森久保ォ!ヒーローになるぞ森久保ォ!   作:うどんこ

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またランキング乗ったみたいで嬉しい限りです。
ガンバリマス!!


第七話

 冬の寒さ真っ盛りの2月26日。

 寮から駅まで徒歩で20分。駅から目的地まで電車で揺られて30分。

 電車が駅に着けば各扉一斉に開放。解き放たれた大量の人の波がホームに広がり、各々の意志、あるいは意志に反して改札に吸い込まれていく。

 早朝の人の波の大半は通常なら企業戦士達で構成されているが、今日に限っては違った。彼らに負けない量の学生がそこに混ざっていたのだ。

 駅を出た学生たちは黙々とある目的地に向かって歩いており、その誰もが緊張の色を顔に滲ませていた。

 

 それも当然といえば当然か。

 何せ今日は雄英高校入試、待ちに待った本番なのだから。

 

(べ、別に待って……待ってないんですけど……)

 

「森久保ちゃん平気? さっきから滅茶苦茶足笑ってるけど」

 

 満員電車で潰れくぼになり、ようやく波から脱出した森久保のメンタルは既にイエローゾーンに差し掛かっており、電車の疲労とこれから行われる入試への緊張とで青い顔色のままふらふらと目的地へと向かっている。そんな森久保の隣には彼女を気遣う存在が居た。

 それはダッフルコートとミニスカート。そして足にはタイツ、手には手袋を身につけた――というより、それらの衣類が意思を持って浮いているように見えた。

 ……当然、衣類が意思を持っているのではない。それらを身に包む存在が見えないだけなのだ。

 

葉隠(はがくれ) (とおる)

 彼女は異形系の"個性"、『透明化』を持つ透明人間である。

 身長は森久保より高く、出るとこは出て引っ込むところは引っ込むスタイルの良さそう(?)な彼女は、同じく雄英高校の入試に挑もうとしている学生であり、道中で森久保とぶつかった事を切っ掛けに、持ち前の明るさを持って森久保と打ち解け、こうして一緒に入試会場まで向かっているのだった。

 

 森久保は気持ちを奮い立たせて足の震えを何とか止めると、葉隠に気丈に振舞う。

 

「へ、へいき……平気です……」

 

「足の震えは止まったけど、今度は身体が震えてるよ?」

 

「……も、もりくぼではなく……ち、地球が震えてるんですけど……」

 

「地球の方がブルっちゃってたかー!」

 

 たはー! と言葉に出して、手袋で頭部があるらしい部分を抑えている葉隠。

 森久保は変わらず緊張していたが、誰かと一緒に歩くというのは予想外に緊張が解れるものなのか、一人でいるよりかは格段に緊張が薄れていた。……具体的には一人で全身バイブレーションをするレベルから、一部がバイブレーションするレベルにまで解れるぐらいに。

 

(人間は、孤独に生きるように作られていないんですね……。

 その中でもりくぼは、孤独を好むように作られてしまった……なんていう矛盾……、なんていう構造的欠陥……。もりくぼは、やはり欠陥品……今すぐ帰りたいんですけど……)

 

 ただ2ヶ月前に力強く啖呵を切った手前、そのような事は許されないのだが。

 

「あ、ほら見てみて森久保ちゃん! 見えてきた見えてきた!」

 

 内心で渦巻く葛藤を、頭を振ってバイバイしていると、最初から緊張など微塵も感じさせない葉隠が隣でぴょんぴょん飛び跳ねて、ある方向を指差した。

 その方向にあるのは「H」の形に見える最新鋭の巨大ビル。そう、雄英高校である。

 

 2人で道を更に進んでいけば視界の中でそのビルは更に大きくなっていき――校門の前に着いた時には、テレビやパンフレットで見るよりも遥かに巨大な威容が森久保の前に立ち塞がっていた。

 解放された巨大な門を多数の受験生がくぐって行く中、森久保はつい立ち止まって校舎を仰ぎ見てしまう。

 百聞は一見に如かずとは言うが、今自分が実物のヒーロー養成高校の前にいるのだと思うと重圧が違う。その重圧の前に、森久保の胸の鼓動は否応なく早まっていく。

 

 今から自分は、この倍率300倍の難関校に挑戦するのだ。

 自分より優秀な多数の人を蹴落として、ヒーロー科に入るのだ。

 

 出来るのか? 自分に。

 やれるのか? 自分に。

 

 考えれば考えるほどネガティブなイメージが溢れてしまいそうになり、目の前で解放されてるはずの門が、まるで威圧してくるかのように感じてしまう。

 しかし負けてられない。自分は誓ったのだ、

 自らの力で、この"個性"の力で、大切な人を守っていくのだと。

 傍らで心配そうに自分を見ている……であろう葉隠に、心配ないと思わせるためにも森久保は虚勢を張って応えた。

 

「ゆっ……ゆゆ雄英、こっ、こ高校、お、大きいですけけどお、思ったよりへ、へへ平気なき、きき、気がしっ、気がしまっ」

 

「森久保ちゃん本当に大丈夫!? 今地球の揺れ震度7くらいある!? 私全然感じないけど!」

 

「ももも、もも、もんだいもんだいなななしししでですけけど」

 

「何言ってるか分かんないから問題大アリだよ!」

 

 ――結果として、余計に心配させる事になってしまった。

 

 

 § § §

 

 

 入り口でひと悶着起こしていたのも今や昔。あっと言う間に筆記試験は終わってしまう。

 ヒーロー科を目指す少年少女達は昼食を挟んで、一路、別の会場へと誘導された。

 そこは通常の大学ホール……というより、巨大なコンサートホールのような場所で、見渡す限りの学生達がこれから始まる試験を思うが侭に待っていた。

 同級生と話合う人も居れば、1人机に向かって精神統一を図る人も居る。他校の人にライバル宣言するような人も居れば、机に突っ伏して眠っている人も居る。

 みんながみんななりに緊張を解そうとしているのが見て取れる中、森久保もちょこんと席に座って開始を静かに待っている。……が、右も左も知らない人だらけで、内心で人見知りを特技とする森久保には非常に居心地が悪く、リラックスなど出来る筈もなかった。

 せめて先程知り合った葉隠さんが居れば心強いのだが、残念ながら全席受験番号順に指定されており、「森久保ちゃん頑張ってね! 私も頑張るから!」と心強い握手と連絡先交換の後にお別れとなってしまった。森久保は神へ嘆いた。

 

「と、隣の席なんだ……き、奇遇だねかっちゃ」

 

「話しかけんな、ぶっ飛ばすぞコラ」

 

 更に言えば、隣で柄の悪い学生が自分と同じく気の弱そうな学生を恫喝しているので、倍率ドンで居心地が悪い。

 小心者の森久保は、まるで自分が責められているかのように感じて胃が痛くなってしまう。

 ここで彼を庇うような事が出来ればいいのだが、残念な事に今の森久保には他人を気遣う余裕などないと言っていい。出来るのは心のエールだけだ。

 

(ご、ごめんなさい……強く……強く生きてください……。

 もりくぼも、強く……なくていいので、細く儚く、平和に生きれるよう……が、頑張りますので……)

 

 縮こまるもじゃ髪の人の隣で同じように縮こまる森久保が、場に満たされた緊張感で順調に精神をすり減らしていけば……やがて定刻となったようだ。

 入り口の扉が閉まれば、ホール中央、教卓となる場所に誰かが進む。

 それは逆立った金髪にサングラス、首元には小型のスピーカーをつけた、見た目派手派手、HipHopでYoYoしてそうな男性。

 

 彼は教卓の前に立つと、その手にマイクすら持たずに受験生へとを声を張り上げた。

 

『今日は俺のライブにようこそー!! エヴィバディセイヘイ!!』

 

「!?」

 

 ホールの隅々まで聞こえるほどの大声に森久保は驚き、つい体が跳ねてしまう。

 跳ねた後、気まずそうに森久保が隣を見れば、もじゃ髪さんと柄の悪い金髪少年がこちらに視線を向けており、森久保は努めて冷静に、顔を赤らめながら姿勢を正した。

 

『こいつはシヴィ――――! 受験生のリスナー!!

 実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!! アーユーレディ!?  ―――YEAHH!!』

 

 受験生達がどう反応していいか分からずに沈黙で返す中、そんな様子を気にもせずにハイテンションで進める男性。彼の名は『プレゼントマイク』と言う。

 彼は相澤と同じ雄英高校の教師であり、プロヒーローであるが、相澤と違って知名度が非常に高く、自らのラジオ番組は全国で大人気であったりする……らしい。

 そのような内容を森久保の隣に座って居るもじゃ髪の少年が、感動の余り声を上擦らせながら説明口調で独り言を呟いていた。(直後、金髪の少年に、「うるせえ」と一蹴されていたが)

 

(出だしで滑ったっていうのに全然気にしてない……す、すごい……)

 一方で森久保も別のところに感動していた。

 

『入試要項通り! リスナーにはこの後、10分間の「模擬市街地演習」を行ってもらうぜ!

 持ち込みは自由! プレゼン後は各自指定の演習会場へ向かってくれよな!! OK!?』

 

 余談ではあるが、これから行われる実技試験について森久保は事前に、相澤に贔屓にならない程度の情報を貰っている。彼曰く、大量の受験生が一気に競い合うには最適だが、「非合理的な」試験であるらしい。

 森久保が手元にある受験票に目を通せば、演習場は「B」と指定されていた。

 

『演習場には"仮想敵(ヴィラン)"を3種・多数配置してあり、それぞれの「攻略難易度」に応じてポイントが設けてある!!

 各々なりの"個性"で"仮想敵"を行動不能にし、ポイントを稼ぐのがリスナーの目的だ!! 勿論、他人への攻撃等、アンチヒーローな行為はご法度だぜ!!』

 

 プレゼントマイクは紙面に書かれた詳細を改めて説明してくれている。要するに敵を倒してポイントを集める、と言った内容であるが、森久保は紙面に書かれた仮想敵の容姿を見て泣き出したくなった。

 

(か、仮想敵……全部ロボットなんですけどぉ……)

 

 なんと配布された資料に書かれた仮想敵は、どれもこれもがロボロボしかったのだ。

 

 彼女の個性は範囲にさえ捉えてしまえば対象を無条件で気絶させてしまう、非常に強力なものであるが……当然ながら感情を有しないロボットには効かない。

 加えて森久保自身が戦闘を好む訳でも得意とする訳でもないので、尚の事厳しい。

 此処に来て始めて森久保は、相澤の言う「非合理的な試験」という意味を理解した。この試験、攻撃力のある個性が圧倒的に有利なのだと。

 

(非戦闘員用の救済措置とか、ないんでしょうか……)

(……あぅぅ、なさそうです……)

 

 焦りながらぱらぱらと資料をめくるが、どこにもそれらしき記述はない。

 今日の誕生月占いでは大吉だったので、もしかしたら労せずクリアできるかもしれない、という淡くも甘い希望は、やはり叶う筈がなかった。

 どんよりとした雰囲気が森久保の周りに漂い始める。

 森久保に釣られるように()()()周りの人もどんよりし始めたが、もしかして彼らも同じく非戦闘向けの個性持ちで、同じ悩みを持っているのだろうか、などと考えていると――

 

「――物見遊山のつもりで来てるなら即刻雄英から去りたまえ!」

 

「ひぅっ」

 

 急に飛んできた叱責に、まるで相澤に怒られたかのように森久保の体が跳ねる。

 そして会場の皆にその様子を注目されれば、森久保は再度顔を赤らめて俯く他なかった。もう帰りたくてたまらない。

 

「あ、いや。すまない。君ではなくその隣の彼に言ったのだ。紛らわしくて申し訳ない」

 

 ぴしりと背筋を伸ばした体格の良い、几帳面そうな男は見事な角度で腰を曲げて森久保に謝罪する。

 隣の彼?と森久保が恐る恐る視線を左に向ければ、もじゃ髪の人が申し訳なさそうにぺこぺことこちらに頭を下げている。森久保も頭を下げて慌てて謝り返せば、プレゼントマイクが発言を繋げ出した。

 

『オーケーオーケー受験番号7111君、ナイスなお便りサンキューな!

 四種目の敵は0P! そいつは言わばお邪魔虫だ!』

 

 どうやら男性の叱責の前に、何かしらの質問をしていたようだ。

 集中が途切れてしまった事を迂闊に思い、森久保は再度気を引き締めて説明に聞き入る。

 プレゼントマイクの説明を聞く限りでは3種のポイント対象の敵以外に、4種目の敵が存在しており、それは倒してもポイントは得られず、また倒すのに一苦労する敵のようだ。どう足掻いてうま味は無い。避けて通る方が無難だろう。

 

(……お邪魔キャラを避けながら、敵を倒すのは……むーりぃー……)

 

 幸いな事にお邪魔キャラは各試験会場に1体しかいないようだが……精々出会わない事を祈る他ない。

 これが時間以内に捕まらないのを目的とするなら、この3年間で逃げ足がかなり鍛わったと自負しているのでまだ気が楽なのだが……などと森久保が益体もない事を考えれば、プレゼントマイクはアナウンスをこう締めくくった。

 

 

『俺からは以上だ!! 最後にリスナーへ我が校"校訓"をプレゼントしよう。

 かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った!

 「真の英雄とは、人生の不幸を乗り越えていく者」と!』

 

 両手を広げ、彼は受験生達を仰ぎ見た。

 

 

Plus Ultra(更に向こうへ)! それでは皆、良い受難を!!』

 

 

 

 

 

 説明の後、受験生達が指定のバスに乗って向かった先は、超巨大な仮想市街地。

 都市ひとつをまるまる試験会場にしようというのだから雄英って凄い。と言うか、どれだけお金を持っているのだろうと、森久保は街の入り口前でぼーっと考えてしまう。

 

 これから競い合う予定の受験生達は皆意気揚々に準備をしている。

 "個性"のチェック、装備のチェック、準備運動、精神統一、etcetc...。

 森久保の目で見渡す限りでは皆が皆自信が溢れており、自らの自信のなさと対比すると非常に眩しく見えてたまらない。正直自分は場違いに感じてしまう。帰りたい。

 だがあの日、相澤に自分から宣言した以上、既に自分は引き返せない所まで来てしまったのだ。

 前に進むしかない。

 森久保は相澤のと同じ、強化繊維で出来たマフラーを身に纏いながら、小さく拳を握る。

 

(や、やれるやれる……できるできる……。

 やらなきゃできない……ぷ、ぷるすうるとら~……あは、はは……)

 

 涙目になりながら半ばヤケ気味に自分を奮い立たせて居ると――自分の視界の片隅に気になる人物が居た。

 異形系個性の持ち主だろうか? ごつごつした岩を切り出したような顔を持つ異形の姿の少年?が、どこか親しみを覚える雰囲気を纏い、悲壮な顔を浮かべながらぷるぷると震えていたのだ。

 

 森久保は一瞥して、瞬時に悟った。彼は間違いなく同属である、と。

 

 自信のなさが顔にも仕草にも見て取れる。

 恐らく彼は生来の臆病で、気が弱く、人と群れる事が苦手なタイプ。

 自分と同じく孤独を好み、さりとて孤独故に悩む、同士――!

 

 森久保が彼の事をじっと見ていると、向こうもこちらに気付いたようだ。

 視線が合いそうになると、さっと同時に目を逸らした2人は……その後、互いに力ない笑みを見せた。

 

(……お互い……頑張りましょう……)

 

(が、頑張ろう……!)

 

 テレパシーではないが、同族にだけ分かるアイコンタクトを取って、少し和む森久保。

 だが心穏やかで居られる時間など、森久保には既に残されていなかった。

 

『はい、よーいスタートです』

 

 監督役なのだろうか。先程の角ばった少年より更に四角い顔を持った男性。――プロヒーロー『セメントス』が、マイク片手に何気なく試験の開始を告げた。

 カウントも何もない、唐突な宣言に受験生達は困惑の表情を隠せず、不思議な沈黙に場が包まれてしまう。

 

『どうしましたか? 実践じゃ掛け声なんてありませんよ。

 もう試験は始まっています』

 

 追加の一言で受験生達は我に返り――一気に市街地へと駆け出し始めた。

 

 

 ――ついに、雄英高校実技試験が幕を開ける。

 

 

 

 

 

 


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