森久保ォ!ヒーローになるぞ森久保ォ!   作:うどんこ

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クソ難産でした。
あーようやく原作軸に絡ませられるんじゃー



第六話

 都市郊外にある森久保が住み込んでいる寮の一角。

 折りたたみ机を挟み、パイプ椅子に座り込んだ二人の教師が話しあっていた。

 

「今の森久保は、かなり危ういな」

 

「……」

 

「実物のヴィランに会ったからか、それとも親しい人が傷ついたっていう事実か……。

 どちらかは分からないが、彼女の心に大分ダメージ与えてしまった。

 ――聞いてるのか、MS.ジョーク」

 

「ハイ……。いや、反省してる。

 あの一件は少しあたしにも油断があった」

 

 既に商店街でのヴィランとの件から3日経っていた。

 無事とは言わないが、五体満足でヴィランを制圧した福門。しかし森久保の目には一連の内容は刺激的過ぎたようだ。

 事件の日は福門から離れず、その翌日は部屋から出てこず。

 休日が終わり、再開した授業には出てきたものの、彼女の授業への集中力、そして動きは以前よりも精彩を欠いたものになっていた。

 事件が強い衝撃を与えたのは明白。

 早々にメンタルケアをしなければ将来どのように歪んでしまう事か。という事で主たる教師二人がこうして顔を突き合わせているのだった。

 

「雄英入試まで既に二ヶ月を切っている。既に補欠枠は確保しているとはいえ、仮にこのままでは入学後が危うい。ヒーロー科に入る以上、ヴィランと会うことは必定だと言ってもいいだろう。何とかして軌道修正が必要だ」

 

「そこなんだけどさ、相澤……。

 ――あの子が入るところが雄英である必要、あるか?」

 

「福門?」

 

 机の上で両肘を付き、組んだ手で顎を支えるようにした福門がぽつり、と呟く。

 

「確かにあの子の"個性"は強い。

 本人の才能もあるし、無理と口にはするけど努力家タイプだ。頭も回るし、訓練の相手をしていて手強いと感じた事も何回もあった。

 今でも『力を発揮できれば』並み居るヴィラン相手は訳なく倒せるだろうし、あの子が今以上に成長してプロヒーローになったなら、それはそれは活躍すると思うよ」

 

 でもね――と、彼女は続けた。

 

「あの子は、森久保ちゃんは優しすぎるよ。はっきり言ってヒーローに向いてない」

 

 ヒーローになるという事は、人助けを生きがいとする事だ。

 西に火事があれば、火の中に飛び込み人を助け。

 東にヴィランが現れれば、命をかけてヴィランと戦う。

 

 だがヒーローは時に、人を助けるために非情にならなければならない場合がある。

 例えば信頼する仲間か、はたまた救助すべき市民か、どちらか一方しか助けられない時に、どちらを助けるか、という状況だ。

 

 事件後、福門が傍から離れることを過剰な程に恐れる森久保を見て、彼女は確信していた。

 森久保は人との関わりは非積極的だが、一度信頼した相手への依存度が非常に高い。

 そんな彼女が、その究極の選択肢を突きつけられたら一体どうなってしまうのだろうか。

 

「ヒーローとしての使命を優先するか、それとも自身の欲求を優先するか。

 あの子はそんな選択肢を突きつけられた時、そしていずれかの選択肢を選んだにせよ、あたし達以上に苦悩する。……相澤には分かるだろ。あの苦しみは割り切る事でしか先へ進めないんだ。

 あの子はまだ割り切るまでの力が、ない。

 きっと割り切る事も出来ずに(わだかま)りだけが溜まって、いつかふとした拍子に爆発するのは違いないよ」

 

「……爆発か」

 

「あぁ。ひどい爆発になると思う。

 それこそ、()()()()()()と同じ、いや、なまじ私たちが鍛えてしまった分、それ以上の規模の大事件になるだろうね」

 

 森久保の幼少期の"個性"暴走事件は、相澤もしっかりと覚えている。 

 もしも同様の事件を起こしてしまったら、起こった場所によっては未曾有の災害になりえるだろう。それはヒーローとして、そして大人として絶対に避けなければならない事だった。

 相澤が起こるかもしれない未来の惨事を思い描いていると、対面の福門は組んでいた手をおでこにつけるようにして、祈るように呟いた。

 

「……雄英への編入は、彼女を社会復帰させるのに合理的なのは分かる。

 でもあの子には少し、厳しすぎるよ。

 課せられるであろう重圧が、使命が、いつか彼女を壊してしまう」

 

「……」

 

「相澤、あたしはお前さんの合理性は嫌いじゃあない。

 だけど人によっては、その合理が毒になりえるんだ。

 ……今までお前さんのする事に口を挟まなかった、あたしが言っていい台詞じゃあないかもだけどね」

 

 相澤は腕を組んで、瞑目する。

 彼女の芯の弱さを修正するために、へこたれることも想定して厳しく授業を続けてきた。

 自分が出した課題を、森久保は泣き言を言いながらも、その全てを相澤が満足行く形で仕上げてきていた。

 そんな彼女の優秀さ故に、相澤は更なる課題を課し続けてしまった。

 泣き言と言う形で吐き出した森久保の心のSOSを、軽く流してしまった。

 

 そうして気付かない内に溜まったストレスが、彼女の脆いメンタルを更にボロボロにさせてしまったのかもしれない。

 これでは森久保は特訓前に逆戻り。いや、特訓前より駄目になってるではないか、と相澤は自身の迂闊さに舌を打ちたくなった。

 

(子供1人のメンタルすら把握出来ないとはな……教師失格だな)

 

「……俺の、失態だ」

 

「いいや、()()()()()失態だ。相澤」

 

 福門が悔しそうな目で見つめ返しながら言い被せると、相澤はふっと苦笑を返し、

 

「そうかもしれん。だが自己嫌悪、反省は後回しだ。

 まずは、あの子の元に行かなければならないな」

 

「あたしも行こうか?」

 

「いや、一人でいい。福門、お前は資料を取り寄せてくれ」

 

「資料?」

 

「森久保の地元高校の調査書と、今現在実働中のSP(Security Police)の履歴書だ」

 

 相澤は席を立つと、足早に部屋を後にする。

 福門もその言葉の真意に気付くと、遅れて部屋を出て資料を集めに行くのだった。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 相澤が教室として利用している部屋に入ると、既に森久保は席についていた。

 だがその様子は見るからに弱弱しく、入ってきた相澤を一瞥すらせずにひたすら着席している机を見つめていた。

 相澤はひとつ息をつくと、対面の席に座り、森久保と向かい合う。

 

「森久保」

 

「……はい」

 

 声をかけると、ようやく森久保が少し顔を上げる。

 視線は相変わらず合わせないが、相澤にはいつもより輪を掛けて怯えているように見えて仕方がなかった

 

「お前がヒーローになりたくない、というのは聞いている。

 だが俺は、知っての通りヒーローに仕立てあげるつもりでお前に雄英高校を目指させている。

 理不尽に感じているだろうが、それは理由あっての事だ」

 

「……それが一番合理的、だからですかぁ……?」

 

「あぁ。お前を社会復帰させる環境として、雄英はこれ以上なく最適だ。

 お前のようなレアな個性持ちも大量に居る。共感出来る仲間もきっと出来るだろう。

 そして…あの高校はお前を守る、最高の砦になるであろうからだ」

 

「……も、もりくぼを、守る……?」

 

 守る、という言葉に森久保がぴくりと反応した。

 

「今更の話になるが、お前の"個性"である『共感』は非常にレアで強力な個性だ。

 精神感応系個性の最高峰と言ってもいい。

 ……だが強力である以上、お前の"個性"はヴィランに非常に狙われやすいんだ」

 

 『共感』。

 

 簡単に説明すれば、自らが抱く感情を範囲内の相手に伝播させるという単純な"個性"である。

 それだけでも汎用性の高い"個性"であるのだが、森久保の"個性"は言葉で聞くより更に強力なものだ。なにせ正確には「自分の感情を増幅させて相手に押し付ける」という力なのだから。

 

 

 くすりと笑う程度の喜びを押し付ければ、相手は小躍りしたくなるような感情を覚える。

 

 少しムカっと来た程度の怒りを押し付ければ、相手はかなりイライラしたような感情を覚える。

 

 では生来の臆病さから生じた()()()()()恐怖を押し付けてしまえば、相手は一体どうなってしまうのか?

 

 

 答えは失神だ。

 

 

 精神を強く保てない人は、その強すぎる恐怖を受け止めきれずに気絶してしまうのだ。

 それは恐怖だけに限らない。自身が持つ感情の受け皿を大幅に超える感情を押し付けられれば、誰であろうと精神が()()()して気絶してしまうのだ。

 つまり、森久保は相手を問答無用で失神させる事が可能と言い変えられる。

 

 個性の有効範囲は平均で半径30m程。

 森久保の精神状態によっては、もっと範囲が広まる。

 幼年期の森久保の"個性"暴走事件では街ひとつを包み込む程の範囲まで広がった事もあった。

 この個性の恐ろしい所は、その強力な力を防ぐ手段がないという所だ。

 遮蔽物も、防護服も通用しない。ただ範囲内に居るだけで影響を受けてしまう。

 (暴走した"個性"を制御しきれない内は、多数の失神者を出したものだったが、現在は相澤達が施した訓練と森久保自身の努力によって、任意の発動、増幅の幅、個性の指向性を持たせる事も出来てはいる)

 

 当然、そのような強力でレアな"個性"、ヴィランが放って置くわけがない。

 ここ最近のレア"個性"持ち誘拐事件は増加の一途。

 幸いにも情報統制が効いているのか森久保への誘拐事件は起こっていないが、もしも彼女の力がバレてしまい、ヴィランに囚われた場合――森久保乃々は最悪のテロ兵器として仕立てあげられてしまう可能性が非常に高かった。

 

「森久保のご両親には社会復帰の手伝いをお願いされただけではない。

 お前の未来を守って欲しいと言われている。

 だから俺はお前に厳しく接した、お前が自信を持って社会に復帰できるようにと。

 ……お前は俺が課した訓練に、よくついてきてくれている」

 

 だが――、と相澤は一区切り置いて更に森久保に告げた。

 

「合理性を重視しすぎるあまり、俺はお前の気持ちを全く考慮出来ていなかった。

 お前が内々に溜め込んでいたストレスに、気付けていなかった」

 

 相澤はその場で立ち上がると、森久保に対して頭を下げた。  

 

「すまなかった」

 

 彼女の個性が強力だから。彼女がヴィランに狙われてしまうから。

 そういう大義名分があるから彼女を雄英に導こうとした、というのは恐らく正しくないだろう。

 彼女を雄英に導こうとしたのは自らの凝り固まった合理性を優先する思考と、自分が持つヒーローへの歪な理想像のせいだったのかもしれない。

 望んでヒーローを目指す子供相手ならば、相澤が取った指導は正解だったかもしれないが、目の前にいる少女はヒーローなど望まぬ、争いごと嫌いの、繊細で、弱い少女だ。

 自らのエゴで少女の人生を台無しにしてしまうなど、大人としても、ヒーローとしてもあってはならぬ事だ。相澤は猛省し、目の前の少女へと謝意を表した。

 

「………………!?

 ぁ、ぁ、ぁの……あの! も、もりくぼはそんな……別に、あ、謝って貰う必要は……。

 その、こんな駄目駄目な……も、もりくぼにご指導ご鞭撻いただけて、そ、そのお陰でもりくぼはちゃんと、個性も制御できるように……なりましたので……」

 

 恐怖と絶望のイメージを抱いていた相澤がよもや自分に謝ったという光景に、森久保は数瞬の間フリーズしてしまい……その後、わたわたと顔を上げて下さいと慌てふためき始めた。

 相澤はそんな森久保の慌てる様子を尻目にしっかりと数十秒頭を下げると、ようやく彼女に従い、頭を上げて席に座り込む。

 

「……過去のミスは覆せない。よって今は前を向くしかない。

 だが森久保、お前には前を向くにしろ、その方向を決めてもらう」

 

 非常に今更の提案にはなるがな。とひとつ前置きをすると。

 相澤は森久保に選択肢が突きつけた。

 

「1つ、このまま雄英高校に進む。ただし、目指すのは普通科だ。

 普通科もヒーローとしての素養を鍛える授業もあるが、

 そうでない人に向けての授業も整っている。個性の制御を中心とした授業が多いから、お前の"個性"制御に役立つことは違いないだろう」

 

「2つ、別の地元高校に進む。ここでは個性の授業は全く存在しない。

 むしろ個性の使用を禁じている高校だ。

 ここではお前の安全性を考慮して一旦家族全員で引越し、そして偽名で別人として生活してもらう事になる。

 ……その時は長期でSP、つまり護衛だな。それを雇い、お前の日常生活を陰ながら護衛してもらう」

 

「……」

 

 ヒーローへ進む道は、忘れてもらう。

 おそらく、森久保には耐えられないだろうから。

 だから森久保が望む、平穏無事な生活を送る為の道を模索して相澤が提案したのが、この2つだった。

 

 突きつけられた選択肢に、森久保は沈黙で返した。

 相澤はその反応も当然だろうと思い、言葉を連ねる。

 

「当然、今すぐ返答しろとは言わない。

 今日は授業を中止とし、一旦森久保は実家に戻ってご両親と相談を――」

 

「……ぁの、相澤さん」

 

 だがその言葉の途中。

 森久保が小さな声で、おずおずと手を上げて相澤に声をかけた。

 

「選択肢が1つ、足らないと思うんです……けど……」

 

「1つ……?」

 

「……は、はい……。

 み、3つ……このまま雄英高校に……ヒーロー科で入学する……です」

 

 森久保の口からまさかそのような言葉が出るとは思わず、相澤の細い目が見開かれる。

 

「……ヒーローは目指さないんじゃないのか」

 

「……」

 

「ヒーロー科は雄英高校の華であり金の卵達の集まりだ。

 だがそこでの道は、ヒーロー以外の道はないに等しいぞ。

 訓練は桁外れに厳しいし、実践としてヴィランと戦闘をすることだってある。間違いなくな。

 折角友達になった人が目の前で傷つく事も、普通にあるかもしれないんだぞ」

 

「――も、もりくぼは……っ!」

 

 何かを堪えるように森久保は一旦言葉を区切る。そして胸に手を当てて深呼吸をすると、

 目の端に涙を貯めて、相澤を()()()()()、震えた声で主張し始めた。

 

 

「もり、くぼは……ヒーローに最も遠い……人、です……」

 

「何をしても、駄目で……お、臆病で……人見知り、で…」

 

「……自分がヒーローと名乗る事なんて、世間様に申し訳が、立たないと、思ってます……」

 

「でも……でも、この前の事件で……気付きました……」

 

「大切な人が……ヴィランに襲われてる時に……」

 

「もりくぼはただ、それを眺めて……他のヒーローに頑張れって言うしかないのが……いや……すごくいや、だって事が……」

 

「暴力は、嫌い……血を見るのは、嫌い……この"個性"も、嫌い……」

 

「でも、大切な人が傷つくのは……もっと、嫌い……!」

 

「自分なんかが……ヒーローになれるかは……分かりません……。

 だけど……もりくぼの、森久保の個性がそんなに強力なら……」

 

「もりくぼは……もりくぼはもうちょっとだけ……頑張ってみたいです……。

 一旦高校に、入って……自分がヒーローになれるか……考えてみたい…です……」

 

 

 自らの内に込められた思いの丈を。覚悟を。

 その全てを吐き出すつもりで、森久保は、相澤相手に言い切る。

 時々つっかえながら、それでも最後まで吐露すると……緊張の糸が解けたのか。森久保は小さく荒い息をつき、息を整え始めた。

 相澤はそんな彼女の独白を聞いて――やがて口を開いた。

 

「お前が選んだ道は、茨の道だ」

 

「……」

 

「数多の困難が待ち受けているだろうし、俺も高校も、お前に困難を押し付けるだろう。

 乗り越えられなければ、容赦なく切り捨てられる。そんな世界だぞ」

 

「……はぅぅ」

 

「だがそれでも。いいんだな?」

 

「…………や」

 

 相澤の視線が、森久保を射抜く。

 射抜かれた森久保は、いつものように目を逸らすと……やがて小さな声で応えた。

 

 

「……やるくぼ……です……」

 

 

 




森久保の個性強すぎ?
でもいいよね、森久保なら許されるよね

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