この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

103 / 150
遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。

新年最初の投稿は連続投稿になります。


103話

「ドラゴンだ! 城の地下からドラゴンが来るぞー!!」

 

 いきなりそんなことを言っても、ほとんど誰も信じやしないだろう。

 同じパーティのめぐみんやダクネスまできょとんと首を捻られている。必死さは伝わっているけど、いくら何でも城の地下からドラゴンなんて、棚から牡丹餅の喩えの範疇に収まらないくらいにありえない事なのだ。

 そんなのカズマだってわかってるし、いきなりそんなことを叫ぶやつがいたら、“コイツ頭おかしいんじゃないか”と思うだろう。

 でも、このきっととんぬらが送ってきた――それも伝達手段からして滅茶苦茶切羽詰まっているものと思われる――手紙(パンツ)の情報の確度は間違いないはずだ。

 

「もうカズマ。つくならもうちょっとマシなウソを吐きなさいよ。それから空気読みなさい」

 

 なんて、自分で自分を納得させていると、この場で最も能天気な女神様が、宴会で滑っちゃった可哀そうな人に声をかける感じで、

 

「そういう小粋なジョークで場を盛り上げようとする気持ちは買うけど、もっと時と場所を考え」

「ウソじゃない! アクアもこれ見ろ!」

 

 名前は書かれてないが差出人とんぬらであろう手紙(パンツ)をアクアに見せる。

 

「なになに……“どしはらろやごのくんちひでかならにん”? なにかしら? もしかして、ゲームのパスワードコマンド」

 

「違ぇよ! 縦読みだアクア!」

 

「『早く避難。城の地下にドラゴン出た』――って、大変じゃない! 早く逃げなきゃ!」

 

「だからそう言ってんだろ!」

 

 ったく、この駄女神は!

 けど、アクアのリアクションのおかげでこれが冗談でないとこの場にいる人たちの心の中で起こりが出てきた。

 アイリスが真剣な声音で、再度確認する。

 

「お兄様、本当にこの城の下にドラゴンがいるのですね?」

 

「ああ、おそらく。冗談でこんなの送り付けてくる奴じゃないし」

 

「確かに、足元から物凄い魔力反応がしますね」

 

 魔力に対して常人よりも敏感な紅魔族のめぐみんが杖で床を突きながらそう言う。

 カズマも『敵感知』スキルでまだ距離はあると思われるが……つまり遠くからでも覚えるほど強大な気配に反応している。

 そして、ダクネスもまた、

 

「うむ。私の、強敵を嗅ぎつける嗅覚が、途轍もなく香ばしい危険の香りを嗅ぎ取っている。これはデカいぞカズマ!」

 

 この通り、(ドM)騎士の第六感で察知し、剣を抜いて臨戦態勢を取っている。

 

 ドラゴン。

 それはこの世界の人間はおろか、存在するはずのない地球ですらその名を知らない者はいない、最もメジャーなモンスター。

 いわば最強であり、最高であり、最恐の存在。

 それを倒した者は英雄と呼ばれ、望むがままの報酬を得られる至高のモンスター。

 そんな、モンスターの王様が今、足元に。

 

「いやああああああ! いやあああああああああ! いやああああああああああああああ!」

 

「理解したは良いが、ピーピーうるせーぞ! 周りにまで過剰にパニック伝染しちまってるじゃねーか!」

 

 こいつは避難訓練のおすしも知らんのか。ほら、検察団や官僚、それに衛兵らも右往左往としちゃってるし。

 

「大体お前はドラゴンの飼い主なんだろ? それが何を今更そんなもんにビビってるんだよ。ゼル帝が大きくなったら育児放棄でもすんのかよ?」

 

「ウチの賢いゼル帝をそこらのドラゴンと並べないでちょうだい。あの子はとても頭がいいから人なんて襲わないわ」

 

 こいつのおつむは三歩歩いたら忘れるニワトリ並に残念なようだが、エリス感謝祭であのひよこは大暴れしかけたからな。

 

「でもほら、野良ドラゴンって要するに、頭の悪いトカゲじゃない?」

 

 こいつに頭が悪いと言われるドラゴンが気の毒なのだが。

 確かドラゴンってのは、知能が高いものもいるんじゃなかったか。

 いや、そんなドラゴン談議に頭を悩ましてる余裕なんてない。一刻も早く避難を――

 脱線しかけた思考を切り替えた時、袖をくいくいと引かれ、

 

「お兄様――」

 

 

 ダンッ! と謁見の間に力ある音が震撼した。

 それは徐々に大きくなりつつあった床の振動にぶつけて相殺し打ち消したかのように、謁見の間を静めてしまい、また人々の耳目を集める。

 アイリスだ。

 カズマに預けていた剣で床を突いた。時間にすれば、わずかに三秒。

 それだけの行為で、パニックは平伏された。他国ながらなんて王威(カリスマ)の発露だ。

 

「この『エルロード』の城に危機が訪れています。皆様はいち早くここから避難を。衛兵の方々はできる限りその誘導をお願いします。

 そして、ドラゴンは――」

 

 アイリスは皆を安心させるようニコリと微笑んで、

 

 

「このベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリスが、必ずや退治してみせます」

 

 

♢♢♢

 

 

 アイリスのおかげで、謁見の間にいた人たちは急いで、しかし慌てずに城の外へ逃げていき、また衛兵らは城にいる他の人々へ情報を伝達したり誘導したりと散っていく。街の方へも被害が出るかもしれないが、そこはアイリスの後に付け加えるよう“城から民を遠ざけろ”と命令を飛ばした王子がフォローした。

 それで……

 

「ドラゴンを退治する? バカを抜かせ! お前が強いのは知ってるが、無理に決まってるだろうが!」

 

 竜討伐に意気込むアイリス……城に残り逃げようとしない王女へ、レヴィ王子が叱咤する。

 

「やってみなければわかりませんよ? それにここで誰かが足止めしないと『エルロード』が危ないです。レヴィ王子も早くここを離れてください。王子が危険な目に遭うことを避けないと……」

 

「お前も危ないだろ! それにお前も王女だろうが!」

 

 王子が本気で心配しているのがわかる。でも、アイリスも頑固だ。

 

「ふ、一体何をそんなに恐れるのですか。確かにアイリス一人では強大なモンスターを相手するのは難しいかもしれません。ですがここには、アクセル一の大魔法使いである私がいます」

 

 そんな不退転の王女の配下ということになっている『アークウィザード』めぐみんがそれっぽく厳かに杖を構えてみせ、王族の盾を表する大貴族の『クルセイダー』ダクネスが主の傍に添い、いつでもその身を盾にする姿勢でいる。

 カズマもまた自慢の妹の前で格好悪い真似はできない。若干及び腰ながらも、王子へ言う。

 

「俺達は魔王の幹部や邪神とだって渡り合ってきたんだ、今更ドラゴンなんてむしろ格下みたいなもんだ」

 

 そして、もうひとりも、

 

「ドラゴンを退治するだなんてバカがすることよ。ほら、皆バカ言ってないで早く逃げましょ!?」

 

「空気読めよアクア」

 

 演劇で絶賛されているはずの『アークプリースト』様は相変わらず幻滅させる方向に全力であった。

 

「アクア様、皆さんは私がお守りしますので、どうかお願いいたします。相手がドラゴンともなると、流石に支援魔法がないときついと思いますので……」

 

 申し訳なさそうなアイリスに、流石に年下の子供にお願いされてはこれ以上の駄々も捏ねられないのか、

 

「……まったく、しょうがないわね。それじゃあ協力してあげるから、もしあなたが大人になって、女王様になったらアクシズ教を国教にしてちょうだい」

 

「そんなカオスなこと誰が許すかよ! むしろアクシズ教団は滅ぼされないだけありがたいと思え!」

 

 渋々ながらも一致団結した。そもそも王女が前線に出る気満々なのは王子ならずともおかしいと思うが、戦力的にはこれが正しい。実際、魔王戦線でも国王自ら最前線に出るようだし、これも『ベルゼルグ』のお国柄と捉えていただきたい。

 で、誰の賛同も得られなかった王子は、不機嫌さを隠そうともせずに顔を背け……ぐらり、とよろけた。

 

「え……っ!?」

 

 意図が切れた人形のように脱力した王子の身柄をアイリスが抱き留めた。見れば、王子のあの指輪が点滅している。それを確認し――――瞬時に跳ねた。

 

 

「来ます! 皆さん、ここから離れて!」

 

 

 アイリスが叫ぶと同時に『敵感知』スキルに反応があった。気配が急速に接近。

 カズマは咄嗟にちょうど近くにいためぐみんの襟首を引っ掴んで、『逃走』スキルを働かせながらアイリスを追うように跳び退がる。

 

 

「グルルルオオオオオ……!」

 

 

 謁見の間の床を突き破って、顔を出したのは、骨。竜の頭蓋。続いて連なる、全身の骨。肉はなく生気はなく、まさしくアンデッド。

 そう、ドラゴンはドラゴンでも、これはスカルドラゴン――ドラゴンでありながら、アンデットでもある……

 

 ぐるん、と首が青髪の方へ回る。

 

 アンデッドは女神の神気に引き寄せられる習性がある。つまり、

 

「あのドラゴンを引き寄せたのはお前かっ! 本当に! 傍迷惑な女神だな!!」

 

「わ、私のせい!? 私だって好きで引き寄せるんじゃないわ! 女神の神聖さが罪なのよ!」

 

 と思わず叫んでしまったが、冷静になってみるとおかしい。

 確かにスカルドラゴンはアンデッド族だが、スケルトンやゾンビとは違い自我を持つ存在。だから、無意識に成仏を願い、女神の神気に引き寄せられてくるというのは考えにくいわけで、

 

「――お兄様!?」

 

 何が起きたのか、カズマには理解できなかった。

 骸骨の空洞にある血塗られた真紅の瞳が輝いた途端、景色のすべてを引き裂く白い暴風が右から左へこちらの視界を埋めていった。というだけだった。

 その正体が、竜骨の巨大な翼爪、と。そう理解して回避に移るのでは、あまりに遅すぎた。

 だから、きっと。

 自分の命が繋がったのは、もっと他に理由があった。

 すなわち横槍が入った。

 スカルドラゴンが掘削して空けた大穴から遅れて飛び出し、腕に抱きかかえた少女と言葉いらずに疎通する連携を見せた仮面の少年。

 

「『筋力増加』! 『皮膚強度増加』! ――そして、『光刃付加』!」

「『ミラクルムーン』――『リフレクト』からの『雷鳴豪断脚』!」

 

 骨組みを踏み台(かいだん)にして、三日月が駆け上がったかのように見えた。

 蹴撃地点を起点に、身体が更に回転。ほとんど重力を無視した月面宙返り(ムーンサルト)が翼爪をかち上げて――“空を蹴る”。加速して、巨大な翼ごとスカルドラゴンのどてっぱら(剥き出しの肋骨)へ稲妻の如き蹴りを放ったのだ。

 ドンッッッ!!!!!! という腹に響く重たい衝撃音が遅れて木霊する。まるで鉄筋コンクリートを鉄琴と見立てたかのような残響を残して、竜骨がこの謁見の間の壁を突き破り、そのまま外へ――ちょうど訓練場のある方へと吹き飛ばされていく。

 

「この人気の少なさ……今度の伝言(サイン)はちゃんと届いたようだな」

 

「とんぬら!」

 

 すとん、と片足で崩れ行くこの謁見の間に着地する。

 蹴った足が痺れるのか、ケンケンしてこちらへ駆け寄り、お姫様抱っこしていたゆんゆんを下ろす。

 

「皆さん無事ですか!」

 

「ゆんゆん、あなた一体何をしたんですか?」

 

「私は別に何もしてないわよめぐみん!」

 

「悪いが詳しい話は後にしよう。――姫さん、兄ちゃん、王子殿の容体は?」

 

 すぐに王子の状態に気づいたとんぬら。過呼吸気味に息が荒げで、顔色が急速に蒼褪めていく。

 先日と同じ。魔力が吸われ、体力まで奪われている。このままからになれば、それはすなわち死だ。

 

「ちょっ、これまずいんじゃないか!?」

 

「指輪からの魔力の流れ……やはり、あのスカルドラゴンと繋がっている!」

 

 目を細めながらとんぬらが舌打ちする。

 つまりこれって、あのスカルドラゴンを滅ぼさないと、助からないっていうことなのか。

 とんぬらは辛そうにする王子の手に魔力消費を肩代わりしてくれる魔石を握らせながら、その骨にまで噛みついていそうな指に食い込んだ指輪を見る。

 

「とりあえず手持ちの『吸魔石』はこれだけあるが……アクア様、指輪を外すことはできませんか?」

 

「ちょっと無理ねこれ。呪いなんだけど篭められてるのは純粋な願いみたいだし、私じゃ外せないわ。神器なら封印しちゃえるんだけど……」

 

 アクアでも解呪不能……!

 そういえば、スカルドラゴンって、あのバニルの仮面に使われている素材だという話を当のバニルから聞いたことがある。そうだ。かつてダクネスに張り付けられた時、死竜素材の仮面はアクアでも剝がせずに追い詰められてしまっていた。

 

「おいおいおい! どうすんだよ、このままじゃ王子がまずいんだろ!」

 

「兄ちゃん、いざとなったら『ドレインタッチ』で分けて保たせてくれ。その間に――」

 

「あのスカルドラゴンを倒します、お兄様」

 

 引き継いだアイリスがそう言うと剣を抜いて、スカルドラゴンへ立ち向かいに駆け出す。さらにダクネスが横に並び、とんぬらとゆんゆんが続いていく。

 そして、こういう大物相手で出番な我がパーティ最大火力持ちの『アークウィザード』――

 

「よしめぐみん、城に被害をあまり出したくないが四の五の手段を選んじゃいられない!爆裂魔法でスカルドラゴンを木端微塵に吹っ飛ばしてやれ!」

 

「わわわわ、分かってますよカズマ……! なな、なに、ススススカルドラゴンごとき、我が爆裂魔法の前では、ただ、ただのサンマの骨と変わりなく……!」

 

 逆境に弱いめぐみんは激しく動揺してしまっている模様。

 でも、最速で最強の一撃をぶちかますには、めぐみんの爆裂魔法の右に出るものはないはずだ。とにかく、カズマはレヴィ王子を背負い、めぐみんの手を引いて、それからビビるアクアを叱咤して4人の後を追いかけた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 このスカルドラゴンの生前の肉体は、ブラックドラゴンだった。

 これは珍しいドラゴン種であり、戦闘能力は極めて高く、その骨肉の強度も竜族随一。

 そして何より、プライドが高く、どんなドラゴンよりも凶暴凶悪。

 しかも、スカルドラゴンは、アンデッドモンスターでもある。生命という概念はなく、骨であるから状態異常も通じない。

 そして、骨組みだけど、飛行能力だってあった。

 

「ええええ!? 待て待て待て! アイツ、骨なのに飛べるのか!?」

 

「あれはそういうものだ。我々の常識が通じる存在ではない」

 

 訓練場の真上、王城の上空を飛行する竜骨。

 グリフォンと同じで羽ではなく飛行魔法に頼っているのであり、飛んでいる相手に攻撃を当てるのは難しい。

 

「めぐみん、爆裂魔法を当てられそうか!」

 

「ダメです。ああも飛び回られては、確実にいけそうにありません!」

 

 『狙撃』で当てることはできそうだが、それじゃあ威力が弱くて撃ち落とすなんて敵わないだろう。

 

「だったら、私が……! ――『ジゴスパーク』!」

 

 めぐみんやとんぬらに隠れがちだが、彼女は今や超高レベルの上級魔法使い(アークウィザード)。それも至極真っ当な。

 少女の身体を中心に膨れ上がる魔力は旋風を起こし、巨大な竜巻(ツイスター)を生み出し始めた。

 瞳と同じ紅色に光輝く指揮棒(タクト)を天に突き付け、ゆんゆん必殺の地獄の稲妻が放たれる。

 大地から空へ。あるいは空から大地へ。蒼白の光が間欠泉のように噴き上がる。

 その雷撃は回避を許さず、見事にスカルドラゴンに直撃した。

 

「流石ですゆんゆんさん! これなら……!」

 

 これは効いた。

 狙い澄ました一撃を狙い通りに撃ち込んで見せたゆんゆんの技量は驚嘆すべき。クリティカルに決まった。上位悪魔ですら痺れさせる凄まじい雷を浴びれば幾らスカルドラゴンでも平気じゃいられない。飛行できなくなり墜落するはずだ。落ちてきたところを狙って、アイリスが剣を構える。

 だがしかし。

 

「――そんな、馬鹿な」

 

 死竜は依然と上空からこちらを睥睨していた。これには驚愕を隠せない。

 

 この時は知る由もなかったが、スカルドラゴンの素体となったブラックドラゴン……この竜種は雷属性であり、ブラックドラゴンには土属性の魔法ぐらいしか効果がない。

 つまり、雷系統の魔法を得意とするゆんゆんとは相性が最悪であった。

 

「グルルル……!」

 

 底冷えする唸り声。

 そして、ぶわりと何かがうねり、大きく舞った。

 それは王国『エルロード』の紋章を描かれた垂れ幕――垂れ幕を掛けていた城壁が壊れたのだ。

 空を飛ぶスカルドラゴンから伸びる伸びる白い太刀風、長大な鎌の如き尾がすでに城を切り裂いて、こちらに迫っていた。

 

「はああああぁぁ!」

 

 すごい、スカルドラゴンの攻撃を弾いた!

 『鎧の魔剣』を展開装備したダクネスは城砦をも破壊した一撃に耐えきってみせる。

 

「ふ、ふふ、伊達に防御スキルにポイントを全振りしてないからな!」

 

「いや、そこは誇るべきところじゃないからな?」

 

 しかし、『(デコイ)』を発動させて、スカルドラゴンを引き付けるダクネスは、日頃のぽんこつ具合はどこに行ったのかと疑うぐらいに格好良かった。

 こいつ、いつもこんな感じだったらいいのに。

 

「やらせはせん! 私は盾の一族と呼ばれたダスティネス家! ドラゴン相手だろうと背に負う者がいる限り我が身屈すると思うな!」

 

 僅かも怯みも退きもせず、アクアからの支援魔法を受けより頑健となった守護者は淡く身体を光らせて立ち塞がる。

 ――それを飛び越え、空を翔け上がるは、稀代の道化師。

 

「亡骸風情にいつまでも制空権を独占させる気はないぞ! ――『リフレクト』!」

 

 精霊から昇華されより研ぎ澄まされた幻魔の春風(かぜ)に乗り、スカルドラゴンに迫るとんぬら。

 高々と跳躍し、途中、中空に展開した反射板(リフレクト)を蹴って勢いをつけ、神風を背に受けて天を目指すその軌道は、人間どころか魔獣にすらありえぬ超越速度。

 本当に魔法使いかよ!

 まったく、盗賊よりも身軽だろ。

 防御のための反射魔法を足場にするとか普通じゃない発想。

 風を纏って飛んで、ジグザグに跳んでいる宮廷道化師の軌道を目で追い続ける事さえ難しい。複雑な奇跡を空に刻み、とんぬらは自らを鋭い矢と化して、急接近。

 

 それをさせじとスカルドラゴンも竜骨を振るうのだが、これまた器用に躱す。ひらりひらりと舞って掴ませない木の葉のように身軽さを活かして避け――同時に、右手に鉄扇、左手に杖の二刀流を手繰る。杖より幾つもの光条を連射して牽制を入れながら、広げた扇の面がこれ以上ないタイミングと角度で攻撃を捌き……そのまま余剰の勢いで、懐に潜り込んで相手の身体に乗ってしまう。

 

「『アストロン・猫地蔵』!」

 

 スカルドラゴンにしがみついてからの、超重量の鋼鉄化。

 極めて重く頑丈な錘がつけられては、空中でじたばたと暴れても、徐々に高度を下げていく。それを見たアイリスが叫んだ。

 

「ゆんゆんさん、拘束魔法をお願いできますか!」

 

「うん! 『アンクルスネア』!」

 

 地面より勢いよく蔓が伸びて絡み合い、より強靭と編み込みながら上空を目指し――竜の尾に巻き付いた。

 しかし拘束魔法で捕えたはいいが、それでもスカルドラゴンを地表に引き込むだけのパワーはない。スカルドラゴンもとんぬらを振り解こうとしながらも、尻尾を搦め捕った邪魔な拘束を破らんと余計にもがき暴れる。

 

「グググググ……」

「ううううう~っ!」

 

 長時間は無理だ。すぐにでも次の手を打たないと逃してしまう――

 

「いいえ、これでいいんですお兄様」

 

 直後、アイリスが城壁を蹴って宙を舞った。

 カズマたちはただ息を呑んでそれを見た。

 アイリスはそのまま、スカルドラゴンと繋がっている蔓の上に着地。目の眩むような高さをものともせず、命綱なしの綱渡りを一気に駆け上がる。

 唖然としてしまう。

 しなやかさと敏捷力もさることながら、卓越したバランス感覚と天性(センス)は人間の極み。

 

「――『エクステリオン』!」

 

 アイリスの声に呼応して、彼女を主と認めた神器の剣が眩くも神々しい光に包まれた。

 お転婆過ぎるお姫様に一瞬戸惑うとんぬらであったが鋼化を解いて素早くフォローに回り、アイリスを狙う竜骨を撃ち落として反撃を未然に防ぐ。そして、光り輝くその刃が、歪な骨の翼を根元からバッサリと断ち切った。

 

「グルルルルルァァ! グアアアアアアアルルルルァァ!!

 

 スカルドラゴンが失墜する。

 それからアイリスも蔓から跳ねて竜骨を斬り捨てたあとその身柄を宙に放り出してしまったが、そこはとんぬらがキャッチした。

 

「ったく、相手だけじゃなく味方にもジャジャ馬揃いだからフォローするのが大変だ!」

 

 アイリスを連れて無事な足場に軟着陸を目指しながら、とんぬらが杖代わりの鉄扇を大きく振り上げる。

 

「『風花雪月・猫小判』!」

 

 芸能スキルは、その熟練度に、ステータスの器用さに比例する。たとえば、『氷細工』スキルは技が巧みであればあるほど、精密な細工を施せるだけでなく、氷の硬度も上げる。単純な魔法スキルよりも繊細な操作を可能とするのだ。

 優れた職人の指先は、機械工場の限界さえ超えるという話と同じである。宮廷道化師と認められるほどの手先はまさしくそれだ。

 しかしこんな雪祭りの巨大氷像なスケールを瞬時に造り上げてしまうとはやはり桁外れ。

 

 スカルドラゴンが墜落した訓練場ごと、すっぽりと覆い囲うほど巨大なカマクラを製造。さらに鍍金を貼るよう『ゴールド・アストロン』が重ね掛けで展開――この氷像金閣寺は、被害を最小限に抑えられるよう爆発の余波を内に封じ込め、かつ威力を一地点に圧縮して高めるためのもの。

 

「出し惜しみはなしだ。『天地雷鳴士』の奥義を切る」

 

 右手に金色。

 左手に紫紺。

 陰陽の魔力の光を両手に灯す。

 魔道を極めるウィザードの魔法は上級となれば“カースド”と冠し、神聖魔法の使い手たるプリーストは上級となれば“セイクリッド”がつけられる。呪われし魔法、聖なる魔法と極めるベクトルが真逆なのである。

 しかし、ウィザードとプリーストの双方に高い資質を有した賢者タイプ……それが、『天地雷鳴士』となって解放され、ウィザードとプリーストに隔てられていた職業種の壁を超えた。そして、相反する性質を掛け合わせることを、冷気と熱気を融和させる『メドローア(メヒャド)』の使い手でもある彼は得意としている。

 

 左右弧を描くように回り――パンッと柏手を打って重なり金の陽気と紫の陰気が混ざった。

 

 

「幻魔解放『天地鳴動の印』! ――ドメディ、今だ『ビックバン』!」

 

 

 アイリスを回収する際に彼方へ投擲していた竜の意匠を凝らした杖。それに宿る鬼火の幻魔が現界して、注ぎ込まれた迸る陰陽合一された魔力の奔流に応じて、解き放つ。

 四本腕の赤肌の神官が金色のカマクラに収まったスカルドラゴンへ突き付けた杖先に、魔力が集い、業火爆焔を篭めた魔法の玉が撃たれる。

 

 カッ、と極小の旭日が瞬き、爆風と閃光が攪乱する。

 轟音が天地を震わせ、視界が白くハレーションを起こす。

 

「っ、これも耐えるか……!」

 

 大技を繰り出した幻魔が大気に溶けるよう消失し、杖のみが地面に突き刺さる。

 だが、未だに気配は蠢いている。グルルルと低く低く唸り、竜骨は依然と稼働している。損壊した骨格も見る間に修復していく。まるでフィルムの逆回しでも見ているかのよう。

 

 しかし、こちらもこれを見て大人しくしているわけがない。

 

 

「フ、フフフ! ええ、相手にとって不足なし! 真なる爆裂魔法がどれほどのものか、腐りし魂を孕む不浄の竜に見せつけてくれるっ!」

 

 爛々と赤目を光らすめぐみん。

 緊張していたが、この絶好のチャンスを逃すなとカッカ燃え上がる紅魔族の血がついにそれを呑み込んで見せたか。それとも今の爆発属性の魔法を目の当たりにして火が点いたか。

 爆裂魔法の撃ち甲斐のある強敵にバチバチと静電気を弾けさせるかのように魔力を昂らせている。

 

「我が爆裂魔法は、幾多の経験を積み重ね、更なる高みへと昇華されているのだ。いずれは天を裂き、海を干上がらせ、神をも凌駕する力を得る事であろう。ふっ、スカルドラゴンだろうと、我が爆裂魔法の前ではひれ伏すことしか叶わず! ――『エクスプロージョン』!」

 

 火葬場の竈の如く呑み込んだモノを紅蓮の焔で焼き尽くす爆裂魔法。

 ぐずぐずに崩し、原形すら奪う人類最強魔法の一撃。

 金色のカマクラをも吹き飛ばしたその破壊力。これを一身に受けて無事なものなどこの世にいまい。

 ――しかし、これはこの世のものではなかった。

 

 

「グル……グルル……」

 

 マジかよ……!? めぐみんの爆裂魔法を耐え切っただと……!?

 訓練場で濛々と立ち込める粉塵の幕越しに起き上がる伽藍洞の竜影を目の当たりにして、カズマは軽く頬を引くつかせる。

 どうやら、機動要塞(デストロイヤー)並みのタフネスを有しているようだ。

 

 ――しかし、この世のものでないならこちらにはスペシャリストがいる。

 スカルドラゴンは、ドラゴンにして、アンデッド。

 だったら、『アークプリースト』、いいや、女神の十八番のはずだ。

 

「アクア! 行け! 今のダメージで動きが鈍ってるぞ!」

 

 チャンスだ! そう声を上げ支持を飛ばせば、ここが勝負どころと見たか、最初引け気味だったアクアは女神に与えられし杖を満開に花咲かせ、

 

「任されたわ! やっぱり最後の最後はこのアクア様のお力を借りないとダメなようね! 喰らいなさい、私のゼル帝に悪影響を与えそうなアンデッドドラゴン! ――セイクリッド~……ターンアンデッドォ!!」

 

「ウガッ、ウガアアアアアアアアア!!」

 

 爆裂魔法直後の神聖魔法に、流石のスカルドラゴンも悲鳴のような雄叫びを上げる。

 うおおおおっ!? こ、これがアクアの本気か! でも……

 

 ――浄化できていない。

 デュラハンやリッチーといった最上位アンデッドをも天に滅してきたアクアの浄化魔法に耐えている。いや、足止めで精一杯のようだ。

 

「ぬぎっ、ぬぎいいいいいい!!」

 

 踏ん張っている……あまり女神のご尊顔という人の偶像を木端微塵に幻滅させてしまいそうなくらいに、アクアは本気を出している。

 

「アクア、頑張れ!」

 

「魔力が……枯れ……るぅぅ!! うぅっ、うううっ、んぎいいいいいい!!」

 

 形振り構わず、アクアの全力全開の浄化魔法の光がスカルドラゴンを呑む――

 

 ………

 ………

 ………

 

「ど、どうなった……?」

 

「ぷしゅぅぅ~~、もう何も出ないわ」

 

 眩んだ目を細めながら薄らと瞼を開く。

 爆裂魔法を放っていつものようにヘタっているめぐみん程ではないけど、力を出し切ったアクアが杖を支えにしながらも滑り落ちて地面に尻をついてしまう。

 

 

「…………いや、ダメだ」

 

 

 魔性の気を察するに鍛えられたプリーストの勘と遺伝された優秀なウィザードの魔力に対する感性の両方を備えているとんぬらが、“まだ終わっていない”と渋い面持ちで告げる。

 

 神の威光そのものを浴びせられて、竜骨こそ崩れ去った。

 しかし、それはすでに魂が避難された抜け殻のハリボテに過ぎない。

 

「はあああ! なんで浄化されないのよ!」

 

 視界が回復して入ってきたのは、訓練場を埋め尽くすように広がる、災厄の白。

 一面を。

 まるで真っ白な湖のように埋め尽くす、大小無数の獣骨の群れ。

 最初のスカルドラゴンのように直立不動のものはひとつもなかった。そもそも全部で何十体分の獣骨なのかも数え切れなかった。

 だが、頭蓋骨、肋骨、胸骨、背骨、腕骨、大腿骨、下腿骨……これら骨の湖の中でぐちゃぐちゃに混ざり合い、すべての構成がバラバラだがそれでも一個体として起き上がろうとするのは、竜骨兵『スケルトン』。

 ギシギシギシと歯軋りに似た音を立ててお互いを削り合っていて、あれに軽く触れれば並みの血肉など柔肌に荒い石の刃を押し当てるように削いで落とすだろう。

 そんな竜骨兵の軍団を生み出し、率いるのは死竜に憑依せし者の存在。

 

 そう、これはただの死竜ではなく、“己が魂を別の存在(ドラゴン)に憑着させられるほどの”、極まった黒魔術の知識を宿しているスカルドラゴンだ。

 

 すべての生命の源は海から成るというも、この骨の湖は眷属を生み出す黒魔術の触媒となる海だ。

 召喚招集した竜骨に緊急転移すれば、殻の肉体が滅びようとも魂は不滅。核さえあれば存在を現世に結び付けることができよう。そして、主としていたブラックドラゴンの亡骸もあれひとつだけではなかった。

 

「おい、アクア! めぐみん! もう一度さっきのできないのか!?」

 

「だめです……爆裂魔法は一発にすべてを懸ける魔法です。魔力を回復させないと二発目は撃てません」

「私も今のにほとんど魔力使っちゃったから、もうあんなのは無理よ。逃げましょ!」

 

 白濁に澱む(プール)より、スペアの竜骨がまた同じように起き上がる。この巨竜を主軸として何体もの竜骨兵で肉付けされ、無数の骸が歯車のように組み合わさる威容は、あまりに禍々しい、共食い、食物連鎖の果てに形成されたキメラである。

 だが、今度は爆裂魔法も浄化魔法も、この負の金字塔を打倒せしめる手段はない。

 

 

「――いいえ、まだです! 『エクステリオン』!」

 

 

 骨に浸食された訓練場へと飛び降りたのは、青い軽鎧を纏うお姫様。

 ゆんゆんの攻撃より雷撃は通用しないことを王家の血統による天性の勘から感じ取ったのか、挑むは剣ひとつで。

 今や竜骨兵を率いる死竜へ単純物理で突貫。竜車の正面衝突めいた恐るべき速度と重度の突きを叩き込む。

 その威力、まさに破城槌。

 城門を打ち破るが如く。ガシャア!! とボウリングで無数のピンを薙ぎ払ったかようなストライクな快音が炸裂する。どこの何が、というより、骸骨兵団が一掃した勢いそのままに振るった剣閃の先の延長線上で鎮座する竜骨が全身くまなくバラバラに砕け散っていく。

 ただし、

 

「グアアアアアアアルルルルァァ!」

 

「うそ……!?」

 

 驚くアイリスの眼前で、竜骨が吼える。頭蓋骨が砕け、全身の関節はくまなく外れてバラバラになった。

 だがお構いなし。磁力が大量の鉄くぎを集めるように、白い湖の一部が盛り上がった。そしてそこには一体の首のない竜骨標本があった。博物館で飾られているような。それで最後に横から新しい頭蓋骨を拾い、首の骨と繋げる。復元、完成である。

 

 死竜に臓器も血液もない、心臓も脳みそ、生物の急所となるべきものが存在しないアンデッド族。

 加えて、ドラゴン族のクローンズヒュドラのような自己再生能力。

 そして、核たる魂を別個体に憑依できるからこそ可能な緊急離脱法も併せ持つ異形の存在。

 骨を砕いた程度で動きが停まることはない。骨折り損のくたびれ儲けが重なるだけである。

 

「アイリス様!」

「くそっ! アイリス!」

 

 果敢に最前線に飛び出したアイリスを追ってダクネスも剣をもって勇を振るい、カズマも弓を構えて矢を放つ。けれど矢は当たっても竜骨は怯むことはなく、聖騎士もまるで水の中を走っているみたいにもどかしい。それでもただ必死に手と足を動かし、障害を薙ぎ払って突き進む。

 

 アイリスは、怒涛の如く押し寄せる竜骨の軍勢を相手に、剣一本で無双しているが、打開策が見えない。

 攻撃しても攻撃しても終わらない。

 アイリスが剛腕に頼って、獣骨の海を割る。だが根本的な解決にならない。両手を振り回して大海に挑むように僅かに海の水を割れることはあっても、四方八方からすぐにでも同類が押し寄せ、空間が埋められてしまう。

 こんな不毛な争いの渦中に飛び込んだことに後悔さえ脳裏をよぎっていた。

 

 そして、向こうもまた思考する。

 軍勢を相手に孤軍奮闘する勇猛果敢な乙女を、圧倒するには兵団のみならず、兵器がいると。

 

「なっ!?」

 

 ゾッ! と背筋に冷たいものが走り抜けたかと思いきや、増えた。

 身の丈より巨大な竜骨の翼爪が、一挙に5つ。元から生えていたものも含め7つ。一瞬、あまりの速度に残像でも目に焼き付いたかと思った

 だが、それもまた違う。

 本当に数が増殖したのだ。

 継枝でもするように新たに翼爪の竜骨が、従来の関節の繋ぎ目さえ無視して歪に死竜に接続されていた。

 

 神経は千切れず、血液も零さない。そんな数珠繋ぎの生体構造すら逸脱できる。

 いや、魔力で操作されているため、多少部位と部位が離れても問題ない。つまりは関節の構造を無視した組み合わせも自由自在だ。

 

 そして――――ゴッ!! と。

 振るわれた。猛烈に。縦横無尽に駆ける翼爪の乱舞は大鎌の嵐に放り込まれたようで、純粋な手数の違いが、カズマの援護射撃、王の盾として合流せんとするダクネスを退けさせ、アイリスとの連携を崩す。防戦一方に陥らなければ命を繋げない苛烈な劣勢下に突入させる。

 実際、天下無双の力を誇る王女でも、ギリギリの状況だった。

 神器の剣の刃は毀れることがなくとも、打ち合うたびにアイリス自身の筋肉・軟骨・間接が悲鳴を上げそうになる。

 

 また見かけが乙女でも脅威とみなされた第一王女へスカルドラゴンは容赦しない。更なる攻勢に打って出る。

 

 メキメキメキメキ!! と異音が炸裂する。あれだけ増やした竜骨の翼数が、再び一つに呑まれていく。体積を蓄えた分だけスカルドラゴンが羽ばたく大翼は長く重く大きく成長する。

 数十mもの異常発達の骨格。

 もはやこの『エルロード』の王城どころか王都にまで被害が及ぶ勢いで、

 

「グルルルルルァァ!!」

 

 真上から半月を描くような軌道で雪崩れ込む、白い断頭台(ギロチン)。集中的に狙われたアイリスはひとたまりもない。

 しかし、直後に。

 

『後ろに下がれ、姫さん!』

 

 災厄の白は、また別の白に呑み込まれた。

 ビュゴウ! と切り裂く突風が吹き荒れ、瞬間凍土と化した足元から舞う地吹雪がアイリスの360度を純白のスクリーンで覆い尽してしまう。

 視界全体を真っ白に奪い去ってしまうホワイトアウト。

 実時間はほんの数十秒だったか。

 光すら断つほどの吹雪のカーテンが晴れた後は景色が一変していた。

 まず竜骨の大翼は、樹氷付けされて固まっている。竜骨兵も凍てつく結晶に閉じ込められて、動けない。

 そんな死竜が生み出す骨の湖の半分を氷結、停止させた銀世界の中で、軋む音。

 見れば、そこにドラゴンがいた。

 鱗というよりは鎧。純白の装甲に覆われた、巨大な竜。

 体高3m、全長8mはあろうかという巨躯。

 ただ大きいだけでなく、すらりとして、逞しい。その五体はハリボテではなく、膨大な力が漲っており、翼と角にはアイリスも息を呑むほどの威厳すら備わっている。咆哮すれば、大気が震え、凍てつく波動が吹き荒ぶ。

 圧倒的な力感。強者だと本能で理解する。

 

(これが、話に聞いていたあなたがドラゴンに変身した姿ですか……!)

 

 上位竜種は人間に変化できるという話があるが、これは逆説的に、人間が竜種に化けたもの。憑依などではなく、変化。しかし模倣なれど、決して真に劣るものではない。

 

 初めて奇跡魔法と変化魔法が織り成す巨竜変化魔法『ドラゴラム』を目撃したアイリスは、戦闘の最中にもかかわらず、目一杯に大きく瞳を見開いて、感激を露にする。口よりもものをいう目がこれでもかと輝いている。

 

「行くわよ、とんぬら! 『ブレス威力増加』! 『エナジーイグニッション』!」

 

 竜使いの少女が、竜言語魔法の支援を施してから、彼の竜の体内に灼熱を自然発火させる魔法を詠唱。照準を間違えた同士討ちなどではなく、これもまた彼ら独特の、魔法使いでもある『ドラゴンロード』独自に編み出した支援にして、連携技だ。

 ちろちろと舌のように、鎧竜の咢から光がのぞかせ、咀嚼するように口腔内で冷気と熱気をひとつに練り上げる。

 

 『ドラゴンブレス』版の『メドローア』――『オーロラブレス』。

 顎から放射された強烈な極光の束は、極大消滅魔法と同じ性質を持つ。あらゆる物質を消滅させる最強の魔法力。矢の如く放たれた光芒は、空気中の分子をも消滅させ、ソニックブームのような遅れて巻き起こる突風を生じさせる。

 そして、竜の吐息は、凍てつかせた数十m規模の大翼に直撃し、欠片と残さず破壊した。

 しかし、流れ弾が都に当たらぬよう、角度上向きに照準調整されたために、本体と思しき死竜からは外れる。

 

 

 ――そこから、ドラゴンとドラゴンの乱闘が始まった。

 

 新たな竜骨を召喚して、竜骨兵を生み出し、勢力圏を広げようとするスカルドラゴン。

 それを凍てつく波動で留め、微塵に骨の湖を砕いていき阻止する鎧の守護竜。

 ゆんゆんの『竜言語魔法』の支援を受けて、優勢に戦況を運ぶも、スカルドラゴンは無尽蔵に骨を招集するのでキリがない。また城や都に被害が及ばぬよう戦い方を制限し、本能を解放することも自粛している鎧竜は攻めきれず、無秩序に暴れ回る死竜をこの訓練場内に抑え止めるのが精一杯だ。

 

 結局、こちらに不利を強いる消耗戦。

 

「グオオオオオオ――ッッ!!」

 

 あちこちが不自然に隆起し渦を巻く骨の湖と一体となっている死竜。

 長さも太さも違う翼を孔雀や後光のように広げながら、ここら一体を氷河期に突入させる魔力を放つ鎧竜に抗っている。

 ドラゴンの、それも狂猛なブラックドラゴンの闘争本能が雄叫びを上げた。

 直後、ズバン! と空気を裂く音が響く。外部拡張した無数の腕や骨や大翼による怒涛の連撃。

 

 精霊の王たる存在と同じ鎧装甲の腕に激突すれば、即興仕立ての仮組の骨格は砕けてバラける。反撃に腕を振るえば、一瞬でバラバラになる竜骨。いっそボウリングのストライクのように清々しいがこれで、命が尽きるわけではない。厳密には命などないのだが、行動不能は叶わない。

 何度やられても同じ。この湖と融け合っているスカルドラゴンは無地のジグソーパズルを何百何千個もバラバラにして混ぜたようなものだ。使える部位があれば何度でも組み替えて起き上がる。故に終わりは見えない。

 

『ぐぅ! キリがない!』

 

 何度も何度も壊されて、その度にバラバラに肉付けを剥がされた竜骨はまた別の骨を繋ぎ合わせて再び起き上がる。

 こっちだっていつまでも竜に化けられるわけではない。あまりに不毛。真っ向からの殴り合いの持久戦は不利と見るが、さてならばどう打開するか。

 ここで逃げることは可能でも、そうなればこのスカルドラゴンを王城に封じ込めることは叶わず、王都に竜骨が雪崩れ込むだろう。その時どれだけの人民が混乱に陥るか容易く想像できよう。

 

 どの竜骨の組み合わせでも体として機能する。骨のパズルというあまりに悪趣味な怪物をどう攻略すればいいのか。

 

(必ず、この構造上、竜骨を制御する司令塔たるスカルドラゴンの核たるものがどこかに存在するはずだ。しかし、それは一体どこに……?)

 

 この無数の竜骨のいずれかだとそう推理するだけでもうんざりする。

 どうせなら、この乱闘の被害が及ばない安全圏(ところ)に核はあるはずと見るべきで……

 

(なら……――)

 

 鎧竜は、わずかの希望も見逃さない、澄み切った青い瞳を光らせる。

 

 

 つづく

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 天地鳴動の印:ドラクエⅩに登場する天地雷鳴士の必殺技。召喚した幻魔(と自分)にかける支援魔法。

 作中では、『幻魔解放』も含んでおり、ポケモン風で言えば、Z技のようなものに。

 

 幻魔の解放技。

 カカロン:ヒーリングオーラ。周囲の仲間を生き返らせ状態異常も治す。

 クシャラミ:戦神の舞。周囲の見方の攻撃力、呪文攻撃、呪文回復二段階上昇+詠唱速度上昇。

 バルバルー:剣技乱舞。六回連続攻撃。

 ドメディ:エクスプロージョン(ビックバン)。技名が爆裂魔法と被るので変更。

 

 ビックバン:ドラクエに登場する特技。天地雷鳴士も修得(勇者やレアスライム職も)し、最強クラスの威力を誇る。モンスターズにて、イオナズン、輝く息、灼熱を覚えていれば思いつく。大爆発の攻撃だが、単純な火・爆発属性かと思えば、聖属性だったり、闇属性だったり作品ごとに仕様が変わる。またレベルが上がるとバージョンアップする。




誤字報告してくださった方、ありがとうございます! 今後もよろしくお願いいたします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。