この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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11章
105話


(ああ……やはりここにいると初心を思い出すな)

 

 どこを見渡しても雪・雪・雪の一面白銀の世界。

 ここは強い魔物が多く生息しているために、ギルドからもレベル30以上の者にしか登山が推奨されない地区。通称シロガネ山。

 

 とんぬらがここにいるのは、契約を交わしている雪精(『冬将軍』)との約束を果たすため。『冬に一定期間討伐しに来る冒険者たちから、雪精を保護する』という。

 その為にとんぬらは、毎年冬になれば山に篭っており、今年は最難関であるこのシロガネ山で保護活動を行っている。

 ギルドや冒険者からすれば迷惑な行為をしているのだが、その代わりに遭難して凍死しそうな者たちの救助という副業もしてたりする。

 

 今年は雪精が多いし、厳しい冬になるだろう。おかげで冒険者ギルドも雪精の討伐報酬を値上げしているし、冬眠するかの如く冬季は家や宿に引き籠りがちな冒険者も多い。とはいえ、前年の兄ちゃんのような『冬将軍』という超級の存在を知らぬ冒険者はいないようだが。

 

(まあ、その辺の危険手当も冒険者は承知済みだろうからいいとして。気にかかるとすれば農家の人達だ)

 

 農作物を育てる農家の方々は、春の到来を待ち望んでいる。雪精に冬を長くされるのは困るのだ。

 でも、今年はその対処策も講じている。

 

 ビニールという兄ちゃんが考案した素材。

 タールプラントと呼ばれる植物の樹液と、スライムの消化液を混ぜ合わせると出来上がる素材。兄ちゃんはこれで小さい穴をいくつも作る“プチプチくん”なるものを作り上げていたみたいだった(後にアクア様にプチプチ全潰しされてキレた)が、これに目を付けた。

 布を被せるよりも熱を逃さず、しかも透明だから光を通すビニール。

 これで、冬季でも保温された、暖気を逃さず、かつ日光を取り入れられる透明な膜で遮られた空間――『悟りの書』に記された“ビニールハウス”なるものができないかと。

 

 この“ビニールハウス”を簡易設置できる魔道具を紅魔の里で製作し、ウィズ魔道具店主導で売り出す。

 すでにかつて農地製作に力を貸した農家の方々と良好な関係を築いているし、紅魔の里の農場で試験は済んでいる。イグニス領主からも話を通し、許可を得ている。

 

 ……と立案した企画を説明すれば、マネージャーからも“頑張って一日でも冬を伸ばしてこい”とこの単身赴任にゴーサインを出してくれた。全てを見通す悪魔の目利きでも確かであるのなら、今頃“ビニールハウス”は売れ筋商品になっているだろう。

 

(……見事にマッチポンプになってるが、……うん、あまり気にしないでおこう)

 

 そんなわけでとんぬらは雪精保護に雪山を駆けずり回り、調子に乗って雪精を狩り過ぎている冒険者をサーチアンドスリープ(『あやしい瞳(催眠術)』)。それで、暇な時間ができれば、神主一族伝統の『感謝の奇跡魔法(パルプンテ)』をしている(『魔力を整える→拝む→祈る→唱える(念じる)→たいがいスカ』を魔力が切れるギリギリまで延々繰り返す)。端的に言ってしまえば、山篭りの修行に励んでいる修験者じみた生活。

 およそ一月前までは王城で食事から生活のすべてを使用人に世話してもらえる雅な宮廷暮らしを送っていたが、現在、現地調達が基本の過酷なサバイバルに突入している。

 もっぱら殴り倒した一撃熊を焚き火で上手に焼いてガッツリいただく、それから捕獲した冬山の野良キャベツ、冷えて甘みが増しているのを丸かじりするのが最近の食生活だ。

 あまりこの原始的(ワイルド)な環境に慣れてしまうと、スピリチュアル的なものへの感性が鋭くなるけど、行き過ぎると野生に帰りそうなので長期は無理だ。

 一緒に連れてきた暖房具……もとい毛皮ふさふさのゲレゲレは半分くらい野生に帰っている。この前、真っ白な同種……初心者殺しを見つけたら勝手に追いかけて行って、飯時になって呼んでも帰ってこなかった。おかげでここのところ夜は寒い思いをしている。

 変異種ではないと思うが、通常種の初心者殺しの体毛は黒と色違い。白化個体(アルビノ)という奴だろう。珍しいし、この雪山という白一色の環境に溶け込んでいるし適応しているようだ。

 

 と、ひとり拠点にしている洞窟でこれまでのことを思い返していたとんぬらは、

 

(……よし、ついに完成したぞ)

 

 『感謝の奇跡魔法』で理解を深めていった結果、ついに奇跡魔法のスクロール――前々から製作に着手していた『パルプンテの巻き物』を書き上げた。

 

(ただし『パルプンテ』は神主一族の秘伝にあたる魔法だからな、特別な目薬をささないと読み上げることはできないという仕様にしてある)

 

 満足のいく出来にウンウン頷いていたとんぬらは、そこでふと外に気配を覚える。

 最初は帰ってこないゲレゲレかと思ったが違う。

 麓ならばともかく、こんな人里から遠い、紅魔の里近辺に匹敵する凶魔獣が跋扈するシロガネ山に訪れるものなどそういない。高レベル冒険者でも相当物好きだろう。

 でも、とんぬらにはひとり、ここへ来る目的がある実力者な『アークウィザード』を知っている。

 

「――とんぬらー! ここにいるー?」

 

 洞窟内を反響するこの大声は間違いない。こちらに迷いなく真っ直ぐ近づいてくる気配は、ゆんゆんだ。

 最初、とんぬらと一緒に山篭りを希望していたが、そこは説得して止めてもらった。この霰が吹雪く極寒の環境、レベルが高くても魔法使いの体力では凍死すると(そう言ったら逆にこちらが心配された)。

 なのでこの最近は実家に里帰りしていて、ビニールハウスの魔道具を製作している紅魔の里と商品を売り捌くウィズ魔道具店の橋渡しをすると別れる際に予定を決めていたが。

 

「あ……♪」

 

 艶やかな黒髪、整った目鼻立ち、くりっとしたどこか小動物を思わせる瞳がこちらに向けられた途端、

 

「……………」

 

 モコモコの防寒具に身を包んだ少女が、嬉しそうな声をあげる。極低気温に冷やされて吐く息は白いけど、興奮の度合いはそれを上回り、ぱぁっと紅潮する。尻尾がついてれば、ピコピコと振ってそうな感じだ。

 

「とんぬらぁ……っ♪」

 

 とんぬらがそちらへ身体を向けるや、挨拶の前に駆け寄ってきて、直前でも止まらない彼女にぎゅっと抱き着かれた。人目が一切ないとはいえ大胆な。しかしそれほど我慢が募っていたのか。

 

「……………」

「うん……」

 

 とりあえず、飛びついてちょっと充電したゆんゆんはぎゅっと抱き着いた腕を緩めて、それからペタペタと手でとんぬらの身体に触れ、

 

「もうとんぬら、こんな山奥にいたの? 平気みたいだけど、ちょっと寒すぎじゃない? ねぇ、風邪ひいてない?」

 

「……………」

 

「えと、お弁当と温かいスープを用意してきたんだけど、ちゃんとご飯食べてた? あ、ゲレゲレはどこにいるの?」

 

「……………」

 

「な、なんか喋ってよとんぬら! 私変なことしてる? もしかして抱き着いちゃったのまずかった?」

 

 おっと。

 

「ああ、すまん。人と会話できる環境じゃなかったから、つい喋ることを忘れてしまった」

 

「大丈夫なのそれ? 本当に大丈夫なの? すごく心配になるんだけど!」

 

「心配するな。口先が凍ってしまったようなもんだ。温かくすれば治る」

 

 もう……と呆れ気味に鼻を鳴らすゆんゆん。――その彼女の腰に腕を回し、いったん腕の中から距離を取って離れたゆんゆんの身体を抱きしめる。

 

「うん。こうしてくっついて温められれば自然解凍されて……」

 

「あ……」

 

「なんてな。すまん。人肌が恋しくなってしまって、つい……」

 

 先程から会話してる間もゆんゆんの一挙一動が気になっていた。無言だったのもそういう緊張も一因だったかもしれない。これは思った以上に、心と体がゆんゆんを求めていたようだ。

 まったく出合い頭に飛びついてきたゆんゆんのことを全然笑えない。そうとんぬらは自分を笑うしかない。

 

「あー。臭いか?」

 

 なんて誤魔化すようにとんぬらが訊ねれば、抱擁を受け入れるよう驚いて強張った肩の力を抜くと、ゆんゆんもまた背中に腕を回しぎゅっと抱き返して、柔らかい体を押し付ける。

 

「うぅん。……大丈夫、私も、もっとぎゅっとして、ほしかったから」

 

 しっかりと囁くように潤んで……でも気持ちいっぱいに囁いた。

 

「体、冷たいな。ここに来るまで寒かったろう」

 

「うん。すごく寒かったし、寂しかった。だから、温めて……こ、ここも」

 

 トクトクとますます高鳴っていく鼓動がそのままぬくもりとなって伝わってくる。

 そのまましばらく抱き合い――――固まっていた口も温めた。

 

 ……………。

 

 挨拶を済ませると洞窟内の腰を落ち着けさせる案内し、焚き火を囲い、それからお互いの現況報告を交わす。

 

「そういえば……ここに来る前に冒険者ギルドに寄ったら、なんか最近、“紅蓮の瞳からの氷河の眼差しで微睡みの世界に誘う、白銀の頂に座す王レッド”とかいうのが雪山地方を徘徊していて要注意だって広まってるんだけど」

 

「安心しろ、そのレッドとやらが何者かは知らんが俺は正体をバラすようなヘマはしていないはず。むしろ『冬将軍』に斬り捨てられそうなのを直前で回避させている」

 

 それから、アフターフォローでおねんねさせた冒険者の一団は麓の小屋まで送り届けている。命に別状はないはず。

 

「それで、ゆんゆん。農家の人達から今年の状況はどうかとか聞いてないか?」

 

「あ、それすごい評判よとんぬら。今年は厳しい冬なのに例年以上に作物が実りそうだって! 不作に嘆くことはなさそうだって大喜びしてるわ」

 

 ほっ、と少し安心げに胸を撫で下ろす。

 

「『グランドラゴーン』が討伐された影響で、『アクセル』一帯の農地は豊潤になっているしな。“ビニールハウス”の効果もあるそうで何よりだ」

 

「ウィズさんもすごく喜んでたし。これも全部とんぬらのおかげだって、バニルさんも褒めてたわよ」

 

「……うん、なんかそれは素直に頷けないものがある」

 

 マッチポンプしてる身としては……まあ、お店の方も繁盛しているようで何よりだ。

 『エルロード』から帰ってきたらついに金庫破りに成功して、お店の金を使い込んだウィズ店長が、馬車馬のように働かされていたし。

 

「そ、それで、これ……バニルさんから……とんぬらの“成人祝い”も含めての特別ボーナスだって」

 

「何、あのマネージャーが?」

 

 ウィズ店長からおすすめ商品を紹介されたのと同じくらいに身構える。

 あの代価の契約に厳しい仮面の悪魔が、無償で贈り物(プレゼント)だなんて考えられない。“めぐみんが上級魔法を習得して真っ当な魔法使いを目指す”くらいにありえないだろう。

 そして、実際そうだった。

 ゆんゆんは、そのマネージャーから渡されたと思われる小瓶をこちらに差し出すも、ついと目線を逸らされる。

 

「ゆんゆん、これは何だ?」

 

「…………ゃく」

 

「ん? すまん、良く聴こえない」

 

「ひにんにゃく!」

 

「……………」

 

「だから! 避妊薬!」

 

「いや聴こえた。うん、もう言うなゆんゆん。こっちもこっぱずかしいから!」

 

 思わぬ単語に無口癖が再発してしまっただけで、彼女が噛んだ言葉もちゃんと理解した。だから、復唱しなくていい。

 でも一度火が点いちゃった暴走娘の口は説得しようにもブレーキが壊れちゃってるようで止まらない。ゆんゆんは早口で、この商品のセールストークを始める。

 

「えっとね。お値段一万エリスするもので、男の人、とんぬらが一口飲めば一週間効果あるんだって! これで99%は大丈夫だって言ってたわ!」

 

「その100%とは言い切れないところに不安が――いや、そんな説明しなくてもいい。必要ないし、テンパってるのはわかったから、喋らず深呼吸して落ち着こうか!」

 

「ひっひっふー! ひっひっふー!」

 

「違うぞその呼吸法は気が早いし、気を落ち着かせるものじゃないぞゆんゆん!」

 

「他にもね、強力な精力剤や、匂いを嗅ぐだけでなんとなく良い雰囲気になり易い芳香剤も一緒につけてくれて……!」

 

「なあゆんゆん、真剣にあのマネージャーをセクハラで訴えないか? 裁判で勝てると思うぞ」

 

 なんちゅう物を未成年の生娘(ゆんゆん)に渡しているんだあの愉快犯は!

 理解した。今のように、ゆんゆんから初々しい羞恥の悪感情をご馳走になるのを狙っての行為なんだろう。商品代金一万エリスにプラスアルファのセットも満足させる反応をしてくれた駄賃だ。それしか考えられない。だって――

 

「でもねとんぬら! その、万が一に備えておいた方がとんぬらも安心してできるでしょ? 備えあれば患いなしって言うし!」

「だからってゆんゆんが備えておかなくていいからな。さっきも言ったが必要ない。こういうのは俺がとっくに用意して……」

「へ? とんぬらが……も、もしかして!?」

 

 しまった。口を噤むも、舌から出た言葉は戻ってはくれない。

 ああ、そうだ。成人祝いだの以前に、ゆんゆんの想像妊娠騒動が終わった後、そっと耳打ちで避妊薬(これ)の売買交渉(店員割引)を持ち掛けられて…………買ってある。あくまでエチケットとして。

 察してしまったゆんゆんはチラチラと真っ赤っかな目配せをし、

 

「その……たくさんあっても困らないと思うわ。私、頑張るから……ね!」

 

「いい、そんなフォローしなくていいから。だいたい俺は成人したが、ゆんゆんはまだだから。今その……する気はないぞ! ああ、本当にな!」

 

 ………

 ………

 ………

 

 ここが寒い場所だったせいか、頭の熱が冷めるのは早く、この話題は封印すると取り決めした。それから、十四歳(ゆんゆん)には早い物もとんぬらが預かった。

 

(こうなったらバニルマネージャーを諫めてくれるウィズ店長に報告し……いや、ダメだ。何かダメっぽい。ウィズ店長にこういう話題を振ると余計に炎上しそうな気がするな)

 

 コホン、と咳払いして、とんぬらは話を変える。

 

「それで、ゆんゆん。他に何かあったりしないか?」

 

「うん……実はね、王城からとんぬらに助けてほしいって話が来てね」

 

「何だ、姫さんからか?」

 

「ううん。レインさんから。それにダクネスさんも」

 

 もう外交の一件で、しばらく王都に寄りたくないくらいに王侯貴族のいざこざは御免なのだが、ダスティネス家にはお世話になっているし……宮廷魔導士殿には怪盗の一件で屋敷を騒がせたことに負い目があったりする。

 

「何があったんだ?」

 

「カズマさんがお城から帰ってこないらしいの」

 

「……なんか前に似たような話がなかったか?」

 

「そうね、とんぬらも帰ってこなかったけど……」

 

 うお、ゆんゆんから得体のしれない波動がゆんゆんと……

 山篭りの間に会えなかった期間も相俟って、不満ゲージが達してしまいそうだ。

 過去は振り返らず、すぐに話を本筋に戻そう。これ以上ゆんゆんから黒いのが染み出させる前に。

 

「こほん。……まあ、あれだろ。別れるのが惜しくなった姫さんに乞われて、それでころりと兄ちゃんが靡いたんだろ。それがズルズル引き摺って、今も城に居座っていると」

 

「そうなんだけどね。今回はかなり本気みたいなのよ」

 

 とんぬらも知っている情報もあるものの、状況を整理するためにもゆんゆんの口から改めて詳細に語られる。

 無事に外交を成功させ、さらには友好国の危機を救うという大きな貸しまで作って『エルロード』から帰還した後、カズマパーティは『ベルゼルグ』の城に滞在。アイリス第一王女がドラゴンスレイヤーの称号を引っ提げて帰ってきたのだからお城は大騒ぎで、大貴族シンフォニア家のクレアも想像以上の成果(特に婚約破棄されたのが)に大変満足。これを祝して、パーティが開かれ、また立役者であるカズマパーティはしばらくの間王城でぜひ歓待を受けてくれと誘われる。

 で、ロイヤルな宮廷暮らしを謳歌して、半月。あまり長期間お世話になるのは流石に悪い、それにファンレターで初心に帰って、滞在二週間目にして『アクセル』に帰ってきたそうなのだが、カズマ兄ちゃんはひとり、姫さんのわがままで一日だけ残ることにしたそうで――それから一週間帰ってこないのだそうだ。

 

 これには前回のこともあって、ダクネスさんはまたアイリス様にお願いされてそれを断り切れずに仕方なく……と最初は考えていたそうなのだが、延長二日目に届けられた手紙には、『ずっと城で暮らすから、もう残っている荷物や部屋に残してある幾ばくかの財産、屋敷なども好きにしてくれて良い』という旨の内容が書かれていたという。

 

「これはまた……本気でずっと城に世話される気っぽいなこれ」

 

「もうめぐみんがカンカンで……“あれだけ格好つけておいて、私達を先に帰らせた後、そのまま一人だけ城に居座るとか……! あんな空気を作っておいてさすがの私も予想外でしたよ!”って、すごく目を真っ赤にしていたわ」

 

 爆裂魔法で人はどれだけ飛べるのか実験してやる、と息巻いて、相当危険な様子だという。

 アイリスに懇願されて城に居残ったというところに焦りも覚えていることだろう。いい加減にめぐみんも自身がポンコツ魔法使いであるのを認めざるを得ないだろうし、そこでまともな――『セイクリッド・エクスプロード』なんていう『エクスプロージョン』と似た必殺技持ちでキャラが被っている――とびきり強い一途な、それも王女様に焦燥に駆られているのも予想がつく。

 ヤバいな。これは結構物騒になってきているぞ。

 

「そうなってるんなら、もう実力行使で追い出しそうな気がするんだが」

 

「そうしたみたいなんだけどね。……その、カズマさんが捕まらないみたいで」

 

 『スタン』や『バインド』で身動きを封じてからの『ドレインタッチ』で補給し、『自動回避』と『逃走』スキルに『潜伏』スキルを駆使した一撃離脱戦法を取れば無理なく戦い抜ける。『スティール』で武装の奪取できるし、『クリエイト・ウォーター』からの『フリーズ』や『クリエイト・アース』と『ウインドブレス』といった初級魔法のコンボで攪乱。『敵感知』スキルに、『読唇術』スキルと『千里眼』スキルで状況把握もできるし、『狙撃』スキルで弓矢も外れることがない。対魔法で活躍できる『スキル・バインド』もあるから宮廷魔導士もたじたじだろう。

 ざっととんぬらが知る限りの情報だけでもこれだけできる。

 最弱職と言われる『冒険者』だが、習得しているスキル数が多く、幸運補正の恩恵が凄まじく、対人戦が強いというか狡い。ベクトルが違うが厄介だ。

 しかもカズマという男はスキルだけでなく、頭も狡賢く、本気になられたら目的達成のためにあの手この手を駆使するだろう。今では個人資産が億単位で金銭面に余裕もあるから、言葉巧みに買収だってやってのけるだろう。

 

「それで、アイリスちゃんもカズマさんが城を離れるのを大反対していて」

 

 そして、真っ当に強い第一王女がついている。

 

「今、アイリスちゃんの部屋で籠城しているから、クレアさんたちも手出しができないみたいなの」

 

「おいおい……」

 

 仮面の額に手をやる。

 いくらなんでも王女が反対していることを表立ってやるには抵抗が出てくるだろう。しかし秘密裏にサトウカズマを『アクセル』へ送ろうとした強襲計画が失敗し、これにカンカンに怒ったアイリス姫は本気だ。

 王女の後ろ盾があるとなれば正道は押し通し難く、また邪道大得意な冒険者がご意見番で補佐されている。

 おかげで今では、朝昼晩と補給線だけは確保しながら籠城……つまり、部屋を出ずに引き籠っているのだそうだ。

 

「だから、とんぬらにどうにかできないかって」

 

「俺はそこまで便利屋じゃないんだが。そんな軽く責任重大なことを任せられてもな。……ちょっと俺を頼り過ぎじゃないか?」

 

「でも、このままじゃ、めぐみんが本気で爆裂魔法を城に撃ちに行きそうで……」

 

「あー」

 

 そこは流石に自重するだろう……とは言い切れない同郷の天才児を思い、やれやれと首を振る。

 導火線に等しき堪忍袋の緒があとどれだけあるのか知れないが、あまり時間はかけられない。

 かといって強引に扉をぶち破るなんて真似をすればより暴走しかねない。部屋を飛び出し、二人で城から逃避行する可能性もなくはないのだ。

 

「仕方があるまい。ゆんゆん、めぐみんが暴走しないように抑えておいてくれないか。半日くらい時間を稼いでくれれば、目当てのモノは届けられるはずだ」

 

「それじゃあ、とんぬら……」

 

宮廷道化師(ジェスター)は王の過ちを諫める者。……それにこのまま山に篭っては賞金首になりかねんしな」

 

 もう十分、『冬将軍』への筋は通している。ゲレゲレも真剣に呼べば、流石に帰ってくる。ゆんゆんの『テレポート』で、移動時間もさしてかからない。

 

「でも、とんぬら、どうにかできそうなの? すごく手強そうみたいだし」

 

「なに、神様が引き籠った『アマノイワト』は、芸能でこじ開けたと『悟りの書』にも書かれている」

 

 兄ちゃんと姫さんお二人は難敵だが、勝手が過ぎればそんなのは三日天下と続かないものだ。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ひとつ、引き籠りとは自由を手に入れた勝者の証。

 

 ひとつ、働いたら負けだと思え。

 

 ひとつ、悪いのは世間だ。自分は悪くない。

 

 ひとつ、自分はまだ本気を出していないだけ。

 

 

 掲げられた此度の籠城戦の心得を紙にしたためて壁に貼る。王城の連中に徹底抗戦の構えだ。これはとても強い精神を必要とするので、その覚悟を決めるためにもこうして目に見える形にしたのだ。

 

 随分と心無い中傷が飛び交っているそうだが大丈夫。戦いとは非道なものだし、この戦法も経験済み。熟知している。お盆や大晦日に集まる従弟の皮肉にも、親戚のおじさんの説教にも耐え抜き、ニートを全うし続けたメンタルは陰口程度じゃ折れやしない。

 

 アイリスを助けるために隣国との外交を頑張った。それは理解されている。

 そして城に一人残り、アイリスに毎晩色々なお話をしてから、アイリスは大変明るく、毎日が楽しそうによく笑うようになった。そのこと(だけ)は感謝されている。

 連日、いつ魔王の手の者に襲撃を受けるかもわからない王都において、年若い王女様が表に出さないだけでどれだけ不安な思いを抱かれていたかは配下の者たちも心配していた。だからこうしてアイリスと付き合うことでその不安が解消されていたことには本当に感謝されていた。

 

 そう、この妹のワガママを守ってあげられるのは自分だけなのだ。

 

 一週間前、ダクネスが貰ってきた手紙……子供たちからの応援メッセージを聴いて、やる気が漲ったのは本当だ。『アクセル』に帰って冒険者としての原点回帰の一環でギルドのクエストを受け、初心に帰り、勘が戻ったら魔王に目にものを見せてやると息巻いていた……でも、今では遠い昔のことのようだ。

 

 だってしょうがない。

 『エルロード』の土産に渡した安物の指輪を宝物のように大事にしている可愛い妹から、

 

『嫌です。たまに遊びに来るだけじゃ足りません。もっと私に色んなことを教えてください! このお城で過ごした十二年より、お兄様と一緒に旅した、たったあれだけの時間の方が、すごく充実していて楽しかったんです。私ともっと一緒にいてください……お願い、お兄ちゃん』

 

 なんて殺し文句をされたら、心変わりするのもしょうがない。

 皆が帰った『アクセル』に帰るつもりだった。

 子供たちの為にも、アイリスの為にも魔王を倒す。それがこの世界の――なんて、考えたけど、今でも城に居座っている。

 アクア、めぐみん、ダクネスだけでもできるはず。うん、とんぬらとゆんゆんもいるし、俺がいなくても魔王討伐はやれるんじゃないか。

 

 けれど、この考えは中々にわかってもらえない。

 先日、アイリスの側近……クレアとレインがついに痺れを切らした。アイリスがいぬ間を狙って兵を差し向けてきたのだ。おかげで城中の兵士たちと追いかけっこをする羽目になり、かつてないほど頭を巡らせて激戦を繰り広げた。

 幾度となくピンチに陥りながらも、海合宿で習得した数多のスキルと機転をきかして脱し、最後は騒々しい様子に事態に気付いたアイリスに匿ってもらうことに成功したのである。

 これには兵はおろかクレアやレインもこちらに手出しはできない。第一王女がカンカンに怒ったのだ。並み居る兵士達を素手で薙ぎ倒し、“お兄ちゃんに指一本触れるのは許さない”と一喝した。

 それにここまで逃走劇を演じればこちらの実力もわかってくれた事だろう。

 まだ話が通じると思われる側近の片割れ・レインに、カズマが滞在することへの利点を述べて売り込んだ。

 アイリスの遊び相手をしながらいざというときは城の防衛だって手を貸す。作戦立案や弱点を突くことが大得意なのだ。そう、皆が幸せになる……!

 

 しかし、アイリスの健やかな成長を願う同好の士だったはずのクレアは断固としてそれを聞き入れてもらえない。数億の総資産で買収を持ちかけて、レインはこちらの意見に靡きかけたというのに。

 何でも、“アイリス様に悪影響を与える”と。

 

 この最近のアイリスは、日本という異文化の教養をスポンジのように吸収し、それを今では見事に己がものにしている。

 

 

「お兄ちゃん、今日はずっとゲームできるなんてヤバくないですか? 最初から始めて全クリ目指しませんかマジで!」

 

 

 紅魔族の里で発掘された懐かしきゲーム機。それをベッドの前に設置して、おかしやジュース瓶もベッドの上で、ベッドに寝転びながらコントローラーを握る可愛い妹分からの誘いを、うんうんと頷くカズマ。アイリスの部屋はちょっとしたパーティでも開けそうなほど広いが、この“籠城戦”ではなるべく労力を省くために、動く範囲は極力狭く。手元に届く範囲にものを置くことが肝要なのだ。アイリスは、ちゃんとわかっている。最初は正しい作法について指導したが、教わった通りにしている。

 

 そうだ。

 この最近、アイリスは英雄として祭り上げられずっと忙しかったのだ。しばらくの間休んでも誰も文句は言うまい。いや、言わせない!

 

「よーし、それじゃあレベル99まで上げよう。レベル上げみたいな単調な作業は時間があり余っている引き籠りにはうってつけだ!」

 

「なるほど!」

 

「食事もジャンクフード。アイリスの好きなツナマヨのツナ缶も大量に用意している! 動かないし、食事量も少なくても十分!」

 

「流石です、お兄ちゃん!」

 

「ゲームに飽きたら別なことをしてよし。漫画……はないが本を読んだり、他のカードゲームやボードゲームでもいい!」

 

「チョー完璧な計画!」

 

「そして眠くなったら寝る。誰も文句は言わない」

 

「はぁ~、何という開放感……お兄ちゃんとずっと一緒だなんて夢みたいな生活だし!」

 

「そうだアイリス。クレア達が折れるまでこっちは心行くまで引き籠りライフを送ろう!」

 

 というわけで、城の皆が考えを変えるまで、アイリスと部屋に篭って『ダラダラいこうぜ』……もとい籠城戦を行う所存である。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 もちろん、こんな真似をすれば、あちらも黙っちゃいない。と楽観的に身構えていたわけじゃない。

 特にクレア。記憶を消すポーションを使ってでも無理やりに『アクセル』へ帰そうとしたのだ。部屋の扉を破って強行突入してくる可能性もある。ブチ切れたダクネスやめぐみんが迫ってくることだってありうる。

 だが、それも想定してある。

 すぐ手元には弓や剣を置いているし、アイリスの近くにはあの神器の聖剣がある。万全だ。

 

(……のはずなんだが、やけに静かというか……気配がない?)

 

 最初、部屋に引き籠った時は、それはもう絶え間なく扉をドンドン叩いてクレアがしつこく食い下がっていたけど、レインに様子を見ようといったん下がってから半日が過ぎた。

 何のアクションがない。『敵感知』スキルのセンサーにも反応がないし、本当にいないのか。見張りも何もつけていないのか?

 

「ところで、お兄ちゃん」

 

「何だ、アイリス」

 

 ゲームでひたすら雑魚モンスター狩りに興じているアイリスがふと訊ねる。

 

「その、お花摘みしたいときはどうすればいいのでしょうか?」

 

 お花摘み……? ……ああ、そういうことか。

 そう。この根競べの籠城戦で死活問題があるとすれば、この手の生理反応。

 だが、カズマはその道のプロだと自負している。

 

「安心しろ、アイリス。お兄ちゃんはちゃんと考えているぞ」

 

「そうですか! 流石ですお兄ちゃん!」

 

「もしもの時はこれを使うんだ」

 

 すっと――花瓶を差し出す。

 

「あの、お兄ちゃん? お花摘みというのはその……」

 

「わかってる。だから、用を足――――」

 

 流石にこの教えは受け入れてもらえませんでした。

 

 ………

 ………

 ………

 

「本当の引き籠りはそう部屋の外には出ないんだけどなあ……」

「そうですか、こうしてお兄ちゃんの足を引っ張ってしまうなんて、私もまだまだ未熟です」

「いいさ、無理することなんてない。俺にはいつでも甘えて良いって言ったろ。ほら、お前はまだ12歳なんだからもっと甘えてもいいんだし、王族なんだから周りにもっとワガママでいいんだ。俺を見習ってもっと人生を謳歌するんだ」

「もう、お兄ちゃんは本当に私を甘やかすのが上手ですね」

 

 デリカシーのなさを怒られて、カズマは極力部屋の中で済ませる方針を変更せざるを得なくなった。

 しかし考えてみれば今この城で一番偉いのはアイリスのはず。だったら、堂々としていればいいのだ。肝心なのは二人が離れないでいる事。

 というわけで、部屋の外の様子を伺い……誰もいなくなっているのを確かめ、『潜伏』スキルを駆使しながら、トイレまで移動する。

 好都合な事に、見張りはほとんどおらず、部屋の前についているものもいなかった。だから、普通に目的地まで行けたのだが……展開が好調過ぎて逆に訝しんでしまう。

 

(なんか外が騒がしい気がするけど……)

 

 気になる。気になるがここで様子見に行く危険をカズマは冒さない。先日、問答無用で強制送還されかけたのがまだ頭を占めているのだ。ここは当初の予定通りに基本籠城戦で行こう。引き籠り万歳だ。

 

 こうして、アイリスの用を済ませて、部屋に戻った。

 

 ………

 ………

 ………

 

 それからしばらくして。

 何事もなくゲームしたりツナマヨを好きなだけ食べたりとダラダラして、内心ずっと気を張っていた警戒心が緩みかけた時だった。

 

 カツン、と。

 廊下から足音。何人もが踏み鳴らすものじゃなくて、ひとりが歩いている気配だ。

 

 誰が来たんだ……? とゲームの音量を下げて様子を窺えば、それはカズマも良く知る者だった。

 

「歓談中に失礼いたします、アイリス様、サトウ様」

 

 ノックして聴こえてきた声は間違いない。この首都に滞在している時に専属の執事として使えてくれた執事のハイデルだ。カズマの嗜好を知悉し、主を良くフォローしてくれるできた執事の鑑である。

 

「何だハイデルか……。クレアのヤツがついに強硬策でやってくるとかと身構えちまったよ」

 

「クレア様はただ今此方へ来られる余裕がございません。なので、私が伝言を」

 

「話すことなど何もないし! お兄ちゃんがお城にいていいって認めるまで私マジでここから出ません!」

 

 扉越しからアイリスに猛抗議されて、執事のハイデルは口を噤んだが、主の不興を買ってでも問いを投げかけた。

 

「城の外の様子に気付いておられませんか?」

 

「外?」

 

 時間感覚が疎くなる引き籠り生活だったせいか、あまり気にかけなかったが、ベランダの向こうの景色は薄らと暗く……もう陽が落ちそうだ。

 しかし、それが一体どうしたというんだ?

 

「ハイデル、一体何があったんだ?」

 

「………」

 

 無言。扉の前にいるけど、返答はない。

 なんなんだ一体? と辺りを警戒しつつ、ベランダに出て外の様子を窺えば――眼下に見えた。

 

 あれは……??

 大名行列のような長蛇を作る竜車の一団――それも、『千里眼』スキルでよく見てみれば、外交に赴く第一王女を乗せていたのと同じ宮廷竜車だ。それが城へちょうど入ったところだ。

 

「あれは、まさか……!!? そんな……!!?」

 

「おい、どうしたアイリス?」

 

 同じくそれを発見したアイリスが目を大きく見開いている。驚愕。わなわなと震え、どうしようどうしようと声ならぬ呟きをぽろぽろ零しながら大層うろたえている。

 カズマもこれまでにないアイリスの狼狽ぶりにひどく焦る。

 そして、あの王族御用達の宮廷竜車、それにあのクレアが“第一王女(こちら)に対応している余裕がない”との証言から推察して、一つの可能性が脳裏をよぎった、そのタイミングで口を閉ざしていた執事から告げられる。

 

 

「ジャティス様がお戻りになられました。ですので、至急謁見の前に来られるようにと」

 

 

 ………………え、マジ?

 

 

 ♢♢♢

 

 

 人生で最も緊張する展開の五指に入るとカズマが思うのは、恋仲になった相手の親御さんに“娘さんをください”と申し出る事じゃないだろうか。

 逆の立場になってみればわかる。手塩にかけて育てた可愛い可愛い娘を、どこぞと知れぬ馬の骨にやるなんてありえない。それも誑かされたとあってはその怒りは怒髪天を衝くも当然だ。

 ――かといって、ここで逃げられるはずもなかった。

 

「二人をお連れ致しました」

 

 執事ハイデルに連れられ、謁見の間に入ると武装国家『ベルゼルグ』の文武を担う臣下が集結している。

 左右に別れ、王座から向かって右には文官が、向かって左には武官が、それぞれの序列に従い、居並んでいて、クレアとレインもそこに加わって、深く頭を垂れていた。

 そして、一番奥の中央、長旅からご帰還された直後であるからか、まだ白銀の鎧姿の青年が王座の前に立っている。

 

 まるでお伽噺から出てきたような形容がズバリ当て嵌まる、まさしく“白馬の王子様”。

 金糸の髪は眩く、こちらを真っ直ぐに見つめるは碧色の眼差し。それらの容姿もまた隣のお姫様と似る、金髪碧眼の凛々しい美青年。

 

 ……こんな乙女の永遠の憧れみたいな偶像的存在と間違われていたのかよ。

 同じ王子で、『エルロード』の生意気な小僧と相対したことがあったが、それと物差しにならないほどの圧倒的なカリスマを感じてゴクリと唾を飲む。

 そして、緊張するのは、第一王女のアイリスも同じ。いや、カズマ以上に狼狽えている。

 それでも精一杯に、委縮するのを奮い立たせ、カズマを庇うように前に出たアイリスは声を上げ、

 

「ジャティスお兄様! こんな、急にお帰りになられて一体何が」

「今のアイリスと交わす言葉はない。下がり給え」

 

 その、氷の鞭が言語化したような一言で動きを止めた。止められた。

 あ、う……萎むように口を閉ざし俯くアイリス。この王城の留守を任されながら、あまりにも勝手な振る舞い。王族としても怠惰でその責務を放棄している。アイリスにもその自覚があった。だから、言葉にされずとも兄の視線だけで身が竦むし、自責に苛む。

 そんなアイリスを一瞥だけで黙らせた視線が今度はこちらに向けられた。

 

「まずは礼を言おう、サトウ殿。クレアから報告は受けている。妹が大層世話になっていて、今回の友好国『エルロード』との外交だけでなく、危険な魔道具から助けてもらったとね。

 色々と思うところはあるだろうが、妹が憚らず“お兄様”と呼び慕うものに個人的な興味もある。少しばかり君と話がしたい」

 

 ヤバいなぁ……こんな最初にお礼を言われるなんて、上げて落とす展開に行く気満々だろう。ダクネスがこの場にいればきっと“この者の無礼をお許しを!”蹲るくらい頭を垂れて嘆願しそうだ。

 でも。

 

「……」

 

 消沈してしまっているアイリスの様子。それに眉一つ動かさないジャティスを見て、カズマはつっけんどん……及び腰ながらも喧嘩腰に言い放つ。

 前に――第一王女のアイリスと初対面だった時と同じように王族相手だろうが遠慮なく。

 

「お、おう、お偉いさんが俺にいったい何の話でしょうだ?」

 

 どもって声が震えているが、これは武者震いだと自分に言い聞かす。

 

「ふむ。そう緊張しないでいい。しかしやはりまどろっこしい話は好まないみたいだ。なら、単刀直入に訊ねようか。君、我が『ベルゼルグ』の軍事に関わりたいそうだね?」

 

「へ?」

 

 てっきり今日までお城で好き放題した事や妹のアイリスのことを追及されるかと思っていたカズマは間の抜けた声を上げてしまう。

 

「おや? レインから“我が城の防衛に協力したいからぜひ城に置いてもらいたい”と売り込まれたと報告されているんだけど、違うのかい?」

 

「そそそうだ! うん、確かにそう言った」

 

 この前交渉を持ち掛けたときの事だ。

 これを断るとじゃあなんて城に滞在していると追及されるから、ここは頷く。

 

「これまで魔王軍幹部討伐に貢献し、ダスティネス家も君のことをいたく買っている。腕っぷしはとにかく機転が利き、不思議な魅力を持っているとね」

 

「お、おう! 魔王の幹部たちと渡り合ってきたからな!」

 

 それは過大評価だと思わなくもないが、頷こう。

 なんだ、段々と望みが出てきたような気が――

 

「でも、私は自分の目でしかと見定めたものでなければ認められない」

 

 気のせいだった。

 ほらやっぱり上げて落とすパターンだったよこんちくしょう!

 剣一本で諸国の無理難題を解決するのと引き換えに支援を受けて成り立った武装国家らしく、まったくもって実力主義だ。

 

「それで、サトウ殿の実力を見せてもらいたいのだが、どうだい? チェスか決闘、どちらかで君の資質を見極めよう」

 

 左右からチェス盤を持ったレイン、剣を持ったクレアが王子へ寄り、選択肢が目に見えるようアピールされる。

 軍事に関わるというのだから、兵の指揮か実戦の動き、どちらかを測ろうというのだろう。

 

「そうだね。手加減はするが、もし勝てば君を認め、妹の件も目を瞑ろうじゃないか」

 

 これにアイリスが反応する。目の前に蜘蛛の糸を垂らされた気分だ。できれば万々歳だが、望み薄。

 ……じゃんけんで勝負ってわけにはいかないよなあ、流石に。

 

 チェスはアイリスのような待ったアリのお遊びは無理だし、レヴィ王子のようなイカサマが通用する相手とは思えない。

 だったら、まだ可能性があるのは――

 

 

 ♢♢♢

 

 

「こちらを取ってくるとはね。あまり荒事は得意だとは見えなかったんだけど」

 

 “剣”を選んだカズマに、ジャティス王子は意外そうな面持ちを向ける。

 だが生憎とこちらは会話に応じてやる余裕はない。

 かつてミツルギの魔剣をぶん捕って決闘を制したことがあったが、どうにもこの相手に隙は伺えないのだ。

 あのアイリスが『エルロード』で腕試しをした時のように、剣を握った腕を無造作にぶら下げる、構えのない構えを取っているのに。

 

「そうだね、その度胸を買って、私をこの場から一歩でも動かせたら君の勝ちということでいい」

 

「本当か?」

 

「どうやらそれがハンデとして妥当みたいだからね」

 

 舐めた真似を……でも、ありがたい!

 王者特有の慢心をついて、みっともなくも勝ちを拾ってやる。

 ――カズマは剣を持った右手とは逆、空いている左手を突き出すと、

 

 

「『ファイアボール』!」

 

 

 開幕早々、第一王子へ中級魔法の火の球を放った。

 

「なっ!?」

 

 剣での勝負と思いきや、思いっきり魔法、それも王族相手に躊躇なくぶっ放したのだ。観戦していた周囲も驚く。

 のだが、カズマが渾身の魔力を篭めた火の球は王子に直撃する寸前で何と蒸発してしまった。

 

「いい!?」

 

「どうしたんだい? 別に魔法やスキルを使っても構わないよ。こちらは剣ではなく実戦での動きが見たいからね」

 

 相変わらず剣はぶら下げたままの、余裕の構え。

 噂では聞いていたが、『冒険者』の中級魔法程度じゃ通用しない。流石はあのアイリスの兄だ。

 

「そうかよ、だったらご所望通りに! 『バインド』!」

 

 縄で引き倒してやる! とカズマが拘束スキルを駆使する。騎士連中はこの手のスキルに弱い。これで何度も王国兵を倒してきた。魔獣捕獲用のミスリル製のワイヤーは無抵抗の第一王子の身柄を雁字搦めにして――しかし、何故かスルッと抜け落ちてしまう。(かか)り具合が甘く、緩んだのだ。

 おい、本当にどうなってるんだよ。何かしたようには見えなかったんだけど……!?

 それから、カズマは『クリエイト・ウォーター』+『フリーズ』の路面凍結(氷上でもまったく滑らず不動のバランス感覚で不発)、『クリエイト・アース』+『ウインドブレス』の目潰し(何と軽く息を吐かれただけで防がれた)と守備兵には通用したコンボを行使するが、王子は動かせない。

 

「どうやら君は小手先の技がお好みのようだ。では、そろそろこちらもお返ししようか」

 

 ――来る!

 これまで様子見で剣を振るわなかった王子がついに動く。でも、ルール上、一歩も動けないのだから剣の届く間合いにいなければ恐れるに足らず――

 

 ………

 ………

 ………

 

 どう、なってんだ……??

 

 ――30分以上が経過したか。

 

 倒れたカズマは天井を仰いでいた。その身体はまともな受け身も取れず床に打ち付けられた打ち身でボロボロだ。

 何が起こったかわからない。『自動回避』スキルがあっても、こう何度となく倒されている。しかもまったくそのトリックが理解不能なのだ。念力スキルでも使ってるんじゃないかと疑ってしまうほど。

 

「ほら、早く立ち上がらないのかい。実戦ではその隙に殺されてしまうよ」

 

 穏やかに声をかける第一王子。けどその言葉は辛辣。

 そして、容赦ない。決して、倒れた相手を攻撃しないようだが、こちらが立った瞬間にやられている。

 

「こ、この――ぐへっ!?」

 

 復活するやその剣を適当に振るい、倒れるカズマ。

 あれは何の変哲もない、兵士と同じ剣のはず。アイリスの所有するような神器じゃないはずだ。なのにどうしてこうなってる!!?

 なんかもう体が勝手に転んでしまう感覚だ。

 

「城でクレアとレインを相手に大立ち回りを演じたと報告を受けていたのだけど、この程度で、『ベルゼルグ』の軍務に携わりたいだなんてね」

 

 がっかりだと肩を竦められ落胆される。

 でも残念ながらそれに言い返してやることはできない。

 

「それで、そろそろ降参するかい?」

 

 同じ剣士でも、魔剣を盗まれるミツルギのように隙があるわけでもなく、頭を取られたら何もできないベルディアのように弱点があるわけでもない。完璧を絵にしたような相手だ。どうやってこれを攻略すればいい?

 

「……っ」

 

 仰向けに倒された視界にそれが入った。

 アイリスがこの二人のお兄様の決闘を見つめている。ぎゅっと拳を握り、不安げに。

 こちらに同情しているのだと思うけど、どちらも応援してやることができないでいる。

 そんなアイリスを見て、カズマは、

 

「なあ、あんた」

 

「何だい、サトウ殿」

 

 国の正規軍を率いて最前線で魔王軍と争っている王子様だ。

 カズマにとやかく言える資格などありはしない。でも言う。

 アイリスのお兄ちゃんだから。

 

「あんたは、アイリスのお兄様なんだろ」

 

 どうしてアイリスがこれほど懐いてくれるか理由はやっぱりよくわからない。

 どうせもう何年か経てば、アイリスも年頃のお姫様だ。

 兄貴面できるのもそれまで。こんなダメな男など身分の違いで面会すらできなくなる。

 なんだとしても、兄代わりとして慕われたものとして、代わりを務めた兄に一言二言文句言ったっていいだろ!

 

「アイリスが城でひとり留守を任されどれだけ寂しい思いをしてたのか、王族だからって周りにワガママ言えなかったか……! こんなグーたらでダメな冒険者に誑かされちまうくらいに誰かに甘えるのを我慢してたんだよ! なあそれを、お兄様のあんたはどうとも思わないのかよ!」

 

 責任転嫁もいいとこな発言だった。ダクネスがついてれば平にご容赦をと王子に嘆願しただろう。

 外聞もなにもへったくれもない。めぐみんがここにいれば、自分で自分をそんな卑下しますかと呆れられながらツッコんだろう。

 こんな無礼で格好悪い文句にも、お兄様は真摯に応対してくれた。

 

「知らないとは言わないが、これも必要な措置だ。戦から妹を遠ざけるため。たとえ私と陛下――御父上が戦場で討たれようとも、アイリスが城で守られているのなら、ベルゼルグの血脈は途絶えたことにはならない」

 

 とても丁寧に。正しく。

 ――けど、そんなのはこのお兄ちゃんが求めた解答じゃなかった。

 

「バカ王子。俺はそんなことを聞きたいんじゃねぇよ。妹をもっと気遣ってやれっつってんだ!」

 

 自分で言って自分の耳が痛い。

 アクアがこの場にいれば、日本で弟を避けていた駄目な兄貴だったヒキニートのくせにどの口がほざくかと言ってくるかもしれない。

 でも、ダクネスも、めぐみんも、アクアもこの場にはいないのだ。

 そして、ここにいるのは冒険者としてではない、“お兄ちゃん”としてだ。

 

「それができねぇんなら、王子様から妹を奪ってやる! うおおおお!」

 

 何が何でも一矢報いてやる……!

 どうして倒されるのかはわからない――でもたとえ倒れようとも前のめりに――いいや前に転がろう――そう、引き籠りのニートというのは、ゴロゴロ転がって進むのが得意なのだ!

 

 転がってでも迫るカズマに、王子はそこで初めて驚いたように咄嗟に身構えたが、そうはさせない。

 

「『スティール』――!!」

 

 グルグルして目が回りそうだけど、それでもこの手は相手の剣を盗み取った。

 そして、十分間合いを詰めたところで、盗んだ剣も合わせて二刀流、ただし回り過ぎてちょっと千鳥足だが、それでも剣を王子に叩き込む!

 

「お兄ちゃん……っ!」

 

 だがそのスキルを取っただけの素人の剣捌き、歴戦の王子様が処理するのは素手でも容易いか。片手に一本、左右の手で二刀流の挟み撃ちをそれぞれ指で挟み止めてしまう。真剣白刃取り。ビクともしない。

 だったら――!

 

「『スタン』!」

 

 直接もしくは武器を通して間接的に触れた相手に金縛りの呪いを掛ける。

 これで身動きを封じられ、そこからさらに『ドレインタッチ』をしながら押し倒してやれば、いくら武装国家の王子だろうと倒れるはず――

 

 

「ふっ、腕を上げたな。いやだがすまん。勝負事に手を抜いてやることはできんのだ、兄ちゃん」

 

 

 “王子でないその声”に反射的に顔を上げた視界に飛び込んできたのは、第一王子の碧色の瞳が真紅になる瞬間――

 それを眼前で目の当たりにした途端、カズマの意識が暗転した。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 これは後から聞かされた話。

 ああも不可思議に何度も転倒されたのは、『自動回避』スキルを逆手にとったからだそうだ。

 適当に振るった剣へ注目を集めながら、逆の手で指弾の如き極小の魔力塊を飛ばす。目に見えず無詠唱でしかも小さい真空波にカズマ自身は気づかずとも、勝手に危機を察知して自動発動するスキルの方は敏感に反応。この反射を逆手に取り、体を崩すように誘導して、手を使わずに相手を倒したように見せる。

 まさに相手の(スキル)を利用し、自らの流れに乗せてしまう合気術のような、遠隔空気投げとでも呼ぶような裏ワザだ。

 スキルの危機回避能力を計算して刺激しているので、原理に気付かなければどうしようもない。

 正体不明の攻撃に警戒し、回避に専念せねばと注意するほど術中に嵌るアリ地獄だ。

 なので倒されたところを攻撃しなかったのは騎士道精神でも何でもなく、立ってくれないと倒し(避け)ようがなかったため。それで倒しようのない状態で転がって来たのも同じ理由で、斜め上であったが正当を選んでいたことになる。

 で、こんな正確な把握能力と精密な魔力操作の両方を求められる一芸が可能、またカズマが『モンク』の回避スキルを習得している(また回避をスキルに傾倒しがち)と知ってなければできない。

 これに該当するのは、カズマが知る限り一人しかいない――

 

 

「さぁ、もう茶番は幕引きだ」

 

 眠り落とされたカズマは起きると、クレア率いる――立ち並んでいた文武官(やくしゃ)に変化させていた――兵士らに包囲され、レインが『アクセル』に転送するための『テレポート』の詠唱を済ませている。

 そして、アイリスは王子(あに)に化けていた仮面の少年――とんぬらに機先を制されていた。

 

「いつまでもバカやってないで、とっとと別れを済ませると良いぞ、姫さん」

 

「馬鹿な事とは何ですか! こっちはチョーマジだし!」

 

 お兄ちゃんを捕まえられて、アイリスは言葉遣いがまた変になるくらいに感情を憤らせるが、宮廷道化師は冷静に、痛切に、臣下らでは情が混じって言えない批難を言い返す。

 

「だったら、なお悪い。その口調も含めて。外交で自覚していた自身の立場を思い出せ。我儘を言ったり横紙破りしたり、そのことでどれだけの連中が迷惑を被っていると思っている」

 

「言いがかりも甚だしいし! 誰にも迷惑なんてかけてないし!」

 

「それは、そう思っているだけだ。姫さんがくしゃみをしただけで、一族郎党すべてを路頭に迷わすことだってできるんだぞ。そういう立場だと、きちんと認識はしていたんじゃないのか?」

 

 冗談のように聴こえるかもしれないが冗談ではない。それは誰よりもアイリス自身がわかっていることだ。今は目先のことに囚われ、目を逸らしているに過ぎない。

 

「公私を分けろ。我儘を覚えたのは良いが、だからといって我慢を忘れるのは違う。王族としての責務とか以前にこれは人としての良識の問題だ。これ以上事が大きくなる前に兄ちゃんを帰らさせるぞ。手遅れになる前に。今ならこの騒ぎも狂言で済ませられる」

 

 そこで覚醒はしたが、まだ会話するほど頭が回っていないカズマへ、とんぬらは水を向けた。とびっきりの冷水のような。

 

「兄ちゃん、このまま部屋に篭っていて、もしも本当に城の主がご帰還なされたらどうするつもりだ」

 

「へ?」

 

「姫さんに大層甘いというベルゼルグ陛下でも、大事な可愛い娘が誑かされて、王族として正常な判断が鈍らされているとあっては……――」

 

 そこからは言葉にせず、クイッと指で首を切る仕草。それだけで十分伝わったカズマは、顔を蒼褪めさせる。寝起きの頭を急稼働させて、一言再確認。

 

「…………マジ?」

 

「大袈裟に誇張しているつもりはない。こうして兵を動かし、第一王女が王族としての過ちを犯すことを唆しているのは事実。他国だが『ドラゴンナイト』が国を追われた前例もあるしな。これはもう、ダクネスさん……王の懐刀たるダスティネス家でも庇えるかどうか。姫さんだってそんな姫らしからぬ言葉遣いとなっては聞き入れてもらえるはずがない。むしろショックでおっ魂消るぞ。そんなの火に油を注ぐようなものだ。それに、だ。“本物のお兄様”と鉢合わせたら、この状況は酷く癪にさわると思わんか」

 

 この第一王子に扮した大掛かりな寸劇は、こちらを逃げ場のない状況にまで追い込むためだけでなく、体験させて事態をきちんと把握してほしかった意図も含まれていた。

 

「むしろ、下手したら兄ちゃんの首が飛ぶだけじゃすまない。第一王女が暴走する状況を招いてしまった周囲の失態だ。城中の者に責はあろう。特にその上役の側近ならばなおさらな」

 

 目配せして、それに誘導されれば、歯痒い表情をしたクレアとレイン。アイリスの前に膝をついて頭を垂れながら、

 

「貴き第一王女の護衛であり教育係を任せられながらかような事態を許したからには、私はシンフォニア家の貴族位を返上し、お詫び致す所存」

「二度とアイリス様と面会叶わぬことになりましょう……はい、死罪も覚悟しております」

 

「ま、待って! それはダメ!」

 

 王城で過ごした十二年より、初めて旅した数日の出来事の方はすごく充実して楽しかった。そう一時の迷いでも思ったにしても、大切なのは何なのかはブレず。

 慌てて止めるアイリス。彼女たちの言葉からこれが演劇でも何でもなく、真剣なものだと一目で理解できた。

 

「私が悪いんです、もうこのようなことはしませんから、そのようなことを言わないで。国の忠臣をこんなわがままで失っては、それこそお父様に申し開きがありません。お願いです、この通り、これからも私のお側にいて助けてくれませんか」

 

 流石に、自分の仕出かしている事の重大さを分かったか。だが、暴走するのはともかく、きちんと反省する度量は見直した。

 お役目御免だと道化師は、内心胸を撫で下ろして事の成り行きを見守る。

 

「アイリス様……どうか、面をお上げいただきたい。我々の不行き届きに、雪辱の機会を授けてくださるというお心遣い、恐悦至極に存じます。このクレア、『ベルゼルグ』のため、アイリス様のため、これまでと変わらぬ姿勢を尽くしましょう!」

「このレインも、クレア様に同じく」

 

 こうして、雨降って地固まる、トラブルがあったがより主従の結束を固くして一件落着。したが、お姫様は、熱いお灸を据えてくれた、また一杯食わされた宮廷道化師を不満げにやや目端を吊り上げて、

 

「我儘が過ぎたことはわかりましたけど、ジャティスお兄様にまで化けるなんてやり過ぎじゃないですか」

 

「これくらいしないとさっきの姫さんは反省しないだろ。それに、実の兄の見分けがつかないくらいに“お兄ちゃん”に目が曇っていたのも自覚できたんじゃないか。くっ……! 人を見る目があると自負していた王女様を騙し果せたとは、宮廷道化師として箔が付いたのではないか」

 

「むぅぅぅ~~!! もう絶対に惑わされませんから!! 今度からは合言葉を決めておきます!」

 

「自衛意識が高まっていいことだ。これは銀髪盗賊団も今度忍び入るには苦労するんじゃないか」

 

 皮肉を返せば、アイリスはその愛らしいほっぺをますます膨らませる。

 

「そう、不満げな顔をするな。こっちも第一王子の人物像をクレア殿やレイン殿に教えてもらい、不敬罪を覚悟してのチョーマジな芸能だ。もっともこれも狂言(ドッキリ)で済ませるから表沙汰にならないし、皆さんには口裏を合わせてもらうつもりだけどな」

 

 この同年代の、一足先に大人の仲間入りを果たした宮廷道化師(とんぬら)に対して、対抗心剥き出しな第一王女(アイリス)は、彼の物言いに理解はするが納得はし難く、重箱の隅を突くように今回の“芸”を批判する。

 

「にしても、もっと言葉で諭せる方法はあったはずです。お兄様をああも皆の面前でいたぶるなんて……!」

 

「やり返したいが報復が怖いというのが匿名多数でな。先日は城の者に好き勝手に暴れたみたいだからこれくらい痛い目に遭わせておかないと周りも内心納得せんだろ。……俺としても不本意だったが、今の兄ちゃんの実力がどれほどのものかと知りたくて請け負った。そしたら、青臭い主張が飛び出してきたが……。いやすまん、兄ちゃんを辱めるつもりはなかった」

 

 言われて、カズマは改めて状況を見回す。捕まっているが、周りの兵が微笑ましい、レインもどこか優し気で、クレアも渋々ながら“変装とはいえジャティス王子にああも啖呵を切れるとは不相応ながらその思いの丈は認めざるを得ない”と頷いている。

 

「お兄様……」

 

 なんか思い出したのかアイリスも顔を赤くして、こちらをチラチラと窺っているし。

 

「今更ではあったが、めったに聞けない兄ちゃんのマジな主張という思わぬ収穫を聞けて、如何でしたか姫さん」

 

「そ、そうですね! 此度の狂言は不問にしましょう。お兄様がどれだけ思ってくれているのかわかりましたし」

 

 城での生活でそれまでの名声をすべてダメにする勢いだったのがいくらか回復して、認めてくれる雰囲気になったけど、恥ずかしい! 穴があったら入りたい! つか、帰りたくなってきた!

 

「……あやうく大変な過ちを犯すところでした。きっとこれが本当にお兄様やお父様相手だったら私は何の弁明もできなかったはずです。と~~っても、癪ですけど、手遅れになる前に目が覚めたのはあなたのおかげです」

 

「王族たる者は簡単に頭を下げてはいけないんじゃないのか姫さん?」

 

「わかっています! 今回限りです。……まったく、お兄様は際限なく甘やかしてくれるというのに、あなたは私にとことん厳しいです」

 

「そうせざるを得ないというか、それが王女から拝命された宮廷道化師(ジェスター)のお役目であるからに、とね。釣り合いが取れてちょうどいいだろう?」

 

「ふふっ、そうですね」

 

 アイリス、それからクレアやレイン、執事のハイデルまでこの狂言に参加していた城の者らから口々に礼を言われるとんぬらは、ようやく体の方もまどろみから完全に覚めたカズマへ問いかける。

 

「で、どうする兄ちゃん。俺としてはあまりこの場に長居することはお勧めしない。さっきの王子役でした力試しはあれでも手加減していたんだが、本物のお兄様がどう出るかはあまり期待しない方がいい」

 

「わかってるよ。こっちだって反省した。可愛い妹と別れるのは辛いが弁えるさ」

 

 ダクネスから預けられているダスティネス家の紋章を手形にすれば城には入ることができる。アイリスもとんぬらに悟らされて、思う存分甘えっぱなしなのは問題があると反省し、今後は節度ある付き合いを心掛けるだろう。

 アイリス以外の王族と鉢合わせするのは避けた方が良いだろうし、色々とほとぼりが冷めるまでは距離を取った方がいいかと浮かれた頭を冷やした。

 ……何だかこの発想、間男みたいなんだけど。

 

「そんなに姫さんといたいのなら方法ならあるだろう。古来より、魔王を倒した者こそが堂々と姫にお近づきできるのがお約束なんだからな」

 

 からかうように(余計な)ことを言うとんぬらに、ハッとカズマの方(こちら)を向いたアイリスが、

 

「あの、よければ手紙をください! お兄様が、いつか必ず魔王を倒すと、信じて待ってますから――!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 こうして、無事に、カズマは『アクセル』へと帰ってきた。

 最後にとんでもない注文をされてしまったけれど、なあに、子供たちの手紙を読んでから魔王に目にものを見せてやろうと奮起したのだ。……一週間前に燻ってしまったそのやる気が再熱しただけのこと。

 ここは仲間たちの下へ行って改めて決意表明を……! と気合いを入れようとしたカズマに、とんぬらはひどく言い難そうに、

 

「兄ちゃん、帰還して早々にだが悪い報せがある」

 

「え、なに? 『アクセル』について急に改まるとか、やめてくれよな」

 

「カンカンだぞ、めぐみんもダクネスさんも。それからアクア様も」

 

 ……あー、そうだろうな。

 でもあんな別れ方をしておいてその日のうちに城に戻るなんて格好悪すぎて流石にできない。

 

「そして、兄ちゃんが送った手紙を本気にしている」

 

「手紙……て、何を?」

 

 まだ頭が寝惚けてるかもしれない。自分で書いたのに自分でその内容を思い出せん。首をひねりながらとんぬらに質問すれば、“俺も伝え聞いた話だが”と前置きをしてから教えてくれた。

 

「“屋敷も財産も3人に全部やる”というのだ。どうやら相談の結果、ダクネスさんはこの街に実家があるし、めぐみんは里に実家があるから、アクア様が所有権を主張している」

 

「は?」

 

「それで、ダクネスさんもめぐみんもそれはまあブチ切れていて……そして、特に、アクア様がな……兄ちゃんが屋敷に出入りする条件として、“アクア様ごめんなさい”と土下座して、一日三回自分を崇め奉らなければ許さないと。絶対に放蕩ニート・ロリマは屋敷に入れさせやしないと今頃防備を固めているだろうな」

 

「はあ!?」

 

 どうやら“籠城戦”から一転して、“攻城戦”をしなくちゃならないらしい。しかも自分の屋敷に。

 自分が蒔いた種で、こっちに負い目があるのは重々承知しているが……あんのアマー!

 

「じゃ、仲直り、頑張ってくれ。一言助言を送るとすれば、ダクネスさんとめぐみんは真剣に謝れば許してくれると思うぞ」

 

「おい待ってくれとんぬら! そんなワンポイントアドバイスじゃなくて、力を貸してくれないのか? 紅魔族の知謀があると心強いんだけど!」

 

「勘弁してくれ兄ちゃん。一日に二度も、他所様の家の事情に首を突っ込むのは御免被りたい。山から城へ急ぎできて、正直、眠いし。それに……なんというか俺はアクア様には逆らい難いのだ」

 

「非の打ち所がないアイリスを叱れるのに、あの駄女神に厳しく当たれないってどうなんだよ」

 

「でも、今回、非があるのは兄ちゃんだろう? あと、もう一言助言を贈るなら逃げない方が賢明だ。時間をかけると余計に意固地になるだろうし、今日中に片をつけるのが好ましい」

 

 しかし、呼び止めるも空しく、とんぬらは帰ってしまった。

 その後、案の定、徹底抗戦の構えを取るアクアと喧嘩になり、屋敷に入れず、たまたま通りかかった女神の敵対者であるバニルに『いらない高額商品を大量に買い取る』と対価を支払うと言って協力を取り付け……最終的に警察の助けを借りてどうにか屋敷に帰ることができた。

 

 

 つづく




誤字報告してくださった方、ありがとうございます!

それでこの新章、最初、11巻で、猫耳神社のご神体が里を侵攻した魔王軍に奪られて~~……と考えてましたが、14巻予定の紅魔族の話が気になりますので、12巻でダクネスのいとこ・シルフィーナの家庭教師を請け負う話、また13巻でウィズ店長の恋物語?を主として繰り上げて投稿していくことになると思います。
なので投稿が遅れるかもしれませんがなるべく早くできるよう頑張ります。

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