているんですよ」

 

「そう言ってお前、魔法を教えてくださいって言った連中から逃げたじゃねぇか」

 

「ちょっとカズマ!? その話を今持ち出さないでくださいよ!」

 

 “爆裂魔法しか使えない”という欠点がバレる前、大魔導師のメッキが剥がれる前に王都から帰ろうと言っていたのはめぐみん自身である。カズマがそう指摘する。

 でも、めぐみんのプライドとして、同郷の、それも変異種とも称せるくらい奇天烈な方が評価されるのは、負けず嫌いに火が点くもので、

 

 

「めぐみん先生、僕に爆裂魔法を教えてください!」

 

 

 そのとき、子供たちの中から一人声を上げた者がいた。

 

「めぐみんさんの爆裂魔法に魅せられました!」

 

「な……」

「お、おおっ! なんです、見所があるのもいるじゃないですか! ほら、ダクネス! 私の方が先生に向いてるんじゃないんですか?」

 

 これに周囲の大人たちは驚き、そして、めぐみんは小さな声援に大きく胸を張り、ダクネスへ再び訴える。

 とんぬらは彼の魔法の先生として、諭すように、この年長の教え子へ、

 

「爆裂魔法は難しい魔法だと教えたはずだろう? 尋常ではない魔力が必要だし、習得するにしても上級魔法以上のスキルポイントが必要だ」

 

「でも、僕より年下のめぐみんさんでも爆裂魔法を唱えられますから、僕だって……!」

 

 説けば、すぐに問題点が判明した。

 これに大人の冒険者たちは静まり返る。とんぬらも何も言えない。

 まあ、いちいち冒険者の実年齢を授業で教えることはないし、見た目年齢で誤解されるのはどうしようもないわけで――ただし、当人が納得いくかは話が別。

 低い……腹の底から響かせるような、怖気走らせる声音で、幼き者の勘違いを正す。

 

「……少年、私の方がずぅっと年上ですよ」

 

「ええっ!? 本当なんですかとんぬら先生!」

 

「ああ。めぐみんは俺と同年代……まだ十五歳ではないが、もうすぐ成人するな」

 

 めぐみんの発言は正しいものとんぬらが頷けば、男の子は、ふるふると震えながら、

 

「そんなナリだからてっきり■歳くらいだと――え、ロリババア!? ウソお!?」

 

「爆裂魔法の前に、年上の恐ろしさの方を教えてやろうじゃないか!」

 

「ひいぃぃいい!?」

 

 だいぶ失礼な態度ではあったが、これに腹を立てて飛び掛かるのも大人げない。

 咄嗟にとんぬらは男の子を庇い、めぐみんを抑える。

 

「落ち着けめぐみん。学校の年少組らに年下だと見られ、牛乳を恵まれた時と同じだ。誤解されるのもしょうがない」

 

「何ですかとんぬら! 本当に年上を敬っていれば、大人の風格や威厳というのは見かけに寄らずともわかるものです!」

 

「なら、そのオーラが足りてないんだろ」

 

「そんなはずはありませんね。今や高レベルの『アークウィザード』である私の格は見る者が見ればわかるはず。ええ、これはとんぬらの指導力不足です」

 

「――そんなはずはありません! お師匠様は素晴らしい先生です!」

 

 とんぬらを批難するめぐみんの物言いに、子供たちの中から我慢ならずに張り上げた声が飛んできた。

 めぐみんがそちらへ反応すれば、そこにはパーティの仲間の面影を残す、この子供たちの中でひとり金髪碧眼――貴族の血統の証――の少女。これまで他の子たちの陰に隠れて目がたなかったその子へと注目が集まる。

 これにはカズマとアクアも驚いて、パーティ揃ってダクネスへと視線をやり、それからその子と見比べる。

 

「ねね、あの子、ダクネスと似てないかしら?」

「確かにダクネスを儚くして縮めたような女の子ですが」

「髪色、目の色と顔立ちは似ているが、どことなく品があるし……お嬢さん、お名前は?」

 

 カズマが女の子の前に屈みこんで、安心させるように笑いかけながら質問すれば、呟くように控えめがちに名乗った。

 

「ダスティネス・フォード・シルフィーナ、です」

 

 しっかりと教育の行き届いた貴族の令嬢らしく、スカートの端を摘まんでから、頭を下げる。

 うん、ダクネスの血縁者で間違いない。問題は……

 

「それで、ダクネスとどんな関係なのかな?」

 

「あっ! ま、待ちなさいシルフィーナ、今私が説明するから……!」

 

 ダクネスが慌てて止めようとするも、女の子の口からついポロッと出てしまった。

 

「えと、ママとは」

 

 “ママ”――その二文字の単語の破壊力はすさまじく、カズマたちは唖然呆然、一瞬忘我した。さらに動揺は伝播して、他の冒険者たちも騒めき出す。

 

「広めなきゃ……。ギルドの皆に広めなきゃ……まずはギルドのお姉さんに報告ね。あとはアクシズ教の教会に行って、その次は八百屋のおじさん、肉屋のおじさん、お隣に住んでるおばさんに……!」

「アクア、早とちりするな! まずはこの子をよく見てくれ!」

 

 アクアが決意に満ちた顔で、まるで大切な任務を復唱するかのようにぼやき始め、

 

「ままま、まあ貴族なら、若くして子供を産むのは義務みたいなものですしね! でもよかったですね、髪や瞳の色だけでなく、目元なんかもお母さんに似て……! 将来は絶対美人になりますよ!」

「めぐみん違う、これには理由が……! 頼むから私の話を聞いてほしい!」

 

 めぐみんが自分に納得できる考察を語りかけながらどうにか冷静さを保もとうとして、

 

「そうか。初めまして。お兄ちゃんはサトウカズマ。君のママの仲間で、この街の冒険者をしてるんだ」

 

 カズマは落ち着いて自己紹介を――

 

「俺のことはお兄ちゃんかパパとでも呼んでくれ」

 

「そうかララティーナ、お前カズマとの間に子供が……おめでとう!」

「これからは変なひとり遊びをするんじゃないぞララティーナ」

「でもよかったね、ララティーナちゃんが収まるところに収まって。意外と抜けてるところがあるお嬢様だから、変なのに引っかかるかと心配したよー」

「俺は、嬉々としてモンスターの巣穴に住み着いたりしないかと心配したよ。なんにせよ、これで安心だな」

「カズマもこれで将来安泰じゃねぇか。貯金が尽きても食っていけるな!」

 

「お前たちは何を言っている、シルフィーナの父君は存命で、私との関係は従妹だ!」

 

 カズマの発言に便乗し、税金徴収の軽い仕返しも兼ねて悪乗りする冒険者たちより暖かな拍手を送られる。恥ずかしい本名(ララティーナ)を連呼されるダクネスはカズマを揺さぶりながら、泣きそうな顔で訴えた。

 

 

「………というわけで、シルフィーナはダクネスさんの従妹で、ママと呼ぶのも昔に母代わりに接してきたときのクセだ」

 

 その後、真っ赤になって慌てふためくダクネスでは冷静に説明できないだろうと判断し、事情を知るとんぬらが代わりに皆に関係性と、シルフィーナについて軽く紹介を引き継いだ。

 それに納得をしてくれた(端からそう思っていない)のだが、めぐみんはジッととんぬらを見て、

 

「それで、先程、シルフィーナがあなたのことを“お師匠様”と呼んでいましたがそれは一体」

 

「俺はシルフィーナの家庭教師(チューター)しているんだ。そしたらそう呼ばれるようになってな。師匠と呼ばれるのならそれなりの責務は果たすつもりだ。それに里で紅魔族の協力も仰いでいる。一種のプロジェクトになっているな」

 

「何それ聞いてないんですけど。え? パーティ(ダクネス)だけでなく、故郷(さと)からも素通り(スルー)されているんですか私!?」

 

「これはこの子の事情に関わる話だから発言は控えさせてもらうが、めぐみんには専門外だ。人間、向き不向きがある。まあ、俺もまだ弟子を取るほど熟達しているとは言えんがな」

 

「そんな! お師匠様は、すごいです! あんなに綺麗に魔法が使えて、私のことを元気にしてくれて、お師匠様のおかげで私……! ――だから、めぐみん様、お師匠様はダメな先生じゃありません!」

 

 何だか戦力外通告されたみたいで癪に障るめぐみんではあったが、妹のこめっこよりも幼いシルフィーナの前ではあまり強くは出れない。やがて睨めっこに渋々であるが降参して、

 

「まったく随分と懐かれていますね……。ええ、まあ、私もとんぬらが盆暗などと思っちゃいませんよ。あなたが抱えている事情が何なのか私は知りませんが、その男ならうまくやるでしょう」

 

 ですがまあ、と言葉を切り、めぐみんはとんぬらを誘導するよう視線を振る。

 

「他所様の事情に関わるのはいいですが、もっと気にかけてやるべき個人(あなた)担当がいるのを忘れていませんよね?」

 

 説明会に集まった冒険者――それから離れた位置、小陰に隠れて少女がこちらの様子を窺っていた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 妙に顔合わせづらく、距離を取っていたけど、ダクネスの説明をちゃんとゆんゆんは聞いていた。というより、今朝、屋敷で既にダクネス自身から個人的に話をされていた。

 

 申し訳ないことをした。ゆんゆんの事情は知っていた。貯金していたのが何のためなのかもわかっていたけれど、税金徴収に踏み切らせてもらった。恨んでも構わない。だけど決して損はさせない……そう、たどたどしくも説明責任を果たそうとするダクネスに、どう応答したのかは細かいところまで覚えてないけど、生返事で相槌を打ちながら、たぶん最後は、『気にしないでください』と許す返事をしたと思う。

 それで、とんぬらがクリスに促されて長考に入った時に、これを理解して、税金を納めたというのなら、納得できなくはない――頭の底の方、冷たい部分は正しく理解していた。しかし、解消できない“不満(モヤモヤ)”が渦巻くゆんゆんの思考は別の方向へ流れた。

 ――貯め続けてきた結婚資金が使われる。

 ――それは結婚するよりも大事だと判断したから。

 ――とんぬらにとって私との結婚は()()()()のものなの。

 不満に比例して悪くなっていく不安が裡に滞留し、澱み、溜まっていく。

 そうして、子供たちに囲まれ、“お師匠様”と懐くシルフィーナに微笑むとんぬらを見て、『税金はこの子たちのために使われた』という説明がなされていたせいか、『自分との結婚よりも子供(弟子)の方が大事なんだ』なんて良くない考えが沸々と浮かんでくる。彼が自分じゃない人に笑いかけるだけで、お腹の底に澱んでいる何かが絞り出されて、胸の裏へぎゅっと詰め込まれる。

 どうしよう。

 どうしよう、どうしよう。

 今日はとんぬらに説明を……正直な気持ちを教えてもらうために来たのに話をする前から、まとまらない考えで頭がいっぱいになる。いや、考えなどではなく、ただただ悩む。ひとりぼっちだったゆんゆんとは違って、とんぬらはどこでだってうまくやれるし人の輪の中心になれる。とんぬらはきっと自分がいなくても大丈夫。だから、自分は必要ではない。

 ゆんゆんは必死に考えた。誰よりも何よりも自分のことの優先順位を上げるにはどうしよう? それさえわかれば、離れることはない。考えて…………考え直す。

 ――だめよ。いくら気が滅入って卑屈になっていたからと言って、妙なことを考えるなんて、これがバレたらとんぬらに嫌われてしまう。ああ、恥ずかしさと後悔と自己嫌悪と、今更の恐怖が胸に篭って息が苦しい。

 “どうして今すぐ彼の下に行かないのだろう?”という疑問と、“どうしても彼に浅ましいものを抱えたまま接したくない”という拒絶がまたぐるぐるとゆんゆんをかき混ぜる。そして、堪え切れない寂しさが求める。彼のものを――彼に近づかずに――そして、心が伸ばしたのは彼を感じられる“竜の魔力(もの)”。『ドラゴンロード』の契約のパスを通じて、貪欲に引き込み続けて……吐く息が熱い。視界が薄らと赤らんでいく。でも、この体内に入り込む“熱さ”が彼のものだと思えばそれも心地良くなる。寂しさが満たされる。火傷しそうなくらいだけれど、ひとり孤独に凍えるよりもずっと、いい……。

 

 ゆんゆんは、心臓のポンプが激しく高鳴るも、口を閉ざした。吐息に篭る“熱”さえも、どこにも逃がさないように。

 そうだ。

 とんぬらを。

 誰にも、渡したくない――

 

 

 その時、バタッと、とんぬらの傍にいた少女が倒れた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 それは突然のこと。

 とんぬらが反射的に抱き留めたシルフィーナは眠り病にかかったようだ。手足は投げだしピクリとも動かない。ピクリとも動いてくれない。突然、深い眠りに落ちたまま何も反応しなくなる。

 それから事態はドミノ倒しのように連鎖(あっか)した。

 バタバタと、他の子供たち、先程まであれだけ元気だった子供たちも倒れる。

 

 ――原因はすぐに解明された。

 ちょうど子供らの迎えに来訪したすべてを見通す悪魔バニルより、『コロリン病』に感染していると見通された。

 コロリン病。

 これは極めて特殊な病で、キャリアとなった者――シルフィーナ――を媒体に周囲に即効性の毒素をばら撒く。

 これの治療法は、回復魔法と解毒魔法を掛け続けること。そうすればやがて元気になる。ただし、感染源(キャリア)となった者には解毒魔法は効果がない。回復魔法で体力を補って保たせ、その間に特効薬を煎じて飲ますしかない。

 して、この特効薬に必要な材料は、五つ。

 一つ、カモネギのネギ。

 二つ、マンドラゴラの根。

 三つ、ゴーストの涙。

 四つ、ドラゴンの牙。

 五つ、高位の悪魔族の爪。

 

 高位の悪魔族。それも実体を持つ。

 バニルは仮面を依り代にして、仮初の肉体を構築しているに過ぎないので、該当しない。

 サキュバスは実体があるが、悪魔族の中では最下位。

 プオーンもサキュバス達よりは上でも残念ながら今の状態ではとても高位と呼べるほどの格ではない。

 

 だけど、『アクセル』の近くにひとり、バニルの知り合いの高位悪魔がいる――

 

 

「子供たちのことは任せておいてください。アクアと私でどうにか保たせてみせますから」

 

 回復魔法と解毒魔法の結界を孤児院に張り、子供たちの状態を維持するアクア。これにはエリス教のプリーストや、それからアクシズ教のプリーストの支援が入り、治療されるまでは万全に二十四時間体制が整っている。

 それから特効薬を製作する準備にめぐみん。めぐみんは紅魔の里の学校で指導された病治療用のポーション作りの経験があり、また途中から魔道具店から駆け出してきたベテラン魔法使いのウィズも準備作業に加わる。

 それから街の薬屋で手に入るものは、カズマが金に物を言わせて買い叩き、他の材料に関しては、その場に居合わせた冒険者たちが自主的に手伝ってくれることになった。

 その中でも、ドラゴンの牙……ドラゴンの素材はどれも効能が高く、だがそれに比例して入手難易度が高い。しかし、偶然にも人に懐いているドラゴンが傍にいる。

 

『うん……わかった……協力する……子供たちのため』

 

『ま、任せておけ。おたくのドラゴンは大人しいし、利口だから、相当なヘマしなけりゃちょちょいと採取できるさ。ついでに他に虫歯がないか診てやるよ』

 

 正体を明かしてしまうことになるが……ドランゴが()の提供をしてくれることになった。

 ただ自分で自分の歯を抜かせるわけにはいかない。助けがいる。

 魔獣の抜歯には神経を尖らせるほどの注意とそれ専門の知識が必要であったが、“ドラゴンにちっとばっか詳しい”というダストとそれからパーティのリーン、キース、テイラーが取り組むことに。『スリープ』で麻酔をかけるのにリーン、それから夢魔のサキュバスが協力してくれるが、下手な刺激を走らせればキースとテイラー二人がかりで両サイドから押さえていても噛みつかれて大怪我を負うかもしれない……のだが、手術前、最も危険なドラゴンの口に腕を突っ込んで抜歯役を請け負うダストは抑え役のキースやテイラーよりも落ち着いた素振りを見せており、失敗する予感を微塵も感じさせなかった。

 

 そして、高位悪魔の爪には、貴族であるダクネスに同じパーティのカズマ、それから女神に次いで悪魔に強いとんぬらと採取後『テレポート』による即時帰還が可能なゆんゆんが選ばれた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 事態は一刻を争う。

 アクアの魔力は膨大にあり、それから他のプリーストたちも協力してくれるとは言え、それも無限に続くわけではない。

 なるべく早く改善するのが好ましいとされ、というわけで馬車よりもおよそ三倍速い竜車、その竜車よりもさらに三倍速い真紅の弾丸こと『超激突マシン』を紅魔の里から引っ張ってきた。

 馬車で丸一日はかかる道のりでも、これなら三時間とかからずに到着できる。

 前回はこの速過ぎる絶叫マシン並みの移動速度に目を回されたが、今回、運転席に座ったとんぬらは軽やかなハンドルさばきで障害を避け、アクセルを踏み込む。まったく整備されていない道路を一度も事故ることなく爆走する。加速するにつれカズマの動体視力では追いつかない(運転代わろうかと提案しかけて断念するほど)速度領域になっていくのだが、とんぬらには余裕で見極められるようだ。運転も走ってる途中でコツでも掴んだのか危なげない。何というかなんにでも器用なヤツである。この世界に教習所やら免許制度などないというのに、この未知の乗り物を自分(カズマ)以上に乗りこなせてみせるとは。騎乗スキルでもあるのか?

 しかし、軽快に飛ばして進むのとは反対に、車内の空気は重々しかった。

 

「ダクネスさん、次の道は?」

 

「あ、ああ、右を行ってくれ」

 

 助手席には道筋を知っている案内役のダクネス。

 その背後の後部座席にカズマがいて……その隣、運転席の後ろの後部座席にゆんゆんがいる。

 

「…………………………………」

 

 ゆんゆんが前の運転席の座席に穴が空くほどジッと、外の景色などまるで気にも留めず、片時も前から目を離さない。薄らと、瞳も赤く光っている。

 これにカズマはお隣から少しずつ距離を取るよう端へにじり寄り、前の座席にまで身を乗り出してダクネスへ耳打ち、

 

「(おい、ダクネス、どうするんだこれ?)」

「(わかっている! だがこの状況で私が何といえばいいか……)」

 

 こうなっている原因はアレだろう。先日の税金徴収。

 街の中で最も権威があり、正義の名のもと犯罪者を取り締まる市民の味方である警察署に逃げ込んだ(捕まった)カズマは、警察と徴税官の、役所違いで仲が悪いことを利用。警察に遮られて、徴税官の魔の手は届かなかった。

 なので、無事に難を逃れたカズマはこの一件にわりと他人事であったのだが、流石に軽く数億の税金を持っていかれた――それも将来のための結婚資金も含む――最も災難だった高額納税者が近くにいれば肩身が狭い。ダクネスも捕まえるべきカズマを捕まえられずに脱税を許してしまったのだから、果たすべき義務を果たせなかった責任感やら罪悪感が半端ない。“特別扱いを許さない”と、最も貢献しているエースであり親しい彼らにわざわざ親友(クリス)をけしかけたのに、パーティであるカズマ、それからアクアも脱税してしまったとなれば、“特別扱いは許さない”はどこへ行ったという話になる。

 十五歳の誕生日に予定していたはずの、式の無期限延期を余儀なくされたゆんゆんの落ち込みようは凄まじく。屋敷に寝泊まりしていたけど昨日から今日まで一言も喋らなかった。これはもはや同情するのも失礼にあたるだろう。

 

「(だから、ダクネス、お前、ゆんゆんが結婚すると言った時に反対してたんだな。税金徴収でその貯金の半分を持っていかれるから)」

「(それは……。……そうだな、否定できない)」

「(なあ、今からでも特別措置とかできないの? とんぬらとゆんゆんは、『アクセル』でも珍しくサボることなくクエストを受けてきた真面目で、冒険者の役割や義務もちゃんと認識してる、しかも依頼達成率が屈指のエースだ。金持ってて働かないニート連中とはわけが違う)」

「(それはわかっているが、労働と納税はこの国の国民の義務で……)」

「(それでも収入の半分は持っていき過ぎだろ。これ、働いた奴ほど額の負担が大きくなるとか、貴族はどんだけふざけてんだよ)」

「(ぅ……、それについては本当、弁明の余地がない。せめて上限額を設けてくべきだった)」

 

 とんぬらもさっきの説明会で『一千万以上は収入の半額を税金に』という悪法を糾弾していたけど、よくこの街を見限らなかったなと思う。

 

「(私は二人に恨まれてもしょうがない。……こうなったら存分に、いたぶっても構わないと身体を張るべきだろうかカズマ!)」

「(おいバカ止めろよそれ絶対。余計にこじれるから。本気で愛想つかされるぞ)」

 

 兎にも角にも、何かしら考えてやらないと不憫過ぎる。

 カズマとしてもこの異世界にきてから、借金地獄に苦しんでいた時も助けてもらったのだ。どうにかしてやりたい。けど先物取引で懐が潤っているとはいえ、流石にこの街一番の高額納税を肩代わりしてやれるほどの余裕はない。

 

「(とりあえず、このコロリン病が解決してからでも何か考えるぞ。いいな?)」

「(わかった。私も私なりに報いる方法を模索してみる)」

 

 このヒソヒソ話が聴こえていたのか聴こえてなかったのかはわからないが、移動中、ゆんゆんは終始無言で、とんぬらと言葉を交わすことはなかった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 『アクセル』から馬車で丸一日以上かけた距離にある、荒野にある小さな街。

 そんな辺鄙な地にあるその街に、目的の貴族の城がある。

 彼の名はゼーレシルト伯爵。通称、『残虐候』。バニル曰く、実体でこの現世に顕現している高位悪魔であるゼーレシルト伯爵にはその嗜好に添ったある趣味があった。

 

 

「お久しぶりですゼーレシルト殿。この度は、突然押しかけてしまって申し訳ありません。しかし火急の要件だったのです……」

 

 案内役の門番に通されたのは、品のいい応接間。

 高過ぎもせず適度に価値のある、センスのいい調度品が飾られており、無闇矢鱈と内装を金ぴかに飾り付ける成り上がり者とは違うとわかる。

 きっとこの貴族にして高位悪魔とやらは威厳のある……串刺し公とかを連想させるような異名の通りだとすれば恐ろしい男に違いない。とカズマは思っていた。

 

「ダスティネス卿、ようこそ来られた。……話はすでに聞いている。何でもある薬の作成のため、私の爪が必要だとか。……そして、それを欲するという事は、我が正体を知っているという事ですね?」

 

 大貴族であるダクネスに慇懃な挨拶をする、黒い影。

 かつての元領主の悪徳貴族アルダープの肥満体系のようなまん丸としたボディ。

 そして………………嘴。

 

「おいダクネス。この人本当にこの国の貴族なんだよな? お前らが長年その正体に気付かなかったって言ってたよな?」

 

「何だカズマ、これから大事な話をするのだ、邪魔をするな。申し訳ありませんゼーレシルト殿。この男は私の護衛にして仲間である冒険者、サトウカズマと申します」

 

「彼のことは聞いている。何でも魔王の幹部をも葬った冒険者だとか。外見はごく普通の男に見えるが、人は見かけによらないとはよく言ったものだ……」

 

 貴族の会話に割って入る真似は遠慮するつもりだったが、どうしてもこれは無視できなかった。しかしあちらはツッコミを平然と流してくれる。

 まるで自分の方がおかしいと言わんばかりの態度だが、変なのはそっちだ。というわけで、同じ護衛補佐ポジションについているとんぬらへ確認。

 

「いや、なにシレッと話し続けてるんだよ。なあとんぬら、コイツどこからどう見ても不審者だろ」

 

「ああ、兄ちゃんが言いたいのはわかるぞ。でもな、この『ベルゼルグ』では、実力さえあれば多少の奇行や変わった性癖なども許される、まあ実力主義なお国柄なんだ。何せ人類の命運をかけて魔王軍と戦っているから有能な人材はひとりでも欲しい」

 

「いやいや、にしても限度があんだろ。こんな着ぐるみを普通に着てる、どこからどうツッコんでいいのかわからないような連中が貴族とかやっぱふざけ過ぎだろおい!」

 

 とまあ、着ぐるみだ。

 件のゼーレシルト伯爵は、どこからどう見てもペンギンの着ぐるみを着ている。

 妹分のアイリスが王女の国だからこういいたくないが、どうなってんだよこの国は。明らかに怪しいこれの中身はちゃんと改めたんだろうな! 

 

「カズマは伯爵が着ている魔道具のことを知っているのか? これは着ぐるみなどという物ではない、弾力性や保湿、保温に優れ、異国よりもたらされた優秀な防具だと聞いている」

 

「うむ、そういうことだ。そちらの御仁が付けている仮面と同じだよ」

 

「俺の仮面をそれと一緒にするな」

 

 なんかダメだ。ここまで奇天烈な相手は御免被りたい。着ぐるみ着ている奴と真面目に交渉とかできるか。『残虐候』だとか言われてるみたいだけど、『事が済めばきちんと高位悪魔を滅してくるように』ってお買い物を任されたようなノリで水の女神様より密命を帯びているとんぬらがいれば問題ないはず。

 と判断し、カズマ、一歩下がり、回り込む。とんぬらの背後に。あとは任せた。きちんと最善策を把握している兄ちゃんに、情けないのやら狡いのやらととんぬらは嘆息するもこの丸投げ作戦に文句はないようで、

 

「その防具とやら。ひとつ機能を付け加えておくべきだろう。湿気や外気以外に、悪魔の気配も隠すと――まあ、ここまで接近すれば高位のプリーストにはバレバレだが」

 

「ダスティネス卿、彼があの地獄の七大公爵の一角を討ったという宮廷道化師かな?」

 

「はい、彼はとんぬら、それから隣にいるのはパートナーのゆんゆん。カズマと同様、今回、私の護衛として同行しております」

 

「そうか……これがあの……」

 

 着ぐるみから感嘆とする声が漏れる。

 弱き者は淘汰され、強き者に支配される、力こそが正義だというのが悪魔の鉄則。

 地獄の公爵第一位であるバニルが認めている実力者とあっては人間と言えど畏怖を覚えるものなのか――

 

「バニルガイドの星五つ……」

 

「なんかもの凄く不本意な評価を口にしなかったか」

 

 いや、どうやら違うみたいだ。というか悪魔族の界隈でそんなグルメな情報が出回ってんのか?

 ゴクリと喉を鳴らすような音を立てて、しかし無駄に優雅な仕草で相対する目の前のソファへと腰を下ろす着ぐるみ。

 

「まあ落ち着きたまえ。そう心配せずとも私は魔王軍などに加担はしない」

 

「さて、契約事に関して以外では悪魔は平然とウソを吐いてくるからな。信じていいものかと怪しい証言だ」

 

 警戒心の高いとんぬらに、着ぐるみはやれやれと肩を竦め、息を吐く。これまた無駄に人間臭い動作で、実にむかつく。

 

「私の正体を察しているのであれば、悪魔についてそれなりの知見があるのだろう? 我々悪魔族にとって人間というのは共存共栄せざるを得ない、大切なパートナーなのだ。どうか私を信じてほしい、星五つ」

 

「最後の余計な一言で信頼度はガタ落ちだ。やはりあんた、人間を美味しいご飯製造機だと見なしているな」

 

 くくっ、と喉を鳴らす着ぐるみ。どこに喉がわからない格好をしているがそんな感じに、

 

「バニル様御用達のご飯製造機に、いちいち本性を隠しているのがバカらしくなってね。おいしいエサに対して、面倒な化かし合いの駆け引きなど必要ないだろう? であれば、疾く我々の糧になる悪感情を差し出せ、それが貴様らの礼儀だ人間」

 

「まったく……ここまで挑発してくるとは、躾がなっていない、随分と増長した悪魔だな。他の聖職者よりも温厚だと自負しているとはいえ、仏の顔も三度までだぞ」

 

 さっきから表面上はにこやかに両者の会話のキャッチボールが行われている。だがこの応接間の重力が増しているのでないかと錯覚するほど圧を感じる。千両役者な神主と高位悪魔な貴族と――双方より、膨大な魔力が渦巻いているのだ。アイリスやめぐみんがそれぞれの必殺魔法を唱える際、近くにいるとバチバチと静電気のようなものを感じられたり、アクアが女神の本気を出す時に大気中の水分が凝集するのと同じ。強力な魔力を持つ者は解放すればその個性が現れる。とんぬらの魔力(オーラ)は万華鏡のように色とりどりで、着ぐるみからはタールにも似たどす黒い魔力が垂れ流されている。

 そんな割って入れば微塵に分解されかねない空気へ、ダクネス、小声でとんぬらに抑えてくれと後ろへ下がらせた。

 

「ゼーレシルト伯、あなたが悪魔だという事は『アクセル』の街のものにも言ってはいない。そして今後もあなたの正体は伏せておくと約束しよう。なので……」

 

「ほほう。確かダスティネス卿は熱心なエリス教徒だったと思うのだがね。悪魔の私を見逃してしまってもいいのかね? しかもあなたは、この国きっての忠臣でもある。このような得体の知れない存在を放置しておくというのかね?」

 

 面白げに、この試すかのような『残虐候』の言葉に、ダクネスは真剣に応えた。

 

「以前の私であったなら、とても看過できずにいたでしょう……。ですが、今の私はカズマによって本当に守らなければいけないものが何かを学ばされた。守るべきは貴族の誇りではなく、力ない者たちこそ守るもの。清濁併せ呑むという言葉を教えられ、今の私は多少は一端の為政者になれたつもりだ」

 

 ダクネスは言う。胸を張って。

 仲間のおかげで変われたのだと。頭の固い『クルセイダー』のままだった己ならば、高位悪魔である正体を知ったゼーレシルト伯を見過ごすことはできなかっただろう。

 

「だから、感謝する、カズマ……それにとんぬら、ゆんゆん」

 

「………」

 

「汚い真似も辞さなくなった私に、離れずについてきてくれたお前達。だから、こんな私個人のつまらないプライドを“特別扱い”などしていられない」

 

 揺らがない意志の下で言い切り、そして、着ぐるみへと挑むように望む。

 

「どうでしたかゼーレシルト伯。今の答えはあなたの満足いく答えだっただろうか?」

 

「あー……ダクネスさん?」

 

 とそこでとんぬらが口を挟んだ。

 あのとんぬらがあまりこの場面で空気の読めない真似をするとは思えないが、実際、非常に言い難そうにしながらも、指摘する。

 

「ゼーレシルトはそんな意思表明のことを尋ねているのではなく、神聖魔法を扱える『クルセイダー』の宗教問題的に悪魔を見逃したら、ダクネスさんが習得している魔法が不能もしくは弱体化してしまうことを気になられているのでは?」

 

「……え?」

 

 ダクネス、着ぐるみを見る。

 着ぐるみはとんぬらの解説に同意するよう嘴を上下に振るよう頷く。

 

「うむ、私を見逃すとエリス教の信仰心的に問題があるのではないかと訊いただけのつもりでして……」

 

 つまり、見当違いだったのだと。発言の意図を汲み取れずに齟齬が生じてしまった。これはとんぬらも口を挟む。

 

「そ、その……。私は魔法は使えないので、そう言ったことは特に問題ないと言いますか……心配してくれてありがとうございます……」

 

「いや、それならいいのですがね。おっと、そう言った羞恥の悪感情はバニル様の好む味ですな。私の趣味ではないので、そう言った感情は結構ですよ」

 

 なんかもう格好がつかないな!

 恥ずかしそうに縮こまり、赤くした顔をテーブルに突っ伏すダクネス。意識改革されてもしまらないところは変わらない。

 

 

「――さて、本題に戻そうか。私の爪が欲しいとのことだが、バニル様のような地獄に本体を置いている大悪魔ならともかく、私のように実体を伴って顕現している悪魔には、爪の一欠けらだとしても大変な苦痛を伴う」

 

 ファンシーな見た目には似合わぬ大物ぶった態度で足を組む着ぐるみ。

 これはつまり、お約束。大変な苦痛に見合う、それ相応の対価を要求しているのを暗に示しているのだろう。

 

「そのことに関してですが、実は、あまり自由にできるお金がなく……。今すぐにとは言えないが、ダスティネスの名にかけ、必ず支払います! なので、どうか……」

 

 悪魔は契約については破るべからずの神聖視している。

 だからこそ、そう簡単に結ばせることはできない。高位になるにつれてプライドが高まり、それに比例して契約の難易度は上がる。

 ダクネスが誠心誠意で訴えるも、拘束効力のない口約束では着ぐるみも無反応だ。

 なのでここはカズマが助け舟を出す。

 

「金なら俺が用意しよう」

 

 なっ、とダクネスが驚き振り返る。

 税金を支払いたくなくて警察署に駆け込む(自首しに行く)ほど徴税官から逃げたが、金ならあるのだ。

 アクアの借金を返済した後も、喪失した資産を取り戻そうと個人的に金策を続けており、外交が終わった後の観光でカジノ大国『エルロード』でギャンブルしたり、それを元手にその道のプロ(っぽい王宮勤めの老執事)に委託して、先物取引――情報を集めた結果、今年は雪精が多くなると予想し、影響の出そうな農作物に手を付けておいた――結果、儲かった。

 だから、バニルにウィズの仕入れる高額で癖が強い魔道具を買い占めてやると大言を吐けたのだ。

 流石に収入の半額を払うと極貧もしくは借金地獄に突入するがそれなりの蓄えはある。

 しかし、着ぐるみはこれにも反応を示さなかった。

 

「いや、金なら結構。というか、私の経営手腕はご在知でしょう。このような姿でも重宝される程度にはうまく領地を回し、多額の税を国に納めているよ。……ぶっちゃけその面においては、清貧で知られるダスティネス家よりも、ある意味国の役に立っていると言えるでしょう」

 

「う、うう……」

 

「ちなみに土地もいらないぞ。今の領地に満足しているからね」

 

「おいダクネス、家格はお前のところの方が上なんだろ? もっと強気に出て権力とかで押さえつけろよ」

 

「馬鹿を言うな、清濁を併せのむとは言ったが、流石にそんなことができるわけなかろう!」

 

 交渉は難航。この悪魔の望みがちっともわからない。

 カズマがいっそ脅迫に出るかと検討しかけたところで、とんぬらが口を開いた。

 

「悪魔は金や物ではそう動かん。挨拶早々に要求していただろ。この面の皮が厚い悪魔は、“好み”に煩いようだし。まあそれも『残虐候』なんて通り名から推理できるが」

 

 これが琴線に触れるものだったのか、着ぐるみがピクリと動いた。

 ああそうか。カズマも察した。サキュバス達も生活するにあまりお金は必要ないから、あのドリームサービスは良心的な値段でご利用できる。男性冒険者たちの精力……“ご飯”が食べられればそれで十分だと。つまり――

 

「そうかこの展開は……! 体か! 私の身体が目当てなのか! 子供たちの命を救うため、私に身体を捧げろというのだな! おのれゼーレシルト伯、さすがは『残虐候』と呼ばれるだけはある! 可愛らしい着ぐるみなどで誤魔化しながら、その中身はなんて卑劣な……!」

「ち、違う、そうではない。悪魔に性別はないし人間の身体に興味もない、不当に貶めるのはやめてもらおう!」

 

 初めて着ぐるみが動揺したが、見当違いだ。

 カズマも察したというのに、このドM騎士はどうしようもない。戦闘だけでなく交渉の場においても空振ってばかりだ。貴族だけど交渉から下がってもらった方がいいんじゃないかとカズマは思い始めた。

 

「『残虐候』……人を苛めて得る悪感情が舌に合うようだが、さっきの羞恥には食指が動かんようだし、どうやらマネージャーよりもハードな、屈辱、辺りか」

 

「ハハハハハ、流石はバニル様のお気に入りだ! 正解だ、お察しの通り、屈辱、それに恥辱に劣等感の悪感情が我が愛すべき馳走だ! 特にプライドの高い人間ほど良い!」

 

 愉しげに高笑いをあげて、本性を見せた高位悪魔の貴族は要求する。

 我々貴族の遊びに挑戦してみないかと。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 貴族の間には、モンスター同士を争わせ、それに金をかけるという悪趣味な遊戯がある。

 強力なモンスターを手元に置くことを貴族の中にはステータスと見る者がおり、このゼーレシルト伯も蒐集している。

 

 

 応接間から場所を移して、城の地下にある闘技場(コロッセオ)

 何十人もの人間が一度に戦える程度に広く、床には剥き出しの土が敷き詰められている。広々とした空間は、何かの魔道具なのだろう、地下にも拘らずまるで昼間のように煌々と光で満たされている。

 

「ようこそ我がコロシアムへ! 普段は他の貴族の人間たちとここでモンスター同士の争いを見物するのだが……今日の見世物は、君達だ」

 

 子供たちを助けるに必要な薬の材料を対価に、『残虐候』ゼーレシルト伯爵がした要求は、飼っているモンスターと戦い、強さを示すことだった。

 

「いいだろう、ゼーレシルト伯! この私は神に仕える者にして『クルセイダー』。たとえあなたがどんなモンスターを連れてこようと、私は決して屈したりはしない!」

 

 テンションが上がっているのか派手に身振り手振りではしゃぐ着ぐるみを見て、同じく負けないぐらいノリノリ、若干頬を興奮気味に火照らせているダクネス――をカズマは引っ張って下がらせた。

 

「ぐぅっ!? 何をするカズマ!」

 

「いいから下がってろ。悪魔に性別はないとか言っていたけど、そんなもんわかんねぇからな。女騎士をエロい目に遭わせて屈服させるだなんて悪役の一番やりたがりそうなことだし、一体どんなモンスターが待ち受けているか……」

 

 諫めたつもりなのだが、ブルッと身震いするダクネス。

 これは恐れおののいたわけでも、武者震いでもなく……

 

「お前、ちょっとだけ期待してるだろ」

 

「……し、してない」

 

 うん、ダメだ。

 そもそも攻撃の当たらないのだ。なら、ダクネスは後衛のガードに置いて、邪魔しないようにしておくべきだろう。

 何せ今日は頼りになるエースがついているのだから。

 

「とんぬら、面倒だが頼めるか」

 

「ああ、そこらのモンスターに負けるつもりはないから観戦気分でいると良い」

 

 ひとり前に出たとんぬら。それに追従するよう彼のパートナーも続こうとし、手で制された。

 

「ゆんゆんも下がっていてくれ」

 

「とんぬら……私も一緒に」

 

「今兄ちゃんが言った通り、ゼーレシルトがセクハラなモンスターをけしかけてくる可能性が高い。そんな奴とゆんゆんを俺は闘わせたくないし、俺一人でも十分だから。ゆんゆんも兄ちゃん達と一緒に後ろに下がっていててくれ」

 

「ぅん……」

 

 納得していなさげではあったが、真剣なとんぬらの言葉を聞き入れて、ゆんゆんは下がってくれた。

 

「ほう……なるほどなるほど」

 

 このやりとりを観客席から睥睨するゼーレシルトは目を細めたような反応(着ぐるみなので顔色など不明)したのが見えて、カズマは嫌な予感を覚えた。これは速攻で終わらせた方が良さそうだ。

 

「その勇敢さ、それに比する自信、決して嫌いではないぞ。しかし、あまり我がコレクションを舐めてもらっては困る」

 

 そして、闘技場の奥に繋がる鉄格子が徐々に開かれていく。

 着ぐるみは、声だけにプレッシャーを纏わせて重々しい声で宣告する。

 

「私がこれから解放するのは、まさにエースだ。数多の屈辱恥辱を味合わせてくれた、男性冒険者の天敵であるモンスターだ。それも相手が強ければ強いほど貪欲になり、死すらも恐れなくなる」

 

「な、に……」

 

 僅かに怯んだ表情で、とんぬらは半歩後ろ足を引く。

 その怯えた反応に、着ぐるみは機嫌良くして、

 

「ああ、そうだ。聡明な星五つならばすでに想像に浮かんでるだろう! その通りだ! サキュバスとは真逆に男の敵である超メジャーモンスター!」

 

 ぶしゅるるるぅぅ――っ! と鼻息荒げに、闘技場と隣接した檻から出てくるのは、まさに悪夢の体現者、男性のトラウマの代名詞。

 

「いでよ、オークよ! 世のあらゆる男達に恐れられる力を、お前達好みの勇者へ見せてやれ!」

 

 

 とんぬら、久しぶりのオークハーレム(強制)イベントとの遭遇だった。

 

 

「おいおいおいおい! なんてヤバいやつを用意してくれてんだ!?」

 

 オークなんてとんぬらには最悪だ。直接害を被らなかったカズマでも、すごろく場にてとんぬらが歴戦の熟女オークに激しく迫られたのを間近で目の当たりにしている。

 

「とんぬらっ、下がれ! 私が前に出る!」

 

 ダクネスが急ぎ前衛の交代(スイッチ)に飛び出す。このこちらの慌てぶりを見て、着ぐるみは上機嫌に笑い声を上げる。

 

「ハハハハハッ! さあ楽しませてくれ! これまで男相手に百戦錬磨のオーク共に捻じ伏せられ、気高い魂を持つ星五つが屈服する、その姿を! 恥辱に塗れた最高の悪感情を!」

 

 実力差など無視して襲い掛かるオーク。いくら強かろうがその勢いには屈するしか術はない――

 

 が、知らなかった。カズマとダクネスも知らなかった。

 ここに紅魔の里近辺の魔物生息域を書き換えるほど、その種族を絶滅させかけたスローターがいることを。

 

 

「――『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「まさか……これほどとは……」

 

 ――圧倒的だった。

 優秀な遺伝子の持ち主(とんぬら)目掛けてオークの群れが迫った。もうむしゃぶりつかんばかりに。火の中水の中に飛び込むことになろうが、その子種をいただかんと、ゼーレシルトの号令も待たずに飛び掛かったオーク――をも一掃した紅魔族の『アークウィザード』……ゆんゆん。

 

 オークの存在を感知するや否や反射の領域で詠唱を始め、闘技場の入口から飛び出した直後に上級魔法をぶっ放したのだ。

 しかし、これで期待していたと思われる悪感情が食べられなかった結果にも、『残虐候』はあまり残念がってはいなかった。むしろ――

 

「フフフ、クハハハハハハ! これは期待以上だ! オークすらも圧倒してくれるとは。これは最高の余興になる。是非間近で堪能したい!」

 

 観客席から着ぐるみが、その身に反した身軽さで闘技場へと飛び降りた。

 

「私はこれでもいろんな人間を見てきた。だからわかるのだよ。一目見た時からピンと、その娘が、感情を、それも我が好みの劣等感を溜め込んでいるとね」

 

「っ! しまった!」

 

 とんぬらが即座に反応――しかし、オーク殲滅に飛び出してしまったゆんゆん。その距離は、『残虐候』の方が近い。そして、高位悪魔はこの状況こそ画策していた。そう、これまでの会話の間、わざとなくらい大人しく控えていたゆんゆんに興味を示さなかったのも、この隙を生み出すためだ。

 

「さあ、劣等感を腹に抱える娘よ。そう、それでいいのだ。あのオーク共をやったように邪魔者は力で払い、屈せればいい。そうすれば望みのままだ」

 

「望みの、まま……」

 

「お前にはそれができるだけの力がある。我慢する必要などないのだ。弱者は自らを律しなければならないが、強者は己の欲求の赴くままに振舞うことこそが美徳なのだからな」

「――耳を貸すなゆんゆん!」

 

 強さこそが正義の悪魔の理念を囁き、『残虐候』ゼーレシルトは高らかに唱えた。

 

 

「余計な理性(しがらみ)から今、解放させてやろう――『カースド・ベルセルク』!」

 

 

 瞬間、炎の竜巻がゆんゆんを渦の中心に呑み込むよう発生し――

 

 ………

 ………

 ………

 

 古来、『狂戦士(バーサーカー)』とは獣皮製の上着を装備し、一種の覚醒状態(トランス)を促したもののことを言う。

 あの高位悪魔の呪いは衣装を変質させ、精神に変革をもたらした。

 つまり、猫耳バニー(けものふく)ゆんゆんは、色んな意味で破壊力が抜群なのであった。

 

「これだ! これこそ私が望んだ星五つの最高の食し方! 仲間に蹂躙され、屈する! このときいったいどれほどの屈辱を味わえるのか! もう楽しみで仕方がない!」

 

 ぶるぶるっ! と、想像するだけで高位悪魔は体の芯の震えを反芻してしまう。分厚い肉を目いっぱい噛みちぎり、口の中一杯に溢れる肉汁を――早く! と急き立てるよう煽りに煽る。

 

 地下闘技場が地獄の釜の如く業火に熱せられる。

 その中で真紅に染まる少女は、爛々と瞳を滾らせるような、薄暗い笑みを見せる。

 

「とんぬら、怖がらないで! 大丈夫、両脚ぐらいなくしたって私が面倒見てあげるから! ずっとずっとずっと一緒にいるんだからそのくらい手間でも何でもないわ!」

 

 杖を持つ右手を左へ引き絞り。

 

「『クリムゾン・レーザー』ッ! 引き裂けぇッ――!!」

 

 真一文字の横に薙ぐ。

 

「『風姿花伝』からの『アクロバットスター』!!」

 

 魔力の波動を察知してとんぬらが跳んだ。残像のような幻の分身を扇子の一払いで魅せて、それを置き土産にして軽やかにステップを踏む。ゆんゆんの杖先から奔った緋色の熱線が、闘技場の壁に直撃し、爆発し、溶かし、貫き、観客席の向こうまで食い破る。

 カズマも、ダクネスも、それからゼーレシルト伯すら唖然とし、呆然となった。

 

「ちょ、おい、おいおいっ……! マジか、あれっ……! 当たれば本気でヤバいぞ!?」

 

 引き攣った声を出すカズマ。それもそのはず。とんぬらが躱していなければ……壁より先に引き裂かれていたのは、宣告通りにとんぬらの両太股であったのだから。

 

「おいゆんゆん! これは流石に冗談じゃ」

「『ラーヴァ・スワンプ』ッ!」

 

 止めに入ろうとしたダクネスだが、その前が溶岩の沼となり、進行を遮る。それだけでなく、攻撃色の真紅の眼差しが射抜き、

 

「誰もとんぬらに近づけさせないからっ! 近づくヤツは全員攻撃するからっ! そうやって私からとんぬらを奪うつもりなんでしょ……!!?」

 

「いや、違う! 私は――」

 

「ね、とんぬらのパートナーは私だけだよね? ね?」

 

「…………そうだな」

 

 もはやダクネスの言葉は届かない。ゆんゆんが意識を注ぐのはとんぬらひとり。

 

「兄ちゃん、ダクネスさん。悪いが、二人であの悪魔を相手してくれ。闘技場に降りて来たんならそういうつもりなんだからな」

 

「とんぬら……」

 

 本当に大丈夫か――と訊く前に、そんな会話する余裕も許さず。

 ゆんゆん。

 今度は(うえ)から(した)へと両手で握った杖を振り下ろし、その延長線上、灼熱地獄の業火を地に這わす。

 

「どこ見てるのよとんぬら! ちゃんと私を見てないとダメ! ――『カースド・インフェルノ』ッ!」

「おっと、目を離したことはないんだがな――『花鳥風月・水神の竜巻』」

 

 津波のように押し寄せ、飲み込まんと雪崩落ちてくるのを目前にしても、冷静に、避ける暇はないと判断し、神業の領域に達した水芸を披露。

 

 (あか)い津波と(あお)い竜巻が衝突し、相殺――せず。

 ゆんゆんのそれはただの上級魔法ではない。ドラゴンの魔力で強化され、人間の限界点を優に超えている出力で繰り出される最上級の魔法だ。そうした瞬時に展開できる程度の神風すらも浸食する。水蒸気爆発の絶叫がけたたましく闘技場を震撼。怒涛に雪崩れ込む業火が押し切った。しかし、一息に飲み(すい)干せる程度に冷まされてはいた。大半の遠距離攻撃を取り込んでしまうドラゴン固有スキル『全てを吸い込む』。それでもわずかにとんぬらの喉が焼けるほど熱かった。

 

「ああ、わかってるよ。この前はダクネスさん(そっち)の事情を聞き入れたんだ。立て込んでいるのは承知しているが、今はゆんゆん(こっち)を優先する」

 

 とんぬらが鉄扇を振るう。

 『風花雪月』――と猛る彼女とは反比例に冷めた、気負いのない。扇子で煽ぐ延長線上のような気楽さで――煮え滾っていた闘技場内がほどほどの適温に冷まされて、煮立つ溶岩も熱を抑えられて固まるほどの――白銀の精霊が躍る凍える冬風を起こした。

 

「今日ちゃんと説明する……そう約束したしな」

 

 熱くはない。そう、見かけだけはとんぬらの眼差しはひどく冷たかった。

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 カースド・ベルセルク:オリジナルの魔法(呪い)です。ですが演出は、ドラクエの必殺技・連携の『モンスターゾーン』です。




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