森久保ォ!ヒーローになるぞ森久保ォ!   作:うどんこ

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森久保の個性がどんなものか分かるかな?

2017/03/06
森久保が視線を合わせるバグを修正。


第三話

 小論文から20分後。ジャージに着替えた森久保は、寮の外にある小さなグラウンドにあった。

 既に待ち受けていた相澤は全身黒尽くめで白く長いマフラーをたなびかせ、首にスキーで使うようなゴーグルを掛けていた。

 それは彼のヒーローとしての正装だ。

 森久保は彼の前で両手を前にして、不安そうな面持ちで相澤に尋ねる。

 

「……きょ、今日は何をするんです…か…」

 

「実践形式の捕獲訓練だ。

 対象が動けなくなる、または捕獲された時点で終了。個性使用、道具使用ありのありありだ」

 

「……そ、それってようするに……ら、乱捕りみたいなアレですか……?」

 

「あぁ。雄英入試も近い。実技試験として何を出してくるかは分からないが、この程度、ヒーローとしてなら出来て当たり前でなければならない」

 

「……」

 

 森久保の顔にはっきりとした忌避が浮かぶ。

 約三年間、訓練を繰り返した森久保だが、一番苦手なのはこのような実戦形式の訓練だった。

 仮にも訓練とはいえ、実戦さながらのそれは緊張感が段違い。

 自身を弱メンタルの王と称する森久保にとっては、逃げ出したい訓練トップ3に入るものだった。

 

「そ、それで……大体予想はつきますけど今日の乱捕りは誰と……」

 

「俺だ」

 

「む、無理くぼなんですけどぉ……」

 

 相澤の個性は「"個性"を消す個性」。彼の視界に入っている相手は、その間"個性"を使用する事が出来ないというものだ。

 "個性"の強さが突出する森久保にとって相澤の個性は相性最悪であり、地力での勝負を余儀なくされた時にアドバンテージがあるのは、当然ながらプロヒーローである相澤だ。

 いつものように小動物を捕まえる訓練とかであればまだ気が楽だったが、今日の緊張感は伊達ではない。森久保は即座に逃げ腰になっていた。

 

「当然、ハンデもある。こちらは自分の体重の半分の重りをつけて挑ませて貰う」

 

「……」

 

「そして俺から一本取ったら、三日間休みを取ってもよい」

 

「……!」

 

 実現可能かどうかは別として、甘美な誘惑であった。

 この三年間のスパルタ授業、休みは確保されていたものの日数は少なく。過去、相澤がこのような褒美を出すことは稀だった。

 以前も同じような内容の事を言われたときは、普段の厳しさも相まって「何かの冗談とか……?」と咄嗟に聞き返した時は「そうか、では冗談だ」と返されて本当に冗談にされてしまった。そんな悲しみを思い出し、森久保はしずしずと頷いた。 

 

「……道具も個性も、あり……なら……やれるかもしれません……」

 

「ほう」

 

「ひぅっ、で、でもでももりくぼの力が及ぶとかそう言う訳じゃなくて……も、もしかして天文学的な数字の可能性を拾ったら……せ、成功するかも知れない……とか……そそ、そういう淡い期待があったりする……訳で挑戦的な意味とかはなかったり……!」

 

「……いいから用意しろ」

 

 慌てふためき弁明する森久保は、促されておっかなびっくりと自分の装備を整え始める。

 彼女は三分ほど、対相澤用の装備を吟味し……彼の下へと戻った。

 彼女は首には()()()()()()()相澤と同じく長い長いマフラーを装備し、ポケットは何かで膨らんでいた。

 

「やれる……やれる……できるできる……きあいきあい……。

 ほんきでやれば……なんでも、できる……ぜんぶつぎこめ、ぷるすうるとら~……」

 

 ぼそぼそと己を鼓舞する呪文を唱えると、森久保は板についてきた構えを取り、距離としては20mほど離れている相澤を遠慮しがちに見据える。

 相澤は既にゴーグルを身につけ準備万端だ。何を考えているかはその顔からはうかがえない。折角奮い立たせた勇気も、これから始まる苦難を考えると萎えてきそうになるが、彼女は負けないように気迫を奮い立たせて、相澤を視界に捉える。

 その気迫は言わば小さなハムスターが威嚇している程のものだが、そこはご愛嬌か。

 

 

 開始の掛け声もなく、彼女の準備が整った事を確認した相澤は次の瞬間、森久保へと突貫していく。

 

 その速さは流石のプロヒーローか。20mがあっと言う間もなく詰まっていく。

 そして相澤よりも先に、たなびいていた彼のマフラーが生き物のように森久保へと襲い掛かった。

 

 彼のマフラーは特殊な繊維で編まれた武器であり、防具であり…捕獲器具だ。

 数多のヴィランがあのマフラーで捕らえられ、武器、防具、捕獲だけでなく移動手段としても使えるほど汎用性が高い。彼のトレードマークといってもいいだろう。

 余談だが森久保が訓練中に、このマフラーで捕獲された数は数百人の森久保の両手両足の指の数では足りない程だ。

 

 丁度左右から囲うように伸ばされたマフラーに対して、森久保は左右の回避を断念。

 自ら足を踏みしめ前傾姿勢のまま相澤へと接近し、彼と同じマフラーを使わんと動いた。

 

 そう、森久保も師となったイレイザー・ヘッドの武器を使うようにしている。

 本人が暴力事、あるいは近接戦が苦手であり、何か道具を使っての戦闘スタイルが求められた時に非殺傷かつ捕獲武器である彼のマフラーを森久保は求めた。

 当然使い始めた当初は武器に翻弄され、まともに動けたこともなかったが、今では相澤ほどではないが自分の手足としてなら使えるようになってきていた。

 

 森久保のマフラーは、彼の足に絡もうと地を這い進む。

 相澤はそれを見越していたのか、冷静にマフラーを右足で踏みつけた。

 

 ぎょっとする森久保に対して、未だ動きを止めぬ相澤は、マフラーの上で片足を軸に回し蹴りを放つ。

 彼女は相澤の足から逃れようと飛び込むようにして前転し、間一髪難を逃れる。

 近距離戦はもとより不利。それを自覚しているのか、森久保がそのまま逃げようとし――

 

「ひぐっ!?」

 

「自分の獲物を封じられるような真似をするなと言っただろう」

 

 逃亡は失敗した。未だ彼女のマフラーは相澤の足の下であり、彼は器用にも彼女のマフラーを足で手繰り寄せていた。

 首を引っ張られるような姿勢になり、致命的な隙を晒した森久保は瞬く間に背中から首に腕を回され、拘束された。

 

「お前、やる気あるのか?」

 

「す、すぐに距離詰められたら、もも、もう無理なんですけど~……」  

 

「お前は俺の情報を知り、俺はお前の情報を知っている。

 その情報から弱点対策をしないのはお前の怠慢だ」

 

「ぐ、ぐぬぬぅ……」

 

 拘束が外れ、トンと背中を押されて森久保はたたらを踏んだ。

 振り向くと相澤が改めて距離を取っており、再度20mほど離れた。どうやら仕切りなおしという事らしい。

 

「やる気がないなら体力上昇訓練に切り替える。

 ノルマ達成まで訓練は終わらないから覚悟するように」

 

「ひぃぅぅ……!」

 

 慈悲なき宣告に、今度こそ森久保顔が悲痛に歪んだ。

 そして再度訓練の火蓋が落とされたと同時に――森久保は、相澤に踵を返して全力で走りだした。

 

「……逃げるな」

 

「くく、訓練から逃げるんじゃなくて……せ、戦略的撤退なんですけど……!」

 

 必死な声色で返した彼女を、相澤は追いかけていく。

 森久保の逃走先には生い茂った森があった。

 手入れのされていない森の中に躊躇なく逃げ込んだ森久保は、自身のマフラーを追加の手足として使い、ターザンもかくや移動し、人ではありえない速度で森を踏破していく。

 

 だがそれは同じ道具を使っている以上、相澤も同じ。

 相澤は森久保以上に洗練された動きで、無駄なく、無作為に生える木々を物ともせずに彼女へとどんどん距離をつめていく。

 

 少し開けた場所に森久保が到着した時、ついに相澤が彼女を射程圏内に捕らえた。

 二対の特殊繊維が彼女を捕縛せんと伸びた、と同時に、森久保は振り返って自分の手にあるものを地面に転がす。

 

 途端。森久保が白煙に包まれた。

 

煙幕手榴弾(スモークグレネード)か!)

 

 伸ばしたマフラーは森久保を捕らえることは出来ず、相澤は追撃を断念する。

 そして考えるよりも先に白煙地帯から一気に抜け出し、距離として30m程離れた。

 

 朦々と立ち上る白煙が彼女が居た地点の10m程の範囲を包み、相澤は森久保を見失ってしまう。

 相澤の消失の"個性"は視界に収めている存在の"個性"を封じる、という強力なものではあるが、視界に収めていない場合はその限りではない。

 先ほどまで彼女の一挙一動を逃すことなく注視し、封じ込めていたが、こうして物理的に姿を隠した、と言うことは彼女の"個性"が解禁されるという事だ。

 

 彼女の個性は半径30mほどに及ぶ強力なもの。

 目を離した隙に影響を受けたら、相澤の敗北は濃厚になるだろう。

 相澤は木の枝の上から白煙が出る一帯を監視すると同時に、おおよその影響範囲を頭に描きながら、その内に入らぬように木々を飛び交い移動する。

 

 彼女は未だ白煙にいるだろうか、否。いない可能性が高い。

 白煙でじっとして個性をだだ漏れにさせて獲物が引っかかるのを待つ、という愚策をよもや犯すような教え方はした覚えはない。

 

(もしもそれを狙っていたのなら、失望としかいいようがないが――)

 

 そう考えていた矢先、相澤の進行方向で別の白煙が急激に立ち込め始める。

 

(移動を阻むつもりか…?)

 

 瞬時の思考。

 プロとしての経験から警戒心が足を止め、白煙を避けて別の方向へ移動しようとした矢先――微かに、白煙内から咳き込む音が聞こえた。

 

(! まさか、白煙を身に纏い続ける気か)

 

 相澤の有視界内から外れるとはいえ、こうにも濃い煙の中では向こうも自分を視界に収めることは出来ない筈。それとも、煙内部にいて自分の居場所を把握出来る方法があるというのか? そう、例えば赤外線スコープのような物を使うなど。

 現実では数秒程の高速化した思考の中、 相澤は考える。

 森久保が持つスモークグレネードの数は、最初に見た彼女の装いから考えても、二個。または三個。多くて四個か。ならば全ての白煙を出し切った後に捕らえるのが安全策だ。ヒーローはリスクを捨てて人助けに入る人種ではあるが、無用なリスクを徒に犯す者はヒーローではない。

 

 だが相澤はヒーローであると同時に教師である。

 スモークグレネードとは考えたようだが、突けば穴が開くような無為な策を弄する甘さは、叩き折るのが教育というものだろう。

 瞬時に結論を出した彼は、進行方向を変えず白煙に飛び込む。そして自身のマフラーを操作し、自らの周りで新体操の選手がするかのように、それを高速で廻した。

 マフラーは予想通りに白いカーテンを、瞬く間に吹き飛ばしていく。

 新たに生成される煙も、マフラーが起こす風に負けて散り散りとなり、視界が開けていく。

 

(残念だが、これでは休みはあげられないな)

 

 ここで白いカーテンの中にいる森久保を視界に捉えれば、あとは接近戦にもつれ込む。

3年間でアマヒーローとしてなら及第点はあげられる程度になった森久保の格闘術も、流石にプロのそれには及ばない。つまり、詰みだ。

 そうして相澤の視界が捉えた先には――

 

 

 ――誰もいない。

 あるのは白煙を吐き出し続ける煙幕手榴弾のみだった。

 

 

 

 「!?」

 

 それを視界に納めた相澤は瞬間的に狼狽するが、地に足が着いたと同時にスイッチを切り替えるように辺りを即座に警戒する。この反射的な行動は流石のプロヒーローといった所か。

 予想を裏切られた相澤は自分がまんまと罠に引っかかったことを自覚し、この場所に留まることは危険と判断。木にマフラーを絡ませ、少しでも早く離脱しようとして――

 

 不意に、危機感で満たされていた相澤の思考が()()()()()()()()急速に包まれていった。

 

 脳がアドレナリンを盛んに生み出す。

 シナプスが飛ばすスパーク量が膨大に増えたような錯覚を感じるほどの、興奮。

 はたまた、ランナーズハイのような気分か。

 それはコンマ数秒のさなかの出来事ではあったが、刹那でクリアになった脳が更なる思考の加速を促し、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚、その全てが森久保の位置を暴こうとしていく。

 

 そして一瞬の高揚感の後から、()()()()()()()()()()()()()()()()

 ――相澤の五感が自分が出すもの以外の不自然な音を捕らえた。

 

「ひえっ」

 音の方向にマフラーを飛ばし、それは腐るほど生えている木の一つに巻き付く。そしてマフラーが収斂する勢いも加えて地を蹴り、相澤は風のように突き進んでいく。

 煙を切り裂き、草葉から飛び出し――そして樹上にいた森久保を視界に納めた。

 よもや見つかると思わなかった森久保は、慌てふためきながら自らのマフラーで迎撃しようとするが、相澤は咄嗟の攻撃を物ともせず、自らのマフラーで一蹴。森久保が立つ太い木の枝を、勢いのままに半ばから足で『叩き折った』。

 

「ひゃ、や――む、むむむむりむりむりむりぃ――っ!!」

 

 支えを失った枝から脱出し損ねた森久保は、そのまま枝とともに重力に従って落下していく。

 結構な高さの木の上から落ちるさなか、走馬灯のようにスローモーションで逆様の世界が見え、森久保は咄嗟に思った。

 

 もう少し枝の根元にいれば助かったかもしれないが、なんと自分はツイていなかったのだろうか。お父様お母様、先立つ不幸をお許しください、次はイルカに生まれ変わって静かに生きま

 

「――すぎゅっ」

 

「……訓練終了だ」

 

 気付けば樹上に立っていた相澤が、自身のマフラーを使って地面に激突する直前に彼女を捕らえていた。

 逆さづりになった森久保は、未だ自分が現世に居る事を実感し――

 そして訓練での目標達成が出来ないことを同時に悟り――

 安堵とも、ため息とも取れない長い長い息を吐くのだった。

 

 

 

 § § §

 

 

「訓練の振り返りだ」

 

「はいぃ~……」

 

 二人はグラウンドから、いつもの授業スペースに戻っていた。

 運動着から着替えた森久保は、机の上で情けない声を出しながらしょげ散らかしていた。

 

「一戦目は論外とし、二戦目を総評する。

 近距離戦が不利なことを悟り、距離を取り。俺の"個性"対策としてスモークグレネードを使った着眼点は悪くはない。

 そして煙に居ると見せかけ虚を突く戦法。お前にしては中々だ。

 ……煙から音がしたのを、俺は確かに聞いた。種は遠隔スピーカーか何かか?」

 

「……え、えっと……はい……。

 も、もりくぼは戦闘では不利なのは重々承知してるってのは……あ、相澤さんの言うとおりです……だから、えっと……まずは視界そのものを遮る何かを考えた時……おお、思いついたのがスモークグレネード……でした。

 で、でも……そ、それだけじゃ絶対、相澤さん……は突破してくるから……あ、味付けになるか分からない……で、ですけど…マフラーの先端に……す、スピーカーつけ、ま、ました……つけて、煙が出ている間に脱出して……マフラーだけ残して罠に……し、したけど、しましたけど全然だめでしたけど……だめくぼでしたけど……ごめんなさい、もりくぼはやはり才能の欠片もないので……」

 

 一度性格が負の方向に偏ると復帰が難しい、それが森久保だ。

 ぶつぶつと暗い反省を延々とはじめ、底なし沼みたいに沈み始める彼女を、相澤が手をさしのべた。

 

「すいません……やっぱりヒーローはもりくぼには……実家に帰り……あたっ」

 

 差し伸べたというよりかは、手が出たが正しいか。

 彼は丸めた資料で森久保の頭部を叩き、ぽこんと乾いた音が立った。

 

「何度も言うが着眼点は悪くない。一瞬だがお前を見失った。

 それは、実践ではヒーローとしては絶対にあってはならぬ事だ。

 ……十二分に警戒した俺から、お前は成し遂げたんだ」

 

「……!」

 

「だが、最後の詰めが甘すぎる。

 "個性"の制御が甘い。敵を弱体化させるんじゃなくて、強化させてどうするんだお前は」

 

「はうぅぅ……ご、ごめんなさい…あ、あの……ついに勝てると思ったら気分が……と、と言うか~……そ、そこはもうちょっと持ち上げるんじゃないんですか……そ、速攻で下げなくていいと思うんですけど……」

 

「生徒の弱点を指摘しない教師がいるか」

 

「た、タイミングの事を言いたいんですけどぉ……」

 

 その他、指摘点をつらつらと連ねられていく森久保。

 一瞬だけ持ち上がった気分が下がり過ぎないように適度にアメを加えるあたり、流石の教師か。

 指摘が両手の指では数えられなくなったところで、今後の課題を相澤が指示。

 それに伴ったトレーニングの変更と増量を言いつけられた時点で、彼女の負のオーラが跳ね上がり、通夜のような沈痛な面持ちのまま頭を垂れていた。

 

「以上だ。課題はまだ山盛りだぞ。雄英の試験ではお前程度の才能の塊はごまんといる。

 そいつらはお前の仲間ではない、全員ライバルだ。そいつを押しのけるには常にハードな環境に身をおく必要がある。

 明日からより厳しく行くから覚悟をするように。……ただし、トレーニングの変更を含めてスケジュールや器材の調整が必要だ。それを鑑みて――明日から二日間休みとする」

 

「……」

 

 アスカラフツカカンヤスミトスル。

 どこの国の言葉か理解できなかった森久保の脳が、その言葉を変換する。

 

 飛鳥 螺仏かかんや、墨とする。 絶対違う。

 明日から仏書かん、休みとする。 何かか惜しい気がする。

 明日から二日間、休みとする。  ……。

 

「……!?」

 

(明日から二日間休みとする!?)

 

 下がっていた森久保の頭が瞬時に持ち上がった。

 絶対にないと思っていた休みが、少なくなったとは言え手に入った。その事実が脳にじわりじわりと染み渡っていくと、負のオーラが正のオーラで吹き飛ばされ、思わず両手で口元を押さえていた。

 

「あ、あああ、ああ相澤さん……そ、そそそれ冗談かなにか、あぁぁ違うんですけど!!!

 休み賛成なんですけど! 全然無理じゃないかもですけど!」

 

 一瞬言いかけた口をそれ以上の強力な意志でねじ伏せ、森久保はいつも以上に強い口調で賛同した。

 相澤は机の上でいつも以上に目を輝かせる彼女を呆れた様子で観察していたが、やがて「今日の授業はここまでとする」と言って黙々と後片付けをしていく。

 

 森久保は急遽のボーナス休みが事実であることがまだ信じられず、机の上で無意識に自身の指と指を突きあいながら、「わぁ」だの「えへ……」だのと実感を得ては多幸感に酔っていた。

 たまにはこういう飴が必要か。ただここまで喜ばれると、少し訓練をやり過ぎたかという気持ちも起き上がったが、あのメンタルを直すためにも必要不可欠か、と聞こえぬようにため息をついて教室から背を向け、出ていく。そんな相澤の背に、森久保の声がかけられた。

 

「あ、相澤……さん。あ、ありがとうござい、ましたぁ~……も、もりくぼは……もうちょっとだけ頑張れそう……ですぅ……」

 

 全体的に上擦ってる、まるで羽が生えてそうなぽやぽや声。

 そんな声を聞いたせいか、相澤もとふと感じた幸福感が()()()()()()()()()、顔が笑みを作り上げ――

 

 その笑みのまま瞬時に振り返り、森久保の肩を掴んだ。

 

「森久保」

 

「は、はひぃ!?」

 

「"個性"が漏れてる。抑えろ」 

 

「は、はいぃぃ……」

 

 相澤の顔は笑顔で、声色も明るいものだったが、森久保が感じる迫力は全く正反対のもの。

 森久保の感じていた幸せは彼の笑みの前に一瞬で消え、がたがたと冷や汗を流す他なかった。

 


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