森久保ォ!ヒーローになるぞ森久保ォ!   作:うどんこ

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この数日間でめっちゃUA上がってたまげた。
ランキングも入ってたらしくて感謝感激です。

森久保とヒロアカの力ってすげー!
よかったなぁ森久保ォ!大人気だぞ森久保ォ!


第五話

「うん。まあ向いてはないと思うね」

 

「……」

 

「臆病だし、血も暴力も苦手。更にネガティブ。

 世間一般のヒーロー像とは全くの真逆を行ってるよね、森久保ちゃんって」

 

 『私は、ヒーローに向いてるんでしょうか』

 森久保がぽつりと呟いた質問を、福門はばっさりと切り捨てた。

 予想していたが、こうも正面から言われるとは思っていなかった森久保の頭は稲穂のように垂れ、通夜のような暗い雰囲気を漂わせ始めた。

 

「あ、あーあーあー! しょげないでしょげないで!

 つい即答しちゃったけど、それは今の現状の話!

 今後の改善如何によっては変わる事もあるかもだから!」

 

 わたわたと自分の失言を悟った福門が、森久保を持ち上げる。

 ただそれは虚飾ではなく事実だ。ここ3年間の訓練で「びっくりするほど臆病」だったのは、「大分臆病」程度に変わったし、血や暴力は「卒倒する程苦手」だったのが「大分苦手」程度に変わった。唯一ネガティブなのは変わらないが、普段の森久保を考えれば劇的な変化と言ってもいいだろう。

 

「と、言うか森久保ちゃんヒーローになる気になったの?

 いつもは『ヒーローなりたくないです』って言ってたように思ったけどさ」

 

 だから今更ながらそのような事を悩みだした森久保に福門は問うた。

 すると、森久保は顔を若干上げて、伏し目がちにぽつり、ぽつりと話出す。

 

「……その。入試も近づいて、志望動機を書いてるうちに思ったんです。

 雄英に入るってことは……すなわち、ヒーローになる事とほぼ同じ……でも、もりくぼは……志も出来てないのに、入ろうとしてる……。そ、それっておかしい事ですよね……」

 

「……」

 

「ヒーローが助けるのは……自分じゃなくて、他人。

 も、もりくぼは……ただ自分が助かりたいがために、雄英に入ろうとしている……そ、そんなのヒーローじゃないし……ヒーローになれる訳がないと、お、思うんです……」

 

 それは兼ねてからの悩み。

 プロヒーロー達との特訓を重ねて、目標として掲げられていた雄英高校への進学。

 しかし社会復帰の一環としては過分にすぎる目標と、自分のヒーローへの憧憬のなさが。そして自分への自信のなさが、今も森久保を戸惑わせていた。

 だが入試二ヶ月前になって吐き出すには致命的に遅い悩みだった。自分で言っておきながら森久保は自らの勇気のなさに頭を抱えたくなった。

 

「ん? だったらそのまま雄英入ってもいいんじゃない?」

 

「えっ」

 

 だがそんな独白に対する回答は、予想外の一言。

 森久保はつい素で聞き返してしまった。

 

「森久保ちゃんは深く考えすぎだね。

 そもそも雄英高校に入った人が全員プロヒーローになる訳じゃあないし、ヒーローって高尚な職業に思ってるようだけど、実際はそんなものじゃあないよ。

 ……んー夢を壊してしまいそうで申し訳ないけど、言っちゃうか」

 

 ぴん、と森久保の前に一本指を立てて何かを説明しようとした時、注文を受けていた店員が二人に飲み物を配膳してきた。福門は感謝を返し、少しだけカフェラテを口に運ぶと話を続ける。

 

「ねえ森久保ちゃん。あたしのヒーロー志望動機ってなんだと思う?」

 

「え……? そ、そんなの……こ、困ってる人を助けたいじゃ」

 

「ぶっぶー。正解は『笑わせたい』。それだけだぜ」

 

 困惑している森久保に、福門はにひっと笑いかけた。

 

「両親を笑わせたい。親戚を笑わせたい。友達を笑わせたい。

 他人を笑わせたい。ヒーローを笑わせたい。ヴィランを笑わせたい。

 相澤を笑わせたい。森久保ちゃんを笑わせたい。それがあたしの本当の動機だ」

 

「ひ、人を助けたいんじゃ……」

 

「それは勿論、困ってる人があればいつでも助けに行くよ。

 ただあたしの根源的な動機は『笑わせたい』それに尽きるのさ。

 笑って欲しいから、助ける。助けるために、笑うんじゃない。

 悪い言い方をするとあたしにとってヒーローってのは、自分の欲求を満たすための職業さ」

 

 えっ……と、思わず呟いてしまう。

 森久保の中で持っていたヒーローという概念。それに罅が入り始めた。

 

「多分、森久保ちゃんが知ってるヒーローってのは、オールマイトとか、メディアがヨイショして見せてくれる、『人助けのみを生きがいとしてる』みたいな頼れる存在なんだろうと思う。

 でも実際は違う。ある人は自分が目立ちたいためにヒーローになったし。ある人は一攫千金を夢見てヒーローになった。自分の"個性"を思う存分使いたいからって人も居るだろうし、誰よりも強いことを証明したいがために、ヒーローになったって人も居る。あたしは知ってる。

 みんな自分の目標があって、それを達成する為に人助けをしている。あるいは、達成したがために副次的に人が助かっている。自分本位だって? 政府はそれを大いに結構と思ってるよ。結果として人助けになっているならね!」

 

 ぽかんと口を開けて聞き入る森久保に、当然、「人を助けたい」が目的のヒーローも絶対数いるけどね、と福門は苦笑をし、

 

「で、だ。話を戻すよ。

 忘れてるかもしれないけど私達のお手伝いの目標は、森久保ちゃんの社会復帰よ? 別にヒーローになれって強制してる訳じゃあない。

 雄英高校に向かわせるのは、そこが一番森久保ちゃんの為になるから。

 ……悔しいけど、私が教師やってる傑物高校より、教育も、設備も、セキュリティも整ってる。更に貴方のようなレア"個性"持ちも一杯居るから、"個性"への理解もされやすい。将来、社会に復帰するに際して、とても良い環境よ」

 

 そして森久保の頭に福門は優しく手を置き、ゆっくりと撫でていく。

 

「将来の事は、高校に入ってから考えてもいい。

 ヒーロー云々は置いておいて、今はまず雄英高校に入ることを目標に頑張ってみようぜ?」

 

「……そ、そんなのでも……いいんですか?」

 

「いい。あたしが許す。相澤はお硬いから、許すかどうかは微妙だけどナ!」

 

「ひぃぅぅ……」

 

「HAHAHAHA! ほんっっとういじり甲斐あるな森久保ちゃんはぁ!

 冗談だって、理解はしてくれると思うよアイツは。

 理解しなかったら、あたしが責任持って結婚して理解させてやんぜ!」

 

 大人しく撫でられ続ける森久保を微笑ましい目で見つめる福門、だが突如に感じた店内の騒がしさに撫でる手が動きを止めた。

 

「……?」

 

「……何か、騒がしいな」

 

 気付けば喫茶店にいる客も揃って外を見ている。

 一体何を見ているのか。――その答えはすぐに現れた。

 

 喫茶店外に丁度あった街路樹に、吹き飛ばされた誰かが衝突したのだ。

 途端に客が騒ぎ出し、外で起きた異常事態に湧き立った。

 

「ひっ……!」

 

「森久保ちゃん、ちょっとここで待ってて」

 

 言うが早いか、福門が席から立ち上がり、懐から何かを取り出して皆に見せつけるようにしながら声を荒げた。

 

「はいはい落ち着いて! プロヒーローのMs.ジョークよ!

 私の事を知らない人も居ると思うけど、ひとまずは話を聞いて頂戴!

 外に居る事態の収束は私に任せて、皆さんは落ち着いて避難をよろしく!

 ……店員さん、お客さんを避難場所への誘導へお願いね!」

 

「Ms.ジョーク?」「聞いたことないわね……」

「笑いを武器にするヒーローだよ」「何があったのかしら」

「お母さん」「大丈夫よ、ヒーローが居てくれたわ」

 

「……うん! 知名度がないのは今後の私の課題点ね!

 今日はオフで、生憎私服。着替える時間はないから、事件を解決したらまたヒーロースーツを見せにくるわ!

 何はともあれ大船に乗ったつもりで任せておいて!

 皆さんはお茶でも飲んで落ち着いて居て頂戴、ぱぱっと片付けてくるから」

 

「お客様、どうぞ焦らずこちらの店の奥へ。裏口が用意してございます」

 

 福門が見せたのはプロヒーローライセンス。

 トークで軽く和ませながら、誰もが安心する朗らかな笑顔を見せると、狼狽えていた客達も落ち着きを取り戻し、店員の指示に従って避難経路へと進んでいく。

 その様子を満足そうに眺めると、福門は店の外へと向かっていった。

 

 森久保も他の客と同じく避難をしようと思ったが、仮にも福門とは知り合いであり、そしてヒーローについて学んでいるのだ。

 一人避難するのは間違えている、と考え、店員の指示とは逆に福門と同じく外に出ていった。

 

「ふ、福門さん……ふぇ、そ、その人」

 

「む。森久保ちゃん待っててってアタシは言ったぜ?

 でも丁度いいわ。この人お願い森久保ちゃん。……今からちょっと、荒れるみたいだから」

 

 福門は街路樹の傍で倒れている、手が鳥の羽になっており鷹の仮面を被った男を抱えていた。男はどうやら気絶しているようだが、そんな男の様子を福門は気にかけておらず、別の場所を見つめていた。

 

「え……え? こ、この人……」

 

「いいから早く。ヒーローは迅速たれ。

 迷う暇があったら行動しろって、相澤には口すっぱく言われたでしょ」

 

 ゆっくりと男を横たえると、そのまま福門は商店街の道の中央に移動する。

 慌てて森久保が男の傍に移動し、男の腕を掴んでゆっくりと引きずろうとする。

 引きずっていく間、森久保は福門が相対する相手が視界に入った。

 

 その人物はよれよれのトレンチコートを身に包み、縁日のきつねのお面を被っている、長駆の男性であった。

 男は右肩に女性向けのバッグを担いでおり、右腕を怪我しているのか血が滲んでいた。

 

「すぅー……ッ、ふぅーッ。鳥の次はなんだい、次は人妻か?」

 

「お生憎。まだ独身だよ。そっちこそなんだい。

 まだ冬だってのにそんなお面でも被って。夏が待ちきれなかったのかい?」

 

「顔を隠せればなんでも良かったんでね。

 というか、お喋りするつもりは無いんだ。そこをどいて貰おう……かッ!!」

 

 男が手を翳した瞬間、福門はその場をステップして回避。

 直後まで居た場所の地面ブロックが、豪風と共に弾き飛んだ。

 

(不可視の弾丸……!)

 

「ははッ、つれないこと言うなよなおっさん!

 事情が何か分からないけど、襲いかかるって事は何か悪いことしでかしたのかい!」

 

「君には……すぅーッ、関係ないことだ」

 

「大アリだ、アタシはプロヒーローだからな!」

 

 横ステップで回避してから、ジグザグに距離をつめていく福門。

 男はその福門を捉えようと、片手を何度も突き出し不可視の弾丸を射出する。

 ブロックが弾け。街路樹が大きく揺れ、看板が粉々に粉砕されていく。

 だが触れられない。当たらない、掠りもしない。

 距離は瞬く間になくなっていき、彼我の距離は既に3mを切っていた。

 

(す、すごい……)

 

 森久保は男を店の内部に運ぶことも忘れて、福門の戦闘に目を奪われていた。

 彼女は"個性"を使わず男を追い詰めている。

 "個性"の力にもよるが、"個性"に頼りすぎる奴程、御しやすいものはないと相澤は言っていた。一番厄介なのは自分の体を基礎とし、ここぞというタイミングで"個性"を使う相手だと。

 福門はまさしく、それを体現しようとしているように見えた。

 

 

「くっ……」

 

「その個性、中遠距離は得意なんだろーけど、懐に入られたらどうにか出来るんかね!?」

 

 福門の勢いの乗った右ストレートが男の腹部へと飛び、男は翳していた手を畳んで、腕で受けようとする。

 ガード越しに聞こえる、鈍い音。

 腕が軋むような衝撃に、男が後ろにたたらを踏む。

 それを逃さずに福門が更にフォワードステップ。追撃の左フックが顎へと放たれた。

 

「がッ」

 

 入った。顎を揺らされた男は、ふらつく体を何とか抑えている。

 福門は出来た隙を逃さず、フックと対角線となるように右のローを放つ。

 しなる鞭のような見事なソレは、ふらついた男の膝には重すぎる一撃。

 サンドバッグを叩くような重い音のあと、男が地に跪く。

 

「あちゃー、モロいね。あんた」

 

 即座に背後に回った福門は、男の腕を取って後ろに回し、そのまま男の頭に膝を押し付けるようにすると、がつん、という音を立てて男の頭部が地面に押し付けられた。

 

 邂逅から、わずか20秒程の出来事。

 ヴィランと思われる男は、瞬く間に福門に組み伏せられてしまった。

 遠巻きに様子を眺めていた市民は、ぽかんとしていたが、一瞬の後口々に沸き立った。

 

「すげええええ!」「何だあの人、プロ?まさかプロヒーロー?」

「やべぇ……惚れた」「かっこいー!!」

「危ないので近づかないでください、危険ですので近付かないで下さい!」

 

 森久保も同じだ。

 男を避難させることも忘れて、その様子に魅入ってしまっていた。

 

(か、格好いい……かも……)

 

 福門は声援を浴びながらも男の様子を伺っている。

 その顔は未だに厳しかった。

 

「あんた。一人? その女物の鞄……まさかひったくり?」

 

「……すぅぅぅー……っ」

 

「正直に答えたほうが身のためだよ、ヴィランには情け容赦はないんでね」

 

 ぎりっと、腕をきつく捻り上げると男の顔が苦悶に滲んだ。

 男は答えない。答えるばかりか、ただ息を吸うばかり。

 

 嫌な予感がする。

 福門はさっさと気絶させたほうが身のためだと、男を落とそうとするのと、男が喋りだすのは同時だった。

 

「すぅぅぅー……っ、溜まったァッ!!」

 

「!?」

 

 掴まれていない男の手から中心に見えない何が放出され、男と、乗りかかっていた福門は瞬く間に爆風に巻き込まれた。

 その勢いは、周囲の人が何かにしがみつかないと吹き飛ばされる程。

 近くの店のガラスは割れ、看板は倒れ、砂塵や小石が荒れ狂った。

 

「ふ、福門さん……っ!!」

 

「ぅ……く、一体……」

 

「ふぇ!? え、えっとぉ……だ、大丈夫です……かぁ……?」

 

「あ。……あぁ大丈夫だ、こ、ここは……そうだッ、奴はっ!!」

 

 鳥仮面の男はその場で起き上がろうとし――叩きつけられた時の痛みを感じたのか苦悶の声が漏れた。

 咄嗟に男を気遣う森久保。だが、正直福門が気になって仕方がなく、ちらちらと顔を左右に動かして心配そうにせざるを得なかった。

 だが今、肝心の現場は砂埃で荒らされており、何も見えない状態。

 まずはこの男の話を聞こうと森久保は勇気を振り絞る。

 

「…だ、だだ、大丈夫……です。慌てなくても……あのっ、今は、別のぷ、プロヒーロー……が。Ms.ジョークが……そのぉ」

 

「す、すまない……ってMS.ジョーク!? 何だってこんな場所に……。

 いや、それなら助かった。あいつはひったくりの常習犯だが、つい最近殺人も犯したヴィランだ。

 キミは一般人かい? 私の事はもういいから、避難していたまえ。

 ……この爆風。恐らく奴が引き起こしたものだろう。もしものために私、イーグルマンも出なければならない」

 

 『殺人を犯したヴィラン』――その言葉を聴いて、森久保の心はより落ち着かなくなる一方だ。

 万が一福門さんがやられたら、と言う不吉な予感がよぎったが、すぐに思いを消し去る。

 そんな筈はない。福門さんは授業でもとても強く、相澤さんも一目置いていた。やられるはずはない、と涙目になりながら気持ちを奮い立たせる。

 対する自らをイーグルマンと名乗った男は涙目で、視線を合わせようとしない少女が怖がっているのだろうと思い、心配させぬように痛む体を無視しながら立ち上がる。

 その瞬間、土煙の方から悪意の篭った、叫び声が走った

 

 

「――が、はは、がはははははははははははァッ!!

 何がプロヒーローだ、この程度で私が、すぅーッ、やられると思ったか! ぎひっ! ぎひィッ!!」

 

 同時に、土煙が薄っすらと晴れて陰が見えた。

 その陰は、何者かが誰かを片手で持ち上げているように見えた。

 

「ぁ――」

 

 土煙が完全に晴れた瞬間見えたものを、森久保は最初、認める事が出来なかった。

 森久保は一瞬、その光景がいつも思う不安を白昼夢で見ているのだと思った。いや、思わざるを得なかった。

 

 まず見えたのは全身を更に土煙で薄汚した男、その右手は折れているのかぷらぷらとしており、つけた狐の仮面は半ばから割れて、男の口元がいやらしく歪んでいたのが見えた。

 そして無事な左手で、ある人物の首根っこを掴んでいた。

 そう。福門である。

 彼女の私服は吹き荒れた暴風によるものか、ところどころ破けてしまっており、頭からは血が一条流れ、ぐったりとしている様子を見せていた。

 

「あ、あぁぁぁあぁ……ああぁぁあぁぁぁ……!!」

 

「くっ、Ms.ジョークが……き、キミ? どうしたんだい!?」

 

 現実。これは現実なのだと認識した瞬間、森久保の中の何かが壊れそうになる。何かが漏れそうになる。

 森久保が抑えていた感情、記憶。それが不安定になる、駄目だ。落ち着け、冷静になれ。知らない、いやだ。福門さん。いやだ。

 自分の不安が、恐怖が、怒りが、ないまぜになった複合物が力の本流になって、これでは駄目だ。抑えられない、抑えるな、吐き出せ。吐き出してしまえ。出せ、全部。すっきり、忌避。駄目、全てが黒。狼狽、恐慌、警戒、鬼胎、憂鬱、破壊、崩壊――

 

 

 

「だーいじょうぶ……だって」

 

 

 

 不安が全てないまぜになって、溢れそうになった瞬間。

 聞こえてきたのは、福門の声だった。

 

 

「ヒーローってのは、そう……簡単にやられたりはしないんだぜ?」

 

 福門は、ピンチに追い込まれても尚、笑顔を讃えたままでいた。

 

「はっ、はははは!! コイツ何言ってやがる、簡単にやられてるじゃねえか!

 今この現実が見えてねえのかお前は、はは、ガハハハハハッ!!」

 

「HAHAHAHAHAHA!! いやいやこれからだよおっさん。

 ヒーローはピンチになってからが本番だって」

 

「がは、がははははッ! 片腹痛い女だなお前はァァ!

 いいぜ、なら更にピンチに、ギャハッ、ぎゃはは、ガハハハハハハっ!! ひひっ、ひぃーひひひっ、ひひっ!? ひぎっ!?」

 

「ピンチ? いやいや、もうピンチシーンは終わったよ。ほいっと」

 

 男が異常に気付く。何故か収まる筈の笑みが、止まらない。

 感じていた優位性は瞬く間に消え去り、行き過ぎの笑いが男に苦痛をもたらす。

 気づけば福門をその手で吊るすのも忘れて腹を抱えて爆笑をしており、何ら行動を取る事が出来ない状態になっていた。

 

 

「げひっ、ひひっ!? ひぎゃははははは!!! こ、これ、個性の――ぎゃはっ、やめっ、やめてくれ、ぎゃは、ぎゃはははははぁ!!!」

 

「にひ、駄目♪ あと3分は続くからよろしくね」

 

 その場で転げ回り、呼吸困難になりながら個性の解除を願う男に無情な宣告が下されると、ボロボロの服装のままで森久保とイーグルマンの下へと戻ってきた。

 

「も、もう大丈夫なのですか?」

 

「あぁ、3分間は笑ったっきりだから気にしなくていいよ。煩いけど。

 えーっと、説明行ってるかもしれないけど私は『MS.ジョーク』ね」

 

「!? お、おお話は伺っています。た、たた助けて頂きありがとうございました」

 

「いいっていいって、それよりも警察への連絡と事務所への手続きを――ん?

 あちゃー、割と破けてるね。ちょっとサービスしすぎ? でも見過ぎは駄目だぜヒーロー」

 

「しし、失礼しましたーっ! ただ今連絡します!」

 

 上着が切り裂かれ、福門の黒ブラが見えてしまってるのをちら見していたイーグルマンをからかうと、事後連絡をお願いした。

 そして次に福門は俯き黙りこくっている森久保へと向き直り、話しかけた。

 

「いやーごめんね、ハラハラさせちゃった?

 隠し玉があるな、とは思ってたけどあそこまで派手だと思ってなかっ――かふっ」

 

 頭をかきながら日常の延長上でドジしちゃいました、と言わんばかりの軽口は、妨げられてしまう。

 森久保がその体にタックルするかのように抱きついたのだ。

 一体何事と、目を白黒させる福門は次いで彼女の様子に気付いて目を細めた。

 

「……っ! ……っ!」

 

「……ごめん、心配かけたね。森久保ちゃん」

 

 小刻みに震えながら正面から両手を背中に回し、顔を埋めるようにして声なき訴えをぶつける森久保を、福門は優しく抱きしめた。

 

 聴衆のざわめき、遠巻きに聞こえてきたサイレンの音と、ヴィランの爆笑をバックに、森久保は思いの丈を余すことなく、さりとて無言でぶつけ続けた。




【補足】
・ひったくり魔さんの個性:『圧縮』
 吸った空気を圧縮して、掌から放出できるぞ!
 圧縮できる空気は肺活量に依存するぞ!
 そのためかいつも深呼吸みたいな真似してるぞ!

・Ms.スマイルの個性:『爆笑』
 影響範囲内の相手を強制的に笑わせるだとめちゃんこお強いので、
 相手が笑ったのを切欠にして、その笑いを引き伸ばす個性にしました。
 死因:笑死。とかいやですよね。

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